1952年9月16日 外国人登録令違反被告事件

外国人登録令違反被告事件 昭和 27 年 9 月 16 日
事件番号:昭和 26(う)2035
大阪高等裁判所
第 4 刑事部
裁判長判事:瀬谷信義
判事:西尾貢一、福本一
<主文>
・原判決を、破棄する。
・被告人を、懲役 3 ヵ月に処する。
・原審における訴訟費用は、全部、被告人の負担とする。
・本件公訴事実中、
被告人が、
「昭和 22 年 5 月 2 日勅令第 207 号・外国人登録令」施行以前から、同 23 年 4 月ころまで、
引き続き京都市 a 区 b 町 A 方に居住していたにもかかわらず、
法定期間内に a 区長に対し、右勅令附則第 2 項所定の「登録の申請」を行わなかったとの事実
(すなわち、昭和 25 年 11 月 28 日付起訴状記載事実)につき、被告人を免訴する。
<理由>
本件控訴の趣意は、末尾添付の、
京都地方検察庁検事・正代理、検事・岡正毅作成名義の「控訴趣意書」記載のとおりである。
本件は、検察官よりまず、昭和 25 年 11 月 28 日付起訴状をもって、
「被告人は韓国人で、外国人登録令の適用については「外国人」とみなされるものであるが、
昭和 22 年 5 月 2 日勅令第 207 号・外国人登録令施行当時以前から、同 23 年 4 月ころまで、
引き続き京都市 a 区 b 町 A 方に居住していたにもかかわらず、
法定の期間内に、a 区長に対し、右勅令附則第 2 項所定の「登録の申請」を行わなかったものである」旨の事実につき、起訴がなされ、
よって原審において、この事実を審理中、
被告人がすでに、昭和 23 年 5 月 29 日、大阪地方裁判所において、法定の除外事由がないのに、
外国人登録令施行の日から、30 日以内に「法定の登録申請」をしなかった事実につき、罰金 500 円の判決言い渡しを受け、
該判決が確定していることが判明したので、
検察官はさらに、昭和 26 年 2 月 15 日、同日付「追起訴状」をもって、
「被告人は韓国人であって、外国人登録令の適用については「外国人」とみなされるものであるが、
昭和 22 年 5 月 2 日勅令第 207 号・外国人登録令施行当時以前から、引き続き本邦内に居住しているにもかかわらず、
法定の期間内に、本邦内いずれの市長村長に対しても、右勅令附則第 2 項所定の登録申請を行わなかった事実により、
昭和 23 年 5 月 29 日、大阪地方裁判所において、罰金 500 円の判決言い渡しを受け、その判決は確定したものであるところ、
その後、引き続き大津市 c 番地不詳 B 方、京都市 a 区 b 町 d 番地 A 方、その他、本邦内に居住していたにもかかわらず、
昭和 25 年 11 月 28 日までの間、大津市長、京都市 a 区長、その他いずれの市長村長に対しても、
所要の登録申請を行わなかったものである」旨の事実を、追起訴した。
ところが原審は、右各事実につき公判審理をつくしたうえ、
外国人登録令附則第 2 項、
昭和 24 年政令第 381 号による、改正前同令第 12 条第 2 号違反の所為は、
「外国人が所定の登録申請をなすべき義務に違反し、登録申請をしないこと」を内容とするもので、
いわゆる不作為犯に属するものであり、
同令施行の日から 30 日以内に登録申請をしなかったことにより、その期間経過と同時に、登録義務違反罪が成立し、
その後その登録申請をするか、または本邦を退去するまでの間、
その義務違反は継続するものと解すべきであるから、それはいわゆる継続犯であり、
しかも、その登録申請義務は、一回的行為により果たし得る単一のもので、その義務違反は、不可分的に継続し、
同一外国人について「数個の登録申請義務」を認めたり、
継続するときの流れを分割して、それぞれについて別個の義務違反を考えたりする余地はないから、
これを、本来数個の犯罪の組成であり、元来分割可能な「改正前刑法第 55 条」の連続犯や牽連犯、慣行犯等、
いわゆる「集合的犯罪の場合」と同一に解することはできない。
したがって、本件起訴事実、および追起訴事実、ならびに前記確定判決により認定された事実は、
それぞれ別個独立の「登録申請義務違反行為」の各一部分、すなわち「一罪の各一部分」にすぎないから、
その一部につき、叙上のごとき確定判決のあった以上、
その判決の既判力は、その判決において認定されている事実についてはもちろんのこと、
本件起訴事実、および追起訴事実の全部にもおよぶものであるとして、
本件につき、
「刑事訴訟法」第 337 条第 1 号を適用のうえ、免訴の言い渡しをした。
よって按ずるに、昭和 22 年政令第 207 号・外国人登録令附則第 2 項、第 3 項は、
昭和 22 年 5 月 2 日、右勅令施行の際、
現に本邦内に在留する外国人は、その勅令施行の日から 30 日以内に、同令第 4 条の規定に準じ、
その居住地市長村長に対し、外国人登録申請を行うべきものとし、
もし、右期間内に申請を行わなかった時は、同令第 4 条違反の場合と同様、
同令第 12 条第 2 号により処罰すべきことを定めているのであるが、
右申請義務は、その申請義務者において、現実に申請を行うまでの間存続し、
したがって、その登録不申請罪は、不申請のまま、上記法定期間を徒過することにより、直ちに既遂となるが、
その既遂状態は、その者において、所定の申請を行うか、あるいはまた国外へ退去するまでの間、引き続き継続する、
いわゆる継続犯であると解すべきである
(大阪高等裁判所昭和 26 年 6 月 1 日言い渡し判決、札幌高等裁判所同年 3 月 28 日言い渡し判決、
福岡高等裁判所<要旨>同年 5 月 24 日言い渡し判決、各参照)。
ところで、右のごとき継続犯を構成する事件につき、判決のなされた時は、
その判決の既判力(実質的確定力)のおよぶ範囲は、事件の単一、かつ同一である限り、その全部にわたることもちろんではあるが、
もし継続犯が、その判決の前後にまたがり行われた場合には、その既判力の範囲は原則として、
事実審理の可能性ある最後の時、すなわち第 1 審判決言い渡しの当時
(例外として、上訴審における破棄自判の判決言い渡し当時)を限界とし、
「それまで行われた行為」については既判力がおよぶが、
「その時以後に行われた行為」については、既判力はおよばないものと解するのが、
訴訟法の理念と、刑事政策の見地からして、最も合理的であると考えられ、
したがって、その判決言い渡し後に行われた行為に対しては、さらに新たな公訴の提起が許されるばかりでなく、
またそれは実体法的にも、社会通念上、「判決言い渡し前の行為」とは別個独立の犯罪を構成するもの、と解するのが相当である
(大審院昭和 8 年 3 月 4 日言い渡し判決、同昭和 9 年 3 月 13 日言い渡し判決、
最高裁判所昭和 24 年 5 月 18 日言い渡し判決、各参照)。
もっとも原審は、
継続犯は元来、分割不可能な単一行動であるから、
右のような場合、これを「判決言い渡しの前後」に分割し、独立別個の犯罪を認めることは、事実上不可能であり、
したがって判決の既判力も、判決言い渡しの前後を問わず、その全部におよぶ旨判示するのであるが、
既判力の範囲をどの程度に認めるかということは、結局、
叙上のごとく、訴訟法の理念と刑事政策の見地から、合目的に決めらるべき「訴訟法上の問題」である点に注目すれば、
以上のごとき解釈の可能であるばかりでなく、より合理的であることが容易に了解できよう。
原判示のごとき、判決言い渡し後の行為にして、事実上、審判の対象となり得ない事実にまで、既判力をおよぼし、
不当に、犯人に利益を与えることは、「刑事訴訟法」を支配している正義の許さないところ、と言うのほかはない。
よって、これを本件についてみると、
被告人は既に、昭和 23 年 5 月 29 日、大阪地方裁判所において、
法定の除外事由なく、外国人登録令施行の日から 30 日以内に、登録申請しなかった事実につき、
罰金 500 円の判決言い渡しを受け、その判決は確定しているから、
昭和 22 年 5 月 2 日以降、右判決言い渡しの日までの登録不申請罪については、すでに右確定判決の既判力がおよび、
したがって、本件起訴にかかる昭和 22 年 5 月 2 日以降、昭和 23 年 4 月ころまでの、被告人の登録不申請罪については、
すでにその確定判決があったものとみられるから、
右起訴事実については、
「刑事訴訟法」第 337 条第 1 号により、被告人に対し、免訴の言い渡しをなすべきこともちろんではあるが、
本件追起訴にかかる右判決言い渡し後、昭和 25 年 11 月 28 日までの、被告人の登録不申請の事実については、
右確定判決のあった事実とは、別個独立の事実とみられるから、これに対し、さらにその実体的判決のなされるべきは当然であり、
この事実についてまで、被告人に免訴を言い渡した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、
この違法が、判決に影響をおよぼすこともちろんである。
論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
よって「刑事訴訟法」第 397 条、第 380 条により原判決を破棄し、なお同法第 400 条ただし書きにしたがい、
さらに本件につき、次のとおり判決する。
被告人は韓国人であって、外国人登録令の適用については「外国人」とみなされる者であるが、
昭和 22 年 5 月 2 日勅令第 207 号・外国人登録令施行以前から、引き続き本邦内に居住していたものであるにもかかわらず、
法定の期間内に、本邦内いずれの市長村長に対しても、右勅令附則第 2 項所定の登録申請を行わなかった事実により、
昭和 23 年 5 月 29 日、大阪地方裁判所において、罰金 500 円の判決言い渡しを受け、これが確定したものであるところ、
その後も引き続き京都市 a 区 b 町 d 番地 A 方、その他本邦内に居住していたにもかかわらず、
昭和 25 年 11 月 28 日までの間、京都市 a 区長、その他いずれの市長村長に対しても、所要の登録申請を行わなかったものである。
右の事実は、
一.被告人の、原審第 3 回公判調書中の供述記載、
一.山科警察署長より、京都市 a 区長宛て「C の外国人登録令違反事件に関する照会、およびこれに対する回答書」の記載、
一.大阪地方検察庁・検察事務官作成の「C ほか 2 名に対する外国人登録令違反事件・判決謄本」、
および「C の前科調書」の記載、を総合して、これを認める。
法律に照らすと、上記被告人の所為は、
「外国人登録法附則」第 3 項、
「昭和 24 年 12 月政令第 381 号附則」第 7 項、
「昭和 22 年勅令第 207 号・外国人登録令」(昭和 24 年政令第 381 号による改正前のもの)附則第 2、3 項、
同令第 4 条第 1 項、第 11 条第 1 項、第 12 条第 2 項、
「罰金等臨時措置法」第 2 条に該当するから、その所定刑中、懲役刑を選択し、
その刑期範囲内で、被告人を懲役 3 ヵ月に処すべきものとし、
原審における訴訟費用は、
「刑事訴訟法」第 181 条第 1 項により、全部被告人の負担とする。
なお、本件起訴事実中、主文第 4 項記載の事実については、前叙のごとく、すでに確定判決があったものであるから、
「刑事訴訟法」第 337 条第 1 号により、被告人を免訴する。
よって、主文のとおり判決する。
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