和声の基礎 30 - ナポリの六度 II の下方変位を根音とする三和音をナポリの II と呼ぶ。この和音は第一転回形で使われること が多いため、通奏低音時代の古い呼び名でナポリの六、ナポリの六度等と呼ぶ場合も多い。この 名称は、ドメニコ・チマローザやアレッサンドロ・スカルラッティといったナポリ楽派の作曲家 達がこの和音を多用したことによる。ナポリ楽派とは 18 世紀前半頃にナポリを拠点に活躍した作 曲家達を指して呼ぶ呼び名であり、オペラ・セリアやイタリア風序曲といった形式が発展し、そ の作曲技法や様式は後の作曲家達にも大きな影響を与えた。バッハは楽曲の非常に重要な部分に ナポリの六度をよく使っている。 和声記号には色々な方法があり、藝大和声では -II という表記を使っている。本稿では N6 とい う記号を用いるが、この 6 には特に付加六の意味はない。 長調でも短調でもナポリの六度は長和音であり、同じ和音である。(記号の用法としては厳密 さを欠くが、上例でもどちらの例でも同じく N6 という記号を使ってしまっている。) ナポリの六度はほぼ常に第一転回の形で用いられ、密集配置で用いられることが多い。ナポリ の六度はサブドミナント類であり、ドミナント類へと進行する。 ナポリからドミナントへの連結。(長調と短調で I 以外に違いはない。) ナポリの六度は、同じサブドミナント類であるドッペルドミナントへも連結できる。この方が ドミナント類への連結よりもスムーズである。 ナポリの六度と呼ばれる和音はサブドミナント機能を持つ三和音であったが、これを付加七の 和音とすると、これはドミナント機能を持つ。ハ長調におけるナポリの付加七和音 -II7 には F と H(異名同音の Ces)が含まれるが、これらはそれぞれ半音進行で E と C へ進行しようとする強い 運動性を持っているからである。 この和音は、クラシック音楽の少なくとも教科書的な和声理論ではほとんど出てこない。Ces と H の異名同音を利用するという発想が古典的ではないからである。しかし、ジャズを初めとする軽 音楽の世界では "裏コード" としてよく知られる和音である。 裏と呼ぶ理由は次の通りである。属七の和音が持つ強いドミナント機能の本源は、和声第三音 (VII)と和声第七音(IV)がそれぞれ I と III へ進行しようとする運動性にある。そこで、これら二 つの音を保持しつつ、位置関係を逆転し、IV を和声第三音、VII を和声第七音に持つような四和 音を考えてみるのである。すると、付加七の長和音としては、-II7 が導かれるという訳である。 ナポリの六度はサブドミナント類であったが、その付加七和音はドミナント機能を持つという 性質は非常に興味深い。
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