日時 2015年 9月10日(木)

航海訓練所・海技大学校
研究発表会 予稿集
■日時
■会場
2015年
9月10日(木)
横浜第2合同庁舎1階 第1・第2共用会議室
オートパイロット
シミュレータ
海王丸
銀河丸
機関点検支援システム
Argoフロート投入
日本丸
機関室シミュレータ
独立行政法人 航海訓練所
大成丸
ブリッジシミュレータ
『航海訓練所』又は『海技大学校』
青雲丸
検索
横浜市中区北仲通5-57 TEL:045-211-7313
独立行政法人 海技教育機構 海技大学校
兵庫県芦屋市西蔵町12-24 TEL:0797-38-6201
平成28年4月1日の統合により、航海訓練所と海技大学校は海技教育機構としてひとつの研究機関になります。
click
目次
<第1共用会議室>
実習生の船舶職員としての職業意識の醸成について
機関シミュレータ及び事例解析を用いた ERM 訓練の有効性
-構成と訓練プログラム-
機関シミュレータ及び事例解析を用いた ERM 訓練の有効性
-アンケート結果に基づいた検証-
Study on the Fusion of Navigational Information toward e-Navigation
練習船実習生を対象とした e ラーニングに関する研究
-学習環境デザインにおける教官の役割分析-
海技大学校における BRM 研究に関する取り組みについて
実技訓練におけるトレーニング・モチベーションの調査研究について
練習船内における実習生用充実感測定尺度の開発 1 -信頼性、妥当性の評価-
【特別講演】 練習船実習生を対象とした指差呼称の効果に関する研究
【特別講演】 機関点検支援システムの開発 -教育・実習への活用-
【特別講演】 Argo フロートによる海洋変動の研究
-全球海洋観測システムと国際アルゴ計画-
航海訓練所練習船 Argo 計画への協力について
国際条約による環境規制への練習船の対応
-フルオロカーボン HCFC→HFC への転換・日本丸での一例-
【特別講演】 航海訓練所練習船における船舶起源 PM の測定等環境対応技術の研究
<第2共用会議室>
船舶運航に必要な資質及びその訓練手法に関する基礎的研究
指差呼称に対する練習船乗組員の意識調査
船陸間マルチメディア通信の効率化に関する調査研究
-練習船気象情報システムの開発について-
メルヴィル『白鯨』
『ビリー・バッド』における「個」と「国家」
-アメリカニズムと対立項としての「海洋」表象-
ヒヤリハット情報分析とデータベース構築による安全向上について
-1-4-
-6-8-12-14-16-19-22-26-28-29-30-34-
-36-37-38-40-43-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
実習生の船舶職員としての職業意識の醸成について
○角
1.
はじめに
真紀*
熊上
尚男**
おり、内航船員に求められる資質、必要とされる主な知識
及び技能が具体的に示された。
内航海運産業では、内航船員の高齢化が進み、若年船員
の不足も相まって構造的な問題が深刻化している。このた
表 1 四級海技士養成に関する中期計画(抜粋)
め、内航船員の確保・養成は喫緊の課題であり、国の施策
や内航海運業界の取組が様々に行われている。本報では、
内航船舶職員を目指す実習生の船舶職員としての職業意
識の醸成に関し、その取組の事例とその効果、初期段階の
練習船実習を終えた実習生の意識調査とその分析を行っ
たので、ここに報告する。
2.
若年船員の即戦力化を図るため、安全運航及び環境保護
に係る能力の強化を推進する。また実習訓練を通じて職業
意識及び責任感・自立性の涵養を図る。さらに少人数で高
齢化した船員により運航されている内航海運の現状を実
習生に認識させ、就職後の環境順応能力の向上を図る。そ
のために以下の取組を実施する。
①内航用練習船の就航に伴い、以下の内容等を含む内航船
船舶職員の職業意識とは
員養成訓練プログラムを運用する。
ア.船橋単独当直
これまで内航船舶職員養成においては、即戦力化が強く
イ.出入港における機器操作
求められており、その現状を踏まえ当所の第 3 期中期計画
には、内航船舶職員養成の 4 級海技士養成に、表 1 のよう
に実習訓練の計画を定めている。この 4 級海技士養成に関
する中期計画中に、職業意識という文言が記載されてい
る。
また、当国の海事業界、当所を含む船員教育機関の間で
は様々な意見交換や会合が開催され、例えば、「大成丸代
船建造調査委員会
ウ.機関運転・整備
エ.バラスト操作
②内航用練習船の活用により、内航船の常用する航路での
訓練等の充実を図る。
③内航海運の社会的な意義や役割を理解させるため、関係
団体等からの派遣による特別講義等を行う。
④幅広い年齢層の練習船乗組員を引き続き活用し、航海
最終とりまとめ」(平成 22 年度開催
訓練を実施する。
事務局航海訓練所)では「輩出すべき内航船員像」に触れて
表 2 職業意識を高める指導項目と訓練内容
最
重
要
項
目
(
資
質
)
(重
知要
識項
)目
指導項目
訓練内容
①責任感
実習、課題、作業に対する責任
時間を守る行動 整列に遅れない、定められた時刻に集合できる、事前の準備ができる等
実習、課題、作業、清掃を最後まで責任を持って行うこと
実習、課題、作業、清掃に取り組む気持ち
チームワーク
実習生、教官及び部員教官と業務を行う場合の協調性と使命の理解
年上の教官(航海士、機関士及び通信士)や部員教官とのコミュニケーション
困難な実習、課題、作業を教官又は部員教官に相談して、実行するコミュニケーションと
使命達成
自ら大きな声で挨拶・敬礼ができる
陸から離れた海上生活、実習環境の暑さ・寒さ
安全な正しい服装
当直・出入港部署・作業における保護具の着用
(ヘルメット・安全靴・手袋・耳栓等)
船舶運航の業務の理解・実践
航海系
機関系
専門用語の理解
航海系
機関系
船内生活
②使命達成
③コミュニケー
ション能力
④忍耐力
⑤安全意識
船舶職員に
必要な知識
* 准教授 本 所
** 教 授 本 所
-1-
研究発表会予稿集
また、「船員(海技者)の確保・育成に関する検討会
2015 年 9 月
平成 27 年 1 月の特別講座を開催した際に、実習生の職
報)告」(平成 23 年度開催 事務局国土交通省海事局)
業意識の変化についてアンケート調査を行った。
には、新人内向船員に求められる能力等が示された。
アンケート調査については、表 2 に示す内容について、
これらの会合において議論された内容に、当所の第三
実習生の特別講義内容の理解度を、「できた」から「でき
期中期計画にある船舶職員に求められる職業意識に関連
なかった」の 5 ポイントの単極尺度で自己評価を行わせ
する文言が多分に見受けられる。
た。自己評価結果を図 1~2 に示す。また、特別講義の感
ここで本調査では内航船舶職員を目指す実習生の職業
想と実習生自身の状況を、「良い」から「悪い」の 5 ポイ
意識の醸成を取り上げ、表 2 に示すとおり船舶職員とし
ントの単極尺度で自己評価を行わせた。
て求められる職業意識を資質面と知識面に分類して、指
本調査により、内航海運アドバイザーによる特別講座
導内容に置き換え、実習生の職業意識をアンケート方式
が、実習生の内航船舶職員としての職業意識の向上に良い
にて自己評価させることを試みた。
影響を与えることが、図 1 に示すレーダチャートの講座受
講後の数値の広がりにより具体的に把握できた。
3.
内航船舶職員養成の取組
「船員(海技者)の確保・育成に関する検討会」にて船
員教育機関に対し、教育内容・方法の改善提案事項が示さ
れた。その一つの取組として、内航海運アドバイザーによ
る特別講座を練習船大成丸にて平成 26 年 8 月及び平成 27
年 1 月に開催した。
また、本来業務の実習訓練では、これまでの内容を踏襲
しつつ、平成 27 年 1 月~3 月、練習船大成丸に受け入れ
た初めての練習船実習を経験する海上技術学校本科実習
生 112 名に、表 3 に示す初期導入の実習訓練目標を定めて
指導に当たった。
表 3 実習訓練のポイント(第 1 ユニット)
図 1 実習生の職業意識の変化(資質面)
<航海系>
①船橋当直要領を理解する。
<機関系>
①機関室当直業務(機器の計測、運転監視、運転維持作
業等)を理解する
②推進プラントを構成する機器・配管の名称及び役割
を理解する
<共通>
①安全を確保した服装及び保護具の着用ができる
②集団生活及び幅広い年齢層がある船内生活に順応す
る
③実習指導方案に定める行動習慣を身につける
4.
職業意識に関する調査
図 2 実習生の職業意識の変化(知識面)
4.1. 内航海運アドバイザーの特別講座の効果
今回、3 項に示す実習生を対象に、「内航海運アドバイ
4.2. 実習訓練の自己評価
ザーによる特別講義」及び「実習訓練」により、実習生の
同実習生に対し、実習訓練の効果を測るため、実習前と
職業意識がどのように変化したか、調査・分析した結果を
終期における職業意識の変化について、アンケート調査を
報告する。
行った。結果を図 3~5 に示す。
-2-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
これらを総じてみると、図 3 及び図 4 に示す職業意識で
はそれぞれの項目の向上率が高いものの、実習訓練の総合
満足度、取組姿勢等の数値が 65%程度とあまり高い数値
とは言えなかった。他方で、「実習生自身の興味」の点で
は、実習終期には 70%となり実習生の実習訓練に対する
意識の向上が確認できた。
今後、一層練習船実習にて船舶運航に関する知識及び技
術並びに船内生活に習熟することにより、満足度の向上が
期待できる。
5. おわりに
図 3 職業意識の自己評価の変化(資質面)
内航海運では、長期間に亘たって船員不足が続いており、
これまで外航船員や遠洋漁業の分野からの人材の算入に
より補ってきたが、今後はそれに期待することも難しく、
即戦力船員の不足は顕著に表れている。また、その船員不
足は、平成 32 年には約 2,000 人から 5,000 人にも深刻化す
ると言われており、そこで新人船員の確保・育成が国策と
もなる重要な課題である。
4.項に実習生の総合満足度の結果も示したが、過去の調
査研究や将来に船員を目指す志向性の調査による多くの
データからも、実習訓練の満足度とは志向性が高い実習生
ほど高くなることが明らかである。この船員を目指す志向
性の具体的な要素が職業意識であると考える。
今後も関連業界との議論の場を設定する等してより明
確且つ現状に合致したものを探求していきたい。また、そ
図 4 職業意識の自己評価の変化(知識面)
の明確になった職業意識は、練習船の実習訓練において、
実習生にフィードバックできる指導方法の向上にも努力
もしていきたい。
参 考 文 献
1) 航海訓練所
第 3 期中期計画(平成 23 年度~平成 27
年度 5 カ年)
2) 大成丸代船建造調査委員会 最終とりまとめ(事務
局 航海訓練所)、平成 23 年 3 月
3) 船員(海技者)の確保・育成に関する検討会報告
(事務局 国土交通省海事局)、平成 24 年 3 月
図 5 実習訓練全体に対する自己評価
4) 船員教育のあり方に関する検討会報告、平成 19 年 3
月
-3-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
機関シミュレータ及び事例解析を用いた ERM 訓練の有効性
―構成と訓練プログラム―
海技大学校
1.
○吉原
広太郎
佐藤
歩美
近藤
宏一
はじめに
船舶の安全・効率運航,事故災害防止という大
原則を掲げ,国際海事機関(IMO)では,2010 年
に STCW 条約マニラ改正が行われ,2017 年 1 月
の完全実施を目指している.この経緯として,海
難事故の多くの原因が船員のミスによるものであ
るとの見方が高まったことを契機に,1995 年に人
的な要因に関する包括的な見直しが行われ,この
見 直 し に お い て , Engine-room Resource
Management(ERM)やリーダーシップとチームワ
ーク技能(管理技能の活用)の強制化が盛り込ま
れており,従来の知識・技術向上とは異なった技
能を含む訓練要件が明記された.その具体的な内
容として,Resources,Communication,Leadership,
Situational Awareness などの非技術的要素が掲げ
られており,
これらに関する知識の習得とともに,
状況に応じてそれらを実行することが求められて
いる.
本研究では,知識・技術の向上とチーム意識の
醸成は必要不可欠な両輪であるとの考えに基づ
き,船舶機関士に対する従来型訓練(技術向上訓
練)に加え,安全意識向上訓練を提案し,平成 16
年度から開始している.海技大学校(以下,本学
という.)において実施している本訓練を「ERM
訓練」あるいは「チーム意識醸成訓練」と称し,
平成 27 年度 7 月までの約 12 年間に,内航・外航
事業者の機関長,機関士,さらには陸上管理者な
ど,500 名を超える訓練受講者に対して実績をあ
げている.図 1 に本学 ERM 訓練受講者の内訳を
示す.
本報告では,ERM 訓練の更なる深度化を目指す
ことを目的とし,本学 ERM 訓練について,その
構成及び機関長,機関士,陸上管理者等に対して
実施している機関シミュレータ(フルミッション
タイプ機関室シミュレータ,主機遠隔操縦シミュ
レータ)や事例を用いた訓練プログラム例を紹介
する.
図1
ERM 訓練受講者内訳(平成 16~27 年 7 月)
2.
ERM 訓練概要
2.1 構成
本学 ERM 訓練は,航空業界において実施され
ている CRM 訓練及び海運業界において実施され
ている BRM 訓練に鑑み,知識・技術の向上とは
異なる安全意識改革と位置付けている.従って,
一貫してチームパフォーマンス(チーム意識,チ
ーム力向上)の必要性・重要性を海上運航者及び
陸上管理者として体験し,今後の陸・海担当者の
チーム意識醸成(意識改革)
,更には管理意識の醸
成にも繋げることを目的として掲げている.なお,
ここで言う「チーム意識」とは,最終的にはチー
ム全体の意識改革に他ならないが,先ずはチーム
内での自己の存在を明確にすることで個々人の意
識改革を行い,これをベースとしてチームとして
の意識改革へ繋げることを意味している.
本学 ERM 訓練は,
「導入」と「チーム訓練」と
で構成している.1回の訓練日程は3日間,訓練
受け入れ人数は最大4人を原則としている.
(1)導入 チーム訓練を実施する前の動機付け
として「導入」
(講義)を実施している.ここでは,
STCW 条約マニラ改正の経緯・具体的な内容等の
紹介,
「人間工学」(1) 及び「失敗学」(2) の観点に
基づく『人のミス(エラー)
』に対する考え方など
を解説する.これにより,チーム訓練との関連性
を明確にし,訓練目的が円滑に達せられるための
-4-
研究発表会予稿集
アプローチとしている.
(2)チーム訓練 チーム意識醸成の目的を達成
するための手段として,機関シミュレータや事例
を用いたチーム訓練を用いた実際の現場に近い体
験により各人が問題意識を持ち,自ら意思発信を
してチームとして纏めていく中で,
特に思い込み,
既成概念,経験偏重等の排除を,訓練によりチー
ムとして体験する.具体的なチーム訓練ツールを
以下に示す.
(a) フルミッション機関室シミュレータを用いた
模擬機関室におけるプラント操作
(b) 主機遠隔操縦シミュレータを用いた模擬機関
室における故障調査・対応
(c) 事例を用いたグループディスカッション
2.2 訓練プログラム
前述の「導入」と「チーム訓練」を具体的に組
み合わせることで訓練を実施するが,内航及び外
航事業者の運航状況や訓練の有効性などに配慮し
ながらプログラムを計画する.現行の ERM 訓練
プログラム例を表 1 及び表 2 に示す.
表 1 は,フルミッション機関室シミュレータと
事例を組み合わせた訓練プログラムであり,表 2
は,フルミッション機関室シミュレータと主機遠
隔操縦シミュレータを組み合わせた訓練プログラ
ムである.
シミュレータを使用した訓練では,訓練生はそ
れぞれの役割(C/E,1/E,3/E など),配置(ECR,
E/R)に分かれ,一連のプラント運転操作や故障
対応のシミュレーションをリーダーあるいはフォ
ロワーとして体験し,訓練終了後には,チーム意
識がどのように発揮されたかを議論,再確認する
中で,チーム意識の必要性・重要性を認識してい
く.
事例によるグループディスカッションは,基本
的にはシミュレータ訓練と同様の流れであるが,
訓練生がリーダーとして話し合いの取りまとめ役
を行いつつ,最終的に意思決定するというもので
ある.
また,シニア職員(現役の機関長あるいはベテ
ランの一等機関士)が本 ERM 訓練に参加する場
合,原則として直接訓練には参加せず,第 3 者の
立場である評価者として参画する.評価者として
一歩引いた立場から他の受講者の作業状況を観
察・評価することで,管理者としての意識醸成を
目指すことを目的としている.
表1
2015 年 9 月
ERM 訓練プログラム(例 1)
AM 09:00-12:00
PM 01:00-05:00
第
一
日
導入
ERS 訓練準備
第
二
日
ERS を用いた
チーム訓練Ⅰ
ERS を用いた
チーム訓練Ⅱ
第
三
日
事例を用いた
チーム訓練Ⅲ
事例を用いた
チーム訓練Ⅳ
表2
ERM 訓練プログラム(例 2)
AM 09:00-12:00
PM 01:00-05:00
第
一
日
導入
ERS 訓練準備
第
二
日
ERS を用いた
チーム訓練Ⅰ
ERS を用いた
チーム訓練Ⅱ
第
三
日
RCS 訓練準備
RCS を用いた
チーム訓練Ⅲ
まとめ
3.
本報告では,本学 ERM 訓練について,その構
成及びプログラム例を紹介した.訓練の有効性に
ついては別報にて報告するが,内航及び外航事業
者の現役機関長,一機士をはじめ二機士,三機士,
更には陸上管理者にも極めて有効な手法であるこ
とを検証している.
引き続き,ERM 訓練の更なる深度化を目指して
検討,実施の予定である.
参
考
文
献
(1) 芳賀,失敗のメカニズム―忘れものから巨大
事故まで―,日科技連
(2) 畑村,失敗学のすすめ,講談社文庫
-5-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
機関シミュレータ及び事例解析を用いた ERM 訓練の有効性
―アンケート結果に基づいた検証―
海技大学校
1.
○佐藤
吉原
広太郎
近藤
宏一
はじめに
国際海事機関(IMO)で,2010 年に STCW 条約
マニラ改正が行われたことは既知の事実である.
この経緯として,海難事故の多くの原因が船員の
ミスによるものであるとの見方が高まったことを
契機に,1995 年に人的な要因に関する包括的な見
直しが行われ,この度,具体的な規則が定められ
ている附属書についても全面的な改正が行われ
た.STCW 条約マニラ改正に含まれている「ERM」
については,その能力評価方法として,承認され
た訓練・乗船履歴・シミュレータ訓練があげられ
ているが,条約上に提示されている「ERM の原則
に関する知識(非技術的技能)
」をどのように海事
者・海技者に浸透させていくか,今後の本質的な
大きな課題であると思われる.
特に「ERM の原則に関する知識」の必要性につ
いては何らかの適切な方法で認識させることが可
能であるものの,果たしてそれが具体的な「船員
(人)のミス」という点と直結するか,言い換え
れば,本人(チーム)の意識改革がなされるかど
うかに関しては更なる検討が必要と思われる.例
えば,ここで言う「ミス」とは本人が気付かぬう
ちにその行為に至っていることが多いことから,
その具体的な重要性を個人ではイメージしにくく,
思い込み,既成概念,経験偏重などが先行し,結
局のところ具体的な意識改革に至らないことも有
り得る.
ERM に対する需要は今後ますます増加するこ
とが予想されるが,統計的かつ網羅的に ERM 訓
練の検証を実施している報告はこれまでにない.
本報告では,平成 16 年度から平成 27 年 7 月まで
に受講した内航及び外航事業者の海上運航者及び
陸上管理者に対して実施したアンケートに基づ
き,本学 ERM 訓練を検証した.
2.
歩美
アンケート概要
ERM 訓練の実施毎に,受講者の意識がどのよう
図1
アンケート調査の流れ
に変化したかを検証するため,受講者に訓練前と
訓練後とでアンケートを実施した.本アンケート
調査の流れを図 1 に示す.
アンケートは全 15 項目(以下,ERM スキルと
いう:①コミュニケーション,②発言・発信,③
復唱,④情報共有,⑤思いやり,⑥雰囲気作り,
⑦リソースの活用,⑧エラーの指摘,⑨確認のた
めの質問,⑩リーダーシップ,⑪フォロワーシッ
プ,⑫ヘッドシップ,⑬状況認識,⑭認識共有,
⑮チームワーク)に対して 2 つの設問に回答する.
1 つ目の回答は『安全運航に対する ERM ス
キル意識について』,2 つ目は『現場作業に対
する ERM スキル意識について』である .回答
はそれぞれ 5 段階で評価し,数字が大きいほど意
欲や意識が高いことを示している.これらの設問
に対する訓練前後のアンケート結果を比較するこ
とで,どの程度受講者の意識改革が達成されてい
るかを検証した.アンケートの集計は,平成 16
年度から平成 27 年 7 月までに ERM 訓練を受講し
た 511 名を対象として実施した.
3.
アンケート集計結果
図 2 は設問『安全運航に ERM スキルがどの程
度重要だと考えるか』について,訓練前後の ERM
スキル 15 項目の平均値を外航事業者の職位別に
比較しており,参考として教育機関の結果も含め
-6-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
の実施意欲はさらに上昇していることがわかる.
これに対し,若年者については訓練前の実施意欲
がベテランに対して低いが,知 識・技 術など を
ベ テ ラ ン と 共 有 化 す る こ と で 訓練後にはベテ
ランと同じレベルまで上昇していることがわかる.
図 2 と図 3 を比較することで,研修前は ERM
スキルについて重要だという認識を持っているも
のの,現場において実施することが難しいと感じ
ている受講者が若年者になるほど多く,本訓練を
受講により,知識,技術,経験,意識をチームと
して共有化することで ERM スキルの必要性・重
要性を本質的に理解したことからこのような結果
に至ったのではないかと考える.これらの結果は
内航事業者においても同じ傾向を示した.
次に,図 3 における実施意欲について項目ごと
に比較した.その結果を図 4 に示す.図 4 の向上
度とは,ERM スキルの各項目がどの程度上昇した
かを示し,以下のように定義している.
図 2 安全に対する ERM スキルの重要度結果例
(訓練後の評価  訓練前の評価)
向上度% 
 100
訓練前の評価
図 3 現場での ERM スキル実施意欲結果例
図4
図 4 から,ERM スキルにかかる『実施意欲』は
各項目において向上していることがわかる.この
ように本訓練の有効性は,知識,技術,経験の未
熟な 3/E から,経験豊富な C/E にも対応している
ことが伺える.これらの結果は内航事業者におい
ても同じ傾向を示した.
また,アンケートと共に記述式の感想を記入す
る欄を設けているが,本訓練内容に対し,概ね良
好な意見などであったが,改善を求める意見もあ
った.これらについては適宜対応し,訓練内容の
見直しを実施することで ERM 訓練の深度化を進
めている.
ERM スキル向上度
4.まとめ
た.この結果から,職位に関係なく,訓練前より
ERM スキルが重要であるという認識は高く,訓練
を受講することでその意識はさらに高まる傾向を
示していることがわかる.
図 3 は設問『現場での ERM スキル実施意欲』
について,図 2 と同様,外航事業者の職位別で比
較した.図 3 より,どの職位においても訓練前後
で意識改革が図られていることがわかる.ベテラ
ンの方が,訓練前から現場において ERM スキル
を意識して実施しており,訓練を受けることでそ
本報告では,平成 16 年度から平成 27 年 7 月ま
でに ERM 訓練を受講した内航及び外航事業者の
海上運航者及び陸上管理者 500 名程度に対して実
施したアンケート結果に基づき,本学 ERM 訓練
を検証した.この結果,機関シミュレータ及び事
例解析を用いた本学 ERM 訓練は,外航事業者及
び内航事業者の現役機関長,一機士をはじめ二
機士,三機士,機関部員,陸上管理者,教員
に対して有効な手法であることを確認した.
-7-
研究発表会予稿集 2015 年 9 月
e-Navigation に向けての航海情報の融合について
○奥田
1.
成幸*
堀
はじめに
船上で AIS が使われるようになってから、ター
ゲットの航海情報は安全航海に欠くことができな
くなって来ている。例として、レーダ画面上に現
れる AIS 情報はターゲットを識別するだけでな
く、衝突を避けるのに欠くことのできないものと
言われている。しかしながら、ARPA と AIS 情報
間にはいくつかの違った特性があることを認識す
べきである。そして、これらの情報の「融合」が
必要であると提案されている。
一方、1979 年の A.413(11)に適合される性能要
件における ARPA の特性は、動くターゲットに注
目して調査された[1][2]。これらの調査は、動くタ
ーゲットの影響がターゲットのレーダ映像の距
離・方位と ARPA 情報が、すべてではないものの
精度に影響することを示した。そして、製造業者
による ARPA のデータやアルゴリズムの公表がな
いため、ARPA 情報をシステム的に扱ったレポー
トはない。
したがって、相対位置、DCPA、TCPA、相対/
真ベクトルの ARPA 情報の性能は明らかではな
い。そして、MSC79/23/Add.2 において、技術用
語”Association”が”Fusion”に代えて使われること
が採択された[3]。
“Fusion”は、完全に一つのものを形作るため、2
つ以上のものが結合する過程や結果を意味
し、”Association”は、同じ物理ターゲットのため、
2 つのシンボルを見せることを避けて一致させ
る、という基準に基づく自動的機能である。陸上
局で船の位置をモニタする AIS と ARPA 間の比較
をした報告がある[4]。そして、その位置の差は、
RADAR ゲインによって影響された。
本論では、まず ARPA と AIS 間の融合のため、
ARPA 情報の性能をシステマティックに検討し、
これらの情報を比較するため、
実船実験を実施し、
その違いの特性を解析した。次に、融合のアルゴ
*
**
***
****
教 授
教 授
名誉教授
教 授
晶彦**
新井
康夫***
新保
雅俊****
リズムを提案する。最後に、ARPA と AIS 間の融
合のシステマティックな特性と有効性をまとめ
る。
2.
ARPA 情報の性能
相対/真ベクトルと DCPA/TCPA のような
ARPA 情報の性能は、AIS を ARPA に融合するた
めシステマティックに論じられるべきであり、一
方、それはすでに定性的によく知られている。
ARPA 情報は、RADAR 情報、船速、船首方位
から作られる。ARPA と AIS 間の融合の開発を進
めるためにはシステマティックなアプローチが必
要である。以下に、図と式により示す。
海技大学校
海技教育機構教育企画部
海技大学校
東海大学
-8-
Fig.1. Ship’s DA Velocities
N
研究発表会予稿集 2015 年 9 月
Fig.2 Relative Position and Ship’s Speed
比べた ARPA 情報の性能を解析した。
3.1 実船調査
実船調査は海技大学校の T/S 海技丸を使って
実施された。実船観測は、瀬戸内海では比較的
広い水域の播磨灘で実施された。ARPA と AIS
情報が、その性能と両者の違いを解析するため
に記録された。
3.2 AIS と ARPA 情報の性能比較
3.
結果と考察
ARPA 情報の特性についての研究にあたり、
実船によるデータ観測が実施され、AIS 情報と
ARPA と AIS 情報間の性能を比較するため、
Fig.3 に両方の時系列を示す。
Fig.3 において、ARPA は-3 分に捕捉が開始
され、0 分の後プロッティングが開始された。
次のことが確認できる。
(1) “ARPA co”は ARPA による針路を意味
し、次の 3 ヶ所を除いて AIS の船首方位
とほぼ同じように動いている。(a)8-9 分、
(b)18-21 分、(c)25 分以降
(2) (a)(b)(c)を除いた時間、ARPA 針路と AIS
ヘディングはほぼ同じか、±1~2°以内
である。ARPA co は、常にではないが、
ターゲットのヘディングとして使うこ
とが可能である。相対速力は 20 ノット
以上、そしてそれは合理的な誤差の範囲
内である。
(3) (a)区間では、距離測定に誤差(約 0.2 マイ
ル)が生じた。ARPA co もまた誤差が生じ
た。ターゲットのエコーレベルが変化
し、ターゲットのポイントもまた変化
し、誤差が発生した(Fig.4 参照)と想定さ
-9-
研究発表会予稿集 2015 年 9 月
Fig.3. Time History on ARPA and AIS
Information
Fig.4 The Random Noise of Range and
Bearing
れる。
(4) (b)区間では、ARPA の性能または応答時
間が明らかに差が生じている。この結果
により、ARPA のプロッティングの時定
数は約 3 分と想定される。
(5) (c)区間では、RADAR は島影に入ったタ
ーゲットを検知できなかったけれど、
AIS は完全ではないものの信号を受信で
きた。受信レートは落ち、毎回の送信を
受信しなかった。
RADAR による距離・方位の測定はランダム
誤差を含んでいる。そこで、精度を上げるには
通常、平均やローパスフィルタが使われる。い
かしながら、応答時間は悪くなる。ランダム誤
差の影響を観測するため、距離・方位の時間レ
ートをチェックした。Fig.4 は、dR/dT、dB/dT
として、これらの時間レートを示している。こ
れらは船体運動の効果を含んでいる。この効果
は、両者間の関係を示している。そして、これ
らの効果をキャンセルするため、dB+dR を示す
-10-
研究発表会予稿集 2015 年 9 月
両者の平均値が求められるべきである。
dR/dT 、 dB/dT 、 dR+dB の 標 準 偏 差 は
0.069(100%)、0.069(100%)、0.042(61%)である。
この場合、ARPA のコースと、あるいは、相対
/真ベクトルの偏差は 0.61 に小さくなったと
推定される。このレートの効果は、操船のいく
つかの場面で変化する可能性がある。
4.
ARPA/AIS 間の新しい融合システムのアルゴ
リズムの提案
ARPA と AIS 情報を比較すれば、すべての
AIS 情報は、精度と情報受信の時間間隔を除い
て応答時間は ARPA 情報より優れている。
融合システムにおいて、プロット点は正しい
識別とスワッピングや見失いの ない状態では
正確に得られる。情報は、カルマンフィルタを
使い、AIS 受信の一つとその次の間で内挿され
るべきであり、パラメータは重み付けされる。
そして、新しいアルゴリズムは次の 2 つの部分
から成る。(1)プロット点の検出、(2)AIS または
ARPA 情報の外挿
(1) プロット点の検出
基本的なポイントは、ターゲ ットからの各
AIS 受信で、船の中心を計算された AIS ターゲ
ット位置であるべきである。RADAR ターゲッ
トポイントが計算されたとき、PEDERSEN らは
エコーポイントの検討で両者の 差をチェック
した。そして、距離・方位の時間レートがレベ
ル外であれば排除され、レベル内であれば過去
の残差の重み付けを行う。レーダプロッティン
グポイントと AIS ターゲット位置の数回はチ
ェックされるべきである。残差がリーゾナブル
ならば、船の位置を修正する。
(2) AIS または ARPA 情報の外挿
良好な AIS 受信の場合、AIS 情報を使う方が
優れている。受信の閾値は、Class A の場合、
受信率 80%以上である。これは 5 回の送信の内
1 回取れないという意味で、たとえば、4 回受
信間隔が 10 秒の時、1 回は 20 秒となる。
5.
結論
結論を以下に示す。
(1) ARPA 性能がシステマティックに調査され
た。
(2) ARPA を使った船首方位の観測は、船型に
依 存 す る 風 潮流 の 影 響 の違 い を 除け ば 対
水速力距離計を使い可能である。
(3) 海上観測によると、距離方位のランダム誤
差は強烈で、正確なシステムを作るには平
均 化 手 法 を 適合 さ せ る 必要 が あ る。 た だ
し、応答時間は不十分となる。
(4) 距離・方位のランダムノイズの特性とラン
ダ ム ノ イ ズ を減 少 さ せ る対 策 が 検討 さ れ
た。
(5) (4)を使った融合 アルゴリ ズムと 正確な識
別システムを提案した。
参
考
文
献
[1] 村井康二・河口信義・三好雄一、ARPA 情報
の精度に関する研究-Ⅲ、日本航海学会論文
集、第 98 号、pp.43-51、1998.3
[2] Egil Pedersen, Yasuo ARAI and Naoto SATO,
On the Effect of Plotting Performance by the
Error of Pointing Targets in the ARPA System,
THE JOURNAL OF NAVIGATION, RIN 52-1,
pp.119-125. 1999.1
[3] MSC 79/23/Add.2 (2004). ADOPTION OF THE
REVICED PERFORMANCE STANDARDS
FOR RADAR EQUIPMENT, RESOLUTION
MSC.192 (79) ANNEX.34
[4] 瀬田広明・鈴木治・鈴木秀司・天野宏、AIS
と ARPA 情報を併用した海上交通観測手法の
開発、日本航海学会論文集、第 119 号、
pp.27-23、2008.9
[5] Akihiko HORI, Yasuo ARAI and Shigeyuki
OKUDA, Effective Onboard Application on
UAIS Information, Proceedings Asia Navigation
Conference 2007, pp185-190
[6] Akihiko HORI, Yasuo ARAI, Shigeyuki
OKUDA and Shimpei FUJIE, Study on
Application of UAIS Information Using
Directional
Antenna.
Proceedings,
Asia
Navigation Conference 2008, pp208-217
[7] Masatoshi SHIMPO, Kouhei HIRONO, Akihiko
HORI and Yasuo ARAI, Construction of
Navigational Information System to Prevent
Marine Accident. The Proceedings Asia
Navigation Conference 2009, pp330-33
-11-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
練習船実習生を対象とした e ラーニングに関する研究
-学習環境デザインにおける教官の役割分析-
○坂
利明*
霜田
一将**
1. はじめに
小澤
春樹***
村田
信****
面接の内容は、ボイスレコーダにより録音し、発話を
文字に起こして分析に必要なデータを作成した。
近年、タブレットやスマートフォンのような情報端末は
小型かつ高性能となり、教育の現場で活用する研究に関心
3. 結果と考察
が高まっている。このような端末を活用するにあたり、学
習の進捗状況の管理を可能とする LMS(学習管理システ
面接は e ラーニングシステムの使いやすさや維持の負
ム:Learning Management System)を用いた e ラーニング
荷に関する筆者の質問から始まり、これに対し経験年数 4
が注目されている。航海訓練所においても、e ラーニング
年の教官(以下、教官 A)が次のように発話した。
に関する基礎的研究として、水密隔壁などで覆われる船舶
教官 A:
「例えば一講義に一パワポ(スライド)をそこ
特有の環境でも無線 LAN を用いることで複数端末に対す
に入れ込む。それが三ヶ月にいっぺんだったり。そのくら
る同時ビデオ教材の配信を可能とするストリーミングサ
いであれば手間としてはそれほどないと思うんですね。そ
ーバーの構築と評価を行った 1)。また、e ラーニングは実
れを使って。まあ、講義をするだとか、そういうのはいい
習のような対面学習とは異なり、学習者自身が e ラーニン
んですけど、それで果たしてそれが有効利用されるかとい
グに接続し、学習を行うという自発的な側面が必要となる
うと、ただペーパーレスにしかなっていないんじゃないか
ことから、練習船内での e ラーニングに対し興味や関心の
っていう、ところも出てくると思うんです。効果の部分と
維持に関する動機づけの向上に着目した研究も行ってき
しては。なんで電子媒体じゃなければいけないの?ってい
た 2)。しかし、練習船では、航海当直や整備作業などの実
う、そこも絡んでくるので。それこそ紙配って、黒板でや
践の他、体系的な知識を習得するための講義や各種調査、
るのと、ただペーパーレスになってるだけで効果は変わら
さらにはこうした学習活動を船内生活とともに行ってい
ないじゃないかと。」
く多様で複合的な環境が形成されている。したがって、こ
面接の初期において教官 A は、e ラーニングの導入を効
のような環境の中に e ラーニングを導入し、新しい学習ツ
率と効果のそれぞれの側面からの評価を与えている。効率
ールを活用していく試みにおいて、これまでの先行研究に
については肯定的(少なくとも過剰なコストやリスクとは
みられる単一の技術的問題の解消や限定された場面での
感じていない)であり、一方で、効果については懐疑的で
動機づけの向上だけでは学習環境全体をデザインしてい
ある。効率の部分については、教官の行為(講義の準備)
くうえで十分とはいえない。
のみが具体的に発話されており、教える側の視点に基づく
本研究では、練習船における学習環境の中でも先行研究
評価であることが推察される。また、効果の部分について
において比較的データの収集が少ない教官に焦点をあて、
は、紙を配る・黒板を使うといったその媒体を共有する実
e ラーニングの学習環境デザイン過程における教官の果た
習生の視点が含まれている可能性を残しながらも、この時
す役割について検討する。
点においては明示的には語られていない。既存の学習形態
の中に e ラーニングのような新しい道具を導入しようと
2. 方法
するとき、評価の基準が時間や手間といった計量が容易な
ものから利用されていく一方で、その道具を共有する学習
練習船で勤務する教官を対象に面接を行った。多様なデ
ータが収集できるよう経験年数の異なる教官(一人は 4 年
者側の視点は表面化しにくく、懐疑的な評価へとつながる
一因ともなっているのではないかと考える。
でもう一人は 21 年)を選ぶとともに自由な発話が相乗的
面接が進行し、筆者が学習の進捗状況を管理する LMS
に促されるよう筆者を含む 3 人により同時に行ない、半構
の話題に変えると教官 A と経験年数 21 年の教官(以下、
造化面接法を用いた。
教官 B)は、次のように発話した。
* 准教授 日本丸
*** 教授
本所
** 准教授 本所
****教 授 銀河丸
教官 A:
「ペーパーで分かるものであれば、まあ、その
電子媒体を使って学習状況を把握するっていうのはいけ
-12-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
るんじゃないかと思うんです。例えば海上法規とか。知識
にしても先が見えないのは一番嫌なことなので、これをや
は置き換えられるんですけど、体にしみつけるようなこと
ったら、こんなことができるようになります、で、こんな
というのは置き換えられないと思うんですよ。」
ことができるようになったら次は何がしたいですね。で、
教官 B:
「模範を見せるっていうのはどうなんだろう。
何がしたいですかというところで、まあ人によって違うか
例えばロープワークをやっているところを、えーと何てい
もしれませんし、大体そっちに来るのかなっていう。たぶ
うの、自分がロープワークをやっているかのような視点で
ん、最終的にこうこうできるように、っていうところが見
ビデオを映して『こういうふうに結ぶんだよ、やってごら
えていれば、ちょっとは継続の足しにはなるんじゃないか
ん』のような。」
な、とは思います。うーん、継続させるには興味っていう
教官 A:
「それは結構いけるんじゃないですかね。手を
意見がやっぱり多いわけじゃないですか。いろいろ聞いて
どう動かせばいいかっていうのは、やっぱり見てやってみ
ると。興味があればやる。でも、興味を持たせるのが難し
て初めて分かることなんで紙にこうやってやります、右手
いんですよね。うーん。」
はこう動かしますって書いてあっても分からないんです
教官 A の発話内容の特徴として、面接初期に見られた
よ、実際。(中略)これで良いのか・これで悪いのか、確
具体的な道具やその道具を活用する場面の想定がなく、
信がない。
『たぶんこうだと思うんだけどな』ではなくて、
「教え方」から、抽象的な概念を中心とした「継続させ
『これでいいんですよ』という。まあ、基礎的なところは
る学習環境」への学習環境デザインの提言となっている
似たり寄ったりするのはあるんですが、何か、人によって
ことがあげられる。この変化の要因として、学習に対す
はこうだ、人によってはこうだっていうことろがある中で、
る興味や継続といったテーマそのものが抽象的であるこ
まあそういうのは基本的にはいいんだよ、ということろが
とや教官 B との対話が不十分であることが考えられる。
あったほうがいいんではないかなと思うんですけど。うー
一方で、面接初期からこの段階にかけての変化を俯瞰的
ん、それだと凝り固まりすぎるのかなというのもある。」
に捉えると学習環境デザインの過程を、
(1)教育実践の
身体運動を伴う学習に対しては依然、その活用に疑問
場で使用される道具の具体例(2)利用可能な道具を再編
を残しながらも知識のみの学習に関しては電子媒体の活
し学習を拡張させる典型例(3)持続可能な学習環境を形
用の可能性を示す発言に変化している。これは教えるため
成するための基本設計、という流れとして解釈すること
の道具だけでなく学習の進捗を把握する道具にも焦点が
も可能である。前述の流れに関与し、実習生に学習への
当てられることにより、教官と学習者の間の相互行為に対
興味や関心を任せるのではなく、実習生の視点で道具を
する関心へとシフトしていく契機になったのではないか
捉え、さらに、教官こそが興味や関心を維持できる、学
と考えらえる。さらに教官 A は、それまで不可能だとし
習環境をデザインすることが必要ではないかと考える。
ていた身体運動を伴う学習に対しても電子媒体の活用の
可能性を示す発言に変化させている。これは教官 B が提案
4. まとめ
した身体運動を学習者の視点で提示するという方法に対
しての評価である。教官 B のこの問いは、道具の活用に関
教官が教材または他の教官と向かい合い、学習環境をデ
して観点の異なる二つの拡張性を有している。一つは、学
ザインしようとするとき、一般的なシステム設計とは異な
習の進捗を把握するための相互行為から、実際に教えると
る過程を形成することがある。教官が単なる知識や技能の
いう場面での相互行為への拡張であり、もう一つは、知識
伝達者ではなく、学習環境デザインに積極的に参入するこ
の習得から身体運動を伴う学習への拡張である。
とにより、システム全体を往還的に改善させることができ
こうした教官と学習者の相互行為に対する関心は、
様々な葛藤も与えている。豊富な学習内容を網羅すること
る仕組みの構築を可能とし、練習船に適した学習環境デザ
インが可能となるのではないかと考えられる。
とは異なり、同一の学習内容について教官ひとりひとりが
有する多様な教え方のすべてを e ラーニングの中に取り
参考文献
入れていくことは困難であると考えられる。このような
「教え方」に関する部分において新しい道具を学習環境か
1) 藤井肇・霜田一将・村田信:練習船イントラネットを
ら切り離さずに設計しようとする教官 A の模索は、教え
利用した e ラーニングに関する研究,pp.14-15,航海訓練
方に関する教官 B との対話によって生起したものと考え
所第 13 回研究発表会予稿集,2013 年 9 月
られる。
2) 小田浩文・霜田一将:練習船イントラネットを利用し
教官 A:「
(前略)あとは、これをしたら何ができます
といことを最初に明示をする?例えば物事をやっていく
た e ラーニングに関する研究,pp.5-7,航海訓練所第 14 回
研究発表会予稿集,2014 年 9 月
-13-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
海技大学校における BRM 研究に関する取り組みについて
○久保野 雅敬・浅木 健司・山本 一誠・高平 但・藤井 迪生・濵田 聡樹
(海技大学校航海科運用グループ)
1.
はじめに
とが課題のひとつとなっている。
船舶においてヒューマンエラーに起因する事故を
防止するため、BRM(Bridge Resource Management)
訓練が導入され、10 余年が経過した。また、STCW
条約の 2010 年マニラ改正において、「安全な航海当
直の維持」のための知識・理解及び技能に「BRM の
原則に関する知識」が追加されており、訓練の必要
性は益々高まっている。
海技大学校においても 2001 年より BRM 訓練を実
施し、これまで約 4000 名が受講してきた。その多く
は内航船員であり、訓練手法や訓練機材に前例がな
い中、外航船員を対象とした既存の訓練を参考にし
つつ訓練を軌道に乗せてきた。
その一方で、運航現場において BRM がどれだけ
理解され継続して実践されているのかを把握する
ことは、訓練の充実と質の向上には不可欠である
ことから、BRM 訓練にみるフェリー乗組員の行
動と評価 1)、BRM の観点から見た航行安全チェ
ックリストと危険評価 2) 、BRM の観点から見た
航行の安全性向上過程の考察 3) 、BRM 訓練効果
の検証 4)等、BRM の効果に関して研究を行い、都
度それらを訓練及び運航現場へフィードバックし
てきている。
3.
3.1


現在の問題点
BRM 訓練に関しては、STCW コードのように到達

レベルについての基準がなかったため、習得項目や
範囲については独自に検討し、訓練カリキュラムに
ついても、IMO モデルコース 1.22「Ship Simulator and
Bridge Teamwork」を参考にしつつ所要の改善を行っ
講義用テキストのあり方についての検討 5)
BRM 訓練では、ヒューマンファクターに関する
知識を習得するために、講義が重要な位置を占め
ており、その教材として使用されるテキストは、
受講前後においても自学自習に利用でき、そうす
ることで知識の定着を図れるため、個人用の教材
として最も重要であるといえる。
2010 年マニラ改正において STCW コードに追
加された「BRM に関する知識」に鑑み、同コード
を基準に習得項目について検討・整理したうえで、
BRM 訓練テキストのあり方について検討を行っ
た。得られた結果を要約すると以下のとおりであ
る。

2.
問題点改善へ向けての現在の取り組み

STCW コードの要求事項を基準とすることで、
BRM 訓練での習得項目及び範囲が明確にな
った。
STCW コードから抽出した BRM スキルと、
ヒ ュ ー マ ン ファ ク タ ーの 基 礎 概念 で あ る
m-SHEL モデルとの関係を整理した。
関連する知識をこれに沿って整理すること
で、習得知識に一貫性を持たせた構成のテキ
ストにできることを提案した。
テキストとして具備すべき一般的要件を、公
的な基準を基に整理した。
得られた基準と、過去の調査結果をもとに
BRM 訓練テキストが具備すべき要件を示し
た。
てきている。しかし、教育・訓練内容を検討・精査
する場合や、訓練効果を評価する場合においても、
拠り所とする基準を設けない限りは、曖昧さの問題
があることは拭いきれない。
講義用テキストや操船シミュレータ訓練のシナ
リオ作成に向けて、それらの基準を把握すべきこ
表 1 にテキストの構成案を示す。テキストは 3 部
構成とし、第1編は講義内容を、第 2 編は事例研究
用の題材を、第 3 編はシミュレータ訓練と実際の運
航現場に必要な情報を記載する構成とした。
-14-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
表 1 BRM 訓練テキストの構成案
第1編 BRM
1.1 訓練の背景及び目的
(1)海難事故と事故の原因
(2)海事機関等の対応
(3)BRM 訓練の必要性と目的
1.2 ヒューマンエラー
(1)ヒューマンエラーの発生
(2)事故防止の手法
1.3 BRM の概要
(1)BRM の定義
(2)BRM スキル
1.4 リソース・マネジメントの
考え方
(1)m-SHEL モデル
(2)BRM スキルと m-SHEL モ
デル
1.5 BRM スキルの習得
(1)状況認識
(2)問題解決
(3)意思決定
(4)コミュニケーション
(5)リーダーシップ
(6)運航技能
1.6 BRM のための行動指針
4.
第2編 事故事例と BRM の検
討
(1) 衝突事故
(2) 乗揚げ事故
BRM に関するスキルを習得しかつ習熟するた
めの操船シミュレータ訓練シナリオの設計手法に
ついて検討した。シミュレータ訓練では、STCW
コードが求める知識・技能の習得及び定着に必要
なスレット(Threat)が組み込まれ、かつ船舶の
実際の運航に近い状況を再現したシミュレーショ
ン訓練シナリオの作成が必要である。ここではス
レットを潜在する危険性により 4 段階に分けた
「スレットレベル」の概念を表 2 に示し、それを
シナリオ作成時のひとつの要件とすることを提案
した。
表 2 スレットレベルの定義
スレットレベル
許容可能
II
問題あり
III
重大 な問題あ
り
IV
許容できない
定義
必要に応じスレット低減を実施する。
(た
だちに低減対策を要しないスレット)
多少問題がある。
(低減対策を要するスレット)
重大な問題がある。
(低減対策を要するスレット)
直ちに解決すべき問題がある。
(受け入れ不可能なスレット)
また、訓練シナリオに盛り込まれたスレットに
対処するのに必要な BRM スキルの重要度を定量
的に表現できる FE(Failure Effect Level)レベルを
新たに提案し、その指標を用いることによって訓
練シナリオの特徴と難易度を表現する方法を検討
した。
表 3 FE レベルの定義
FE レベル
1
2
3
4
5
訓練には技能の習得と習熟に加えその評価も不
可欠な要素であり、それを満足するためには解決
すべき課題は多い。BRM が STCW コードに追加
されたことにより、BRM 訓練に対するニーズが更
に高まることが予想されるが、今後は本研究結果
を基に、
良質の訓練が提供できるように努めたい。
第3編 航行の実践
(1) 航海計画
(2) VHF 交信要領
3.2 操船シミュレータ訓練シナリオの設計方法
について 6) 7) 8)
I
おわりに
参 考 文 献
1) 西村・増田・岩崎・品川:BRM 訓練にみる乗
組員の行動と評価に関する考、海技大学校研
究報告書第 51 号、2008 年 3 月
2) 田口・淺木・北川・西村:カーフェリーの航
行安全チェックリストと危険評価に関する
提案、海技大学校研究報告第 51 号、2008 年
3) 北川・淺木・山本・田口:BRM の観点から見
た航行安全性向上過程の考察、海技大学校研
究報告第 51 号、2008 年 3 月
4) 海技大学校航海科:安全運航に関する乗船検
証報告書、2008 年 3 月
5) 淺木・山本・品川・高平・久保野・濵田:BRM
訓練テキストに関する一考察、海技大学校研
究報告第 57 号、2014 年 3 月
6) 久保野・淺木・山本・品川・高平・濵田:BRM
訓練シナリオに関する一考察、海技大学校研
究報告第 57 号、2014 年 3 月
7) 藤井・淺木・久保野・濵田:BRM 訓練に用い
るシミュレータ訓練シナリオのレベル定量化
手 法 の 検 討 -BRM ス キ ル の 欠 落 影 響 度
(Failure Effect Level)の提案-、海技大学校研
究報告第 58 号、2015 年 3 月
8) 久保野・淺木・藤井・濵田:BRM 訓練受講者
の視点によるシミュレーションシナリオの評
価に関する一考察、海技大学校研究報告第 58
号、2015 年 3 月
定義
評価対象の BRM スキルが欠落した場合、どちらか
と言えばエラーにつながらない。
評価対象の BRM スキルが欠落した場合、エラーに
つながるか、つながらないか、どちらとも言えない。
評価対象の BRM スキルが欠落した場合、エラーに
つながる可能性がある。
評価対象の BRM スキルが欠落した場合、エラーに
進行する可能性が高い。
評価対象の BRM スキルが欠落した場合、間違いな
くエラーに進行する。
-15-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
実技訓練におけるトレーニング・モチベーションの調査研究について
〇河合和彦 *
1.
〇下田壮一 *
尾崎高司 **
熊上尚男 * *
であった。
はじめに
次に乗船実習終期に訓練生の乗船実習の感想を調査し
航海訓練所練習船における実習訓練は、マニュアルに基
たところ、図 3 に示すとおり、肯定的に考える割合が 54%
づく機器の運転操作のみならず、運転操作の勘所のような
に向上していることが確認でき、同時に調査を行った将来
言葉では言い表しがたい内容を訓練生に伝えるため、座学
に船員を希望する訓練生の意識も 70%が強まる結果を得
とは異なる部分がある。
ることができ、実習訓練により訓練生のモチベーションが
特に実技訓練の成果は、実習生自身のモチベーション
向上することが分かった。
(自己研讃の意識)の高さにより、大きく左右されること
とても辛
かった
8%
辛かった
16%
は過去の研究から明らかであり、すなわち、よりよい訓練
を行うためには、実習生のモチベーションを高い状態を保
ち、実習を行うことが練習船に求められている。
本報では、乗船実習を迎える訓練生の動機や乗船実習に
おいて主となる実技訓練に関するモチベーションの変化
楽しかっ
た
35%
どちらとも
言えない
22%
について調査・検証を行い、その結果をここに報告する。
2.
とても楽し
かった
19%
乗船実習前後の訓練生の意識について
図 3 乗船実習の感想
乗船実習に臨む商船系大学機関科短期乗船実習の訓練
3. トレーニング・モチベーションに関する研究と目的
生に対し、学校選択の動機や乗船実習に臨む心境に関する
その結果を図 1 及び 2 に示す。
アンケート調査を実施した。
3.1. トレーニング・モチベーションに関する先行研究
乗船実習を迎える訓練生にとって、未経験又は経験の浅
船舶員
希望
14%
近親者
が船員
4%
その他
26%
学力
レベル
47%
いものに対する印象は、分からない不安感と自分で行う好
奇心が葛藤する状態にあると考える。また、興味を示さな
い訓練生にはやりたくない拒絶があるかもしれない。
これは、課題である事項を高いレベルで達成したいとい
う達成動機理論*1)で説明することができる。つまり、成
自宅から
近い
9%
功を求めようとする傾向と、失敗を回避しようとする傾向
が合成されたものであると考えられており、前者は課題に
図 1 学校選択の動機
とても
嫌だ
16%
大学機関科
嫌だ
16%
チャレンジするという方向性の接近傾向、後者はなるべく
チャレンジを避けるという回避傾向と論じている。この課
とても楽
しみ
6%
楽しみ
33%
題への取り組みにおいて、マレー*1)は「面白い」
「やりが
いがある」と感じられる場合、その行動自体が快感や満足
の源になっている行動を「内発的に動機付けられた行動」
と呼び、この行動に関与する動機を「内発的動機」と呼ん
でいる。実技訓練における学生の接近傾向は、この「内発
どちらで
もない
29%
的動機」により形成されると考える。
また、課題に関してレベルを設定して達成させる過程の
中では、アトキンソン*1)は、成功の見込みが中程度の課題
図 2 乗船実習に臨む心境
(図 4 参照)において、接近傾向がもっとも強くなるもの
アンケートの結果より訓練生のうち船員希望は 14%、乗
と論じている。
船実習に臨む心境では実習を肯定的に考える割合は 39%
* 講
師
** 教
授
-16-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
表 1 予備調査の質問紙
接
近
傾
向
1.機関プラントの知識
Q1 機器の名称が聞き慣れないものである
Q2 船の推進プラントが分かっていない
Q3 機器の配置・関連が分かっていない
(ポンプと吸入弁・吐出弁、始動器のスイッチ 等)
0
0.50
Q4 船の推進プラント・機器の関連を覚えきれない
1.000
2.機器の運転操作の理解
成功の見込み
Q5 機器の操作方法が分からない
図 4 成功の見込みと接近傾向
Q6 機器を運転して何を監視・点検するのか分から
ない
3.2 目的
Q7 運転操作を失敗すると機器を壊してしまう、又は、
乗船実習において主となる実技訓練を効果ある良い結
果へ導くためには、訓練生の知識・経験、意欲、訓練設備、
しまいそう
指導者及び実習訓練プログラム等のそれぞれの要因の影
3.実技訓練に対する印象
響を考慮することが必要である。実技訓練において計画・
Q8 運転操作を失敗すると恥ずかしい
実行した各要因に優劣を付け、その序列より悪い部分を重
Q9 機器の運転操作を失敗すると指導を受ける(怒ら
れる)
点的に改善することが PDCA サイクルの基本となる。
Q10 実技訓練において評価を受けることが嫌い(怖
本報では、実習訓練において、特に実技訓練に焦点を当
い)
てた訓練生の心理(トレーニング・モチベーション)に関
Q11 実技訓練には興味がない
する調査・分析を行い、併せて、実技訓練における訓練生
4.実技訓練の内容
の接近傾向又は回避傾向についても分析することとした。
Q12 実務訓練の訓練時間が不足している
Q13 実技訓練の到達目標が不明確である
4. トレーニング・モチベーションに関する予備調査
5.総合
総合 実技訓練(機器の運転操作)は難しい
4.1. 予備調査の手法
本報告では実技訓練を受ける訓練生のトレーニング・モ
チベーションを、表 1 に示す質問紙に示す 5 つの分類「機
第 1 に「機関プラントの知識」では、
「Q2 船の推進プラ
関プラントの知識」
「機器の運転操作の理解」
「実技訓練に
ントが分かっていない」ことが挙げられ、訓練生が舶用機
対する印象」
「実技訓練の内容」
「総合」により調査を行い、
関プラントを構成する機器の個々の名称、役割及び配置は
CS(Customer satisfaction)調査の分析手法を採用した。
理解しているが、プラント全体の関連性・システムを把握
調査対象者は、海技大学校機関科の訓練生 8 名とし、3
することに難しさを感じているものと推測する。
級海技士(機関)の資格取得を目的とする実習訓練課程に
第 2 に「機器の運転操作の理解」でも、
「機関プラント
おいて、練習船の乗船履歴では 10 月目から 12 月目を迎え
の知識」の不足から、更に実践力が求められる機器の操作
る訓練生である。
方法、監視・点検の方法に不安が表れている。
予備調査では、実習訓練カリキュラムに基づき、導入訓
第 3 に「実技訓練に対する印象」では、
「Q8 運転操作を
練を終えた、実習開始後(第 1 回目)と、実習中期に実技
失敗すると恥ずかしい」及び「Q9 機器の運転操作を失敗
テストを行った直後(第 2 回目)に質問紙によるアンケー
すると指導を受ける(怒られる)
」といった失敗を避ける
ト調査を行い、対象訓練生の意識の変化を測り、トレーニ
回避行動が目立つようになる。前者は実習の経過で訓練生
ング・モチベーションに関する調査・分析をした。
の知識及び技能の向上により解消されるものと考えられ、
第 2 回調査では最重要改善分野から維持分野に移動してい
4.2 予備調査の結果と考察
る。しかしながら、後者の方は失敗を恐れて、①実際の作
第 2 回予備調査の結果を図 5 に示す。訓練生の実技訓練
業から逃避する、②グループ学習では集団の中に隠れてし
に対する印象は、非常に興味あるものであり、実習におい
まう、等の非積極的な行動が持続することが懸念される。
てこの意欲的な姿勢は活用したいところである。
第 4 に「実習訓練の内容」の部分では、実技テスト後に
は「Q12 実務訓練の訓練時間が不足している」ことが挙げ
-17-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
られている。実技テストによって自己の技能レベルを把握
よりレベルの高い教育訓練内容が提示され、推進プラント
できたことから「運転操作を失敗すると恥ずかしい」等の
の構成機器・配管や配管調査の課題、主機やボイラの運転
回避行動から、自己の改善や向上させる意欲といった動機
操作等の実技訓練が計画実施されてことを理由に考える。
付けの方向性が表れたものと推定する。
また、訓練生が船舶運航に関する技能を向上させる過程
以上、実習訓練の期間には、訓練生の知識及び技能の向
では、実践訓練期にある訓練生が自己を厳しく評価する傾
上により、実技訓練に対する回避行動や自己研鑽の動機付
向が確認できる。例えば、項目「Q2 船の推進プラントが
けが生じてくることが分かった。
分かっていない」に関して、初期訓練期③において理解で
きていないという否定的な回答をする訓練生の割合が
満足度偏差値
70
◆
Q11
27%程度であるに対し、実践訓練期では 39%程度に上がる
ような結果にも現れている。理解できたという回答の割合
65
Q6
60
55
Q8
Q3
Q1
Q13
Q5
50
30
35
40
45
45
Q10
40
50
55
Q2
Q9
Q7
Q4
35
60
65
相
関
偏
差
値
70
は、実習訓練内容のレベルに大きく影響することとなり、
2.項「トレーニング・モチベーションに関する研究と目的」
にて紹介した、難し過ぎず・簡単過ぎない訓練レベルの設
定が、訓練生の実習訓練に対する内発的動機や成功させる
見込みの向上に深く関連するものと考える。
6.
終わりに
Q12
2010 年に STCW 条約のマニラ改正が採決され、船舶職
30
員に求められる能力に、船舶運航の知識や技能ののみなら
図 5 予備調査 第2回質問紙調査
ず、人的資源の活用として、リーダーシップ、コミュニケー
ション等の非技術的技能が付加されている。
5.
本調査
その非技術的技能の根幹が積極性やモチベーションで
あり、航海訓練所の練習船実習では訓練生に対し、それら
5.1 本調査の手法
の技能向上を実習訓練の中で図ってきたところである。
本調査では大学機関科の実習生を対象とし、12 月の練習
今回テーマに取り上げたトレーニング・モチベーションの
船実習における次の時期に調査を行った。
変化は、前述の質問紙に示す分類や各質問項目の結果に見
①
初期訓練期 2 月目(短期実習)
ることができる。これまで実習訓練の経験により主観的に
②
初期訓練期 3 月目(短期実習)
は把握していた非技術的技能のレベル・変化を、CS 調査
③
実践訓練期 5 月目(長期実習)
という手法を用いてある定量的な尺度により分析できた
と考える。
5.2 本調査の結果と考察
終わりになりましたが、本報をまとめるに当たりご支援
初期訓練期に重点改善分野にあった、調査①「Q8 運転
を賜りました、当所機関科教官諸氏 須藤信行教授、東
操作を失敗すると恥ずかしい」
「Q3 機器の配置・関連が分
福守教授、恵美裕教授及び杉本文太教授に深く感謝の意
かっていない」
、調査②「Q1 機器の名称が聞き慣れないも
を表します。
のである」
「Q5 機器の操作方法が分からない」
「Q3 機器の
参 考 文 献
配置・関連が分かっていない」
「Q4 船の推進プラント・機
器の関連を覚えきれない」
「Q9 機器の運転操作を失敗する
と指導を受ける(怒られる)
」のうち、実技訓練における
1) 山口裕幸・金子篤子 編:よくわかる 産業・組織心
「失敗の恥かしさ」や「失敗すると指導を受ける」という
理学、Ⅱ 3 4、28-31
意識は、予備調査の結果に似通ったものであった。ただし、
・マレー Murray, E.J. 1964、Motivation and Emotion.
これらの項目は実践訓練期には改善分野に移動している。
Englewood Cliffs, NJ: Prentice-Hall.(八木冕(訳)1966
実践訓練期の重点改善事項には、
「Q2 船の推進プラント
年 動機と情緒)
が分かっていない」
、
「Q4 船の推進プラント・機器の関連
・アトキンソン Atkinson, J. W. 1957、達成動機理論
を覚えきれない」
、
「Q5 機器の操作方法が分からない」が
Motivational determinants of risk taking behavior,
挙げられている。恐らく実習訓練カリキュラムにおいて、
Psychological Reviews
-18-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
練習船内における実習生用充実感測定尺度の開発 1
-信頼性、妥当性の評価-
○佐藤
1. はじめに
著者らは「練習船内における実習生用社会的ス
キル測定尺度(Scale of Social Skills for Cadets
in Training Ship:SSSCTS)
」を開発した(2012)。
開発後、尺度の妥当性を高める目的で実習生に対
し、直接インタビューを行ってきた。その過程の
中で、船内生活に関して尋ねたところ、SSSCTS の
得点が高い者の方が練習船内での生活について充
実している、又は満足していると話す者の割合が
多いと感じた。それは、社会的スキルと充実感の
間に密接な関係があることを示唆していると考え
られる。しかしながら、充実感とは何なのかとい
う構造的・体系的な理解や知識がなければ、関係
があるということを理解したに過ぎない。実際の
ところ、口頭によるインタビューだけでは、充実
している理由を明確にすることは困難である。そ
れは、
「充実感」といっても、実習生本人も何が原
因でそう感じるのか明確に分かっていないことが
一因であると考えられる。
そこで、本研究では、練習船における実習生の
充実感の構成内容を具体的に理解するため、既存
の尺度に練習船向けの修正を加えた充実感測定尺
度の開発を試みた。今回は、作成した充実感尺度
の信頼性、妥当性を評価したので報告する。
2.
*
准教授 大成丸
** 教授
藤井
肇 **
尺度 2 とする)(妥当性測定用尺度)
児童期からの充実感測定用に開発された
生活充実感尺度(1 因子構造)の項目におい
て用語等の修正を加えた尺度(10 項目)。
(4)回答法
(3)の 1)、2)とも 4 件法。点数の割当は、
ぴったり当てはまる(4 点)、だいたい当ては
まる(3 点)、あまり当てはまらない(2 点)、
まったく当てはまらない。以上の方法により実
習生自身で、自己回答により回答してもらった。
また、各質問については、あまり深く考えずに
回答するよう教示した。
3.結果
(1)信頼性
内的整合法 1) により信頼性係数(クローンバ
ックのα係数)を算出したところ、表 1,2 のと
おりとなった。
表1
充実感尺度 1(30 項目)
信頼性係数
α係数
項目数
0.72**
方法
(1)被験者
大成丸乗船中の実習生 112 名(男子 109 名、
女子 3 名)
(2)調査日時
平成 27 年 3 月、回答時間約 20 分
(3)調査用紙
1)練習船版生活充実感尺度 1(以下、充実感
尺度 1 とする)
大学生の生活充実感測定の研究で使用さ
れた、大学生生活充実度尺度短縮版(4 因子
構造)の項目を修正し、新たな項目を追加す
る等変更を加えた尺度(30 項目)。
2)練習船版生活充実感尺度 2(以下、充実感
哲司 *
表2
30
** 1%水準で有意
充実感尺度 2
信頼性係数
α係数
項目数
0.83**
10
** 1%水準で有意
1)
検査に含まれる全ての質問項目に対する被験
者の反応の一貫性の程度を示す 指標の値をも
って、信頼性係数の推定値とする方法である。
推定値は 0~1 の値をとり、1 に近いほど信頼性
が高いことを示す。
(2)妥当性
銀河丸
-19-
研究発表会予稿集
1)内容妥当性
内容妥当性には、要領を得ない質問になっ
ていないか、或いは、分かりにくくないかと
いったような問いかけ方の妥当性に関する
表面的妥当性と質問内容が測定する領域を
十分に代表しているかどうかという論理的
妥当性に分けられる。
充実感尺度 1 においては、信頼性、妥当性
が高かった先行研究(大学生に対する大学生
活充実尺度短縮版)を参考に、練習船におけ
る練習船内における 実習生の生活を意識し、
用語のみを適宜変更(例えば、「大学での生
活」→「練習船での生活」等)したものであ
り、問い方そのものは変更していない点や、
先行研究同様、本研究も 20 歳前後の被験者
を対象にしている事等を考慮すると、用語の
変更の他、新規項目の追加等の変更はあるも
のの、充実度に関する表面的及び論理的妥当
性は保持しているものと考えられる。
2)構成概念妥当性(収束的妥当性)
この妥当性は、関心下にある検査尺度が、
人間の行動や反応を説明するために理論上
設けられた概念(構成概念)や特性をどれほ
ど正確に測定するかを示す指標となる。この
妥当性を評価する方法の一つに、同一の概念
を測定する尺度との相関を調べる方法があ
る。この場合の妥当性は構成概念妥当性の一
つである、収束的妥当性を示すことになる。
本研究においては、信頼性、妥当性ともに
高く、充実感尺度 1 とほぼ同じ概念を示すと
考えられる充実感尺度 2 との相関係数を算出
し、収束的妥当性を表すものとした。結果は
表 3 のとおりである。また、両尺度の散布図
は図 1 のとおりである。
表3
図1
2015 年 9 月
充実感尺度 1 と 2 の散布図
4. 考察
(1)充実感尺度 1 について
3(1)に示されているとおり、充実感尺度 1 の
信頼性係数は、0.72 と高い数値であることか
ら、信頼性が高い尺度であると考えられる。充
実感尺度 1 の基になった、大学生活充実度尺度
短縮版に関する先行研究において、信頼性係数
が 0.7~0.85 程度である(ただし、この場合下
位尺度の信頼性係数)ことを考慮しても、本研
究による充実感尺度 1 は信頼性が十分高いと考
えられる。
また、3(2)1)、2)に示されているとおり、内
容妥当性及び構成概念妥当性(収束的妥当性)
についても、妥当性が高い尺度であると考える
ことができる。充実感尺度 1 については、先述
したとおり、大学生向けに充実感を測定する尺
度であったものを、練習船に乗船している実習
生向けに修正したものである。また、他に新た
な項目を追加する等しており、基の尺度とは異
なった点もある。こういった点を考慮すると、
変更箇所が主に項目中の用語の 変更のみにと
どまっている充実感尺度 2 との相関が高いこと
から、充実感尺度 1 は充実感を測定する尺度と
しては妥当性が高い尺度であると考えられる。
充実感尺度 1 と 2 の相関係数
相関係数
0.72**
** 1%水準で有意
(2)充実感尺度 2 について
3(1)に示されてるとおり、充実感尺度 2 の信
頼性係数は、0.83 と高い数値であることから、
信頼性が高い尺度であると考えられる。充実感
尺度 2 の基になった、生活充実感尺度に関する
先行研究においても、算出され た信頼性係数
(α係数)が 0.81、0.84(2 度調査の結果)で
あることを考慮しても、本研究における充実感
-20-
研究発表会予稿集
尺度 2 は信頼性が十分高いと考えられる。
また、4(1)でも述べたとおり、基になった尺度
のからの修正は用語の修正程度であり、尺度の妥
当性は高いまま、
大きな変化はないと考えられる。
そのため、本研究では、充実感尺度 1 との相関係
数を算出し、構成概念妥当性(収束的妥当性)を
示す指標として用いた。
5.まとめ
本研究で作成した、充実感尺度 1 と充実感尺度
2 について評価・分析を行った結果、信頼性・妥
当性ともに高い尺度であることが分かった。これ
らの結果を踏まえた上で、今後は、充実感尺度 1
及び 2 の内容分析等を実施し、これらの尺度がど
ういった構成要素で成り立っているかについて分
析を行いたいと考えている。
4)
5)
6)
7)
8)
9)
参 考 文 献
浅野 紀夫:統計・分析手法とデータの読み
方、日刊工業新聞社、1992
2) 大対 香奈子:大学生活充実感を規定する
要因の検討、教育心理学会第 56 回総会論
文集、P.175、2014 年
3) 奥田 亮他:大学 1 回生から 4 回生までの
横断および縦断データから見た大学生活
充実度の推移、The Human Science Research
Bulletin No.9、大阪樟蔭女子大学、P.1~
1)
10)
11)
-21-
2015 年 9 月
P.14、2010 年
奥田 亮他:大学生活充実感に関する研究
(1)、日本心理学会第 74 回大会論文集、
P.1212、2010 年
古谷野 亘:多変量解析ガイド、川島書店、
1992 年
牧野 幸志他:大学生活への満足度に関す
る教育心理学的研究-学生は大学に満足
しているのか-、高松大学紀要第 37 号、
P.59~P.72、2004 年
坂田 浩之他:大学生活充実感に関する研
究(2)、日本心理学会第 75 回大会論文集、
P.1201、2011 年
佐藤 哲司、藤井 肇:練習船における実習
生用社会的スキル測定尺度の開発、調査研究
時報第 89 号、P.1~p.20、航海訓練所、2012
年
高橋 智子他:児童期からの適応感を測定で
きる生活充実感尺度の開発、広島大学大学院
教育学研究科紀要第 1 部第 59 号、P.69~P.77、
2010 年
田中 敏、山際 勇一郎:教育・心理統計と
実験計画法、教育出版、1992 年
渡部 洋:心理検査法入門、福村出版、1994
年
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
練習船実習生を対象とした指差呼称の効果に関する研究
健志 *
○吉村
山本
訓史 **
阪根
靖彦 **
村田
信 **
小川
賢次郎 *
疋田
涼 **
楠
1. はじめに
将史 **
Slips
Skill based
Laps
海上保安庁が作成した資料「平成26年における海難の
Error
Rules based
Human error
現況と対策について 1)」によると、全船舶事故隻数の 43%
Mistakes
Knowledge based
Violation
を占めるプレジャーボートの事故原因は、見張り不十分が
最も多く 159 隻(17%)、次いで機関取扱 152 隻(16%)、船体
図1
機器整備不良 127 隻(14%)であった。このような機関故障
ヒューマンエラーの分類
Generic Error Modeling System (Reason, 1990)
等事故は、日頃の適切な整備や発航前点検の実施によって
未然に防ぐことができるため、海上保安庁と国土交通省海
指差呼称によってぼんやりミスを防ぐ(指差呼称の覚
事局は、安全啓発用リーフレットや発航前点検チェックリ
醒効果)、(5)指差呼称によってタイムラグを挿入
スト 2)を作成し、船長がプレジャーボートの出港の都度、
し焦燥反応を抑制する(指差による反応遅延のエラー
発航前点検が実施できるよう取り組みを行っている。
抑制効果)などが挙げられる
点検の漏れなどのヒューマンエラーを防止するため、チ
ェックリストとともに日本の鉄道、プラント、医療などの
3)
。また、指差呼称の効
果は、選択反応課題を課したいくつかの実験結果から
明らかにされている
4,5)
。
ところが、指差呼称になじみのない実験参加者では、
現場に広く導入されているのが指差呼称である。
ヒューマンエラーは、実行の失敗(スリップ、ラプス)
指差呼称することが負担となり、エラー低減効果が見
と、計画の失敗(ミステイク)に分類される(図 1)。指
られなかったり
差呼称は、これらのヒューマンエラーのうち、計画や意図
るという感覚が得られにくいことから、指差呼称の実
は正しいものの、点検漏れや点検を忘れてしまうような実
施が徹底されず、形骸化している可能性が指摘された
行段階で失敗するスキルベースのエラーに対して、有効で
りするなど
あると考えられる。
えることが知られている。
7)
6)
、指差呼称によりエラーが防止でき
、作業者の熟達度などが効果に影響を与
そこで、本研究では、船舶機関を対象とした指差呼称の
一方、船舶機関士を養成する過程において、熟達者
効果を定量的に明らかにするために、機関科実習生に発電
から初心者への技術伝承や、効果的な訓練手法の体系
機の並行運転を行わせて、指差呼称がエラー発生率及び所
化など、認知工学や認知工学的な見地から機関士養成
要時間に及ぼす影響を実験によって確かめた。
訓練法に関する研究が進められている
8,9)
。このような
船舶用機関を含むプラントの機器操作作業は、指示と
実行の間に指示内容を保持しておく「時間経過」が存
2. 指差呼称
在しており、鉄道場面での指差呼称とは異なった特徴
指差呼称は、危険予知活動の一環として、作業対象、
を有している
10)
。
標識、信号、計器類に指さしを行い、その名称と状態
3. 方法
を声に出して確認することである。
指差呼称がヒューマンエラーの防止に役立つ理由と
して、(1)指差によって注意が向き見落としを防ぐ
本研究は、機関科実習生が発電機の並行運転を行う際
(指差の視線停留効果)、(2)呼称によって行為の
に、指差呼称の実施が所要時間及びエラー発生率に及ぼす
記憶が残る(呼称の記憶強化効果)、(3)呼称によ
影響を評価した。
ってエラーに気づく(呼称のエラー気付き効果)、
(4)
*
**
海上技術安全研究所
航海訓練所
-22-
研究発表会予稿集
3.1 対象船
(%)
航海訓練所の練習船「銀河丸」を対象とした。
3.2 実験調査期間
実験及び調査は、平成 26 年 11 月 29 日(土)から 12 月 3
日(水)まで 6 日間と、平成 27 年 1 月 6 日(火)と 1 月 7 日
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
60
120
180
240
300
360
420
480
540
600
660
720
780
840
900
960
1020
(水)の 2 日間、計 8 日間にわたって行われた。
2015 年 9 月
所要時間(sec)
3.3 実験参加者及び調査対象者と人数
指差呼称なし
銀河丸に乗船中の機関科実習生 61 名が、指差呼称なし
条件の実験に参加した。そのうち 59 名が、指差呼称あり
指差呼称あり
図 2 実験条件別にみた所要時間の分布
条件の実験及びアンケート調査に参加した。
表 1 実験課題の作業手順と作業内容
3.4 実験課題
作業内容
実験課題は、銀河丸の配電盤実習装置を用いた発電機
SW 操作
作業手順
の並行運転とした。作業手順は、①原動機始動、②電圧
計器読取
調整
の確認及び調整、③周波数の確認及び調整、④同期検定
器始動、⑤同期検定器の回転方向調整、⑥同期投入、⑦
①原動機始動
1
同期検定器停止、⑧負荷配分、⑨負荷移行、⑩解列、⑪
②電圧の確認及び調整
1
1
原動機停止である。
③周波数の確認及び調整
1
1
④同期検定器始動
1
⑤同期検定器の回転方向調整
1
課題を行わせた。次に、指差呼称をおこなわせる条件で
⑥同期投入
1
同課題を行わせた。なお、参加者の熟達度の違いによる
⑦同期検定器停止
1
ミステイクエラーの発生率を標準化する目的で、いずれ
⑧負荷配分
1
1
⑨負荷移行
1
1
⑩解列
1
⑪原動機停止
1
3.5 方法
まず、指差呼称をおこなわせない条件で実習生に実験
の条件においても、実験者が作業手順を随時指示した。
また、実験中はビデオ撮影による行動記録と、実験者に
よる観察を実施した。さらに、実験終了後には、指差呼
称実施の困難さや効果に関する調査紙調査を実施した。
4. 結果及び考察
1
0.4
エラー発生率
4.1 所要時間
実験課題を開始してから終了するまでに要する時間を
ストップウォッチで計測した。図 2 に、実験条件別にみ
た所要時間の分布を示す。
指差呼称なし条件では、最短で 2 分 48 秒、最長で 15
0.3
0.2
0.1
0.0
①
原
動
機
始
動
分 22 秒を要し、平均すると 5 分 07 秒であった。一方、
指差呼称あり条件において、最短で 3 分 38 秒、最長で 8
分 57 秒を要し、平均すると 5 分 25 秒であった。指差呼
称を行うことで、所要時間の平均は 6%延長した。
②
電
圧
調
整
③ ④ ⑤ ⑥
周 検 検 同
波 定 定 期
数 器 器 投
調 始 調 入
整 動 整
指差呼称なし
⑦ ⑧ ⑨ ⑩
検 負 負 解
定 荷 荷 列
器 配 移
停 分 行
止
指差呼称あり
図 3 実験条件別にみたエラー発生率
4.2 ヒューマンエラーの発生率
分析にあたり並行運転の作業手順を作業内容に則して
整理した。表 1 に示すように、実験者から指示されたス
-23-
⑪
原
動
機
停
止
研究発表会予稿集
イッチ等を操作するだけの作業手順と、指示された計器
2015 年 9 月
質問1 指差呼称をする箇所、及び回数は多かったですか
とても多かった
8%
全く多くなかった
2%
の読み取りと調整が求められる作業手順に分類した。ま
た、映像による行動記録及び観察記録に基づいて、エラ
ーを抽出した。例えば、異なる計器に表示されている値
あまり多くなかった
24%
を読んだ場合、計器に表示されている値を読み間違えた
場合、異なるスイッチを操作した場合などがエラーとし
て抽出された。
やや多かった
30%
どちらともいえない
36%
まず、実験条件別にエラーの発生率をみると、指差呼
称なし条件では手順あたり平均 0.11 であったのに対し、
指差呼称あり条件では平均 0.03 であった。この結果は、
選択反応課題 5)やプラントの現場で行われている操作作
質問2 指差呼称は、容易に実施することが困難でしたか
とても難しかった
やや難しかった
5%
9%
業(バルブを開ける、スイッチを切るなど) の誤反応
10)
全く難しくなかった
22%
率と同様にエラーの減少傾向を示している。また、作業
どちらともいえない
8%
手順別にエラーの発生率をみると(図 3)、②電圧の確
認及び調整と⑧負荷配分を除いた全ての手順で、指差呼
称あり条件においてエラーの発生率が低下した。特に、
スイッチ操作のみの手順はいずれもエラーの発生率が低
下した。このことから、指差呼称には実習生の機器操作
あまり難しくなかった
56%
を対象とした作業においても、エラーを減少させる効果
があると考えられる。
次に、②電圧確認及び調整と⑧負荷配分について、指
質問3 指差呼称をするのは、面倒でしたか
差呼称あり条件でエラーの発生率が増加した理由を考察
とても面倒であった
8%
全く面倒でなかった
14%
する。銀河丸の配電盤実習装置には電圧計と電力計が隣
やや面倒であった
14%
接して設置されており、②では電圧計を、⑧では電力計
を読み取る際に、間違ってとなりの計器を読み取るエラ
ーが抽出された。一方、指差呼称を行わなかった場合、
あまり面倒でなかった
44%
参加者がどの計器を読み取っているのか分かりにくいた
どちらともいえない
20%
め、エラーを抽出するのは難しい。つまり、指差呼称を
行わなければエラーは潜在化し、指差呼称を行えばエラ
ーは顕在化すると考えられる。他の計器読取及び調整が
必要な手順についても同様の問題が含まれているもの
質問4 指差呼称をした時、作業の実施に自信が持てましたか
全く自信が持てなかった
3%
の、特に計器の読み取り間違えを誘発しやすい手順②と
とても自信が持てた
7%
あまり自信が持てなかった
2%
⑧において、指差呼称のエラーを潜在化及び顕在化させ
る効果が顕著に現れたと考えられる。
どちらともいえない
17%
4.3 調査紙調査
調査紙は、59 部全て回収し、2 部を除き全ての項目
の回答が得られた。以下に、質問文と回答の集計結果
を示す。指差呼称の困難さについては(質問 2)、難し
くないと回答した参加者が 78%であった。また、その
効果については(質問 6)、効果があると思うと回答し
た参加者が 84%であった。すなわち、指差呼称は、実
習生にとって実施が容易であり、かつ高い効果が期待
されている。
-24-
やや自信が持てた
71%
研究発表会予稿集
質問5 指差呼称をした場合としない場合では、どちらが誤りが
多くなると思いますか
2015 年 9 月
参 考 文 献
指差呼称をした場合
11%
1)
海上保安庁ホームページ:平成26年における海
難の現況と対策について,
http://www.kaiho.mlit.go.jp/info/kouhou/h27/k201503
18/k150318-2.pdf
2)
指差呼称をしない場合
89%
国土交通省ホームページ:発航前点検チェックリ
スト,http://www.mlit.go.jp/common/001001835.pdf
3)
証,鉄道総研報告,Vol.28 No.5,pp.5-10,2014
質問6 指差呼称をした場合、計器の読み取りや操作の誤りを
未然に防止するために効果があると思いますか
年
全く効果があると思えない
2%
あまり効果があると思えない
2%
増田貴之ほか:指差喚呼のエラー防止効果の検
4)
どちらともいえない
12%
清宮栄一ほか:複雑選択反応における作業方法と
Performance との関係について―「指差・喚呼」
の効果についての予備的検討―,鉄道労働科学,
とても効果があると思う
42%
Vol.17,pp.289-295,1965 年
5)
芳賀繁ほか:「指差呼称」のエラー防止効果の室
内実験による検証,産業・組織心理学研究,
やや効果があると思う
42%
Vol.9 No.2,pp.107-114,1996 年
6)
称のあり方に関する検討(1),日本人間工学会第
質問7 指差呼称をした場合、「ヨイカ?」と一度自分に問いかけ
ることで、誤りが減ると思いますか
29 回関東支部大会講演集,pp.512-513,1999 年
あまり減らないと思う
0%
全く減らないと思う
2%
塚田哲也ほか:プラントにおける効果的な指差呼
7)
どちらともいえない
18%
重森雅嘉ほか:指差喚呼のヒューマンエラー防止
効果体感プログラム,鉄道総研報告,Vol.26
No.1,pp.11-14,2012 年
とても減ると思う
26%
8)
松崎範行ほか:船舶機関士の熟達化に関する認知
的研究,日本マリンエンジニアリング学会誌,
やや減ると思う
54%
Vol.45 No.2,pp.112-120,2010 年
9)
松崎範行ほか:船舶機関士の熟達化に関する認知
的研究 第 2 報:ERM におけるグループ討論学習
法の効果について,日本マリンエンジニアリング
5. おわりに
学会誌,Vol.47 No.6,pp.125-131,2012 年
10) 彦野賢ほか:プラントにおける効果的な指差呼称
本研究では、指差呼称の効果を定量的に明らかにす
るために、機関科実習生を対象とした実験を行った。
その結果、指差呼称を行わせた場合の作業時間の延長
は 6%であったこと、指差呼称の効果があるとの回答が
8 割を超えたことなどから、指差呼称は、少ない時間
的コストで大きなエラー防止効果が期待できるものと
いえる。また、指差呼称は、エラーの発生率を低下さ
せる効果があるとともに、エラーを顕在化させる効果
も期待できる。
謝
辞
本実験に参加及び協力をしていただいた練習船銀河
丸の実習生の皆様に感謝いたします。
-25-
のあり方に関する検討(4),人間工学,Vol.38 特
別号,pp.512-513,2002 年
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
機関点検支援システムの開発
―教育・実習への活用―
○疋田
1.
賢次郎*
沼野
正義*
石村
惠以子*
多田
恭祐**
はじめに
船舶の安全運航には、機関の健全性の確保が不可欠であ
り、定期的に行われる巡回点検はその基礎となる。多くの
小型内航船では巡回点検の記録は、航海中の機関室の高
タ ブ レ ッ ト PC と イ ヤ ホ ン
温・狭隘・騒音・振動・動揺といった過酷な条件下でメモ
防音具
され、点検記録簿、機関日誌に転記されている。これらの
作業について負荷の軽減、確実性の担保、結果の有効利用
を目的として、乗組員の巡回点検を RFID(以下、「IC タ
グ」という)やタブレット PC の活用などによって支援す
テンキー模擬入力用パッド
る「機関点検支援システム」(以下、「システム」という)
IC タ グ リ ー ダ
図 1 機 関 点 検 支 援 シス テ ム
を開発した 1) 2) 。本稿では、システムの概要とシステムを
教育・実習へ活用する場合の方法を報告する。
2.
樹脂製ケース
システムの概要
IC タ グ
機関室の巡回点検は、船や機関ごとに異なるが、本
システムはシーケンシャルに点検と結果入力を行えば、
巡回点検を完了できるシンプルなものとした。
事前準備として、点検機器や点検順序をシナリオと
して準備し、タブレット PC にシナリオを格納してお
図 2 機 器・項 目 ID タ グ
く。点検箇所には機器・項目 ID が割り振られた IC タ
グ(以下、「機器・項目 ID タグ」という)を取り付け
うに樹脂ケースに入れたものである。
ておく。点検時には乗組員は図1に示すハードウェア
システムの利点を以下に列挙する。
を携行する。実際の点検時の流れは、最初にタブレッ
・ 機器・項目 ID タグを点検場所に取り付けることによ
ト PC にインストール済みのシステムを立ち上げ、乗
り、点検場所の特定と、点検間違い・点検漏れを防止し、
実際にその場所でその時間に点検したことを担保。
組員固有の ID とパスワードを入力し、点検者を確定
する。次に点検シナリオを選択すると、タブレット PC
・ 音声ガイダンスに従うだけで、巡回点検順序(点検シ
ナリオ)に沿って漏れなく点検が可能。
からシナリオに沿ったガイダンスが乗組員に提供され、
各点検場所にて機器・項目 ID タグを IC タグリーダで
・ 音声ガイダンスは、初級者・中級者・上級者用を準備
タッチすると、対象とする機器及び点検項目が確認さ
し、初級者用は丁寧なインストラクションを、上級者用
れ、機器・項目 ID に対応したガイダンスがタブレット
PC からアナウンスされる。次に点検結果を手書きで
メモする代わりに、テンキー模擬入力用パッドを用い
て入力することにより、点検結果はタブレット PC に
電子データとして保存される。点検結果ファイルの生
成時刻から、巡回点検がいつ行われたかも確認できる。
機器・項目 ID タグを図 2 に、取り付けた機器・項目 ID
機 器・項 目
ID タ グ
タグの IC タグリーダによるタッチ状況を図 3 に示す。
割り振られた機器・項目 ID が IC タグライタによって
書き込まれた IC タグを、取り付けや管理がし易いよ
*
**
国立研究開発法人 海上技術安全研究所
独立行政法人航海訓練所 練習船海王丸 機関長
-26-
図 3 機 器・項 目 ID タ グ の タ ッ チ状 況 (海王 丸)
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
は入力の効率を重視したものを選択可能。
-圧力の単位を間違っていませんか?
開発したシステムの実船への適用第一例として、練習船
-各シリンダのインジケータバルブからのガスの漏
海王丸の発電機を含む周辺区画に適用した。発電機用デ
洩の有無を、手をかざして確認しましたか?
ィーゼルエンジン運転中の状況でシステムを用いた巡
質問用ガイダンス例 (達成度確認のためのシナリオ)
回点検を行い、騒音・振動・高温下で問題無く点検結果
-ブルドン管式圧力計の指針がハンチングしている
の入力が可能であることを確認した。
場合、値の読み方について適切なものを選べ
(a) 指針の最も高い値
3.
教育・実習への活用
(b) 指針の中央の値
システムはガイダンスを初級者・中級者・上級者用から
(c) 指針の最も低い値
選択可能であり、初級者用ガイダンスでは、次の点検箇所
-運転中の海水系ポンプの吸入圧力が負圧の場合、
の位置や点検時の注意点を提示する等の教示機能を現在
その原因として正しいものを選べ
も有している。
(a) 吸入ストレーナの閉塞
システムの動作フローは図 4 のようになっており、点検
(b) 吐出弁の閉鎖
対象や点検目的に応じて、適切な点検シナリオ(csv ファ
(c) ポンプの異常
イル)を準備し選択して対応する。この点検シナリオを工
回答は点検結果ファイルに記録する。教官が各実習生の
夫することにより、システムを積極的に教育・実習に活用
達成度や巡回点検に要する時間を確認できる機能を準備
することが可能となる。現在「教示」および「達成度確認」
する。以上の機能を盛り込むための教育・実習用シナリオ
に活用することを目的として、「教示のためのシナリオ」
を、今年度内の実装、及び評価を念頭に作成作業中である。
と「達成度確認のためのシナリオ」の 2 種類を検討中であ
点検順路の間違いについては、間違った機器・項目 ID を
る。以下にその例を示す。
教示用ガイダンス例 (教示のためのシナリオ)
タッチした際は、エラーメッセージにより正しい順路に復
帰するようアナウンスするのみで、現状では記録をしてい
-潤滑油サンプタンク油量の確認の際は、測定前に
ない。ただ、達成度の評価のためには、点検順路間違いも
検油棒を引き抜き、付着したオイルを拭き取りまし
記録可能であることが望ましい。しかし、専用シナリオに
たか?
よっても対応は困難であるため、システムの一部改造も含
-各シリンダの排気ガス温度計と冷却水出口温度計
め検討中のところである。
を読み間違えていませんか?
またこれ以外にも、船舶では船毎に機器の構成や配置が
異なるため、乗組員が配属となった船への慣熟に用いるた
めのシナリオも検討中である。
4.
まとめ
機関点検支援システムを開発し、実船第一例として練習
船海王丸の発電機を含む周辺区画に適用、正常な動作及び
巡回点検に使用できることを確認した。
システムを実習生への教育・実習に活用するための、”教
示のためのシナリオ”、”達成度確認のためのシナリオ”の
内容について検討を進めており、今年度内に教育・実習用
シナリオの実装及び評価を行う予定である。
参 考 文 献
1) 石村惠以子、沼野正義、疋田賢次郎、南真紀子、福戸淳
司:” 機関点検支援システムの開発”、日本マリンエン
ジニアリング学会、第 83 回(平成 25 年)マリンエンジ
ニアリング学術講演会講演集、2013 年 9 月 3 日
2) 沼野正義、福戸淳司、石村惠以子、疋田賢次郎、南真紀
子:”機関点検支援システムの開発 -船舶運用支援によ
る安全性と経済性の実現-”、独立行政法人 海上技術安
図 4 動作フロー
全研究所、第 14 回研究発表会講演集、2014 年 6 月 24 日
-27-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
Argo(アルゴ)フロートによる海洋変動の研究
―全球海洋観測システムと国際アルゴ計画―
細田
1.
滋毅*
はじめに
近年急激に進みつつある地球温暖化や、社会や産業に多
大な影響を与える気候変動に対し、地球表面の約 7 割を占
め、大気に比して約 1000 倍もの熱の貯蔵が可能な海洋が
重要な役割を担うことが明らかになってきた。しかし、全
球の海洋内部を常時万遍なく計測することは困難なため、
変動メカニズムの理解は未だに不十分である。この問題を
図 1 2015 年 7 月末時点の Argo フロート分布(AIC 提供)と
アルゴフロート投入(右写真、長さ 2m、重量約 20kg)。
解決するために 2000 年に開始された国際アルゴ計画で
3.
は、Argo フロートと呼ばれる海面から 2000m 深まで観測
Argo フロートによる様々な成果
可能な自動昇降型中層フロートを全球に 3000 台以上展開
全球の Argo データを活用した解析を、多くの海洋、気
し、国際連携しつつ過去に類を見ない質と量のデータを収
集し、気候変動メカニズムの解明等に貢献している。本公
候研究者が行い、海洋内部の温暖化や海水面上昇やハイ
演では、国際アルゴ計画と海洋研究開発機構の取組、膨大
エイタスなど様々な新しい事実を明らかにしている。特
な観測データから得られた研究成果について紹介する。
に、アルゴ計画以前には得られなかった全球表層塩分デ
ータから、全球規模の塩分の長期変動が捉えられた。海
2.
洋は、人間が活動する地球表層において水分の源であ
国際アルゴ計画と海洋研究開発機構の取組
り、海面で起こる蒸発・降水によって表層の塩分が変化
国際アルゴ計画では、開始当初から参加した日本をはじ
する。その表層塩分は、平均的には主に中緯度亜熱帯域
め現在世界 30 か国以上が参加、Argo フロート観測網を構
で高塩分、高緯度亜寒帯域と熱帯域では低塩分という分
築・維持しており、2015 年現在稼働フロート数は 3800 を
布を示すが、ここ 30 年程でそれぞれさらに高塩分、低塩
超える(図 1)。国際的に決められた手法で品質管理済み
分化した傾向が現れた。これはまさに、海洋からの蒸
のデータは 24 時間以内に公開され、天気予報などに役立
発・降水過剰な状態が進行した意味しているが、同時
っている。データは人類の共有財産であるという考え方の
に、地球温暖化に伴い降水・蒸発などの水循環の分布と
もと、このデータは全世界の誰もが Web サイトを通じて
量が地球規模で変動したことも示唆している(図 2)。
利用可能である。海洋研究開発機構では、内閣府主導のミ
レニアムプロジェクトをきっかけにアルゴ計画に参加、こ
れまで多くの研究船やボランティア船の協力を得つつ
1000 台以上ものフロートを投入してきた。
Argo フロートは、観測機材としては小型ながら中層
2000m 深までの高精度な水温、塩分データを 10 日毎に約
3~4 年程度計測できる能力を持つ。搭載されたアンテナ
を通じて、データを衛星経由でリアルタイムに陸上に送信
し、居ながらにして「今」の海の状態を確認できる。海洋
研究開発機構では、自動観測に不可欠な高精度なデータ品
質管理を実施し、さらに太平洋アルゴ領域センター
(PARC)として太平洋全域に展開される各国フロートの
データ品質を監視する。
*
図 2 全球表層塩分分布(上)と、 Argo フロートデータ解析
によるここ 30 年の全球の表層塩分変動傾向(下)。寒色
系、暖色系はそれぞれ低塩分・低塩分傾向、高塩分・高塩
分傾向を示す。
グループリーダー代理 海洋研究開発機構
-28-
研究発表会予稿集
参
4. おわりに
全球 Argo 観測網の構築を開始後、2007 年には当初目
2015 年 9 月
考 文 献
1) IPCC 第 5 次評価報告書第 1 作業部会報告書(気象庁訳)、
標であった 3000 台を突破、2011 年には通算 100 万デー
(http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar5/)2013 年 9 月 27 日
タ取得を達成したが、まだほんの 15 年程しか経過してい
(原版は https://www.ipcc.ch/pdf/assessment-report/ar5/wg1/
ない。しかし、地球温暖化も含む地球規模の気候変動は
WG1AR5_ALL_FINAL.pdf)
数十年から数百年規模のスケールで起こっているため、
2) Argo Science Team, (1998) On the Design and Implementation of
そういった気候変動メカニズムの理解、予測精度向上の
Argo: A Global Array of Profiling Floats. International CLIVAR
ために、さらに長期にわたってデータを蓄積しなければ
Project Office Report 21, GODAE Report 5. GODAE International
ならない。そしてそのために、外洋域を航行するボラン
Project Office, Melbourne, Australia, 32 pp.
ティア船が今後さらに貴重なものなってくるはずであ
3) Hosoda, S., T. Suga, N. Shikama and K. Mizuno, (2009) Global
る。一方、研究や技術革新が進むにつれて、深海、海氷
surface layer salinity change detected by Argo and its implication for
域、生物など多方面の観測への応用も進みつつある。身
hydrological cycle intensification, J. Oceanography, 65(1), 81-89.
近でありながら未知の世界であった海洋の謎が、今後
徐々に解明されるであろう。
航海訓練所練習船 Argo 計画への協力について
小川
1.
涼* 松崎
範行**
分布が希薄になっている海域を航行する可能性が高い、と
はじめに
いうことがわかり、今回、Argo フロートを投入することに
協力協定に基づく海洋研究開発機構(以降、JAMSTEC)
なった。
の「Argo フロートによる海洋変動研究」のため、海王丸に
他にも、帆船によるフロート投入の利点として、20ノ
搭載した Argo フロート3台を、JAMSTEC が指定する海
ット以上の高速で航行する商船よりも低速で航行するこ
域に投入した。航海訓練所練習船が協力した経緯及びその
とが多いこと、また水面からデッキまで距離が短いため、
特徴ついて紹介する。
投入時にフロートに大きな衝撃を与えないことなどが挙
げられる。
2.
練習船の投入の経緯及び利点
3.
海王丸の対応
一般商船が太平洋を横断する場合は、2港間の最短距離
である大圏を基本とした航路で航行する。一方、航海訓練
海王丸では、フロート投入に関連して、船内で実習生主
所練習帆船の航路は、日本近海の東進する低気圧及び太平
催のイベントが実施され、長期に渡る遠洋航海の中でも特
洋高気圧の吹き出しの風や貿易風を利用するため一般商
筆的な出来事となった。また、海王丸には、Argo フロート
船とは異なる海域を航行する。例として海王丸の太平洋航
のデータを大学での研究に利用している実習生がおり、実
跡図を図1に示す。帆船の航行実績から、JAMSTEC が一
際のフロート投入に感銘を受けたとのことであった。
アルゴ計画への協力を通じて、参加者は地球環境に関す
般商船や漁業調査船に依頼して展開しているフロートの
る意識を大きく高めたことと思われる。
4.
今後の予定
平成 27 年 12 月から平成 28 年 2 月までの日本丸遠洋航
海にてフロートを投入する予定であり、汽船練習船による
投入も検討している。航海訓練所練習船隊は、全地球観測
網維持・向上のため、今後も継続して協力を行っていく予
図1
海王丸の太平洋航跡図
* 航海訓練所 講師
定である。
** 航海訓練所 教授
-29-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
国際条約による環境規制への練習船の対応
―フルオロカーボン HCFC→HFC への転換・日本丸での一例―
○今
1.
吾一*
層破壊係数は小さくなる。また、一般的に CFC と HCFC
はじめに
は「特定フロン」と呼ばれている。
現在の船舶を取り巻く環境規制は、MARPOL 条約のみ
2020 年までに HCFC が全廃になることを受け、業界は
ならず、EU による規制、合衆国環境保護庁(EPA)によ
開発に取り組み、HCFC に代わる塩素を含まず水素を含ん
る環境規制(VGP)及び合衆国カリフォルニア州大気資源
だオゾン層を破壊しない物質 HFC(ハイドロフルオロカ
局(CARB)等があり、規制内容も排ガス、オゾン層破壊
ーボン)を開発した。
物質、バラスト水、潤滑油等さまざまである。また、航海
一方、地球は、赤外線によりエネルギーを地球の外に放
訓練所で所有している練習船は、内航用練習船である大成
出し、温度調整している。ところが、大気中に赤外線を吸
丸も含めて、全ての航行区域が遠洋区域となっており、国
収するガスが蓄積されると、地球の外にエネルギーを放出
際条約及び地域による環境規制の対象となっている。
できなくなり温度が上昇する。この現象が温室効果であ
本文では、オゾン層破壊物質に関する環境規制にスポッ
り、赤外線を吸収するガスが温室効果ガス(Greenhouse
トをあて、特に既存船の対応として、フルオロカーボンの
Gas:GHG)と呼ばれ、地球温暖化問題の要素となってい
HCFC から HFC への転換を行うための装置の更新・換装
る。
オゾン層破壊物質問題同様、地球温暖化防止への気運が
工事について、平成 26 年 6 月から 7 月にかけて実施した
高まり、気候変動枠組条約が 1992 年に採択、1994 年に発
練習船日本丸での工事を一例として報告する。
効された。1997 年の京都会議(第 3 回締約国会議:COP3)
2.
オゾン層破壊問題と地球温暖化問題
では、温室効果ガスの具体的な削減目標を定めた京都議定
書が採択されたが、その規制対象ガスの中に HFC が含ま
優れた特性を持つフルオロカーボンは熱的、科学的にも
れた。規制内容は、1990 年を基準として 2012 年までに国
安定性に優れているため、冷凍装置の媒体(冷媒)として
別に設定された削減率を達成させるものである。ちなみに
は申し分のないものであった。塩素を含むフルオロカーボ
日本の削減率は 6%であった。
このように、オゾン層破壊問題と地球温暖化問題はそれ
ンは、安定しているが故に大気中に放出された場合、成層
圏まで達し、紫外線から生物を守るオゾン層を破壊する。
ぞれ異なる観点から議論されているが、フルオロカーボン
中でも塩素を多く含んだフルオロカーボンのオゾン層破
規制が双方に関係している。モントリオール議定書によれ
壊の度合いは大きく、これをオゾン層破壊問題と呼んでい
ば、オゾン層を破壊しない HFC の使用が目標となる。HFC
る。しかし、フルオロカーボンの規制動向については、地
の物質は、温室効果の大きいものと小さいものに分けるこ
球温暖化問題も大きく関わっており、その内容は以下のと
とができ、温室効果の大きいものは「代替フロン」、温室
おりである。
効果の小さいものは「低 GWP 冷媒」と呼ばれている。
1970 年代からオゾン層保護への関心が高まり、ウィー
京都議定書によれば、代替フロンは温室効果ガスとなる
ン条約の下 1987 年にモントリオール議定書が採択され
ため、オゾン層保護とはなっても地球温暖化防止とはなら
た。この議定書の規制内容は、第一に塩素を多く含みオゾ
ない。オゾン層保護と共に、更なる地球温暖化防止を進め
ン層破壊物質の性質が強い CFC(クロロフルオロカーボ
るためには、オゾン層破壊効果が無く、地球温暖化効果が
ン)は、1995 年末(途上国では 2009 年末)までに全廃さ
極めて小さい冷媒が必要となる。この 2 つの条件を満たし
れ、第二に CFC よりオゾン層破壊係数の小さい HCFC(ハ
た冷媒が「低 GWP 冷媒」である。
イドロクロロフルオロカーボン)も過渡的物質として規制
の対象となり、2020 年までに全廃することとなっている。
図 1 にこの 2 つの問題の防止対策の枠組みと方向を表
す。
なお、HCFC は、塩素は含むものの水素があるためオゾン
*
教 授 青雲丸
-30-
研究発表会予稿集
4.
2015 年 9 月
冷凍装置・空調装置の選定
冷凍装置及び空調装置の選定にあたっては、前述した装
置の大型化が大きく関係するため、装置の大型化防止につ
いては十分検討した。
船という限られた空間の中で、既存の装置を更新する際
に避けて通れないのが、装置の大型化である。今回は、冷
凍装置及び空調装置の圧縮機、凝縮器、ユニットクーラが
大型化しないように留意した。
4.1 冷凍装置
既設の冷凍装置については、第 3 甲板船首に右舷に位置
する前部機械室に 2 台搭載されていた。共通台板上部に開
図1
オゾン層保護と温暖化防止対策の枠組みと方向
放型の往復動圧縮機と全閉外扇型のモータを並べ、下部に
横型シェルアンドチューブ型の凝縮器を設置し、油分離器
3.
冷媒の選定
と圧力・連成計パネル、圧力スイッチパネルを取り付け、
一体化した装置となっていた。この冷凍装置のすぐ近くに
現在、当所で冷媒 HCFC-22 を使用し、その装置を搭載
膨張弁パネルを設置し、壁を隔てて船尾側にチャンバ(肉
している練習船は、日本丸、海王丸及び青雲丸である。2020
庫、魚庫、野菜庫、解凍庫)があり、蒸発器を有したユニ
年までにこの 3 船の装置を HFC 更には低 GWP 冷媒の装
ットクーラは、肉庫と魚庫に各 1 台、野菜庫に 2 台設置さ
置に更新する必要があるため、これまでに更新工事の実施
れていた。
今回の装置の選定にあたっては、旧品同様、限られたス
に向けて準備を進めてきた。
3 船の工事の順番については、
船齢、検査工事の配置等を勘案し、平成 26 年度について
ペースに設置しなければならないため、コンパクトな共通
は、日本丸を実施することとした。
台板型の装置を前提とし、サイズは、共通台板の底辺が旧
オゾン層破壊問題はもちろんのこと、「低炭素社会実現
品に近いものを選定するように心掛けた。その理由は、共
への貢献」を目指す当所としては、地球温暖化問題につい
通台板は前部機械室床に溶接付けしてある据付け台板に
ても取り組むべく、低 GWP 冷媒仕様の装置搭載を検討し
ボルトにより取付けられているが、共通台板のサイズが旧
ていた。しかしながら、工事の準備を開始した平成 25 年
品と新品であまりに違えば、据付台板の変更が必要とな
6 月時点では、低 GWP 冷媒の開発は進んではいたものの、
る。据付台板の変更には取外しと溶接による取付けが必要
販売には至っておらず、流通も進んではいなかった。また、
となるが、部屋の下は清水タンクとなっているため、溶接
特に GWP が低い冷媒は、微燃性であることもあり、各国
の熱によるタンク天井の焼き付きは避けたい。このため、
の法整備が待たれる。このため、低 GWP 冷媒仕様の装置
共通台板底のサイズが可能な限り近く、据付け台板の若干
搭載は見送り、最も流通している HFC 系の混合冷媒 R-
の手直しで取り付けられることが必要であった。このよう
404A を候補に挙げた。
な条件から選定した結果、ドイツの Bitzer 社製の圧縮機を
HFC 系混合冷媒として R-410A、R-407C 及び R-404A が
搭載した冷凍装置 NW-41100-S 型に決まった。
製造されていたが、R-410A 及び R-407C については、圧縮
この冷凍装置から送られる冷媒が熱交換するユニット
圧力及び温度勾配の関係により特性上使用には好まれな
クーラについても、同じように選定が行われ、ほぼ同サイ
いこと、装置の大型化の防止等から判断し、理論冷凍サイ
ズのユニットクーラを搭載することとなった。
クル特性でも非常に近い値となる R-404A が有力となっ
た。加えて、開発が進んでいる低 GWP 冷媒は、特性がほ
4.2 空調装置
ぼ R-404A と同じであるため、将来的に置換することによ
既設の空調装置については、冷凍装置同様前部機械室及
り既存の R-404A 仕様の潤滑油や膨張弁等の機器はそのま
び第 3 甲板船尾に位置する後部機械室の 2 部屋に各 1 台、
ま使用できることから、R-404A を選定することに決め、
計 2 台搭載されていた。
HCFC-22 から HFC 系 R-404A へ転換、装置を更新するこ
ととなった。
装置の外形は、冷凍装置と異なり、圧縮機、凝縮器及び
凝縮器に加えて送風用のファン及び駆動用モータ、ファン
ユニットが装備されていた。ファンユニットの内部には冷
-31-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
房用の冷媒蒸発器、暖房用の蒸気加熱器があり、何れもフ
がある。このため、工事はドライドックで実施した。日本
ィンコイル型の熱交換器であった。空調装置については、
丸の船齢 30 年と、装置搬入搬出に必要な最小限の面積確
コンデンシングユニット、ファンユニット及び熱交換ユニ
保を考慮した結果、2,200mm×2,800mm の工事孔を開放し
ット等からなり、これらのユニットの合体が空調装置であ
た。外板の厚みは 16mm である。
る。
冷凍装置については、付属の配管を取り外し、共通台板
空調装置の選定にあたっては、当初、ユニット合体型で
ごと搬出・陸揚げが可能であったが、空調装置はサイズが
はなく、デッキユニットを搭載する構想があった。理由は、
大きいため、コンデンシングユニット、ファンユニット、
パッケージ化されているため、搭載後の冷媒配管及び渡り
熱交換ユニット、フィルタケース、ブレナムチャンバの 5
配線工事が不要となり、工事量を大幅に低減できるメリッ
つのユニットに分割して陸揚げした。なお、工事孔の位置
トがあったからであった。しかし、装置の高さの関係から、
と部屋内の装置設置位置の関係から、最初に冷凍装置、続
前部及び後部機械室のビームが障害となり断念すること
いて空調装置の順に工事を実施した。
となり、旧品同様ユニット合体型の装置を選定することと
なった。
装置陸揚げ後は、冷凍装置については据付台板の加工、
空調装置については据付台板の補強を行い、新装置の据付
冷凍装置同様共通台板のサイズ、デッキユニットで障害
け穴の加工も実施した。
となった天井高さをクリアする装置の選定となったが、旧
冷凍装置の冷媒管については、膨張弁パネルをはじめと
品と同じメーカで天井高さ及び共通台板サイズがクリア
して、部屋内すべての冷媒管、壁を隔てた船首側のチャン
できる装置が選定できた。特に、共通台板サイズについて
バ内配管及びユニットクーラ等もすべて撤去した。なお、
は、旧品と同じで、取付けボルト穴の位置の違いだけで取
前部機械室とチャンバを仕切る壁の冷媒配管貫通部につ
り付け可能な装置であった。なお、ファンから送られたエ
いては、サポート配管は特に損傷も認められなかったた
アは、ファンユニット上部にあるブレナムチャンバで船内
め、そのまま使用した。
各部屋に分岐するが、このブレナムチャンバについては、
小さなユニットということもあり、旧品に合わせてオーダ
新装置の搬入については、搬出の逆で、分割した空調装
置に続いて冷凍装置の順に行い、据え付けた。
ーメイドで作製することとなった。
装置の選定にあたり、これまでのものと冷凍装置・空調
5.2 後部機械室
装置で共通して変更となったのが潤滑油である。HCFC-22
前部機械室と同様に第 3 甲板に位置する後部機械室は、
に使用されている潤滑油は、鉱油であったが、鉱油は R-
部屋の両サイドを NO.5C 重油タンクとコファダムを挟ん
404A と相溶性がなく混合しないため、R-404A の装置に鉱
で NO.7 飲料水タンクに囲まれている。前部機械室同様、
油の使用は圧縮機焼損の原因となる。そのため、装置の潤
搬入・搬出については工事孔の開放が必要であるが、前部
滑油は鉱油ではなく、化学合成で作られたエステル油を使
機械室と異なり、外壁の間にタンクが存在するため、部屋
用することとなった。
側のタンク側壁及び外板側のタンク側壁の 2 ヶ所を切断
することとなった。工事孔開放作業はガス切断により実施
5.
装置更新工事の概要
するため、切断するタンクは NO.5C 重油タンクではなく
NO.7 飲料水タンクにすることとした。なお、部屋内のス
今回の更新工事を実施する上で、最も時間を費やして準
備したのが、工事の所掌を明確に区分することであった。
ペースの関係から右舷側を切断することとし、万が一に備
えて NO.5(S)C 重油タンクは空とした。
工事は、装置の供給、組み立て、冷媒配管の施工等を実
部屋側タンク側壁は、船尾側にある汚水処理装置室との
施するメーカと、装置の搬出・搬入・据付け、配管取り外
壁位置の関係から、工事孔を大きくとることができず、可
し・新製、電線敷設、防熱材施工等を行う造船所が実施す
能な範囲で切断した(1,500mm×2,800mm)。このサイズ
る。事前にこの 2 者の工事分担を明確にすることにより、
は運搬には可能なサイズであったが、余裕がなく、工事実
確実に効率的に工事が進むように打ち合わせを重ね、工事
施には苦労を伴った。一方、外板側のタンク側壁について
に臨むこととした。
は、作業効率を考え、部屋側より大きく開放した(2,200mm
×2,800mm)。外板の厚みは 17mm である。前部機械室同
様、複数のユニットに分割して運搬した。
5.1 前部機械室
第 3 甲板船首右舷側の前部機械室には、冷凍装置 2 台と
外板については、復旧後、飲料水タンクの汚れを落とす
空調装置 1 台が設置されていた。これらの装置を搬出し、
ため、内部にサンドブラストを実施、その後外板側タンク
新品を搬入するには外板を切断して工事孔を開ける必要
側壁閉鎖、塗装を実施した。工事孔復旧後は、密封試験を
-32-
研究発表会予稿集
実施し、JG による受検をクリアした。
2015 年 9 月
滑油・冷却水の各部の状態(温度・圧力)把握に時間を費
図 2 に外板切断箇所、図 3 にその様子を示す。
やし、異常無いことが確認され、工事は無事完工となった。
工事完了後、日本丸は夏場の実習訓練を再開したが、食
料を管理するチャンバ、実習生・乗組員の日常生活を支え
る冷房は、順調に運転を続け、更新された冷凍装置と空調
装置はその性能をフルに発揮し、当所の実習訓練を大きく
支えることができた。
図 2 日本丸外板切断箇所
7.
おわりに
ウィーン条約のモントリオール議定書、気候変動枠組条
約の京都議定書の規制により、冷媒はその性質により、使
用できるフルオロカーボンは、HCFC から HFC へ規制さ
れオゾン層破壊を防止する手段がとられた。更に地球温暖
化を防止するためには、更なる低 GWP 冷媒の実用化が望
まれる。これは、船舶だけではなく、全世界の問題として
我々技術者が抱える問題であることは確かである。
今後、地球温暖化防止に貢献できる冷媒が開発・実用化
されるまでの間、装置に HFC を使用することは最も重要
な冷媒の選定であり、この HFC のメリットを十分に活か
し使用することは、我々の地球環境を守る上で非常に重要
な意味があると言えるであろう。フルオロカーボンが HFC
に替わり、その HFC の性質を活用するためにも、我々は
図 3 日本丸船尾側外板切断模様
HFC の使用に対して責任を持つ必要があると思う次第で
ある。
6.
更新工事後の運転・運用
最後に、今般の練習船日本丸の冷凍装置及び空調装置の
更新工事に対し、ご尽力いただいた日新興業㈱、MES-KHI
装置の搬入・搬出、据付け、配管の新製・取付け、電線
工事、冷媒配管の接続、取り付け、防熱材の施工等が終了
由良ドック㈱(当時・三井造船㈱由良修繕部)に敬意を表
します。
したため、運転開始前の各試験を実施した。
凝縮器に冷却水(海水)を通水する通水試験。冷媒配管
参
考 文 献
の気密を確認する気密試験及び真空試験を実施した。以上
3 点の確認がとれた後、R-404A を装置に充填し、試運転を
1) ダイキン工業㈱科学事業部:HFC 系冷媒ハンドブック、
ダイキン工業㈱、2013 年 9 月
開始した。機器の状態に問題がないことを確認した後、保
護装置の作動試験を実施し、自動制御装置の調整を兼ねた
2) 環境省・中央環境審議会地球環境部会フロン類等対策
作動確認を行い、冷却試験に至った。冷凍装置、空調装置
小委員会:代替フロン等 3 ガスの排出抑制の課題と対
とも自動運転による試験運転を実施したが、特に冷凍装置
策の方向性、環境省ホームページ、2011 年 7 月
については、予冷も含めて 3 日間に渡り冷却試験を実施し
3) 環境省・気候変動に関する政府間パネル(IPCC):評
価報告書、環境省ホームページ、2013 年 9 月
た。冷凍装置は 2 台の装置を交互に運転することによりチ
ャンバを冷却するため、NO.1 機・NO.2 機を 1 台ずつ試験
4) 山田治夫:冷凍および空気調和(増訂改版)、養賢堂、
することとなった。自動運転中には各庫内のユニットクー
ラの霜取りをするデフロストタイマが作動するため、その
1964 年 12 月
5) 船のメンテナンス研究会:船のメンテナンス技術(三
間若干温度が上昇する。タイマ終了後の自動運転で、設定
温度到達までの温度変化の傾向の把握、装置内の冷媒・潤
-33-
訂版)、成山堂、2006 年 10 月
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
航海訓練所練習船における船舶起源PMの計測等環境対応技術の研究
○ 前田 和幸*
1.
山本訓史**
杉本文太***
Exh.Gas
はじめに
To NOX,O2,CO,CO2 Analyzer
T
Dilution Tunnel
エンジンから排出された PM は生態系や人の健康に悪
Pipe T
Heater
影響を及ぼすため,自動車等においては厳しい規制が実施
T
FM
P
Engine
され,触媒を用いた様々な DPF が開発されている.本研
Sample
Filter
S
Regulator
究では,まず,自動車等に用いられている小型高速機関と
Air Inlet
Filter
S
Compressor
To NOX,O2,CO,CO2 Analyzer
中・大型船舶に用いられている大型低速機関から排出され
る PM 排出率 [ g/kWh ] と成分[ Soot, SOF, Sulfate ]
(Bypass Line)
Air Inlet
の違いを明らかにするとともにその結果を解析し,これら
Vacuum
Gauge
S
Flowmeter
の機関から排出される PM の生成機構の違いを明らかに
Sample Outlet
Roots Blower
Motor
した.次に,特別に作製したフィルタ方式のモデル DPF
を小型高速機関と大型低速機関の排気管と希釈トンネル
P
図1 C重油対応高精度PM計測システムの概要
の間に設置し,フィルタ方式 DPF によって低減できる PM
表1 “青雲丸”と“耕洋丸”の主要目
の成分を明らかにする実験を行った.
2.
実験装置の概要
Ship Name
Seiun Maru
Koyo Maru
Gross Tonnage( ton)
5,890
2,352
Length Overall (m)
116
87.59
図1に,C重油起源の PM も計測可能な高精度可搬式
Engine Output (kW)
7,722
3,900
PM 計測システムの概要を示す.JIS には「燃料中の硫黄
Engine Speed
(min-1)
148
210
含有量が 0.8 %を超える場合には,測定方法について受渡
Cylinder Bore (mm)
500
350
当事者間で協議することが望ましい[測定方法の一例につ
Trial Speed (knot)
いては,参考文献 45))及び 46)参照]
.」と記載されてい
る.図1に示す計測システムはこれらの条件に合致するも
のであり,この装置を用いることにより硫黄分が 0.8%以
上のC重油の計測も可能となる.表1に,航海訓練所の練
習船“青雲丸( Seiun )”と水産大学校の練習船“耕洋丸
21.0
18.4
表2 供試燃料油の性状
Fuel Oil
MDO-S
HFO-S
MDO-K
Density
kg/m3
0.883
0.979
0.870
Viscosity
mm2/s
2.788
157
2.622
C
mass.%
87.1
86.5
87.3
H
mass.%
12.1
11.04
11.8
S
mass.%
0.81
2,29
0.83
( Koyo )”及びそれぞれの船舶に設置されている大型低
速機関の主要目を示す.また表2に,それぞれの供試機関
で使用した燃料油の性状を示す.
1.60
実験結果と考察
1.40
3.1 PM排出率の違い
図2に,小型高速機関と2種類の大型低速機関における
3種類の燃料油(Gas Oil,MDO : Marine Diesel Oil,
HFO : Heavy Fuel Oil)をから排出される PM 排出率の
違いを示す.いずれの負荷率においても小型高速機関起源
の PM が最も少なく,MDO,HFO の順に増加している.
* 教 授 独立行政法人水産大学校海洋機械工学科
** 教 授 本所(安全推進室長)
*** 准教授 日本丸
PM排出率 g/kWh
3.
GO-NFU
MDO-Koyo
MDO-Seiun
HFO-Seiun
1.20
1.00
0.80
0.60
0.40
0.20
0.00
20
30
40
50
60
負荷率 %
70
図2 エンジンと燃料の違いによるPMの変化
-34-
80
研究発表会予稿集
を示す.図において,各負荷率における MDO と HFO を
比較した場合,SOF,Soot,Sulfate ともに HFO のほう
が多く,特に Sulfate は約4倍になっている.また,それ
ぞれの燃料油における負荷率による変化を比較した場合,
Sulfate の量は負荷率に比例して増加している.
3.2
DPF の PM 低減効果
PM mg/(cycle・cyl.)
図3に,大型低速機関の1回の燃焼における PM 排出量
図4に,フィルタ方式 DPF の PM 低減効果を示す.こ
れは,モデル DPF を大型低速機関の排気管と希釈トンネ
不可
200
Sulfate
180
Soot
160
SOF
140
120
100
80
60
40
20
0
MDO
HFO
25 %
MDO
HFO
50 %
Engine Load
ル間に設置しない場合(W/O DPF)と設置した場合(With
DPF)における PM 成分の変化を示したものである.図
2015 年 9 月
MDO
HFO
75 %
図3 1回の燃焼におけるPM排出量の変化(青雲丸)
において,ほとんどの Soot と半分以上の Sulfate は DPF
250
り抜けており,Sulfate の除去割合は負荷率が低いほど大
きい.DPF により SOF が除去出来ないのは,DPF を設
置している排気管と希釈トンネル間のラインを加熱・保温
しているため,排ガスが DPF を通過する際 SOF となる
成分は気体状で,希釈トンネル内で希釈空気により冷却さ
PM mg/(cycle・cyl.)
により除去されているが,ほとんどの SOF は DPF を通
200
Sulfate
soot
SOF
150
100
50
れた後に凝縮して SOF になるためと考えられる.一方,
Sulfate は負荷率が低いほど低減割合が大きくなっている
0
W/O DPF With DPF W/O DPF With DPF W/O DPF With DPF
(a) 25 % Load
(b) 50 % Load
(c) 75 % Load
のは,Sulfate は排ガス中の硫黄化合物(SOx)と結合水
(H2O)から成るため,DPF を通過する際の状態が固体
図4 フィルタ方式 DPF の PM 低減効果(青雲丸)
または液体の場合はこれに捕集され,気体の場合は通り抜
ける.このため低負荷域においては燃焼ガス温度が低めで
250
排ガス量も少ないので DPF の温度が低くなり,凝縮する
PM mg/(cycle・cyl.)
Sulfate の割合が増加するため捕集割合が増加したものと
考えられる.これを検証するために,DPF を加熱しない
状態で同様の実験を行った結果を図5に示す.図におい
て,DPF の温度を低くすることにより Sulfate のみなら
ず SOF の低減割合も増加している.
Sulfate
soot
SOF
200
150
100
50
0
4.
W/O DPF
おわりに
参考文献 1) に掲載されている.その後も練習船“青雲丸”
を用いた実験を続け,その成果を CIMAC(国際燃焼機関
会議)において発表(参考文献 2))し,その要約がイギ
後とも PM 等の船舶起源大気汚染物質の低減に向けた共
同研究を実施していくことにより,地球環境保全のための
低エミッション海上輸送に貢献できるものと考える.
リスの学会誌で紹介されている(参考文献 3) ).本稿は
参
参考文献 4) に示した日本マリンエンジニアリング学会
の学会誌に掲載された論文の内容を要約したもので,この
論文は平成 26 年度「論文賞」を受賞している.
我が国にとって海上輸送は不可欠であるが,船舶が航行
する際大量の大気汚染物質を排出する.これを低減するた
めには,シミュレーション,モデル燃焼室や実験室の実機
を用いた研究に加え,実船を用いた実験が重要となる.今
With DPF
(Heater off)
図5 DPF の温度による PM 低減効果の違い(青雲丸)
水産大学校と航海訓練所は平成 17 年から航海訓練所の
練習船“銀河丸”を用いた共同研究を開始し,その内容は
With DPF
考
文
献
1) 前田和幸, PETROTEC, 30-6(2007-6), 403-407.
2) K. Maeda et al, CIMAC Congress 2010 Bergen,
Paper No. 87.
3) PROPULSION-2010, I MAR EST, 16-23.
4) 前田ほか 4 名, 日マリ学誌,49-3(2014),106-112.
-35-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
船舶運航に必要な資質及びその訓練手法に関する基礎的研究
○熊谷
1.
はじめに
慧*
進**
外谷
甲斐
繁利***
同様に船舶運航の各場面で必要とされる技能を挙げ、専
門的な技能を除いたものを資質として抽出した。表 1 に運
海難の 8 割に人的要因が関係すると言われる。船舶運航
航に必要な資質と対応する STCW 条約の能力要件の一部
の安全性を高めるため、人的要因に関係する検討が続けら
を示す。抽出された資質の概念は一部を除き STCW 条約
れており、2010 の STCW 条約マニラ改正では船員の能力
の要件と合致し、かつ具体的な表現となっている。
基準にリーダーシップや管理等の技能が加えられた。航海
訓練所の練習船では、従前からこれらの技能の訓練を資質
3.
資質訓練の現状とその効果
訓練の一環として実施して来た。しかし資質訓練の多くは
経験的に行われており、涵養すべき資質及びその訓練手法
3.1
練習船における資質訓練の機会
について明らかにされた例は少ない。そこで今回、船舶運
上述の資質について、現在の練習船実習中の訓練機
航に必要な資質及びその訓練手法について検討を始めた
会を調査した。調査の結果、当直、部署、整備作業、
ので報告する。
学 友 会 活 動 等 に おけ る 資 質 訓 練の 機 会 が 明 らか に な
り、特に帆船において資質訓練となる実習の機会が多
2.
船舶運航に必要な資質
いことがわかった。
資質の語義は「職業などに適合する能力や性質」とされ、
3.2
対象となる職業等により内容が異なる。本論では船舶の安
資質訓練の効果の確認
上記調査に基づき、帆船実習において行動の観察により
全運航に直接関連する技能のうち、専門的な技能以外を資
資質訓練の効果を確認した。観察結果の一部を示す。
質の範囲として検討する。
・ヤードを旋回する際、自主的に各ブレースへの人員
まず船舶運航を入出港、航海、荷役、整備作業等の場面
配置を調整し、進捗状況により作業中のブレースへ
に分け、各場面で必要とされる行動を列挙する。例えば入
出港の場面では乗組員が船橋、船首、船尾、機関室等の配
移動、支援した。(状況の理解)
・衛生係が集まってインフルエンザ対策を検討し、船
置につき相互に連絡を取り合って諸作業を実行する。この
場合には、操船や機器操作に関する専門的技能のほか、タ
全体で実行した。(方針の決定)
・担当を決めて当直の合間に準備を進め、学友会の行
グの使用や係留索の作業等に関するコミュニケーション、
操船や係留・解らん作業の作業方針や状況の理解、作業に
事を実施した。(要員及び配置の決定)
・ウェザーブレースを引く厳しい作業の際、声を掛け
応じた要員と配置の決定、係留や荷役準備作業の遂行監視
合い士気の高揚を図った。(活性化)
と活性化、作業達成のためのメンバー同士協調と貢献、作
業時の安全行動などの技能が必要とされる。
4.
表 1 運航に必要な資質と STCW 条約の能力要件(抜粋)
運航に必要な資質
STCW 条約の能力要件
おわりに
今般資質訓練に関する基礎的研究として、船舶運航
に必要な資質及び資質訓練の現状を確認した。資質訓
周囲、作業等の状況の理解
リソースマネジメントの適用
練の機会を生かす指導方法とその効果の検証を進める
運航、作業等の方針の決定
意思決定技能の適用
所存である。
要員及び配置の決定
職務及び業務分担の管理
:
作業遂行監視・活性化
リソースマネジメントの適用
コミュニケーション
リソースマネジメントの適用
* 助 教 日本丸
** 教 授 日本丸
*** 教 授 海王丸
参
:
考 文 献
1)(財)応用教育研究所編集:教育評価法概説、図書文化、
2003 年 6 月 20 日
2)国土交通省海事局監修:2010 年 STCW 条約、成山堂、
2015 年 6 月 28 日
-36-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
指差呼称に対する練習船乗組員の意識調査
○熊田
1.
崇徳 *
山本
訓史 **
はじめに
本調査の結果として、アンケート調査の集計を実施し
航海訓練所練習船において、安全作業の一助として奨励
されている指差呼称(しさこしょう)に関して、各乗組員
た。集計にあたり、以下の通り、乗船経験年数別のグルー
プに分類した。
の意識調査を行った。本所練習船は、船上という特殊性に
①
乗船経験 4 年未満(新人層)
・・・45 名
加え、実習生という安全意識が十分に涵養されておらず、
②
4 年以上 20 年未満(中堅層)
・・・79 名
かつ作業経験の乏しい対象に対して、見本となるような安
③
20 年以上(ベテラン層)
・・・78 名
全作業、安全環境の整備が特に求められている。本調査は、
そういった実習生にも、視覚的に判りやすい指差呼称に関
3. 結果のまとめ
する乗組員の意識を調査することで、安全意識の現状の把
握を目的とした調査と位置付けた。
アンケート結果から推察される事項は次の三つが考え
られる。
2.
意識調査の概要
1.
指差呼称の実施は、概ね肯定的に捉えられていた。
2.
船内作業での経験上、多くの乗組員が指差呼称の実
今回の意識調査は、全練習船の乗組員に対してアン
施により、安全性の向上が期待できると認識してい
ケート調査という形で行った。調査は平成 26 年 10
る。
月に実施した。回収されたアンケート数は、甲板部 70
3.
上記二つの傾向が、乗船履歴の短い、新人層ほど、
名、機関部 75 名、無線部 9 名、事務部 55 名、医務部
強くなっている傾向にある。
4 名の計 213 名であった。
アンケート調査は、以下の内容について実施した。
4.
あとがき
一般社会生活においても、鉄道会社、建設現場等の
1.
船内の作業中に指差呼称を用いたことがあるか
2.
指差呼称は、災害防止や安全確保に効果があると
様に、指差呼称を用いた安全確保の実例を目にする機
思うか
会は多い。一方、航海訓練所練習船では、一部の場面
指差呼称を行って安全が保証されたと感じた事
で活用しているものの、普及している程度とは言い難
があるか
い状況である。今回の指差呼称に関するアンケートに
指差呼称を行って上手くいかなかった事がある
より、乗組員の高い安全意識と指差呼称に対する積極
か
的な姿勢を示す結果が得られた。
3.
4.
よって、指差呼称が習慣化し、定着していくための
5.
指差呼称は、機器の運転操作に必要と思うか
6.
この先、指差呼称に積極的に取り組みたいと思う
7.
8.
取り組みとして
か
①
限定的な指差呼称の使用場面の提案
指差呼称を機関室内の機器に限定した場合、具体
②
新旧 2 種類の指差呼称の効果的な使い分け
的にどの機器に有効であると思うか(自由記述)
の 2 つを実行し、その効果等を研究することで、さら
指差呼称を機関室内の機器に限定した場合、具体
なる作業上の安全の向上に寄与したい。
的にどんな場面に使用すれば有効か(自由記述)
9.
一般的な指差呼称以外で、効果のある方法を提案
できるか
10. 指差喚呼(しさかんこ)、指差呼称(しさこしょ
う)、指差し呼称(ゆびさしこしょう)の中から、
どの呼び方が練習船に浸透しやすいと思うか
* 助教 本所
** 教授 本所
-37-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
船陸間マルチメディア通信の効率化に関する調査研究
-練習船気象情報システムの開発について-
○霜田
1.
一将*
添田
忍**
藤井
肇***
3. 「簡易練習船動静把握」作成部
はじめに
台風または発達中の低気圧(以下台風等という)が練習
台風等の接近時における振れ回りや走錨の有無、気圧変
船隊に接近する可能性が高くなった場合、練習船を運航す
化を確認するためには、短い間隔でデータが必要となるの
る当所としては次の情報を入手することが急務となる。
で船からのデータ発信間隔を 5 分として再構築した。また、
①練習船の位置
「練習船気象情報」においては練習船の位置のみがわかれ
②天気図(地上解析図、予想図、台風予想図、衛星写真、
ばよいので、行動予定等の情報を省いた「簡易練習船動静
雨雲レーダ等)
把握」を新に作成した。「簡易練習船動静把握」のシステ
③練習船の気象情報(主に風向、風速、気圧、気圧の変化
ム構成を図1に示す。
傾向)
④錨舶船の場合は、錨泊地の地形、練習船の振れ回り、走
錨の有無
⑤練習船の台風対策
気象の変化や船体の振れ回り等、台風等が練習船に及ぼ
す影響は、台風等と練習船との位置関係や台風等の勢力と
関係するため、①~⑤の情報を比較・参照しながら解析す
ることができれば現状を把握することが容易になる。
一方、練習船は船毎に「練習船動静把握」のためのデー
図1 「簡易練習船動静把握」のシステム構成
タ発信を行っている。船内LANから受信した位置情報、
気象情報等をインターネット回線を利用して練習船動静
把握サーバへ送信することで練習船動静把握の画面を作
4. 船首方向、真風向、気圧変化グラフ等のグラフィック
成する。この情報処理は練習船の動静把握を主な目的とす
画面作成部
るものであるが、今回このデータに対し気象情報に特化し
船の針路、真風向、気圧等の情報は数字だけよりは、グ
た情報処理を行い、関連性のある情報を「練習船気象情報」
として PC 画面にまとめて表示する練習船気象情報システ
ラフィック表示も併せて表示する方が状況把握は容易で
ムの開発を試みた。
ある。船首方位データを元に針路を示す船形図を作成し、
これにより練習船を取り巻く気象状況が一目で把握す
それに風が吹いてくる方向を示す真風向のマークを付け
た。また、時刻データと気圧データから過去 12 時間分の
ることができるようになった。
気圧変化グラフを表示させた。図2に船首方向を示す船形
図に真風向を併せて表示した様子、及び気圧変化グラフを
2. システム構成
示す。
本システムは次に示す機能から構成される。
①練習船の位置を地図上に表示する「簡易練習船動静把
握」作成部
②船首方向、真風向、気圧変化グラフ等のグラフィック画
面作成部
③各種天気図、雨雲レーダ等の表示部
④過去 12 時間の航跡図作成部
図2 船首方向、真風向及び気圧変化グラフ
* 准教授 本 所
** 准教授 本 所
*** 教 授 銀河丸
-38-
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
グラフ横軸の右端が最新の気圧を示し、左方向に向かっ
て過去 12 時間前までの気圧を示す。縦軸は最新の気圧を
中心に-5hPa から+5hPa の範囲で気圧変化を示す。
5. 各種天気図、雨雲レーダ等の表示部
気象状況を把握するには、地上解析図の他、台風予想図、
予想図、衛星雲写真、雨雲レーダ等多種の情報が用いられ
る。そこで、次に示すように各種天気図を自動的に切り替
図3 航跡表示-振れ回り
えて表示する仕組みを作成した。
①天気図受信スケジュールを手動で編集し、
サーバへア
ップロード
②スケジュールファイルを自動でダウンロードし、スケ
ジュールに読み込み
③スケジュールに従い、天気図をダウンロード、ファイ
ル名を固定の名前に変更し、サーバへアップロード
④「練習船気象情報」を 5 分毎にページを更新
画面中央上部に速報版地上解析図へのリンクを貼るこ
とで常時最新の天気図を表示し、その他の天気図等は上記
図4 航跡表示-データ回線利用可能海域
の処理を行った上、画面上部右端に表示させた。
6. 気象状況の把握
8. まとめ
これまでの処理により、次の手順で練習船付近の気象状
「練習船気象情報」の完成により、陸上でも練習船の気
象状況を把握することが可能になり、台風等接近時には緊
況を把握することができる。
①「簡易練習船動静把握」により地図上で練習船の位置
張感をもって練習船を見守ることができるようになった。
また、最新の天気図と実際の気象データを比較・参照す
を把握することができ、その位置と速報版地上解析図の両
ることで天気図の理解を深めることもでき、教材としての
方を並べて参照することができる。
②速報版地上解析図に示される気圧配置、等圧線の間隔
利用価値も考えられる。
から練習船の位置における風向、風の強度が想像できる。
③実際に計測された真風向、風速、気圧の変化と②によ
データ通信回線は携帯電話回線を利用しているため、安
価ではあるが基地局からの距離が約 20 マイル以内でしか
利用できない。今後は衛星通信回線も補助的に利用して、
る風の読みを比較することができる。
携帯電話圏外であっても安定したデータ通信ができる方
7. その他の機能
法を考えたい。
「練習船動静把握」に過去 12 時間の航跡表示機能を付
加した。この機能により船体付近を拡大表示することで仮
泊中の振れ回りを視覚的に把握することが可能になった。
参
考 文 献
この様子を図3に示す。
航跡表示は練習船から届いたデータを元に作成してい
1)
る。航跡表示がない部分はデータ回線が利用できない海域
であると言える。したがってデータ回線が利用できる海域、
矢嶋 聡:独習 Visual Basic 2010、翔泳社、2011 年 9
月
2)
できない海域を把握する手段としても利用することがで
きる。この様子を図4に示す。
-39-
Google Maps活用講座
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研究発表会予稿集 2015 年 9 月
メルヴィル『白鯨』『ビリー・バッド』における「個」と「国家」
―アメリカニズムと対立項としての「海洋」表象―
杉田 和巳
1. はじめに
アメリカ研究の前提を踏まえて、アメリカニズムに通
底する「個」と「国家」の理想的・理念的連続関係を指
摘した上で、その対立項として機能するアメリカン・ラ
イティングにおける「海洋」表象の批評モデルについ
て検討する。
メリカニズムとして確立される。
2. アメリカニズムと対立項としての「海洋」
2.1 「アメリカニズム」とは何か?
「アメリカニズム」という語は、次の 2 通りの意味で
用いられている。
(1) アメリカ英語(語法);アメリカ風、アメリカ人気質(Cf.
John Witherspoon)
(2) アメリカ固有の価値観、信条、生活様式、政治思
想・理念(Cf. Thomas Jefferson)
後者(2)については、特に独立革命後、近代史上
最初の共和国であるという自負のもとに、自由と平等
に基づく建国の精神が顧みられ、旧世界に卓越する
民主主義的諸制度を強調する語として利用された。
(1) 「アメリカ人は何よりもまず畑を耕す人間である…
(中略)アメリカ人はヨーロッパ人でもなければ、ヨー
2.2 「大地」、アメリカニズムと理念的・理想的「国家」
アメリカニズムにおいては、「アメリカの自画像」
(古矢『アメリカニズム』)は「大地」に根ざした牧歌的
農本社会・辺境・理念国家像として理解される。
イギリス植民地であったアメリカは、西欧中心世界
からみた「辺境」、近代世界の「前哨基地」であり、太
平洋を越えてアジアにまで至るイギリスの氾=世界的
な海事通商戦略の最前線であった。
独立後は、「辺境」でありながらもヨーロッパ近代文
明を基盤とする社会の恩恵を享受し、しかもその一方
で旧いヨーロッパの荒廃や堕落からは「距離」を保つ
ことができる国家として、アメリカは「自己像」を理想化
する。太平洋へと向かうイギリス型「西への志向」は、
アメリカ流に読み替えられ、アメリカの未開の「大地」
(「西部」あるいは「フロンティア」と呼ばれるもの)への
志向へと変容する(Cf. “manifest destiny”)。
アメリカの理想的「自己像」は、「農本主義」を核と
した「大地」に根ざした民主主義国家としてのそれで
あり、両海岸線によって切り取られ、「海洋」不在のア
2.3 アメリカニズムと理想的「個」、「アメリカのアダム」
アメリカにおける理想的な「個」の在り方は、次のよ
うなクレヴクールによる原初的イメージに代表されて
いる。
ロッパ人の子孫でもなく、新しい原理に基づき行動
する新しい人間であり、新しい思想や見解を持つ新
しい人種である」(クレヴクール「アメリカ人とは何か?」
『アメリカ農民の手紙』、論者強調)
この理想的な「個」としてのアメリカ人は、「聖地」を
生きる「農民」という自己像を増幅させて、「荒野」とい
う大地(開拓地)に挑み、これを支配する、「自然支
配」の自己イメージとして確立される。こうした理想的
「個」として自己像をルイースは「アメリカのアダム」と
呼び、次のように述べた。
(2) 「歴史から解放された個人であり(中略)一人で立ち、
自らに頼り、自らの力で前進し、彼独自の生得の力
により、たとえ何が彼を待ち受けていようとも、これに
立ち向かう用意がある」(ルイース『アメリカのアダム』、
論者強調)
メルヴィル『白鯨』『ビリー・バッド』―ア
メリカニズムと対立項としての「海洋」表象
3.1 『白鯨』における「海洋」表象―理想的「個」と「国
家」の連続性、「自然支配」イメージの転覆
19 世紀アメリカニズム確立の前提となる「大地」(=
「辺境」「荒野」「開拓地」)とその「人間による自然支
配」の構図は、メルヴィル『白鯨』においてはその圧倒
的かつ破壊的な自然の力、「海洋」表象の意味作用
により「転覆」される。
例えば、『白鯨』第 93 章「海に漂う者」にあっては、
「自然(海)=強大で破壊的な力」を具現する巨鯨とひ
弱でちっぽけな「捕鯨用ボート(=人間存在)」の対比
3.
-40-
研究発表会予稿集 2015 年 9 月
が顕著に表象される。そこでは、自然を支配せんとす
る人間もまた、実際には自然の理法の一部でしかなく、
大洋の直中にあってはその自然の圧倒的な力にな
すすべない存在であることが描かれる(図 1 参照)。
主的威厳!大いなる絶対神!民主主義の中心にして
周辺!神の遍在こそ、我らの神聖なる平等なり!」(『白
鯨』212)
(3) 「株式会社や国家などのように群れをなした人間は
厭うべきものに思えるかも知れぬ。阿呆や強盗や人
殺しだっているかも知れぬ。卑しい貧相な面をした
人間ばかりかも知れぬ。だが理想状態にある個の人
間は高貴で光りを放ち、また壮麗に輝き、燃えるよう
に神に造られたものであるのだ」(『白鯨』211、論者
強調)
語り手イシュメルが理想的「個」として称賛するスタ
ーバックもまた、物語の終末、圧倒的な自然の力の
象徴である巨鯨により、「海洋」に飲み込まれて命を
落とすことになる。
図 1 『白鯨』
http://anotheramerica.org/tag/moby-dick/
語り手イシュメルは、海中(「非情な無限空間」)転
落した未熟練乗組員の黒人少年ピップの姿を通じて、
「大地」と「海洋」の対比を利用しつつ、自然の圧倒的
力、その脅威について次のように語る。
3.2 『ビリー・バッド』における「海洋」表象―「個」の記
憶と「国家」の歴史(の不連続性)
実際の米海軍サマーズ号での「叛乱」事件を参照
項としつつ(異論もあるが)、『ビリー・バッド』における
「個」と「国家」の関係性について検討する場合、記憶
化される「個」の理想像と、歴史としての「国家」により
付与される「個」のイメージの「不連続性」は注目に値
する(図 2 参照)。
(1) 「凪の日に広い大洋を泳ぐことは泳ぎに慣れている
者にはかなり容易い。陸で柔らかいバネ付きの馬車
を運転するほどにで、ある。しかし、耐え難いこと、そ
して恐ろしいことは孤独感である。非情な無限空間
のまっただ中にあって自我を集中させることは!」(『白
鯨』525、論者強調)
また、『白鯨』第 26 章「騎士と従者」においては、
復讐の鬼と化して白鯨を追う捕鯨船ピークォッド号船
長エイハブと対立、これを諫める冷静で生真面目な
(クェーカー教徒)スターバック 1 等航海士を通じて、
アメリカ民主主義の中心にして周縁でもある「理想
的」アメリカ人像を賛美し、理想的・理念的な「個」と
「国家」の連続性を高らかに称賛しつつも、厭うべき
「個」や「国家」の現実との対立軸を語り手に指摘させ
ている。
(2) 「神自身から四方に向かって限りなく照射される民
図 2 “Somers, starboard side, under sail, 1842”
http://burnpit.legion.org/2012/11/somers-affair-endshanging-three-mutineers
アメリカニズムにおける重要な前提が、「建国の理
念」として理想的民主国家における理想的アメリカ人
像の確立、この連続性にあるとすれば、『ビリー・バッ
ド』におけるビリー処刑(言われ無き「叛乱」準備の罪
による)の「後日談」は、「個」としてビリーに関する記
憶と、「国家」がビリーに付与する歴史的事実の不連
-41-
研究発表会予稿集 2015 年 9 月
続性を指摘することができる。
『ビリー・バッド』後日談において、〈花形船員〉ビリ
ーの「個」としての記憶は船員仲間により、文学的(文
化的)意味を帯びつつ、「若さ」や「美」、「強さ」といっ
た抽象化・理想化された「身体」のイメージに収斂さ
れる。
(4) 「彼らが本能的に感じていたのである。ビリーは故
意に殺人は犯したりできない、ましてや反乱を企てる
なんてできない人間であると。彼らは、あのさわやか
な若々しい《花形水夫》の姿(image)を思い出した。」
(『ビリー・バッド』131)
船員仲間である、ある三文文士の手によるバラッド、
「手錠のビリー」いう文学的(文化的)装置を通して、
ビリーの死すべき運命のクライマックスである、最期の
昇天のイメージは、抽象化・理想化された《花形水
夫》ビリーにまつわる共有可能な理想的「個」として昇
華されるにいたる。
一方、作中の「後日談」において、ビリーの「事件」
を伝える公的な記録として、《地中海便り》が伝えるビ
リーの「個」として記録は、『ビリー・バッド』において主
題ともなる「歴史」叙述の困難性(あるいは出来事と表
象の間に横たわる「亀裂」、すなわち「歴史」の遅延性
(Cf. アンドレアス・ヒュイッセン))を伴って、誤った
「個」のイメージを現出させる。
4. おわりに
建国の理念、アメリカニズムが前提とする理想状
態としての「個」と「国家」の連続性は、支配可能な
「大地」と農民としての「アメリカ人像」を基盤とする。
「海洋」表象は、自然が決して支配可能なもので
なく、人間に対して圧倒的、破壊的な力を有するもの
であり、人間存在の現実のテーゼであることを想起、
照射する批評モデルを提供する。
メルヴィルの批評モデルにおいては、「個」は理想
状態として描出される場合においても、「個」と「国家」
の理想的な連続関係は確保されず、アメリカニズムの
前提を補強するものでない。
参 考 文 献
1)
2)
3)
4)
(5) 「先任衛兵長ジョン・クラッガートは、下級乗組員の
間に、ある種の陰謀発生の兆しのあり、その首謀者
の名はウィリアム・バッドであることを突き止め、艦長
の前で、この者の罪状認否を問いただしていたところ
5)
で、バッドは突如として短刀を抜き、腹いせに心臓を
深く刺した…(中略)英国名で海軍に入隊したものの、
その刺殺犯は英国人ではなく、現在の異常な軍務
の必要によりやむなく入隊を許可されている多数の
外国人の一人である…(中略)犯罪者はすでに犯罪
6)
の罰を受けた。迅速な処罰は有益であった。英国軍
7)
艦「ベリポテント号」艦上では、いまや一点の懸念す
べきことも見られない。」(『ビリー・バッド』130-31、論
者強調)
8)
ここに至って、歴史的事実として「国家」が付与す
る「個」のイメージと、船員仲間に共有される「個」のイ
メージの「不連続」、さらには理想的「個」の記憶と現
実的「国家」の歴史の「不連続」を指摘することができ
る。
-42-
Melville, Herman. Billy Budd, Sailor (An Inside
Narrative). 1924. Eds. Harrison Hayford
and Merton M. Sealts, Jr. Chicago & London:
U of Chicago P, 1962.
---.
Moby-Dick, or The Whale.
1851.
Reprint. New York & London: Penguin, 1986.
杉田和巳、「19 世紀アメリカニズムの確立とアメリ
カン・テクスト―アメリカニズムからの「海洋」の排
除をめぐって ―」、海技大学校研究 報告(第
45,46 号)、2003 年 3 月
---、「ハーマン・メルヴィル『ビリー・バッド』の「後
日談」を読む―語り、歴史、≪花形水夫≫の文
化的記憶」、『<記憶>で読む英語文学―文化
的記憶・トラウマ的記憶』、開文社、2013 年 6 月
---、「メルヴィル『ビリー・バッド』における語り手の
「読み」―サマーズ号の「叛乱」と「言及的」な語
り手」、海技大学校研究報告(第 58 号)、2015 年
3月
古矢旬、『アメリカニズム―「普遍国家」のナショ
ナリズム』、東京大学出版会、2002 年
クレヴクール、渡辺利雄・秋山健・後藤昭次訳、
『アメリカ農夫の手紙 アメリカ古典文庫 2』、研
究社、1982 年
R. W. B. ルイース、斎藤光訳、『アメリカのアダム
―19 世紀における無垢と悲劇の伝統』、研究
社、1973 年
研究発表会予稿集
2015 年 9 月
ヒヤリハット情報分析とデータベース構築による安全向上について
○鷲塚
1.
智*
岩元
省吾*
松崎
範行**
はじめに
事故が起きそうな状況に出会いヒヤリとしたり、ハッと
したが、幸いにも回避できたことを「ヒヤリハット」とい
い、多くの運航者が経験している。このヒヤリハット情報
を記録し、その原因を全員で究明し再び同じような状況に
あっても事故の要因とならないようにする安全衛生活動
のことを「ヒヤリハット活動」という。
2.
図 2 ヒヤリハット情報の集計と対策
ト報告については安全教育資料として各練習船に提供し、
ヒヤリハット報告数の推移
安全意識の向上を図った(図 2)。
図1は、平成 19 年から平成 27 年度第1四半期までに航
4.
海訓練所練習船隊から報告されたヒヤリハット報告の件
集計から分析へ
数を示している。平成 21 年には、報告様式の簡略化を行
ヒヤリハット情報を集めるだけでその後のフォローが
い、それまで年間 20 件程度だった報告数が 161 件と急増
した。しかしながらその効果は限定的で翌年からは 50 件
前後に減少している。平成 25 年度からは「1人1件運動」
を開始し、同年度では 900 件以上の報告があったが、その
なければ、現場から報告する意欲が弱まると考えられてい
る。航海訓練所では平成 27 年度より、現場の運航者が報
告した情報が活用されていることを実感でき、安全活動に
有効に利用できるよう、蓄積したヒヤリハット情報の分析
後、運動を継続するも減少傾向にある。
並びに報告内容から想定されるリスクの評価を行い、さら
に類似したヒヤリハット事例とその評価結果を検索でき
1000
るシステムを開発しているので紹介する(図 3)。
800
600
400
200
0
H19 H20 H21 H22 H23 H24 H25 H26 H27
実習生
職員
部員
その他
図 1 ヒヤリハット報告件数の推移
3.
安全対策
図 3 ヒヤリハット情報検索ツール
これまでヒヤリハット報告は、様態別に集計され、主と
参
考
文
献
して報告される類似ケースが多い事例について事項防止
対策が取られてきた。例えばヒヤリハット1人1件運動が
1) 国土交通省運輸安全監理官室:事故、ヒヤリ・ハット
始まった平成 25 年でもっとも報告例が多かったのは「激
突・転倒」であったため、これに対して「激突・転倒防止
情報の収集・活用の進め方(改訂版)、2014 年 2 月
2) 近畿運輸局大阪運輸支局:ヒヤリハット事例集、2007
キャンペーン」を展開するとともに、特徴的なヒヤリハッ
* 准教授 大成丸
** 教 授 本 所
-43-
年1月