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平成 27 年 2 月 16 日
=免疫研究が覚醒させた既知物質の新たな役割=
医薬品添加剤として知られる環状デキストリン (HP-β-CD)が
季節性インフルエンザワクチンの効果を増強する
<3 つのポイント>
① 季節性インフルエンザワクチンには安全な免疫増強剤=アジュバントの添加が必要。
② ヒトで安全性が確立している添加剤の環状デキストリンがマウスとサルでインフルエ
ンザワクチンへのアジュバント作用があることを世界で初めて明らかに。
③ 添加剤がどのようにしてワクチン効果を高めているのか新たなメカニズムも解明。
<要約>
医薬基盤研究所の石井 健 プロジェクトリーダー(大阪大学 免疫学フロンティア研究セ
ンター兼任)のグループらは医薬品の添加剤である環状デキストリン
Hydroxypropyl-β-cyclodextrin (HP-β-CD)がインフルエンザワクチンのアジュバントとし
て有用であることを証明し、さらに免疫学的なメカニズムの解明に成功しました。
アジュバントはワクチン効果を高める目的で抗原とともに投与される物質または分子で
す。安全で効果的なワクチン開発のために、グローバルレベルでアジュバント開発の熾烈
な競争が繰り広げられています。国内で販売されている季節性インフルエンザワクチンは
アジュバントが添加されておらず、乳幼児等では単回接種しても抗体価が上昇しないとい
う問題を抱えています。また、インフルエンザワクチンは主に健常人に対して接種される
ため、限りなく副作用の少ないアジュバントが望ましいと考えられています。本研究では
欧米で盛んに行われているドラッグリポジショニング研究注 1)の概念に基づき、安全性の高
い物質に着目し、探索した結果、医薬品の添加剤である HP-β-CD がインフルエンザワクチ
ンのアジュバントとして有用であることがマウスやサルのモデルで明らかになりました。
さらに、網羅的遺伝子発現解析や遺伝子改変マウスを用いた免疫実験などによりメカニズ
ムを解析した結果、接種部位で一時的に生体内から放出される DNA がアジュバント作用に
寄与していることがわかりました。
本研究で得られた成果は、安全性を保ちながら効果が高い『新規アジュバント添加型季
節性インフルエンザワクチン』開発の可能性を期待させるものであると考えられます。ま
た、HP-β-CD が医薬品の添加剤であることから非臨床や臨床における安全性評価において
ドロップアウトする危険性が低いと予想されます。さらにはインフルエンザだけでなく人
類が直面する他の感染症に対するワクチンについても同様の効果が期待されます。
本研究成果は、2015 年 2 月 15 日(米国時間)の週に米国免疫学会誌「The Journal of
Immunology」で公開されます(論文タイトル:Hydroxypropyl-β-Cyclodextrin Spikes Local
Inflammation That Induces Th2 Cell and T Follicular Helper Cell Responses to the
Coadministered Antigen)。
<研究
究背景>
アジ
ジュバントと
とは、ラテン
ン語の“助け
ける”という
う意味をもつ
つ“adjuvaree” という言
言葉を
語源とし、ワクチ
チン抗原と共
共に投与して
て、ワクチン
ンの効果を増
増強すること
とのできる物
物質の
です。これま
までグローバ
バルに様々な
な新規アジュ
ュバントが開
開発されてき
きましたが、まれ
呼称で
に全身
身性および局
局所の炎症反
反応、発熱な
などを引き起
起こすという
う懸念がある
るため、より
り安全
性が高
高く、効果の
の優れたアジ
ジュバントが
が求められて
ているのが現
現状です。
シクロデキストリンは多糖
糖類に分類さ
される物質で
で食品、化粧
粧品および医
医薬品に含ま
まれて
ます。化学修
修飾が可能で
であるため、
、目的、用途
途に応じた多
多種のシクロ
ロデキストリ
リンが
おりま
これま
まで開発され
れてきました
た。それらの
の中でも HP-β-CD は医薬
薬品の溶解性
性を向上させ
せる添
加剤として長年ヒトに投与さ
されている実
実績がありま
ます。研究と
としては医薬
薬品のデリバ
バリー
テムの領域で
で展開されて
ていましたが
が、免疫学的
的な解析は十
十分に検討さ
されていませ
せんで
システ
した。
。今回、ドラ
ラッグリポジ
ジショニング
グ研究の概念
念に基づき、HP-β-CD が
が高い安全性
性を必
要とす
する季節性イ
インフルエン
ンザワクチン
ンのアジュバ
バントとして
て実用可能で
であるのか検
検討し、
さらに
にアジュバン
ントとしての
の免疫学的な
なメカニズム
ムの解明を試
試みました。
<研究
究内容>
研究
究チームは、
、まず HP-β
β-CD と市販
販の季節性インフルエンザ
ザワクチン(スプリット
トワク
チン)
)を組み合わ
わせることで
で、HP-β-CD
D がワクチン効果を増強
強させるのか
かインフルエ
エンザ
ウイル
ルスマウス感
感染モデルで
で検証を行い
いました。そ
その結果、H
HP-β-CD を添
添加すること
とで抗
体価が
が上昇し、生
生存率が有意
意に改善され
れることがわ
わかりました
た(図 1)。ま
また、カニク
クイザ
ルのモ
モデルにおい
いても HP-β
β-CD がイン フルエンザワクチンの免
免疫原性を増
増強させるこ
ことが
確認されました(図 2)。げっ
っ歯類と霊長
長類両方にお
おいて種差を問わず HP--β-CD がアジ
ジュバ
効果を発揮し
したことから
ら臨床応用の
の可能性が高
高まったと考
考えられます
す。
ント効
図1
マウスイン
ンフルエンザ
ザウイルス感
感染モデルに
における HP--β-CD のアジ
ジュバント効
効果を
検証
図2
ザルにおいて
て HP-β-CD のアジュバント効果を検
検証
カニクイザ
カニクイザ
ザルにワクチ
チンを 2 回皮
皮下接種し、抗体価を継時的に測定 しました。
一方
方で、医薬品
品の添加剤で
である HP-β -CD が何故アジュバントとして機能
能するのか、研究
当初、
、全く見当が
がつきません
んでした。ア
アジュバントとしての効
効果があった
たとしてもメ
メカニ
ズムとして極めて
て高い毒性物
物質であるこ
ことがわかれ
れば、ヒトへ
への応用は期
期待できないため、
ニズムの解明
明は非常に重
重要であると
と考えられま
ます。研究チ
チームは、マ
マウスに HP--β-CD
メカニ
を接種
種した後に、
、リンパ節等
等の臓器内に
における遺伝
伝子発現変動
動を網羅的に
に解析するこ
ことに
より、
、どのような
な因子がアジ
ジュバント効
効果に関与す
するのか予測
測しました(
(図 3)。そし
して、
多種の
の遺伝子ノッ
ックアウトマ
マウス注 2)を 用いて、アジュバント効
効果に関与す
する因子をワ
ワクチ
ン接種
種後の抗体応
応答を指標に
に探索しまし
した。
図3
網羅的遺伝
伝子発現解析
析を起点とし
したメカニズ
ズム解析
種の遺伝子ノ
ノックアウト
トマウスを用
用いて解析を
を行った結果
果、HP-β-CD
D を接種した
た後に
多種
一時的
的に放出され
れる生体の DNA
D
が TBK
K1 注 3)という因子を介す
するシグナル
ル伝達を活性
性化さ
せることで HP-β
β-CD のアジ
ジュバント効
効果を高めている可能性が示唆されま
ました(図 4)
4 。ま
抗原を認識し免疫活性化
化に重要な役
役割を担う細
細胞である樹
樹状細胞の抗
抗原取
た、この他にも抗
み率を上昇させる作用や
や獲得免疫の
の維持に重要
要な濾胞ヘル
ルパー細胞の
の分化を促進
進する
り込み
作用な
など HP-β-C
CD の様々な
な免疫活性化
化作用を見出
出すことができました。さ
さらに、安全
全性を
検討す
すべく、マウ
ウスで HP-β-CD 投与後 における全身
身性サイトカ
カイン応答や
やアレルギー
ー誘発
の指標
標となる IgE
E 応答も確認
認したところ
ろ、安全性の懸
懸念が低いこ
ことが明らか
かとなりまし
した。
図4
DNA 放出
出の確認と TB
BK1 の関与
与
マウスに HP-β-CD
H
を皮下接種し
を
NA の放出レ
レベルと測定
定(左
、接種部位における DN
図)TBK1
1 のヘテロま
またはノック アウトマウスに対して ovalbumin 抗原と HP--β-CD
を混ぜたも
ものを接種し
し、2 回接種
種後の抗体価を測定(右図
図)
以上の
の結果から、
、HP-β-CD は一時的に 生体 DNA の放出を誘導
導するものの
の、アジュバ
バント
として
て有効性と安
安全性を兼ね
ね備えたバラ
ランスの良い
い物質である
ることが示唆
唆されました。
<今後
後の展開>
HP-ββ-CD の臨床
床開発を進め
めるためには
は GLP レベル
ルの非臨床安
安全性試験を
を行い、安全
全性を
精査す
することが必
必要であると
と考えており
ります。また
た、HP-β-CD
D 自体が安価
価であるため
め、ア
ジュバ
バントとして
ての開発が成
成功されれば
ば、先進国だ
だけでなく、新興国のワ
ワクチンのア
アジュ
バントとしても適
適するためグ
グローバルレ
レベルで問題
題となってい
いる再興・新
新興感染症の
の撲滅
貢献できるという将来性
性を秘めてお
おります。さ
さらに、シク
クロデキスト
トリンに化学
学修飾
にも貢
などを行い、HP
P-β-CD とは
は異なるより優
優れた機能を発揮するの
のか評価し、 アジュバン
ントと
の価値最大化
化を国内外の
の研究機関等
等と連携して
て進めていく
くことで世界
界のシクロデ
デキス
しての
トリン研究を日本
本からリードし、人類の
の健康および
び公衆衛生の
の向上に役立
立てていきた
たいと
ております。
。
考えて
<研究分担と謝辞>
本研究は、医薬基盤研究所(石井研)と塩野義製薬株式会社の共同研究が実施された際に
大西元康氏(塩野義製薬株式会社研究員、医薬基盤研究所客員研究員)が HP-β-CD のアジ
ュバント効果を見出したことが発端となり、石井研(医薬基盤研究所、大阪大学;免疫実
験担当)、Coban 研(大阪大学;免疫実験担当)、山田研(医薬基盤研究所;網羅的遺伝子
発現解析担当)、Standley 研(大阪大学;網羅的遺伝子発現解析担当)
、保富研(医薬基盤
研究所、三重大学;カニクイザル実験担当)、黒崎研(大阪大学、理化学研究所;免疫実験
担当)および佐藤グループ(塩野義製薬株式会社;インフルエンザウイルス感染実験担当)
という研究所の垣根を越えた産学連携により研究が加速し、成し遂げられたものです。特
に医薬基盤研究所の黒田悦史氏、青枝大貴氏、小檜山康司氏、小笹浩二氏および大畑敬一
氏の協力がなければ、この成果は得られなかったと言えます。この場をお借りして感謝の
意と敬意を表します。
<用語解説>
注 1)ドラッグリポジショニング研究:臨床開発や上市された既存薬の作用を別の視点から
改めて網羅的な解析を行い、新規薬理作用を見出すことで、他疾患の医薬品として開発可
能であるか探る研究。ヒトへの投与実績があることから副作用に起因するドロップアウト
のリスクが下がるため、開発期間やコストを削減できる強みがある。
注 2)ノックアウトマウス:遺伝子を人工的に改変し、その機能を失ったマウス。
注 3)TBK1(TANK-binding kinase 1):Ⅰ型インターフェロンの遺伝子発現を誘導するシグ
ナル伝達因子。DNA センサーの下流に位置する因子でもある。
<お問い合わせ先>
石井 健 (イシイ ケン)
医薬基盤研究所 アジュバント開発プロジェクト プロジェクトリーダー
大阪大学 免疫学フロンティア研究センター ワクチン学 教授
〒567-0085 大阪府茨木市彩都あさぎ 7-6-8
Tel:072-641-8043 Fax:072-641-8079
研究室ホームページ: http://www.nibio.go.jp/adjuvant/index.html