生産者理論: 短期と長期

ミクロ経済学(2015 年度)
教授 清水大昌 第 5 回 2015 年 10 月 15 日
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http://www-cc.gakushuin.ac.jp/˜20060015/lecture/micro2015.html
短期と長期
• 企業の生産行動には制約があるが、その制約の度合いによって短期の問題である、長期の問題
であると言い表わされる。
• 企業レベルでは、生産要素の変動に制約がある場合に短期、ない場合に長期という。
• 産業レベルでは、存在する企業数に変動がない、つまり参入退出の自由がない場合を短期、参
入退出が自由な場合を長期という。
• これらをもとに、費用曲線や供給曲線を考察していく。
短期と長期:企業レベル
• 企業が技術選択に時間をどの程度使えるかによって費用が変わってくる。
• 電力の例:原子力発電の問題点が指摘されている。短期的には稼働中止や再稼働などを通じて
発電量を調整する必要がある。また、火力発電では石油・石炭・LNG(天然ガス)を使うが、石
油の価格が上昇したとき、電力会社がすぐに対応しなければならない場合は発電費用が上がる。
しかし、ある程度時間を掛けられれば、発電方法を太陽光や地熱や風力などに変えたり、石油
から石炭・LNG への代替を起こせば問題がなくなる。
• これらの対応時間の違いを「短期」や「長期」と表す。
• 短期: 機械や土地などの固定費用となる生産要素を変化させられないような短い期間のこと。
• 長期: 機械や土地なども自由に選択できるぐらいの長い期間のこと。
• 図 5 − 1 を参照。総費用曲線が3本描かれています。
– 資本の水準の違いにより、短期総費用曲線を3通り選ぶことが出来る。
– C0 = 2x、C1 = x + 4、C2 = x/2 + 9
– これらのグラフを描き、長期総費用曲線も図示せよ。
• C0 の総費用曲線は、固定費用は 0 だが可変費用が多い。C2 の総費用曲線は、固定費用が大きい
が可変費用が少ない。C1 の総費用曲線は、両方とも中ぐらい。
1
• Tシャツを作る企業を考える。C0 は例えば、固定費用は低く、針とミシンと個室ぐらいで生産
する。その場合は、作るのが大変なので、可変費用は多い。C1 は、もう少し良い機械を使って
おり、ミシン数台と、パターン印刷機などを使い、ある程度の場所を取って生産するので、固
定費用は高いが可変費用は低くなる。C2 では、最新の工場に流れ作業化されたTシャツ製造専
門の機械を導入する。固定費用はとても高いが、可変費用はたいしたこと無くなる。
• 短期では、企業は最初に所有していた固定費用に掛かる生産要素(機械や土地)を変えること
は出来ない。長期では、変えることが出来る。つまり、技術選択が出来る。
• 生産量が 4 以下までなら、C0 の技術がコストが一番低い。生産量が 4 以上 10 以下までなら、C1
の技術が一番安い。生産量が 10 以上なら、C2 の技術が一番安い。つまり、どのくらい生産す
るかを選択すると同時に、技術水準も企業は決めることが出来る。
(短期では、生産量と可変費
用(労働、原料の量)ぐらいしか選択できない。)
• C0 、C1 、C2 を短期総費用曲線 (STC) と呼ぶ。
• 図の太線が、それぞれのコスト最小点からなる線。これを長期総費用曲線 (LTC) と呼ぶ。
• どのように固定費用をいじっても、長期総費用曲線上の点より安く生産することはできない。
• 次に平均と限界を見てみる。図 5 − 2 を参照。もともとも総費用曲線はどれも限界費用が一定
(傾きが一定)なので、平均費用逓減型になっている。
• 長期平均費用曲線 (LAC) は、平均費用が一番低いところを通っている。(太線の部分) 長期総
費用曲線と範囲が一致していることに注意。
• 長期限界費用曲線 (LMC) はこの図では連続的になっていない。
短期と長期:企業レベル: 採用可能な技術が多数あるケース
• 実際には採用可能な技術はたくさんあり、その中で最も費用が低くなるものを企業は選択する。
• a > 0 を技術レベル (投資水準) のパラメータとしよう。総費用は T C(x, a) = 100a + x2 /a とな
る状況を想定して、この企業にとっての長期の費用曲線を求めよう。
• まず図 5 − 3 で a が {1, 2, 3} の場合を描いてみた。費用逓増型で、固定費が多いほど限界費用
が低くなり、この 3 つの候補からでは一番低い部分が長期総費用曲線となりうるといえる。
• 今回は a は正の実数なら何でも取れる。小さいと固定費用は小さいが限界費用が莫大に掛かる。
大きいと逆。具体的にはどのような値が最適になるだろうか?
• 費用最小になるような a を求めたいので、要するに偏微分して一階の条件を求めればよい。
∂T C(x, a)
x2
= 100 − 2 = 0
∂a
a
2
⇐⇒
a∗ =
x
.
10
• よって、生産量の 10 分の 1 だけ投資すればよい。
• 最適投資量 a∗ における平均費用と限界費用は
AC =
100a x
+
x
a
2x
MC =
a
10x
x
+
= 20.
x
x/10
2x
M C(a∗ ) =
= 20.
x/10
AC(a∗ ) =
=⇒
=⇒
となる。よって、長期平均費用曲線は AC = 20、長期総費用曲線は、平均が 20 となるので、
T C = 20x となる。(追記:そもそも最初の総費用曲線に a∗ を代入すればこのようになる。)
• 添付した Mathematica というソフトを使った図 (5 − 5) を参照。最初のグラフは図 5 − 3 と同
じ図。次は平均費用。最後は図 5 − 3 と T C = 20x を一緒に描いたもの。
• 長期総費用曲線が短期総費用曲線の接線となっているのがわかる。このような線のことを
包絡線 という。 長期の費用曲線は、短期の費用曲線の中で費用が最小となるものを選んだ点の
軌跡なので、このようになる。
• 平均費用についても同様のことが言える。長期平均費用曲線は、全ての短期平均費用曲線の包
絡線である。
• 図 5 − 4 を参照。これは長期平均費用が U 字型になっている場合で、図 5 − 3 の場合とは異な
る。注意すべき点は、短期平均費用曲線の最小点を長期平均費用曲線が必ずしも通るというわ
けではないこと。必ず接してはいる。短期平均費用が最小となる生産量においては、それ以外
の短期平均費用曲線の方が平均費用が低くなる可能性があるため。
• ここで重要な命題がある。長期の供給曲線は短期の供給曲線より傾きが緩やかになっている。
供給曲線上では限界費用の傾きは正であるが、長期の方が緩やか。理由は、一単位生産量を増
やした際掛かる費用が長期の方が少ないはずだから。(ある生産要素が固定されているという制
約がない分だけ、うまく調整ができるから。)
短期と長期:産業レベル
• 一方、産業レベルでも短期と長期の議論が出来る。
ここでの長期の定義: 新規参入と退出が可能な場合。
• ある (規制されていない) 産業において、既存企業が正の利潤を得ていれば、新規参入が起こる
であろう。既存企業が負の利潤しか上げられなければ、そのいくつかが退出するだろう。
• 自由に参入と退出があれば、結局一番効率的な費用構造を持ったいくつかの企業が勝ち残る。
利潤は 0 になる。つまり、価格は損益分岐価格になり、(長期) 平均費用曲線の最小値が価格と
なる。
3
– なぜなら、均衡では価格と限界費用が一致。損益分岐点なので価格と平均費用が一致。よっ
て、平均費用と限界費用が一致。よって、平均費用は最小となっている。そのような企業
のみ生き残れる。
• つまり、需要レベルに対応した企業数になるように参入退出が行われるのである。
• ここで企業は利潤 0 となるが、あくまでもこれは経済学的利潤であり、機会費用分の (会計学
的) 利潤は得ている。また、企業は労働者に賃金を払っているし、配当も出資者に払っている。
(もしくは、内部留保)。よって、利潤 0 と言うことに抵抗を感じないで欲しい。
技術面、企業数面での両方の長期を考えてみる
• 添付した図 (5 − 6) を参照してください。ここでは総費用が T C = ((x − a − 10)2 + (a − 5)2 + 5)x
で与えられた場合の図を描いている。a が技術レベルのパラメータを表している。
• 一つ目の図は a が 1, 3, 5, 7, 9 の場合をそれぞれ。これの一番下の部分(包絡線の部分)がこの
5 つから得られる長期平均費用曲線。
• a がもっと連続的に描かれている状況が次の図。−4 から 15 まで 0.5 刻みで増やした。すると、
包絡線がほぼ放物線になっているのが分かります。実際には a はもっと細かくできるが、放物
線になることは変わらない。
• この包絡線の求めるために、a について平均費用を最小化。そこで求まった a∗ を AC(a) に代
入すると LAC = (x2 − 30x + 235)/2 が得られる。この図が次の図。前の放物線と一致してい
るのが分かる。
• その次の図は、この LAC と、最初の図の 5 つの短期平均費用曲線を一緒に描いたもの。上で
扱ったような図になっているのが分かると思います。
• 最後の図は、限界費用と長期限界費用曲線を導出した後、LAC と LM C と一緒に a が 3, 5, 7
のケースでの AC と M C を描いたもの。LM C が SM C より緩やかな傾きになっている。
• なお、費用が最小となる a は 5 で、その際の生産量は 15 となる。このように、LAC が最小と
なるようなときの生産量のことを、最小効率規模 といい、MES (Minimum Efficient Scale) と
略される。費用一定産業では、均衡では各企業はこのレベルの生産を行うことになる。
• ホームページにはこのファイルのカラー版がありますので、興味がある方はそちらを参照して
ください。見やすいし分かりやすいと思います。
練習問題
• 総費用が T C = ((x − a − 10)2 + (a − 5)2 + 5)x で与えられ、需要が x = 125 − p で与えられると
する。企業は同質的でプライステーカーであり、産業は費用一定産業であるとすると、この設
定での長期の均衡価格と均衡生産量はいくらになるか?また、企業は何社存続出来るだろうか?
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