平成17年度奨励研究 「新生ラットの動脈内灌流-脳幹-脊髄標本の確立」

○平成17年度奨励研究
「新生ラットの動脈内灌流-脳幹-脊髄標本の確立」
医科学センター 助手 飯塚 眞喜人
1.研究目的
近年、新生ラットの脳幹-脊髄摘出標本にリズミックな呼吸様活動が横隔神経および第4頚髄前根内に出現
することが報告された1)。このin vitro実験系は細胞内記録や薬理学的手法の適用が容易である。以来、この摘
出標本を用いた電気生理学的・薬理学的実験により呼吸リズム形成の神経機構に関するイオンチャンネル、細
胞、神経回路レベルでの理解が飛躍的に進んだ。我々は摘出標本を用いて呼吸の運動出力パターンを作る神
経機構について研究してきた。そして呼息性運動出力を引き起こす神経機構が摘出標本内に保持されているこ
とを初めて示した2,3)。つまり細胞外液のpHを7.4から7.1に減少させ中枢性化学受容機構を刺激すると内肋間筋
の呼息性活動が出現することを見出した。薬理学的手法を用い吸息・呼息間の交代性活動がグリシン性抑制に
よって形成されることを明らかにした2)。その後、上気道の筋を支配する脳神経の呼吸性活動について検討し、
中枢性化学受容機構の刺激が2相性(吸息相と受動的呼息相)から能動的呼息相を含む3相性へ呼吸相の構
成を合目的的に変化させること等を示した4)。さらに新生ラットの摘出標本において吻側から尾側の胸郭に広く
分布する呼吸性運動出力量の分布が麻酔下のイヌやネコを用いた実験で明らかにされたのと同様であることを
明らかにした5)。このように摘出標本は呼吸リズム形成の神経機構のみならず、呼吸性運動出力パターンを作る
神経機構の研究にも有用であることが分かってきた。しかしin vivoとは異なる点もあった。例えば、新生ラットの
摘出標本で内肋間筋や腹壁筋の呼息性活動は呼息相前半に限局するが、麻酔下あるいは除脳した成ラットで
腹壁筋の活動は呼息相後半に活動のピークが来る6)。この相違が発達に伴うものなのか、あるいは実験条件に
よるものなのかについては不明である。摘出標本の欠点は代謝を抑えるために低温でしか実験できないこと、酸
素が組織内部まで届かず脳幹の深層は低酸素状態であることである。これらの欠点を克服するためには灌流液
を血管内に投与する方法を確立する必要がある。すでに哺乳動物の新生児を用い下行大動脈にカテーテル
を挿入し灌流液を流すことによって脳幹呼吸中枢を保持する手法がPatonにより確立されている7)。しか
し彼の手法では下部胸髄が切断されている。また背側から脳幹を露出させている。摘出標本を用いた実
験では腹側を上にして実験を行なっており、主要な呼吸性ニューロン群は延髄腹側表面に存在する。そ
れゆえ、摘出標本で得たデータと比較するためには腹側を上にして標本を固定する必要がある。本研究
では脳幹腹側表面を露出させ、動脈内灌流以外は摘出標本と同様の標本を確立することを研究目的とした。
2.研究方法
実験には、生後0~4日の新生ラットを用いた。基本的な手技は摘出標本の作成と同様である2)。エーテル深
麻酔下で断頭し、下部腰髄で切断し後肢を切除した。95% O2 + 5% CO2で飽和させた13℃~18℃のクレブス液
(124mM NaCl; 5.0mM KCl, 1.2mM KH2PO4; 2.4mM CaCl2; 1.3mM MgSO4; 26mM NaHCO3; 30mM glucose)で
満たしたペトリ皿の中で、咽頭、喉頭、気管支、食道、胸骨とその横にある肋骨を切除した。心臓や下行大動脈
を傷つけないように注意しながら、肺やその他の内臓を摘出した。脳底骨をはずし、椎骨動脈を傷つけないよう
に注意しながら、腹側の椎骨を切除して、延髄および頚髄の腹側表面を露出させた。その後、標本を実験用チ
ャンバーに移動し、腹側を上にしてピンで固定した。先端に注射針(27〜24G)を取り付けたカテーテルを下行
大動脈にマニピュレータを用いて挿入した。チューブポンプを用いて、クレブス液を動脈内に灌流投与した。そ
して摘出標本の場合と同様、イルリガートルを用いて脳幹表面に吹きかけるようにクレブス液を灌流した(2.5〜
3.0ml/mim)。室温から徐々に灌流液の温度を上げ、25℃から35℃で実験を行なった。一部の実験ではクレブス
液の組成を26mM NaHCO3から26mM HEPESに変えた。この場合には100% O2で飽和させ、約2NのNaOHでpH
を調節した。ガラス吸引電極を横隔神経と腸骨下腹神経に取り付け、吸息性活動と呼息性活動をそれぞれ記録
した。得られた電気信号は生体電気増幅器を用いて増幅した(AB-651J, 日本光電)。増幅した電気信号をサ
ーマルアレイレコーダー(RTA-3200, 日本光電)で感熱紙に書き出した。またデータ記録解析システムを用いて
データをコンピューターに取り込んだ(4000Hz, PowerLab/8sp, ADInstruments)。
3.研究結果
生後0から4日の新生ラットの場合、25Gの注射針が下行大動脈へ挿入するカテーテルとして適していた。灌流
液の温度を除々に上げると、20℃ぐらいから脊髄反射による運動のためしばしばカテーテルが外れた。それゆ
え、以降の実験では標本を非動化するため臭化パンクロニウムをクレブス液に加えた(0.2mg/l)。動脈内灌流に
より灌流液が脳幹組織内部まで届いていることを確認するためカテーテル内に黒インクを入れた。その結果、脳
幹内部の血管まで黒インクが入ることを視覚的に確認した。
チューブポンプの設定、注射針の太さと流量の関係について調べた。外径4.2mm、内径2.15mmのタイゴンチ
ューブと25Gの注射針を用いた場合、最大で8.7ml/minであった。外径5.0mm、内径3.0mmのチューブを用いた
場合、最大で14.5ml/minであった。チューブポンプの設定により様々なパターンの呼吸性活動が観察された。
ポンプの設定を低くすると腸骨下腹神経の呼息性活動が消失しあえぎ呼吸様の呼吸パターンへと変化し、逆に
高く設定すると前肢や脳組織の浮腫が目立つようになり、急速に不規則な呼吸リズムへと変化した。標本によっ
て最も適していると考えられるポンプの設定は異なった。特に鎖骨下動脈や総頚動脈が切断されている場合に
は設定をより高くする必要があった。前肢を切除せず、両側の総頚動脈をクランプすることにより、ポンプの設定
をより低くできた。
pH7.4のクレブス液を動脈内灌流すると多くの例で無呼吸となった。クレブス液のpHを7.1〜6.8に減少させると
横隔神経に吸息性活動が、腸骨下腹神経に呼息性活動が出現した。麻酔あるいは除脳した新生ラットと同様、
多くの例で腸骨下腹神経は横隔神経活動が開始する前の呼息相後半に最も大きな振幅の呼息性活動を示し
た。また摘出標本で観察されたパターンも認められた。水温を30℃以上にすると短時間で呼吸性活動が不規則
になった。25℃から30℃では1時間から2時間in vivoと同様の呼吸運動出力パターンを維持することができた。
4.考察(結論)
本研究は延髄腹側表面を露出させた動脈内灌流標本を作成することが可能であることを初めて示した。脳底
動脈に直接カテーテルを入れる方法がラットで報告されている8)が、これを生後0〜4日の新生ラットに適用する
ことは技術的に困難であった。一方Paton7)が行なっている下行大動脈へのカテーテル(注射針)挿入は容易で
あった。
大きな動脈が切断されている場合、そこから灌流液がもれだし、他の細い血管への圧力が低下して灌流が悪く
なる。それゆえ、前肢などの組織を切除しない方がより長時間にわたり標本を維持できる傾向があった。記録を
開始してから最低4時間は、正常な呼吸パターンを維持できないと、この標本を呼吸の神経機構の研究に用い
るには不適である。しかしながら現在のシステムでは1〜2時間程度しか正常な呼吸パターンを維持できなかっ
た。本研究ではデキストランの効果について実験することが出来なかった。今後、デキストランにより浸透圧の調
節を行ない、浮腫をコントロールすることができれば、より長時間にわたり標本を保持できると考えられる。
5.成果の発表(学会・論文等,予定を含む)
なし。
6.参考文献
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3) Iizuka, M. (2003). GABAA and glycine receptors in regulation of intercostal and abdominal expiratory
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Paton 1996
Balanyi Kuwana Richter