水研センター研究経過 安定同位体比からみたアサリの食性 ○渡部諭史*・片山知史*・張 成年*・中田 薫*・福田雅明** *中央水研・**北水研 キーワード:餌料・POM・底生微細藻類・巻き上がり 【目的】日本沿岸におけるアサリの生産量は過去20年 間減少を続けており、資源回復に向けた取り組みが急務 である。アサリ資源の減少や減耗には、因果関係が明ら かな食害や貧酸素水塊の発生による斃死等の要因がある が、 アサリの基礎的な生理・生態的な知見の不足により、 底質や水質及び流動物理等の生息環境が原因と考えられ る要因に関しては不明な点が多い。 アサリの食性に関しては、海水中の浮遊性微細藻類、 底生微細藻類、デトライタスなどが餌料と考えられてい るが、アサリに対するこれら候補餌料の貢献度が不明で あるとともに、餌料の季節変動や海域特性の知見も不足 しているため餌料環境の評価を行うことが困難である。 特に、稚貝の食性に関する報告はほとんど無い。本研究 では、アサリの食性を明らかにすることを目的として、 年間を通して採集したアサリ標本の窒素・炭素安定同位 体比を測定した。 【材料と方法】横浜市金沢湾の海の公園人工干潟に、10 ~30m 間隔で8カ所の調査点をおいた観測線を設け、ア サリ、底泥、海水の採集を 2004 年4月から月1回の頻度 で1年間行った。また、ALEC 社製の自記式測器を用いて 直上水のクロロフィル a 濃度、濁度、水温、塩分の 24 時間連続測定を1分間隔で採集日から翌日まで行った。 ろ過海水の中で一晩脱糞させ腸管内容物の影響を除い たアサリを殻長 5mm 間隔(<5mm, 5-10mm, 10-15mm, 15-20mm, 20-25mm, >25mm)にわけ、それぞれの区画から 最大 10 個体を無作為に取りだした。 これらを凍結乾燥後 に脱脂して窒素および炭素の安定同位体測定(EA-1108, ConFlo Ⅱ, Mat 252)を行い、月別、離岸距離別、サイ ズ別の傾向を分析した。 殻長 5mm 以下の個体は安定同位体比測定に量が不十分 だったので、 最大 10 個体をプールして殻を塩酸処理で除 去した後に測定を行った。この処理法の妥当性を検討す るために、貝殻、マトリックス蛋白質(塩酸で脱炭酸カ ルシウム) 、軟体部の安定同位体比の比較を行った。 底泥を超音波処理して得たPOMおよび海水をGF/F濾紙 でろ過して得たPOMを1N塩酸で脱炭酸カルシウム処理し、 50℃で乾燥させた後に安定同位体比分析に供した。 【結果と考察】稚貝の軟体部と貝殻の安定同位体比は、 大きく異なっていたが(軟体部:δ13C=-15.6±0.37‰, δ15N=11.1±0.14‰, ±SD, n=5;殻:δ13C=-1.74±0.37‰、 δ15N=-6.84±1.24‰, n=2) 、貝殻を脱炭酸カルシウムし て得たマトリックス蛋白は軟体部と同等な値をとった (δ13C=-14.3±0.37‰、δ15N=11.5±0.24‰, n=2) 。小型 個体は軟体部の取り出しが困難かつ作業が繁雑な場合が あるが、この手法を用いることで分析の前処理が簡略化 でき、回収率も高くなると思われた。 炭素安定同位体比の比較によりアサリの餌料を推定し たところ、サイズによって餌料が異なる可能性を示す結 果が得られた。殻長 5mm以上のアサリ(δ13C=-16.2± 0.57‰, n=46)は、表層水POM(-26.3±01.85‰, n=3) や海底直上水POM(-21.8±0.88‰, n=3)と比較して底 質POM(-17.4±0.66‰, n=8)に近い値をとり、底生微 細藻類などの底質起源のPOMを主に摂餌すると考えられ た。一方、殻長 5mm以下の個体(δ13C=-18.9±0.87‰, n=4) では最低-21.5‰であり海底直上水POMに近い値をとる個 体が多く、初期稚貝は浮遊性の餌を摂餌し、成長に伴い 底生性の餌料に食性が移行するものと思われた。また、 潮間帯で 10m程度離れた定点のアサリ標本間で安定同位 体比が明確に異なる傾向が見られたことからも、アサリ が潮汐により沖合から供給される浮遊性POMよりも、 生息 場近辺の底質から巻き上がった底生性POMを摂餌する可 能性が示唆された。 アサリの窒素安定同位体比は、夏季に高い傾向にあっ た。これは、アサリの餌料となる微細藻類が利用する栄 養塩のδ15Nの季節変化と対応すると考えられる。夏季に 干潟底質の還元層で脱窒活性が上昇することで溶存態無 機窒素のδ15Nが上昇することが一般的に知られているが、 この影響を受けやすい底層に生息する微細藻類がアサリ に摂餌されている可能性が考えられた。 海底直上のクロロフィル a 濃度の変化を 24 時間連続 測定したところ、潮汐による沖合からの色素濃度が高い 海水の流入によると思われる潮汐リズムに一致したもの と、潮汐の半分の周期で変化することから底質の巻き上 げによるものと思われる2種類のピークがみられる例が あった。これらの結果から、アサリの餌料環境には、底 生微細藻類の増殖に適しており、かつそれらやデトリタ スが容易に巻き上がりアサリが摂取しやすい条件が重要 であると考えられた。
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