住民参加型の都市河川再生に向けた環境教育

住民参加型の都市河川再生に向けた環境教育アプローチ
~マレーシア・ウェイ川における WATER Project の調査事例~
*
和田彰 1), 田井さゆみ 2), 吉冨友恭 3)
1)株式会社建設技術研究所国土文化研究所,2) 東京学芸大学教育学部,3) 東京学芸大学環境教育研究センター
1. はじめに
日本における河川を対象にした環境教育の取組みは全国各地で実施され、その内容や形態も様々である。し
かし、年単位で体系化された環境教育を継続して実施し、それを地域の環境保全活動へと広く展開させていく
取組みは少なく、そうした理論や実践事例もほとんど共有されていない。
そこで本研究では、マレーシアのクラン川支川・ウェイ川における住民参加型の河川再生活動「WATER
Project(Working Actively Through Education and Rehabilitation)」を対象に、その背景や3年間に及ぶ具体的な取
組み、プロジェクトを円滑に進めるための組織体制などについて調査し、河川環境の再生・保全活動を、環境
教育をベースに実現するための手法を分析した。
2.研究方法
WATER Project を企画・運営する GAB(ギネス・アンカー・ビール)財団と GEC(Global Environment Centre)、
プロジェクトに参加する Dato Harun 中学校、また活動拠点である River Care Centre を訪問し、聞き取り調査お
よび関連情報の収集により、地域の幅広い人々の活動への参加・動員の促進、現場に根ざした効果的な環境教
育推進のための理論と方法、対象河川流域での環境保全活動への展開に着目した分析を行った。
3. 研究結果概要
3.1 Civic Science Approach の適用による住民参加促進と水質改善
WATER Project で行われた環境教育は、運営の中心的
地域住民の参加を促すための手法
役割を担った国際 NGO 組織・GEC が開発し、過去にも
Civic Science Approach
多 く の 現 場 で 検 証 さ れ て き た 「 RIVER Ranger
Programme」を軸に進められていた。この手法では、
気づき
知識
技能
行動
AWARENESS
「Civic Science Approach」と呼ばれる「AWARENESS(気
KNOWLEDGE
SKILL
ACTION
づき)」、「KNOWLEDGE (知識)」「SKILL(技能)」
「ACTION(行動)」の4過程を基本アプローチとする
各過程に適した教材の利用、プログラム実施
教具・教材・プログラムを、活動の進展とともに体系
図 1 Civic Science Approach
的に開発・活用する工夫がなされていた。
特にウェイ川流域を対象とした独自の教具・教材・プログラムの開発では「AWARENESS」
「KNOWLEDGE」
に重点が置かれ、「AWARENESS」では、もともと関心の薄かった多くの住民の活動への参加を促すことに重
点を置いた教材が、
「KNOWLEDGE」では保全活動に必要な技術の習得、具体的な行動へと参加者を導くため
の基礎的な知識や情報の提供を目的とした教材が開発され活用された。
更に、「SKILL」と「ACTION」の段階では、環境保全活動を行う上での具体的な方法の普及や実践が行わ
れ、生活雑排水の一部の処理をリサイクル事業化し、その活動を学校教育の現場との連携を図り推進する取組
みなどが見られた。こうした4過程を基本とする一連のアプローチが、WATER Project の大きな成果である住
民参加と水質改善にも繋がったことが確かめられた。
気づき(AWARENESS)
知識(KNOWLEDGE)
気づき
知識
技術
行動
AWARENESS
KNOWLEDGE
SKILL
ACTION
教材
活動
視覚的な影響を与え、
イラストや写真、動画を
多用し、楽しく学べる
教材
・参加者が楽しめるイベント
やゲームの実施により興味
を引き立たせた
・参加賞がもらえる河川の
モニタリングの発表の実施
により意識を高めた
気づき
知識
技術
行動
AWARENESS
KNOWLEDGE
SKILL
ACTION
教材
・身近な河川に関する
情報の提供を行う
・マレーシア語に翻訳
することで、言語の問
題に向き合う
図 2-1 各過程における具体的な教材・活動(「気づき」「知識」)
活動
地域住民を対象とした
知識養成セミナー、
地域住民参加型会議の
実施
技術(SKILL)
気づき
知識
技術
AWARENESS
KNOWLEDGE
SKILL
教材
行動(ACTION)
行動
ACTION
気づき
知識
AWARENESS
KNOWLEDGE
活動
リサイクルや実験の
手順が書かれている
教材
企業や地域を対象とし
たトレーニングの実施
行動
技術
SKILL
教材
ACTION
活動
・プロジェクトにおいて、活
動拠点として機能した施設
・プロジェクト終了後は、活
動 の継続、情報共有の
場、学習の場として各地へ
提供した
ワークシート形式の教材
図 2-2 各過程における具体的な教材・活動(「技術」「行動」)
3.2 ウェイ川流域での活動展開に向けた多様なセクター参画
WATER Project のウェイ川流域における広域展開に向けては、キャラバンカーを活用した出前授業の実施や、
流域内を複数のエリアに分け、各エリアに GEC が適性を判断し指名したリーダーを置くことでエリア毎の自
主性を促し、それぞれが WATER Project の中心メンバーと連携しながら、ステークホルダーとの交流を図る仕
組みが構築されていた。更に、対話の繰り返しにより中央政府、自治体、学校、企業等の協力をプロジェクト
の進展に応じて獲得することが、地域住民の活動参加への更なる動機づけとなり、結果的に 11,000 人以上の
住民が参加する成果を生んだ。
また、WATER Project で蓄積した教具・教材ツールや各種知見は、ウェイ川流域内に留まらず、インターネ
ットを通じた河川でのモニタリングデータの収集と情報共有が可能なシステムの構築、またマレーシア各州に
おける River Care Education Center の設置などにも繋がった。
関連機関
気づき
AWARENESS
知識
KNOWLEDGE
技能
SKILL
行動
ACTION
Local Community
MBPJ
下水管理
DID
河川流域
管理
JPIN
コミュニティ
のまとめ
住民参加
DOF
生物多様
性保全
LUAS
規制の実
行
DOE
モニタリン
グ
WATER Project
出前授業(Mobile River Care Unit)
地域、学校に教
材を運び、授業
を行うことで、参
加しやすい環境
を提供
主催・運営
GEC
資金供与
GAB
財団
GAB
図 3 出前授業による広域展開
図4
WATER Project の組織図
4. まとめ
「気づき」「知識」「技能」「行動」の4過程を基本アプローチとする教具・教材・プログラムを活動の進展
とともに体系的に開発・活用し、特に「気づき」「知識」の育成を重視することで、地域住民の主体的参加及
び水質改善という成果を生み出したことを確認した。また、河川における環境教育を持続発展的に推進してい
くためには、地域の主体である住民の意識、特に河川に対する所有感を高めていくことの重要性も示された。
【参考文献】
GAB Foundation,Global Environment Center(GEC),2011,
「A Handbook On River Management Through Local Community
Participation」
,p35-55
土井美枝子,2011 ,わが国の環境教育における意識と行動に関する既往研究の系譜,No.11,99-110