9 聖マリアンナ医科大学雑誌 前 田 賞 Vol. 43, pp. 9–13, 2015 羊胎仔モデルにおける先天性尿路閉塞に対する 圧調整シャントチューブを用いた治療の試み た なか くにひで 田中 邦英1 せき 関 やす じ 保二1 こ いけ じゅん き ま なべしゅう た ろう 小池 淳樹2 なが え 真鍋 周 太郎1 ひで き たか ぎ 長江 秀樹1 まさゆき 高木 正之2 きたがわ おおやま 大山 けい 慧1 Jane Zuccollo3 ひろあき 北川 博昭1 Kevin C. Pringle3 (受付:平成 27 年 1 月 30 日) 抄 録 先天性下部尿路閉塞に対する膀胱羊水腔シャント治療の長期予後は当初考えられていたほど 芳しくない。その原因に,胎児手術時期をより早期に行わないと腎機能が回復しない場合や膀 胱の線維化による排尿の問題などが挙げられる。我々は Otago 大学との共同研究による羊胎仔 尿路閉塞モデルを用い,脳外科用脳室腹腔シャントチューブを流用した pressure limited shunt tube (PLST) を胎児の膀胱に用いることで治療後の膀胱平滑筋肥大と線維化を抑制することを報 告した。本研究は羊胎仔の尿路閉塞モデルにおいて,無治療群 (A 群),PLST で二種類の圧を 使用し,high pressure 群 (B 群),low pressure 群 (C 群) で比較した群,および尿路閉塞を作成 せずに,満期まで妊娠継続した control 群 (D 群) の腎,尿路系の病理所見を比較検討した。 肉眼的所見は A, B 両群に尿管拡張など尿路閉塞による変化を認めたが,C, D 群には認めな かった。組織学的には尿細管の拡張や尿細管上皮細胞の変性を A, B 群と C 群に認めた。 Low pressure PLST は,膀胱及び尿路の合併症予防には有用であったが,腎尿細管障害につ いては high pressure PLST に対する優位性は認めなかった。 索引用語 胎児治療,先天性下部尿路閉塞,膀胱羊水腔シャント,pressure limited shunt tube るなど長期的予後は期待通りの改善を望めなかっ 先天性下部尿路閉塞と膀胱羊水腔シャント た2)。その原因は胎児手術が可能な時期に既に腎機能 胎児期の下部尿路閉塞は腎の形成異常,排尿障害, が廃絶している可能性があった。我々の過去の実験 羊水過少による肺低形成等のさまざまな障害を来た では尿路閉塞 3–5 日後には尿細管の拡張が起こる す疾患である。(Fig. 1) が,これが可逆性か,あるいは不可逆性変化かの判 胎児の下部尿路閉塞に対し,胎児膀胱と子宮内羊 定を,胎生 16 週頃に行うことができない点や長期 水腔に圧を逃がす膀胱羊水腔シャント治療 (V-A 予後で認められる排尿障害が,V-A shunting により shunting)1) がおこなわれたが,出生後に腎不全に至 膀胱の生理的排尿サイクルを消失させることが原因 と考えた。(Fig. 2, 3) 1 聖マリアンナ医科大学 外科学 (小児外科) 2 聖マリアンナ医科大学 病理学 3 Wellington School of Medicine, Department of Obstetrics 圧調整シャントチューブ 胎児治療により出生した羊の膀胱壁は肥厚し,こ and Gynecology 9 10 田中邦英 小池淳樹 ら Fig. 1. 羊胎仔の尿路閉塞モデルと出生後の形成異常腎 尿路閉塞を施した羊胎仔は,ヒトと同様に出生後に腎の形成異常などを認める。 Fig. 2. 尿路閉塞に対する V-A shunting による膀胱の変化 現存の shunt tube による治療では膀胱の萎縮を認める Fig. 3. 尿路閉塞に対する V-A shunting による膀胱組織の変化 PLST による治療では control に近い膀胱であった れは胎児膀胱の拡張と収縮の生理的サイクルを停止 の圧が掛かってから排尿可能な, Pressure limited させたことが原因と考えた。V-A shunting として, shunt tube (PLST) を使用することを考案した。(Fig. 2, 4) その結果,V-A shunting 後の膀胱平滑筋肥大と 線維化を抑制することが証明された3),4)。(Fig. 3) 膀胱の容量を維持しながら尿を排出させることで膀 胱の廃用を防ぐことができると考え,tube 内に一定 10 羊胎仔モデルにおける先天性尿路閉塞に対する圧調整シャントチューブを用いた治療の試み 11 させて腎,尿路系を肉眼的評価と組織学的評価を行っ た。得られた胎仔は,A 群 8 匹,B 群 5 匹,C 群5 匹,D 群 6 匹であった。(Fig. 6) 各群の胎仔の体重 は A 群 4620.1 ± 1176.9 g,B 群 3522.0 ± 329.6 g, C 群 4105.0 ± 1135.8 g,D 群 2999.0 ± 1370.5 g で あり, A 群と D 群間にのみ統計学的有意差を認め た。 尿路を肉眼的に観察すると,尿路閉塞により腎を 保護するように代償的に生じた尿管拡張 (水尿管), Fig. 4. PLST の仕組み 尿膜管拡張,尿腹水や尿嚢腫などの変化がみられ Tube 先端のスリットに一定の圧力がかかると開通し,尿が た6)。(Fig. 7) 各群の肉眼的変化を認めた羊胎仔の数 排出される は Table 1 に示した通りである。HP の PLST で治療 した B 群には肉眼的所見を認めたが,LP の PLST で治療した C 群には認めなかった。 しかし,正常膀胱と比較し,軽度の膀胱平滑筋肥 大と線維化を認めることから,PLST としてより適 腎組織については Table 2 に所見をまとめた。各 した圧を求めるために, High pressure (HP: 105–140 群の典型的な組織像 (HE x40) を表内に図示してい mmH2O) と Low pressure (LP: 15–54 mmH2O) の 2 種類の圧の異なる PLST を用いて V-A shunting を 行った。その結果,LP が HP より適した圧であるこ とがわかった5)。(Fig. 5) る。A 群に 1 例,腎の多嚢胞性異形成腎様の形成異 常が認められたが,他の群においては認めなかった。 尿細管の拡張や近位尿細管上皮細胞の変性 (空胞変 性) は A 群で多く認める一方,B 群と C 群に明らか な差は認められなかった。この近位尿細管上皮細胞 圧調整シャントチューブ治療による腎・尿路への影響 の変性は,薬剤性障害などで報告例7)があり,細胞傷 尿路閉塞に対する V-A shunting 後の膀胱平滑筋の 害を意味する。(Fig. 8A) この変化は,可逆性である 肥大と線維化を軽減させた PLST による V-A shunt‐ ing は腎・尿路に対しどのような影響があるか羊胎 が一定以上のダメージを超えると細胞の apoptosis 仔尿路閉塞モデルで評価を行った。 と,空胞変性でみられる細胞質の腫脹は細胞内小胞 を導くとされている。電子顕微鏡でさらに観察する 体の変化に由来することが分かった。(Fig. 8B, 8C) 胎生 60 日に 26 匹の羊胎仔に尿路閉塞モデルを作 成し,無治療群 (A 群) 13 匹,尿路閉塞作成の 3 週 現在,空胞変性の臨床的意義は未だ不明であるが, 間後に圧の異なる PLST を胎仔の膀胱腔内に挿入し, 小胞体ストレスに由来する疾患が指摘されており8), 尿路閉塞を治療した high pressure 群 (B 群 ) 7 匹, 本研究で治療後に残存した空胞変性も今後治療の対 low pressure 群 (C 群) 6 匹,尿路閉塞のない control 群 (D 群) 6 匹を妊娠満期 (145 日) に帝王切開で出生 象となる可能性がある。 腎の組織学的所見においては HP の PLST で治療 Fig. 5. 2 種類の圧の異なる PLST による V-A shunting 後の膀胱組織 Low pressure の PLST を用いた V-A shunting では,Control に近い膀胱組織であった 11 田中邦英 小池淳樹 ら 12 Table 1. 各群の尿路の形態変化 Fig. 6. 各群の羊胎仔モデルと出生数 した B 群と LP の PLST で治療した C 群に差は認め なかった。 今後の展望 羊胎仔の尿路閉塞モデルを用いた研究から,出生 後の排尿障害の観点から圧調整シャントによる治療 を考案し,さらに圧による違いを HP と LP の 2 種 類の PLST を用いて評価を行った。膀胱での評価と 同様に尿路では LP の PLST による V-A shunting が 治療後の合併症予防に優位であり,一方で腎組織に おいては両者に明らかな差は認めなかった。さらに, 腎所見以外で優位であった LP の PLST においても 尿細管の障害が残存したことから,さらなる治療法 の検討も必要である。しかし,現時点で有用と判断 した pressure limited shunt tube の臨床応用は,他臓 器への影響や合併症の評価,超音波ガイド下での穿 刺による挿入や胎児鏡下手術などでも治療可能とす る技術的な課題が残っており,将来的にはこれらの Fig. 7. 尿路の形態変化 Fig. 8. 空胞変性 近位尿細管上皮細胞に空胞変性を認めた。(A: HE x400) 透過型電子顕微鏡で観察すると細胞質に大小多数の空胞を認め (B: TEM x8000),細胞膜を有しており,空胞を分泌するように存在し,小胞体の変化と考えられた。(C: TEM x12000) 12 羊胎仔モデルにおける先天性尿路閉塞に対する圧調整シャントチューブを用いた治療の試み 13 Table 2. 各群の腎組織所見と典型像 課題を乗り越えたい。 謝 辞 3) 前田賞という名誉ある賞をいただくことができ, 身にあまる光栄です。本原稿は,Journal of Pediatric Surgery 49 (2014) 1831–1834 に掲載された「Can a pressure-limited V-A shunt for obstructive uropathy really protect the kidney?」の内容の総説論文となり ます。本 project は先天性尿路閉塞の予後改善を目的 に,病態評価から新しい治療を目指し, pressure limited vesico-amniotic shunt という治療へ辿り着き, 4) 5) その実用化へ向けて研究を続けています。妊娠羊を 提供してくださった Doug Jensen 様,New Zealand での実験を支えてくださる Katherine Wright 様始め Otago 大学研究スタッフの皆様,大沼繁子様を始め 6) とする病理学教室研究員の皆様,日頃より本研究を 支えてくださる研究チームの皆様に深く感謝申し上 げます。 7) 参考文献 1) Harrison MR, Golbus MS, Filly RA, et al. Fetal surgery for congenital hydronephrosis. N Engl J Med 1982; 306: 591–593. 2) Freedman AL, Johnson MP, Smith CA, et al. Longterm outcome in children after antenatal in‐ 8) 13 tervention for obstructive uropathies. Lancet 1999; 354: 374–377. Kitagawa H, Pringle KC, Koike J et al. Vesi‐ coamniotic shunt for complete urinary tract ob‐ struction is partially effective. J Pediatr Surg 2006; 41: 394–402. Aoba T, Kitagawa H, Pringle KC et al. Can a pressure limited vesico-amniotic shunt tube pre‐ serve normal bladder function? J Pediatr Surg 2008; 43: 2250–2255. Kitagawa H, Seki Y, Nagae H, et al. Valved shunt as a treatment for obstructive uropathy does pressure make a difference? Pediatr. Surg. Int 2013; 29: 381–386. Kaefer M, Keating MA, Adams MC, et al. Pos‐ terior urethral valves, pressure pop-offs and bladder function. J. Urol 1995; 154: 708–711. Ryffel B, Donatsch P, Madorin M, et al. Toxico‐ logical evaluation of cyclosporin A. Arch.Toxi‐ col 1983; 53: 107–141. 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