第28号(2014年7月) - 国立病院機構東京医療センター

独立行政法人国立病院機構東京医療センター
地域医療カンファレンス
2014 年 6 月 19 日
第94回
「腎不全の基本的考え方」
腎臓内科医長 松浦 友一
【はじめに】
急性腎不全、慢性腎不全は、それぞれ急性腎障害(acute
kidney injury: AKI)、慢性腎臓病(chronic kidney disease:
CKD)と名前を変えて呼ばれるようになり、新しい知見が蓄
積されてきた。
【急性腎障害(AKI)】48 時間以内に血清 Cr が 0.3mg/dL
以上上昇、もしくは尿量減尐(0.5mL/kg/hr 未満)が 6 時間
以上続いた時、AKI と診断される。すぐに満たしてしまいそ
うな基準であるが、AKI を早期に診断し速やかに対処する
ことの重要性を示している。AKI の患者を診た時に、一臓
器不全なのか多臓器不全の一環なのか、血圧の異常高値
もしくは低値がないか、下痢や嘔吐等による脱水がないか、
新規開始薬剤や造影剤 使用がないか、基本的なチェック
を行う。特に高齢者の脱水は本人が自覚していないことが
多いので、注意が必要である。薬剤性腎障害は頻度が高
い。①腎血流低下をきたす薬剤:NSAIDs、カルシニューリ
ン阻害薬、R-A 系阻害薬 など ②急性尿細管壊死をきた
す薬剤(投与量が多いと危険):白金製剤、造影剤、アミノ
グリコシドなど ③薬剤性急性間質性腎炎(アレルギー性、
治療でステロイド投与することあり):βラクタム系、ニューキ
ノロン系、PPI、H2 ブロッカーなど ④閉塞性腎障害:アシク
ロビル、メトトレキサートなど、に留意する必要がある。
【慢性腎臓病(CKD)】
日本腎臓学会から提唱された、CKD の重症度分類(図1)
は、GFR と蛋白尿から患者を層別化している。CKD の重症
度が高いと、①末期腎不全 ②死亡(特に心血管死亡)の
リスクが高くなる。よって、腎機能が悪かったり高度蛋白尿
が認められたりする事例では、その患者の予 後を考慮し比
較 的 早 い 段 階 から腎 臓 内 科 医 に 紹 介 す る 必 要 がある 。
eGFR は 、 日 本 人 向 け GFR 推 算 式 を 用 い て 求 め る
mL/min/1.73m2 という単位を持つ計算値であるが、40 歳
程度の健康な成人で大体 100 くらいなので、eGFR の数値
を腎機能の点数として説明すると患者の理解が得やすいと
考える(厳密には問題だが)。eGFR が減尐すると、その段
階に応じて考慮すべき状況が増えてくる(図2)。こういった
腎機能の状況を説明することも、患者の理解につながる。
CKD は末期まで自覚症状に乏しいのだが、予後に関する
影響が大きいので、患者教育が大事である。
【自己紹介】
私は前任地の国立がんセンター中央病院で、実際に患者
を診て重要だと思うこと、疑問に思うことを掘り下げ、以後の
臨床に役立つことを確立したいと考えながら診療を行って
きた。1)がん治療に伴う低 Na 血症は時に重症で、意識障
害や痙攣をきたす。そこで臨床研究を行い、低 Na 血症を1
例ことに分析した。例えば、シスプラチン投与後、Na 喪失
性腎症(RSWS)と嘔吐、食欲不振の重積による低 Na の悪
性サイクルの状態が起きることを発見した。また、がんに伴
う低 Na 血症は約 30%が SIADH であり、SIADH はその原因
を除去することによりコントロール可能になる症例が多いこ
とが分かった。 2)がんセンターは、造 血 幹細 胞 移植
(HCT)症例数が国内第一位なので、HCT 後のネフローゼ
症候群につきまとめた。過去の文献報告では、膜性腎症が
6 割、微小変化型が 2 割であり自験例とほぼ一致していた。
今後のため、HCT 後ネフローゼ症候群の治療につき、まと
めた。 3)小 児 癌のがんサバイバーにおける長 期 腎 症に
注目した。具体的には、イホスファミド投与数年経過後の慢
性尿細管間質性腎炎に対して外来でステロイド投与し、腎
機能の悪化を遷延させた。これは世界初のケースであり、
英文誌に発表した。 4)がん性腹水の管理および治療の
ため、CART の変法(KM-CART)を臨床導入した。同様の
立場に立ち、東京医療センターでも、より患者の利益にな
る治療を考え追及していきたいと考えている。
登録医ニュース
第28号
【梅毒と HIV 感染症】
2014年7月発行
マ抗体陽性は"過去"もしくは"現在"の梅毒の存在を意味します。またRPR法や
ガラス板法などの非特 異 的トレポネーマ抗 体検 査は定 量 的な方法 が重要です。
梅毒は5類感染症に指定されており、例え無症候であっても非特異的トレポネ
総合内科医師
森 伸晃
ーマ抗体検査(RPR法、凝集法もしくはガラス板法)にて16倍以上または自動化
法での検査で概ね16.0 R.U., 16.0Uもしくは16.0SU/ml以上、かつ特異的トレ
ポネーマ抗体検査(TPHAもしくはFTA-ABS法)陽性の場合は7日以内に各都
国立感染症研究所が発表した病原微生物検出情報(IASR)によると(2014
年4月21日)、東京都における2013年の梅毒感染報告者数は417例と報告され
ています。この数は過去5年平均±2標準偏差である322をはるかに超えることか
道府県知事に届け出る必要があります。またこの基準に該当する症例のほとん
どは治療対象となります。
梅毒とならび同性間での性的接触による感染症としてHIV感染症が知られま
らアウトブレイクの状況と捉えられています。また同年の日本全体での梅毒患者
す。特に都内や大阪などの都市部を中心に患者数が報告されており、年間
報告数は1226例と過去最高でした(図1)。
1000件程度の新規患者数が報告されています。またHIV感染が進行し免疫状
態が低下しているAID患者数は2013年484件と過去最多報告数となっています
(図2)。
梅毒というと昔の病気というイメージがあるかもしれませんが、静かに増加し続け
ているこの疾患をわれわれ医療従事者は、日常診療において改めて認識する
必要があります。
この報告の詳細をみてみると男性が989例と全体の80.7%を占めており、特に
20-40歳の年代に多くみられます。感染経路は、男性の87.1%にあたる861例が
性的接触と報告されており、中でも同性間の性的接触が432例と最も多く占め
ています。一方女性も67.5%にあたる160例が性的接触によるものですが、男性
と異なり異性間の性的接触が141例(88.1%)でした。実は欧米でも梅毒は、男
性と性交する男性(MSM: men who have sex with men)を中心に感染が広がっ
ていることが報告されています。これは異性間の性的接触による感染者が多くを
占めるとされる淋菌感染症や性器クラミジア感染症がさほど増加していないのと
は対照的です。
梅毒の診断は、臨床症状と血清学的診断にてなされます。ウイリアム・オスラ
ーは梅毒について、" He who knows syphilis, knows medicine"と表現していま
す。梅毒は症状が多彩であり、第1期にみられる無痛性の陰部潰瘍や第2期に
みられる手足を中心にみられる皮疹、また認知症の鑑別として重要な神経梅毒
などがあります。梅毒の診断の一歩は、非特異的な所見の中からいかに梅毒を
想起できるかということにかかっています。梅毒の原因である
Treponema pallidum は培養困難であることから、診断法は血清学的診断に委
ねられます。血清学的診断法には、脂質抗原に対する
抗体を測定する”非特異的トレポネーマ抗体検査”と”特異的トレポネーマ抗体
検査”があります。どのようなスクリーニング検査を行うべきかについては様々な
議論がかわされていますが、わが国では同時に測定されることが多いかと思いま
す。詳細は成書に譲りますが、TPHAやFTA-ABSなどのような特異的トレポネー
わが国におけるHIV感染者ではMSMによる同性間の性的接触によるものが
77%と最も多く占めております。HIVは以前まで不治の病と考えられていました
が、現在は複数の抗ウイルス薬を服用することにより、生存期間も健常人とほと
んどかわらない状況となっています。むしろ動脈硬化や骨粗鬆症などの慢性疾
患に対する取り組みが新たな課題となっております。さらに内服薬も10年前であ
れば数十錠内服しなければいけなかったのが、わずか数錠、最近では1日1錠
ですむような薬剤も発売されました。現時点で完全にウイルスを除去できる特効
薬があるわけではありませんが、内服がきちんとできていれば通常の生活 が送
れるところまできています。しかしながら自費で約20万円/月かかる治療費の問
題や社会的偏見、また予防や早期発見などこれからまだまだ課題は残されてい
ます。
今回は、最近患者数が増加している梅毒やHIV感染症を取り上げました。これ
らの疾患を診断した際に重要なことは、HBVやHCV、淋菌感染症、性器クラミジ
ア感染症などの他の性感染症にも罹患していないか検索することです。
最後になりますが、当院はエイズ治療拠点病院でもあり、もし検査で陽性にな
ってしまったけれどどのように対処してよいかわからないなどお困りのことがありま
したらご紹介いただけましたら幸いです。
参 考 文献
1.IASR. 35: 79-80, 2014年 3月 号
(http://www.nih.go.jp/niid/ja/syphilis -m/syphilis-iasrd/4497-pr4095.html).
2. 小 野 寺昭 一 . 近 年のわが国 における性 感 染 症の動 向 .モダンメディア.
58:210, 2012.
3. 厚 生 労働 省エイズ動 向 委 員会 . 平 成 25年 (2013年)エイズ発 生 動 向 年 報
(http://api-net.jfap.or.jp/status/2013/13nenpo/h25gaiyo.pdf ).
地域医療カンファレンス
2014 年 4 月 17 日
第92回
「角膜移植の進歩と課題」
眼科医師 福井 正樹
<角膜移植の歴史>
角膜移植は 100 年以上の歴史がある。1905 年 12 月 7 日
に Eduard Zirm による全層角膜移植が最初の角膜移植の
成功と言われているが、これには角膜に血管がないことや
前 眼 部 免 疫 抑 制 機 構 (Anterior Chamber-Associated
Immune Deviation : ACAID)といわれる特殊な免疫寛容に
より拒絶反応が起きにくいことが関与していると考えられて
いる。現在でも角膜移植の際には血液型や HLA タイピング
は不一致で良い。
<角膜移植の現在>
角膜は上皮・(ボウマン膜・)実質・(デスメ膜・)内皮の層
にわかれるが、古典的には上皮から内皮までのすべてを移
植する全層角膜移植が行われてきた。しかし、近年、手術
の低侵襲化、合理化に伴い、病変部のみを移植する「パー
ツ移植」が行われるようになってきた。病巣が角膜上皮の場
合(具体的には輪部機能不全(Stevens-Johnson 症候群、
眼 類 天 疱 瘡 、角 膜 熱 傷 ・ 眼 化 学 外 傷 、先 天 無 虹 彩 症 な
ど))には角膜上皮細胞の幹細胞のある輪部を移植する輪
部移植、もしくは幹細胞を培養した上皮培養シート移植を
行う。病巣が実質の場合(具体的には角膜穿孔(免疫・コン
トロールされた感 染 に伴 う )、角 膜 実 質 混 濁 ・角 膜 菲 薄 化
(円錐角膜、ペルーシド角膜変性など))には層状角膜移植、
深 層 層 状 角 膜 移 植を行 う。内 皮に病 巣がある場 合 (水 疱
性角膜症(レーザー虹彩切開術後、内眼手術後、Fuch’s
角膜ジストロフィ))には角膜内皮移植術を行う。それぞれの
部位に合った移植術を行うことで低侵襲、安全性の向上、
合併症の減尐につながると考えられる。
その他、現在の角膜移植に使われている技術として、人
工角膜(生体角膜と人工物の組み合わせや、人工物のみ
からなるものなど)や角膜切開をフェムトセカンドレーザーで
行う移植がある。
<角膜移植の課題と未来>
さて、尐し話しがかわるが、ここで日本の角膜移植の現状
を示す。角 膜移 植 を行うにはなくなった方 からのドナー提
供が必要であるが、現在の日本のドナー提供は角膜移植
を必要とする待機患者数に比べて尐なく、1 年程度の待機
が必要となっている※。
また、角膜移植の課題の中の主な 3 つとして、拒絶反応、
ホストとドナー角 膜接 合 部の脆弱 性、感 染が挙げられる。
拒絶反応は角膜内皮細胞障害を引き起こし、水疱性角膜
症を生じる。角膜接合部の脆弱性は眼球打撲時の眼球破
裂につながっている。また、易感染性は縫合糸や拒絶反応
予防のためのステロイド点眼に起 因すると思われるが、穿
孔につながったり、角膜混濁を起こしたりする。
それを解消する方法として今後は iPS による角膜組織の作
製が実現したり、あるいは細胞を組 織内に注入することで
移植の代わりになったり、フェムトセカンドレーザーとより組
織適合性の高い人工物での人工角膜が可能になったりす
ることが考えられる。
課題もあるが、これからますます低侵襲で合併症の尐ない
角膜移植が行われていくと期待されている。
※ただし、当院では海外輸入角膜での角膜移植を保険診
療で行っているため、待機はありません。
図 角膜手術治療戦略(従来・現在・未来)
地域医療カンファレンス
2014 年 5 月 22 日
第93回
「 大 腸 腫 瘍 に対 する正 確 な内 視
鏡診断に基づいた低侵襲治療へ
の我々の取り組み
-拡大観察から ESD まで- 」
消化器科医長 浦岡 俊夫
はじめに
近年の腫瘍や出血などの消化管病変・疾患に対する内視
鏡 診 断 および治 療 の進 歩 は目 覚 ましい。一 方 で、大 腸 癌 の
罹患率・死亡率は近年増加の一途をたどっており、病変の早
期 発 見・治 療が重 要であるのは言うまでもない。早 期 大 腸 癌
に対しては、正確な診断・治療ストラテジーと熟練した内視鏡
手技が一体となって診療にあたる必要性が求められている。
1. 内視鏡診断
新たな内視 鏡機器や検 査 法の登場により、従来の通 常内
視鏡と比べてより正確・詳細に観察できるようになった。ズーム
機能を搭載した拡大内視鏡と内視鏡の光を従来の白色光か
ら特殊な光に換えて観察することができる NBI (Narrow Band
Imaging:狭帯域光観察)システムの 2 つが重要な位置を占め
る。共 に当 院 では採 用 し、高 い診 断 能 力 の維 持 に努 めてい
る。
a. 拡大内視鏡診断
大腸には、比較的多くの腺腫性病変が存在するため、リア
ルタイムで治療方針の決定を求められる機会が多い。内視鏡
の手元のノブを操作することによるズームアップ機能で瞬時に
得 ら れ た 画 像 に て 、 よ り 明 確 に な る 病 変 の 表 面 構 造 ( pit
pattern)により、①“腫瘍・非腫瘍”の鑑別、 ②早期癌が疑わ
れれば“癌の深達度”を推測することが可能である。非腫瘍性
病 変 は、基 本 的 に切 除 の対 象 ではなく、経 過 観 察 が可 能 で
ある。早期癌の深達度(浸潤度)が粘膜下層浅層(粘膜下層
への浸潤距離 1,000μm 未満)まであれば、リンパ節転移の可
能性が低く、内視鏡切除による局所切除で根治が得られる可
能 性がある一 方、深 達 度 がそれより深 い病 変は、リンパ節 転
移の可 能性が残るため、外 科的 手 術を行わなければ根治が
得られない。拡大内視鏡を用いた pit pattern 診断は、内視鏡
検査中に組織のサンプリングする生検を必要とせず、瞬時に
治療方針を決定することを可能とする。
b. NBI
内視鏡から発せられた短波長の光は生体への深達度が浅
く表面付近で散乱吸収を受け反射光として観察され、長波長
は生体深く伝播するが、これらの現象は、主にヘモグロビンの
特異な吸収特性と、生体組織の散乱特性の波長依存性によ
る。内視鏡光を短波長側に限局性にシフトさせることによって
得られた画像が NBI であり、これにより、粘膜表層の微小血管
構築の強調ならびに表面微細構造のコントラストの向上が可
能となった。内視鏡のボタン一つ押すだけで通常と NBI 観察
の切り替えが瞬時に可能となる。
2. 内視鏡治療
さらには、近 年 の早 期 大 腸 癌 に対 する内 視 鏡 治 療 は、手
術と比べ体への負担がより小さい、つまり低侵襲な治療法とし
て重要な位置を占めている。比較的小さな病変を適応とした
ス ネ ア を 用 い た 内 視 鏡 的 粘 膜 切 除 術 ( EMR; Endoscopic
mucosal resection)が主流であったが、高周波メスを用いて病
変の確実な一括切除を目的とした内視鏡的粘膜下層剥離術
(ESD; Endoscopic submucosal dissection)の登場によって内
視鏡治療の適応が拡大してきている。ESD は、従来の EMR と
比べ、より大きな病変を 1 回の切除で取りきれる(一括切除)、
潰瘍瘢痕があっても切除できる、病変の占拠部位を問わず切
除できる点が大きな特徴であり、当院で積極的に行っている。
おわりに
本年 4 月より当院の内視鏡には経験豊富なスタッフが 3 人
加わり、より精度の高い内視鏡診断および治療が導入された。
本講演では、大腸腫瘍に対する最新の内視鏡診断および治
療を中 心 に、大 腸 癌 スクリーニングとしての内 視 鏡 検 査の基
本を含めた我々の姿勢や取り組みについてもお話させて頂い
た。
図1. 海外での ESD のライブデモンストレーション(著者)
図 2. 大腸 ESD の術中内視鏡写真