SSKA頸損 2015 年 4 月 4 日発行 No.115 脊髄損傷者の麻痺域下肢骨折に対する危険因子・日常生活関連要因 筑波大学大学院 人間総合科学研究科 生涯発達専攻 博士前期課程 リハビリテーションコース 鏡味 麻里子(看護師) 平成 26 年夏、質問紙調査の依頼をいたしました鏡味(かがみ)と申します。本研究の趣旨へのご理 解と、調査へのご協力をいただきまして心より感謝申し上げます。代表者様はじめ会員の皆様には、研 究の意義に対するご意見や、テーマへの関心、多くの励ましをいただき大変勇気づけられました。この 度、結果を掲載する機会をいただきましたので、以下、ご報告させていただきます。今後の皆様の健康 維持の参考になれば幸いです。 【目的】慢性期の脊髄損傷者の健康維持を目指し、以下の点を調査、分析する。 ① 下肢骨折の発生状況 ② 脊髄損傷者の麻痺域下肢骨折に伴う日常生活動作の支障の有無 ③ 脊髄損傷者の下肢骨折と関連のある因子を探る 【方法】全国頸髄損傷者連絡会の会員 521 名(全員)を対象とした質問紙調査を行った。 【結果と考察】 224 名(43.0%)の有効回答データを得た。 1)下肢骨折の発生状況 ① 回答者 224 名のうち、脊髄損傷受傷後の下肢骨折の発生は 46 人(20.5%)(図1・2)。 図1 下肢骨折発生率 図2 下肢骨折の男女比 ② 骨折原因(複数回答)は、転倒・転落 26 名(58.7%)が最も多かった(図3)。 「転倒・転落」のほか、「リハビリテーション中」や「介護中」があることから、本人のみな らず、介護者や療法士も関連していることがうかがえた。予防策として、本人及びリハビリテ ーションサービス提供者への易骨折性への認識、さらに移乗動作技術と転倒・転落防止の教育 の必要性が示唆された。 ③ 下肢骨折発生時の平均年齢は、男性 39.5 歳、女性 41.8 歳。 健康増進法に基づく骨粗鬆症検診は 40 歳以上の女性が対象である。本調査では、男女とも約 40 歳で麻痺域の下肢骨折を生じている傾向が示され、脊髄損傷者では、一般的な骨粗鬆症対 策と区別して予防介入の時期や対象を検討する必要性が示唆された。 -22- SSKA頸損 2015 年 4 月 4 日発行 No.115 人 図3 下肢骨折の原因 2) 麻痺域下肢骨折に伴う日常生活動作支障の有無 ① 下肢骨折 46 名のうち、骨折治療中に日常生活動作に支障があると回答したのは 41 名 (89.1%)で、「入浴」「体位変換」「移乗」の順であった(図4) 。 ② そのうち、下肢骨折治療終了後も日常生活動作に支障があると回答したのは 17 名(41.5%) で、「移乗」が最も多かった(図5)。 ③ 下肢骨折部位(複数回答)は、大腿部が 23 件(50.0%)、下腿部 23 件(50.0%)が最 も多かった。 脊髄損傷では、保存的治療を選択されることが多く、これにより、患部の固定が数カ月に及び、 動作の支障の原因となる。さらに、ギブスや装具療法では褥瘡形成の可能性があるため、本人・ 介護者は常に褥瘡の発生を予測し、観察を行う必要がある。本調査では、日常生活動作に着目 した質問であったが、自由記述には「骨・関節の変形による更衣への支障・褥瘡の発生」 「再 骨折への不安による日常生活機能の低下」「過反射症状・痙縮の悪化・痛み」を訴える回答が あった。これらの症状が活動制限に至る可能性があり、下肢骨折は生活機能や生活の質を低下 させる原因になり得ることが考えられる。 図 4 治療中の日常生活での困り事の内容(複数回答) -23- 図 5 治療後の日常生活での困り事の内容(複数回答) SSKA頸損 2015 年 4 月 4 日発行 No.115 自由記述の回答 骨がつきにくい。骨のもろさを痛感した。骨折しやすいので常に行動に気を付ける。日常生活全般に 困った。介護する方も大変だった。足が曲がり靴が履けなくなった。膝の曲りが悪くズボンがはきづ らい。骨折への不安から着替えやトランスファーが自力でできなくなった。痛みがある。痙性が強く なった。過反射が起こる。ギブスや骨の変形による褥瘡の多発。 (回答の一部) 3)脊髄損傷者の下肢骨折と関連のある因子の探索 ① ロジスティック回帰分析の結果、 「脊髄損傷受傷 19 歳以前」であった(p =.004、オッズ比 2.729)。 骨折を予測する危険因子が「脊髄損傷受傷 19 歳以前」であったことについては、一般的に、20 歳前後で骨量の最大値を示すとされており、脊髄損傷受傷が 19 歳以前では最大骨量に達していない ことが、下肢骨折と関連のある因子となったものと考えられる。よって、19 歳以前に脊髄損傷を受 傷した者には、骨の健康教育、骨粗鬆症検査による骨の評価の推奨、さらに転落防止、骨折が発生し やすい肢位を避けるためのリハビリテーションプログラムの検討が示唆された。一般的に骨密度低下 の危険因子とされる「喫煙」「飲酒」「女性」は、本調査では、関連のある因子には該当しなかった。 これは、喫煙、飲酒、女性の対象者数が少なかったことに起因する可能性がある。 皆様へ 今回、骨折予防への関心につながるよう、下肢骨折を経験された方のデータを主に報告いたしました。 考察内にありました骨密度の検査ですが、定量的 CT 法、超音波法などいくつか種類があります。先 行研究には、脊髄損傷では腰椎より下肢の骨密度の方が低い、という報告がありますので、Dual energy X-ray Absorptiometry(DXA:「デキサ」と言います)による下肢の検査をお勧めいたします。 骨粗鬆症性骨折リスクについては、部位にかかわらず既存骨折があると将来の骨折リスクは約 2 倍、 喫煙は 3 倍、1 日 3 単位(1 単位:エタノール 8~10g)以上の飲酒は 1.4 倍で、喫煙量、アルコー ル量が多いほど骨折リスクは高くなります。その他,ステロイド薬使用は 2.3 倍、低カルシウム摂取、 内科的疾患との関連も明らかにされてきています。脊髄損傷では、麻痺の程度、褥瘡の有無なども骨萎 縮の進行に関連するとの見解もあります。骨密度と骨質の関与の度合いは個人によりさまざまですが、 骨粗鬆症を予防するにはできるだけ早期に危険因子をとり除くことが必要です。骨粗鬆症検査に関心の ある方は、是非、担当の医師へご相談ください。そして生活の中で、喫煙・飲酒を控え、カルシウム摂 取量を増やす工夫、何より、 「転倒・転落防止」に努めることが重要かと思います。以下に参考となるサ イトをご紹介いたします。骨の健康をできるだけ維持し、骨折予防の一助になれば幸いです。 *「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン 2011 年版」 www.josteo.com/ja/guideline/doc/11_2.pdf *「公益財団法人 骨粗鬆症財団」 www.jpof.or.jp/ 「骨粗鬆症」に関する一般的な情報としてお役立てください。内容によっては、身体に影響すること もあるかと思いますので、担当医師にご相談ください。 -24-
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