泌尿器科悪性腫瘍の病因(危険因子)(PDF)

Ⅳ.泌尿器科領域悪性腫瘍の病因(危険因子)
癌が人体に発生する原因は色々いわれているが、未だに確定されたものは少ない.泌尿
器科領域癌に関しても遺伝的発生(家族内発生)、遺伝子異常、化学物質によるもの、物
理学的刺激によるもの、感染、食品嗜好品などがあげられてはいる.
癌家系とは古くからいわれており、癌が遺伝するとの根拠とされてもいたが、本邦では
79 歳までに癌に罹患する確率は男性で 39%,女性で 21%とされ[1)],理論的には全て
の人が 3 親等以内に癌家族歴を有することになり,いわゆる癌家系に全てなってしまう.
しかし特定の疾患について、たとえば腎芽腫罹患児の約1%に家族発生をみとめ[2).]、
前立腺癌でも家系内発生の頻度が多いとされ、欧米では 9%[3)]とされているが本邦の
調査では 1.8%が最多である
[4)
]
.遺伝子の異常については、
腎細胞癌では von Hippel-Lindau
病の原因遺伝子の変異がみられることが明らかにされている[5)]、腎芽腫[6)]、
前立腺癌[7)]や膀胱癌[8)]でも遺伝子異常は認められている.
化学的発癌の際たるものとして喫煙があげられているが、煙草の何が癌発生の原因なの
かは未だに不明であるが、膀胱癌では非喫煙者にくらべ喫煙者では 2 ー 4 倍のリスクとなり
[9)]、尿路における発癌因子であるのは間違いないようである.これは煙草の最終代
謝産物が腎を介して尿から排出されるためと考えられている.しかし尿路以外の泌尿器科
領域癌例えば精巣腫瘍、前立腺癌でも喫煙者が多く、また男性の重複癌患者では喫煙者が
非喫煙者と比較して有意に多い[10)].
化学的刺激による発癌で最も有名なのは陰嚢癌で、ロンドンの煙突掃除夫に陰嚢癌が多いこ
とから煤煙の主成分であるタールを用いて兎耳に発癌させた山際の実験で知られている[1
1)].この他に陰嚢癌では鉱物油、グリ-ス、ピッチなどの石油製品による発癌[12)]や
膀胱癌[9)]と同様に砒素による発癌[13)]もみられる.尿路上皮癌では、染色産
業やゴム製造に使われた、ナフチラミン、ベンチジンやアミノブフェニールなどの芳香性
アミンによる発癌が知られており[9)]、薬物によるものではクロルナファジンやサイ
クロフォスファマイド(エンドキサン)、フェナセチンやニトロフラン化合物による発癌
もみられる[9)、14)].
物理学的刺激による発癌には、放射線被曝や紫外線被爆が揚げられるが、紫外線被爆は
殆どが皮膚癌の発生であり泌尿器科領域では陰嚢癌で起きている以外には知られていない
[12)].放射線被曝も陰嚢癌では比較的多いが[12)]、放射線治療後に膀胱など
に癌発生がみられてもいる[15)].また外陰部皮膚癌は熱傷によっても発生するとさ
れている[11)].
しかしながら、泌尿器科領域においての物理学的刺激による癌発生として最もよく知ら
れているのは、尿路結石による慢性の物理的刺激による発癌であり、扁平上皮癌が多いと
されている[16)、17)].
感染が病因と考えられているものに、陰茎癌のヒトパピロマウイルスとの関連が挙げられおり、
[18)]、ビルハルツ住血吸虫感染は膀胱扁平上皮癌の重要な発生要因である[9)].
身体的要因が発癌の危険因子となるものとしては、停留精巣による精巣悪性腫瘍がよく
知られており、その理由として1)高温環境、2)血流障害、3)造精細胞の異常、4)
性腺発育不全、5)内分泌異常が挙げられている[19)].また包茎の症例では陰茎癌が
発生しやすく、本邦においては陰茎癌の 72%が包茎を合併しており、恥垢による物理化学
的刺激やヘルペスウイルスの感染もあげられている.さらに慢性腎不全で透析中の症例には腎腫瘍
の発生が非常に多く、これは後天性嚢胞状腎疾患が関わっているとされている[20)]、
慢性透析中の症例には前立腺癌もみられる[21)].
食品、嗜好品などについては、腎癌では牛乳や酪農製品および食肉や食肉加工品の過剰
摂取、高血圧や降圧剤の服用が腎細胞癌の危険因子として知られている.一方野菜摂取、
ヴィタミンCやαトコフェロールが腎細胞癌の予防因子といわれている[22)].膀胱癌に
関しては、動物性高蛋白、脂肪食、おこげ類は膀胱発癌に関して促進作用を有している、
一方黄緑野菜や緑茶は抑制作用をもっているとされている.ワラビ、ゼンマイ類はトルコ
地方のウシの膀胱発癌は認めるがヒトに関しては不明である.人工甘味料のチクロ、サッカ
リンは動物実験では膀胱癌が発生するが、ヒトの疫学的研究では否定的である[9)].前
立腺癌については、脂肪特に動物性脂肪の過剰摂取が発癌に関係するとされている[2
3 )].
これらについては、疫学的調査を基に考察実験されるものが多い、本邦の腎細胞癌では、
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北海道地域における腎細胞癌の罹患率が他の地域に比べて異常に高値である.このことに
ついては、北海道では喫煙率が高く、牛乳や酪農製品の摂取量が他の地域に比べて高い反
面、食肉や食肉加工品の摂取量には変化が無く、ヴィタミンCの摂取量も少なく、高血圧罹患
率も高いとされている[24)]が、必ずしも一致しないものもみられる.前立腺癌につ
いては、その罹患率が世界的にみても地域差がみられ欧米に圧倒的に多く東南アジアでは
極端に低く[25)]、これが脂肪過剰摂取による前立腺発癌の促進因子としての推察の
根拠になっている.本邦でも前立腺癌の標準化死亡比をみると、北海道から東北北部、関
東西部から中部東部および九州が高く、中部西部から近畿、四国および沖縄で低いという
特徴的な分布をしめしている.この標準化死亡比と食餌摂取量との調査では食用油や豚肉
などの脂肪に富む食品との比較的相関が高い[23)].しかし、前立腺癌の罹患率が中
国では日本の 7 分の 1 以下であり、脂肪製品の過剰摂取だけを発癌因子とするのは問題で
ある.前立腺癌に限れば、近年の臨床例の急激な増加を、食生活を含めた生活の欧米化に
だけ求めるのは、欧米の潜伏性前立腺癌の頻度と本邦のそれに差が無いとの 1961 年の報告
[26)]と 2003 年の潜伏性前立腺癌の頻度がほぼ同じ[27)]ということから、この
40 年間の本邦の生活様式の激変を考慮すれば危険である.
文
献
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