ロジスティック曲線についての数学的補足

ロジスティック曲線についての数学的補足
1. はじめに
今回の課題
2. 標準シグモイド関数
普及モデルの一つとして用いられるロジス
3. ロジスティック関数
ティック曲線型の普及について,数学的な
4. 普及曲線
補足を行う。
参考文献
キーワード
標準シグモイド関数,ロジスティック関数
1. はじめに
新技術の普及の典型的モデルとして利用されてきた
てもらう。その後で「3. ロジスティック関数」で,講
の講義もそれに準じて説明している。なぜにこのモデ
むような,通常のロジスティック関数の説明に移る。
のは,ロジスティック曲線を使ったモデルであり,こ
ルが使われているのかと言うと,それが当てはまるよ
うな現実があるからということとともに,それが数学
的に単純だからでもある。単純ではあるが,分かりや
すくするためには,話しの順序に工夫が必要である。
ここでは,最初に「2. 標準シグモイド関数」で,ロ
義で見たような普及曲線を特殊的なケースとして含
最後に「4. 普及曲線」で,講義で見たような新技術の
普及のモデルに移る。講義と直接に関係があるのは「4.
普及曲線」だけである。ここを読んで解らない部分だ
け,前を参照すれば良いだろう。
ここでは,数学的な説明は必要最低限また基礎的部
ジスティック関数を含むような一般的な関数である
分に留める。また,分かりやすさを基準にしているた
ら説明を始めて,S の形をした曲線のイメージを持っ
なお,このレジュメの内容は試験範囲外である。
シグモイド関数(その中でも標準シグモイド関数)か
めに,計算手続きはかなり冗長になっている。
2. 標準シグモイド関数
e x = exp ( x ) と表現すると,
以下の関数を標準シグモイド関数と呼ぶ。
=
ς ( x)
ς ( x) =
1
1
=
1 1 + e− x
1+ x
e
ここで e は自然対数の底(ネイピア数)である。なお,
になる。
Memo
1
1 + exp ( − x )
(1)
2
ロジスティック曲線についての数学的補足
シグモイドとは“ギリシャ語のシグマ(小文字語
末系のς)の形の”という意味である。“S 字型”と
{
}
d
ς ( x ) ⋅ 1 − ς ( x ) 
dx
d
d
=−
1 ς ( x )  ⋅ ς ( x )  + ς ( x ) ⋅ 1 − ς ( x ) 
dx
dx
d
d
=
1 − ς ( x )  ⋅ ς ( x )  − ς ( x ) ⋅ ς ( x ) 
dx
dx
= [1 − ς ( x )] ⋅ {ς ( x ) ⋅ [1 − ς ( x )]} − ς ( x ) ⋅ {ς ( x ) ⋅ [1 − ς ( x )]}
′′ ( x )
ς=
も呼ばれる。
図 1 標準シグモイド関数のイメージ
1
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
政治経済学 1
{
}
= ς ( x ) ⋅ 1 − ς ( x )  ⋅ 1 − ς ( x )  − ς ( x )
= ς ( x ) ⋅ 1 − ς ( x )  ⋅ 1 − 2ς ( x ) 
である。また,
ς=
(0)
−5.0 −4.0 −3.0 −2.0 −1.0 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0
である。その他,まとめると,
この関数の 1 階の導関数 ς ′ ( x ) は,
−1
d
d  1  d 
1 + e− x ) 
=
ς=
( x )
(
−x 



dx
dx 1 + e  dx 
−2
d
=− (1 + e − x ) ⋅ (1 + e − x )
dx
−2
d
=− (1 + e − x ) ⋅ e − x ⋅ ( − x )
dx
′( x)
ς=
=− (1 + e
=
)
− x −2
e− x
=
2
(1 + e− x )
(1 + e
(1 + e ) − 1
) (1 + e )
−∞
…
0
…
+∞
0

0.5

1
−x
1
1 + e− x
である。2 階の導関数 ς ′′ ( x ) は,
0
0

+
0.25
0

−
0
0
である。
また,
=
ς (−x)
exp ( − x )
1
=
1 + exp ( x ) 1 + exp ( − x )
かつ,
−x
⋅
−x
 1 + e− x
1 
1
⋅
−
=
−x
−x 
e
e
e− x
1
1
1
+
+
+


= ς ( x ) ⋅ 1 − ς ( x ) 
=
x
ς ( x)
ς ′( x)
ς ′′ ( x )
⋅ e − x ( −1)
1
1
1
= = 0.5
1 + exp ( 0 ) 1 + 1
−ς ( x ) + 1 =−
1 

⋅ 1 −

e− x 
1
+

1 + exp ( − x )
exp ( − x )
1
+
=
1 + exp ( − x ) 1 + exp ( − x ) 1 + exp ( − x )
である。
以上から,標準シグモイド関数は以下の性格を持
つ:
 lim ς ( x ) = 0 かつ lim ς ( x ) = 1 であり,しかも両点
x →−∞
x →∞
では定義されない。つまり, ς ( x ) = 0 と ς ( x ) = 1
とに漸近線を持つ。
 ς ′′ ( 0 ) = 0 であり, x = 0 の両側で 2 階の導関数の
符号が異なる。つまり,点 ( 0, 0.5 ) に変曲点を持
つ。
Memo
担当:今井 祐之
ロジスティック曲線についての数学的補足
 ς (−x) =
−ς ( x ) + 1 である。ς ( x ) − 0.5 は奇関数であ
3
である。したがってまた, ς ( x ) は点 ( 0, 0.5 ) につ
り,したがって,原点について点対称(原点を中
いて点対称である。
心に曲線を 180 度回転させるとピタリと重なる)
3. ロジスティック関数
生物の個体数 P は時間 t の関数だと想定する。そうす
にすることができる。部分分数分解により
ると,個体数の増加率は直前の個体数に比例すると考
1 
1
dP ⋅  +
rdt
=
P K −P
えることができる。すなわち,
である。両辺を積分すると,
dP
= rP
dt
 1
である。しかし,一定の環境下で個体数が無限に増加
できるわけではなく,この環境が許容できる個体数の
1
上限 K が存在し, P が K に近づくのに連れて増加率
である。ここで,1 =( −1) ⋅
たのが以下のような微分方程式(ロジスティック微分
(
1
って,
=
K −P
は逓減すると想定することができる。この関係を表し
方程式)である。
P →0
dP
dP
= 0 である(増加率は
= 0 ,かつ lim
→
P
K
dt
dt
最初は 0 近くから始まり,最後も 0 近くで終わる)こ
とがわかる。そして, r は潜在的に可能な増加率の上
限だと解釈することができる。
r が大きければ大きいほど,それだけますます急
速に増加する。この点については,
「4. 普及曲線」
P ( K − P)
dP
P

= rP 1 −  = r
dt
K
 K
これは分離可能な微分方程式なので,
dP ⋅
d
( K − P)
dP
だから,
K −P
である。なお,ここで, log は自然対数を表す記号と
する。また, Ci は積分定数(つまり任意の定数)であ
り, C3 − C1 − C2 =
C として,積分定数を右辺に集めよ
う。すなわち,
log P − log ( K − P ) =rt + C
の「図 3 係数 r に応じた普及速度の相違」で見
る。
では,この微分方程式を解いてみよう。
−1) ⋅
d
( K − P ) であり ,したが
dP
 d

 dP ( K − P ) 
1
r ∫ dt
∫ P dP − ∫  K − P  dP =




( log P + C1 ) − log ( K − P ) + C2  =rt + C3
dP
P

= rP 1 − 
dt
 K
ここで,lim

r ∫ dt
∫  P + K − P  dP =
 P 
log 
= rt + C
K −P
である。自然対数とその底との関係から,
P
exp ( rt + C ) =
K −P
である。これを P について解くと,
K
=
rdt
P ( K − P)
Memo
4
ロジスティック曲線についての数学的補足
政治経済学 1
=
P exp ( rt + C )  ⋅ ( K − P )
P=
K ⋅ exp ( rt + C ) − P ⋅ exp ( rt + C )
数はそもそも定義されないし,また 0 の個体数からは
P ⋅ 1 + exp ( rt + C )  = K ⋅ exp ( rt + C )
個体の増加は生じえないから,P0 > 0 である。すると,
P=
初期値)を P0 と表現しよう。ここで,マイナスの個体
K ⋅ exp ( rt + C )
=
P0
1 + exp ( rt + C )
分母と分子を exp ( rt + C ) で割ると,
である。したがって,
K ⋅ exp ( rt + C )
K ⋅ exp ( rt + C )
exp ( rt + C )
=
P =
1 + exp ( rt + C ) 1 + exp ( rt + C )
exp ( rt + C )
=
=
K
1 + exp ( −C ) =
P0
したがってまた,
exp ( −C ) =
K
exp ( rt + C )
1
+
exp ( rt + C ) exp ( rt + C )
−1
である。こうして,任意の積分定数 C は実は初期の個
である。ここで,
(e ) =
rt + C −1
=
P P=
(t )
(3)
 K − P0 
C = − log 

 P0 
exp ( rt + C )  + 1
−1
K − P0
K
− 1=
P0
P0
である。したがってまた,
K
exp ( rt + C )  =
K
K
=
1 + exp ( −r ⋅ 0 − C ) 1 + exp ( −C )
体数と最大の個体数とによって規定されていること
exp ( −rt − C ) だから,
K
1 + exp ( −rt − C )
(2)
がわかる。いま α = exp ( −C )=
P (t ) =
である。
さて,いま t = 0 ,つまり初期における P の値( P の
K − P0
とすると,
P0
K
1 + α exp ( −rt )
(4)
である。この式をロジスティック関数と呼ぶ。
4. 普及曲線
『6. 生産力の上昇』では,イノベーションとしてはプ
ロセスイノベーションが想定されつつ,普及は数量ベ
ースではなく,率ベース(総供給量の中で,革新的企
である。ここで,式(1)の単純な標準シグモイド関数が
再現している。すなわち,
1
1
=
1 + exp ( −rt − C ) 1 + exp  − ( rt + C ) 
業が供給した量が占める比率)で定義された。したが
って,新技術の普及を考える場合には,普及率 D ( t ) は
= ς ( rt + C )
0%より大きく,100%より小さいと考えることができ
る( 0 < D ( t ) < 1 )
。したがって,普及の最大限は K = 1
である。以上を前提として,ロジステック曲線型の普
である。
及を考えてみる。すると,式(2)および式(4)から,
言うまでもなく,普及の絶対数の比較が問題であ
る場合には, D ( t ) は,率ベースではなく,数量ベ
ース(累積値ベース)で定義されるべきだろう。
1
1
D (t ) =
=
1 + exp ( −rt − C ) 1 + α exp ( −rt )
Memo
担当:今井 祐之
ロジスティック曲線についての数学的補足
いま,普及率の初期値 D0 を D0 = 0.01 (つまり,最
初の革新的企業による最初の商品供給は 1%の市場シ
ェアを得る)と仮定すると,式(3)から,
こうして,講義で用いていたような,普及曲線を得る
ことができた。
また,新技術の普及は, r の大きさが大きくなれば
なるほどますます急速に,小さくなればなるほどます
ます緩慢になる。以下では,r = 0.1 から r = 0.4 になる
に連れて,普及速度が急速になるのを示したグラフで
K − D0 1 − 0.01
=
= 99
D0
0.01
α = exp ( −C )=
5
ある。
である。また, r = 0.25 と仮定すると,
図 3 係数 r に応じた普及速度の相違
1
D (t ) =
1 + 99 ⋅ exp ( −0.25 ⋅ t )
100%
になる。 t = 0 から t = 40 までの区間について,この式
のグラフを書いてみよう。
図 2 普及のイメージ
80%
60%
40%
100%
20%
80%
0%
60%
40%
0
5
10
15
20
25
0.10
0.15
0.20
0.30
0.35
0.40
30
35
40
0.25
20%
0%
0
5
10
15
20
25
30
35
40
参考文献
1. 『微分方程式──その数学と応用──』(上巻),M.ブラウン著,一樂他訳,丸善出版,2014 年,ISBN:9784-621061961
簡潔ではあるが,ロジスティック関数の数学的な説明がまとめられている。特に,このレジュメでは詳
しく触れなかった初期値問題に力を入れている。それとともに,人口および技術革新についてロジス
ティック関数の応用を取り挙げている。
2. 『技術革新の経済学』,R.クームズ・P.サビオッティ・V.ウォルシュ著,竹内啓・廣松毅監訳,新世社,1989
年,ISBN:4-915787-00-1
技術革新について,ロジスティック関数の応用例とその問題点を取り挙げている。数学的な説明はほ
とんどない。
Memo