序文(pdf)

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本書はコンパクトなリーマン多様体上のスペクトル幾何理論の大綱を展開す
ることを目指しています.すなわち,コンパクトなリーマン多様体上の関数に
作用するラプラシアン(ラプラス作用素)の固有値と固有関数の振る舞いの詳
細を述べ,スペクトルからリーマン多様体の幾何の何が決まるかを述べます.
ラプラシアンの境界値固有値問題の歴史は古く,数理科学の根幹をなすもの
の一つであり,ヘルマン=ワイルの 1911 年の仕事以来,数多くの研究がなさ
れてきました.多くの日本人研究者の貢献がなされ,近年では,リーマン多様
体の崩壊の研究と関連して,多くの重要な研究がなされています.しかしなが
ら近年 1970 年代の重要な研究が忘れ去られつつあることを,常々残念に思っ
ていました.特に,ラプラシアンのスペクトルからリーマン多様体の閉測地線
の長さの集合が決定されること,固有値の評価,スペクトル剛性定理など,と
ても大事なのではなかろうか,という思いがありました.この度,その機会が
共立出版の編集部の方から与えられ,昔がんばってサーベイしたノートを紐解
き,改めてそれらの重要性を再確認することができたことは大変幸いなことで
した.
本書は次のような構成からなります.まず第一章は準備です.後で必要と
なるリーマン多様体の基礎事項が述べられています.第二章はリーマン多様
体の固有値のもつ基礎的かつ一般的な性質が述べられています.これは K.
Uhlenbeck の 1976 年の仕事を問題の出発点とした板東重稔氏と小生との 1983
年の仕事ですが,近年フランスの数学者らによって使われるようになり,コー
シー・リーマン幾何のコーシー・リーマン ラプラシアンでも興味ある結果が
展開されています.
第三章は S. T. Yau によるラプラシアンの最小正固有値の下からの評価を扱
います.これは 1975 年の彼の仕事に基づくものです.Yau の評価の利点は,
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その評価がリーマン多様体の曲率など幾何的な諸量で下から評価されることに
あり,これは大きな利点です.
第四章はラプラシアンの第 k 固有値に関する上からの評価と固有関数の節
領域の個数に対する節領域定理に関する S.Y. Cheng の仕事を扱います.さら
にリヒネロヴィッツ・小畠守生の古典的な定理も述べました.リヒネロヴィッ
ツ・小畠守生の定理はコンパクトリーマン多様体の最小正固有値の最良の評価
を与える定理であり,近年,微分幾何学の様々なところで使われる重要な定理
です.
第五章では Q.M. Cheng の最近の仕事,任意のリーマン多様体内の有界領域
上のディリクレ固有値問題の固有値のペイン・ポリア・ワインバーガー型不等
式を述べます.
第六章は Colin de Verdiere による大きな仕事を扱います.彼はコンパクト
なリーマン多様体のラプラシアンのスペクトルから閉測地線の長さの集合が決
定されるという画期的な仕事をしました.本章では彼の仕事の詳細を紹介しま
す.この仕事は極めて重要であり現在でもその輝きを失っていません.この結
果は第七章において重要な役割を演じます.本書執筆当初,小生には一カ所
不明な点があり,ずっと,その個所の証明を埋めることができないでいまし
た.しかしながら勝田篤氏は原稿を詳細にお読み頂いて,このギャップを埋め
る 5 頁にのぼる詳細な証明を与えて下さいました.なお波動方程式を使った J.
Chazarain の方法もありますが,本書では残念ながら紹介できませんでした.
第七章は本書のハイライトで,1980 年の V. Guillemin と D. Kazhdan らの
仕事を紹介します.彼らの仕事は 35 年を経た今もなお,その輝きを失うどこ
ろか,益々その輝きを放っています.実際,コンパクトな負曲率多様体は数学
のあらゆる分野に登場し,さまざまな剛性をもつことが知られています.本章
もその一つで,シンプレクティック幾何,アノソフ流,測地流の話など総動員
して負曲率多様体のスペクトル剛性定理の証明が行われ,極めて重要です.
本書は第一章と第五章を除いて,大部分を 1981 年 2 月に落合卓四郎氏が
主催して行われた研究会「Surveys in Geometry」での講演資料 “Surveys in
Geometry 1980–81”, “Geometry of the Laplace Operator”(小竹 武,前田 吉
昭,小沢 真,浦川 肇)の中で,浦川が分担した資料に基づいています.この
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ときの,落合卓四郎氏のご指導がなければ,本書はあり得ませんでした.更に
またこの講演資料の使用を快く許可して下さいました.これら数々のご指導に
心から感謝申し上げます.第五章は Q.M. Cheng 氏の仕事に基づいています.
ご自身のお仕事の結果をこの本に使用することを快諾頂いた Q.M. Cheng 氏に
感謝申し上げます.最後に,本書の原稿を丁寧にお読み頂いて数々のミスをご
指摘頂き,第六章での証明のギャップを埋めて頂いた勝田 篤氏に感謝申し上
げます.
仙台にて
2015 年早春 浦川 肇
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