NpO2 における八極子秩序:NMR による研究

NpO2 における八極子秩序:NMR による研究
日本原子力研究開発機構・先端基礎研究センター
徳永 陽
f電子系化合物の示す複雑で豊かな物性の背後には、f電子が持つ多極子の自由度が隠されて
いる。この多極子の自由度が最も顕著に現れるのが多極子秩序と呼ばれる現象である。四極子秩
序は電気的な四極子モーメントが自発的に整列した状態であり、CeB6やPrPb3など多くのf電子化合
物で見つかっている。ところが最近、四極子よりもさらに高次の多極子、磁気八極子に起因する新
しい秩序の可能性が二酸化ネプツニウム(NpO2)において議論され注目を集めている。本講演では
我々が行っている核磁気共鳴(NMR)の結果を中心に、この新奇な秩序相について紹介する。
NpO2の研究の歴史は古く、低温での相転移の存在は1950代には既に知られていた。しかし比熱に大
きな飛びが観測されるにも係らず、明確な磁気モーメントが存在しないこの奇妙な相転移は、その後半
世紀以上にわたり多くの謎を投げかけてきた。発見当初は反強磁性絶縁体UO2との類似性から、一般的
な反強磁性転移と考えられていた。しかしその後行われた中性子散乱[2]及びメスバウアー分光[3]の実
験では、転移温度以下でも磁気双極子の秩序は観測されなかった。一方、帯磁率[4]およびμSR[5]の実
験からは秩序相における時間反転対称性の破れが示唆され、この双極子秩序の不在と時間反転対称
性の破れという2つの条件を同時に満たす最も有力な候補として八極子秩序の可能性が議論されている
[1]。八極子秩序の可能性はさらに最近の共鳴X線散乱の実験[6]からも示唆されているが、現時点では
まだ八極子の秩序が直接観測されたという報告はない。
このNpO2における新奇な秩序相の微視的解明を目指し、我々は核磁気共鳴(NMR)による研究を進め
ている。現在、八極子秩序の可能性が議論されている化合物は他にもあるが(例えばCe1-xLaxB6など)、
その中でもNpO2は最も単純な組成を持ち、また絶縁体であるた
め局在したf電子描像が良く成り立つ。しかしNp元素そのものが
非常に強い放射能を持つため試料の取り扱いが著しく困難であ
り、このことが詳細な物性研究を進める大きな障害となってきた。
この問題を克服するため、我々はNp元素の取り扱いが可能な
東北大学金属材料研究所附属量子エネルギー材料科学国際
研究センターの放射線管理区域にNMR装置を移設し実験を行
っている。現時点で強い放射能をもつNpおよびPu化合物の
NMRを実施できるのは、世界的にも米国ロスアラモス国立研究 図1 合成された NpO 単結晶試料。酸素
2
核での NMR 測定のため 17O 核が 85%濃縮
所と我々のグループのみである。
されている。
研究はまずNMRの観測が可能な17O核を28%濃縮したNpO2試料の合成からスタートした。この作業は
東北大学金属材料研究所の本間、青木両氏が中心となって行われた。次に得られた粉末試料を密封化
し磁場中での17O核NMR測定を実施した。この粉末試料での測定により、秩序相での2つの酸素サイトの
出現や磁場誘起反強磁性の観測など、縦triple-q型の多極子構造を強く示唆する結果を得ることができ
た[7]。しかし残念ながら粉末試料では磁場角度平均した情報しか得られないため、最終的に八極子秩
序を確定するまでには至らなかった。
NpO2
Single Crystal
粉末試料での結果を踏まえ、現在、我々は単結晶を用
いた研究を進めている。図1に青木氏により合成された
H//<111>
10.2 T
NpO2 単結晶を示す。単結晶でのNMR信号強度の減少を
補うため、今回は 17O核をさらに85%に濃縮している。単結
26K
晶を測定に用いることで、八極子の同定に不可欠な超微
細相互作用の磁場角度依存性の測定が可能となった。本
格的なNMR測定はまだ始まったばかりであるが、すでに幾
つかの興味ある結果が得られているので、その一部を紹
20K
介する。
図2に磁場を<111>方向に印加して得られた17O核NMRス
ペクトルの温度変化を示す。常磁性相では単一のピークで
あったスペクトルが、秩序相(26K以下)に入り2つのピーク
に分裂していく様子が良くわかる。これは秩序相における2
つの酸素サイトの出現を示している。さらにこのスペクトル
分裂を磁場の印加方向を変えて測定することにより、超微
細相互作用の磁場角度依存性を得ることができた。解析
14K
58.5
58.6 58.7 58.8 58.9
Frequency (MHz )
59.0
図 2 磁場を<111>方向に印加して得られた 17O
核 NMR スペクトルの温度変化。下へ行くほど
測定温度が低下している。赤い部分が常磁性
相 (26K 以上)、青い部分が秩序相に対応。
の結果、観測された超微細相互作用は磁場誘起反強双
極子および磁場誘起反強八極子によるものであることが
わかった。これらの磁場誘起多極子は共に八極子秩序
( primary order parameter ) に付随して出現する縦triple-q
型の四極子秩序 ( secondary order parameter ) を起源
としていると考えられる(図3参照)[8]。NMRにより磁場誘
起反強八極子が観測されたのはCeB6についで2例目であ
る。今回の実験ではさらにNpの四極子の秩序が、核四重
極相互作用を通じて 17O核NMRのスピンエコーの振動とし
て直接観測されている。
ここ数年、八極子秩序の最も有力な候補としてNpO2 に
関する理論研究[1,8-11]が大きな進展を見せており、むし
ろ実験による検証がそれに追いていない状況にある。特に
図 3 緑矢印:縦 triple-q 型の四極子構造が存
在する場合に、磁場を[111]方向に印加した際
に Np サイトに出現する磁場誘起反強双極子。
赤矢印:磁場誘起双極子が酸素サイトにつくる
古典的双極子磁場。この双極子磁場がシフト
として NMR で観測される。
最近の久保、堀田による研究[9]では、面心立方格子上のf電子模型の解析から、磁気八極子モーメント
が前述の縦triple-q型に配列した構造が最も安定な状態になることが示されている。f電子系化合物で
はこれまでにも秩序変数が定まらない奇妙な秩序が見つかっており、特にURu2Si2のそれは”隠れた秩
序”として知られている。NpO2における八極子秩序の解明は、これら”隠れた秩序”の解明にも深く関わ
っており、f電子系の物性研究に新展開を促す大きな波及効果が期待される。
本研究は本間佳哉、青木大、塩川佳伸(以上東北大)、神戸振作、酒井宏典、池田修悟、
R.E.Walstedt, 藤本達也、安岡弘志、山本悦嗣、中村彰夫 (以上原研)各氏との共同研究であり、また
日頃から議論していただいている堀田貴嗣、久保勝規 (原研)、酒井治、椎名亮輔(首都大学)各氏に
も深く感謝いたします。本研究は日本原子力研究開発機構と東北大学金属材料研究所との共同研究
であり、またその一部は住友財団基礎科学研究助成の援助を受け実施されています。
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