生きた細胞を光エネルギーで操作

No
150008
研究・技術情報
技術分野
タイトル
ナノテクノロジー
キーワード
光を活用した細胞機能制御技術、近赤外レーザー光、ナノモジュレーター、
熱と活性酸素種、エネルギー移動や電子移動
生きた細胞を光エネルギーで操作注)
【要旨】
近年の細胞研究の発展はめざましく、特に光を活用した細胞機能制御技術に注目が集まっている。
産総研では今回、生体透過性の高い近赤外レーザーにより熱と活性酸素種を発生する有機色素とカ
ーボンナノホーン(CNH)からなる分子複合体(ナノモジュレーター)を作製し、それを用いて生き
た細胞の機能を操作する新たな光制御技術を開発した。
【ナノモジュレーターの機能】
CNH は生体透過性の高い近赤外の波長領域(700~1100 nm)のレーザー光により容易に発熱する。
今回開発したナノモジュレーターは、CNH 表面に近赤外蛍光色素を結合させたもので、水溶液中に
分散させ、生体透過性の高い近赤外レーザー光を照射すると、熱と活性酸素種を効果的に発生する。
(図1)
このナノモジュレーターを、カルシウムイオンと結合すると緑色蛍光を発する指示薬とともに、
マウス神経芽細胞腫とラット神経のハイブリッド細胞、マウスマクロファージ、ヒト子宮頚部がん
細胞を取り込ませ、波長 808nm の近赤外レーザー光を照射し、蛍光顕微鏡により観測したところ、
3 種類すべての細胞が効果的に蛍光を発光した(図2)。このことから、ナノモジュレーターにより
カルシウム流入が制御できることがわかった。
また、ナノモジュレーターを細胞内に導入したラット脊髄後根神経節に波長 785nm のレーザー光
を照射し、パッチクランプ法によって細胞膜に流れる電流を測定したところ、レーザー出力に対応
した電流の変化が見られ、ナノモジュレーターによる細胞膜の電流の制御の可能性も示された。
今回開発した技術では、生体透過性の高い近赤外光を利用するため、これまでは不可能だった生
体深部の細胞機能制御が可能になると考えられる。また、この技術ではウイルスを用いた遺伝子操
作が不要である。これらの利点は、例えば、ワイヤレス、ウイルスフリーで脳深部の特定領域の細
胞を活性化させるなど、光を用いた細胞機能制御技術の性能を向上させる。また、脳疾患の分子・
細胞レベルでの病態メカニズム解明や新たな治療法を開発するためのツールとしても期待される。
図1 近赤外レーザー光で熱と活性酸素種を同時に発生するナノモジュレーターの概念図
図2
ナノモジュレーターによってカルシウム流入が起こり蛍光を発する神経細胞
【今後の予定】
今後は、この技術を応用して、単一の細胞レベルでの細胞機能解析技術を構築していく予定であ
る。また、パーキンソン病やアルツハイマー病などの脳疾患に対する新しい治療法につながる、周
辺コア技術の開発にも取り組む。
この研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費補助金「若手研究(A) (平成 25~27
年度)」
、公益財団法人 新世代研究所の 2014 年度研究助成、CNRS による支援を受けて行った。
【用語の説明】
◆近赤外レーザー
レーザーとは、光を増幅して放射するレーザー装置、またはその光のことである。レーザー光は指
向性や収束性に優れており、発生する光の波長を一定に保つことができる。とくに 700~1100nm の
近赤外領域の波長の光は生体透過性が高いことが知られている。
◆活性酸素種
活性酸素種とは、スーパーオキシドアニオンラジカル、ヒドロキシラジカル、過酸化水素、一重項
酸素に大別される、酸素分子がより反応性の高い化合物に変化したものの総称のことで、生命活動
に欠かせない物質である。
◆カーボンナノホーン
飯島澄男博士らのグループが 1998 年に発見したカーボンナノチューブの一種。直径は 2~5nm、長
さ 40~50nm で不規則な形状を持つ。数千本が寄り集まって直径 100nm 程度の球形集合体を形成して
いる。とりわけ、薬品の輸送用担体として期待されており、バイオメディカル分野で注目を集めて
いる。
◆ナノモジュレーター
今回開発した、CNH と有機色素からなる分子複合体は、近赤外光によって細胞へのカルシウム流入
や細胞膜に流れる電流を操作できるため、この分子複合体のことをナノスケールのロボットにたと
えて「ナノモジュレーター」と命名した。
◆近赤外蛍光色素(IRDye800CW)
IRDye800CW は近赤外イメージング用に開発された LI-COR 社より販売されている市販の蛍光試薬(励
起波長:778nm、蛍光波長:789nm)である。
◆パッチクランプ法
細胞膜に流れる電流を測定する方法のこと。細胞内外へのイオンの出し入れに関わるタンパク質の
活動を直接的に測定することができる。
【参考文献】
(1)都英次郎、
「生きた細胞を光エネルギーで操作」
、産総研 TODAY、Vol.15-03、14 頁(2015)
(2)「生きた細胞を光エネルギーで操作する技術を開発 -生体深部の細胞機能を光で制御する分子技
術を目指して-」
、産総研プレスリリース、2014 年 10 月 27 日発表
(3) E.Miyako et al.: Photofunctional nanomodulators for bioexcitation, Angew.Chem.Int.Ed.,
53, 13121(2014)
注)
:本技術シーズは、産総研 TODAY 2015-03(14 頁)に掲載の「生きた細胞を光エネルギーで操作」
と関連文献に基づき、TCI が加工し、本文については、研究者の追加説明とチェックを得、図
表及び写真については当該研究所の転載認可を得て、紹介するものである。
研究者所属
産業技術総合研究所 ナノ材料研究部門 CNT 機能制御グループ
氏
主任研究員 都 英次郎
名
TSNET コメント
近年、細胞機能を制御するために光を活用する方法が注目されている。今回は光に近赤外レーザ
ーを用いる新技術を紹介した。
従来技術では、紫外光や可視光などの基本的に生体透過性の低い光を用いるため、生体深部にお
ける細胞機能の制御が難しい。また、ウイルスを用いた遺伝子改変を行う必要があるため、医療へ
の応用が難しいという問題もあった。
それに対して紹介技術では、生体透過性の高い近赤外光を利用するため、生体深部の細胞機能制
御が可能になるという全く新しい利点が考えられる。さらに、従来技術の場合に必要となるウイル
スを用いる遺伝子操作が不要になるという利点もある。
具体的には、カーボンナノホーン(CNH)と近赤外蛍光色素からなる分子複合体(ナノモジュレー
ター)を新たに考案し、神経、免疫、がん等の代表的な細胞を対象にした基礎実験を通じて、分子
複合体による生きた細胞へのカルシウム流入や細胞膜を流れる電流の遠隔制御などの可能性が実証
された。このことはワイヤレスかつウイルスフリーによる細胞機能制御技術の向上につながり、近
赤外光を用いた一つの細胞の機能制御技術や脳疾患治療への応用に期待が高まったと考えられる。
担当研究者は、分子複合体を用いて細胞の機能やメカニズムの解明をすすめ、最終的には治療用
デバイスの開発につなげたいと考えている。そのための当面の重要課題は、近赤外光を細胞に照射
する場合の集光レベルの向上である。実験装置では数ミクロンオーダの集光レベルであるが、これ
をナノオーダに高める技術を求めている。
以上の課題に関連して何らかの構想や希望等をお持ちの企業を始め、本技術全体について少しで
も興味を持たれた企業におかれましては、是非、積極的なご提案やご質問を頂ければ誠に幸甚です。
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