進化生態学(第8講) 今日の話題:性選択 1-1. 自然淘汰と性淘汰 オスとメスでは姿が全く違う生物がたくさんいる。クジャクの羽、カブトムシやシカの 立派な角などが例として挙げられる。生存にとって有利だったり多くの子を残すことが できたりする形質は自然淘汰によって進化する。しかし、クジャクの羽は邪魔になりそ うで、自然淘汰によって進化しそうもない。それに、巨大な羽をつけるのが生存に有利 ならば、メスも立派な羽を持っていてもいいはずだ。どうしてクジャクのオスだけがあ の派手な羽を持っているのだろう? 1-2. ヤブツカツクリの塚 ヤブツカツクリ(Alectura lathami)のオスは2トンにもおよぶ枯れ枝、土などを集めて 巨大な塚を作る。塚はこれら有機物の発酵のため高い温度になる。そこにメスが訪れる と交尾をし、メスはその塚に卵を産む。オスは舌で温度を測り、砂をかけるなどして温 度調節(33℃)し卵を孵化させる。 問題 オスはいったいなんのために塚を作ったのだろう? ①体力維持のため(老後にそなえる) ②メスと交尾をするため(セックスの手段) ③自分の子供(卵)を育てるため(子供への投資) 答え 2. 選ぶものと選ばれるもの:性選択とは何か ダーウィンは性淘汰というアイデアをつかってオスの不思議な形態の進化を説明する 理論を思いついた。配偶者を得る上で有利な形質は、たとえそれが生存には不利であっ たとしても、進化する、というものである。これは性淘汰と呼ばれる。では、どうして 派手な姿や装飾を持っているのはオスばかりでメスは持っていないのだろうか? これは Trivers の理論によってこんなふうに説明される。オスは繁殖に大きな投資をし ないので、その繁殖成功度は交尾をしたメスの個体数に大きく依存する。それに対して、 メスは子供を育て上げるのに時間をかけるし、おおきな投資をする。したがって、たく さんのオスと交尾をすることよりも、繁殖に必要な時間や資源をみつけることが重要で ある。相手を得られるかどうかはメスにとってよりも、オスにとって重要な問題なので ある。だから、オスのみが角や派手な羽をもつことになる。 3. 性選択の進化理論:どうしてそんな男がもてるのか クジャクのオスはほとんどすべてのメスに求愛し、ほとんどすべてのメスはもっとも美 しいメスと交尾する。なるほど美しい羽はオスにとって有利だ。しかし、ここでひとつ 問題が残る。どうしてメスは美しいオスを好むのだろう?これには様々な仮説があ る。 3-1. セクシーな息子仮説:Sexy Sun Hypothesis クロライチョウではオスがレックを作り、メスはその中から一番好みのオスを選ぶ。し かし、メスには一定の基準があるわけではなく、他のメスをみてその真似をするのであ る。つまり、あるオスがもてるのはそれが流行だからであるということになる。 この現象はこんな風に説明できる。尾の長いオスがなんらかの理由で少しだけもてるよ うになったとしよう。メスにとってそんなオスを選ぶ事自体にはなんの利益もない(尾 が長いからってどうだっていうんだ?)が、尾の長いオスとの間につくった息子は尾が 長いので、もてやすいだろう。自分の息子がもてることは母親の繁殖成功にとって有利 なことである。したがって、メスはもてる可能性の高い尾の長いオスを交尾相手に選ぶ ようになる。 3-2. 健康な子供仮説:Healthy Child Hypothesis 美しい体を保つのは難しい。寄生虫がついたり、炎症ができたり、病気をすればすぐに 汚くなってしまう。派手な美しい羽を美しいままに保つことができるオスはそれだけ健 康なオスであると考えることができるだろう。このような場合、派手なオスを選ぶこと は、その遺伝子(=病気になりにくい、健康であるなど)をうけついだ健康な子供を産 むことにつながるので、メスにとっても有利であろう。 仮に美しい体が生存に不利であっても(ちょう どクジャクのでかい羽のように)この理屈は成 り立ちうる。イスラエルの進化学者 Zahavi はハ ン デ ィ キ ャ ッ プ 仮 説 とよばれる風変わりな仮 説を提案した。長くて重い羽のようにジャマな ものをつけていると天敵から逃げにくいし、生 き延びるのが難しいだろう。だとするならば、 逆にジャマな尾を付けていても生き延びている オスはそのハンディをものともしないほどに元 気であるに違いない。生存能力を直接「みる」 ことができないならば、このようなハンディを判断材料にしてオスを選ぶのが有利にな りうる。 マラカイトサンバードのオスは長い尾をもつ。 Evans (1992) はこの鳥を使った次のような実験 をおこなった。オスを捕まえ以下の4通りの操 作をおこなった: [操作1] なにもせず、そのまま [操作2] 長い人工の尾を取り付けた [操作3] 尾に人工の尾と同じ重さのおもりを付けた [操作4] 足に人工の尾と同じ重さのおもりをつけた そして、 (1)メスへのもてやすさと、 (2)餌を捕まえる能力を調べた。その結果以下 のようになった: そのまま 人工の尾 尾におもり 足におもり メス獲得 + ++ + + 餌捕獲 ++ − − + 尾が長いほどメスにもてることがわかる。さらに、尾におもりをつけたものの方が足に おもりを付けたものよりも餌をとりにくいことより、尾を長くすることが大きなハンデ ィになっていることがわかる。これらの結果は Zahavi のハンディキャップ仮説と矛盾 しない。 3-3. 不正直な操作仮説 ハンディキャップ仮説の鍵は「メスがオスの優劣を判断する際には、生存力をきちんと 反映できるような正直な装飾物を利用する」ということである。つまり装飾物が正直な シグナルであることが重要である。しかし、Dawkins と Krebs は「派手な装飾物がオス の価値を反映していないとしてもメスはそのようなオスを選ぶ」という理論を提示した。 オスは生存力に関わらず単に派手なだけ(=見かけ倒し)かもしれない。しかし、それ を見破るのが難しいならばメスはあえてそんなオスを選ぶ可能性がある。見かけ倒しで メスをだますのがうまいオスの息子は、やはり見かけ倒しでメスをだますのがうまいだ ろう。つまり、見かけ倒しの嘘がうまいオスをパートナーに選ぶことによって、同じよ うにもてる息子を手に入れることができることになる。 以上
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