1 リーマンの数学と素数定理 赤澤 涼 2015 年 9 月 9 日 Abstract 与えられた数以下の素数の密度を明らかにする素数定理は, 1896 年にド・ラ・ヴァレ・プーサンとアダ マールによって独立に証明された. その証明の本質は, ドイツの数学者ベルンハルト・リーマンが導入した ゼータ関数の零点の分布の評価であった. 本発表では複素解析学の基礎を紹介した後, リーマンが 1859 年 に投稿した論文 [1] を検討する. リーマン以降の進展として代表的な結果のひとつである素数定理の証明を 追う. 紹介する内容が多いため, いずれも証明や議論の細部には立ち入らない. 後輩の皆さんに解析数論の 雰囲気を掴んでいただければ幸いである. 目次 1 複素解析の初歩 2 1859 年論文 15 3 素数定理 20 2 はじめに 本稿は大きくわけて 3 節から成る. まずはリーマンの仕事を理解するのに不可欠な複素関数論の初歩的な結 果をいくつか紹介する. キーワードは正則, 積分, 極, 留数など. 次にドイツの数学者ベルンハルト・リーマン *1 が 1859 年に投稿した論文『与えられた数以下の素数の個数について』を検討する. そこにはその後の素数 分布論の方向性を示唆する重要な結果と, リーマンの深い洞察が隠されている. 最後に, リーマン以降の結果と してよく知られる素数定理の証明を紹介する. その本質はリーマンが定義したゼータ関数の零点の評価である. 本稿の目的はこの定理の証明の大筋を鑑賞することにある. *1 Bernhard Riemann, 1826-1866. 1 複素解析の初歩 リーマンの数学と素数定理 1 複素解析の初歩 色々な関数についても変数 z を 複素数の範囲にまで広げて考えてみたい. そのときどんな風景が見えてくるだろうか. ──『複素関数入門』 神保道夫 [7] 1.1 微分可能性と正則関数 複素平面 C の部分集合 S の各点 z に対して, 複素数 w が対応しているとき, この対応を w = f(z) と表し, これを S を定義域とする複素関数という. ここでは複素関数に関する微分可能性と基本性質について みておこう. 以下, 単に関数という場合には複素関数を指すものとする. 定義 1.1 (ノルム) 複素数体 C を R ベクトル空間とみなし, z = x + iy ∈ C に対してノルムを |z| = √ x2 + y2 で定めることにより, R 上のノルム空間とする. これは R2 と C を同一視するため, R2 の構造をそのまま C に持ち込んだ, と解釈してもらえればよい. C に ノルムが入ったので, 実変数関数について培ってきた微分に関する定義のほとんどをそのまま移植することが 出来る. 定義 1.2 (近傍) C の部分集合 V(a, ρ) = {z ∈ C : |z − a| < ρ} を, a の ρ 近傍 (ρ-neighborhood) という. 定義 1.3 (収束) 自然数 N から複素数 C への写像 cn : N −→ C 2 1 複素解析の初歩 リーマンの数学と素数定理 1.1. 微分可能性と正則関数 を複素数列といい, {cn } で表す. 任意の正の数 ϵ に対して, 自然数 N が存在し, n ≥ N を満たす任意の自 然数 n について cn が c の ϵ 近傍に属するようにできるとき, cn は c に収束するという. 定義 1.4 (微分可能性) 関数 f(z) の定義域内の点 z0 において, 極限 lim z→z0 f(z) − f(z0 ) ∈C z − z0 (1) が存在するとき, f(z) は z = z0 で微分可能 (differentiable) であるといい, (1) の値を微分係数 (differen- tial coefficient) という. これを f ′ (z0 ) で表す. 微分係数の定義は高校で習った実変数の関数のものと形式的に同様であるが, 定義 1.4 における「極限の存 在」は z が z0 へどの方向から近付いても極限値が存在することであったので, これは実変数関数の時よりも 強い条件になっている. 複素関数 f(z) = u(x, y) + iv(x, y) が複素平面上の点 z0 = x0 + iy0 で微分可能なら ば, 極限値 f(z) − f(z0 ) z − z0 u(x, y) − u(x0 , y0 ) + i{v(x, y) − v(x0 , y0 )} = lim x − x0 + i(y − y0 ) (x,y)→(x0 ,y0 ) f ′ (z0 ) = lim z→z0 (2) が存在する. この z → z0 の近付け方は「どの方向から」近付けてもよいので, ここでまずは実軸に平行な直線 に沿って近付けてみる. すなわち, 実数 y0 をひとつ固定し, z = x + iy0 に対して, x → x0 とすれば, f ′ (z0 ) = lim x→x0 { u(x, y0 ) − u(x0 , y0 ) v(x, y0 ) − v(x0 , y0 ) +i x − x0 x − x0 } (3) が成り立つ. この極限値は (2) と同じ値なので, f ′ (z0 ) = ux (x0 , y0 ) + ivx (x0 , y0 ) (4) が成り立つ. 同様に虚軸に平行な直線に沿って z0 に近付けることを考えれば, f ′ (z0 ) = vy (x0 , y0 ) − iuy (x0 , y0 ) (5) が成り立つ. (4) と (5) を比較すると, 複素関数の微分可能性は以下のようにこれまでの (偏) 微分概念と結び つく. 定理 1.5 (Cauchy-Riemann の方程式) f(z) = u(x, y) + iv(x, y) が点 z0 = x0 + iy0 で微分可能ならば, 実 2 変数関数 u, v は点 (x0 , y0 ) で偏微 3 1 複素解析の初歩 リーマンの数学と素数定理 1.1. 微分可能性と正則関数 分可能で, 以下の関係式 ∂u ∂v = ∂x ∂y ∂u ∂v =− ∂y ∂x (6) (7) を満たす. これを Cauchy-Riamann の方程式 (―’s equation) という. 定義 1.6 (正則関数) 開集合 U ⊂ C 上の関数 f : U −→ C が, 任意の z0 ∈ U において微分可能であるとき, f を U 上の正則関 数 (holmorphic function) という. またこのとき, f ′ : U −→ C を導関数 (derivative) という. 注意 1.7 U 上の正則関数全体は C 代数をなす. 続いて高校以来親しんでいる様々な関数を複素変数へ拡張することを考える. 指数関数は「指数法則」およ び導関数の値に関する条件を満たす正則関数 f : C −→ C として一意に定めることもできるが, 今回は天下り 的に Euler の公式を定義に採用することにする. 定義 1.8 (指数関数) 純虚数 iy に対して, 指数関数 (exponential function) eiy を, eiy = cos y + i sin y と定義する. z = x + iy ∈ C に対しては, ez = ex eiy = ex (cos y + i sin y) と定義する. 三角関数についても, 「加法定理」および「導関数の値」に関する条件を満たす正則関数 f : C −→ C として 一意に定めることもできるが, 今回は Euler の公式から導かれる実変数について成り立つ関係式に倣って, 天 下り的に定義をする. 4 1 複素解析の初歩 リーマンの数学と素数定理 1.2. 複素平面上の積分 定義 1.9 (三角関数) z = x + iy ∈ C に対して, 正弦関数 (sine function) および余弦関数 (cosine function) をそれぞれ, sin z = eiz − e−iz 2i cos z = eiz + e−iz 2 と定義する. 定義 1.10 (対数関数) z ̸= 0 に対し, z = ew を満たす w ∈ C を z の対数 (logarithm) といい, w = log z と表す. Im(w) を z の偏角 (argument) といい, arg(z) で表す. 注意 1.11 対数と偏角は 2πi または 2π の差について不定だが, 定義域の制限でこれを取り除くことができる. 特に −π < arg(z) < π に対する log z をこの対数の主値 (principal value) といい, Log z で表す. 定義 1.12 (累乗関数) a ∈ C に対し, za = ea log z で定義する. 注意 1.13 定義に含まれる log が多価であるためこの関数は多価となる. eaLogz を za の主値という. 1.2 複素平面上の積分 ここまでの微分の考察に続いて, 積分を複素関数に対して適用することを考える. 微分のときと同様に, 実変 数の積分の考えをそのまま持ち込むと, C としての 2 次元の自由度が本質的な困難をもたらす. C 内では 2 点 間を結ぶ曲線が無数にあるため, 不定積分を一意に定められなくなってしまう. 線積分を考えるのに先立って いくつか曲線に関する言葉を定義するが, 位相空間や同値類に不慣れな場合は, 「曲線」「連結」などの言葉は ある程度直感的に受け止めて頂いて当面問題ない. 以下しばらく X を位相空間, I = [0, 1] とする. 5 1 複素解析の初歩 リーマンの数学と素数定理 1.2. 複素平面上の積分 定義 1.14 (曲線) 連続写像 γ : I −→ X を曲線 (path) という. γ(0) ∈ X を始点 (initial point), γ(1) ∈ X を終点 (end point) という. γ(0) = γ(1) を満たす曲線を閉曲線 (closed path) という. 任意の a, b ∈ X に対し, a を 始点, b を終点とする曲線が存在するとき, X は弧状連結 (path connected) であるという. C の弧状連結 な開部分集合を領域 (domain) という. 定義 1.15 (弧状連結成分) X において, 以下は同値関係となる. a ∼ b ⇐⇒ a から b への曲線が存在する. その同値類を X の弧状連結成分 (path connected component) という. 定義 1.16 (区分的 C1 級) 有限列 0 = a0 < a1 < · · · < an = 1 が存在し, 曲線 γ : I −→ C が小区間 [ak−1 , ak ] 上で C1 級であると き, γ は区分的 C1 級 (piecewise C1 -class) または区分的になめらかであるという. 以下, 単に曲線といった場合には区分的になめらかであるとする. また, 区分的になめらかな曲線の「逆向 き」や「結合」も区分的になめらかである. これらをふまえて複素平面上の線積分を定義しよう. 定義 1.17 (線積分) 領域 D ⊂ C 内の曲線 γ : I −→ E に対して, 関数 f : D −→ C の γ に沿った (複素) 線積分 (path integral) を, ∫ f(z)dz = γ n ∫ ak ∑ f (γ(t)) γ ′ (t)dt (8) k=1 ak−1 で (右辺が意味を持つときのみ) 定義する. ただし 0 = a0 < a1 < · · · < an = 1 は曲線 γ : I −→ C が小 区間 [ak−1 , ak ] 上で C1 級となるような有限列とする. 混乱のおそれがないときには, γ が I 全体で C1 級であるかのように 略記することがある. 6 ∫ γ f(z)dz = ∫1 0 f(γ(t))γ ′ (t)dt などと 1 複素解析の初歩 リーマンの数学と素数定理 1.3. Cauchy の積分定理 定義 1.18 (原始関数) 正則関数 F : D −→ C の導関数が f のとき, F は f の D における原始関数 (primitive function) であると いう. 関数 f : D −→ C が与えられたとき, それが原始関数を持つか, という問題を考える. 複素積分の値は, 一般 に積分路の取り方に依るが, f が原始関数を持つときには, 始点と終点だけで定まり, 「経路」の取り方には無 関係となる. 定理 1.19 F を領域 D 上の正則関数, またその導関数 f は D 上で連続であるとする. 曲線 γ : I −→ D において γ(0) = a, γ(1) = b とすると, ∫ f(z)dz = F(b) − F(a) (9) γ が成り立つ. 証明 F(γ(t)) = (F ◦ γ) (t) の導関数は, 合成関数の微分法則により, (F ◦ γ) ′ (t) = F ′ (γ(t)) γ ′ (t). 線積分の定義と 微分積分学の基本定理より, ∫ ∫1 f(z)dz = γ f(γ(t))γ ′ (t)dt = 0 ∫1 (F ◦ γ) ′ (t)dt = F ◦ γ(1) − F ◦ γ(0) = F(b) − F(a). 0 □ この定理より, f が原始関数を持てば, 閉曲線に沿った積分は常に 0 になることがわかる. 系 1.20 定理 1.19 の設定において, D 内の任意の閉曲線 Γ に対し, ∫ f(z)dz = 0. (10) Γ 1.3 Cauchy の積分定理 続いて Cauchy の積分定理について証明なしで復習しておく. 様々な証明方法が知られるが, 適宜複素解析 学の教科書を参照されたい. 複素解析学をスタートするにあたって要となるこの定理は, 正則関数の線積分が 積分路の連続変形に対しては不変であると主張する. 7 1 複素解析の初歩 リーマンの数学と素数定理 1.4. Weierstrass の定理 定理 1.21 (Cauchy の積分定理 (―’s integral theorem) ) 領域 D 内の閉曲線 γ0 , γ1 が「連続変形で不変」であるとき, D 上の任意の正則関数 f について, ∫ ∫ f(z)dz = γ0 (11) f(z)dz γ1 が成り立つ. 特に閉曲線 γ が「1 点に連続的に変形できる」ならば, ∫ γ f(z)dz = 0 が成り立つ. この応用として, 次の Cauchy の積分公式がある. これもここでは証明しない. 定理 1.22 (Cauchy の積分公式) f を領域 D 上で正則な関数とする. C をその周と内部が D に含まれる閉曲線とする. a ∈ C に対して, f(a) = 1 2πi ∫ C f(z) dz z−a (12) が成り立つ. 1.4 Weierstrass の定理 正則関数列の極限は正則であるか, という問題を考える. 関数の連続性は一様収束で遺伝し, 極限と積分は交 換可能になった. 正則関数についてはどのような性質があるだろうか. 定義 1.23 (広義一様収束) 位相空間 X 上の関数列 {fn } が関数 f に広義一様収束 (uniformly convergent in the wider sense) または コンパクト一様収束するとは, 任意のコンパクト集合 K ⊂ X に対して, fn の K への制限の列 {fn |K } が f|K に一様収束することである. ゼータ関数の性質を調べる際に, 次は基本となる. 定理 1.24 (Weierstrass の定理) 開集合 U ⊂ C 上の正則関数列 {fn } が f に広義一様収束するならば, f も U 上正則である. 証明は [8] などを参照. 8 1 複素解析の初歩 リーマンの数学と素数定理 1.5. Laurant 展開と特異点 1.5 Laurant 展開と特異点 ある点 a の近傍で正則関数が定義できるとき, a を孤立特異点という. 孤立特異点のまわりでの正則関数の 様子を調べるために基本となるのが Laurant 展開と呼ばれるべき級数展開である. 定理 1.25 (Laurant 展開) U ⊂ C を開集合とし, a ∈ U を固定する. また D̄ ⊂ U となるよう開円板 D = D(a, R) をとる. f を U \ {a} 上で正則な関数とする. 1 An = 2πi ∫ ∂D f(s) ds (n ∈ Z) (s − a)n+1 とすると, 任意の z ∈ D \ {a} に対して, f(z) = ∞ ∑ An (z − a)n (13) n=−∞ が成り立つ. 証明には Cauchy の積分定理と積分公式を用いる. f が a も含めて U 上正則なときには, 負べきを含まない べき級数展開 (Taylor 展開) が得られる. (13) を f の a における Laurant 展開 (― expansion) という. 定義 1.26 (孤立特異点) 点 a ∈ C の開近傍 U に対し, U \ {a} において正則関数 f が定義されているとき, a を f の孤立特異点 (isolated singular point) という. 定義 1.27 (孤立特異点の分類) a を正則関数 f の孤立特異点とする. また f は a のまわりで f(z) = ∑∞ n=−∞ An (z − a)n と Laurant 展 開されているとする. An ̸= 0 を満たす n の下限を f の位数 (order) といい, ord(f, a) で表す. 1. ord(f, a) ≥ 0 のとき, a を除去可能特異点 (removable singular point) という. 2. −∞ < ord(f, a) < 0 のとき, a を極 (pole) という. 3. ord(f, a) = −∞ のとき, a を真性特異点 (essential singular point) という. また, 0 < n < ∞ のとき, ord(f, a) = n となる点 a を n 位の零点といい, ord(f, a) = −n となる点 a を n 位の極という. 9 1 複素解析の初歩 リーマンの数学と素数定理 1.6. 一致の定理と解析接続 命題 1.28 f(z) の 孤 立 特 異 点 a の 位 数 が 有 限 な ら ば, a は f(z)−1 の 孤 立 特 異 点 で も あ り, ord(f(z)−1 , a) = −ord(f, a) が成り立つ. 命題 1.29 a が f の極である必要十分条件は, lim |f(z)| = ∞. z→a 証明 十分性は明らか. 必要性は, 命題 1.28 より, limz→a f(z)−1 = 0 なので, limz→a |f(z)| = ∞ がわかる. □ 1.6 一致の定理と解析接続 正則関数 f と g がある領域 A でまったく同じ値を取っているとする. また, A よりも広い領域 B でも g が 定義されているとしよう. このときもし f も B 上で定義されるならば, B でも f と g の値は一致してしまうこ とが知られている. 定理 1.30 (一致の定理 (theorem of identity)) {zn } は領域 U ⊂ C 内の相異なる点からなる点列で, U 内の点 a に収束しているとする. U 上で正則な関 数 f と g に対して, f(zn ) = g(zn ) (n = 1, 2, . . .) が成り立っているならば, U 全体で恒等的に f = g が成り立つ. 次はリーマンの仕事を考えるにあたって, 本質的に重要となる. 定義 1.31 (解析接続) 領域 U ⊂ C 上正則な関数 g と, A ⊂ U 上正則な関数 f について, g|A = f が成り立つならば, g を f の解 析接続 (analytic continuation) という. 一致の定理より, 解析接続は存在すれば一意である. 例 1.32 高校で習った無限等比級数の和の公式 1 − s + s2 − s3 + · · · = 10 1 1+s (14) 1 複素解析の初歩 リーマンの数学と素数定理 1.7. 留数定理 の左辺を f(s), 右辺を g(s) とすると, g は f の解析接続を与える. 1.7 留数定理 上の例に挙げた f(s) について, 新たに次のような関数とその積分を考えてみよう. φ(s) = f(s) 1 . = 2 2 s s (1 + s) (15) φ(s) は s = −1, 0 に極を持つ. また s = 0 での Laurant 展開は (14) を考えれば明らかに, 1 s2 (1 + s) 1 = 2 (1 − s + s2 − s3 + · · · ) s 1 1 = 2 − + 1 − s + s2 − s3 + · · · s s φ(s) = である. 積分の線型性から, φ(s) を積分したければ, Laurant 展開の各項を積分すればよい. ここでは積分路 として原点中心半径 R の円周を考える. CR = {Reiθ : 0 ≤ θ < 2π}. Laurant 展開の一般項 sn を積分してみよう. CR の方程式は s = Reiθ (0 ≤ θ < 2π) だから, 複素積分の定義 より, ∫ ∫ 2π sn ds = CR (Reiθ )n (Reiθ ) ′ dθ 0 ∫ 2π Rn einθ (iReiθ )dθ = 0 ∫ 2π n+1 ei(n+1)θ dθ = iR 0 (16) 最後の積分は n ̸= −1 のとき, [ ∫ 2π e i(n+1)θ 0 n = −1 のとき, 1 ei(n+1)θ dθ = i(n + 1) ∫ 2π ]2π = 0. 0 ∫ 2π ei(n+1)θ dθ = 0 dθ = 2π. 0 よって, Laurant 展開の負べきの項のみが積分に関与することがわかる. また積分の値は R に依らない. した がって s = 0 でのみ極を持つ関数の Laurant 展開の −1 次の項の係数が A ならば, 積分した値はどう転んで も 2πiA となる. この A を留数という. 一般に, 閉曲線 C での積分を求めるためには, C 内での極をすべて挙 げ, その留数を足し上げて 2πi をかければよい. このような手続きで積分値を求められるという事実を留数定 理と呼んでいる. 11 1 複素解析の初歩 リーマンの数学と素数定理 1.8. ガンマ関数 定義 1.33 (留数) ∑∞ f(z) が孤立特異点 a のまわりで f(z) = −∞ An (z − a)n と Laurant 展開されているとする. このとき ∑−1 負べき部分の和 −∞ An (z − a)n を f の主要部 (principal part) と呼ぶ. また, −1 次の係数 A−1 を f の a における留数 (residue) といい, Res(f, a) と表す. 定理 1.34 (留数定理 (residue theorem)) U を単一閉曲線 C で囲まれた領域とする. f(z) が U 内の有限個の点 a1 , a2 , . . . ap を特異点とし, それ以 外の U の点および C 上で正則ならば, ∫ f(z)dz = 2πi C p ∑ Res(f, aj ) (17) j=1 が成り立つ. 例 1.35 (15) を積分してみよう. φ(s) は s = 0 と s = −1 に極を持ち, s = 0 での留数は上の Laurant 展開から −1. また s = −1 は 1 位の極なので, lim (1 + s)φ(s) = 1 s→−1 より Res(f, −1) = 1. よって留数定理より, 複素平面上で 0 と −1 を含むような単一閉曲線 C に対し, ∫ φ(s) = 2πi(−1 + 1) C = 0. (18) 1.8 ガンマ関数 ガンマ関数は応用上極めて重要な複素関数である. ここでは定義と主な性質を簡単に振り返る. 定義 1.36 (ガンマ関数) Re(z) > 0 において, ∫∞ Γ (z) = tz−1 e−t dt (19) 0 をガンマ関数 (Gamma function) と呼ぶ. ただし, tz−1 = e(z−1) log t であり, log は主値を取るものと する. 12 1 複素解析の初歩 リーマンの数学と素数定理 1.9. リーマンのゼータ関数 定理 1.37 Γ (z + 1) = zΓ (z). (20) 証明 部分積分を用いて, Γ (z + 1) = [−tz e−t ]∞ 0 ∫∞ + ztz−1 e−t dt = zΓ (z). 0 □ これを帰納的に繰り返せば Γ (z) を C 上に有理型関数として解析接続でき, さらに z = −n(n = 0, 1, 2, . . .) において 1 位の極を持ち, 零点は存在しないことがわかる点に注意をしておく. 1.9 リーマンのゼータ関数 複素解析の復習の最後に, リーマンのゼータ関数の定義とごく基本的な性質を確認し, 次節への橋渡しとし たい. 定義 1.38 (リーマンのゼータ関数) s ∈ C, Re(s) > 1 に対し, ζ(s) = ∞ ∑ 1 ns (21) n=1 と定義し, リーマンのゼータ関数 (Riemann’s zeta function) と呼ぶ. 以下本稿においては, 単にゼータ関数といったときには (21) を指すものとする. 定理 1.39 σ > 1 なる実数に対して ζ(σ) は収束する. 証明 ∫∞ ∞ ∫n ∞ ∑ ∑ 1 1 −σ x dx = 1 + x−σ dx = 1 + ≤1+ . ζ(σ) = 1 + nσ σ − 1 n−1 1 n=2 n=2 □ 13 1 複素解析の初歩 リーマンの数学と素数定理 1.9. リーマンのゼータ関数 定理 1.40 (Euler 積, 1737 年, Euler) σ > 1 なる実数に対し, ζ(σ) = ∞ ∑ ∏ 1 1 = nσ 1 − p−σ (22) p:素数 n=1 が成り立つ. 証明 無限積部分の収束性は, 例えば [10] などを参照せよ. ここでは無限和と無限積の間の等式が成り立つことをみ る. べき級数展開 1 = 1 + x + x2 + · · · 1−x を用いて右辺を展開し, 最初の 2 項だけを取り出してみると, (1 + 2−σ + 4−σ + 8−σ · · · )(1 + 3−σ + 9−σ + 27−σ · · · ) = 1 + 2−σ + 3−σ + 4−σ + 6−σ + 8−σ + 9−σ + 12−σ + 16−σ + 18−σ + · · · と, 右辺に素因数 2 と 3 を持つ自然数がすべて並ぶ. 同様に N 番目までの項を取り出せば, はじめから N 番目 までの素数 p1 , p2 , p3 , . . . , pN を素因数に持つ自然数がすべて並ぶ. また素因数分解の一意性により, これら の自然数に重複はない. すなわち, N ∏ ∑ 1 m−σ −σ = 1 − p n m n=1 となる. ただし右辺の和は素因数として p1 , p2 , p3 , . . . , pN のいずれかのみが現れるすべての自然数をわたる. とくに, pN 以下の自然数はすべて m に現れる. したがって, ∞ N ∑ ∑ 1 ∏ 1 1 − −σ ≤ σ n 1 − pn m>p mσ n=1 n=1 N となる. ここで σ > 1 であったので, N → ∞ とすれば右辺は 0 へ収束する. したがって (22) が得られる. 定理 1.41 1. D0 = {s ∈ C : Re(s) > 1} において無限級数 (21) は広義一様絶対収束し, その範囲で正則. 2. D0 において ∞ ∏ ∑ 1 1 = s n 1 − p−s p:素数 n=1 が成り立つ. 14 (23) □ 2 1859 年論文 リーマンの数学と素数定理 証明 D0 に含まれる任意のコンパクト集合 K を取る. また, s = σ + it(t ∈ R) とする. s ∈ K の実部の下限を σ0 と すると, σ0 > 1 である. また, ∞ ∞ ∞ ∑ ∑ 1 ∑ 1 1 = |ζ(s)| ≤ ≤ nσ+it nσ nσ 0 n=1 n=1 n=1 であるが, 最右辺の収束性は定理 1.39 で示している. よって 1. がわかる. Euler 積の収束性と等式が成り立つ □ ことは定理 1.40 と同様である. 2 1859 年論文 チェビシェフは(オイラーとディリクレも), ζ(s) を実変数のみで考えていた. 新しい時代を切り開いたリーマンは ζ(s) を複素変数と見て, その本質的に重要な「虚の零点」に注目し, リーマン予想を提出することになる. それは, ζ の革命であった. ──黒川信重『リーマン予想の 150 年』 [4] 2.1 主な結果 リーマンがこの論文で得た主要な結果は以下である. 定理 2.1 1. ζ(s) は複素全平面に有理型関数として解析接続され, s = 1 を除いて正則. 2. s = 1 は ζ(s) の 1 位の極で, そこでの留数は 1. 3. ζ(s) の s と 1 − s に関して対称な関数等式. 4. π(x) の明示公式. 3., 4. についての詳細は後に述べる. まずは 1., 2. の証明の概略をみてみよう. 以下には一部細かな収束性に ついて議論が必要な部分もある. 証明 まずは Re(s) > 1 とし, ガンマ関数 *2 から出発する. ∫∞ Γ (s) = e−t ts−1 dt. 0 *2 リーマンは Γ の代わりに Π という記号を用いている. 両者には Π(s − 1) = Γ (s) という関係がある. 記号 Γ を用い始めたのはル ジャンドルと言われているが, 最初の極が −1 ではなく 0 になるように調整したものと推測される. 15 2 1859 年論文 リーマンの数学と素数定理 ここで t = nx と変数変換すると, 2.1. 主な結果 ∫∞ e−nx (nx)s−1 ndx ∫∞ s =n e−nx xs−1 dx Γ (s) = 0 (24) 0 となる. 両辺を ns で割って n について足し上げると, ζ(s)Γ (s) = ∞ ∫∞ ∑ e−nx xs−1 dx n=1 0 ) ∫∞ (∑ ∞ −nx xs−1 dx "=" e 0 ∫∞ = 0 n=1 xs−1 dx ex − 1 が得られる. " = " の部分で積分と和を交換できることは, Re(s) > 1 より, Γ (σ)ζ(σ) が絶対収束するのでよい. この 1 ζ(s) = Γ (s) ∫∞ 0 xs−1 dx ex − 1 (25) は第一積分表示と呼ばれる. リーマンは論文中で注意を与えていないが, これは 1769 年に Euler が得ている. リーマンは次の積分を考察した. ∫ I(s, C) = C zs−1 dz. ez − 1 ただし積分路 C は以下のようにとる : 2π 未満の正の数 δ をひとつとる. C = C(δ) は実軸正方向の無限遠点 からやってきて, 原点の周りでは半径 δ の円を正の向きに描くように回転し, 実軸を正方向に無限遠点へと向 かう. Im 0 Re Figure.1 積分路 Cauchy の積分定理により, 0 < δ < 2π なる δ に対して, この積分の値は一定である. また非積分関数の分 子 zs−1 = e(s−1) log z について, z の偏角ははじめに無限遠点から δ までやってくるときを 0 と定める. すな わちこのときは log z = log |z| である. 原点の周りを一周するうちにこの偏角は 2π まで増える. したがって帰 りの路では log z = log |z| + 2πi となっている. よって, A(δ) で原点中心半径 δ の円を, また x = |z| と表すこ とにすると, ∫δ I(s, C) = ∞ xs−1 dx + ex − 1 ∫ A(δ) 16 zs−1 dz + ez − 1 ∫∞ δ xs−1 e2πis dx ex − 1 (26) 2 1859 年論文 リーマンの数学と素数定理 2.1. 主な結果 となる. ここで右辺の第 2 項の分母について, よく知られているように Taylor 展開は z + z2 /2 + · · · である ので, z = δeiθ とすると, ∫ A(δ) zs−1 dz = ez − 1 ∫ 2π 0 θ (δeiθ )s−1 iδei dθ = iθ δe + O(δ) ∫ 2π 0 δs−1 eiθ(s−1) iδeiθ dθ = iδs−1 δeiθ (1 + O(δ)) ∫ 2π 0 eiθ(s−1) dθ. 1 + O(δ) Re(s) > 1 であったので, これは δ → 0 のとき 0 へ収束する. したがって, (26) で δ → 0 とすると, ∫0 I(s, C) = ∞ ∫∞ xs−1 dx + ex − 1 0 xs−1 e2πis dx = (e2πis − 1) ex − 1 ∫∞ 0 xs−1 dx. ex − 1 すなわち, ζ(s) = 1 I(s, C) (e2πis − 1)Γ (s) (27) を得る. ここで I(s, C) は任意の s ∈ C について収束して正則となる. よって (27) は ζ(s) の全平面への解析 接続を与える. 続いて分母を変形する. (e2πis − 1)Γ (s) = eπis (eπis − e−πis )Γ (s) = eπis 2i sin(πs)Γ (s) = 2πieπis Γ (1 − s) となる. ただし最後の変形は Γ 関数についてよく知られた公式 *3 , Γ (s)Γ (1 − s) = π sin πs を用いている. 以上より, 任意の s ∈ C に対し, ζ(s) = e−πis Γ (1 − s) 1 I(s, C) 2πi (28) が得られた. 右辺において, e−πis および I(s, C) は全平面で正則なので, ζ(s) の特異点になりうるのは Γ (1 − s) の極, s = 1, 2, 3, . . . のみである. ζ(s) が Re(s) > 1 について正則であることはすでにみた. よって極の可能性 は s = 1 のみとなる. このとき I(1, C) の値を考える. n が整数のとき (26) の第 1 項と第 2 項は打ち消し合う. 留数定理により, I(n, C) は F(z) = zn−1 /(ez − 1) の z = 0 における留数で求められる. I(n, C) = 2πiRes(F, 0) よって I(1, C) = 2πi である. また Γ 関数の 0 での留数は 1*4 なので, (28) から ζ(s) は s = 1 で留数が 1 の 1 □ 位の極を持つ. ここまでで定理の 1., 2. が示された. 3. の関数等式の概略を述べよう. これにはリーマンが論文中に述べた第 2 積分表示を考えると見通し良い. 再びガンマ関数の積分表示 (19) から出発する. s = s/2, t = n2 πx と変数変換して先ほどと同じ要領で整理す ると, s π2 Γ (s) 2 n−s = ∫∞ 2 e−n πx s x 2 −1 dx 0 となり, n について足し上げて, s 2 π Γ (s) 2 ζ(s) = ∫∞ ∑ ∞ 0 n=1 *3 [8] などを参照 *4 20 から Γ (s) = Γ (s + 1)/s より. 17 2 e−n πx s x 2 −1 dx (29) 2 1859 年論文 リーマンの数学と素数定理 2.1. 主な結果 が得られる. ここでリーマン同様次のように定義をする. ∞ ∑ φ(x) = 2 e−πn x . n=1 すると (29) は, s π2 Γ (s) 2 ∫∞ ζ(s) = s φ(x)x 2 −1 dx 0 と書ける. この式を変数変換やテータ変換公式 *5 と呼ばれる式 1 + 2φ を用いて変形すると, s π2 Γ (s) 2 ( ) √ 1 = x(1 + 2φ(x)) x ∫∞ ζ(s) = 1 ( s ) dx 1 φ(x) x 2 + x1−s 2 + x s(s − 1) という s と 1 − s について対称な式を得る. そこで, ^ = π− 2s Γ ζ(s) (s) 2 ζ(s) とすれば *6 , ^ = ζ(1 ^ − s) ζ(s) (30) ^ も零点や極を持たないことが分かる. 関数等式 が分かる. ζ(s) のオイラー積表示から Re(s) > 1 上で ζ(s) ^ = ζ(1 ^ − s) によってこの非零領域 Re(s) > 1 は Re(s) < 0 に移り, ここでも自明な零以外は持たないこと ζ(s) が分かる. リーマンの仕事でもうひとつ大切なことは, リーマンの素数公式あるいは明示公式である. ひとことで言 えば, (零点に関する和) = (素数に関する和) ^ を零点 ρ を用いて「因数分解」して, 無限積表示すること という形を与える公式となっている. それには ζ(s) ^ は ζ(s) のオイラー積表示を考えれば素数にわたる積を含んだ式であるので, 簡単に書けば, を考える. ζ(s) ∏ ∏ M(p) = p:素数 W(ρ) ρ:非自明な零点 を直接得られる. 対数をとって, ∑ ∑ log M(p) = p:素数 log W(ρ) ρ:非自明な零点 という形の式を得る. リーマンが得ていたのは, ∞ ∑ µ(m) π(x) = m m=1 ( ( Li x 1 m ) − ∑ ( Li x ρ m ∫∞ ) + 1 xm ρ *5 証明は [5] など参照. ^ として, 完備ゼータ関数と呼ばれる. *6 リーマンの記法では ξ. 現代では ζ(s) 18 ) du − log 2 (u2 − 1)u log u (31) 2 1859 年論文 リーマンの数学と素数定理 であった. ただし Li(x) = ∫x dt dt 2 log t 2.2. リーマンが遺した問題 は対数積分, µ(m) はメビウス関数で, m が偶数個の相異なる素数の積ま たは 1 のとき 1 を, 奇数個の相異なる素数の積のとき −1 を, その他の時は 0 に値を取る. 最後の定積分部は, u > 1 で非積分関数が正なので, x → ∞ で減少していく. よって主要項は定積分より手前の部分となる. 次数 を比較すると, m = 1 の項 Li(x) − ∑ Li(xρ ) ρ の寄与が最も大きいことが分かる. これらを比較したい. 部分積分により, ∫x Li(x) = 2 x 1!x (m − 1)!x dt = + + ··· + + ··· 2 log t log x (log x) (log x)m であるので, x log x および ∑ ρ xρ ρ log x を比較すればよい. 分母はどちらも O(log x) なので, 分子のみを比べると, 0 ≤ Re (ρ) ≤ 1 なのだから, |xρ | = xRe(ρ) ≤ x であるので, Li(x) ≥ ∑ ρ Li(xρ ) がわかる. ここでもし Re(ρ) = 1 なる ρ が存在しなければ, Li(x) のみが主要 項となり, π(x) ∼ Li(x) である. これは素数定理の主張である. 言い換えれば, π(x) = Li(x) + O(Li(xρ )) となる. Re(ρ) の上限を Θ とし, Re(ρ) = Θ なる ρ が存在するとすれば, π(x) = Li(x) + O(Li(x)Θ ) (32) と書ける. リーマンは論文の中で Θ = 1/2 であろうと主張した *7 . これについて, 「たいへんもっともらし い」と述べるにとどまり, 証明は棚上げにしている. その筆致からは, この主張を証明するためにさほど大きな 労力を割く必要はないだろう, と考えていたことが伝わってくる. 2.2 リーマンが遺した問題 これまでリーマンが [1] で示した主要な結果を概観してきた. 最後にリーマンがこの論文で遺した問題につ いて振り返っておこう. 1. ζ(s) の 1/2 から 1/2 + iT までの線分上の零点の評価は T → ∞ で正しいか? 2. log ζ(s) の考察に用いた積分は項別積分可能か? *7 このような主張をした背景には, 1859 年当時には未発表であったリーマンによる膨大な数値計算や結果があることを 1932 年に ジーゲルがリーマン本人の遺稿を調査することによって明らかにした. 19 3 素数定理 リーマンの数学と素数定理 ^ の積公式は成り立つか? 3. ζ(s) 4. {0 ≤ Im(ρ) ≤ T } での零点 ρ に関するリーマンの評価は正しいか? 5. 素数定理は正しいか? 6. (32) で Θ = 1/2 は正しいか? このうち 2, 3, 4, 5 については肯定的に解決された. 1, 6 については, 2015 年現在未解決である. 3 素数定理 (リーマンが示した明示公式の) 結論は, リーマン・ゼータ関数 ζ(s) の複素零点を用いていた. この結果の意味するところは, 仮に ζ(s) のすべての複素零点 ρ を求められれば, 「素数はどれだけたくさんあるか」に完全な回答を与えることができる, ということだった. ──『素数からゼータへ, そしてカオスへ』 小山信也 [6] 3.1 素数定理は何を明らかにするか? 正の整数 n について f(n) という数論的関数が定義されているとする. 数論的関数 (arithmetical function) とは正の整数全体 Z>0 を定義域とする複素数値の関数, すなわち f : Z>0 −→ C のことであった. このとき正 の実数 x に対して, log や三角関数など「よく知られた関数」の組み合わせで得られる関数 g(x) が存在して, ∑ lim x→∞ n≤x f(n) g(x) =1 が成り立つならば, f(n) の密度 (density) は g(x) であるといい, このような極限が存在する, というタイプの 主張を密度定理という. 素数定理は密度定理の一種といえる. リーマンの論文 [1] の目標のひとつが, 当時既に支持される予想であった素数定理の証明にあったことは明 らかであろう. 実際論文の最後では π(x) (の変種) と Li(x) を結びつける明示公式を得ている. 3.2 最初の証明 2.1 節の最後で, Re(ρ) = 1 なる ρ が存在しなければ, 素数定理の主張がざっくりとではあるが導かれること をみた. この ζ(1 + it) ̸= 0 という主張を始めて証明したのは, ド・ラ・ヴァレ・プーサンとジャック・アダ マールで, 1896 年のことだった. 2 人はそれぞれ独立にこれを示し, そこから本質的に異なる方法で素数定理 を示した. これは技術的にやや困難な部分があるため, 次節ではより現代的な「タウバー型定理」を用いた素 数定理の証明を概観しよう. 3.3 タウバー型定理を用いた証明 非負実数列 an が与えられているとき, その「生成関数」 ∑ an n ns を考え, その極や零点での挙動により an の漸近挙動を記述するような定理をタウバー型定理 (Tauberian Theorem) という. ここではこのような定理 の一種であるウィーナー-池原の定理を証明なしで紹介した後, ゼータ関数の対数微分に適用することで素数定 理を得る方法を考える. これから述べる定理はタウバーによって得られた定理ではなく, ウィーナーとその学生だった池原止戈夫が 20 3 素数定理 リーマンの数学と素数定理 3.3. タウバー型定理を用いた証明 1932 年に得た定理を, ドランジュが極の位数が整数でない場合に拡張し, さらにケーブルが残されていた扱い にくい仮定を取り除いたものである. 定義 3.1 (生成関数) n ≥ 1 に対して非負実数 an ≥ 0 が与えられているとする. このとき, L(s) = ∞ ∑ an ns (33) n=1 を an の生成関数, または Dirichlet 級数という. 以下, N > 0 を定数, Π = {s ∈ C | Re(s) > N}, Π̄ = {s ∈ C | Re(s) ≥ N} とする. 仮定 3.2 1. L(s) は Π で広義一様絶対収束する. 2. 次のどちらかが成り立つ. (t ∈ R) で極になるのは s = N だけである. ( 1 )d の係数は A(> 0) また L(s) は s = N で d 位の極を持ち, s = N における Laurant 展開の s−N (i) L(s) は Π̄ を含む領域に有理型接続され, s = N + it である. (ii) 整数 m ≥ 1 が存在し, L(s)m は Π̄ を含む領域に有理型接続され, s = N + it (t ∈ R) で極にな るのは s = N だけである. また L(s)m は s = N で 1 位の極を持ち, s = N における留数は Am で ある. 定理 3.3 (ウィーナー-池原, ドランジュ, ケーブル) 上の仮定が満たされているとする. (i) の場合 α = d, (ii) の場合 α = ∑ n≤X an ∼ 1 m とすると, A XN (log X)α−1 NΓ (α) が成り立つ. 応用のひとつとして, 約数関数の密度を調べてみよう. 定義 3.4 (約数関数) 正の整数 n に対し, その約数の個数を d(n) で表す. d(n) を約数関数という. 21 (34) 3 素数定理 リーマンの数学と素数定理 3.4. 素数定理 定理 3.5 (約数関数の密度) ∑ d(n) ∼ X log X. (35) n≤X 証明 n の約数の個数とは, 正の整数 l, m で, n = lm を満たすものの組の個数にほかならない. したがって, ∞ ∞ ∑ ∑ d(n) = ns n=1 ∑ n=1 l,m>0,lm=n ∞ ∑ 1 ns 1 (lm)s l,m=1 (∞ )( ∞ ) ∑ 1 ∑ 1 = ls ms = l=1 2 m=1 = ζ(s) . ζ(s)2 は s = 1 で 2 位の極を持つ. また Laurant 展開の 1 (s−1)2 の係数は 1 で, s = 1 以外では極を持たない. □ Γ (2) = 1 であるので, 定理 3.3 に A = 1, N = 1, α = 2 を代入すればよい. 3.4 素数定理 それでは定理 3.3 を用いて素数定理を示そう. まず直接 ζ(s) に適用してみる. 定理 3.3 に A = 1, N = 1, α = 1 を代入すると, ∑ 1∼X 0<n<X が得られるが, これはあたりまえの結果である. そこで ζ(s) の対数微分を考える. 以下 ζ ′ (s)/ζ(s) を (ζ ′ /ζ)(s) と略記する. オイラー積を考えると, ∞ ∑ ∑ (log p)p−s ∑∑ log p ζ′ (s) = (log ζ(s)) ′ = − (log(1 − p−s )) ′ = − = − . −s ζ 1 − p pks p p p:素数 (36) k=1 ここで Λ(n) を, n = pk , すなわち n が素数のべきで表されるときは log p, それ以外では 0 に値を取るように 定義すると, − ∞ ∑ Λ(n) ζ′ (s) = ζ ns (37) n=1 となる. (ζ ′ /ζ)(s) は ζ(s) が極または零点を持つ点で極を持つ. ここで少し ζ とその対数微分との間で極や留 数がどのように関係にあるか観察しておこう. たとえば ζ(s) が s = ρ で m 位の零点 (すなわち −m 位の極) を持つとする. すると, ζ(s) = (s − ρ)m R(s) 22 3 素数定理 リーマンの数学と素数定理 3.4. 素数定理 と表せる. ただし R(s) は s = ρ で正則かつ非零な関数である. 対数微分を考えれば, ζ′ m R′ (s) = + (s) ζ s−ρ R である. (R ′ /R)(s) は s = ρ で正則なので, (ζ ′ /ζ)(s) は s = ρ で 1 位の極を持つことがわかる. また留数は ζ(s) の零点の重複度 m に等しいこともわかる. さて, ζ(s) は Re(s) > 1 で正則, s = 1 で 1 位の極を持ち, そ こでの留数は 1 であった. よって (ζ ′ /ζ)(s) は s = 1 で 1 位の極を持ち, 留数は −1 となる. 以上より, 定理 3.3 を R′ R (s) に適用するためには, ζ(s) が Re(s) = 1 上に零を持たないことが必要となる. 定理 3.6 0 でない実数 t について, ζ(1 + it) ̸= 0. これは ζ(1 + it) = 0 として, log ζ(s) を計算することにより示すことができる. 今回は認めることとする. 定理 3.7 (素数定理) lim x→∞ π(x) = 1. x/ log x 証明 この定理を素数定理 (Prime Number Theorem, P.N.T.) と呼んでいる *8 . まず, ψ(x) = ∑ ∑ Λ(n) = log p pk ≤x n≤x とおく. Λ(n) や ψ(x) はフォン・マンゴルトの関数 (von Mangordt’s function) と呼ばれる. 定理 3.6 がある ので, −(ζ ′ /ζ)(s) = ∑∞ n=1 Λ(n) ns に定理 3.3 を適用すると, ∑ Λ(n) = ψ(x) ∼ n≤x 1 x1 (log x)1−1 1 × Γ (1) =x すなわち, ψ(x) =1 x→∞ x [ ] log x k がわかる. ここで pk ≤ x の対数を取ることによって, N = log p が p ≤ x を満たす最大の整数 k であり, lim pk ≤ x を満たす正の整数 k が N 個あることがわかる. ただし [・] はガウス記号. したがって, ∑ [ log x ] ∑ log p = log p ψ(x) = log p k p ≤x p≤x *8 これは素数定理の最も弱い形で, 現在ではより強い評価が得られている. 23 3 素数定理 となる. [ log x log p リーマンの数学と素数定理 ] ≤ log x log p 3.4. 素数定理 なので, ψ(x) ≤ ∑ log x ∑ log p ≤ log x 1 = π(x) log x. log p p≤x p≤x すなわち, π(x) log x ≥ ψ(x). 両辺を x で割り, 下極限をとると, lim x→∞ ψ(x) π(x) ψ(x) ≥ lim = lim = 1. x→∞ x/ log x x→∞ x x (38) 一方, 0 < α < 1 なる任意の実数 α を取ると, 明らかに ∑ ψ(x) ≥ log p xα <p≤x である. xα < p の対数をとると α log x < log p なので, ψ(x) ≥ α log x ∑ 1. xα <p≤x これは ψ(x) ≥ α log x(π(x) − π(xα )) ≥ α log x(π(x) − xα ) を意味する (0 < α < 1 に注意) . 両辺を x で割ると, απ(x) α log x ψ(x) ≥ − 1−s . x x/ log x x 上極限をとると, 1 = lim x→∞ ψ(x) ψ(x) απ(x) = lim ≥ lim . x→∞ x→∞ x/ log x x x α は任意であったので, π(x) . x→∞ x/ log x 1 ≥ lim (39) (38) および (39) より, π(x) = 1. x→∞ x/ log x lim □ すなわち, 素数定理が得られた. おわりに 本稿は LATEX 2ε と Euler フォント (AMS-Euler) を使って組版しました. 組版について, および発表全般 について杉之内萌さんにさまざまなご指導をいただきました. また LATEX 2ε に関しては, 数学ガール [11] シ リーズで知られる結城浩さんに以前ご指導いただいた知識も大いに役立っています. この場を借りてお礼申し 上げます. そしてなにより, ここまで読んで下さったあなたに, こころから感謝いたします. 24 参考文献 リーマンの数学と素数定理 参考文献 参考文献 [1] Bernhardt Riemann, ”Üeber die Anzahl der Primzahlen unter einer gegebenen Grösse』, Monatsberichte der Königlichen Preussischen Akademie der Wissenschaften zu Berlin aus dem Jahre”, 1859, S.671-680. 日本語訳 : 鈴木治郎訳, 『与えられた数以下の素数の個数について』, https://soar-ir.shinshuu.ac.jp/dspace/bitstream/10091/13515/4/Riemannjp.pdf, 2012 年. [2] Emil Artin, ”THE GAMMA FUNCTION”, ペーパーバック. [3] Jaap Korevaar, ”THE WIENER-IKEHARA THEOREM BY COMPLEX ANALYSIS”, http://www.jointmathematicsmeetings.org/proc/2006-134-04/S0002-9939-05-08060-3/S00029939-05-08060-3.pdf, 2005 年. [4] 黒川信重, 『リーマン予想の 150 年』, 岩波書店, 2009 年. [5] 黒川信重, 小山信也, 『リーマン予想のこれまでとこれから』, 日本評論社, 2009 年. [6] 小山信也, 『素数からゼータへ, そしてカオスへ』, 日本評論社, 2010 年. [7] 神保道夫, 『複素関数入門』, 岩波書店, 2003 年. [8] 杉浦光夫, 『解析入門 I, II』, 東京大学出版会, 2008 年第 15 刷. [9] 藤本淳夫, 『複素解析学概説』, 培風館, 2014 年第 27 刷. [10] 松本耕二, 『リーマンのゼータ関数』, 朝倉書店, 2005 年. [11] 結城浩, 『数学ガール』, ソフトバンククリエイティブ, 2007 年. [12] 雪江明彦, 『整数論 3 解析的整数論への誘い』, 日本評論社, 2014 年. [13] K 会, 『微分学』, 河合文化教育研究所, 2011 年. [14] K 会, 『複素解析学』, 河合文化教育研究所, 2011 年. 25
© Copyright 2025 ExpyDoc