原子炉物理学特論 (課題2) 無限均質媒質における中性子の増倍 千葉豪 媒質に核分裂性物質が含まれる場合、媒質内では中性子による核分裂が起こり、新たな中 性子が発生する。このような体系を「中性子増倍体系」と呼ぶ。今回は、空間的に無限かつ 一様に広がる媒質における中性子の増倍を考えることとする。 この体系が臨界であると仮定し、中性子のエネルギーを G 群に離散化すると、各エネル ギー群では以下のバランス式が成り立つ。 Σa,g φg + G X Σs,g→g0 φg = g 0 =1 G X g 0 =1 Σs,g0 →g φg0 + χg G X νΣf,g0 φg0 , (g = 1, ..., G) (1) g 0 =1 ここで、χg 、νΣf,g はそれぞれ、g 群の核分裂スペクトル、g 群の核分裂による中性子生成 断面積をそれぞれ示す1 。核分裂スペクトル χ は、核分裂反応で生成した中性子が各エネル X ギー群にどのような割合で分布するかを示すものであり、 χg = 1 である2 。式 (1) 右辺二 g 項目は核分裂による中性子生成反応率を示している。 問題1:系が臨界であるとする。エネルギー 1 群で Σa = 0.1 のとき、νΣf がとるべき 値を求めよ。 バランス式 (1) は系が臨界でないと成立しないものであるが、臨界でない系に対しても適 用することができるよう、以下のように無限中性子増倍率 k∞ を導入し、強制的に両辺のバ ランスをとる。 Σa,g φg + G X g 0 =1 Σs,g→g0 φg = G X g 0 =1 Σs,g0 →g φg0 + G χg X νΣf,g0 φg0 , k∞ g0 =1 (g = 1, ..., G) (2) なお、系の大きさが有限で中性子の系からの漏洩がある場合は、k∞ のかわりに実効中性子 増倍率 keff が用いられる。 式 (2) の右辺は g 群に「入ってくる」中性子を示しており「中性子源」の項と呼ばれる。 一項目は散乱による源なので散乱中性子源(散乱源)、二項目は核分裂による源なので核分 裂中性子源(核分裂源)と呼ばれる。 1 Σf は核分裂断面積、ν は核分裂あたりに発生する平均中性子発生数なので、νΣf は核分裂による中性子生 成断面積と考えることが出来る。 2 例えばエネルギー群が 1 群の場合、核分裂で生成された中性子は全て 1 群に発生するため、χ1 = 1 となる。 1 問題2:エネルギー 1 群で Σa = 0.1、νΣf = 0.11 のとき、k∞ を求めよ。 式 (2) では、中性子束 φ を一意的に決めることは出来ない。なぜならば、両辺の全ての項に φg が含まれているため、φg をこの方程式の解とするならば、全ての群に定数 a を乗じた aφg も解となりうるからである。 次は多群(エネルギー群数が 2 以上)の場合を考えよう。この場合はバランス式を A(k∞ )φ = 0 (3) というような行列形式で記述すると考えやすい。 問題3:エネルギー群数が 2 の場合について、式 (2) を行列形式で記述せよ。 ここで、行列 A に逆行列が存在するとしよう。すると、式 (3) の両辺に A−1 を乗ずるこ とで、φ = 0 という自明な解(trivial solution)が得られる。今、我々は φ 6= 0 の解を求め たいので、そのような解が存在する条件は、行列 A の逆行列が存在しないこと、となる。逆 行列が存在しないことは行列式がゼロであることと等価であるため、φ = 0 以外の解を持つ ためには det(A) = 0 の条件が必要となる。 前回の課題と同様、散乱により中性子はエネルギーを増加させないとすると、式 (2) は以 下のように書き直せる。 Σa,g φg + G X Σs,g→g0 φg = g 0 =g+1 g−1 X g 0 =1 Σs,g0 →g φg0 + G χg X νΣf,g0 φg0 k∞ g0 =1 (4) さらに、吸収や散乱により群から「除去」される反応の断面積の和である除去断面積 Σr,g を G X Σr,g = Σa,g + Σs,g→g0 (5) g 0 =g+1 と定義すると、式 (4) は以下のように書き直せる。 Σr,g φg = g−1 X g 0 =1 Σs,g0 →g φg0 + G χg X νΣf,g0 φg0 k∞ g0 =1 (6) 問題4:エネルギー群数を 2 とし、各定数が以下のように与えられた場合の k∞ と φg を 解析的に求めよ(ただし、φg は一意的には決まらないことに注意)。なお、散乱断面積 は 1 群から 2 群に遷移するもののみ値をもつものとする。 Σa νΣf χ Σs,1→2 Group 1 Group 2 0.1 0.12 0 0.3 1 0 0.05 2 2群問題では解析的に解を得ることができたが、エネルギー群数が増加した場合は数値 計算に頼らなければならない。数値計算のプログラムは具体的には以下のようになるであ ろう。 1. Σa 、νΣf 、χ、Σr といった断面積データや中性子束 φ については一次元の配列を、散 乱元と散乱先の群の情報が必要となる Σs については二次元の配列を、それぞれ用意 する。また、各エネルギー群の散乱源と核分裂源の和に対応する中性子源データを格 納する一次元配列も用意しておくとよいだろう。 2. 全核分裂中性子数 S = 1 X νΣf,g φg の初期値として適当な値を仮定する(例えば k∞ g 1.0)。 3. 核分裂中性子のエネルギー分布は χg で与えられることから、ステップ 1 で用意した 中性子源配列に群毎の核分裂中性子源 χg S を代入する。 4. 1 群では他群からの散乱中性子源がゼロであることから、式 (4) の右辺一項目はゼロ となり、中性子源が決まる。これより、中性子束 φ1 が計算出来る。 5. 計算した φ1 を用いて、1 群から低いエネルギー群に散乱する中性子(Σs,1→2 φ1 、...) を計算し、各群の中性子源配列に足し込む。 6. 2 群については、これまでの計算で核分裂中性子源、散乱中性子源が計算されている ため、φ2 が計算出来る。 7. 計算した φ2 を用いて、2 群から低いエネルギー群に散乱する中性子(Σs,2→3 φ2 、...) を計算し、各群の中性子源配列に足し込む。 8. 上記ステップ 6、7 を全てのエネルギー群について繰り返す。 9. 全てのエネルギー群で計算が終了したら、計算した中性子束 φg から次の世代の全核 X 分裂中性子数 S 0 = νΣf,g φg を計算する。 g 10. S の核分裂中性子が一世代後に S 0 となったことから、無限中性子増倍率 k∞ は S 0 /S と与えられる3 。 3 この k∞ の導出は、k∞ の物理的な定義(ある世代における全中性子数と次の世代における全中性子数の 比)に基づいている。一方、数式に基づいた場合には次のように説明できるであろう。中性子バランス式を Aφ = (1/k)F φ と記述する。ここで A、F はそれぞれ消滅、核分裂生成に対応する作用素(行列)を示す。ま た、核分裂中性子数はベクトルの 1-ノルムを用いて ||F φ||1 と書ける。さて、核分裂中性子源として S を仮定 した上記ステップ 3 から 8 までの計算は Aφ = S と書ける。このときに核分裂中性子数は ||S||1 である。また、 この計算で得られた中性子束 φ から得られる核分裂中性子数は ||S 0 ||1 = ||F φ||1 と書ける。この φ が方程式の 収束解であるとするならば、Aφ = (1/k)F φ が成り立つので、||Aφ||1 = ||S||1 、||(1/k)F φ||1 = (1/k)||S 0 ||1 よ り、k = ||S 0 ||1 /||S||1 が得られる。 3 問題5:エネルギー群数を 3 とし、各定数が以下のように与えられた場合の k∞ と φg を 数値計算により求めよ。なお、Σt は全断面積を示しており、Σa と Σs の和で与えられ る。数値計算プログラムの妥当性については、問題2を解かせて解析解と比較すること により確認できるであろう。 Group 1 2 3 Σt,g 1.31234e-1 1.93349e-1 2.63713e-1 Σs,g→g 1.00247e-1 1.83859e-1 2.56380e-1 Σs,g→g+1 2.544e-2 6.551e-3 Σs,g→g+2 5.625e-4 νΣf,g 1.235e-2 5.225e-3 7.684e-3 χg 1.0 0 0 参考問題6:高速増殖炉「もんじゅ」の燃料組成について、エネルギー群数を 60 とし たときの定数を外部ファイル「xs data」に与えた。このファイルには、各エネルギー群 の上限エネルギーa 、吸収断面積、生成断面積、核分裂スペクトル、自群散乱断面積、 次の群への散乱断面積b が与えられている(つまり、散乱では自群と次の群のみに中性 子が遷移すると仮定している)。この媒質が無限に存在する系について、中性子無限増 倍率 k∞ と中性子束 φg を求めよ。なお、中性子束については、横軸をエネルギー、縦 軸を中性子束として図示すること(横軸については log とし、縦軸については linear と log の2種類を作成すること)。 a 中性子エネルギーを「群」に離散化することにより、各エネルギー群は特定のエネルギー範囲に対応 する。そのエネルギー範囲の上限値が、ここで言っている「上限エネルギー」である。 b 60 群については下の群が存在しないため、この断面積データについてのみ個数が 59 となっているこ とに注意。 4
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