はじめに(pdf)

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はじめに
本書の目的は,閉リーマン面のもつ解析的,代数的,幾何学的な性質および
それらの相互関係を,多くの予備知識を仮定せずに解説することにある.より
具体的には,閉リーマン面の正則同型類がそのヤコビ多様体とテータ因子との
組によって決定されるというトレリの定理を示すことを目標とする.
解析関数または正則関数と呼ばれる関数は,集合論における写像や関数とは
異なった趣を呈する特異な存在である.関数や写像には普通は定義域と呼ばれ
る集合があって,その点を別の集合に写す規則として定義される.一方,解析
関数(すなわち,べき級数展開可能な関数)に対しては一致の定理が成り立つ
から,解析接続を通して「定義域」を拡張していくことができる.最初のべき
級数の中心を始点および終点とする曲線に沿って解析接続を続けていって元の
点に戻れば,一般には当初のべき級数とは異なる級数に姿を変え,いわゆる多
価関数が生じる.これはもはや集合論に言う写像ではない.「定義域の 1 点に
対して値域の 1 点を対応させる」という規則を守っていないからである.同時
にこのことは,複素平面(あるいはその一部)が正則関数が存在する場所とし
て必ずしも相応しいものではないことを,正則関数自らが主張しているとも考
えられる.
リ ー マ ン (Georg Friedrich Bernhard Riemann, 1826–1866) は 学 位 論 文
“Grundlagen für eine allgemeine Theorie der Functionen einer veränderlichen
complexen Grösse, Inaugural dissertation, Göttingen (1851)” において,多
価正則関数(とりわけ代数関数)が存在する領域としてリーマン面を導入し
た.それは現在の用語で表現すればリーマン球面の分岐被覆面に他ならない.
彼の理論の真価は,後に発表されたアーベル関数に関する論文において遺憾な
く発揮されるが,大きな賞賛と同時に批判にも晒されることになる.クライ
ン (Christian Felix Klein, 1849–1925) はエルランゲン・プログラムの観点から
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リーマン面と代数曲線
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リーマン面を捉え直し,単に多価関数を表現する簡便な方法としてではなく,
リーマン面そのものを微分幾何学的な対象と位置づけた.ワイエルシュトラス
(Karl Theodor Wilhelm Weierstrass, 1815–1897) からは採用した手法(ディ
リクレの原理)の不備を指摘される.批判は改善を生み,曲折を経たリーマン
の理論はより一層洗練され,確固たるものになっていった.最終的にワイル
(Claus Hugo Hermann Weyl, 1885–1955) が著書 “Die Idee der Riemannschen
Fläche. Berlin (1923)” において,リーマン面を現代風に定式化するのである.
現在では,閉リーマン面は 1 次元複素多様体であり,射影代数曲線であると
認識されている.したがって,複素多様体論や代数幾何学の一般論に基づい
て,調和積分論を始めとする 20 世紀に整備された様々な道具を駆使してリー
マン面の理論を再構築することが可能である.学部 3 年までに習う程度の解
析,幾何,代数の基礎知識をもった読者を想定しつつ,本書も基本的にはこの
線に沿って書かれている.しかし,現代の複素多様体論や代数幾何学において
最も有用と思われる層と層係数コホモロジーについては,敢えて使用を避け
た.もちろんこれらはいったん導入すれば非常に便利かつ強力な道具なのだ
が,詳述するにはそれなりの紙数が必要になるし,初学者がそれに慣れるため
には相当な時間と労力を要すると考えたからである.これを代償として支払う
ことによって,より多くの話題に触れることができたとは思うが,どちらがよ
かったかは読者の判断を待たねばならない.層係数コホモロジーを基礎にした
教科書は数多くあるので,例えば巻末の参考文献にある成書を参照されたい.
とはいえ,記号の対応を明らかにするためにも全く無視するわけにはいかない
ので,付録 D にコホモロジーを用いたリーマン・ロッホの定理の証明概略を与
えた.
リーマン面の理論において最初の,そして最も重要な到達点は有理型関数の
存在定理である.代数幾何学的に代数曲線として扱ってしまえば,最初から沢
山の有理(型)関数が与えられるので,この肝心の部分が見えなくなってしま
う.本書で結果的に,代数曲線としての記述よりも解析的な閉リーマン面とし
ての立場を優先しているのは,まさにこのためである.現在では層係数コホモ
ロジーを用いてリーマン・ロッホの定理を先に証明し,その系として有理型関
数の存在を示すやり方が一般的になっているようだが,ここではより原初的な
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アプローチをとる.
このようにして,まず非定数有理型関数の存在を示し,それを起点として
リーマン・ロッホの定理,アーベルの定理,ヤコビの逆問題を論じ,自己同型
群に関するフルヴィッツの定理や周期写像の単射性を主張するトレリの定理に
至る.また,1 変数代数関数体,閉リーマン面,非特異射影曲線の「三位一体」
も一方の主題である.閉リーマン面の複素射影空間への埋め込みについては,
カステルヌオーヴォー理論を含めて詳しく述べた.しかし,他方でリーマン面
の一意化定理,楕円積分論など触れられなかった重要事項もたくさんある.そ
れどころか,本書で扱った内容は膨大なリーマン面の理論のほんの一端に過ぎ
ない.興味ある読者諸氏は,解析関数の神秘な世界をさらに深く探求されるよ
うに!
2015 年 1 月 待兼山にて
今野 一宏
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