事業レポート No.4

微生物の働きを活用し、
未利用資源を価値ある資源へ
資源開発を革新する
「バイオマイニング」
REPORT
JX 日鉱日石金属株式会社
事業レポート No.4
February 2015
微生物を活用した資源開発技術
「バイオマイニング」
湿式製錬の銅分回収力を促進するバイオマイニング
銅の安定供給を確保し、限られた資源を効率的・持続的に活用していくために、低品位の鉱石から
効率的に銅を製錬する技術の開発が求められています。今回は、こうした課題に応える技術として
開発が進められている、微生物の働きを活用した「バイオマイニング」についてご紹介します。
銅の製錬技術は、「乾式製錬」と「湿式製錬」の二つ
ダ鉱山等、チリの鉱山で「二次硫化銅鉱」を主体とする
に分けられます。乾式製錬では鉱石を選別後、高温の炉
鉱石に対して既に適用されており、生産される銅は全世
の中で溶かして得られた粗銅を電気分解することで、製
界銅生産量の数 % を占めています。ただし、これらは、
品となる銅地金(銅品位 99.99%)が製造されます。
自然界に存在するバクテリアを特に人の手を介さずその
一方、湿式製錬は鉱石を選別せずに硫酸などを散布し、
まま利用しているもので、浸出を行う場所に存在する微
鉱石から溶け出た銅分を濃縮後、電気分解によって銅地
生物が結果として浸出率の向上に作用しているに過ぎず、
金として回収するというプロセスです。
「技術」と呼べる水準には達していません。
この湿式製錬のプロセスに微生物を添加し、微生物の
また、埋蔵量の大部分を占めながら、経済性のある処
働きによって銅分の浸出を促進し、既存の技術では回収
理技術が確立されず未利用資源となっている「低品位一
できない銅分を回収するのがバイオマイニングです。
次硫化銅鉱」からの銅の浸出は効率が悪く、商業化対象
バイオマイニングは当社が出資しているエスコンディー
となっていませんでした。
鉱石
微生物を添加
リーチング
電解採取
銅地金
希硫酸
ラドミロ・
トミッチ鉱山のバイオマイニング試験ヒープ
溶媒抽出
ベースメタルのひとつとして、人々の生活に欠かせな
JX 日鉱日石金属におけるバイオマイニングの研究は、
い資源である銅に対する需要は、新興国の経済発展もあ
2002 年に当社とチリ国営銅公社(コデルコ)との共同
り、今後もさらに高まると予想されています。しかし、世
出資により設立されたバイオシグマ社(チリ・サンティアゴ)
界中で銅鉱山の開発が進むにつれて、銅含有率(品位)
において行っています。チリ政府の支援を受けたコデル
の高い鉱石が採掘できる鉱山は少なくなってきているの
コが研究機関を設立するに際し、当社がパートナーとして
が現状です。バイオマイニングは、低品位の鉱石を有効
参加の打診を受けました。銅鉱石の低品位化や枯渇といっ
に活用する技術として期待されています。
た近い将来の問題の解決を目指すバイオマイニング技術
の開発は、当社の資源開発戦略においても重要であり、
参加を決定しました。
(%)
バイオマイニング技術を用いた銅回収プロセス
(湿式製錬)
バイオマイニングに用いられる微生物
天然に存在し、 病原性のない微生物を活用
生物の起源については諸説ありますが、微生物の DNA を調
1.8
べることで、最初の生物に近いと考えられる微生物は見つかって
1.6
1.4
います。 太古の微生物は海底火山(海底熱水孔)の近隣の極限
1.2
環境下で、熱水とともに排出される鉄や硫黄を酸化して得られる
1.0
エネルギーを利用して生育していたのではないかといわれていま
0.8
す。バイオマイニングの現場で働く微生物も、硫黄や鉄をエネル
0.6
ギー源として、pH1~2の極限環境で働いており、太古の微生物
0.4
は、生物の起源との関連という観点からも興味深い研究対象です。
198
201
2
0
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08
201
0
と同じ特徴をもっています。バイオマイニングに用いられる微生物
0.0
197
6
197
8
0.2
バイオマイニングに用いられる硫黄酸化細菌
コデルコ操業鉱山の銅品位推移(出典:JOGMEC 平成19年資料)
1
2
バイオマイニングを進化させた「バイオシグマ技術」
「未利用資源」を「価値ある資源」へ
バイオシグマ技術を支える二つの柱
バイオシグマ社におけるバイオマイニング(以下、「バ
硫化銅鉱」からの銅の浸出も可能にするという高度な技
バイオシグマ社では、チリおよび全世界で数多くの特
イオシグマ技術」)は、従来からのバイオマイニングの手
術です。また、独自に開発した培養装置(バイオリアク
許出願を行っており、こうした積み重ねにより、バイオ
法を進化させ、DNA レベルでのモニタリング技術を活
ター)により、これらの微生物を選択的に培養することが
シグマ技術は商業化されました。その技術の二つの柱が
用し、特定の微生物を必要に応じて添加利用することで、
可能になっています。
「DNA レベルでの微生物のモニタリング技術」と「独自
現在は資源として十分に利用されていない「低品位一次
酸化鉱
有価物をほとんど
含まない岩石
鉱石の種類
銅分の回収技術
湿式製錬法(SX-EW法)
二次硫化鉱帯
硫酸浸出~溶媒抽出~電解採取
溶錬~電解精製
高品位
■
一次
硫化鉱
湿式製錬法(SXEW法)+バイオシグマ技術
低品位
硫酸浸出
(微生物を添加)
~溶媒抽出~電解採取
日本の先進的なバイオテクノロジーによる
DNA レベルでのモニタリング技術
バイオシグマ社(チリ・サンティアゴ)
バイオマイニングでの微生物の働きを最大化するため
新技術
一次硫化鉱帯
乾式製錬法(製錬所)
確立技術
■ 酸化鉱
■ 二次硫化鉱
混合鉱帯
開発したバイオリアクターによる微生物の培養」です。
銅鉱山の断面図
には、鉱石の種類に応じて、
リーチングの促進に最適な微
生物をDNAレベルで特定し、モニタリングすることが重要
です。バイオシグマ社は医療分野で主に用いられるゲノム
解析技術などを応用して、バイオマイニング分野で利用可
能な微生物のモニタリング技術を開発してきました。さら
に慶應義塾大学先端生命研究所との共同研究の成果も活
実証試験の結果、銅浸出量が30~50%向上
用し、モニタリング技術の深化を図っています。これらの研
コデルコが稼働中のラドミロ・
トミッチ鉱山(チリ第Ⅱ州)
究に日本の先進的なバイオテクノロジーを活用するため、
で行った 1 年間の大規模な実証試験で、バイオシグマ技
日本から技術者の派遣も行われました。
カラムテスト
(微生物による銅の溶出特性や最適条件を確認する試験)
術の適用で、銅浸出量が従来法に比べ 30 ~ 50% 向上
バイオリアクターによる培養技術
するという結果が得られました。それにより、同鉱山で未
利用であった低品位一次硫化鉱へのバイオシグマ技術の
商業化適用が決定しました。
ラドミロ・
トミッチ鉱山に設置されたバイオリアクター
(高さ12m、内容量35㎥)
未利用資源の有効活用で、銅鉱山の山命が大幅に延長
ラドミロ・トミッチ鉱山では、湿式製錬の主対象として
既存の湿式製錬に微生物を添加するこの方法は、大量
いた酸化銅鉱の枯渇が迫っていましたが、バイオシグマ
のエネルギーを必要とせず、環境負荷の低い技術である
技術の適用で、未利用であった低品位一次硫化鉱を用い
といえます。銅の浸出に用いる溶媒は循環利用されるた
た湿式製錬が可能になり、操業期間の延長が図られるこ
め、プロセス外部への廃水も発生しません。
とになりました。
また、微生物を添加した低品位一次硫化鉱の浸出工程
さらにバイオシグマ技術の適用が他の鉱山でも進み、
より後の回収プロセス(溶媒抽出・電解採取)は、既存
現状では廃棄されている低品位の鉱石からの銅の回収が
の酸化鉱の処理設備を使用するため、商業化にあたって
拡大すれば、資源の効率的かつ持続的な利用が可能とな
の新規の設備投資は比較的少額で済みます。つまり、バ
ります。
イオシグマ技術はコスト的にも負担の少ない技術というこ
バイオマイニングに利用される微生物(鉄酸化菌・硫黄
ます。
酸化菌など)
は、鉄や硫黄など、鉱石中に含まれる無機物を
またバイオシグマ社が独自に開発した微生物の培養装
栄養とする
「独立栄養細菌」
と呼ばれています。バイオシグ
置であるバイオリアクターは、種菌と栄養源を供給して空
マ社では、もともと地中に生息しているこれらの微生物を
気を吹き込むことで、
1mLあたり1億から10億個の高濃
サンプリングし、単離したのち培養を行っています。単離し
度なバイオマスを効率的に製造することが可能です。
た微生物については、バイオシグマ社で特許を取得してい
サンプリング
単離
培養
とができます。
3
4
バイオマイニングと資源開発の未来
現場に近い距離で、持続可能な技術を追及
インタビュー:バイオシグマ社 インダストリアル・リサーチャー
桑野 兼一
主な研究内容
術となっています。 研究開発というのは、いつ結果がで
JX 金属からバイオシグマ社に出向し、約 3 年半が経
るか予測するのが難しいという側面があります。たまたま
過しました。 技術開発部門で、現在は主にバイオシグマ
私が今回の節目に立ち会いましたが、これまでの積み重
技術に用いられる微生物の新しい培養方法や植菌方法の
ねを経てたどり着いた成果ということを実感しています。
開発に携わっています。特に、銅の湿式製錬工程から出
同時に、これまでバイオマイニングの技術開発を進めて
てくる水に含まれ、微生物の働きや成育を阻害する塩化
きた諸先輩方に感謝せずにはいられません。
物イオンなどから微生物を守るため、バイオマイニング
に用いる微生物をゲルに封入して利用する技術の開発を
チリでの研究開発の意義・醍醐味
行っています。
チリでの研究開発は、鉱山の現場に近いというのが一
番の意義だと思います。現場があって、そこで働いてい
商業化適用開始を迎えて
る技術者がいます。 彼らに直接話を聞けること、課題に
バイオシグマ社の設立から 12 年が経過し、ラドミロ・
対して直接解決案を提示できるということが大きなメリッ
トミッチ鉱山での商業化適用という節目を迎えました。チ
トです。
リでは、すぐに結果につながらない長期的な研究開発を
バイオシグマ技術は低品位の硫化鉱を対象としていま
続けるのが難しい土壌があるそうです。 そのような環境
す。現状の技術では価値のない鉱石から、微生物を用い
においてバイオシグマ社での研究開発が継続して、今回
て銅を回収するというのが命題です。鉱山開発において、
商業化適用に至ったことを、チリ人の研究員も私自身も誇
環境負荷を増やさずにより多くの資源回収にチャレンジす
りに感じています。
ることは、持続可能な経済・社会の発展に繋がることで、
当社でもチリ・アンデス山脈の標高4,600mの高地でカ
また、今回の商業化適用はチリ鉱山業界にも大きなイ
研究開発には大きな醍醐味があります。
セロネス銅鉱山を開発しましたが、採掘が容易な場所で、
ンパクトがあり、今では業界全体が注目している話題の技
チリ・カセロネス銅鉱山
資源開発を根本的に変えるバイオマイニング
品位の高い鉱石が取れる大型の鉱山開発はすでに難しく
なっています。今後は、
カセロネス銅鉱山よりさらに厳しい
環境、もしくは深部にある低品位鉱石を対象にした開発が
バイオシグマ社概要・沿革
避けられません。
しかし、従来の生産方法ではコストが見合
わず、開発はますます困難になっていきます。
BioSigma S.A. 会社概要
現在は世界の銅生産量の約2割を占める湿式製錬に使
創設: 2002年
われる酸化鉱も、SX-EW法が開発されるまでは資源として
社長: Dr. Pilar Parada
活用されていなかったように、バイオマイニングの技術が
社員数: 68名(2014年6月現在)
さらに進歩すれば、現在は資源とされていない鉱石を活用
資本金: 49,299千米ドル(2014年8月現在)
できるようになり、資源開発の方法が大きく変わる可能性
チリは金属鉱物資源に恵まれ、特に銅の採掘量は世界
があります。当社ではバイオシグマ技術の開発を通じて、資
一です。このほか亜鉛、鉄、鉛も産出しています。鉱業は
源開発の将来に貢献してまいります。
チリの経済を支える主要産業となっていますが、環境負
出資者: JX日鉱日石金属33%、チリ国営銅公社67%
技術開発の経緯
荷が少なく、経済性のある新たな技術が開発されなけれ
2002年5月
バイオシグマ社設立
2003年11月
バイオシグマ研究所開設
ば、多くの資源が未利用のまま、いずれは枯渇を迎えてし
2005年
チュキカマタ鉱山にてパイロット試験
2007年
アンディナ鉱山にてプロトタイプ実証試験
まいます。資源を持つチリと、バイオテクノロジーで先進
2008年1月:
慶應義塾大学 先端生命研究所との
の研究を進める日本との共同プロジェクトであるバイオ
シグマ技術は、チリと日本の資源開発の未来を担う技術
メタボローム共同研究開始(2年間)
2011年2月
ラドミロ・
トミッチ鉱山においてバイオリアクター竣工
2012年12月-13年 ラドミロ・
トミッチ鉱山における実証試験実施(1年間)
2015年
ラドミロ・
トミッチ鉱山での商業化適用開始
バイオシグマ技術による最初
として、今後も研究開発が続けられます。
の 銅カソード( アンディナ 鉱
山)
2007年
5
日本・チリの共同開発が担う資源の未来
所在地: チリ共和国サンティアゴ市コリーナ区
参考文献 『地球を救うメタルバイオテクノロジー』(成山堂出版)
6
取材に関するお問い合わせ
JX 日鉱日石金属株式会社
広報・CSR 部
TEL: 03-5299-7082
〒100-8164 東京都千代田区大手町二丁目6番3号
www.nmm.jx-group.co.jp