参考資料配布 PRESS RELEASE 2015 年 9 月 24 日 理化学研究所 科学技術振興機構 塗って作れる太陽電池の実用化に大きく前進 ―新材料開発でエネルギー変換効率と耐久性を同時に向上― 要旨 理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発分子機能研究グループ の尾坂格上級研究員、斎藤慎彦特別研究員と瀧宮和男グループディレクターら の研究チームは、半導体ポリマー[1]を塗布して作る有機薄膜太陽電池(OPV)[2] のエネルギー変換効率(太陽光エネルギーを電力に変換する効率)と耐久性を 同時に向上させることに成功しました。 OPV は半導体ポリマーを基板に塗布することで作製できるため大面積化が可 能です。このため、低コストで環境負荷が少ないプロセスで作製でき、現在普 及しているシリコン太陽電池にはない軽量で柔軟という特長を持つ次世代太陽 電池として注目されています。OPV の実用化には、エネルギー変換効率ととも に耐久性を向上させることが大きな課題でした。 研究チームは、エネルギー変換効率の向上を目指して研究を進め、OPV の変 換効率だけでなく、耐久性(耐熱性)も向上させる新しい半導体ポリマー 「PTzNTz」の開発に成功しました。2014 年に研究チームが開発した半導体ポリ マーである PTzBT [3] 注 1)素子と PTzNTz 素子(PTzBT あるいは PTzNTz を塗布し て作製した OPV)を比較したところ、エネルギー変換効率が 7%から 9%まで向 上しました。また、これらの素子の耐久性を評価するため 85℃に加熱して 500 時間保存したところ、PTzBT 素子では、エネルギー変換効率は初期値の半分以 下まで低下したのに対し、PTzNTz 素子ではエネルギー変換効率がほとんど変化 しませんでした。これは、実用レベルに近い耐久性であると考えられます。エ ネルギー変換効率 9%は OPV としては非常に高いエネルギー変換効率です。加 えて、これほど高い耐久性を示す半導体ポリマーは、他に類を見ません。 本研究により、OPV は耐久性が低いという従来の認識を覆すことができまし た。この知見を基に、耐久性が向上した原因を調査することで、さらに高い変 換効率および高い耐久性を示す半導体ポリマーの開発研究、ひいては実用化に 向けた研究が加速すると期待できます。 本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素 化技術開発(ALCA)の技術領域「太陽電池および太陽エネルギー利用システム」 (運営総括:小長井誠)研究開発課題名「高効率ポリマー系太陽電池の開発」 (研 究開発代表者:尾坂格)の一環として行われました。本成果は、英国のオンラ イン科学雑誌『Scientific Reports』(9 月 23 日付け)に掲載されました。 1.背景 1 参考資料配布 半導体ポリマーを p 型半導体材料[4]として用いる有機薄膜太陽電池(OPV)は、 軽量で柔軟という特長を持ちます。さらに、半導体ポリマーを基板に塗布する ことで作製できることから、低コスト、低環境負荷なプロセスで大面積化が可 能なため、次世代の太陽電池として注目されています。OPV の実用化には、エ ネルギー変換効率とともに耐久性の向上が重要な課題です。OPV が劣化する要 因として光、熱、酸素、水分などが主なものとして挙げられます。光や酸素、 水分による劣化は、紫外線をカットすることや、素子を封止することで大部分 抑制することができます。一方で、太陽光があたることによる素子の温度上昇 は防ぐことができないため、熱による劣化を抑制するためには、材料(半導体 ポリマーやホール輸送性材料、電子輸送性材料[5])を抜本的に改良する必要があ りました。 2.研究手法と成果 研究チームは OPV のエネルギー変換効率を向上させるため、2014 年に開発し た半導体ポリマー「PTzBT」に改良を加え、太陽光をより多く吸収する「PTzNTz」 という半導体ポリマーを開発しました(図 1)。PTzNTz は、研究チームが 2012 年に開発した 10%の変換効率を示すポリマー「PNTz4T」[6] 注 2)の分子構造の一 部を PTzBT に導入した半導体ポリマーです。OPV のエネルギー変換効率を評価 したところ、PTzBT 素子では 7%でしたが、PTzNTz 素子では 9%まで向上しま した。 また、耐久性を評価するため、これらの素子を 85℃に加熱して 500 時間保存 しました。このとき、光や酸素、水分の影響を排除するため、OPV はグローブ ボックスの中に入れて、遮光した状態で加熱しました。これは OPV の耐久性評 価法[7]の 1 つです注 3)。その結果、PTzBT 素子では、試験開始数時間で、エネル ギー変換効率が初期値の半分程度まで大きく低下し、500 時間経過後には初期 値の約 40%まで低下しました(図 2)。一方、PTzNTz 素子では、500 時間経過 後のエネルギー変換効率は初期値の約 90%と、耐久性(耐熱性)が大きく向上 しました。さらに、ホール輸送性材料である酸化モリブデン(MoOx)を酸化タ ングステン(WOx)に変更した PTzNTz 素子では、500 時間経過後でもエネルギ ー変換効率はほとんど低下しませんでした。図 2 のデータから変換効率の時間 変化を推測すると、1,000 時間経過後でも変換効率は初期値の 90%以上を保持 することが予想されます。これは、現在普及している太陽電池に要求される耐 熱性を満たしています。すなわち、今回開発した OPV は、実用レベルに近い耐 久性を有する可能性があります。9%という OPV としては非常に高い変換効率を 示し、かつこれほど高い耐久性を示す素子の報告は、他に類を見ません。 2 参考資料配布 図 1 PTzBT(左)と PTzNTz(右)の溶液の写真 PTzBT が赤紫色であるのに対し、PTzNTz は黒色に近い深緑色であることから、PTzNTz の方が光を吸収す る波長領域が広いことが分かる。 図 2 OPV のエネルギー変換効率の時間変化(a)と OPV の構造(b) 光活性層に用いる半導体ポリマーを PTzBT から PTzNTz に変更することで耐久性が向上した。また、ホ ール輸送層を酸化モリブデン(MoOx)から酸化タングステン(WOx)に変更することで、さらに耐久性 が向上した。 注 1)I. Osaka, et al. Adv. Mater. 2014, 26, 331–338. 注 2)I. Osaka, et al. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 3498–3507, V. Vohra, et al. Nat. Photon. 2015, 9, 403–408. 注 3)M. O. Reese, et al. Sol. Energy Mater. Sol. Cells 2011, 95, 1253–1267. 3.今後の期待 3 参考資料配布 今回、新しい半導体ポリマーを開発することで、OPV のエネルギー変換効率 だけでなく、耐久性を向上させることができました。また、耐熱性試験をさら に継続した結果、1,000 時間経過後でもエネルギー変換効率は初期値の 96%を保 持することが分かりました。 耐久性を評価する加速試験には、耐光性試験など他にもいくつかあり、それ らもクリアしなければなりませんが、OPV にとって最もハードルが高い耐熱性 試験をクリアできたことは非常に大きな進歩といえます。現在のところ、新し い半導体ポリマーおよびホール輸送性材料を改良したことで耐久性が向上した 理由は分かっていません。今後、詳しく調べ、次の材料開発に繋げることが重 要な課題です。本研究の成果によって、OPV の実用化に向けた研究開発がます ます活発になると期待できます。 4.論文情報 <タイトル> Highly Efficient and Stable Solar Cells Based on Thiazolothiazole and Naphthobisthiadiazole Copolymers <著者名> Masahiko Saito, Itaru Osaka, Yasuhito Suzuki, Kazuo Takimiya, Takashi Okabe, Satoru Ikeda, Tsuyoshi Asano <雑誌> Scientific Reports <DOI> DOI: 10.1038/srep14202 5.補足説明 [1] 半導体ポリマー 半導体の性質を持つポリマー(高分子の有機化合物)材料。可視光を吸収し、有機 溶剤に溶けるため、塗ることができる半導体として、有機薄膜太陽電池をはじめと した有機デバイスに応用されている。 [2] 有機薄膜太陽電池(OPV) 有機半導体を発電層として用いた薄膜太陽電池の総称。特に有機半導体の溶液を塗 布して作製する有機薄膜太陽電池を塗布型 OPV と呼ぶ。有機半導体としては、通常、 p 型半導体(正の電荷(=正孔、ホール)を輸送する半導体)である半導体ポリマー と n 型半導体(負の電荷(=電子)を輸送する半導体)であるフラーレン誘導体が 用いられる。塗布プロセスによる大量生産が適用できると同時に、安価かつ軽量で 柔らかいことから次世代の太陽電池として注目を集めている。OPV は、Organic PhotoVoltaics の略。 [3] PTzBT 研究チームが 2014 年に開発した半導体ポリマーの名称。PTzBT を塗布して作製し 4 参考資料配布 た OPV は、7%程度のエネルギー変換効率を示す。 [4] p 型半導体材料 正の電荷(正孔=ホール)を輸送する半導体。 [5] ホール輸送性材料、電子輸送性材料 光活性層と正極、光活性層と負極との間に積層するホール輸送層、電子輸送層とし て用いる材料。これらを積層することにより、光活性層で発生したホールおよび電 子が、正極および負極にそれぞれ流れやすくなる。 [6] PNTz4T 研究チームが 2012 年に開発した半導体ポリマーの名称。PNTz4T を塗布して作製し た OPV は、10%程度と OPV としては世界最高レベルのエネルギー変換効率を示す注 4) 。 [7] OPV の耐久性評価法 OPV の安定性に関する国際サミット(International Summit on OPV Stability: ISOS)に より合意された OPV の耐久性を評価するための加速試験。ただし、現在普及されて いる太陽電池のように寿命を保証するための基準は設けられていない。 注4)2015 年 5 月 26 日プレスリリース「塗って作れる太陽電池で変換効率 10%を達成」 http://www.riken.jp/pr/press/2015/20150526_1/ 6.発表者・機関窓口 <発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせ下さい 理化学研究所 創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門 創発分子機能研究グループ 上級研究員 尾坂 格(おさか いたる) 特別研究員 斎藤 慎彦 (さいとう まさひこ) グループディレクター 瀧宮 和男(たきみや かずお) TEL:048-467-9753 FAX:048-462-1473 E-mail:[email protected](尾坂), [email protected](瀧宮) 尾坂 格 上級研究員 斎藤 慎彦 特別研究員 瀧宮 和男 グループディレクター 5 参考資料配布 <JST 事業に関すること> 科学技術振興機構 環境エネルギー研究開発推進部 低炭素研究担当 Tel:03-3512-3543 Fax:03-3512-3533 E-mail:[email protected] <機関窓口> 理化学研究所 広報室 報道担当 TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715 E-mail:[email protected] 科学技術振興機構 広報課 TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432 E-mail:[email protected] ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 6
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