救急のIVR - 日本IVR学会

IVR マニュアル/ 2004 日本血管造影・ IVR 学会「技術教育セミナー」より:村田 智, 他
連載 3
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IVR マニュアル/ 2004 日本血管造影・ IVR 学会総会「技術教育セミナー」より・・・・・・・・・・・・・
救急の IVR
日本医科大学 放射線医学・ハイテクリサーチセンター
村田 智, 田島廣之, 市川和雄, 小野沢志郎, 福永 毅, 中澤 賢, 隈崎達夫
はじめに
外傷・出血における TAE の適応範囲は広く, 頭部
(特に顔面骨折)・胸腹部から骨盤・四肢に至る。用い
る塞栓物質は基本的にはゼラチンスポンジが一般的で
はあるが, 損傷部位, 損傷形態や広がり, 仮性動脈瘤の
有無, 患者の凝固因子等により金属コイルやヒストアク
リル(NBCA)等の塞栓物質を使い分ける必要がある。
ここでは頻繁に用いられる塞栓物質を中心にその使用
方法・コツについて述べる。
前処置・前投薬
1)肝・腎機能等のチェックを必ず行う。
2)CT, DSA を用いて解剖学的検討を十分に行う。
3)気管内挿管等, 救命医による前処置がすでに施され
ていることが多いが, 疼痛に対する前投薬が不十分
である場合, アタラックスP, ペンタジン等を静脈
内投与または筋肉内投与する。塞栓直前にキシロカ
インの動脈内投与もすることが多い。
使用する器具・薬剤
IVR に必要な主な塞栓物質を表 1 に示す。
表 1 IVR に必要な塞栓物質
1)一時的塞栓物質
gelatin sponge ………… 肝癌破裂・外傷・上部消化管出血
Lipiodol …………………肝癌破裂
2)永久塞栓物質
i)金属コイル
通常コイル:0.38, 0.35, 0.25 インチコイル(ステンレ
スまたはプラチナ)
マイクロコイル:0.14 - 0.18 インチコイル
(プラチナコイル)
tornade(Cook)
trufill(Cordis)
vortex, diamond, liquid coil(Boston)
IDC, GDC(Boston)
Detachable fibered coil(Cook)
ii)その他
離脱バルーン………… 比較的大きな動脈瘤
ethanolamine oleate(オルダミン)……… B-RTO
ethanol ………………… AVM ・腎癌・腎出血
ヒストアクリル
(NBCA)……… AVM・動脈瘤・外傷
Ivalon(PVA)…………………… AVM・血管腫
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塞栓物質の選択
外傷・動脈瘤破裂・腫瘍出血・消化管出血・喀血な
どの出血の止血に用いる塞栓物質は基本的にはゼラチ
ンスポンジが一般的であり適応範囲が広いが, ゼラチン
スポンジで止血が困難な場合, 金属コイルが用いられる
ことが多い。また, 仮性動脈瘤の有無が塞栓物質の選択
のポイントとなる。
1. 出血の局在部位による塞栓物質の選択と注意点
1)外傷による腹部臓器損傷・骨盤骨折
用いる塞栓物質はゼラチンスポンジが第一選択(図 1)
で, 破綻血管を十分に塞栓してから必要があればコイル
を用いる。外傷でも仮性動脈瘤が認められるときは原
則的に塞栓物質の選択は永久塞栓物質であるコイルを
選択し, 仮性動脈瘤の中枢側まで十分に塞栓する
(図 2)。
【注意点 1】特に骨盤骨折では cross circulation, 内腸骨
動脈系と大腿動脈分枝との吻合(corona mortis)にも留
意する。
【注意点 2】仮性動脈瘤の塞栓では, ゼラチンスポンジ
は一時的に塞栓できたかに見えても再出血する危険性
が高いので使用しないか, 使用してもあくまで補填的に
使用する。
【コツ 1】骨盤骨折では対側の内腸骨動脈系からの cross
circulation を考慮して, たとえ出血部位が明らかでなく
とも対側の内腸骨動脈にゼラチンスポンジで軽く TAE
を追加し, 骨盤内の血流量を減少させることが肝要 1, 2)。
2)喀血・胸部外傷等による出血
塞栓術の際は脊髄動脈の塞栓を避ける。前脊髄動脈
の塞栓は脊髄横断麻痺を来す。肋間動脈・腰動脈・気
管支動脈から前脊髄動脈が分岐することがあり, 必ず塞
栓前に血管造影(DSA)で確認してから, 基本的にゼラ
チンスポンジを用いて塞栓する。肋間動脈・腰動脈・
気管支動脈からの造影(DSA)で前脊髄動脈との交通が
疑わしいときは, microcatheter をその末梢まで進めて
から塞栓する。この時も用いる塞栓物質はゼラチンス
ポンジが第一選択で止血困難なときは microcoil を用い
る(図 3)。凝固異常がありさらに止血困難なときはヒ
ストアクリル(NBCA)にて塞栓する。
《コツ 1 》例えば, 気管支動脈等からの出血で前脊髄動
脈が分岐している可能性がある場合は, 肋間動脈から分
岐する radiculo-medullary artery の塞栓を避けるため,
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技術教育セミナー/救急の IVR
a b c
図1
32 歳男性。交通事故にて当院救命センターに搬入され, 緊急血管造影となる。腹腔動脈・固有肝動脈造影にて A8 か
らの extravasations を認め(a 矢印), さらに肝右葉全体に肝内出血が認められた(b 矢印)。マイクロカテーテルを
A8 に進めてゼラチンスポンジ細片にて十分に TAE を施行し, 続いて右葉全体をゼラチンスポンジ細片にて TAE を
行った。2 週後には軽快転院となった。
マイクロカテーテルを椎間孔内への分岐を越えて十分
に先進させて出血部位を塞栓する。
3)顔面骨折(出血)
基本的に使用する塞栓物質はゼラチンスポンジ(1 a
角程度)が基本。
【注意点 1】眼動脈が外頸動脈系と吻合あるいは分岐す
3)
ることがあるため , 必ず内頸動脈系との吻合の評価を
する。具体的には外頸動脈造影で三日月状の網膜濃染
の有無をチェックする。
4)肝細胞癌破裂
基本的には Lipiodol とゼラチンスポンジ細片を用い
る。VP 3 症例の際の全肝 TAE は肝不全を来すので避け
る。また, 総ビリルビン値が 3.0 m/q 以上の症例では
segmental TAE 以上の広範囲にわたる TAE は避けるべ
きである。予後については, 総ビリルビン値 3.0 m/q
が境界値であり, 塞栓術前総ビリルビン値 3.0 m/q 未
満の群の中間生存日数は 175.9 日で, 3.0 m/q 以上の群
4)
では 21.2 日と報告されている 。しかし, 実際は総ビリ
ルビン値が 3.0 m/q 以上の症例がむしろ多く, この場
合, 腫瘍のみを TAE することを心掛ける。
【コツ 1】腫瘍のみを TAE することが可能な場合は
Lipiodol に抗がん剤を付加して通常の Lip-TAE を行い,
続いてゼラチンスポンジにて TAE を行う。
2. コイルによる塞栓術の基本とコツ
仮性動脈瘤がある場合, 塞栓物質の選択はコイルを選
ぶ。コイルによる塞栓術は第一に遠位側から近位側に
かけてコイルで塞栓し瘤内の血流を消失させる(トラッ
ピング)。遠位側へカテーテルを進めることが困難なと
き は 瘤 内 を コ イ ル で パ ッ キ ン グ し 近 位 側( a f f e r e n t
5, 6)
artery)をコイルで塞栓する 。近位側のみをコイルで
塞栓した場合, 止血できないか一時的に止血しても再出
血の可能性が高くなる。
【コツ 1】近位側のみしかコイルで塞栓できない場合,
手術困難症例では近位側をコイルで軽く塞栓して血流
7)
を低下させ, ヒストアクリルを用いて塞栓する 。
【コツ 2】術後出血等の凝固機能異常を合併しているこ
とが多い症例では, 止血効果の弱いマイクロコイルより
も出来れば金属コイルを用いた方が良い。しかし, 血管
径や血管の走行などによりマイクロカテーテルの使用
を余儀なくされることも多く, この場合, いかに密にマ
イクロコイルを留置できるかがポイントとなる。我々
は coil in coil 法, すなわち留置したコイルの中にマイク
ロカテーテルを挿入し, 径の異なる(大小径)コイルを
8)
留置するという方法をとっている 。
3. ヒストアクリルによる塞栓術の基本とコツ
症例を選べば合併症も少なく非常に有用な塞栓物質
であるが, 一般的に普及していないヒストアクリル
(NBCA)の詳細な使用方法について述べる。
損傷部位, 損傷形態や広がり, 患者の凝固因子等によ
りゼラチンスポンジ, コイルを用いても止血が困難な症
例に出くわすことがある。このような症例ではヒスト
アクリルが最も有効な武器になることが多い。ヒスト
アクリル(図 4a)を使用する際は, 通常 Lipiodol と混合
して用いる(図 4b)。混合割合によって重合時間が変化
するため, 例えば, どうしても microcatheter が損傷血
管の近位側にしか到達できない場合や AVM の nidus を
十分塞栓したい場合は Lipiodol の割合を多くする等の工
夫が必要である。また, 比較的血流が早い場合は
Lipiodol の割合を少なくし重合時間を短くする。我々は
通常 NBCA : Lipiodol の割合を状況に応じて 1 : 1 から
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4 : 1 の混合液にして使用している。
【注意点 1】混合は必ず未使用のデイスポシリンジと未
使用の活栓を用いて使用する直前に行う。
【コツ 1】ヒストアクリルを使用する際には, 血流を低
下させてから用いるのがよい。血液・生理食塩水等と
接触すると凝固するため 20 %ブドウ糖液でカテーテル
を十分フラッシュしてから逆流を確認せずに速やかに
注入する。絶対に逆流させてはならない。
《コツ 2 》注入開始から数秒後(出来れば数を数えて)
速やかに microcatheter を抜去する。抜去が遅れると
microcatheter が血管内から抜けなくなり, 血管損傷を
引き起こす危険性が高くなる。何れにせよ, ヒストアク
リルの使用は熟練した IVR 医のもとで経験を積んでか
a
ら実際に行うことを薦める。
4. その他の塞栓物質
緊急の際に用いることは少ないがエタノール投与の
際は急性アルコール中毒を引き起こす可能性があるの
で, 10 p 以上は使わないように心掛ける。
おわりに
外傷・出血における TAE に用いる塞栓物質の選択と
その使い方および注意点とコツについて述べた。塞栓
物質の使用方法を熟知することにより, 今まで止血困難
な症例も合併症なく止血が行えるようになれば幸いで
ある。
b
c d e
f
図2
28 歳女性。夫に腹部を蹴られショック状態で当院救命センターに搬送された。
緊急手術が施行されたが, 出血部位が不明のため緊急血管造影となる。図 2
a,b は搬入時にとられた単純・造影 CT。造影 CT にて出血部位が描出されて
いる(b 矢印)。腹腔動脈造影にて A1 末梢に pseudoaneurysm とジェットを認
める(c)。A1 末梢にマイクロカテーテルを進めて(d, e)マイクロコイルに
て TAE を施行した。TAE 後の造影で止血が確認され, 血管造影室を退室する
頃にはショック状態も離脱した。
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a
b
c d e
図3
51 歳男性。統合失調症で近医通院中であったが, ホームより電車に飛び込み受傷し, 当院救命センターに搬送され
た。胸部単純 X - p 上, 多発肋骨骨折・右肺挫傷および皮下気腫を認める(a)。右肺挫傷に対し右上下葉切除術が行
われ, 肝損傷に対しては開腹下でのガーゼパッキングが施行された。手術後も血行動態が安定しないため緊急血管
造影が依頼された。血管造影室入室時血圧 77/54 aHn, 脈拍 123/x(PCPS 導入中)。大動脈造影にて造影剤の血管
外漏出を多数認めた(b)。各肋間動脈・気管支動脈に出血点を認め(c, d), ゼラチンスポンジ細片およびマイクロ
コイルを用いて TAE を行った(e)。TAE 終了時には血圧 110/72 aHn, 脈拍 91/x と安定した。翌日には PCPS を離
脱。肝損傷も止血され, 第 11 病日に他院に転院となった。
a
b
図4
a : ヒストアクリル(NBCA)
b : ヒストアクリルと Lipiodol の混合は必ず未使用のデイスポシリンジと未使用の活栓を用いて行う。
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2004.