E - 06

第 49 回地盤工学研究発表会
12
E - 06 (北九州) 2014 年 7 月
降雨時の墳丘斜面の安定性の評価方法に関する検討
斜面安定
1.
墳丘
雨水浸透
京都大学大学院
学生会員
○澤田
京都大学大学院
国際会員
三村
茉伊
衛
ソイルアンドロックエンジニアリング
国際会員
吉村
貢
はじめに
歴史的地盤構造物である古墳のなかには,自然作用や人為的な破壊行為によって危機的な状況にあるものが尐なくない。
その損傷形態には,いくつかの種類があるが,雨水の浸透により不安定化した墳丘斜面の崩壊は,最も深刻な被害のひと
つである。崩壊箇所では,墳丘内部への雨水の侵入が助長され,やがて雨水が石室内に及ぶと壁画等の文化財にまで被害
が拡大する場合もある。このような被害から古墳を守るため,地盤工学に基づいて,降雨時の墳丘斜面の安定性の評価方
法について検討する。検討対象とする奈良県高市郡明日香村の牽牛子塚(けんごしづか)古墳は,周辺の高松塚古墳やキ
トラ古墳などの終末期古墳と同様に,墳丘は真砂土を主とする堅固な版築で築かれている。しかし,表層部は著しく土壌
化しており,梅雨時の多雨に曝され,一部が崩壊した。本稿では,土壌化した墳丘の構造・物理的性質を考慮し,特にす
べり面の強度定数の実験的評価手法に焦点をあてる。
2.
墳丘の土壌化を考慮したモデル化と安定性の評価方法
牽牛子塚古墳の墳丘は,弾性波探査,ポータ
ブルコーン貫入試験,針貫入試験1),2)の一連
3m
の原位置試験から,表層部が以深の版築層より
土壌化層
ρd = 1.23 g/cm3
wnat = 29 % Sr = 65 %
k = 3.3×10-3 cm/s
も,密度・強度の低い二層構造であることが明
らかになった。表層部は,植生の繁茂による有
0.8m
3.7m
機物の混入や根茎に沿った水分の侵入,それに
層境界
ものと予想される。また,局所的には盗掘後の
粗雑な埋戻しや,風雨による緩慢な浸食作用も
版築層
ρd = 1.29 g/cm3
wnat = 29 % Sr = 71 %
k = 3.3×10-4 cm/s
安定性評価
の対象領域
伴う細粒分の流出によって経年的に変質した
1m
10m
寄与していると考えられる。
8m
これを踏まえて,土壌化した表層と健全な版
図1 検討断面のモデル
築層を密度・透水性で区別し,また構造上の弱
部となる層境界ですべりが生じると仮定して,
墳丘斜面の雨水の浸透と安定性を評価する。図1に検討断面を示す。層境界の位
加水
プラスチックシート
60mm
置は,原位置試験の結果を基に決定した。土壌化層と版築層の密度は,採取した
墳丘土を用いた締固め試験により,締固めエネルギーと密度の関係を調べ,エネ
10mm
ρd=1.23 g/cm3
ルギーを指標に仮定した。それぞれ締固め試験で与えるエネルギーEcJIS(=550
10mm
ρd=1.29 g/cm3
上下層とも
wnat=29%
kJ/m3)の 10%,20%に相当する密度とした。既往の研究2)により,人力で締固
められた墳丘のエネルギーレベルは,およそこの範囲であることがわかっている。 図2 二層構造の供試体の作製方法
透水性については,両層の飽和透水係数に 10 倍の差があると仮定した。雨水の
浸透は,飽和-不飽和浸透流解析により評価する。そして,解析から得られ
100
強度定数を算定し,これらを用いて斜面の安全率を評価する。
3.
二層構造の供試体を用いた一面せん断試験によるすべり面の強度定数
の評価
一般に,土の強度定数は,各種せん断試験により,均一な土要素が破壊す
る条件で評価される。しかし,本検討では,すべり面の強度定数は,性質の
異なる二つの土層の間のすべりを再現できる方法で評価する必要がある。そ
の方法のひとつとして,二層構造の供試体を用いた一面せん断試験を試みる。
せん断強さ (kN/m2)
た墳丘断面の飽和度分布をもとに,すべりを生じる土塊の自重とすべり面の
80
自然含水状態
60
20
0
0
20
40
60
80 100 120
垂直応力 (kN/m2)
供試体は,下層と上層がそれぞれ版築層と土壌化層に相当する密度になるよ
う,自然含水比に調整した墳丘土をせん断箱内に締め固めて作製した(図2)。
加水時
40
図3 すべり面のせん断強さ
Evaluation of the instability of tumulus mounds induced by
Mai Sawada*, Mamoru Mimura*, Mitsugu Yoshimura**
rain fall infiltration
*: Kyoto University
23
**: Soil and Rock Eng. Co. Ltd
層境界には,薄いプラスチックシートを挟んで,上下層を完全に分離した。ただし,実際の墳丘の層境界は,潜在的に完
全に分離した状態ではなく,脆弱な付着や噛み合わせを維持していると考えられる。そのため,本試験条件は,すべり面
の強度定数を過小評価する傾向にあることに留意する必要がある。シートは試験前に取り除き,定圧条件でせん断を行っ
た。試験は,降雨に伴う強度定数の変化を調べるため,自然含水状態と加水した供試体の両方に対して実施した。加水は,
供試体作製時に上層に対して行い,シート状で透水が確認できるまで十分な分量を与えた。
試験結果を図3に示す。加水により,せん断面が水で満たされ,粒子
自然含水
加水時
40
間の摩擦が低減するため,内部摩擦角が低減している。一方,粒子間に
20
干発揮される結果となった。これらの試験結果をもとに,すべり面の飽
和度と強度定数の関係を導くが,本試験では,せん断面の飽和度を制御・
測定できない。そのため,加水時のせん断面の飽和度を 100%と仮定して,
35
30
10
粘着力
飽和度に関わらず
ゼロとする
25
簡易的に導いたものを図4に示す。なお,工学的な判断から,斜面の安
定性評価においては,飽和度に関わらず,粘着力は期待しないものとす
20
60
る。
4.
15
内部摩擦角
70
80
90
5
粘着力 (kN/m2)
離している本試験条件では発揮されにくいと考えられるが,加水時に若
内部摩擦角 (度)
働く表面張力や噛み合わせに起因する粘着力は,せん断面が潜在的に分
0
100
すべり面の飽和度 (%)
降雨時の墳丘斜面の安定性
当該古墳で崩壊が発生した 2012 年 6 月のうち,
降水量の多い 7 日間(図
図4 すべり面の飽和度と強度定数の関係
6参照)について墳丘斜面の安定性を評価する。本稿では,雨水の浸透
挙動の評価に関する詳細は省略するが,浸透流解析の結果,各日ごとに,
降雨開始時
図5に示すような墳丘断面の飽和度分布を得た。版築層は土壌化層より
層境界
6/16
も透水性が低いため,土壌化層を浸透した雨水は層境界で滞留し,斜面
に沿って流下する様子が観察できる。このような層境界に生じる集中的
な雨水の流れが,層境界の構造を脆弱にし,さらに土壌化層の範囲を深
6/22 斜面に
沿う流れ
6/19
部に拡大すると予想できる。
墳丘斜面の一定勾配(傾斜角 31°)とみなせる領域(図1参照)を
対象に,斜面と平行な層境界(深さ 0.8m)ですべりが生じると仮定し
た場合の斜面の安全率を,日降水量と合わせて図6に示す。図中には,
土塊の単位体積重量およびすべり面の内部摩擦角の推移も併記してい
るが,これらはそれぞれ各時間断面における対象領域の土塊とすべり面
の平均的な飽和度を用いて評価した。安全率は日降水量と同調せず,単
調に低下する傾向がみられる。この傾向は,すべり面
の飽和度に依存する内部摩擦角と類似している。この
17
ことから,降雨時の斜面の不安定化は,土塊の自重の
増加とすべり面の強度定数の低下に起因するが,後者
(mm)
40 1.2
16
60
30 0.8
40
内部摩擦角
おわりに
二層構造の供試体を用いた一面せん断試験により評
80
単位体積重量
安全率
16.5 35 1.0
がより大きく寄与していることがわかる。
5.
図5 降雨時の墳丘断面の飽和度分布
(kN/m3)(度)
15.5 25 0.6
価したすべり面の強度定数と,数値解析から得た墳丘
15
20
20 0.4
0
降雨 6/16
開始
断面の飽和度分布を用いて,墳丘斜面が降雨に伴い不
安定化する現象を定性的に評価することができた。自
6/17
6/18
6/19
6/20
6/21
6/22
図6 降雨時の墳丘斜面の安定性
然環境下でつくられた実際の不均一な墳丘の構造や経
年変化を受けた状態を室内試験で再現するには限界があるが,すべり面の強度定数の実験的評価方法については,今後さ
らに検討の余地がある。供試体のせん断面の条件や加水方法等の試験条件の見直しや,すべり面の飽和度の制御・測定の
実現により,より信頼性の高い安定性評価が可能になると考えられる。末筆ではありますが,原位置試験と試料採取にご
協力いただいた明日香村教育委員会・西光慎治氏に謝意を表します。
参考文献
1)
三村衛,吉村貢,金田遥:高松塚古墳墳丘の構造と原位置試験および室内試験による地盤特性評価に関する研究,
土木学会論文集 C,Vol.65,No.1,pp.241-253,2009.
2)
三村衛,吉村貢,寺尾庸孝,豊田富士人,中井正幸:史跡
討,地盤工学ジャーナル,Vol.6,No.2,pp.141-155,2011.
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昼飯大塚古墳墳丘の復元と整備に関する地盤工学的検