SF― /Ad BP による新たな転写調節メカニズム

REVIEW
SF― /Ad BP による新たな転写調節メカニズム
水谷 哲也,河邊 真也,石兼
真,宮本
薫
福井大学医学部生命情報医科学講座分子生体情報学領域
(ALAS )
[
はじめに
[
]および ferredoxin reductase(FDXR)
]が含まれていた.
転写因子 Steroidogenic Factor /Ad binding protein
(SF― /Ad BP)は,性腺や副腎の発育・分化に必須で
あり,ステロイドホルモン代謝を含むさまざまな機能に
.そのため
重要であることが明らかになっている[ ― ]
.GSTA ファミリー
GSTA を含む GSTA ファミリー(A ―A )は約
kb
にわたりクラスターを形成している.間葉系幹細胞およ
SF― /Ad BP による転写調節メカニズムやその標的遺伝
び副腎由来 H
子を明らかにすることは,性腺や副腎の機能を解明する
現を検討したところ,GSTA ファミリーすべての発現は
うえで極めて重要だと考えられる.一方,私どもは間葉
SF― /Ad BP 依存的であった.また ChIP-on-Chip 法 の
系幹細胞に SF― /Ad BP を導入することでステロイド
解析より,GSTA ,A の転写開始点近傍に SF― /Ad BP
R 細胞を用いて GSTA ファミリーの発
ホルモン産生細胞への分化誘導系を確立している[ ,]
.
の結合が認められなかったことから,これらの遺伝子発
この分化誘導系を用いて,①網羅的な SF― /Ad BP 標
現は SF― /Ad BP 依存的な高次クロマチン構造変化を
的遺伝子の同定と,②核内 SF― /Ad BP 複合体構成タ
介していることが示された.この仮説を証明するために
ンパク質の同定を行い,包括的に SF― /Ad BP の機能
Chromosome Conformation Capture assay を行ったと
解析を行った.本稿ではこれらの解析から得られた最近
ころ,SF― /Ad BP 依存的に GSTA 上流の SF― /Ad BP
のデータを中心に概説する.
結合領域が GSTA プロモーターに近接していることが
明らかとなった(図
網羅的な SF― /Ad BP 標的遺伝子の同定
)
.また SF― 転写活性化領域を VP
のそれに置き換えたキメラタンパク質(SF― /VP )
を幹細胞に導入したところ,転写開始点近傍に SF― /Ad
上述のように SF― /Ad BP は性腺や副腎の発生・分
BP が結合する GSTA ,A の転写は促進されたが,SF
化およびステロイドホルモン産生を制御するマスター因
― /Ad BP 依存的な高次クロマチン構造変化が必要だと
子である.そのため,その標的遺伝子は副腎・性腺の形
考えられる GSTA ,A の転写は促進されなかった.さ
成やステロイドホルモン産生疾患の原因遺伝子として同
らにドメインマッピングの結果,Hinge 領域がクロマチ
定されているものが多い.一方,未だ原因遺伝子が特定
ン構造変化に重要であることが示された.これらのこと
されない副腎低形成,性分化異常およびステロイドホル
から,SF― /Ad BP の Hinge 領域を介した特異的なク
モン産生疾患も多く残されている.これらの原因遺伝子
ロマチン構造変化が GSTA ファミリーの発現に重要で
として新たな SF― /Ad BP 標的遺伝子の存在も考えら
あることが示された[
れる.
そこで私どもは DNA microarray と Promoter tiling
]
.
一方,GST は一般的に解毒作用を持つタンパク質と
array を併用したゲノムワイドな解析より,新たな SF―
して知られているが,GSTA ファミリーにはイソメラー
/Ad BP 標的遺伝子の同定を試みた.その結果,今まで
ゼ活性を有することがリコンビナントタンパク質の解析
SF― /Ad BP の標的遺伝子とは考えられていなかった
より明らかになっている[
]
.しかし細胞内における
遺伝子を同定した[
]
.その中には,glutathione S-trans-
ステロイドホルモン産生の役割は明らかになっていな
ferase(GST)A [
]
, ―aminolevulinic acid synthase
い.そこで GSTA ファミリーのアデノウィルス発現系
を構築し,その役割を検討した.卵巣顆粒膜細胞由来
連絡先:水谷哲也,福井大学医学部生命情報医科学講座分子
生体情報学領域
〒 ―
福井県吉田郡永平寺町松岡下合月 ―
TEL :
― ―
FAX:
― ―
E-mail:[email protected]
KGN 細胞を用いて,それぞれの GSTA ファミリーまた
は β Hydroxy Steroid Dehydrogenase( β―HSD)の過
剰発現によるアンドロステンジオンおよびプロゲステロ
ン産生における役割を検討した.その結果,GSTA ファ
日本生殖内分泌学会雑誌(2015)20 : 25-28
25
水谷
哲也
他
A
は同様な DNA 配列に結合し転写を調節する[ , ]
.
Relative interaction
frequency
hGSTA2 hGSTA1
hGSTA3
ICK
LRH― の卵巣特異的コンディショナルノックアウトマウ
スでは,排卵障害により不妊になることから,卵巣にお
いても重要な転写因子であることが示されている[ ]
.
2
*
1.5
一方,LRH― は肝臓でも発現し,胆汁酸合成因子などの
*
転写に重要なことが明らかになっている[ , ]
.LRH
1
― と ALAS が発現している肝臓由来 HepG 細胞と KGN
*
細胞を用いて,ALAS の発現に対する LRH― の影響を
0.5
検討したところ,KGN 細胞では− .kb 領域に LRH―
0
0
40
80
120
160
200
Distance from hGSTA1 TSS (kb)
UE7T-13-LacZ
図
hGSTA4
UE7T-13-SF-1
GSTA ファミリークラスター領域における SF― 依存的なクロマ
チン構造変化
GSTA プロモーター領域と SF― 結合領域が 次元的に近接して
いるかを明らかにするために,Chromosomal Conformation Capture 法を用いて検討した.その結果,アデノウィルスを用いて SF
― を導入した間葉系幹細胞
(UE T― )
では,GSTA プロモーター
領域が GSTA プロモーター領域に近接し転写制御していること
が示された.
のリクルートが認められたが,HepG 細胞では− .kb
領域へのリクルートは認められなかった.さらに LRH―
の過剰発現において,KGN 細胞では ALAS の発現誘
導が認められたが,HepG 細胞ではその影響は認めら
れなかった.これらのことから,LRH― による ALAS
の発現誘導には組織特異性が示された[
]
.
また,私どもは転写共役因子 Peroxisome Proliferator
-Activated Receptor-γ Coactivator― α(PGC― α)が卵巣
において NR A ファミリーと相互作用して転写活性を
増強することを明らかにしている[ ]
.ALAS におい
ミリーの中で GSTA ― と A ― には β―HSD と同様, ―
ても同様,PGC― αが NR A ファミリーを介して顕著に
ケト―Δ ―ステロイドから ―ケト―Δ ―ステロイドへのイソ
発現誘導させることを明らかにした.一方,肝臓では卵
メラーゼ活性を有していることが明らかとなった.これ
巣の場合とは異なり,そのプロモーター付近に結合した
らのことから,GSTA ― と A ― が新たなステロイドホ
forkhead box protein O と nuclear respiratory factor―
ルモン代謝酵素のメンバーであることが示された[
が PGC― αと相互作用することで転写が促進されると
]
.
報告されている[ ]
.このことから,肝臓と性腺・副
.ALAS
腎(特に卵巣)では PGC― αが ALAS の転写を調節す
ALAS は,ヘム生合成の律速酵素でユビキタスに発現
る共通の因子だが,その調節メカニズムには組織特異性
が認められる[ ]
.しかしその発現は肝臓,副腎およ
が存在すると推察された[
]
.
び性腺で高い.多くのステロイドホルモン代謝酵素がシ
トクロム P
.FDXR
ファミリーに属し活性部位にヘムをもつ
FDXR は ミ ト コ ン ド リ ア 内 で FDX と 協 調 し て,
ことから,高発現の ALAS がステロイドホルモン産生
に寄与していると考えられた.そこでステロイドホルモ
NADPH から P
ン産生細胞における ALAS の転写調節メカニズムにつ
これらは P
いて解析したところ,ALAS 転写開始点上流約 .kb
(−
ド代謝酵素の活性に必須である.FDXR および FDX の
.kb 領域)に SF― /Ad BP 結合領域が存在し,この領
SF― /Ad BP による転写調節メカニズムについて検討し
域を介して ALAS の転写が促進されることが明らかと
なった.また,副腎由来(H
R および Y 細胞)および
酵素へ電子を伝達する.そのため,
scc,P
aldo,P
たところ,FDXR はイントロン
BP 結合領域を介して[
βなどのステロイ
に存在する SF― /Ad
]
,FDX は転写開始点上流
ベースに SF― /Ad BP と cAMP responsive element
卵巣由来の細胞(KGN 細胞)を用いて ALAS の発現を検
―
討すると,SF― /Ad BP の過剰発現により ALAS の発現
binding protein が結合し,これらが協調して転写調節し
が誘導され,そのノックダウンにより ALAS の発現は
ていることを明らかにした[ ]
.一方,ミクロソーム
抑制された.以上より,ユビキタスに発現している ALAS
の電子伝達を行う P
は,ステロイドホルモン産生細胞では SF― /Ad BP に
よって正に転写制御されていることが示された[
]
.
シトクロムオキシドレダクター
ゼ(POR)においても SF― /Ad BP によって発現誘導
されることを明らかにしている[ ]
.さらにヒト POR
(LRH― )は SF― /Ad BP
遺伝子変異において,ステロイドホルモン産生障害を呈
と共に NR A ファミリーに属する転写因子で,これら
することが明らかになっており,その重要性が示されて
Liver Receptor Homolog
26
日本生殖内分泌学会雑誌
Vol.20 2015
SF― /Ad BP による新たな転写調節メカニズム
C/EBP
SF-1 SF-1
SF-1
STAR gene
SF-1
SF-1
-3.0k
C/EBP
C/EBP
CYP11A1 gene
SF-1
AP1 AP1
C/EBP
-2.0k
HSD3B2 gene
SF-1
C/EBP
-1.6k
C/EBP
SF-1
SF-1
C/EBP
SF-1
C/EBP
-4.0k
図
SF― と C/EBP ファミリーによるプロゲステロン産生関連因子の遺伝子発現調節
ヒト
,
および
遺伝子上流域における SF― と C/EBP ファミリー結合領域を示
す.これらの遺伝子上流域には,SF― と C/EBP ファミリーの結合領域が近接して存在する.これらの
中で,
遺伝子上流− .kb 付近では,C/EBP ファミリーは DNA へ結合せず SF― や AP と protein-protein interaction を介して転写制御に関与する.
いる[ , ]
.このようにミクロソームおよびミトコ
ン産生に必須な因子である STAR ,CYP
ンドリア内における P
HSD B のすべてまたはその一部の遺伝子発現に影響
酵素への電子伝達系において
も,SF― /Ad BP によって調節されていると推察された.
A および
を及ぼしていると推察された.そこでこれらの遺伝子発
現に対する影響を検討したところ,すべての遺伝子が C
核内 SF― /Ad BP 複合体構成タンパク質の同定
/EBPβによって転写制御されていることが示された.
さらにこれらの遺伝子上流域に は SF― /Ad BP と C/
転写因子が標的遺伝子の転写を調節する際,さまざま
EBPβの結合領域が近接して存在し,SF― /Ad BP と C
なタンパク質とともに複合体を形成することで作用を発
/EBPβが協調することで転写調節していることが明ら
)
.以上より,C/EBPβ
(および C/EBPα)
揮する.そのため,転写因子複合体を構成するタンパク
かとなった(図
質を同定することは,その機能を理解するうえで重要で
は SF― /Ad BP(および LRH― )とともに転写レベル
あ る.
そこでアフィニティークロマトグラフィーと
でプロゲステロン産生を調節する重要な転写因子である
MALDI-TOF MS/MS 解析より SF― 複合体構成因子の同
ことが示された.
定を試みたところ, の SF― 複合体構成因子を同定し
た[ ]
.その中には,転写関連因子以外にも DNA 修
おわりに
復因子や RNA 結合タンパク質なども含まれていた.私
どもはこれらのタンパク質の中から転写因子 CCAAT/
SF― /Ad BP は,ステロイド代謝酵素の転写調節因子
enhancer binding protein(C/EBPβ)に着目した.C/
として発見されたが,多くの研究によりその機能は多岐
EBPβ(および C/EBPα)は,Preovulatory Follicle で LH
にわたることが明らかになっている.本稿でも示すよう
サージによって誘導される転写因子で,これらの遺伝子
に,ステロイドホルモン産生を間接的に支える因子も SF
改変マウスの解析より排卵および黄体形成に必須である
― /Ad BP(および LRH― )により転写制御を受け,効
.しかしながら,そ
ことが明らかになっている[ ― ]
率的にステロイドホルモン産生を調節している.またス
の分子機構はほとんど明らかになっていない.そこで C
テロイドホルモン産生のみならず,SF― /Ad BP 発現細
/EBPβの機能解析として,プロゲステロン産生に対す
胞の維持や分化に重要であることが示唆されている.今
る影響を検討した.KGN 細胞を用いて C/EBPβノック
後,さらなる SF― /Ad BP の解析より,予想外の機能
ダウンによるステロイドホルモン産生に対する影響を検
や重要性が明らかになっていくと考えられる.
討したところ,cAMP 刺激時のプロゲステロン産生が顕
著に減少した.このことから C/EBPβがプロゲステロ
REVIEW
27
水谷
哲也
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