子どもの貧困と母親の就業

公開セミナー
子どもの貧困/不利/困難を考える
Part 2 子どもの貧困への多様なアプローチ
「子どもの貧困と母親の就業」の背景と背後
室住眞麻子
(帝塚山学院大学人間科学部)
本テーマの背景
◆女性労働研究→子どもの存在、子どもの貧困が見え
にくい。
◆子どもの貧困研究→母親の就業が見えにくい。
◆子ども、母親・(父親)、個々の存在を浮き彫りにしつ
つ、子どもの貧困世帯の状況を明きからにする方法を
模索。
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本テーマの背景
2つの文献によって気づかされたこと
1.エスピン=アンデルセン,G.(大沢真理監訳)『平等と効率
の福祉革命』2011年、岩波書店(原題 The Incomplete
Revolution〈未完の革命〉)。
→高学歴の共働き世帯で経済的豊かさだけでなく、子育てに
時間を費やせる階層とそのようにできない階層の子どもたち
の状況を浮き彫りにしている。
→女性たちの「未完の革命」は、子どもたちに対しても重大な
影響を及ぼしていることを示唆。
→社会的出自に縛られることなく、社会階層を超えて、すべ
ての子どもたちに機会の平等をもたらすという福祉国家の祈
願が、一部の国々を除いて一層困難になっていることを示唆。
3
本テーマの背景
2つの文献によって気づかされたこと
2.Millar, Jane and Ridge, Tess (2013)“Lone mothers and paid
work : family-work project”
→社会政策において、子どもは親たちが仕事と家事のやりくりを
する際の受動者として家族内のお荷物のようにみられる傾向が
ある。貧困世帯の子どもたちが貧困に対処するにおいて、家族
内、学校、友人、社会活動のなかで積極的な役割を果たしてい
る子どもの現実を取り込むことの重要性を示唆。
→母親の就業をサポートする子どもたちの実態を浮き彫り。
→子どもたちの貧困の体験、母親が就業することに対する子ども
たちの「本音」などインタビューを通じてから明らかにしている。
4
本テーマの背景
1の研究から学んで試行した研究作業
①子どものいる世帯の母親の就業状況を(集合的な統
計から)分析してみようと考えた。
②「大阪子ども調査」(阿部・埋橋・矢野、2014)による
母親の就業状況別貧困率の推計。
③併せて、先行研究を援用して、世帯所得階層別にみ
た家事・育児時間の実態の検討。
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①子どものいる世帯の母親の就業状況
(図表7-1、7-2、7-3、7-5を参照)
◆図7-1:末子の年齢別母親の就業状況(割合)
とくに、3歳未満の幼児のいる世帯の母親と3-5歳の小学校
入学前の子どものいる世帯の母親の就業率が上昇している。
◆図7-3:末子の年齢別母親の就業形態
子どもをもつ母親の働き方が非正規雇用中心に拡大している
なかで、幼児のいる世帯の母親の場合、正規職員として働く母
親が多い。
◆図7-5:末子の年齢別・世帯所得階層別母親の就業率
世帯所得が相対的高くなるにしたがって、母親の就業率が高
い傾向を示す。
6
図7-1 末子の年齢別母親の就業状況(割合)
図7-1
12-14 15-17
歳
6-8歳 9-11歳 歳
2012年
3-5
3歳未満 歳
自営業主
2012年
家族従事者
2002年
2012年
2002年
2012年
2002年
2002年
2012年
2002年
正規職員
18.7%
2002年
2012年
末子の年齢別母親の就業状況
非正規職員
妻無業世帯
50.2%
19.7%
26.8%
38.0%
18.0%
32.3%
50.5%
18.1%
27.5%
40.8%
16.2%
33.8%
48.4%
14.9%
31.9%
38.5%
16.0%
39.1%
40.8%
13.4%
39.3%
31.2%
18.7%
48.0%
31.7%
12.9%
23.0%
14.0%
(割合)
45.8%
20.5%
56.7%
15.9%
8.8%
58.8%
73.7%
注:夫婦と子どものみの世帯
出所:総務省統計局「就業構造基本調査」より作成
7
図7-2 末子の年齢別母親の就業状況(実数)
3歳未満 3-5歳 6-8歳 9-11歳
12-14 15-17
歳
歳
図7-2 末子の年齢別母親の就業状況 (実数)
475700
2012年
253400
387500
2002年
329500
581400
2012年
316900
423200
2002年
350900
565300
2012年
386700
2002年
372400
392500
515100
2012年
495800
356100
2002年
548200
496900
2012年
716700
323100
2002年
895000
384500
2012年
218900
2002年
0
自営業主
500000
1427400
1841100
1000000
家族従事者
1500000
正規職員
注:夫婦と子どものみの世帯
出所:図7-1に同じ。
8
2000000
非正規職員
2500000
3000000
妻無業世帯
図7-3 末子の年齢別母親の就業形態
図7-3
9-11 12-14 15-17
歳
歳
6-8歳 歳
自営業主
2012年
2002年
2012年
2.4
2012年
1.9
2002年
48.3
68.1
24.5
55.2
23.2
69.3
6.1
2.0
2002年
2012年
25.0
24.2
1.7
21.8
56.4
25.9
6.2
2.0
66.0
23.4
54.3
33.9
6.4
2.3
非正規職員
66.6
5.7
2002年
正規職員
24.8
7.1
2002年
2012年
3歳未 3-
満 5歳
家族従事者
2002年
2012年
末子の年齢別母親の就業形態
57.6
29.6
47.1
55.0
6.6
38.0
49.7
注:夫婦と子どものみの世帯
出所:図7-1に同じ。
9
31.1
15-17歳
77.0
74.0
73.8
2012年
56.2
74.2
71.1
69.8
2002年
12-14歳
55.9
73.8
75.0
73.1
2012年
55.5
70.5
68.8
69.6
2002年
53.2
67.9
69.7
70.6
9-11歳
2012年
56.2
66.9
63.1
64.3
2002年
51.5
65.5
61.0
61.3
6-8歳
2012年
49.8
2002年
3-5歳
47.8
42.8
58.4
40.5
41.8
39.5
2012年
23.0
2002年
16.2
0
10
20
30
73.0
54.8
32.7
62.0
36.0
21.5
67.8
54.9
52.7
2012年
2002年
3歳未満
58.2
52.8
55.7
40
50
60
900万以上
600-900万未満層
300-600万未満層
300万未満層
図7-5 末子の年齢別世帯所得別にみた母親の就業率 (夫婦と子どものみの世帯)
10
出所:総務省統計局「就業構造基本調査」より作成。
70
80
90
②「大阪子ども調査」による母親の就業状況別
貧困率
◆「大阪子ども調査」(可処分所得による推計)と労働政策・研
修機構(税込み所得による推計)は異なる基準、母親の就業
形態分類もやや異なる。
◆共通点としては、母親が正社員として働く世帯の貧困率が
最も低い。
◆表7-5によると、母親がパート・アルバイトとして働く世帯の
世帯所得は母親無業世帯よりもやや低いが、貧困率は約4%
低い。母親の就業が「貧困層への『転落』を防御している」。
11
表7-4 表7-5 母親の就業形態別貧困率
表7-4 母親の就業形態別貧困率 (ふたり親世帯、単位:%)
民間の正社員
公務員
契約・派遣・嘱託 パート
自営業
会社役員
その他
無業
小学5年生の世帯
2.9
0.0
7.9
8.7
14.4
3.6
9.5
10.6
中学2年生の世帯
1.3
0.0
5.4
10.5
8.6
8.0
12.8
8.6
注:手取り収入(可処分所得)ベースによる貧困率
出所:阿部・埋橋・矢野(2014)「大阪子ども調査」データを用い、田中弘美による推計。
表7-5 母親の就業形態別貧困率と平均世帯収入 (ふたり親世帯)
正社員
契約・嘱託・派遣 パート・アルバイト
自営業ほか
無職
貧困率 (%)
4.4
11.9
8.6
18.1
12.4
平均年収額(万円)
797.7
575.1
552.2
576.0
617.8
注:税込み所得ベースによる貧困率
出所:労働政策・研修機構(2012)、図表6-3より引用して作成。
12
③ 世帯所得階層別(母親、父親の)仕事時間と育児
時間
表7-7 所得階層別父母の仕事時間と育児時間 (ふたり親、6歳未満の子どものいる世帯、単位:時間・分)
母親の仕事時間
0-199万
母親の育児時間
平日 土曜 日曜 平均 平日 土曜 日曜
平均
6:48
1:32
0:30
5:25
0:25
2:57
2:54
1:01
200-399万
400-599万
5:16
5:02
2:30
1:57
1:16
0:57
4:22
3:55
1:29
1:36
1:47
1:53
1:34
1:41
1:31
1:39
600-799万
800-999万
6:11
5:56
1:57
1:43
0:16
0:55
4:42
4:38
1:28
2:37
1:59
1:54
1:44
1:56
1:35
2:25
1000万以上
5:19
2:05
1:31
4:27
1:57
2:51
2:28
2:07
父親の仕事時間
平日 土曜 日曜 平均
父親の育児時間
平日 土曜 日曜 平均
0-199万
200-399万
8:36
9:11
6:44
6:24
5:04
2:36
7:55
7:52
0:09
0:19
0:12
0:35
0:12
0:46
0.09
0.25
400-599万
600-799万
9:18
9:12
5:11
3:20
2:37
1:50
7:42
7:05
0:17
0:14
0:40
0:55
0:48
1:04
0.25
0.29
800-999万
10:09
3:41
1:29
8:10
0:14
1:02
1:04
0.27
1000万以上
9:45
4:06
1:42
8:17
0:12
1:04
1:03
0.23
出所:山野良一(「経済階層と子育て・仕事時間」『千葉明徳短大紀要』第32号、2011)の表1~表6から引用して作成
13
研究作業の結果
◆小さな子どもをもつ世帯であっても、相対的高所得層(900万
円以上)の母親の就業率が高く、低所得層ほど就業率が低い
傾向にある。
◆母親の就業によって、貧困率が劇的に低下するということで
はなかったが、母親が正規職員として就労する世帯の貧困率は
低い。本セミナーでは詳しく説明できなかったが、貧困な無業の
母親の5人は1人は「今すぐ働く」ことを希望。「賃金の低さ」と折
り合うような手頃な費用の保育所が利用できないなどの理由で、
就業できない。貧困世帯の母親は、自分の所得が、子どもを含
む世帯の経済的なやすらぎにとって必要であるにもかかわらず、
就業を諦めざるを得ない。
14
研究作業の結果
◆生活時間(仕事、育児時間):低所得層の子どもたちにとって、
休日を除くと、母親からさえも育児を受ける時間が絶対的に不
足状態。父親による育児はほとんど受けられない。他方、高所
得層の場合、休日になると、父親による育児が加わる。
◆アンデルセンの「未完の革命」の状況と重なっていることを示
唆している。
15
研究作業の結果
ミラーとリッジの研究が示していること:
◆貧困への回帰が、母親の就業に伴う子どもにとっては歓迎しな
い代償をも受け入れる基盤となっている。それだけ貧困の体験は
子ども自身を傷つけるものであり、貧困に戻ることへの恐怖や親の
収入の喪失は、子どもにとって、非常にリアルな体験である。
◆子どもにとって重要なことは、親の持続的で安定的な就業とそこ
から得られる収入が、生活を営む上で妥当な水準であること。
◆親の就業が子どもと一緒に過ごす時間の保障を前提とするワー
クライフバランスがとれていること。
◆親の就業中に必要となる保育サービスが子ども中心に考慮され
た内容のもの。
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本テーマの背後
◆子どもを含む世帯生活の維持:
必要な就業と必要な保障(就業による収入を補足する現金給付、
住宅費や光熱水道費など生活基盤費に対する保障、子どもへ
の現金給付のより一層の保障、子ども自身へのサービス)の重要
性。
◆「働くこと」の問い直し(上記の諸点を前提として、収入を得る
ということだけなく):
社会的役割があること、社会的関係の維持、居場所があること
→母親自身の自己肯定観(自尊感情)、自信のよりどころ→子ど
もに与える良い影響
17
本テーマの背後
◆子どもにとって母親が働くということ(子どもの経済的
基盤の維持という側面だけでなく):
子どもにとっても、母親の働く場所や職場の人間関係
がより身近に感じられるような、場合によっては、学校
帰りに立ち寄れるような環境作り。
◆『(母親の)職場と子どもとの良好な関係』を支え得
るような職場環境の見直し。
18