介護リフターの導入

<2014 職員研究活動援助事業③>
介護リフターの導入
~厚木精華園の介護の現状から福祉機器導入を考察する~
厚木精華園 生活 1 課
秋山美奈子 泉 織 島根美智世
1.はじめに
護に対する悩みが職員間で統一されていることが表され
た。そこで、何かの参考になればと福祉機器について学
ぶことにした。
私たち厚木精華園生活 1 課職員は、平均年齢 68 歳、
39 名の女性利用者を支援している。多くの利用者が日
常的に車椅子を使い、耳が遠くなる、目が見えづらくなる、
食事や水分で咽やすくなる、時には認知症の様な症状
が出る等の高齢化による身体的変化が見られている。中
には、医療的ケアを必要とする利用者がおり、経管栄養
や吸引を行う場合もある。
以前よりも介護の手が必要であるが、職員に変化はな
く、限られたスペースや時間の中でいかに支援を行って
いくかが課題となっていった。そこには、介護度が高くな
る一方、マンパワーだけでは支援しきれない部分が多く
発生してきていた。
3.福祉機器について学ぶ
(1)福祉機器について学ぶ
平成 26 年 10 月、東京ビッグサイトで実施された国際福
祉機器展に参加し、情報取集を行った。その中で腰痛
予防の研修を受け、「抱え上げない介護」を行うことが大
切であると学ぶ。種類豊富な最新福祉機器の中で、介
護リフターのデモンストレーションには大勢の人が集まっ
ており、注目度が高いものであることがわかる。福祉機器
展に参加し、介護リフターに重点を置き、研究を進めて
いこうという方向性が定まった。
神奈川リハビリテーション病院主催「重度身体障害者の
方へのテクニカルエイド研修」にも参加し、各企業から出
展されていた介護リフターを体験する。機種によって乗り
心地が違うこと等を学んだ。その後、介護リフターを導入
している、七沢療育園を見学し、利用者の移乗には介護
リフターを使用することを徹底しているという話を伺った。
2.アンケートの実施
まず、生活1課常勤・非常勤を含む全女性職員 22 名を
対象に、生活 1 課の介護の現状についてアンケートを取
ることとした。
Q1.現在の生活 1 課の介護について、不安な点・良い点
多くの意見として、人手不足による時間・余裕・ゆとりの
なさが挙げられていた。介護する時間に追われ、利用者
に真っ直ぐ向き合えないことや、利用者を待たせている
時間が長いこと、言葉かけがきつくなってしまう等の支援
への不安も同時に聞かれた。その一方で、リハビリ等を
積極的に行うことで機能維持が出来ている利用者がいる
こと、職員間の連携がしっかりと取れ、対応を工夫できて
いることが良い点として挙げられていた。
(2)介護リフターとは
介護リフターとは、自分一人で移乗が出来なくなった方
や、少しの介助では移乗ができなくなった方の活動範囲
を拡大する目的の福祉機器である。介護リフターには、
床走行式、固定・据え置き式、レール走行式、その他移
乗補助機器がある。スリングシート(移乗の際に吊るすた
めのシート)の種類も使う人に合わせて色々な形、素材
がある。介助される人の身体状態や体重等を考慮してス
リングシートを選択する必要がある。
介護リフターの使用が可能な場面は、正しく設置出来
るところなら様々な場面で使用できる。ベッド、車椅子、
椅子、入浴、トイレ、自動車、玄関等の段差部分に主に
使用する。
様々な学びを経て、介護リフターの試行を検討すること
で意見がまとまった。先に実施したアンケート結果の中よ
り、介護に関して一番名前が多く挙がっていたAさんに
試行することで意見がまとまった。
Q2.特に苦労していること
医療的ケアの利用者、体重の重い利用者、硬縮のある
利用者等、職員二人で対応する利用者が増え、二人対
応であっても移乗が困難であるという意見が大半であっ
た。そこには、利用者の怪我が伴うのではないかという不
安な意見も寄せられ、技術や知識があっても難しいとい
った声が聞かれた。職員の腰痛も少なくなかった。
Q3.理想的な介護とは
利用者にも職員にも優しい介護、安心・安全な介護と
いう意見がほとんどであった。
4.Aさんについて
Aさん(72 歳・女性)は、毎日元気に作業に通っている。
以前は、上下肢片麻痺があり、立位を取る時は片手で手
アンケートを実施した結果、生活 1 課内で抱えている介
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摺に掴まり、左足を軸にして自分の力でしっかりと立ち、
トイレに座ることが出来ていた。しかし、3 年程前から、加
齢や病気により体重が増加し、自力での立位が困難とな
り、職員二人で介助を行うこととなった。前に立つ職員が
立ち上がる本人を支え、後ろの職員がAさんのズボンを
下ろし、ポータブルトイレと車椅子を差し替えるという方
法である。
理学療法士からアドバイスをもらいながら、車椅子や
ベッドの位置を変え、ベッドを介す等の工夫をしながら行
っていたが、限界が訪れた。本人の足の力が弱まったこ
とや、職員が本人の体重を支え切れなくなり、職員と共に
転倒するヒヤリハットが挙がった。大きな怪我はなかった
が、Aさんに嫌な思いをさせてしまったこともあり、今後オ
ムツ対応にしていくか、検討の必要が出てきた。Aさんは、
自分で「トイレに行きたい」と言える方だが、二人介助の
ために状況によってはすぐに対応できないこともあり、介
護リフターを使用し、本人に負担が少ない形で、トイレに
座る方法を検討することとした。
敷いたまま、車椅子上で過ごすと、ずり落ちてしまうことが
あった。また、スリングシートの取り外しには、車椅子の肘
掛の跳ね上げ式機能が便利で、介護リフターそのものに
加えて車椅子の機能も重要であった。
(2)株式会社モリトー『つるべ~』
移動式の介護リフターである。このつるべ~を使っての
意見として、「介護リフター全体を移動させる必要があり、
重くて動かしづらかった」「介護リフターを反転させる時等、
居室内のスペースが狭く大変だった」という声が聞かれ
た。
(3)アイソネックス株式会社『スカイリフト』
シーホネンス株式会社『サビナ』
これまでの二つとは違い、立ち上がり式の介護リフター
である。Aさんのように、体重が重かったり、足の力が弱
かったりと、二人介助でトイレ移乗を行っている利用者に
使用できればと考えた。実際に対象利用者に使って頂
いたが、安全・適切に使用することができなかった。ベル
トが腰部にあたり、立ったまま下着を下ろすことができず、
また、利用者が前傾姿勢のため、後方に身体を預けられ
ない、脇だけが持ち上がり、体がついていかないという結
果であった。
これを受け、車椅子から直接トイレに移乗するために使
用したかった立ち上がり式介護リフターは、生活 1 課の
対象者には不向きであることがわかった。介護リフターの
種類は、立ち上がり式ではなく、一般の吊り上げ式のも
ので、ベッドを介してトイレに座るものとした。4 つの介護リ
フターを試した後、必要に応じて複数の利用者に使用で
きる方が良いと考え、移動式介護リフターを生活 1 課に
導入を希望することとした。
5.介護リフターの導入~デモ機~
介護リフターは種類が豊富で、何が厚木精華園の利用
者、環境に適しているのかが分からなかったため、初め
にデモ機を導入した。
デモ機導入の流れは、業者に設置してもらい、使用方
法の説明を受ける。その後、業者が実際に利用者を介
護リフターで移乗し、問題なく使用できるかを確認する。
利用者を移乗する際は、乗る利用者も操作する職員も
初めてである為、職員見守りの下、細心の注意を払って
行った。予め、介護リフターの試行対象者には、本人、
家族に説明し、了承を得た。
業者から使用方法を教わった職員が他の職員にレク
チャーをし、課内すべての職員が試すようにした。職員
が実際に利用者の移乗を行うためには、職員自身が実
際に介護リフターで吊られる体験を必ず行った。
6.転機の訪れ
(1)福祉新聞取材
私たちの考えを変える出来事があった。福祉新聞の取
材を受けることになったのである。私たちは、介護リフタ
ーを学ぶにあたり、福祉新聞の記事よりさまざまなことを
学んでいた。福祉新聞の記者は、介護リフター導入施設
を多く取材してきており、介護リフター導入の失敗例や定
着しやすい方法等、アドバイスをもらうことができた。そし
て、介護リフター導入や定着に力を入れて取り組み、うま
くいっている施設として、東京都の『ひのでホーム』を紹
介して頂き、見学することになった。
(1)株式会社ミクニ『マイティーエースⅡ』
設置式の介護リフターで、ベッドの端を軸にしてクレー
ンのように回転することで利用者を移乗できるものであ
る。
この介護リフターの導入により、「介護リフターは大きく
て、室内が物々しくなるかと思っていたが、実際はコンパ
クトで圧迫感がなくて驚いた」「介護リフターを使うと移乗
がとても楽。このままずっと使っていたい」という声が聴か
れた。こうして、介護リフターの良さを実感し、介護リフタ
ーの導入を現実的に考えられるようになった。
その一方、新たに課題も生まれた。スリングシートの問
題である。移乗は利用者をスリングシートに包むようにし
て持ち上げて、車椅子やベッドに移る。そのため、移乗
前後はスリングシートの取り付けや取り外しが必要となる。
業者から、スリングシートは次の移乗に備え、敷いたまま
にしておく場合が多いと聞いた。しかし、スリングシートを
(2)ひのでホーム見学
ひのでホームは、東京都西多摩郡日の出町にある特
別養護老人ホームである。入所定員 200 名、1 日 1 回以
上ベッドから車椅子に起きる等、褥瘡予防に努めている。
その取り組みの一つとして、負担のかからない座り方、シ
ーティングを、チームを組んで進め、その手段の一つとし
て、介護リフターを導入した。導入時、安全・適切に使用
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することに力を入れ、介護リフター操作時の確認事項等
を独自にマニュアル化していた。また、安全に扱えるよう
に介護リフター操作や必要な知識を専門的に学ぶ「リフ
トリーダー研修」や「リフトインストラクター研修」等に積極
的に参加しているとのことだった。
ひのでホームの見学で学んだことは、園に導入する介
護リフターは、私たちが考えていた移動式ではなく、設置
式が良いということである。移動式は運ぶことが大変で、
使う部屋までの移動が面倒になり、次第に使わなくなると
いう。私たちが実際に移動式の介護リフターを試した際も、
「重くて動かしづらい」という意見が出ていた。確かに、車
椅子利用者が多く行き来する廊下で、大きな介護リフタ
ーを動かすことは大変であり、リスクがあることを想定でき
た。
次に、介護リフター導入の目的である。私たちは単純
に、移乗のためと考えていたが、適切に座るためとして、
人の力では持ち上がらず、車椅子に浅く座ってしまうよう
な場合も、介護リフターがあれば利用者に負担のない形
で深く座ることができるという考え方を知った。同時に、介
護リフターで、ただ利用者を移乗するのではなく、不快や
負担なく移乗できているか、スリングシートの位置は適切
か等、専門的な視点が大切であることを学んだ。何より、
私たちは介護リフターを施設に導入することを目的として
いたが、安全に使うための手段や確認事項を文書化した
マニュアルの作成や、スリングシートを一人ひとりに合わ
せて見極める等、介護リフターを導入してからこそが始ま
りであることを痛感した。
と言い、介護リフターを使わない職員が出てきた。一人で
使う介護リフターだが、操作に慣れないことから時間がか
かり、移乗の際は職員一人が介護リフターに掛かり切り
になるということもあった。使用を進めるうちに、Aさんから
スリングシートが当たる太ももの痛みの訴えが出たり、二
人抱えてもらう方が良い、という訴えが聞かれることもあっ
た。職員の介助の仕方や介護リフターの使い方が未熟
であると考えられたため、疑問点は業者に聞いたり、写
真を使って全職員にポイントを周知したり、本人が痛みを
訴える太ももとスリングシートとの間にタオルを挟む等、介
護リフターの使用前提は崩すことなく、より快適・安全に
使えるよう試行錯誤している。
今後の一番の課題は、職員の技術向上である。うまく
使えているか分からず怖い、自信が無い、使い方がよく
分からないという職員がいる現状を改善するために、す
べての職員が自信と実力を持って操作が出来るようにな
る必要がある。
次は介護リフター使用方法のマニュアル化である。介
護リフターは便利な一方、新たなリスクを伴う。ハンガー
からスリングシートの紐が外れ、過去に転落事故を起こし
た施設もある。また、頭を介護リフターのバーにぶつける
等、考えられるリスクを上げ、自分が安全に介護リフター
を使用できているか、確認できるようなマニュアル作成が
必要となってくる。
そして、日課の見直しである。介護リフターは操作に慣
れるまで時間が掛かるものである。介護リフターでの移乗
を日課の中に組み込み、介護リフター移乗にあたる職員
は焦らず集中して介護リフター操作に当たれる業務表に
変更していく必要がある。
(3)名電興産株式会社『アーチパートナー』
見学後、5 つ目のデモ機として、ひのでホームで導入し
ている物と同じ、アーチパートナーをAさんの居室に設
置した。Aさんは、いつもと違ったことを受け入れることが
苦手で、「嫌だ」とはっきり言える方である。そのため、ア
ーチパートナーを初めて使用するときは、事前の声掛け
や対応に十分配慮し、本人が介護リフターを嫌いになら
ないよう行った。その甲斐があってか、介護リフター使用
時は、「ブランコみたいだ」と言って吊られることを楽しん
だり、練習のために吊られる職員に「大丈夫だよ」と声を
掛けたりする場面があった。
また、アーチパートナーでは画期的なことが一点あった。
ハイジーンタイプのスリングシートの存在だ。このスリング
シートは、トイレ介助に特化した形状をしている。介護リフ
ターに吊られた状態でズボンを下ろすことができるため、
一度ベッドに移乗しなくても、車椅子からポータブルトイ
レに直接座ることができる。アーチパートナー導入により、
以前より課題として挙げられていた小さな怪我がなくなり、
一人で操作ができるため、Aさんを待たせてしまうことが
減った。
8.まとめ
これまで述べてきた取組みの結果、今年度より介護リフ
ターの使用が生活 1 課の日常の一部となる予定である。
今後は、より良い介護リフターの使用のため講習を受け
る等、課全体の技術の向上に力を入れて取り組んでいき
たい。
一番の懸念は他の多くの施設の失敗例と同じように、
「介護リフターを使わなくなること」である。介護リフターの
使用は利用者の負担軽減のため、職員の腰痛防止のた
め、法人の人材確保のため等、あらゆる角度から求めら
れる。特別なことではなく、その利用者へのより良い支援、
つまり『個別支援』に必要だから行うことだと捉えれば、支
援の際に介護リフターを使わなくなることは考えにくいの
ではないだろうか。課として、園として、法人として、介護
リフターの使用に関して一つの方針を示すことが必要で
あると考える。私たちは介護リフターの使用を安全・快適
に、日常的に使えるよう、これから一つずつ準備を整えて
いきたい。
7.今後の課題
介護リフターがうまく使えない、二人で抱えた方が早い
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