リター調査からみた水源の森の実態 ~3年間の継続調査からわかったこと~ 群馬県立尾瀬高等学校 【はじめに】私たちは1999年より武尊山にある県企業局「水 源の森」で自然環境調査を開始し、2012年からはリターシー ドトラップ調査を開始した。この研究はリターシードトラップ調 査について、これまで3年間で得られた成果をまとめたもの である。年ごとに調査の結果をまとめ、わかったことを整理 し、最後にブナの豊凶具合や武尊山で行っている他のネズ ミ調査などの自然環境調査の結果とも照らし合わせ、総合的 な観点から「水源の森」の実態に迫った。 【方法】調査地点は図1の通りである。リターシードトラップ調 査では「水源の森」の森林内におよそ1㎡の回収用ネットを 設置し、6月または7月から10月の毎月下旬に森林からの落 下物(リター)を回収した。回収した物を持ち帰り、葉や実は 種類ごと、枝、その他(虫・フン・木の皮)などに分別し、その 後、定温乾燥機を70℃に設定し、原則72時間かけ、完全に 乾燥させ、分別した物のそれぞれの重さを計測し(絶乾重の 計測)、データとしてまとめた。 さらに2013年、2014年には土壌調査を行った。年に一度、 調査地点の土壌を採取し、一定量、水に10分間つけて「水 分吸収後の重さ」を計る。次に15分間干して水を切り、定温 乾燥機を用いて完全に乾燥させ、「絶乾後の重さ」を計る。こ の水分吸収後の重さから絶乾後の重さを引くことで、吸収し ていた水分の量、「水分蒸発量(率)」を求める。その後、土 を燃やし尽くして、「絶乾後の重さ」から「燃焼後の重さ」を引 くことで「燃焼した有機物量(≒含有していた有機物の量)」 を計測した。 【結果と考察】 ■2012年の調査より ブナの実の豊凶は、外部の記録(群馬県林業試験場)か ら2011年の武尊山付近のブナの実は大豊作であると発表さ れたため、2012年は無結実または不作と予想し、秋になると 葉や実の落下する量が増えるので9月、10月にリターの回 収量が最も多くなるのではないかと仮説を立てた。 結果は図2の通りである。仮説に反して7月、8月に「葉」と 「その他(フン)」を大量に回収した。なお、「葉」は多量の虫 に食べられたブナの葉が主である。原因の虫を調べた結 果、ブナアオシャチホコの幼虫であると判明した。また、ブナ の実は回収できず、この年は「無結実」となった。 ここで、「水源の森」の他の地点でもブナアオシャチホコの 大発生が起きているのか確認するため、地点①と標高1630 m付近のブナ林(後に地点③となる場所)で全天空写真を撮 影した結果、地点①はブナアオシャチホコの影響で葉がほと んどなく、地点③は葉が残っていたことが分かった。 ■2013年の調査より 参考文献から2013年もブナアオシャチホコはある程度発 生すると考えられるため、地点①にトラップを3つ設置し、継 続して調査をおこなった。 結果は図3の通りである。3つのトラップのうち、設置後に1 つが盗難にあったため、2箇所分の結果を掲載する。8月に 「その他(フン)」を回収した。予想よりも少なかったが、ブナ アオシャチホコのフンがこの年も回収された。ブナの実は201 2年と比べて、多少回収できたが、データが2年分しかないた め、この量が凶作、並作なのかは判断できなかった。 また、この年からトラップで回収したデータと土壌の性質と の関連性を探ることとした。土壌は調査地点の中でもブナ林 でギャップではない場所(地点①A)と、ギャップがある場所 (地点①B)とで比較をおこない、この結果から、場所が違うと リターも変化し、土壌にも関係することが分かった。そこで、 土壌は優占種による違いも関係するのではないかと考え、20 14年にこれを調べることとした。 ■2014年の調査より この年から優占種が異なる環境では回収されるリターにど のような違いがあるのか調べるため、リターシードトラップ調 査の調査地点を4地点に増やした(地点②:ダケカンバ林、 地点③:ブナ林、地点④:オオシラビソ林)。また、優占種の 違いにより、土壌の水分吸収量の違いや含まれる有機物量 の違いなどの土壌の性質とリターに関係があると仮説を立 て、リターシードトラップ調査で調査をおこなう4地点に加え、 カラマツ林(人工林)でも土壌を採取した。 2014年6月の結果は図4のとおりである。6月は地点④は 雪が多かったため、トラップが設置できなかったが結果では 地点①、②、③とも、その他の絶乾重が多かった。この内訳 は木の皮や地衣類、冬芽、コケがほとんどで、これらは冬が 理科部 過ぎて木の皮から剥がれ落ちた物だと考えられる。 さらに7月の結果(図5)でもその他の絶乾重が多いが、地 点④の葉の絶乾重が他の地点より多く回収された。 8月の結果(図6)は、地点①と③で落枝が多かった。地点 ④は7月と同様にオオシラビソの葉が落ちていた。7,8月の 結果から、オオシラビソは針葉樹であるため落葉樹と異なり、 葉が生え替わる春から夏にかけて葉を落とすのだと考えられ る。また、地点③Bの「枝」が多かったのは大きな枝が落下し たため、突出して値が大きくなった。 また、ブナアオシャチホコのフンは8月よりも7月に多いとい う結果になった。2013年と比べ、絶対数はかなり減少してい たが割合で見ると、葉を食べる時期が変動したことが分かっ た。さらに、地点③では、ブナアオシャチホコのフンがまった く回収できなかった。このことから、ブナアオシャチホコは同 じブナ林でも地点①付近でのみ大量発生したことが裏付け られた。 7月、8月の回収物量は2012、2013年と比較し、激減して いた。このことから当初の予想通り9、10月はリターが増える と予想した。ブナの実の結実度については9,10月の結果を みて判断したい。 8月の結果を葉の種類別に比較すると(図7)、ダケカンバ がどの地点でも回収でき、ダケカンバは広範囲に生育してい ることが分かった。また、垂直分布によるブナ林からオオシラ ビソ林への移行も傾向として見ることが出来た。 土壌調査の結果は表1のとおりである。同じブナ林である 地点①と③の有機物含有量に大きな差が出た。原因として は地点①はカラマツ林に隣接していることが影響し、値が低 くなったのではないかと考えられる。また、地点③は周囲も含 め、ブナ林が広範囲に広がっているので値が高くなったので はないかと考えた。 ■武尊山「水源の森」での他の調査結果との比較と考察 鎌田(2000)によるとブナアオシャチホコにはクロカタビロ オサムシという天敵が存在する。本校では武尊山で昆虫調 査をおこなっており、ブナアオシャチホコが大発生する前年 (2011年)と大発生の年(2012年)にクロカタビロオサムシを確 認した。このことから、文献の通り、ブナアオシャチホコの大 量発生と何かしらの関係性があるのではないかと考えた。 また、地点①と地点③について過去に本校で行った植生 調査からもブナが優占している場所であることが確認されて いる。しかし、リターの回収物と有機物量には地点によって 違いがあった。このことは、地点①は狭い区画でみればブナ 林だが、すぐ近くにはダケカンバやカラマツが優占している 林に囲まれているため、地点③と結果に違いが生まれたの ではないかと考えられる。 さらに、小型ほ乳類調査の研究成果(※ブナの実の豊凶 によりネズミの個体数が変動するなど)から2013年のブナの 実の豊凶について推定した。2014年のアカネズミの推定個 体数が例年並みか、やや少ないことから、凶作か並作である と推定された。また、2014年にはハタネズミが観測開始以来 初めて優占種となった。このことは、2012年、2013年と連続し てブナの実の不作によるアカネズミの個体数の減少が関係 しているのではないかと考えた。同時に、ブナアオシャチホ コの大発生も遠因になっているのではないかと考えた。 【おわりに】2012、2013年はブナアオシャチホコの影響によ り、9,10月よりも8月にリター全体の回収量が多かった。201 4年は9.10月にリターの回収量が多くなる可能性が示唆さ れる。実際、10月の回収物の量は相当多い(図8)。これら は今後、分別と絶乾重を測定する予定である。 ブナの実の豊凶具合を正確に判断するには長期的な調 査が必要になるため、今後も継続して調査をおこなうことが 重要である。また、実の重さを量るだけでなく、果実の充実 度(成熟具合)を測定する必要があると考えている。3年間の 調査を通して、参考文献と一致することと、そうでないことが あったため「水源の森」で起きたブナアオシャチホコの大発 生のメカニズムを解明していきたい。 地点①は周囲の森林の影響を受けているブナ林であるこ とがわかった。このことから地点①でブナアオシャチホコが大 発生したのは標高による影響や他のブナ林とは性質が異な るからではないかと考えた。今後も「水源の森」で自然環境 調査を継続していく上で、他でも周囲の影響が大きい場所 があるかもしれない。 【参考文献】「ブナの葉食性昆虫ブナアオシャチホコの周期 的大発生と個体群動態」(鎌田直人,2000年) ほか ▲図1:武尊山の概要と調査地点について ▲図8:2014年10月の回収物(1地点分) ※地点①Cの結果は2013年のデータと比較するため、割愛 ▼表1:2014年土壌調査の結果 ▲図2:2012年の結果(地点①A,B) ▲図3:2013年の結果(地点①A,B) ※地点④は残雪が多いため、5月にトラップの設置ができなかった 現 在 測 定 中 ▲図4:2014年6月の結果(地点①②③) ▲図6:2014年8月の結果(地点①②③④) ▲図5:2014年7月の結果(地点①②③④) ▲図7:2014年8月の結果(葉の種類別)
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