透明性の確保 - 公益財団法人医療科学研究所

巻 頭 言
透明性の確保
聖路加看護大学教授
公益財団法人医療科学研究所理事
萱間 真美
透明性(transparency)という言葉がよく使われるよう
になった。例えば,
筆者が専門とする質的研究方法では,
研究の手順を詳細に明記する必要がある。質的データは
インタビュー,観察,文献,写真,統計資料など多様で
あるため,データをどのように収集・記録し,どのよう
な視点から,何を焦点に分析したかというプロセスを,
読者が具体的に理解できるよう説明することが求められ
る。
「○○法を用いた」
「○○法を参考にした」では十分
ではない。
量的研究では,透明性にあたるのは再現性である。再
現性とは,記載の通りの研究方法をとれば,誰もが同じ
結果を再現できるという,研究結果の信頼性を示すもの
だ。質的研究では,解釈的要素が介在するため,完璧な
再現性は求めないが,分析のプロセスが,納得できる手
順で行われたことを示す必要がある。
法人や企業では,透明性は例えば財務・経営状況を開
示するという形で求められる。利益相反の有無を論文ご
とに明示することや,
企業の後援活動の詳細をホームペー
ジ上で開示することも求められるようになった。特に公
益法人では,透明性は今般の制度改革のキーワードでも
ある。法人が税制上優遇されることについての国民が納
得できる理由,すなわち事業の公益性を示し,第三者機
関がそれを認定する。公益法人には,常に活動のプロセ
スについての透明性を確保することが求められる。
プロセスの透明性を確保することは,決算などの結果
を開示するディスクロージャーよりも,範囲がプロセス
全般にわたる。行っていることを,誰にでも理解可能な
形で,簡潔明瞭に示す必要がある。分かりやすいことと
正確であること,誰にでもわかることと公益たりうる専
門性を確保すること,相反するが必須の価値を具有しな
くては存続が危ぶまれる。
質的研究方法の記載を指導していて,透明性の確保が
できない時とは,著者が他者の視点への想像力を失った
時である。
「自分にはわかっているから」
「自分にとって
正当なやり方で問題ない」という,自己防衛的な視点に
固執する研究者は,研究プロセスの透明性を確保しうる
説明ができない。
テクニカルな工夫はある程度必須だが,
誠実さに欠ける上から目線の記載は,読み手に敏感に感
知されてしまう。
公益法人である当研究所の活動も,活動の内容はもち
ろん,その活動を行うためのプロセスの透明性を確保す
ることが求められる。組織の中では当然とされる手順で
あっても,それを他者がどう評価するかは別問題である。
公益を掲げる上は,評価は自己完結的に行われるもので
はなく,受益者たる市民から受けることになる。例えば,
研究計画への助成を決定する会議では,選考委員の専門
性や立場によって推薦する計画が異なる。公平な選考は,
選考会議の日程調整からすでに始まっており,利害が偏
らないよう,中立的な選考ができるような環境を整える
必要がある。どう考えても不可能な日程を直前に示すよ
うな調整には,中立性に配慮する発想があるのか,疑念
をもたれてしまう。
研究への取り組み,人材の育成,啓発活動,研究結果
の共有のための活動が,特定の仲間内で自己完結的に閉
じるのではなく,市民に向かって開かれていることによっ
て,市民は研究所を身近に感じ,建設的な評価をする機
会ともなる。日々の事業運営の一つ一つが,誰の方を向
いているのか,常に自問自答する姿勢が必要と考える。
透明性を確保することと,公益性とは表裏一体である。
評価者たる市民を信頼し,味方にできるような研究所
の活動,そのプロセスにおける透明性の確保に,筆者も
また微力を尽くせたらと願っている。