1.深部静脈血栓症に対するカテーテル治療

2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:川上 剛
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静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅰ
1.深部静脈血栓症に対するカテーテル治療
東京労災病院 放射線科
川上 剛
背景
深部静脈血栓症(Deep Venous Thrombosis;DVT)
は生活習慣の欧米化にともない,本邦でも増加傾向に
ある。また,近年になり社会的認識が高まり,発見さ
れる機会が増加している。致死的な病態を引き起こす
肺血栓塞栓症(Pulmonar y Thromboembolism;PE)
の
原因のほとんどは DVT とされており,近年では DVT
と PE を一連の病態ととらえ静脈血栓塞栓症(Venous
Thromboembolism;VTE)
と呼ばれている。
静脈血栓症のリスク因子として,Virchow の 3 徴が
1)
挙げられる 。これにはエコノミークラス症候群,長
期臥床,麻痺などによる血流の欝滞と肉離れ,手術,
カテーテル留置による血管壁の損傷および先天性アン
チトロンビンⅢ欠損症,悪性腫瘍,周産期,ホルモン
治療,経口避妊薬などによる凝固能の亢進であり,入
院,手術により集中的に発生する。このため,特に入
院中には VTE に対する厳重な管理および早期発見が
重要となる。本稿では DVT の診断から治療について
述べる。
DVT の分類
DVT は,大きく中枢型と末梢型に分けることがで
きる。中枢型は腸骨大腿静脈に血栓を生じる病態であ
り,原因として腸骨静脈圧迫症候群(May-Thur ner
syndrome)や骨盤内腫瘍,カテーテル留置が挙げられ
る。末梢型は,ひらめ静脈をはじめとする下腿静脈の
血栓であり,血流の欝滞が原因である。末梢型は遊離
塞栓子となり PE を起こす危険性が高いが,中枢型で
も腫瘍切除後やカテーテル抜去後に重篤な PE を合併
する可能性がある。
DVT の診断
下肢の強い腫脹や疼痛,変色などの症状を認め,中
枢型の DVT が疑われた場合,当院では D-dimer の測
定に続き造影 CT を行う。肘静脈より造影剤をボーラ
ス注入して肺動脈血栓の評価を行い,3 分後に下肢静
脈血栓の検索を行う。CT では,急性期と慢性期の鑑
別および他疾患との鑑別もある程度可能である。急性
期は静脈内腔が単純 CT にて high density であり,造影
後に内腔が造影されず,静脈壁にも造影効果を認めな
。また,炎症に伴う周囲脂肪織の濃度上昇を
い(図 1a)
80(226)
認めることが多い。亜急性期には,単純 CT にて内腔が
low density となり,静脈壁に強い造影効果を伴うよう
になる(図 1b)
。慢性期には静脈は虚脱し,側副血行路
の発達を認める
(図 1c)
。また,DVT では患肢全体が皮
下,筋肉ともに腫脹するのに対し(図 2a)
,リンパ浮腫
では皮下中心の腫脹,皮膚の肥厚が主体であり
(図2b)
,
蜂巣織炎は病変が限局性で膿瘍などを伴うことが鑑別
点となる(図 2c)
。腎機能低下例では超音波検査や 2DTOF 法を用いた MR Venography を行うこともある。
DVT に対する保存的治療
現在,多くの施設では安静保持および急性期のヘパ
リン静脈内投与,慢性期にかけてのワルファリンの経
口投与に理学的治療を加えた,保存的治療が選択され
ている。側副血行路発達による症状改善を期待する方
法であるが,静脈弁の破壊から DVT の再発,慢性 PE
の合併や皮膚潰瘍,静脈性跛行などの血栓塞栓後症候
2)
群を起こす危険性が高い 。
DVT に対するカテーテル治療の実際
1.適応と禁忌
当院ではカテーテル治療の適応を発症 1 ヵ月以内の
中枢型 DVT で,ADL が保たれている症例としている。
亜急性期例や高齢者,血管炎の合併や脳梗塞,消化管
潰瘍の既往がある場合には,担当医や家族などとも相
談のうえ,方針を決める。
禁忌としては慢性期であることや,活動性の出血が
認められる場合が挙げられる。
2.インフォームドコンセント
カテーテル治療の適応と判断された場合,当院では
放射線科医師および看護師によるインフォームドコン
セントを患者および家族に対して行う。無治療や全身
抗凝固療法を選択した場合の肺動脈血栓症の危険性や
血栓塞栓後症候群についてはもちろん,フィルター,
ステント留置に伴う合併症(破損,脱落,血管損傷な
ど),血栓溶解術に伴う脳出血,消化管出血の危険性
や,術後再閉塞の可能性について説明を行う。また,
カテーテル治療が連日に及ぶことについても説明し,
同意書をいただく。
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技術教育セミナー / 静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅰ
a b c
図1
a : 左総大腿静脈は腫脹し,造影されない。
b : 左浅,深大腿静脈内腔は造影されず,壁が肥厚し強く造影される。
c : 右浅大腿静脈は同定困難となっており,側副血行路が発達している。
図2
a : 左浅大腿静脈に血栓を認め,大腿部は皮下,筋
肉ともに腫脹している。
b : 左大腿部に腫脹を認め,皮膚の density が上昇し
ている。
c : 左下腿に腫脹を認め,筋膜に接して液体貯留を
伴っている。
3.下大静脈フィルター留置
中枢型の DVT の場合,溶解術およびステント留置に
よる再開通に伴い,大量の血栓が遊離し重篤なPE を合
併する危険性が高い。このため,当院では DVT の治療
に先行し,全例で一時留置型のギュンターチューリッ
プフィルターを留置している。これは治療中にカテー
テルフリーとなること,術後の治療経過によって回収
および永久留置が選択できる点が本治療における利点
となるためである。右内頸静脈アプローチでシースを
挿入するが,全例超音波で静脈の走行を確認している。
これは盲目的な手技で穿刺針が頸動脈に当たると,以
後の溶解術中に血腫を生じ,治療の中断を余儀なくさ
(227)81
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れてしまう恐れがあるためである。まず,ヘッドハン
ターカテーテルを用いて両側腎静脈の位置および下大
静脈の走行,径,血栓の有無を確認する。フィルター
は腎静脈下留置を基本とし,下大静脈内にも血栓が連
続している場合には血栓の頭側に留置する。8Fr,10Fr
のダイレーターを用いた後,フィルター挿入用シース
を挿入する。このとき,解剖学的にシース先端が右の
gonadal vein に進んでしまう傾向があるため,ガイド
ワイヤーはなるべく健側の腸骨静脈まで進めておく。
留置部にフィルターをあわせ,外套を引いて開脚する。
フックが静脈壁に圧着すると回収不能となることがあ
るため,留置には細心の注意を要する(図 3)
。フィル
ター挿入後は 9Fr ショートシースに入れ替え,ガーゼ
で圧迫して固定する。
深部静脈血栓に対するカテーテル治療
1.アプローチルートの決定
病変が腸骨静脈に限局している場合には,右内頸静
脈より 9Fr 55 ㎝の Brite Tip sheath を挿入し,先端を
フィルター尾側まで進めて逆行性に治療を行うことも
あるが,大腿静脈まで血栓が連続している場合には患
側の膝窩静脈アプローチを基本としている。これは順
行性にカテーテルを挿入することで静脈弁の損傷を回
避できるためである。
2.膝窩静脈穿刺
患者を腹臥位とし,超音波で患側膝窩静脈を確認す
る。膝窩部では静脈の深部に動脈が走行しているため,
穿刺点および角度を慎重に決定する。7.5M㎐リニア型
プローベを用いて,19 G エラスタ針で超音波ガイド下
に膝窩静脈を順行性に穿刺する(図 4a)
。このとき,針
の先端を常に確認し,動脈を絶対に穿刺しないことが
重要である。静脈炎合併時には壁がかなり硬いため,
穿刺針内套が確実に内腔へ到達していることを確認す
る。血栓閉塞時には血液の逆流がないため,超音波に
図3
腎静脈合流部尾側の下大静脈にフィ
ルターが留置されている。
てガイドワイヤーが内腔にあることを確認した後に
6-7Fr ショートシースを挿入する
(図 4b)
。
3.カテーテル挿入
まず腸骨大腿静脈を造影して解剖学的走行を把握し,
血栓量および側副血行路の状態をチェックする(図 5)
。
4Fr ヘッドハンターカテーテル併用で,先端を loop 状
にした 0.035 inch radifocus guidewire を順行性にすすめ
る。殆どの急性閉塞の場合,大きな抵抗はないが,静脈
弁の損傷に注意する。また,腸骨静脈にはMay-Thurner
syndrome が存在することが多く,抵抗を感じたら無
理をしない
(図 6)
。
4.血栓吸引術
6Fr ガイディングシース(ENBOY Multipurpose C;
Cordis 社)を用い,30 ㎖のロック付きシリンジで用手
的に陰圧を加えながら回転させる。血栓捕獲後は,陰
圧をかけたままカテーテルを引き出す。このとき,脱
血量をチェックしておく。適宜造影しながら,数回位
a
b
図4
a : エラスタ針先端が膝窩静脈内腔で高輝度に描出されている。
b : ガイドワイヤーが膝窩静脈内腔を進んでいる。
82(228)
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置を変えて繰り返す。血栓の絶対量を減らし,順行性
の血流を再開させることにより,ウロキナーゼ使用量
を減らすことができる
(図 7)
。
ら同時にウロキナーゼを注入するスプリット方式を用
い,5,000 ∼ 20,000 単位 / 時間を持続し,APTT(活性
化部分トロンボプラスチン時間)が正常値の 1.5 ∼ 2.5
倍となるように調節する。また,同時に末梢ルートか
らヘパリンを 500 ∼ 2,000 単位 / 時間で投与する。この
とき,投与量および投与ルートの誤りが生じないよう,
放射線科医の立会いのもとに接続する。
5.血栓溶解術
ある程度の血栓を吸引し,本幹が描出される様に
なったら,Fountain infusion catheter(販売:シーマン
社)を挿入する。このカテーテルは多孔式となってお
り,薬剤を血栓に直接噴射することで効果的に残存血
栓を溶解する。カテーテル長は 90 ㎝,135 ㎝,infusion
長は 5 ㎝,10 ㎝,20 ㎝,30 ㎝であり,病変長に応じて
選択する。ウロキナーゼ 24 万単位を生食 240 ㎖に溶解
し,約40∼60分でパルス注入する。必要に応じてカテー
テルを移動させる。
7.Balloon PTA およびステント留置術
中枢型の静脈血栓症の原因として最も多いのが,左
総腸骨静脈が右総腸骨動脈と椎体の間で挟まれるMayThurner syndrome である
(図 8a)
。動脈の拍動による
6.持続血栓溶解術
ウロキナーゼのパルス注入にて本幹の血流が再開し
たら,シースおよびカテーテルを固定し,病棟にて血
栓溶解術を持続する。留置カテーテルおよびシースか
図6
図5
先端を loop 状にしたガイドワイヤーを
順行性に進めている。椎体前面にて抵抗
があり,同部でワイヤーを固定している。
左腸骨静脈は血栓閉塞しており,内腸骨静脈の
側副血行路を介して右腸骨静脈に環流している。
a
図7
大量の新鮮血栓が回収されている。
b
図8
a : カテーテルは下大静脈に通過しているが,左腸骨静
脈に造影剤が停滞している。
b : ステント留置後,狭窄は解除され,下大静脈への血
流が良好となっている。
(229)83
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静脈内皮刺激で spur が形成される病態であり,balloon
PTA 単独では再狭窄を起こす可能性が高く,ステント
3)
留置が必要となる 。当院では 8 ∼ 10 ㎜径の Wallstent
RP(Boston 社)を用いている。ステント遠位端を下大
静脈右側壁から 1 ㎝の部分にあわせて留置した後,ス
テント内に balloon 拡張を追加する
(図 8b)
。造影で造
影剤の停滞が消失したらカテーテル治療を終了とし,
ウロキナーゼおよびヘパリンを中断した後にシースを
抜去する。
8.全身抗凝固療法への移行
カテーテル治療終了翌日よりワーファリンの内服を
開始し,PT-INR 2.0 ∼ 3.0 となるように調節する。ワー
ファリンはビタミン K 依存性凝固因子の蛋白合成を阻
害するが,内服後も 3 ∼ 5 日は血液中に凝固因子が残
存しているため,ヘパリンの静注を 500 ∼ 1,500 単位 /
時間で併用する。下大静脈フィルターを回収した場合
も 3 ∼ 6 ヵ月はワーファリン内服を継続する。
9.下大静脈フィルター回収
フィルター挿入約 14 日後に CT にて残存血栓の評価
を行う。Decousus らは,下大静脈フィルターは短期
的な PE 予防には有用であるが,長期の留置ではかえっ
4)
て DVT の発生率が高くなるとしており ,当院では高
齢者や心肺予備能低下例を除いて,基本的に回収を
行っている
(図 9)
。大腿,膝窩静脈に大量の血栓が残存
している場合には,フィルターを移動させて治療を継
続する。フィルター内に大量の捕獲血栓を認めた場合
にはフィルター内に血栓溶解を行うか,Double filter
technique を用いて回収を行う
(図 10)
。
10.クリニカルパスの使用
DVT に対するカテーテル治療は 4 ∼ 7 日間連続で行
われ,プロトコールも毎日変更となる。このため,当
院では治療開始前から終了後までに対応した専用のク
リニカルパスを用いている。これによりヘパリン,ウ
ロキナーゼの注入量および注入ルートの誤認防止,採
血データのチェックおよび夜間,休日に発生した合併
症への迅速な対応が可能となる。
まとめ
本邦では欧米に対し VTE に対する対応が遅れてい
たが,静脈血栓塞栓症予防ガイドライン委員会によっ
5)
て,2004 年 6 月にガイドラインが完成した 。リスクレ
ベルを細分化し,付加的危険因子を加味したものであ
り,リスクレベルに応じた推奨予防法を示している。
また,病院単位でも委員会の設立および管理表の作成
が行われ,認識が高まっている。しかし,VTE の発生
を完全に防ぐことは不可能であり,早期発見および正
確な病態の把握が重要である。カテーテル治療が選択
された場合には,十分なインフォームドコンセントか
84(230)
図9
フィルター回収用シー
ス先端より,スネアを
用いてフィルターのフッ
クを把持している。
図10
腎静脈上にフィルター
を留置した後に,尾側
のフィルターを回収し
ている。
ら確実な穿刺と慎重なカテーテル操作,クリニカルパ
スによる医療過誤防止と合併症への迅速な対応,およ
びカテーテル治療後の外来管理までを習熟したスタッ
フで行うことが患者の予後を大きく改善させる。本稿
がその一助になれば幸いである。
【文献】
1)V irchow R : Gesammelte Abhandlungen zur
Wissenschaftlichen Medizin. Meidinger Sohn,
Frankfurt, 1856.
2)Kahn SR, Ginsberg JS : Relationship between
deep venous thrombosis and the postthrombotic
syndrome. Arch Intern Med 164 : 17 - 26, 2004.
3)O’
Sullivan DJ, Semba CP, Bittner CA : Endovascular
management of iliac vein compression (MayThurner) syndrome. JVIR 11 : 823 - 836, 2000.
4)Decousus H, Leizorovicz A, Parent F, et al : A
clinical trial of vena cava filters with prevention of
pulmonary embolism in patients with proximal deep
vein thrombosis. N Engl J Med 338 : 409 - 415, 1998.
5)肺血栓塞栓症 / 深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)
予防ガイドライン作成委員会:肺血栓塞栓症 / 深
部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン.
メディカルフロントインターナショナルリミテッ
ド,東京,2004.
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:黒木一典
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静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅰ
2.急性肺血栓塞栓症の IVR
川崎市立多摩病院 放射線科
黒木一典
はじめに
広い意味で急性肺血栓塞栓症のInterventional Radiology(以下 IVR)治療は,肺動脈内の塊状血栓に対する
直接的な治療と,深部静脈血栓症に対する下大静脈
フィルター留置とに分けられる。
本稿では,主に前者に関し,より実際的,技術的な
側面を中心に解説する。
概念
急性肺血栓塞栓症は,右心不全から突然死するなど,
不幸な転帰にいたることも少なくない。
本疾患は「疑うことから始まる」と言ってよい。所
謂,エコノミー症候群の場合や,特に院内発症はその
発症に特徴がある。術後離床時,リハビリ開始時など
に胸痛,失神などが生じたら本疾患を疑うべきである。
そして,疑ったら,特に禁忌がなければ,その後どの
ような治療法が選択されようとも,ヘパリン 5,000 単
位を急速静注することから治療が始まる。
内科的には抗凝固療法とウロキナーゼ(以下 UK)や
t-PA による全身線溶療法が治療の中心となるが,他の
領域と比べ,血栓量が大量であることが多く,単純に
薬剤を投与しただけでは十分な効果は期待できない。
また術直後や活動性出血など血栓溶解療法に制限のあ
る状況で,短時間に大量の血栓の処理をしなければな
らないことも多い。
そこで近年,さまざまな道具を用いた IVRによる治療
が盛んに行われるようになってきた。IVR による治療
も,血栓溶解療法,破砕療法,吸引療法,破砕・吸引
療法とさまざまであるが,最近では単独で行われること
は少なく,これらを適宜組み合わせて行う治療法,所謂
1)
ハイブリッド治療が現在では主流となってきている 。
適応
直接的な IVR による治療の適応としては,①肺動脈
内の(特に主肺動脈)広範囲血栓による 2 本以上の肺葉
動脈の閉塞,②血圧低下,ショック
(ショックインデック
ス 1 以上)状態など,血行動態不安定,③全身的血栓溶
解療法不成功,禁忌,④人工心肺禁忌,施行不能など
があげられる。言うまでも無いことであるが,カテーテ
ル治療手技の経験を積んだチームの存在が前提である。
文献的には,Angiography severity index 9 以上,
Miller score 20 以上なども適応に加えられているが,
2,3)
緊急の場では評価がやや煩雑な感がある 。
手技の実際
1.アプローチ部位の決定。大腿静脈,内頸静脈どち
ら か ら も 可 能 で あ る が, 深 部 静 脈 に free floating
thrombus が確認されるような場合や,再発が致死
的と考えられる場合,あらかじめ filter を留置した
上で,内頸静脈からアプローチするのが順当と考え
る。また,すでにさまざまなカテーテルの類が挿入
されている場合も多いので,気をつける必要がある。
2.8Fr. のロングシースを肺動脈まで導入する。筆者ら
は柔軟性に富み,先端マーカーがあることよりブラ
イトチップシース(Cordis)
(図 1)を好んで用いる。特
に内頸静脈からのアプローチの場合,その高い柔軟
性が有用である。
3.まず肺動脈圧を測定し,肺高血圧の評価をする。次
に肺動脈造影を行い,血栓塞栓の量,分布を把握す
る。
4.通常我々は次に血栓破砕を行う。血栓のfragmentation
を期待し,その後行う血栓溶解療法での薬液と接す
る面積の増加を図ることも目的のひとつである。中
枢部の閉塞性血栓が末梢へ移動すれば閉塞領域は減
じる。末梢の血管床は広く,中枢の約 2 倍で自己線
溶能が高い。具体的には,肺動脈造影用のピッグ
テールカテーテル(5Fr.,6Fr.)に対し図 2 のようにガ
イドワイヤーを通し,塊状血栓まで持っていく。ガ
イドワイヤーを軸にカテーテルを回転させ,血栓の
fragmentation を図る。
5.その後,血栓溶解療法を行う。通常パルススプレー
法で行い,化学的な溶解と物理的破砕を期待する。
カテーテルは Fauntain(merit medical)を用いること
が多い(図 3)
。使用法としては,カテーテルをできる
だけ血栓の中に埋没させる。このカテーテルは十分,
肺葉,区域レベルまで挿入可能である。ウロキナー
ゼ(UK)12 ∼ 24 万単位をヘパリン 1,000 単位と生理
食塩水で合計 20 ㎖になるように溶解する。そのシ
リンジを Fountain のシステムに装着し,1 回噴出量
0.3 ∼ 0.7 ㎖を 30 ∼ 60 秒毎に圧入する。UK 量は最大
96 万単位までとするが,できれば 72 万単位以内にお
さえたい。我々は t-PA の使用経験はないが,t-PA の
4)
場合,640 万単位 /64 分を基準とする報告がある 。
(231)85
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図1
ブライトチップシース;先端マーカーで視認性が
良好。強い屈曲にも対応できる。
図2
血栓破砕用ピッグテールカテーテル;ガイドワイ
ヤーを軸に回転させる。
図3
血栓溶解用カテーテル(Fountain)
;シリ
ンジ内の血栓溶解薬を多方向へ圧入する。
当然,血栓溶解療法には禁忌症例があり,10日以内
の大手術,活動性出血,2 ヵ月以内の開頭術,脳出
血,コントロールされていない血液疾患,重症肝不
全,腎不全などである。
6.
最後に,血栓吸引療法を行う。以前は,hydrodynamic
な mechanism を用いた,特殊な血栓吸引カテーテル
(Oasis,Hydrolyser など)を用いたこともあったが,
元来これらのカテーテルは径が 3 ∼ 6 ㎜の末梢血管
用であり,肺動脈での使用でも比較的良好な成績の
5)
報告もあるが ,われわれの経験では同じ経路ばか
りの吸引を繰り返すことが多く,肺動脈のような比
較的太い血管には向いていないと考え,現在では通
常用いていない。現在では単純なカテーテルからの
陰圧をかけた直接的な吸引を行っている。血栓吸引
専用のカテーテルもあるが,PTCA 用ガイディング
カテーテルが使い勝手が良い。8Fr. JR3.5 を使用す
ることが多い。10 ㎖のシリンジで陰圧をかけながら
カテーテル全体を引いていく極めて単純な操作であ
る。シンプルではあるが,確実な吸引が期待できる。
しかし,根気よく繰り返し行う必要があり,治療に
時間がかかり,油断をすると不用意に出血量が増え
ることになるので注意が必要である。
7.
以上の操作を症例に応じ,適宜繰り返したり,順
番を多少変えながら根気よく行うことが肝要である
86(232)
(図 4a,b,c)
。治療前にフィルターが挿入されてい
ない場合,最後にフィルターを留置して終了する。
我々は取り出し可能なギュンターチューリップフィ
ルターを用いることが多い。
治療のend point は適宜造影を行い,各肺葉動脈の
血流再開を評価して行う。造影所見は重要ではある
が,全てではない。臨床症状,肺動脈圧(平均肺動
,血液ガスなどの情報を参考にする
脈圧 25mmHg 以下)
ことも大切である。造影所見に囚われ深追いするこ
とのないように注意が必要である。
IVR の治療に入る前に心エコー図による心腔内の
血栓の有無の評価,ドプラ法を用いた右心系の血流
情報,圧情報は非常に有用である。
手 技 を 行 う 上 で 基 本 と な る device を 表 1 に 示
す。また緊急事態に備え,循環器内科医あるいは
心臓血管外科医のサポートは必須で,特に PCPS
(percutaneous cardiopulmonary support)はいつでも
使用できるようにしておきたい。最近では逆に PCPS
を装着した上で IVR による治療が施行される超重症
例も見られるようになってきた。
治療成績
最近ではこれらの手技が単独で行われることは少な
く,適宜組み合わされて試行されることが多い。した
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a b
c
図4
a : 50 歳代男性,CABG 術後 10 日後発症の肺血栓塞栓症。右
主肺動脈に塊状血栓を認め,右肺野の造影は極めて不良。
b : カテーテル治療中の造影;挿入されているのは血栓吸引・
破砕カテーテル。右主肺動脈の血栓が減じてきている。
c : 血栓破砕,溶解,吸引療法後の造影;著明な血流の改善
を認める。
表 1 準備しておくもの
8Fr. ロングシース
(95cm)
ピッグテールカテーテル
(5Fr. or 6Fr.)
● PTCA 用ガイディングカテーテル
(8Fr. JR3.5)
● 血栓溶解カテーテル
(パルススプレータイプ)
● ウロキナーゼ
(t-PA)
● 一時型フィルター
● PCPS
●
●
がって単純な治療成績の評価は困難である。しかし文
献上,血栓破砕療法で手技成功率 80 ∼ 100%,30 日生
存率 80 ∼ 100%。血栓吸引療法でそれぞれ 61 ∼ 100%,
5)
66 ∼ 100%と,ともに良好な成績が得られている 。
合併症および対策
6)
考えられる合併症としては,血栓溶解に伴う出血性
合併症,血栓破砕時に生じる遠位塞栓,カテーテル回
転時に危惧されるカテーテル破損,血栓吸引における
カテーテルによる穿孔,出血量増加などが考えられる。
特に血栓破砕時のカテーテル操作では,決して無理に
回転させないことが重要である。手元ではカテーテル
は回転しているが,先端は回ってない状態が生じると
カテーテル損傷の原因となる。先端も回転しているこ
とをよく透視下で確認する必要がある。
出血性合併症は,禁忌症例は必ず除外すること,む
やみに血栓溶解薬を増やさないことが大切である。血
栓吸引に伴う穿孔は,device がしっかり血栓の中にあ
ることを確認することが大切で,むやみに強すぎる陰
圧もよくない。
心電図モニターにも注意を払い,重篤な不整脈の出
現に気をつける。
まとめ
急性肺血栓塞栓症の IVR による治療について現状を
述べた。残念ながら非常に優れた決定的な方法はまだ
ないが,さまざまな方法を組み合わせて行うことによ
り比較的良好な治療結果が得られている。最も効果が
期待されるカテーテルによる直接吸引法なども,まだ
まだとても洗練された方法とは言いがたい。これから
(233)87
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:黒木一典
技術教育セミナー / 静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅰ
もさまざまな新しい device の開発が望まれる。その
ような中で,毎度のことながら,数ある海外の新しい
device がわが国ではなかなか使用できない現実は本当
7)
に悔しい限りである 。
【文献】
1)Tajima H, Murata S, Kumazaki T, et al : Hybrid
treatment of acute massive pulmonar y thromboembolism : Mechanical fragmentation with a modified
rotating pig tail catheter, local fibrinolytic therapy,
and clot aspiration followed by systemic fibrinolytic
therapy. AJR Am J Roentgenol 183 : 589 - 595, 2004.
2)Schmitz-Rode T, Janssens U, Duda SH, et al : Massive pulmonary embolism : Percutaneous treatment
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88(234)
3)Miller GAH, Sutton GC, Kerr IH, et al : Comparison
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4)田島廣之,村田 智,中沢 賢,他:肺血栓塞栓
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5)Tajima H, Murata S, Kumazaki T, et al : Recent
advances in Inter ventional Radiology for acute
massive pulmonar y thoromboembolism. J Nippon
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6)田島廣之,隈崎達夫,村田 智,他:急性肺血栓
塞栓症に対する新しい治療法の開発と臨床評価 . J
Nippon Med Sch69 : 463 - 467, 2002.
7)Uflacker R, Stange C, Vujic I : Massive pulmonary
embolism : Preliminary results of treatment with the
Amplatz thrombectomy device. J Vasc Interv Radiol
7 : 519 - 528, 1996.
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:橋本 統
連載❸ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅰ
3.下大静脈フィルター
慶應義塾大学医学部 放射線診断科
橋本 統
下大静脈フィルターの有効性に関するエビデンス
Girard らの検索によれば,1975 年から 2000 年の間
に発刊された下大静脈フィルターの文献 568 編の内,
randomized controlled trial(以下,RCT)は 1 編にすぎ
ないとの結果を示し,下大静脈フィルターの有効性に
1)
関する科学的エビデンスは乏しいと述べている 。
この期間における唯一の RCT を扱った Decousus ら
2)
の報告 における症例は,その後 8 年間経過観察され,
3)
その追跡結果が 2005 年に追加報告された 。この報告
においては,永久型下大静脈フィルターは,肺動脈血栓
塞栓症のリスクを軽減させるが,一方で深部静脈血栓
症の危険性を増大させ,最終的には,明らかな生命予
後の延長には寄与しなかったと,結論づけられている。
その後,後述の如く,一時留置型フィルター,回収
型フィルターなどが市場に投入されているが,これら
の新しいタイプの有効性に関するRCT を扱った報告は,
現時点では出版されておらず,未だ十分なエビデンス
が確立された治療とは成り得ていないことを,まず冒
頭にて確認しておく必要がある。
肺血栓塞栓症の疫学
米国においては,毎年 35 万∼ 60 万人の患者が新た
に発症し,12∼24 万人が本疾患にて死亡していると言
われている。日本における罹患率に関しては,正確な
統計が存在しないが,発症率は米国の約 1/10 程度と推
測されている。
肺血栓塞栓症は,深部静脈血栓症患者の最大 50%に
認められると考えられており,このうち下肢深部静脈
血栓症に起因するものが 88 ∼ 93%を占め,残りが上肢
深部静脈血栓症に由来すると言われている。
下大静脈フィルターの歴史的背景
「深部静脈血栓と肺動脈の間に,バリアを設置する
ことにより,血栓が肺に移動するのを阻止する」とい
う概念は,1860 年代に Trousseau により提案された。
この概念は 1870 年代に大腿静脈結紮という形で初
めて実践に移されたが,肺血栓塞栓症の再発率および
下肢浮腫の頻度が高く,日の目を見ずに葬り去られた。
1880 年代になると,盛んに下大静脈結紮術が行わ
れるようになり,肺血栓塞栓症の再発率は 6%にまで
減ったが,死亡率が 14%にものぼった。
また,鋸歯状のクリップで下大静脈を挟んだり,下
大静脈壁を部分的に縫い合わせることで,開存性を保
ちつつ大きな血栓の通過を阻止する方法も試みられ,
肺血栓塞栓症の再発率は 4%にまで軽減されたが,依
然 12%という高い手術死亡率を認め,下大静脈結紮
術共々,徐々に衰退していった。
一方,これら下大静脈外からのアプローチとは異な
り,下大静脈内腔からアプローチする方法が,1967
年に初めて,Kazi Mobin-Uddin により報告された。
彼の発案したMobin-Uddin Umbrella は,27Fの外径
を有し,挿入時に外科的静脈切開を必要としたもの
の,初の下大静脈フィルターとして歴史に名を留めて
いる。このフィルター使用により,肺血栓塞栓症の再
発率は 3%と,ほぼ現在のフィルターと同程度まで減
少したが,下大静脈閉塞が 2/3 の症例におこり,また,
手術死亡も最高 8%に認められたとされている。
1973 年 に Lazar Greenfield が 導 入 し た Original
Stainless-Steel Greenfield Filter は,6 本の金属の脚が
傘の骨のように円錐形を構成する形態をとり,下大静
脈閉塞率は 4 ∼ 7%と,Mobin-Uddin Umbrella と比較
して大幅に低下したが,肺血栓塞栓症の再発率は 4 ∼
8.4%とやや上昇し,41%にものぼる穿刺部位の血栓症
発生率や,
高率(30∼49%)
に認められるmigration
(移動)
が問題となった。また,血栓捕捉率の低下につながり
かねないフィルターの傾きや,脚の交差,脚の破損,
下大静脈穿孔などが少なからず認められた。
これ以後のフィルターは,下大静脈開存率を高く保ち
つつ,肺血栓塞栓症再発率を可能な限り低値に留める,
あるいは,しっかりと壁に固定され移動をおこさず,し
かも下大静脈穿孔は起こさない,などという相反する条
件を同時に満たしつつ,さらに,経皮的挿入が可能であ
り,傾き,脚の交差などが生じにくく,また,穿刺部血
栓症を低減するべく可能な限り low profile とする,あ
るいは MRI 施行時の支障にならない,などという種々
の条件を満足することを念頭において設計されている。
また,深部静脈血栓症発症率の上昇など,フィルター
永久留置の弊害も認識されるようになり,一時型ある
いは回収型フィルターの開発も進んだ。
現在使用可能な下大静脈フィルター
永久留置型フィルターとしては,
(1)Bird’
s Nest Filter :
Cook,
(2)
Simon Nitinol Filter : Bard Peripheral Vascular,
(235)89
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:橋本 統
技術教育セミナー / 静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅰ
(3)Titanium Greenfield Filter : BS,
(4)Stainless-Steel
Over-the-Wire Greenfield Filter : BS,(5)TrapEase
Filter : Cordis Endovascular,
(6)VenaTech LGM Filter :
(7)VenaTech LP Filter : B|Braun/
B|Braun/VenaTech,
VenaTech などが存在する。
永久留置型フィルターは,時代のニーズに取り残さ
れつつあるが,通常のフィルターの適応外となる大口
径の下大静脈を有する症例には,今後も,Bird’
s Nest
Filter を選択せざるを得ない場合があろう。
回収型(optional もしくは retrievable)下大静脈フィ
ルターには,
(1)Guenther Tulip MReye Filter : Cook,
(2)Recovery Filter : Bard Peripheral Vascular,
(3)ALN
Filter : ALN,(4)OptEase : Cordis Endovascular,
(5)SafeFlo : Rafael Medical,
(6)Celect Filter : Cook,
Option Filter : Rex Medial などがある。これらは,永久
留置・回収いずれも状況に応じて対応可能であり,第
一選択と考えるべき device であるが,現在本邦では,
(1)
が流通しているのみであり,選択肢には乏しい。
一時型(temporary)フィルターには,
(1)Neuhaus
Protect : Toray,(2)Antheor : Boston Scientific,(3)
Guenther Temporary : Cook,
(4)Tempofilter Ⅱ : B|
Braun などがある。フィルターとカテーテルが一体化
しており,一時留置の後,抜去を容易に行うことが可
能ではあるが,実際にフィルターとして機能し,大き
な血栓を捕捉した場合に,血栓を肺循環に移行させる
ことなく抜去することが困難であり,カテーテル周囲
の血栓化やカテーテル刺入部感染などのリスクを抱え
ることからも,よほどトラブルシューティングに自信
がない限り,手を出さないのが無難であろう。
下大静脈フィルターの適応と禁忌
冒頭で述べた如く,下大静脈フィルターの有効性は
科学的根拠の裏付けに乏しく,その適応については確
固たるものが存在しないのが実情である。
現時点では,深部静脈血栓症を有し,
(1)
予め抗凝固
療法に対する禁忌が存在することが判明している症例,
(2)抗凝固療法を行ったのにも関わらず,血栓塞栓症
が再発する症例,および(3)抗凝固療法により重篤な
合併症を生じた症例などが,下大静脈フィルターの良
い適応であるとのコンセンサスが得られている。
(4)下大静脈ないし腸骨静脈内に存在する大きな浮
遊性血栓を有する症例,
(5)慢性血栓塞栓性疾患患者,
(6)心肺機能予備能の乏しい血栓塞栓症症例,
(7)ワー
ファリン等の薬剤をきちんと服薬できないコンプライ
アンスの悪い患者,
(8)
体幹四肢の失調が高度で転倒し
やすく,抗凝固療法実施により出血を来しやすい症例,
(9)
重篤な外傷症例,
(10)
過去に血栓塞栓性疾患の既往
を有し,近々大きな手術を受ける症例などが,相対的
あるいは現在議論中の適応と考えられている。
最近,肺動脈血栓塞栓症に対する社会的な関心の高
まりを背景として,特に施行頻度が増加しているのが
90(236)
(10)に該当する症例である。肺血栓塞栓症の既往はな
いが,下肢深部静脈血栓症を有している症例で,大き
な手術が予定されている場合に,手術直前に回収型
フィルターを留置した上で,抗凝固療法を中断し手術
に臨んで周術期を乗り切り,抗凝固療法再開後,血栓
塞栓性疾患が認められなければ,フィルターを回収す
るという戦略は,理に叶っているように思われる。RCT
による裏付けが必要であることは言うまでもないが,
一歩間違えば,医療過誤とも捉えられかねない術後の
肺血栓塞栓症対策として,回収型下大静脈フィルター
留置は,有効な手段の一つであろう。
一方,下大静脈の慢性血栓性閉塞を有する症例,下
大静脈へのアプローチ経路が存在しない症例,重度の
凝固障害を有する症例に対する下大静脈フィルター留
置は禁忌と考えられている。また,小児や若年成人に
対する永久留置も,可能な限り回避すべきである。
下大静脈フィルター留置術前画像診断
血栓塞栓症の存在診断・部位診断が可能である,ア
プローチ経路における血栓の有無を評価可能である,
下大静脈径を計測可能である,そして,下大静脈や腎
4)
静脈の解剖学的 anomaly を評価可能である などの諸
観点から,フィルター留置術前の造影 CT は,極めて
重要である。
下大静脈フィルター留置・回収の実際
通常の右側下大静脈で,アプローチルートに血栓が
存在しない場合には,右大腿静脈経由で留置を行う。
アプローチルートに血栓が存在する場合には,右内頸
静脈経由,ついで左内頸静脈経由,左大腿静脈経由の
留置を考慮する。第一に考慮すべきは,既存の血栓を
触らないこと,次に考慮すべきは,下大静脈に可能内
限り直線的に進入できることである。
静脈穿刺にあたり,超音波を併用し,動脈誤穿刺,
あるいは動静脈同時穿刺を可及的に回避するよう心掛
けることが重要である。
標準径の下大静脈に対するフィルターとしては,現
実的なチョイスとして Guenther Tulip しかありえない
ため,セミナー時には本フィルター留置時の動画と静
止画を供覧した。本稿では,セミナーに使用した静止
画のみを掲載する(図 1,2)
。動画に関しては,紙面上
再現することは困難だが,同内容のファイルはクック
社のホームページにて閲覧可能であるため,該当 URL
5,6)
を是非参照されたい 。
腎静脈,腎静脈下 IVC,卵巣静脈,精索静脈などに
血栓が存在する場合には,これら血栓の肺循環への移
動を阻止するべく,腎静脈上レベルの下大静脈におけ
る留置を行う。
将来妊娠する可能性のある女性に対してフィルターの
永久留置を行わざるを得ない場合にも,妊娠子宮とフィ
ルターの干渉を回避すべく,同様の措置を考慮する。
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:橋本 統
技術教育セミナー / 静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅰ
腰椎の骨棘が下大静脈側に大きく突出している場合
は,フィルター脚の展開不良を防止するため,骨棘の影
響を受けないレベルにフィルターを留置すべきである。
下大静脈・腎静脈の anomaly への対処
重複下大静脈を有する症例においては,血栓の存在
範囲や血管径などの情報を基に,左右の下大静脈ない
し総腸骨静脈に一対のフィルターを置くか,あるいは
腎静脈上の共通下大静脈に単一のフィルターを留置す
るかを,二者択一する。
Circum-aortic left renal vein を有する症例において
は,迂回した遊離血栓が肺に到達することがないよう,
フィルターを尾側左腎静脈の尾側に留置するか,頭側
左腎静脈の頭側に留置するかのいずれかを選択しなく
てはならない。
他の anomaly に関しても,下肢深部静脈の遊離血栓
が確実に捕捉できるような部位にフィルターを留置す
べくプラニングすることは言うまでもない。
回収可能フィルターの留置期間延長
回収を前提とした Guenther Tulip フィルターの留置
期間は,下大静脈(新生)内膜による脚の埋没が起こり
始めるとされる 10 日ないし 2 週間を上限と考えるのが
一般的である。
ただし,やむを得ない事情により,留置期間を延長
する場合には,回収セットを用いてフィルター脚を畳
み,一旦下大静脈壁から遊離させた後,やや位置をず
7)
らした上で再展開する 。
トラブルシューティング
文献欄に,下大静脈フィルター関連のトラブルシュー
ティングを扱った報告のうち,代表的なものをリスト
8 ∼ 15)
。日本では入手困難なデバイスを用い
アップした
て対処したものも含まれているが,これらを参考にし
つつ,術者の創意と工夫で,難局からの脱出に挑んで
頂きたい。
合併症
肺血栓塞栓症の
(再発)予防を目的とした下大静脈フィ
ルター留置であるが,所期の目的を果たせず,肺血栓
塞栓症の(再)発生を認める症例は,0.5 ∼ 6%存在する
と言われている。下大静脈フィルター留置に関連する
16)
患者死亡は,0.12%に認められると言われている 。
この他,穿刺部の血栓症,下大静脈穿孔,フィルター
移動・破損などが報告されている。
a b
c
図 1 右大腿静脈アプローチ下大静脈フィルター留置の実際
まず,造影 CT(a)
にて,下大静脈径が使用予定の下大静脈フィ
ルターに適合すること,穿刺・留置経路に血栓が存在しない
ことを確認した上で,実際にカテーテルを導入し,下大静脈
造影(b)を行う。本造影にて,左右腎静脈流入部を確認した
上で,これより尾側のレベルにフィルターを留置する
(c)
。
(237)91
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:橋本 統
技術教育セミナー / 静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅰ
a
c d b
e
図 2 右頸静脈アプローチ下大静脈フィルター回収の実際
超音波で,内頸静脈と内頸動脈の関係を十分把握し,動脈を穿刺
せぬよう,血管を横断面に診ながら,穿刺針を進める(a)。血管
が確保できたら,X線透視下に(b)回収システムを下大静脈フィ
ルター上部まで送り込む(c)。ガイドワイヤーをスネアワイヤー
に交換し
(d),透視下でフィルター上縁のフックを捕捉する
(e)
。
(図 2f ∼ h は次ページにつづく)
92(238)
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:橋本 統
技術教育セミナー / 静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅰ
f g h
図 2 右頸静脈アプローチ下大静脈フィルター回収の実際
次に,スネアーは固定したままカテーテルを尾側に進めていくと,フィルター脚が下大静脈壁から遊離するのが確
認できるので(f)
,さらにカテーテルを進めて,フィルター全体をカテーテル内に収納し(g),最終的に体外に引き
出す。通常,回収フィルターには若干の血栓付着を認める
(h)。
おわりに
下大静脈フィルター留置術につき,概説した。今後,
回収型フィルターに関する良質のエビデンスが蓄積さ
れ,肺血栓塞栓症のマネジメントにおける IVR の立場
がより盤石なものとなるよう,祈念して止まない。
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