1.安全な飲用水確保のためのステロール代謝物 による糞便汚染

1.安全な飲用水確保のためのステロール代謝物
による糞便汚染スクリーニング法の開発
○泉
敏彦
(北海道立衛生研究所 理化学部生活保健グループ)
伊藤 八十男(北海道立衛生研究所 理化学部生活保健グループ)
【研究目的】
現在,水中の糞便由来の原虫類(クリプトスポリジウム,ジアルジア)による汚染の可
能性の判断は,生物的指標として糞便汚染指標菌(大腸菌,嫌気性芽胞菌)の検査により
行われる。本研究では,環境水の原虫類汚染に対する新たな化学的指標を検索する目的で,
環境水中のステロール類の測定を行い,原虫類の存在との相関性について検討を行う。
【研究の必要性】
糞便汚染指標菌検査法では,糞便由来の原虫類の存在との相関(R 2 <0.5)は必ずしも高
くはなく,これまでの当所による調査によっても,指標菌が検出されていない場合にも原
虫が検出される事例が確認されている。一方,最近,環境水中のジアルジアと糞便由来の
ステロール類であるコプロスタノール/コレステロール比 1,2) との相関が比較的高い(R 2 =
0.76)ことが報告された 3) 。従って,環境水中のステロール類を適切に選択して測定する
ことにより,糞便由来の原虫類の存在を,より確度高く推定しうる可能性がある。
【実施内容・結果】
-実施内容-
1.試料の採取
1)河川水
H24年6~10月に,北海道内の24ヶ所の河川について1回ずつ採水した。ヒトの活動圏か
らの汚水の影響を極力排除するため,2河川を除いて河川上流部で採水した。
2)糞便試料
ステロール類構成の比較用試料として,エゾシカ,ウシ,エゾタヌキ,キタキツネ,ア
ライグマ,ヒグマ,シンリンオオカミ等の糞便を,札幌市立円山動物園等より入手した他,
エゾシカの糞便については野外での採取も行った。魚類(イワナ,ヤマメ及びウグイ)に
ついては,河川で捕獲したものより糞便を採取した。
- 1 -
2.ステロール類の測定
1)河川水中のステロール類
9種のステロール類(動物性ステロール:4種,植物性ステロール:5種)について,
既報に記述の方法 4) で対処し,GC/MS法で測定した(図1,図2)。
2)動物の糞便中のステロール類
動物の糞中の水溶性ステロール類の測定については,糞約2~3gを脱イオン水100mLに
懸濁後,遠心分離して得た上清0.5mLを脱イオン水1Lに添加後,上記2-1)と同様の方
法により測定した。
3.原虫類検査
1)顕微鏡による同定
河川水を吸引ろ過法,及び免疫磁気ビーズ法により濃縮,精製処理し,蛍光色素で染色
後、蛍光顕微鏡でクリプトスポリジウム・オーシスト及びジアルジア・シストを観察した。
なお,糞便試料については,MGL法(ホルマリン/酢酸エチル法)により処理後、同様に
染色して観察した。
2)遺伝子検査
河 川 水 よ り 得 た 原 虫 類 に つ い て は , TAKARA Cycleave Ⓡ RT-PCR Cryptosporidium
(18S-rRNA)Detection Kit及び,同 Giardia Kitを使用して得たDNAをリアルタイムPCRを行
った。一方,エゾシカの糞便より得た原虫については,Quiagen Stool DNA mini kitで核酸
の抽出を行った後,以下同様にRT処理後にリアルタイムPCRを行った。
増幅したDNAの配列決定は外部委託処理し,得られた塩基配列情報よりMEGA5システム
により分類及び系統樹解析を試みた。
4.糞便汚染指標菌(糞便性大腸菌(MPN),嫌気性芽胞菌),
採取した河川水は,定法に従い,糞便性大腸菌及び嫌気性芽胞菌の測定を行った。なお,
大腸菌の測定には,Colilert MPN(IDEXX)キットを使用した。
-結
果-
調査した河川のうち,2河川は生活排水の影響を受けており,他の22河川は,生活排水
の影響は受けていない。排水の影響を受ける2河川を含む8河川において原虫類を検出し
た(クリプトスポリジウム:7河川,ジアルジア:1河川)。また,野外7ヶ所で採取した
エゾシカの糞便の内,2ヶ所の糞便よりクリプトスポリジウム・オーシストを検出した。
原虫類が検出された8河川については,糞便汚染指標菌が検出されたのは4河川(2河
川で糞便性大腸菌及び嫌気性芽胞菌を共に検出)であり,糞便汚染指標菌の検出率は約50%
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であった。また,原虫類が検出されなかった16河川の内,4河川では糞便汚染指標菌は全
て検出され,6河川では糞便性大腸菌が,また3河川では嫌気性芽胞菌のみが検出された
が,残りの3河川では糞便汚染指指標菌は検出されなかった。
ステロール類(検出限界:5ng/L(ppt))については,調査した24河川の全てで,3~9
種類が検出された(最高値:コレステロールで約30,000ng/L(ppt))。
また,今回ステロールを測定した3種の魚類の糞便からは,いずれもコレスタノール,
カンペステロール及びβ-シトステロールが検出され,いずれの魚種においても特にコレス
タノールが高濃度で検出された。また,イワナについては,コレステロールも検出された。
一方,今回河川水,及び野外のエゾシカ糞便より検出された原虫類の塩基配列を解析し
た結果,河川水で検出されたクリプトスポリジウムは,6か所が C. parvum ,1ヶ所が C.
hominis であった。また,エゾシカ糞便中からは,C. parvum が検出された。一方,河川水よ
り検出されたジアルジアは,Assemblage Bであった。この結果から,いずれの原虫も,ヒ
トに感染可能な種であることが判明した。
【考察と今後の課題】
-考
察-
今回,ステロール類は,原虫類が検出された8河川全てで検出された(検出率:100%)
ことから,環境水中のステロール類を測定することは,糞便由来の原虫類の存在を推定し
うる検査法の一つとなる可能性が示唆された。しかし,コレステロール,コレスタノール,
カンペステロール及びβ-シトステロールは,魚類にも検出されたことから,河川水の糞便
汚染の指標からは除外するべきであると考えられた。従って,河川水の糞便汚染のステロ
ール類指標としては,現状ではコプロスタノール,エピコプロスタノール,5β-スチグマ
スタノール,5β-エピスチグマスタノール及びスチグマスタノールの5種が妥当である。
今回,8河川で検出された原虫類の内,2河川を除いて全てヒトの活動圏外(上流域)
で検出されたこと,野生動物(エゾシカ)の糞便からもクリプトスポリジウム・オーシス
トが検出されたこと,更に,検出された原虫類は1例のみヒト特有感染種( C. hominis )で
あったが,他の事例(7例)は全て人畜共通感染種( C. parvum 及び G. (Assemblage B) )
であったことが判明した。従って,河川水への原虫類混入には,家畜以外にも野生動物の
糞便が関与していることが本研究により強く示唆された。現在,本道ではエゾシカ等の野
生動物の増加が深刻な問題となっている現状もあるため,今後,より一層安全な水環境の
保全に留意していくことが必要不可欠である。本研究結果により,河川中の糞便由来の原
虫類を効率よく検出するため,スクリーニング法として,従来の糞便汚染指標菌検査に加
え,特定のステロール類の測定を併用することが有用であることが強く示唆された。
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-今後の課題-
今後,より精度の高い糞便汚染状況の把握のため,河川への糞便の混入が予想される生
物種(ネズミ等のげっ歯類や,河川の中~下流域に生息する魚類(主に,コイ科魚類)等)
についても,糞便中のステロール類の構成に関する知見の集積が必要である。また,動物
種による糞便中のステロール類構成の季節変動等についての把握も同時に検討し,検査の
実用性の向上を図る。
-文
献-
1)Fallowfield H, Bentham R, Cromar N (2003) Determination of Faecal Pollutions in Torrens and
Patawalonga Catchment Waters in South Australia Using Faecal Sterols. Water Science and
Technology. 47:283-289
2)Gilpin B, James T, Nourogi F, Saunders D, Scholes P, Savill M (2003) The Use of Chemical and
Molecular
Microbial Indicators for Faecal Source Identification. Water Science and
Technology. 47:39-43
3)平成18年度
環境保全研究成果集(環境省)
4)化学系学協会北海道支部 2011年 冬季研究発表会講演要旨集 2B14『環境水中の糞便汚
染の指標となりうるステロール類の検索』泉
敏彦 他
恒温動物によるステロール類の代謝
腸内細菌による代謝物
コレステロール
コレスタノール
コプロスタノール
エピコプロスタノール
(C27)
フィトステロール
β‐シトステロール
5β‐スチグマスタノール 5β‐エピスチグマスタノール スチグマスタノール
(C29)
カンペステロール
カンペスタノール(未測定)
(C28)
図1.ステロール類の代謝様式
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図2.GC/MSにおけるステロール類のクロマトグラム
【経費使途明細】
交 通 費 (『 水 道 ク リ プ ト ス ポ リ ジ ウ ム 試 験 法 に 係 る 技 術 研 修 』, 国 立 保 健 医 療 科 学 院 ,
H26.6.30~7.11)
97,840円
交通費(『原虫類の遺伝子検査打合せ』,国立感染症研究所,H26.9.7~9.11) 75,540円
消耗品費
309,462円
(コリラートMPN:79,917円,クリプト・ジアルジア蛍光抗体:89,094円,
セルロースアセテートメンブレンフィルター:44,999円,フルオフレップ:
6,480円,アニソール:1,188円,リン酸4メチルウンベリフェリル:18,360
円,TSC-Agar:56,808円,ハイパーマイクロチューブ:1,944円,無水硫
酸ナトリウム:10,672円)
図書購入(『クリプトスポリジウム・ジアルジア試験方法』)
検体の託送料(採取した河川水の配送(9回分))
合計
5,870円
11,288円
500,000円
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