theory-of-knot : 2015/7/22(15:43) はじめに トポロジー(位相幾何学)の学問の開始が,とりわけトポロジーの「位置の問 題」の最も単純化した学問である「結び目理論」の開始が,線形代数学や解析学 の学問の開始から約 100 年遅いがためとしか理由は思いつかないが,大学の教 養課程において線形代数学や解析学のような必須科目とはいえない状況が続い ている.しかしながら,今日では,科学技術の進歩により,結び目理論は数学 のいろいろな分野のみならず,物理学,化学,生物学などとも関連してひょっ こり登場する科学における真に基礎的な学問である.このような状況にあって, 数学の結び目理論としては何を常識化しておいたらよいかという問いは,重要 なものになっている.本書は,前書『レクチャー結び目理論』 (共立出版,2009) 同様結び目理論の全般的な入門書であるが,常識化しておくと便利であろう結 び目や絡み目の数学の考え方について,その設定順にも注意を払いながら,ま た内容へ入りやすいように工夫して,書いたものである.具体的に,前書との 比較において工夫した点を述べるとつぎのようになる. (1) スケイン多項式族不変量の存在の証明がかなり単純化できた.その系と して,ジョーンズ多項式やアレクサンダー多項式といった結び目理論ではよく 使われる多項式不変量はこれから引きだされることに主眼を置き説明した.そ の結果,多項式不変量の存在が単純でわかりやすくなった. (2) 結び目の分岐被覆理論の観点からゲーリッツ不変量と彩色数不変量を学 べるようにした. (3) 結び目の 4 次元的視点として曲面結び目理論をとりあげた.これによ り,鎌田聖一著『曲面結び目理論』 (シュプリンガー現代数学シリーズ) (丸善 (3/240) theory-of-knot : 2015/7/22(15:43) ii 出版,2012)や仮想結び目理論との関連も見出せるようにした. (4) 付録 A として,多面体の基本群とホモロジー(ダイジェスト版)を設 け,多面体,多面体の基本群,多面体のホモロジーについて,簡単にではある が解説した.これらはトポロジーの極めて重要な道具であるが,学習したこと のない人に配慮したものである.また,付録 B では,格子点の長さ 9 までの素 な結び目・絡み目の分類表を掲載した. 第 1 章では,結び目理論の初歩となる結び目や絡み目の図式,特に結び目の 図式と同型の考え方や図式から得られる数量などの基礎的概念について解説す る.第 2 章では,結び目理論の文献などに説明なしでしばしば登場するような 標準的な結び目や絡み目の例として,トーラス結び目・絡み目,2 橋結び目・絡 み目,プレッツェル結び目・絡み目を解説する.第 3 章では,ジョーンズ多項式 とコンウェイ多項式を一般化しているスケイン多項式の係数多項式族であるス ケイン多項式族の存在の直接証明を与え,その性質を述べる.第 4 章では,ス ケイン多項式の特殊化として,ジョーンズ多項式を定義し,カウフマンのブラ ケット多項式との関係を与え,また.計算例を与える.第 5 章では,スケイン 多項式の特殊化としてコンウェイ多項式を定義し,また計算例を与える.また, コンウェイ多項式からアレクサンダー多項式への変換についても説明する.第 6 章では,結び目理論の古典的な理論であるザイフェルト曲面とザイフェルト 行列を説明し,アレクサンダー不変量,特にアレクサンダー多項式の再構成や アーフ不変量と符号数の説明を行う.第 7 章では,結び目に付随した被覆空間 である,無限巡回被覆空間と巡回分岐被覆空間を構成する.特に,2 重分岐被 覆空間,ゲーリッツ不変量,結び目図式の彩色数不変量について解説する.第 8 章では,結び目の 4 次元的視点として,曲面結び目の描写を解説する.特に リボン曲面結び目について詳述し,コード図式とその変形理論を説明する.第 9 章では,結び目理論本来の目的である結び目や絡み目の分類法を,筆者が導 入して田山育男氏と共同で研究してきた整数格子点表示の観点から,解説する. 付録 A では,多面体の基本群とホモロジー(ダイジェスト版)の説明がなされ, 付録 B では,格子点の長さ 9 までの素な結び目・絡み目の分類表が掲載されて いる.本書で説明した考え方や位相不変量により,この分類表のようになるか (4/240) theory-of-knot : 2015/7/22(15:43) (5/240) iii どうかを確認してみることは,結び目理論を習得する上で適切な訓練といえよ う.各章末には, 「さらなる探求」の節を設けてある.そこには,若干の探究項 目の説明ばかりでなく,若干の問題が設定され,略解が与えられている. 大阪市立大学の鎌田聖一教授や数学研究所研究員(学術振興会特別研究員)の 滝岡英雄君,大学院後期博士課程学生の河村建吾君からはわかりにくい個所や 書き間違いなどについてたくさんのコメントをいただいた. 最後に,サイエンスにおける結び目理論の進展も著しいが,本書の目的は結 び目理論の数学的な基礎を確立することであり,ここでは触れなかった.結び 目理論が,数学および数学教育の基礎的道具として極めて重要な概念であるこ とを,誰もが認識する日が来るだろうことを願っているが,本書がその一助に なれば幸いである. 2015 年初春 著者
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