ミクロ経済学(2015 年度) 教授 清水大昌 第 7 回 2015 年 11 月 05 日 [email protected] http://www-cc.gakushuin.ac.jp/˜20060015/lecture/micro2015.html 後期もよろしくお願いします。今日は簡単な内容ですが、基礎なのできちんと押さえておいてくだ さい。 余剰分析 (基礎ミクロ経済学の復習だと考えてください。) ミクロ経済学の手法で政策を評価する際には色々な手法があるが、最も基本的なものは(公平性を 無視して社会厚生水準を最大にする政策が良い政策であるという考え方を用いる。その後、所得移転 により公平性を満足させれば良い。 社会厚生のことを社会余剰とも総余剰とも呼ぶ。余剰とは、市場での取引によって、取引前に比べ てどのくらいうれしいかを示す指標。社会厚生は消費者余剰と利潤の和で表される。利潤は生産者余 剰から固定費用を引いたものと一致する。 消費者余剰 消費者がある財を購入するか考えているとする。その際、価格が非常に高ければ買わないし、非常 に安ければ買うだろう。 • 需要曲線は線形で右下がりであるとする。 • 需要曲線のある点にいる人は、ある価格 pA を持ち、財の価格 p が p ≤ pA ならば買うし、 p > pA ならば買わない。このように、「この金額までならぎりぎり買っても良い」という額 pA のこと を留保価格 (reservation price) または支払意思 (willingness to pay) と呼ぶ。 • 各消費者が財を購入すると合理的に選択すれば、正(か 0)の余剰が発生している。 • 留保価格から市場価格を引いたもの pA − p がその消費者にとっての余剰となる。これを消費者 余剰と呼ぶ。 • 消費者余剰:消費者が支払う意思はあるが、支払わないで済んだという意味での、需要行動を 通じた消費者の利益 • 需要曲線には消費者が留保価格順に並んでいるので右下がりとなっている。また、消費者が複 数財を購入する際は、留保価格は下がっていく(限界効用逓減)ため、右下がりになっている。 • 各消費者ごとに余剰は発生するが、その和が消費者全体の余剰となり、単に「消費者余剰」と いう場合はこちらを意味することが多い。 • 価格が下がると消費者余剰は増える。その際、価格が下がる効果と需要量が増える効果の両方 があることが分かる。 • 本当は「限界効用」に値をつけることが難しいので、留保価格などで代替している。 (第 3 回、基数的効用、序数的効用を参照。) 1 生産者余剰 同じようなことを生産者の立場からも見ることが出来る。生産者が財を売ろうと考えている場合、 価格が高ければ売りたいし、安ければ売りたくない (生産しない) だろう。 • 生産者余剰:生産者が生産する意思がぎりぎりある価格より高い価格で売れたいう意味での、供 給行動を通じた生産者の利益 • 供給曲線は限界費用曲線と一致している。市場価格が限界費用より高ければ供給する。その差 額がその取引による余剰となる。 • 消費者余剰と同じように、複数財の供給、複数の生産者の供給などの議論も出来る。 • なお、前述のとおり、これは利潤とは固定費用の差がある。生産者余剰=利潤+固定費用。 なぜ余剰分析の時に生産者余剰ではなく利潤を使うのだろうか?余剰分析では、取引を行わない場 合に比べて、取引を行うことによってどれだけ社会が良くなったかを考えたい。その際、生産者が生 産するために払っている固定費用を考慮するべきである。グラフだけの分析だと固定費用は(平均費 用曲線がなければ)見過ごされやすいので注意。 社会余剰 社会厚生のことを社会余剰とも総余剰とも呼ぶ。これは消費者余剰と利潤の和で表される。 (固定費用を以下では無視するため消費者余剰と生産者余剰の和とここではしてもよい。) また、政府の収入、支出がある場合には、社会余剰=消費者余剰+利潤+政府の収入−政府の支出と なる。 • 市場メカニズムに任せておくと市場の失敗(外部性などによる)が無い場合は市場均衡がパレー ト効率的になる(前述、後述)。 • 図 7 − 1 を使って、均衡点 E が最適になっていることを示しましょう。 • 供給曲線は限界費用、需要曲線は留保価格を表している。よって、交点では限界便益=限界効 用のような状況になっている。 • つまり、q2 では、限界費用が限界便益を上回るので、社会的に見て無駄が起こっている。生産 量を q E のほうに下げられれば、三角形 EF G の面積分、社会余剰が上がる。 • 生産量を q2 から q E に下げる。変化後の価格は pE 。変化前の価格は例えば p2 であったとする。 変化前の生産者の収入が □0p2 Gq2 、総(可変)費用が □0AF q2 なので、それを引くと得られる 利潤は △Ap2 C − △CGF となる。(負の値であるが、存続するために政府から補助金をもらっ ていたと考えられる。もちろん、その分税で賄う必要があり、社会厚生への補助金と税の影響 は合計で相殺されている。) • 変化前の消費者余剰は △Bp2 G。よって、変化前の社会余剰は △ABE − △EF G となる。 変化後の消費者余剰は △BpE E 、利潤は収入 □0pE Eq E 引く費用 □0AEq E より △pE AE 、社会 余剰はそれらの合計で △ABE となる。よって、変化後は、△EF G の分だけ得をしている。 2 • このような、「無駄」の部分のことを死荷重や厚生損失と呼ぶ。つまり、死荷重とは、達成でき る最大の社会余剰と比べた、社会余剰の減少分である。 • この死荷重は、社会全体を考えると相当な額になる。考えてみて欲しい。 • 次に、q1 を考える。ここでは、限界便益が限界費用を上回っているので、もう少し生産したほ うが良い。生産量を増やすことにより、△EHK 分、得することになる。各自確認してほしい。 • 市場均衡では、市場価格を通じて消費者の評価と生産者の限界費用が一致する。その点で社会 余剰が最大になる。市場均衡の最適性が言えたことになる。 • 練習として、価格が pE で変わらず、生産量と消費量だけ変わった例を考えても良いかもしれま せん。(ヒント:消費者は q E 以上を買いたくなくても買うという設定になっています。) • この設定では企業も消費者も自分の利益を追求することによって、社会的に望ましい状態が実 現できるということを示した。 • 余剰分析は、全ての経済活動を金銭ベースで評価するため、何でも比較可能になり、わかりや すいというメリットがある。ただ、デメリットもあり、公平性が見過ごされやすいことが挙げ られる。貧しい人と豊かな人を同じ基準で評価している。また、パレート効率や厚生経済学の 第2基本定理でも話しましたが、厚生や余剰が減った主体に補償してあげることが出来ればよ いのですが、余剰分析では補償が実現可能かどうかまでは分かりません。 • 実際に政策提言をする場合には、余剰分析の結果を踏まえたうえでそこで扱えなかった要素を 足して考えれば良いでしょう。(雇用、命の重さ、心の安らぎなどたくさんありますね。考えて みてください。) 外部性とピグー税 それでは、外部性によって市場の失敗があるケースを考える。どのような政策を採ればよいだろ うか? • 外部性とはある経済主体の行動が市場を通じずに他の経済主体に及ぼす影響のことを言う。正 の外部性(外部経済)は他の経済主体にとって有利に働く。例として教育や花壇、研究開発な どが挙げられる。負の外部性(外部不経済)は他の経済主体にとって不利に働く。例としては 公害や騒音が挙げられる。 • このような場合には各主体が持つ私的限界便益や私的限界費用(今までの話)と社会的限界便 益や社会的限界費用が異なるため、市場均衡が必ずしも厚生を最大にしない。つまり、市場の 失敗が起きている。 • それでは図を使って厚生分析をしてみよう。図 7 − 2 では、供給曲線を私的限界費用曲線と書き 直した。この場合に企業が生産すると汚染物質を排出するとしよう。すると生産量の拡大が社 会的な費用も拡大させる。そこで、社会的限界費用曲線は私的より上にあることになる。 3 • 生産量が少ないときには上昇幅は少ない。多いときには多くなる。(公害の影響は逓増すること より) • 政府の介入がない場合、市場均衡は点 E となる。消費者余剰は △BpE E 、生産者余剰は △pE AE であるが、外部費用が △AEF だけ存在する。よって、社会の総余剰は △BpE E + △pE AE − △AEF = △ABH − △HF E となる。 • それでは社会厚生を最大にするにはどうすればよいだろうか?条件は「限界便益=社会的限界 費用」となるため、点 H が最適。このときの消費者余剰と生産者余剰は △Bp∗ H と □Ap∗ HG となっている。外部費用は △AHG、よって総余剰は △Bp∗ H + □Ap∗ HG − △AHG = △ABH となる。このように、最適な点は均衡点より生産量が減り、価格が増えている。 • 市場均衡での余剰は最適値より △F HE 分だけ減っている。これが死加重 (Deadweight loss) と 呼ばれる余剰の損失である。 • それではどのように企業を最適な資源配分に誘導すればよいだろうか?1つの解はピグー税と 呼ばれるものである。1単位あたりの財の生産に対して、社会的限界費用と私的限界費用の乖 離分だけ課税する。図 7 − 3 を参照してください。 • 企業は私的限界費用を見て均衡を求めるが、ピグー税のため生産費用が一律 t だけ増えている。 すると市場均衡は点 H となり、消費者余剰は △Bp∗ H 、生産者余剰は △Cp∗ H である。租税 収入は □AJHG となる。外部費用は △AHG である。よって、社会全体の厚生は △Bp∗ H + △Cp∗ H + □ACHG − △AHG = △ABH となる。 • このように、ピグー税後の状況は社会余剰最大化の状況と一致することが分かった。 練習問題 • 需要曲線が D = 50 − p/3、供給曲線が S = p/2 − 15 で与えられているとする。 • (1) 市場均衡を求め、消費者余剰、生産者余剰、社会余剰を求めよ。 • (2) この財を生産する際汚染物質が排出され、q 単位目の生産は生産量の 3 倍の社会的限界費用 を与えるとする。この状況を図示し、社会余剰を最大にするような生産量を求め、それを導く ようなピグー税 t を求めよ。 4 ゲーム理論 • 経済は多数の経済主体(企業、消費者、政府など)が相互依存して動いている。その際、各主 体は他の経済主体がどのように行動するかを考えつつ、自分の行動を決める必要がある。 • ゲーム理論:経済主体間の相互依存関係を分析する手法。 • ナッシュ均衡:ゲーム理論において求める均衡の一つ。ナッシュ均衡においては誰も自らの行 動から逸脱しようと思わない。経済主体がみな(ある意味)満足する結果を導く。 • ゲーム理論では以下のような用語を使う。 – プレーヤー:ゲームに参加している経済主体のこと。 – 戦略:あるプレーヤーが選択肢を選ぶ際、どのような行動を採るか。 – 利得:利潤、効用、社会余剰、どのくらいうれしいか。 • ナッシュ均衡では、どのプレーヤーも、他のプレーヤーが戦略を変えないとした場合、自分の 戦略を変えても得をすることが無い。 利得表: 読み方の練習 一郎 次郎 上 下 左 5 , 12 −4 , 8 利得表: 最適反応とナッシュ均衡の求め方 一郎 次郎 上 下 右 −7 , 2 9 , 3 左 5 , 12 −4 , 8 右 −7 , 2 9 , 3 ここで、プレーヤーは(一郎、次郎)の二人。 一郎の戦略は「上」と「下」で次郎の戦略は「左」と「右」。例えば一郎が「上」を選んで次郎が「右」 を選ぶと右上の箱になり、一郎は −7 の利得を得、次郎は 2 の利得を得る。 ナッシュ均衡を求めるためには、まず線を引いていく。例えば、次郎が「左」とすれば、一郎は「上」 としたら 5、「下」としたら −4 なので、上を選ぶ。それを示すため 5 の下に線を引く。次郎が「右」 なら −7 対 9 なので、 「下」を選ぶため 9 の下に線を引く。このように、最適反応 を求めていく。つ まり、次郎の「右」に対して一郎の最適反応は「下」である。 同じことを次郎の立場からも行う。例えば、一郎が「上」としたら、次郎は「左」なら 12、「右」 なら 2 なので、 「左」を採る。よって「左」が最適反応となり、12 に (二重)線を引く。一郎が「下」 の時も同様。 ナッシュ均衡の定義は、お互いの戦略が最適反応になっていること。つまり、探すのは両方の数字 に線が引いてあるところになるので、 ここでのナッシュ均衡は (上、左) となる。(5,12) は均衡では なく、均衡の結果であることに注意。 5 囚人のジレンマ 経済学でよく見られるゲームの形。 良い結果と悪い結果があるときに、悪い結果のみがナッシュ均衡で得られる。プレーヤーがそれぞれ 自分の利得を最大にしようとしても、均衡では最大にならない。 利得表: 囚人のジレンマ アル ジェフ 黙秘 自白 黙秘 −3 , −3 0 , −15 自白 −15 , 0 −8 , −8 アルとジェフはある事件の共犯者。警察に捕まり別々に取調べを受けている。お互いは連絡できな い。 · 2人とも「黙秘」すれば証拠不十分のため 3 年の刑 (−3 の利得) · 2人とも「自白」すれば、証拠はあるが情状酌量をされて 8 年の刑 (−8) · 1人が「自白」して1人が「黙認」すれば、「自白」した方は証拠を提出し、司法取引が成立して無 罪か執行猶予で放免 (0)、「黙認」した方は全ての罪をかぶらされて、情状酌量もされずに懲役 15 年 (−15) となる。 =⇒ このとき、ナッシュ均衡は何か? アルもジェフも相手の行動に関わらず自白したほうが良い。よって、均衡は (自白、自白)。 しかし、二人とも「黙秘」すれば懲役3年で済んだはずだが · · ·。これがジレンマ。 ジェフはこれを考えて「黙秘」した方が良いと考えたとする。でも、アルはやはり「自白」するほ うが得になっている。 アル ジェフ 黙秘 自白 黙秘 −3 , −3 0 , −15 自白 −15 , 0 −8 , −8 囚人のジレンマの例: 数量競争 企業1 企業2 生産規模縮小 生産規模拡大 縮小 100 , 100 150 , 20 拡大 20 , 150 40 , 40 企業は、相手の生産量が与えられた下では、自分の生産量を多めにしたい。 しかし、両方の企業がそうしたら、お互いの利潤は下がってしまう。 よって、企業は談合をして、お互いが生産規模を縮小しようと取り決めたい。しかし、この行動は 社会厚生には悪い影響を与える。⇒ 公正取引委員会、独占禁止法 6 1 2 制限 乱獲 制限 100 , 100 150 , 20 1 乱獲 20 , 150 40 , 40 2 制限 乱獲 制限 100 , 100 50 , 20 乱獲 20 , 50 −60 , −60 囚人のジレンマの例: 共有地の悲劇 漁業を考えよう。魚を獲るときには、将来のことも考えなければならない。よって、漁の組合同士 で自己制限を課そうと考える。 しかし、相手がどちらの戦略を採っても、自分は乱獲をしたほうが儲かる。よって、囚人のジレンマ となり、お互い乱獲してしまう。 このような乱獲を防止するためには、罰則規定を設ければよい。つまり、乱獲したら罰金 −100 を 支払うとする。すると、利得は右の図のように変わり、ナッシュ均衡では制限した漁が行われる。 このように、どのような場合に協調を支援し(他には貿易自由化や核拡散防止など)、いつ阻害す る(数量競争)ことが、政府や公共機関にとって望ましいかを考える必要がある。 動学ゲームの簡単な紹介 • 今までのゲーム理論の道具(ナッシュ均衡)は各プレーヤーが同時に行動するときに効果的で あった。それでは、各プレーヤーが順番に(逐次的に)行動する際にはどのようなことを考え るべきだろうか? • ここで動学ゲームと部分ゲーム完全均衡という概念を簡単に紹介する。まずじゃんけんで逐次 手番の場合は、後だしした方が勝つ。 • 次に参入障壁ゲームを考える。既存企業は参入を許すように高価格を付けるか、参入と対抗す るために低価格を付けるかを第1期に決め、それを下に参入企業は参入するかどうかを決める。 利潤は以後扱う数量競争の結果と整合的にしてある。直観的にも分かりやすいと思われる。 • バックワードインダクションで解くと、均衡は [低価格、(参入、参入しない)] となる。結果は 参入が起こらない。この均衡をサブゲーム完全均衡、または部分ゲーム完全均衡と呼ぶ。 • サブゲーム(部分ゲーム)とは、各時点から新しく始まるゲームのこと。左の例だと3つある。 (全体のゲームも含む)。それら全てでナッシュ均衡になっていれば(だれも逸脱する誘因を持 たなければ)サブゲーム完全均衡となる。 • この設定で一番重要なことは、既存企業が先に動いていることの意味づけ。先に動いて、その 選択を変えることが出来ないという設定になっている。このようなことをコミットメント と呼 ぶ。日本語のイメージとしては「言質、態度表明」みたいなもの?(公約?マニフェスト?) • コミット出来ていないとどうなるかを考えてみよう。もし参入企業が参入してきたら、既存企 業は価格設定を再設定できるとする。すると参入企業はそれを読み込んで行動するため、サブ ゲーム完全均衡では既存企業が第1期にどうしようとも参入企業は参入し、既存企業は低価格 を付いていたとしたら値上げをするようになる。すると既存企業の利潤は下がる。このように、 既存企業にとって新しい選択肢が増えることは必ずしも嬉しいことではない。逆に言うと、コ ミット出来ることが利潤を増やすことがあるというわけである。 7
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