内湾における生態系シミュレーション

株式会社日本海洋生物研究所
技術情報
No.2008-03
効果的な水質・底質の改善対策検討のために
内湾における生態系シミュレーション
背 景
我が国の富栄養化した内湾域では、人間活動に伴う流入負荷や、環境の浄化機能を持つ干
潟・浅場の減少によって、海域が富栄養化し、赤潮や貧酸素水塊の発生が問題となっている。
富栄養化の対策として流入負荷の削減が実施されているが、依然として赤潮や貧酸素水塊が発
生し、漁業被害を招いている。その他の対策として、干潟・浅場の造成や藻場造成などにより
自然が持つ水質の浄化機能の向上を図る方法や、エアレーション(海底曝気)などの工学的手
法を用いた対策も検討され、事業化されているものもある。事業化に先立っては、現況の環境
を把握し、その改善施策として、どのような方法が効果的であるかを事前に評価する必要があ
る。ここでは、数値シミュレーションを用いて効果的な環境改善策を検討する手法を紹介する。
概 要
環境改善策を検討するためには、湾内の物質循環を定量的に把握する必要がある。そのため
には、流動シミュレーションと生態系シミュレーションの 2 つのモデルを用いる。
流動シミュレーションは、湾の流れ場(物理環境)を再現する。再現のためには、海岸線や
海面
大気との交換
大気との交換
植物プランクトン
Phytoplankton
分泌
溶存有機窒素
Dissolved Organic Matter
情報が必要である。
計算さ
硝化
成長
枯死
摂食
分解
分解
塩 分 な ど の 基沈降
礎的な水質
枯死
呼吸
無機化
栄養塩
摂取
溶存酸素
Dissolved Oxygen
硝化
呼吸
れた結果は、水温や塩分お
呼吸
よ び 流 況 の 調捕食
査結果と比
分解
較して、再現性を検証する。
呼吸
生 態 系 シ ミ無機化
ュレーショ
分解
排糞・死亡
デトリタス
Detritus
摂食
形情報、潮汐や風、河川流
成長
量などの気象情報、
水温や
呼吸
光合成
分解
光合成
海底地形(水深)などの地
分泌
動物プランクトン
Zooplankton
捕食
沈降
呼吸
沈降
ンは、水柱内での植物・動
無機化
物 プ ラ ン ク ト分解
ンやデトリ
硝化
無機化
硝化
タス、栄養塩類などの挙動、
沈降
リン酸態リン
Phosphate
無機態炭素
Inorgani Ccarbon
さらには大気や底泥(海
底)との循環をモデル化す
アンモニア態窒素
Ammonium
硝化
亜硝酸態窒素
Nitrite
硝化
硝酸態窒素
Nitrate
ることで、窒素やリンなど
の富栄養物質や溶存酸素
海底
栄養塩溶出
底泥酸素消費
量など定量的に評価する
(左図)。計算にあたって
は、物質循環に関係する水質、底質や、植物・動物プランクトンの他、底生動物やバクテリア
などのデータが必要である。
株式会社日本海洋生物研究所
Marine Biological Research Institute of Japan Co. Ltd.
適用例
中海における環境修復策の効果を検討したシミュレーションの事例を示す。貧酸素水塊を軽
減させる策として、堤防開削、浅場造成、浚渫窪地の埋め戻しを想定したシナリオ計算を実施
し、どの程度回復するかを予測している。結果は、わかりやすく可視化することができる(下
図)。下図は、計算領域における溶存酸素濃度の高低を配色(高→赤、低→青)したもので、
修復後の溶存酸素濃度が増加して、環境修復策による水質改善効果が期待できる。
(mg/L)
(mg/L)
修復後
現況
堤防開削, 浅場造成など
中海での事例(環境修復策による溶存酸素の変化)
その他
ここで紹介した手法は、目的により様々な応用が可能である。
目的
環 境 修 復
環境影響評価
検討可能な効果・影響例
・
干潟・浅場造成による水質浄化の向上
・
藻場造成による水質浄化の向上
・
流入負荷削減の効果
・
エアレーション等による鉛直混合促進の効果
・
水路開削や作れい等による海水交換の促進の効果
・
浚渫後の窪地の埋め戻し効果
・
埋め立て等による環境影響
・
養殖施設の増減による環境影響
・
温・冷排水の拡散による環境影響
※ その他のシミュレーションモデル
・ 有害化学物質の運命予測モデル
・ アサリ浮遊幼生の追跡モデル
・ 流出油の漂流予測モデル
文 献
Tetsuya Ichikawa, Morihiro Aizaki, Mikio Takeshita (2007)Numerical study on amelioration of
water quality in Lakes Shinji and Nakaumi - a coastal brackish lagoon system, Limnology.
8(3) , 281-294.