水坤 寄稿 ■1.はじめに 海外業務雑感 荻野 聡 日本上下水道設計株式会社/東部支社/ 名古屋総合事務所/副所長 この稿が掲載される水坤新年号が発行される頃 には、私が名古屋に転勤してからちょうど一年を ③ ミャンマー国ヤンゴン市上下水道改善プログ ラム協力準備調査 :2012/11/1~ 2012/11/30、2013/3/6~ 2013/4/6、2013/5/13~ 2013/5/31 迎えることになります。 ④ パレスチナ西岸地域廃棄物監理設備詳細設計 この一年間には、2月の豪雪、7、8月の北陸、 :2013/1/18~ 2013/2/13 東海、近畿、中国、四国各地での豪雨、8月の広 ⑤ フィリピン国メトロセブ水道区上水供給改善 島土砂災害、9月の御嶽山噴火、10 月の二週連続 スーパー台風の上陸など、例年にも増して自然災 計画準備調査 :2013/7/14~ 2013/8/15 害が相次ぎ、改めて日本という国の気候や自然環 境の特異性を認識させられました。 (1)パレスチナ国とジェリコ市について ここでは、私が名古屋に転勤する前に二年半の パレスチナ国(以下、パ国)には 2011 年にヨル 間在籍しました、弊社のグループ会社で海外コン ダン川西岸地区のジェリコ市の下水処理場と汚水 サルティング業務に特化したエヌジェーエス・コ 管渠の実施設計、2013年に同じくジェリコ市の廃 ンサルタンツ(※以下、NJSC)で携わった海外業 棄物処分場の実施設計のために、それぞれ約1ヶ 務の現地滞在経験において、技術者として、また 月滞在しました。以下は、パ国とジェリコ市の基 一人の日本人として感じた様々なことや、各国の 礎データです。 状況を紹介したいと思います。 ■2.海外業務経歴と各国の状況 私が携わった海外業務(JICA 無償資金協力事 業)と現地滞在履歴は以下のとおりです。海外滞 在期間は通算約8カ月で、この間上水、下水、廃 棄物と様々な分野の設計業務を経験しました。 ① パレスチナ国ジェリコ市水環境改善・有効活 用計画詳細設計・施工管理 :2011/9/11~ 2011/10/14 ② スリランカ国キリノッチ上水道復旧計画(詳 細設計) :2012/4/16~ 2012/5/26、2012/9/9~ 下水処理場建設予定地 2012/9/22 59 履行的なトラブルに対して個別の企業を大使館が 【地勢・地形】ジェリコ市はヨルダン川西岸地 サポートしてくれる様な仕組みも無く、PJチーム 区のヨルダン渓谷地域と死海に面した一帯に の PM は相当ご苦労されたと思います。 あり、市街地は標高マイナス 250m と世界で 〖社会環境面〗パ国には、晩夏と冬に滞在しまし 最も低い位置にある街である。因みに、地震 たが、夏に訪れた時にはナツメヤシ畑以外は荒涼 は 100~150 年に一度大地震が発生する程度 としたむき出しの台地だったのが、冬に行った時 で、頻度は低い。 には一面が緑の草に覆われており、その劇的な変 【気候】夏期には昼間 40℃を越えるが、冬期 化に目を奪われました。パ国の中でも、ジェリコ は平均 15℃と温暖で、降雨量は年間 400~ 市は紛争地帯から離れているせいか、街の人々は 50mmで10月~3月にのみ雨が降るという小 比較的温和で友好的な雰囲気で、途上国で見られ 雨地域である。 春や秋には強い東風が吹くが、 る所謂スラム地区も無く、ショギング中に放し飼 台風の様な激烈な気象現象はない。 いの犬に追いかけられた以外は、滞在中に身の危 【歴史・社会・経済】パ国は 1993 年に暫定自 険を感じる様な場面はありませんでした。また、 治を宣言し、2006年からハマスが西岸地区を 西岸地区の人々もイスラム教徒がほとんどですが 治めている。ジェリコ市は古代からオアシス 戒律は割と緩めで、街にはアルコールを提供する の街で、世界最古の街と言われている。国内 レストランも酒屋もあり、完全なドライタウンで 人口は西岸地区に約 280 万人、ガザ地区に約 ない点は助かりました。 170 万人、イスラエルに約 150 万人(2013 年 〖生活面〗ジェリコ市にはシティホテルが少な 末) とされており、 ジェリコ市の人口は約9万 く、料金も一泊100us$前後と高額なので、下着類 人である。人種・民族はアラブ人で、言語は は自分で洗濯し、夕食は専ら豊富で安価な食材を アラビア語、宗教はイスラム教が 92%、キリ 利用した自炊でした。私も調理を担当しましたが、 スト教7%となっている。 いい気分転換になりました。休日にはホテルの近 経済は、2013 年の国内総生産(名目 GDP)が くをジョギングしたり、現地のTV放送を観たり、 125 億米ドル、一人当たり GDP が 2,720 米ド 洗濯や読書をして過ごしました。 ル、GDP成長率は4.5%で失業率は24%、物価 上昇率は 2.4%(2013 年 IMF)である。主要産 業は、サービス業、公共・防衛、工業、小売 業・貿易、建設業である。(※一部、外務省 HP より引用) 〖業務面〗一緒に仕事をした地元の設計会社の社 員は協力的で技術的なスキルも高く(※特に、女 性の技術者) 、 良好な成果物を得ることができまし た。役所の方は、市の職員は紳士的でまじめな一 方、のんびりした人が多い印象でしたが、向上心 の高い人もおり、小さな国でも世界でトップクラ スの経済発展を遂げた日本と日本人に対して、尊 ジェリコ市中心街 (2)スリランカ国とキリノッチ県について 敬の念を持たれていました。一方で、測量会社に スリランカ国(以下、ス国)には、2012 年に、 ついては期限になってもなかなか成果が得られ 内戦によって損傷・機能停止した北部州のキリノ ず、何度か催促をすると、揚句には遅れた理由を ッチ県の浄水場復旧と、高架水槽、送配水管の詳 測量機械の故障のせいにする等なかなかの曲者 細設計のために、延べ約2ヶ月滞在しました。以 で、迷惑を被りました。当時は、この様に契約不 下は、ス国とキリノッチの基礎データです。 60 ル、GDP 成長率は 7.3%(2013 年 IMF)で失 業率は4.4%、物価上昇率は6.9%である。主要 産業は観光、農業(紅茶、ゴム、ココナツ、 米)、繊維業である。(※一部、外務省 HP よ り引用)国民の約1/4は未だに貧困層とさ れる。 〖業務面〗設計作業に関しては、ス国の設計基準 に精通しており、NJSC が資本の一部を出資して 損傷を受けた管理・送水ポンプ棟 いる地元の設計会社 C 社の協力を仰ぎました。C 社の社員は基本的に協力的で技術的なスキルも高 くフレンドリーなのですが、エンジニアとしての 【地勢・地形】キリノッチ県はス国北部のジャ 自負心が強く、自分がこうだと思うとこちらの指 フナ半島の付根付近の平坦地にあり、市街地 示になかなか従ってくれず、納得させるのに結構 は標高 20m 前後である。因みに、セイロン島 苦労しました。役所の方も、カウンターパート機 を震源とする大地震が発生する頻度は極めて 関である上下水道公社(NWSDB)の日本援助事 低いと思われる。2004年12月には、スマトラ 業担当マネージャーは、日本の無償資金協力事業 島沖地震に伴う津波が東岸地域を襲い、甚大 は日本側が必要と判断した施設・設備・材料しか な被害を受けた。 認められないのに対して、高性能な設備の追加や 【気候】ス国は熱帯性気候に属し、北・東部は 高品質な材料の使用を要求してなかなか譲らず、 10~3月が雨季、5~9月が乾季となり、全 PJ チームの PM を悩ませました。何とも言えませ 体的に南西部よりも乾燥している。年間降雨 んが、概して多数派であるシンハラ人の方が、気 量(於:ジャフナ)は1,300mm程度と少なく、 位が高い人が多い様な印象でした。 平均気温は 30℃近くと暑い。サイクロンによ 〖社会環境面〗ス国では主にコロンボに滞在し、 る豪雨・洪水被害がしばしば発生する。 キリノッチには現地調査のために2度、航空機と 【歴史・社会・経済】ス国は 1948 年に英連邦 自動車で出張し、隣接するジャフナにそれぞれ1 内自治領のセイロンとして独立し、1978年か 週間程度滞在しました。現地の既存施設には銃弾 ら現在のスリランカ民主社会主義共和国とな の跡があったり、移動の道沿いの原っぱには地雷 った。1983年から26年間に渡り、シンハラ人 源が残っていたりと、内戦の爪痕がそこかしこに とタミル人の民族対立により内戦状態であっ 見られ、つい最近まで緊迫した状況であったこと たが、2007 年にようやく終結した。今回事業 を実感しました。コロンボは大都市で、常設の の対象であったキリノッチは北部地域にあ NJSC オフィスがあり、食事の種類も豊富で日用 り、住民のほとんどがタミル人である。国内 品の入手も容易ですが、ジャフナは朝・昼食は基 人口は約 2,048 万人(2013 年末)とされ、人 本的に毎日カレーで、日本に比べ香辛料が効いて 種・民族はシンハラ人が 73%、タミル人が いるので、これに慣れるのにはなかなか厳しいも 18%、ムーア人が8%で、言語はシンハラ語、 のがありました。キリノッチの現地調査時に工事 タミル語、英語(連結語)で、宗教は仏教が 中であった道路整備事業は、中国の建設会社がコ 70%、ヒンドゥ教が10%、イスラム経が9%、 ントラクターとして施工しており、NJSC オフィ キリスト教が 11% となっている。 スのあるビルにも複数の中国系企業が入居してい 経済は、2013 年の国内総生産(名目 GDP)が る等、近年のス国における中国の台頭を実感しま 672 億米ドル、一人当たり GDP が 3,280 米ド した。 61 〖生活面〗コロンボ市にはリゾートからビジネス まで多くのホテルがありますが、我々はマウン ■3.おわりに ト・ラビィニヤの海岸に近い一泊 40us$ 前後のエ 語学力不足で現地の住民の方々と十分なコミュ コノミーホテルに滞在しました。エコノミーと言 ニケーションがとれた訳でもなく、滞在期間も長 ってもテレビ、エアコン、冷蔵庫付で、アルコー くてせいぜい1ヶ月半程度だった私ですが、日本 ルは出ませんがホテルの食堂で安くボリュウムの について強く実感したことがあります。 ある食事もでき、不自由はありませんでした。休 それはやはり、日本という国の気候や自然環境 日はホテルの近くのビーチをジョギングしたり、 の特殊性による自然災害の種類と発生数の多さで インターネットで日本の TV 番組を観たり、読書 あり、その様な過酷な環境をものともせず、今日 をしたりして過ごしました。 の繁栄を獲得する上で培われた日本人の高い精神 なお、ミャンマー国とヤンゴン市、及びフィリ 性(誠実さ、公平性、礼儀正しさ等)と、また、 ピン国とメトロセブ市については、紙面の都合に 四季の移ろいや折々の自然の豊穣な恵みからもた より今回は割愛します。 らされた感性の豊かさです。 最近の国民性調査でも、日本人の 83%が「生ま れ変わるなら日本に」と回答しており、近年、日 本人の心の豊かさを諸外国に評価されたことが影 響しているとしています。一方、日本独自の技術 は “ ガラパゴス ” 等と揶揄されましたが、元々、政 府の国土強靭化計画で謳われる様に「強くてしな やかな国」を創るために発達した技術なのですか ら、もっと自信と誇りを持っていいと思います。 とりとめのない文章になってしまいましたが、 タイトルにもあります様に「雑感」ということで ご容赦下さい。 最後に、昨年多くの自然災害により、尊い命を マウント・ラビィニヤから見るインド洋の夕陽 奪われた方々のご冥福を、心よりお祈り致します。 62
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