代謝システム医学部門

TOKAI UNIVERSITY
THE
INSTITUTE OF MEDICAL SCIENCES
「血小板の細胞代謝システム医学研究」
【プロジェクトの概要】
【研究成果】
心筋梗塞、脳梗塞などの疾病を惹起する動脈閉塞血栓の形成は、動脈硬化巣破
血小板細胞接着シミュレータの作成
綻部位への血小板細胞の集積から始まる。生物学的実証実験により、血小板細胞の
従来の実証的研究成果から血小板細胞の接着の初期段階には von Willebrand 因
接着には膜上の GPIbαと、血管壁破綻部位の von Willlebrand 因子(VWF)の接
子と GPIbαが必須の役割を演じることを明らかにしている。両分子の結晶構造は公
着により惹起することを示した。両分子の構造は結晶解析により明らかにされている。
開されている。われわれは分子動力学の手法を用いて水分子が適度に存在するとき
両分子を構成する原子間の相対的位置から分子動力学計算を行なった。計算結果
の水溶性構造を予測した(図1)
。結晶構造は自由エネルギーが最小となる図中央
から、両分子を介して発生する接着力ポテンシャルを推定した。さらに、出血性疾患
の構造を示す。接着した血小板細胞が流体力により引っ張られると左下図のように解
として知られる VWF 病 (VWD)、GPIbα内の 1 分子変異による pseudo VWD の場合
離する。分子を構成する各原子の位置の持つ力場内のポテンシャルの計算は本邦が
の接着動態を in silico 実験により予測した。
誇るスパコン「京」の継続計算によっても数週以上費やした。われわれは、他大学
接着後の血小板は活性化し形態変化する。形態変化に伴い細胞内に濃染顆粒、
α
との共同により原子間力顕微鏡を用いて、VWF/GPIbαの最大接着力を計測し論文
顆粒として蓄積された生理活性物質は局所放出される。放出された物質は血小板の
化した。シミュレーション計算と実証実験の組み合わせによりシミュレーションの精緻
活性化に寄与する。また、活性化した細胞膜膜上では脂質構成が変化する。陰性荷
化を継続する。
電したリン脂質の周囲に凝固因子が集積する。活性化血小板膜上にて凝固系が効率
血小板細胞は細胞内に代謝、シグナル伝達などの機能を有する。実証実験結果を組み込んで血小板細胞代謝、活性化モデル精緻化を
的に活性化する。凝固系と血小板の活性化における positive feedback が形成される
さらに進めた。活性化血小板膜上では凝固系の活性化が起こる。凝固系と血小板を連関させる概念的モデルを精緻化し、論文発表した(図
が詳細は十分にモデル化されていない。われわれは血小板細胞活性化と凝固系活
2)
。本モデルでは、血小板の活性化受容体、活性化血小板膜上における脂質成分の変化、血小板膜上の凝固系の集積、細胞上に特化し
性化を連成する定性的反応モデルを精緻化した。血小板細胞に注目し、スーパーコ
た Cell Based Coagulation など最も新しい生物学、医学的知見を組み込んだ。本モデルの妥当性は臨床的に、抗凝固、抗血小板薬による
ンピューター内に大量の化学反応、物理現象を組み込んで血栓性疾患の再現を図る。
血栓イベント予防効果として確認されている。従来研究により作成した、血小板細胞内の代謝活性化モデルと細胞表面の凝固系活性化に注
疾病発症を論理的に構成可能な精緻な理論医学の確立を目指す。エビデンスに基
目した本モデルの連成により、
「血小板細胞」モデルをさらに本部門では臨床医と工学博士の緊密な連携研究により臨床試験結果の妥当性
いて「患者集団」に対して非効率的に施行されている抗凝固、抗血小板療法を、真
の分子スケールからの補強を目指す。
に血栓イベント予防が可能な個人に限局して医療資源の効率的配分への論理的根拠
医学、医療の世界における情報の爆発的増加は、スーパーコンピューターによる情報の統合を不可避とする。臨床医学においても情報学
を与えたい。
の重要性が増加することは世界のコンセンサスである。英国では、ゲノム情報と臨床情報を統合する UK Bio-bank が作られた。われわれは
プロジェクトリーダー:後藤信哉
Goto Shinya
内科学系循環器内科学 教授
代謝疾患研究センター長
塩﨑聖治
Shiozaki Seiji
循環器内科学 特任助教
図1
UK Bio-Bank の責任者であるオックスフォード大学ナッフルズ公衆衛生センターとの共同研究を開始した。本年は本学幹部とともにオックス
【プロジェクトの背景と目的】
われわれは、心筋梗塞、脳梗塞の予防を目指して、抗凝固、抗血小板薬を広く使用している。患者集団に対しる過去のランダム化比較
試験に基づいた介入のため、本来被むらなくて済んだ症例の出血イベント、薬剤を服用しないで済んだ症例へのコスト消費などの問題を抱
えている。しかし、個別最適化医療への論理的根拠は未確立である。われわれは、血小板細胞に関する精緻な定量的情報を集積した。過
去の研究の蓄積から、血小板細胞内の代謝、活性化シグナル現象の理論化を目指した。具体的には血小板細胞を構成する分子の細胞内
局在の経時的変化により、生命現象を体現するシミュレータを作成した。血管壁損傷部位への血小板細胞の接着は分子動力学計算を用い
て予測した。接着した血小板の活性化に寄与するシグナル伝達を細胞シミュレータに実装した。また、活性化血小板膜上での凝固系活性化
反応を組み込んだ簡易モデルを作成し、精緻化した。
血小板細胞膜上の GPIbαと von Willebrand 因子の 2 分子に注目して、細胞スケールの血小板接着を
分子スケールから精緻に再構成することを目指す。血小板細胞内ではエネルギー代謝とシグナル伝達に
注目する。これらに寄与する多数の生化学反応を統一的に扱う細胞シミュレータを作成し、実証実験によ
【今後の展開】
現在の医学は従来の患者集団を対象とした Evidence Based Medicine の時代が
継続するのか、分子から細胞、臓器全身の調節メカニズムを精緻に理解する構成論
に基づく、個別最適化医療を目指すかの転換の時代である。本部門では国際共同
研究、
異分野連携研究により次世代の医学の先取りを目指す。医師に限らず、
看護師、
薬剤師などの医療専門職、医療には関係なくても工学、コンピュータープログラミン
グなど一芸に秀でる人材を求めています。オックスフォード大学、ハーバード大学、
ロンドン大学など海外の超一流施設との実質的な共同研究も継続しています。新し
い視点で「医学、医療に興味を持つ皆さん」の参加を期待しています。
る精緻化を目指す。細胞外の反応として凝固系の活性化に注目する。活性化した血小板細胞が血液凝固
Selected Papers.
におよぼす効果を再現するシミュレータの開発を目指す。分子から細胞を経て臓器全身に至る統合的血
1. Bonaca MP, Bhatt DL, Cohen M, Steg PG, Storey RF, Jensen EC, Magnani
G, Bansilal S, Fish MP, Im K, Bengtsson O, Ophuis TO, Budaj A, Theroux
P, Ruda M, Hamm C, Goto S, Spinar J, Nicolau JC, Kiss RG, Murphy SA,
Wiviott SD, Held P, Braunwald E, Sabatine MS; PEGASUS-TIMI 54
Steering Committee and Investigators. Long-Term Use of Ticagrelor in
Patients with Prior Myocardial Infarction. N Engl J Med 2015;
372:1791-1800(10.1056/NEJMoa1500857)
2. Tomimatsu H, Nishibuchi Y, Sudo R, Goto S and Tanishita K. Adhesive
forcpe between Al domain of von Willeb'rand Factor and N-terminus
domain of Glycopnotein lbalpha measured by AFM. J Arteriosclr Thromb,
in press
3. Tomita A, Tamura N, Nanazawa Y, Shiozaki S, and Goto S. Development of
Virtual Platelet Implementing the Function of Three Platelet Membrane
栓シミュレータの開発と精緻化を目指す。
【プロジェクトの方法】
本プロジェクトの実施にあたっては、血小板細胞を用いた実証的方法とスーパーコンピューターを用いた
計算科学の手法を用いる。計算科学的研究には神戸のスパコン「京」とともに、われわれのセンター内
の PC クラスタ(右図)を用いた。
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フォード大学を訪問し、連携研究の具体策について踏み込んだ議論を行った。
図2
Proteins with Different Adhesive Characteristics. J Atheroscler Thromb.
2014: 22(2):201-10.
4. Goto, S. & Goto, S. Editorial comment on ‘A novel approach indirectly
comparing benefit: risk across oral antithrombotic therapies in patients with
atrial fibrillation’ . Are the evidences of current dose-adjusted
anticoagulation with warfarin stroke prevention for patients with atrial
fibrillation sufficient enough to compare with newly developed non-vitamin
K oral anticoagulants? European Heart Journal – Cardiovascular
Pharmacotherapy (2015) 1, 83–85 (doi:10.1093/ehjcvp/pvu017)
5. Goto, S. & Goto, S. The Way to Select a Suitable Patient Population for
Thrombin Receptor Antagonist from the Large Clinical Trial Database of
the TRA-2P-TIMI50 Trial. Circulation 131, 1041-1043 (2015).
(10.1161/CIRCULATIONAHA.115.015471) 他13編
代謝システム医学部門
Metabolic Systems Medicine
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