第5章 スピン物体の方向安定に対する内部エネルギー消散 の影響

5.1
エネルギーシンクを持つ準剛体 
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第 5 章 スピン物体の方向安定に対する内部エネルギー消散
の影響
剛体は数学的な抽象概念である;この剛体という抽象概念は、実在の(物理的な)物体の姿勢
運動のモデルとして次のような長所と限界を持っている。長所はおもにその単純さにあり、トルク
フリーの運動に関してよく知られている解析的な解が利用できることである。またこれによってこ
の運動の幾何学的な解釈が容易になり、そのため運動全般に関して非常に有益な洞察が得られる。
これらのことは第 4 章で重点的に議論したところである。
しかしあいにく実在の物理的な物体は真の剛体ではない。一般に R の回転運動に伴って R の
中に時間に依存する力の場が生じると考えられる。R の内部の位置 r にある質量要素 dm は力学上
よく知られているように重心に相対的に次式
a (r , t )  s  2ω
  r  o
  r  ω
 (ω
  r )
で与えられる加速度を受ける。例えば B.4 節の式 ( 12 ) を参照されたい。剛体を仮定する枠組みの中
では r  s  0 である;したがって Fb においては
   ω ω  ) r
a (r, t )  (ω
となる。 dm  σ (r ) dV に働く内部の力の場は
   ω ω  ) r dV
d f   σ (r )(ω
であるが、この力の場により内部応力が発生し、つぎにこの内部応力によって物体の中で材料の変
形が起こる。宇宙機の剛性が高いほどこの変形は小さくなるが決して厳密に零にはならない。さら
( ω (t ) が一定であるのは慣性主
に ω (t ) が一定でないかぎり内部の慣性力の場は時間と共に変化する
軸まわりのスピンの場合だけである)
。
そしてこの時間依存の変形にはエネルギー消散が必然的に付
随してくるということを認識しなければならない。ただし宇宙機が準剛体であればエネルギー消散
の速さはほとんど零である。材料の変形によって生ずる自由度はそれ自身運動の微分方程式によっ
て支配されるが、一般に変形運動と回転運動はカップリングする ― これは重要な問題であるが本
書の範囲を越えている。
宇宙機の構造が剛体に非常に近いときは、材料歪みの影響は次の 1 点を除いてすべて無視でき
るということが明らかになっている:すなわちその 1 点とはエネルギー消散である。宇宙機の剛性
が十分高く、構造振動の自然振動数が回転運動の固有振動数(例えばスピン速度)よりずっと高い
場合は、この微小な構造運動の振動特性が回転運動に対して影響を与えるということはほとんどな
い。しかし時間的に変化するこの構造変形に基づく消散特性は、消散がいかに微小であるかに関係
なくつねに無視することはできない。その理由は、定性的なことばで言えば 4.4 節で示した方向安
定が漸近的ではないということである。消散のような単調な現象は一般に逆らうことができず、そ
の姿勢運動に与える蓄積効果は劇的なものになり得る。もちろん消散の速度が小さいほどその影響
が出てくるまでの時間は長くかかる。
本章では以下にエネルギー消散の影響をいくつかの段階に分けて検討することにする。最初の
解析はいわゆるエネルギーシンクの仮説(energy sink hypothesis)に基づいて行うが、事実上半定量
的なものである。つぎに剛体に対する運動方程式に減衰項を付加する場合を詳しく調べ暫定的な結
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第5章
スピン物体の方向安定に対する内部エネルギー消散の影響
論を出す。
最後にさらに具体的な系として機械的なダンパを剛体に付加した場合について検討する。
このようにダンパを付加することによって系の自由度の数が増えるが(1 だけ)
、これによって比較
的単純な安定条件を導き出すことができる。
本章の主たる目的はスピンをする宇宙機のいわゆる「最大慣性主軸則」について考察すること
である。
5.1 エネルギーシンクを持つ準剛体 
上に述べた前置きのコメントは準剛体(quasi-rigid body)の概念を示唆している ― ここで準剛
体とは力学系を適切に表現するための 1 つの概念であるが、材料の変形に伴い追加の自由度(およ
びそれに関連する運動方程式)を導入する必要がないという意味で、
「ほとんど剛体である(almost
rigid)
」物体 Q のことを言う。そして、この「準剛体」の考え方を補足する対の概念としてエネル
ギーシンクの仮説がある。この仮説は、すべての実在の物体が運動するときは運動エネルギーが ―
ゆっくりと ― 熱エネルギーに変換されるという考え方に立っている。ここで修飾語の「ゆっくり
と(slowly)」は、準剛体の仮定との一貫性を維持するために付け加えられたものである;「急速に
(rapidly)
」エネルギーを消散することができる機械装置はすべて準剛体の仮定とは矛盾する。本書
では、準剛体の中でエネルギーがどのように消散されるかという詳細を具体的に述べることはせず
に、ただ単にこの消散のプロセスをエネルギー「シンク」と呼ぶことにする。
さて Q のトルクフリーの運動を考えよう。準剛体を仮定した結果として系の運動エネルギーは
次式によって比較的厳密に近似できる。
1
T  ( I 1ω12  I 2ω22  I 3ω32 )
2
(1)
同時にエネルギーシンクの仮説によって
T  0
(2)
が成り立つ。より正確に言えば、内部の慣性力の場(前置き部で述べた第 3 式)が静止しているの
  0 のときだけつまり ω Iω  0 のときだけ成り立つ。
でなければ T  0 である。この静止の条件は ω
これは慣性主軸まわりの単純なスピンに対応している場合である(問題 4.8 を参照されたい)
。した
がって h は一定であるが(外部トルクは零)T はゆっくりと減少することがわかる。さらに 4.3 節
の式 ( 4 ) で定義されている次のパラメータ I の変化に注意されたい:
I
I   
T

T  0

(3)
上式において時間に関する微分係数が十分小さいので、準剛体の場合に相当するということを確認
するため次式
I
T

1
ωI
ωT
(4)
が成り立つことを強調しておきたい。ここで ω  || ω ||である。
さてこれらの仮定の枠組みの中では、 I (t ) は時間と共にゆっくりと増加する関数であることが
明らかである。また運動 ω (t ) がここでも十分な近似度で 4.3 節の式 ( 10 ) ~式 ( 12 ) によって表され
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5.1 エネルギーシンクを持つ準剛体 
ると期待できる。そしてこの場合取り決め I 1  I 2  I 3 はそのまま残っているが I (t ) はゆっくりと増
加する。もちろん I はその最大許容値 I  I 1 を越えることはできない。おそらく無限に長い時間が
経ったあと、 I が最終的に I 1 に達するとき T はその最小値 Tmin  ( h 2 I 1 ) 2 に達する。この最終の
状態では、Q は最大の慣性主軸( I  I 1 )まわりのスピンをしておりそれ以上の T の減少は不可能
になる。このことは、最大慣性主軸まわりの最終的な単純スピンの状態においては内部の力の場は
静止しているという観察結果と一致する;この場合消散の原因であると考えられる励振はもはや存
在しない。
このエネルギーシンク解析の結果は、Q の運動の中で唯一方向安定であるのは最大慣性主軸ま
わりのスピンであるということを示している。すなわち最小慣性主軸まわりのスピンは不安定であ
るということである。またさらにエネルギーシンクの仮説から、最大慣性主軸まわりのスピンが次
のような特別の意味で漸近的に方向安定であるということも示すことができる:つまりスピン軸は
漸近的にその元の方向 h ν ではなく新しい角運動量ベクトル h の方向に近づくということである。こ
の結論を以下の段落で詳細に立証しよう。
そのための方法は、剛体 R に対する第 4 章の議論を適当に変更することによって小さな材料変
形(R → Q)を許容する方法であるが、その結果得られる結論を以下に示そう。さて閉じた形の解
(4.3 節の式 ( 10 ) ~式 ( 12 ) )において、例えば I  || ω ||である限り I を時間と共にゆっくりと増加
する関数であると仮定することは合理的に可能である。本来 I (t ) の変化の仕方(history)はもちろ
んエネルギーシンクの仮説によって決めることはできない。何故ならエネルギーシンクの仮説にお
いては、
「シンク」を形成しているメカニズムは本質的にはっきりしてないからである。しかし議論
を定性的に進めるために、上述した条件が守られている限り次のように表しても合理的である:
I (t )  I1   I (0)  I1  e  ε t
(5)
ここで ε  || ω ||である。
図 5.1 は Q に対する代表的な ω (t ) の変化を示しているが、
この結果を図 4.11 の R に対する ω (t )
の変化と比較されたい。両ケースにおいて h  20 N  m  s であるがこれは外部トルクがない場合一定
である。したがって ω (t ) の先端はつねに定-h の楕円体 H 上にある。T もまた一定ならば、図 4.11
に示してあるように閉じたポールホードが得られるが、T がゆっくりと減少すると運動は螺旋状の
ポールホードを描くことになる。このポールホードは、T の大きさが消散のため小さくなって行く
ときの T と H の交線によって与えられるものである。
この幾何学的な洞察は、I 1  I 2  I 3 という設定のもとで記述されたリアプノフ関数すなわち 4.4
節の式 ( 8 ) を調べることで、さらに確かめることができる。最大慣性主軸まわりのスピンの場合同
式を微分することによって次式を得る。
  8(T  Tν )T
v  2( I 1  I )T  2 IT
(6)
ここで I 1  I 、 T  0 、 I  0 、および T  Tν  0 であるので、 T  0 でなければ
v  0
(7)
となる。この T  0 という条件は単純スピンの場合だけ可能である。したがってリアプノフの間接
的な方法から、最大慣性主軸まわりのスピンは摂動 ξ  ω  ν に関して漸近的に ω-安定であるとい
うことが結論できる。