建設業の生産性に関する研究 ‐技能者の社員化による業務展開及び内装

建設業の生産性に関する研究
‐技能者の社員化による業務展開及び内装仕上工事の合理化に関する検討‐
さかくら けいすけ
ME13035 坂倉 渓介
建設工学専攻
生産システム研究
1.
緒言
指導教員
蟹澤 宏剛
2.2. 社会保険の加入率
1990 年代から建設産業では安値受注の過当競争が激
社会保険の加入率の定義は調査票の違いにより、各
化した。専門工事会社は労務費削減のため建設技能労
年度で小異はあるが、大約すると「従業者数に対する
働者(以下、技能者)を雇用関係から契約関係にする
社会保険に加入している人数の割合」である。
ことで、社会保険料の負担を回避した。しかし、今後
図 1 は厚生年金と国民年金の加入率の分布を、会員
は公共工事事業を筆頭に社会保険未加入者は建設現場
企業・下請企業別に社員か否かで箱ひげ図と等高線を
に入場できなくなる。そのため、専門工事会社は技能
用いて表現している。一般に技能者が「社員」である
者を直接雇用し内部保有化する必要がある。それには
例は少ないことから、「社員以外」であると推測できる。
技能者の教育や技能の評価、衰弱時の対応など様々な
この図によると、「社員」は厚生年金の加入率が高く、
課題があると考えられる。そこで、「専門工事会社は今
「社員以外」は国民年金の加入率が高い。その傾向は
後、技能者を直接雇用する傾向にあり、新しくビジネ
下請企業よりも会員企業の方が顕著である。また、年
スモデルが確立する」という第一の仮説を立てる。
金保険に限らず 2012 年度よりも 2013 年度の方が加入
技能者を内部保有化すると労務費は固定化する。そ
率は高まっていることから、今後も社会保険の加入率
のため、技能者の手待ち時間*1 を削減し、生産性を高め
が増加すると推測できる。しかしながら、「社員以外」
なくては専門工事会社の存続はなし得ない。特に内装
の厚生年金に限定すれば、良好なサンプルでも加入率
仕上工事は過度に細分化・分業化されたため生産性が
は低い。つまり、技能者の殆どが専門工事会社に直接
低く、改善の余地がある。つまり、細分化した工事を
雇用されておらず、本来は請負関係になると考える。
再び統合し、技能者が複数の工事を施工することで生
2.3. 専門工事業の組織構成
産性は高まると期待できる。特に積層工法による繰返
専門工事会社の組織構成員は、内部に保有する「社
し型の工程はその効果が大きいと推測する。そこで、
員」と外部に発注する「下請負」に分類される。しか
「内装仕上工事の繰り返し型の工程では、多能工施工
し、建設技能者の殆どが、直接雇用されていないが完
により生産性が向上する」という第二の仮説を立てる。 全な請負関係でもない「中間領域」に属している。調
本研究の目的は、前述した 2 つの仮説を立証するこ
査対象各社の組織構成員をこれら 3 種に分類すると、
とである。まず、技能者の社会保険の加入状況や処遇、 26 社中 17 社に「中間領域」に属する技能者が存在し
社員化に関してアンケート調査とヒアリング調査を実
た。彼らは、例えば専門工事会社の賃金台帳に記載さ
施し、得られた知見について考察する。次に、社員技
れ雇用保険に加入しているが、医療保険と年金保険は
能者による多能工を定義し、現行の工程進捗と多能工
各自で加入している、というように部分的に社員とし
施工による工程進捗をシミュレートし、比較する。
ての処遇を受けており、その処遇は各社で違いがある。
2.
専門工事会社の意向と動向
2.1. 調査概要
アンケート調査*2 は 2012 年度と 2013 年度に実施し、
分析時は会社単位*3 で集計する。設問は役職別*4 の医療
しかし、医療保険と年金保険を労使折半で負担する者
は存在しなかった。その理由として、 経営者からは
「原資がない」という意見を多数頂戴したが、技能者
本人が拒むケースも見られた。
保険(協会けんぽ・国民健康保険)、年金保険(厚生年
金・国民年金)
、雇用保険の 3 分類 5 種の保険加入状況
であり、延べ 3127 社分の回答を得た。
ヒアリング調査は首都圏近郊の 26 社を対象に、2014
年 2 月下旬から 2015 年 1 月上旬に行った。調査項目は
専門工事会社の組織構成や技能者の処遇などである。
調査対象は建設産業専門団体連合会(以下、建専
連)の加盟団体の会員企業とその下請企業である。各
調査で得られた回答は必ずしも母集団の実態を正確に
反映しているとは限らず、比較的に良好な結果が得ら
れると推測できる。しかし、このような実態調査は過
去に事例が少なく、希少性は高いと考える。
図 1 年金保険の保険別の加入率の分布
社員技能者による業務展開
3.
3.1
非連続投入資源量 (人日)
労務工数
(人日)
稼働率の加重平均 (%)
人日
社員技能者の定義
800
基準
社員という言葉は、専門工事会社によって様々な解
釈があり、実態は直接雇用していない場合もあり得る。
6206人日
62.9%
600
そこで本研究では、福利厚生のうち専門工事会社の負
400
担が最も大きい「厚生年金保険に 加入している技能
200
0
建設現場における水平・垂直展開
の転向、点検作業、改修事業への参入など、様々な方
面へ多能的に業務範囲が拡大すると考えられる。特に
建設現場では、複数職種の作業を行う水平展開と、設
計・管理などの業務を行う鉛直展開の 2 通りが考えら
れる。前者は 1 人工に満たない作業を統合し、手待ち
時間を削減できる。後者は生産設計や職種間の調整な
ど上流プロセスへの関与がある。このような業務展開
は、これら設計能力や調整能力を評価することで労働
の付加価値を高めることを目的としている。いずれも
技能者が直接雇用されていることが前提条件であり、
従来のような請負関係である技能者では成り立たない。
4.1. 繰返し型工程における生産性向上の考え方
繰返し型の工程では、繰返し工程の単位時間と技能
者が担当する作業の作業時間合計の差分が手待ち時間
となる。つまり、単位時間に合わせて、技能者の担当
しかし、内装仕上工事では、同一技能者が担当する
複数の作業が工程上で大きく乖離していると、同時期
計画しても、その効果は薄れていく。従って、生産性
を向上させる第二のカギは、技能者がサイクル工程上
本研究では、前節の冒頭で述べた手待ち時間を「非
連続投入資源量(単位は人日)」と定義した。加えて、
稼働率(繰返し工程の単位時間のうちの作業時間の割
合)や労務工数などの指標を用いて、工程シミュレー
ション結果の生産性を評価する。
に行う。調査対象物件の概要を表 2 に示す。次節では、
基準工程*6 から前節の考え方に基づいて計画を変更した
工程と、前章で定義した社員技能者(多能工)による
工程をシミュレートした結果について考察する。
表 1 調査対象物件概要
0
期
0
1 5 9 13 17 21 25 29 33 37 41
期
は 1.54%の向上、延労務工数は 44 人日の削減、延非連
続投入資源量は 390 人日の削減の効果にしか至らず、
現状での生産性向上の限界を示唆している。
技能者が全工事の施工能力を有すると仮定した多能
工施工による工程のシミュレーション結果を図 2 右に
示す。基準工程(図 2 左)に比べ、同順で 25.1%向上、
544 人日の削減、4780 人日の削減となった。前述のシ
ミュレーション結果よりも平均 13.6 倍の効果が得られ、
結言
5.
本研究で得られた知見を以下にまとめる。
1. 社会保険の加入率は「社員以外」より「社員」、労
使折半で負担する保険より個人で加入する保険の方
が高いが、全体的に加入促進の風潮を示唆している。
2. 技能者を社員化するためには法定福利費分の原資を
確保する必要があるが、直接雇用すれば業務範囲の
拡大等により長期的なスキルアップが可能である。
3. ある条件下での内装仕上工事では、現状に比べて、
社員技能者による多能工施工により 25.1%の稼働率
の向上等、生産性の向上が期待できる。
注釈
*1 ここでは、建設現場における短期的な意味もあれば、建設需要の閑散期
による中長期的な意味も含んでいる。
*2 この調査は建設産業専門団体連合会が主体の調査であり、本研究では著
者がローデータを頂戴し、独自に集計した。
票では賃金台帳に記載されている従業員に対し回答を求めているため、
この集団を 1 つの会社と定義する。
*4 役職は全 8 種類で回答を求めている。そのうち「役員」
「事務職」
「役員、
事務以外」
「外国人技能実習生」の社員と「日給の者」
「日給月給の者」
「月給の者」
「それ以外」の社員以外に分類し集計している。
*5 内装工事、設備工事、バルコニー工事を総称して内装仕上工事と呼ぶ。
*6 作業所所員が作成した工程表を基に新たに作成した工程のこと。
参考文献
23 層
用途
共同住宅
規模
地上 24 階 基準階フロアの住戸数 8 住戸
1 日の作業時間
25
11776人日
*3 会社の単位をどのように定義するかは曖昧ではあるが、アンケート調査
工程シミュレーションは実プロジェクトの物件を例
187 戸
200
50
レーションでは、基準工程に比べて稼働率の加重平均
4.2. 工程シミュレーション概要
住戸数
25
75
4.1 節の考え方に基づいて計画を変更した工程シミュ
で隣接する作業を担当するように計画することである。
1サイクル日数
400
88.0%
1426人日
4.3. 工程シミュレーション結果
に実施できない場合がある。それでは、高い稼働率で
RC 造
50
多能工施工
図 2 現行と多能工施工の工程シミュレーション結果
作業を計画することが生産性向上の第一のカギである。
構造
75
600
%
100
社員技能者による生産性向上の可能性が伺える。
内装仕上工事*5 の合理化
基準階住戸フロア
100 800
0
1 5 9 13 17 21 25 29 33 37 41
社員技能者であれば、建設現場から加工場や内勤へ
4.
非連続投入資源量 (人日)
労務工数
(人日)
稼働率の加重平均 (%)
人日
12232人日
者」を社員技能者と定義した。
3.2
%
7日
8 時間
i. 蟹澤他:技能労働者の処遇に関する研究 その1専門工事技能労働者の
関係に関する考察,日本建築学会計画系論文集,74/640,pp.1419-1424,
2009.6.
ii. 志手他:高層集合住宅の内装・設備工事における多工区同期化工程計画
手法,日本建築学会計画系論文集 78/683,pp.193-201,2013.1.