福岡市近郊の森林の窒素飽和が河川水に及ぼす影響 篠塚賢一 1) 智和正明 1) 陀安一郎 2) 由水千景 2) 久米篤 1) 1) 九州大学演習林, 2)京都大学生態学研究センター 1. はじめに 窒素は植物の成長に大量に必要とされ、欠乏しやすい必須元素の一つである。森林生態系で は、窒素は土壌基岩から供給される他の必須元素とは異なり、主に大気からの供給に由来して いる。さらに、土壌中の大部分の窒素は生物に直接利用の出来ない付加給態として存在し、植 物が利用可能の窒素はわずか 0.1%程度である。供給に対して生物要求量が大きいため、森林渓 流水に流出する窒素は少ない傾向にある。しかし近年、大気エアロゾルや降水などに含まれる 窒素供給量の増加によって要求量とのバランスが逆転し、渓流水中において高い窒素流出が日 本国内でもみられるようになってきている。この現象は、森林の窒素富栄養化や土壌の酸性化、 下流域への窒素供給量の増加などの面から重要であり、森林生態系だけでなく下流部を含めた 生態系へ大きな影響を与えると考えられる。 第 5 次酸性雨全国調査では、福岡県太宰府市での窒素の乾性沈着に寄与していると考えら れる大気中の硝酸ガス, 硝酸塩濃度は 88.6nmol・m-3(HNO3(gas)+NO3-(particle))となっており、 国内でも高い値が観測されている。また降水中の窒素濃度も 29.2µmol・L-1 と比較的高い。調査 対象河川では、硝酸イオン濃度が年々増加傾向にあり、森林における窒素保持能力が低下して いると考えられている(Chiwa et al., 2012)。そこで、本研究は大気からの窒素供給が多く森林 渓流水から高濃度の窒素流出が見られる多々良川流域で河川水中の硝酸イオンを対象に分析し、 窒素飽和状態の森林が下流域へ与える影響を評価した。 2. 方法 調査地は上流部の森林が窒素飽和状態にあると考えら 多々良川 れる渓流水から高濃度の硝酸イオン流出が見られる多々 良川流域の河川で採水を行った(図 1)。調査期間は、2012 年 8 月,11 月,2013 年 1 月,4 月の計 4 回調査を行った。 採水した試料水は、陽イオン,陰イオンの分析を行った。 硝酸イオンの起源の推定を行うため硝酸中の δ15N, δ18O の測定を行った。 須恵川 :森林 :農地 :市街地 宇美川 図 1 多々良川流域の土地利用 3. 結果と考察 定水位時の渓流水中の硝酸イオン濃度は 0.8mg/L(0.2-1.6mg/L)となり、冬期に高くなり夏期 に低くなる傾向を示した(p<0.05)。経年を通して、本流域北部では 1 月以外の期間で上流部から 下流部へ行くに従い硝酸イオン濃度が減少する傾向が見られたが(図 2)、南部では上流部から下 流部へ行くに従い硝酸イオン濃度が増加する傾向が見られた。また、河川水中の硝酸イオン中 の δ15N, δ18O の値の変化は、流域北部と流域南部では下流部へ行くに従い δ15N の値は上昇する 傾向をしめし(p<0.05)、下流部に行くと人為的起源の硝酸イオンが流入していると考えられる。 δ18O は上流部から下流部にかけてあまり変化が見られなかった(C.V.=0.3~0.5 1 月を除く)。多々 良川と須恵,宇美川で硝酸イオン濃度の違いが見られたのは、中流部流域における土地利用の違 NO3濃度(µmol/L) いによる硝酸イオンの起源が異なるものが流入したと考えられる。 90 90 60 60 30 30 0 0 5000 10000 15000 20000 25000 0 0 河口からの距離 5000 10000 15000 20000 25000 河口からの距離 須恵川 多々良川 図 2 本流での上流部から下流部への硝酸イオン濃度の変化 宇美川
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