メガ RTA 後の WTO - 国際貿易投資研究所(ITI)

メガ RTA 後の WTO
メガ RTA 後の WTO
中 富 道 隆 Michitaka Nakatomi
経済産業研究所 コンサルティングフェロー
日本貿易振興機構(ジェトロ) 顧問
ドーハラウンドは、15 年目に入り、未だに貿易円滑化合意以外は大き
な成果がなく、また、今年 7 月末にポストバリの作業計画に合意すること
も出来なかった。ドーハラウンドは漂流している。
他方で、RTA 競争は大変な速度で展開し、TPP や TTIP のようなメガ
RTA(Regional Trade Agreement)も活発に議論されている。本稿は、
このような状況で、ドーハラウンドと WTO はどのように展開していくべ
きか、論じることとしたい。
本稿では、1 章でドーハラウンドの現状と見通し、WTO の位置付けの
変化、ラウンド停滞の原因と処方箋について概観し、2 章でメガ RTA の
後の WTO について論じる。
WTO なき世界が決して国際通商レジームに調和的な解を与えるもので
はないこと、WTO を多極的な通商レジームの柱として再構築する必要が
あることを見ていく。
1.ドーハラウンドと変質する WTO
(1)ラウンドの現況
1)停滞し、見通しのないラウンド(ラウンドの遅さ)
ドーハラウンドは 2001 年に熱狂的な支援を得て開始されたが、当初の
2005 年終結目標を 10 年も過ぎて、合意の見通しが全くない。
開始後 14 年目に入り、貿易円滑化合意がかろうじて終了したのみで、
核となる交渉案件は終了していない。
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ウルグアイラウンドが実質終結した 1993 年から数えれば 22 年の間、大
きな成果がないことになる。
例外は、複数国間合意に基づく 1997 年の成果(ITA、テレコミ・金融サー
ビス合意)であるが、これは勿論ラウンド開始以前の成果であり、その後
18 年が経過している 1)。
本来 2014 年末にまとめるはずであった、バリ閣僚会議後の作業計画も、
延長期限の 2015 年 7 月末に合意できなかった。
WTO において各国は、期限を延長し、交渉する「ふり」をする戦略を
繰り返してきたが、最早これも限界に達している。
交渉の遅さは、通商の実態が急速に変化し、国境を越えた生産分業が進
展している実態に全く WTO がついていけていないことを意味する。生産
工程の unbundling とグローバルバリューチェーン(GVC)の急速な進展
から WTO は全く取り残されてしまっている 2)。
2)ラウンドの狭さ
これに関連し、もう一つの大きな問題は、ドーハラウンドの取り扱うア
ジェンダが 20 世紀型課題に対応するものであり、ウルグアイラウンドの
積み残し案件が中心で、GVC の要請に対応していなことである。
ドーハアジェンダは、基本はウルグアイラウンドの継続案件であり、そ
れに貿易と競争、貿易と投資、調達透明性、貿易円滑化の 4 案件(シンガ
ポールイッシュー)が追加された。また、通商システムにおいて開発の側
面を再調整することも交渉課題に含まれた。
しかしながら、2003 年のカンクーンの閣僚会議で、シンガポールイッ
シューのうち、GVC と企業の国際展開に極めて重要な、貿易と競争、貿
易と投資(及び調達透明性)は、交渉のアジェンダから落ちてしまった。
これにより、当初から必ずしも十分ではなかった交渉アジェンダの幅は
決定的に損なわれ、ラウンドのアジェンダの「狭さ」が交渉の進展に大き
な影響を与えることとなる。
最早、ドーハラウンドの交渉案件は、基本的にマーケットアクセス(工
業品、農業、サービス)中心の狭いアジェンダであり、21 世紀の課題で
ある GVC の現状と要請に全く対応していないものとなっている。
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3)見通し
こうした状況下で、各加盟国や産業界は、ラウンドを終結させる「ふり」
は見せるものの、自由化・ルール作りの手段としてのラウンドを概ねあき
らめているように見える。全く、将来の見通しは不透明なままである。
(2)WTO の変質(国際通商システムの主役から one of the pillars へ)
この背景には、国際通商システムの中での WTO の位置付けの変化があ
る。戦後 50 年余にわたり、ガットは国際通商システムのガバナンスの中で、
中心的な地位を占め続けてきた。
これには、いろいろな理由があるが、何よりも大きいのは、ガットが累
次のラウンドの中で、自由化とルール作りの有効なツールとして機能し、
実際に成果を挙げてきたという事実がある 3)。
累次のラウンドは、関税の大幅な削減を可能としてきたし、またルール
作りの側面では、特にケネディーラウンドから東京ラウンドにかけて、様々
な分野での規律が実現した。
このトラックレコードこそが、ガットが長期にわたり、自由化とルール
作りの柱として、加盟国に受け入れられ、国際通商ガバナンスの中心とな
る柱として支持されてきた背景にある 4)。
この状況は、WTO の設立後大きく変化することとなる。変化の背景を
見てみよう。
1)WTO のスタート(通商システムの主役:1995 年〜 1997 年まで)
1995 年にウルグアイラウンドの結果を受けて、WTO が設立された。先
進国を中心に多くの国にとり、WTO はその内容・参加国の広さ、規律の
普遍的な適用、有効で強い紛争処理機能から見て、長年の夢の実現と見え
た。しかしながら、楽観的な見方は長く続かなかった。
1995 年から 1997 年にかけては、加盟国は第 1 回シンガポール閣僚会議
の成功に向けて協力し、1997 年に、ITA、金融・テレコミサービス合意
という画期的な成果を得る 5)。
しかしながら、その後、WTO における自由化・ルール作りのイニシア
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ティブは失速する。1999 年シアトル閣僚会議を経て、先進国と途上国と
の利害対立は尖鋭化し、また各国は、ラウンド開始を予想して、手持ちの
カードを切らない状況が続いた。
1997 年までは、WTO がガットの時代に引き続いて、国際通商システム
の唯一の主役と呼べる状況にあった。
2)RTA の台頭と多極化(2000 年頃から)
ラウンドが順調に立ち上がらず、また、生産の国際分業が進展する中
で、2000 年頃から、RTA が急速に台頭する。日本もまた、シンガポール
との FTA を初めとして、東アジア諸国、中南米諸国との RTA 締結を加
速化していく 6)。日本もその中で、時期によりニュアンスの差はあるが、
WTO と FTA とを通商政策の「車の両輪」として説明するようになる。
WTO では、2001 年にドーハラウンドが開始されるが、その内容は先に
見たとおり、
必ずしも 21 世紀の GVC の実態に沿うものとは言えなかった。
また、「開発ラウンド」との位置付けを与えられたことが、その後の先進
国(特に米国)との利益調整を著しく困難にした 7)。
2001 年、
WTO 設立と同時に、中国が WTO 加盟する。中国の加盟は、ドー
ハラウンドの進展に大きな影響を与えることとなる 8)。
2003 年のカンクーン閣僚会議では、先に見たとおり、貿易と投資、貿
易と競争という、21 世紀の GVC 展開に当たって核となる重要アジェンダ
が、ドーハラウンドの交渉範囲から落ちてしまった。より狭くなったラウ
ンドは、先進国とその産業界にとって、より魅力の少ないものとなった。
その後、2008 年夏の閣僚会議では、米国とインド・中国とが農業と工
業品マーケットアクセスで対立し、交渉は決裂する 9)。交渉は、この後膠
着化し、その状況は今日も継続している。
2011 年の閣僚会議では、全ての案件を同一のスピードで扱うことが不
可能との認識が共有され、ミニラウンドとアーリーハーベストの時代に入
る 10)。
このように、ドーハラウンドのトラックレコードは、決して良くない。
むしろ、失敗の連続と言っても過言ではない状況である。ガットが累次の
ラウンドの経済的成功により、各国の強い支持を取り付けた状況と対照的
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である。
他方で、RTA 競争は猛烈な勢いで進展し、BIT(Bilateral Investment
Treaty:投資協定)、自主的自由化の進展とともに、自由化とルール作り
の主要な手段として定着している。
明らかに、WTO は、自由化・ルール作りの主役の座から降りているの
が現状であり、ラウンドに頼らずとも、自由化・ルール作りが進む時代に
突入している。GVC に対応するルール作りや自由化を求める先進国や産
業界にとり、ラウンドには頼れない時代が続いている。
3)メガ RTA の時代へ(2010 年頃から)
2010 年 頃 を 境 と し て、RTA 広 域 化(TPP、TTIP、 日 EU、 日 中 韓、
RCEP、EU カナダ等)の動きが始まる。
これは、ラウンド低迷と、GVC 広域化の中で、ビジネスが必要とする
自由化とルール作りを進める動きとして当然のことである。また、こうし
たメガ RTA は、既存の RTA 網が作り上げる原産地やルールのスパゲッ
ティボウルを地域的に調和する動きという側面もある。
メガ RTA は、その経済的影響の大きさ、交渉内容の深さから、今後ど
のように展開するか予断できないが、明らかなことは、メガ RTA が、世
界通商システムのガバナンスにおける WTO の地位を低下させ、また危う
くしていることである。
4)ラウンド停滞の原因
ドーハラウンド停滞の背景は、上記に見てきたが、その原因を概括して
みよう。
まず、WTO とラウンドが、自由化と通商ルール作りの主役ではなくなっ
ていることである。この基本認識が重要である。
他に利用可能なツール(RTA や BIT、自主的自由化)があり、それが
機能するとすれば、何も、コンセンサスベースで合意が難しい WTO を使
うことはない。ドーハラウンドが容易に成果をもたらさないことは、残念
ながら過去 14 年の歴史が証明してしまった。
次に、WTO とラウンドそれ自体に様々な制度的制約があることである。
主要な制約を挙げてみよう。
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第 1 に、その意思決定メカニズムがコンセンサスベースであり、加盟国
がそれぞれ拒否権を持っていることである。
第 2 に、全ての国が、一括受諾で同一義務を負うのが原則であることで
ある。これは、ガット時代と大きく異なる制約である。ガットの時代には、
「コード」のアプローチがあり、合意したルールは署名国のみに適用する
ことが可能であったが、ウルグアイラウンドの結果が状況を大きく変えて
しまった。全ての国が、原則として同一のルールに拘束され、合意の便益
への「ただ乗り」ができないシステムであり、加盟国の多様性に柔軟に対
応することが出来ない。
第 3 に、WTO では、強い紛争処理手続きが定められ、違反には対抗措
置がとられることである。2 と 3 とは相俟って、加盟国が内容を十分理解
しないで合意すれば、後に大きなコストを払うこととなる可能性を意味す
る。その結果、加盟国は合意に慎重となり、場合により拒否権を発動する
ことになる。
第 4 に、政治経済的には、BRICS 等の新興国の台頭・4 極の経済的地位
の低下により、4 極がルールを決めて途上国の「ただ乗り」を許すという
枠組みが崩壊したことである。また、ミニラウンド化の中で、全ての国が
勝利するパッケージを求めることは極めて困難となっているのが現状であ
る。
5)提 言
それでは、我々は何をすべきか。
第 1 に、ラウンド終了が可能であるかのようなレトリックと期限引き延
ばし戦略は止め、特定の成果を実現してラウンドを終結するか、ラウンド
自体を葬ることである 11)。これ以上ラウンドを終結させる「ふり」を続
けることは有害無益である。
第 2 に、GVC と生産の国際分業進展に対応した、新しいイッシューへ
の WTO の取組を強化することである。これは、交渉それ自体を開始す
ることを必ずしも意味するものではない。WTO は、今まで、RTA と各
国の自主的自由化・改革に委ねてきた 21 世紀の課題の真剣な把握と必要
なアクションの検討を開始することが必要である。この作業を怠れば、
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WTO の更なる浸食は不可避である。
第 3 に、多極化した通商システムの一つの柱として WTO を位置付け直
すことである。既に、WTO は、通商システムの主役ではないとの認識が
不可欠である。
こうした認識こそが、今後の国際通商システム再構築の基礎となる。ま
た、こうした厳しい認識なしに、多国間ルールの地域化、地域ルールのマ
ルチ化を進めていくことは困難であろう。
第 4 に、WTO の立法機能の回復に向けた努力が不可欠である。
ラウンドを止めることは、WTO が立法を止めることと同義であっては
ならない。
WTO の機能(自由化・ルール作り・紛争処理)を見ると、自由化は一
部機能(関税(ITA の品目拡大)等)している 12)が、ラウンドに関連す
る項目であるにせよないにせよ、立法機能は麻痺している。これに対し、
司法機能は現状では円滑に機能している(WTO パネル等)が、立法機能
なき司法機能は長期的に維持不可能 13)であり、更なる WTO システムの
浸食が起きる前に、その立法機能回復に向けて早急に努力を傾注すべきで
ある 14)。
2.メガ RTA 後の WTO
(1)RTA は WTO を代替しうるか
上記に、ラウンドの停滞と RTA の台頭について見てきた。
RTA は、国際通商システム「ガバナンス」の主役となり得るのであろ
うか。
答えは NO である。詳しくは、Baldwin and Nakatomi(2015)を参照
いただきたいが、RTA はメガ RTA であっても、あくまで地域合意にと
どまり、世界的な自由化とルール作りの場ではない。また、有効な紛争処
理の機能も持たない。
メガ RTA が調和ある世界ルールを自動的に生み出すと考えることは幻
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想にしか過ぎない。
また、それは、差別性が柱であり、ガットの基本となる多国間協力の精
神とも相容れない。何よりも、BRICS といった主要途上国を入れないメ
ガ RTA は、世界的な解を提供するものではない。
また、今後、競合するメガ RTA の中で、ルール分野でのスパゲティー・
ボウル現象(例 標準、知財、投資、地理的表示、情報の越境流通、国営
企業の規律等)が起きることは確実である 15)16)。
WTO なき世界とはどのようなものであろうか ?
保護主義と地域ブロックを伴った 1930 年代のそれに似るとは考えにく
い。21 世の通商は、貿易、投資、サービス、知財の大規模な自由化を進
めてきた。20 世紀型の保護主義をとることは、今日、工業化、開発、成
長の観点から破滅的としか言いようがない。
より可能性が高いのは、今見てきたように、ルールのスパゲティー・ボ
ウル、通商関係における生のパワー・ポリティクスの再来、強国の弱小国
に対する差別、グローバルなルールの無秩序、実効ある紛争処理枠組みの
消滅等であろう。
我々は、RTA が WTO を代替できないことを認識し、WTO を国際通
商ガバナンスの重要な柱として再構築していくことが必要である。
(2)何をすべきか
上記 1 に見た基本認識がまず決定的に重要であるが、その上で多国間協
力の推進と WTO の復権に向けて、我々は何をすべきであろうか。
いくつか、具体的な提言をしたい。
1)複数国間合意の活用 17)
WTO の立法機能回復は、今後の WTO 復権の基礎となる。これなし
に、各国の RTA への傾斜は止まらないだろうし、また、中長期的には、
WTO の司法機能自体を維持していくことも困難になる。
しかしながら、WTO は、一括合意とコンセンサスが意思決定の基本と
なっているために、WTO の立法機能回復は決して容易ではない。
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このような状況下で、積極的に活用すべきなのが、複数国間合意(プル
リ合意)の枠組みである。1997 年の 3 合意(ITA、金融・テレコミサー
ビス合意)の例に倣い、複数国間合意 + そのメリットの最恵国待遇(MFN)
での非参加国への均てんという手法をとれば、合意の結果を WTO の合意
としてマルチ化することも可能となる。
既に、2015 年夏、複数国間合意による自由化の事例として、ITA の品
目拡大合意が成立したことは喜ばしいが、ルール作りの分野でも、セクター
毎・イッシュー毎の複数国間合意を進めることが重要である 18)。
この点、サービス分野における複数国間合意である TISA(Trade in Services Agreement)交渉が動いていることは歓迎されるが、他方で、
TISA が原則非参加国の「ただ乗り」を許さない非 MFA ベースの枠組み(参
加国による FTA との位置づけ)として構成されていることには極めて大
きな問題がある 19)。
2)WTO 改革 20)
WTO における立法と合意を阻んでいる様々な制度的要因について検討
し、改革して行く努力も必要である。いくつか例を挙げよう。
第 1 に、上記に見た意思決定方式(包括合意、コンセンサス)は、避け
て通れない検討課題である。これを修正しない限りは WTO の立法機能は
引き続き困難に直面するだろう。
複数国間合意の WTO への組み入れ条件も現状ではコンセンサスベース
であり、WTO 加盟国の多様性への対応を困難としている。
意思決定問題の改革を何もやらなければ、各国は、面倒な WTO の枠組
みに頼るより RTA に依存する方が楽なので、差別的 RTA が跳梁跋扈す
る状況が続くだろう。TISA の事例を想起されたい。意思決定の硬直性を
変えないと、RTA による差別的なシステムの重複とルールのスパゲティ・
ボウルの深刻化が止まらない。これは、最早、途上国を含め誰の得にもな
らないことが明らかとなりつつある。
第 2 の大きな課題は、途上国定義問題である。BRICS は「特別のかつ
異なる待遇」
(Special and Differential Treatment)によって保護される
べき途上国なのか、という問題であり、この解決も待ったなしの課題であ
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る。
第 3 に GVC の現実に対応していくため、ビジネス界の声を聞くことが
必要である。一案として、WTO に民間諮問機関を設置することも検討す
べきである。
3)RTA のマルチ化・WTO の地域化
最早、WTO のみが、世界の通商ガバナンスの唯一の柱である時代は終
わっている。RTA が自由化とルール作りの表舞台に現れている現状に対
応し、RTA と WTO との相互補完の実現は緊急の課題である。
世界ルールを目指したルール作りと世界的な自由化に向けて、主要国が
危機感を共有して対話していくことが必要である。メガ RTA が自動的に
調和ある世界解を作るとの見解は知的怠慢である。
OECD が推進してきているように、RTA のマルチ化と WTO の地域化
の双方を同時並行して進めていくことが必要である。
4)21 世紀型イッシューへの取り組み
上記 1.(2)5)を参照されたい。
5)ラウンドの「終結」
最後に、繰り返しになるが、WTO を改革して行くには、まずは、早期
に可能な項目に合意してラウンドを終わらせるか、ラウンドを葬ることが
こうした全ての検討の前提となると考える。
その後にはじめて加盟国が真剣となり、WTO の復権の議論が可能とな
るだろう。
最早、ラウンドを完成させる「ふり」をすることは、WTO の復権に向
けた真摯な議論にとり、有害無益との認識を共有することが必要である。
注
1)今年夏実質合意が成立した、ITA の品目拡大交渉は大きな成果であるが、これも
複数国間合意である。
2)Baldwin(2011)参照。
3)これを可能とした要素として、様々な柔軟性があるが、特に重要なものとして、
途上国の「ただ乗り」の許容がある。関税合意のみならず、
非関税合意においても、
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ケネディーラウンド・東京ラウンドの「コード」のアプローチは、途上国のただ
乗りを許すものであった。
4)Baldwin and Nakatomi(2015)、中富(2015)参照。
5)この 3 合意は、いずれも複数国間合意(プルリ合意)が基礎となっていること、
その内容が非参加国にも最恵国待遇(MFN)ベースで均てんされたことが特徴的
である(Nakatomi 2013b 参照。ITA の成立経緯・背景については(中富 2012)
参照。
)
。
6)これに加えて、各国は、投資保護のため多くの投資協定を締結し、また、特に東
アジア諸国を中心として、自主的な自由化が進行した。
7)
「開発ラウンド」との性格付けは、アジェンダの設定のみならず、交渉内容にも強
い影響を与え、ラウンド長期化の大きな原因となっている(S&D、途上国向けの
NAMA フォーミュラの扱い等)。
8)米国にとれば、中国は最大のライバルであり、中国のただ乗りをラウンドで許容
することは出来ず、また、中国から見れば、アジェンダ設定に参加できなかった
ラウンドの中で安易な妥協は政治的に不可能である。
9)Schwab(2011)
参照。米国として、ドーハラウンドのパッケージがバランスし
ないことを明確に述べている。
10)この結果が、2014 年の貿易円滑化合意、2015 年の ITA 品目拡大合意に繋がって
いる。また、同時に ITA 品目拡大、環境財交渉開始に見られるように、複数国
間合意の加速化を生むこととなった。
11)Baldwin and Nakatomi(2015)、中富(2015)参照。
12)ただし複数国間合意 + メリットの MFN 均てんという枠組み。
13)Baldwin and Nakatomi(2015)、中富(2015)参照。
14)コンセンサスベースの WTO の性格から容易ではないが、1997 年の 3 合意の例
に倣い、複数国間合意 + その成果の MFN 均てんをベースとして、多国間の合
意形成を目指すことが必要であろう(Nakatomi 2013b)
。
15)Baldwin and Nakatomi(2015)、中富(2015)、Nakatomi(2013a)参照。
16)経団連(2013)参照。経団連は、分野別の「統一軸」の重要性を強調している。
17)Warwick Commission(2007)、WEF(2010)参照。
18)Nakatomi(2013b)
19)Nakatomi(2015)、中富(2014)
20)WTO 改革については、Bhagwati et al(2011)、Warwick Commission(2007)
、
WTO(2004)をはじめ多くの賢人会議レポート・論文があるが、WTO 加盟国
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間で真剣な検討が行われたとは言えない状況にある。
【参考文献】
Baldwin, Richard(2011), “Trade and Industrialisation after Globalisation’s 2nd
Unbundling: How Building and Joining a Supply Chain are Different and Why it
Matters,” NBER, Working Paper No. 17716.
Baldwin, R. and M. Nakatomi(2015), “A world without the WTO: what’s at
stake?," CEPR, Policy Insight No. 84, July 2015,
http://www.cepr.org/active/publications/policy_insights/viewpi.php?pino=84.
Bhagwati, J., and P. Sutherland, P.(2011), “World Trade And The Doha Round,”
Final Report of the High Level Trade Experts Group, co-chaired by J. Bhagwati
and P. Sutherland.
Nakatomi, M.(2013a), "Global value chain governance in the era of mega FTAs
and a proposal of an international supply-chain agreement," VoxEU Columns, 15
August,
http://www.voxeu.org/article/it-time-international-supply-chain-agreement.
Nakatomi, M.(2013b), “Plurilateral Agreements: A Viable Alternative to the
World Trade Organization?,” Asian Development Bank Institute, Working Paper
No. 439.
Nakatomi, M.(2015), "Sectoral and plurilateral approaches in services negotiations:
Before and after TISA", European Centre for International Political Economy,
Policy Brief No. 02/2015.
Schwab, S.C.(2011), “After Doha: Why the Negotiations Are Doomed and What
We Should Do About It,” Foreign Affairs 90(3): 104-117
The Warwick Commission(2007), “The Multilateral Trade Regime: Which Way
Forward?,” The University of Warwick.
World Economic Forum(2010), “A Plurilateral ‘Club-of-Clubs’ Approach to World
Trade Organization Reform and New Issues”.
World Trade Organization(2004),” The Future of the WTO,” Report by the
Consultative Board to the Director-General Supachai Panitchpakdi. Geneva,
Switzerland: WTO.
経団連(2013),「通商戦略の再構築に関する提言」
中富道隆(2012),「プルリの貿易ルールについての検討(ITA と ACTA の実例を踏
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まえて)」, 経済産業研究所
中富道隆(2013),「メガ FTA の時代の global value chain(GVC)ガバナンスと
International Supply Chain Agreement(ISCA)提案」, 経済産業研究所
中富道隆(2014),「サービス交渉とプルリ合意− TISA とセクターアプローチ」, 経
済産業研究所
中富道隆(2015), 「WTO なき世界:何が問題なのか?」 Special Report (2015.8),
経済産業研究所
http://www.rieti.go.jp/jp/special/special_report/085.html 53
http://www.iti.or.jp/