枝道コラム

枝道コラム
連なりらせん
ひまわりの種は表面をらせん線状に連なって埋め尽くす。このヒマワリの場合,小花の連なりらせん
数を外側の円周に沿って白い実線のように数えると 55
本と 89 本と数えられる。これを 55/89 と書く。同じヒ
マワリでも内側の一周では白い点線のように 34/55 に
なる。サボテンのトゲやパイナップルの鱗片も表面を
34/55
線状に連なって覆う。その中央左のサボテンのトゲの
連なり数を数えると 5/8 であり,その右は 6/10 になっ
55/89
ている。下のパイナップル鱗片の連なり数は 8/13 にな
る。これらの連なり数は Parastichies number とも言われ,
ヒマワリの連なりらせん数
秩序をつかさどる数の意味で使われる。
注目すべきことは,これらの数値であるが 6/10 を除
[1]
いた数がすべてフィボナッチ数列のどれかになってい
ることである。6/10 も両数値を 2 で割れば 3/5 でとも
にフィボナッチ数になる。連なり数はこのほかにルカ
[2]
数の場合も知られている。ルカ数もまた広義のフィボ
[3]
ナッチ数であること,また,一般のフィボナッチ数列
5/8
6/10
サボテンの連なりらせん数は種によって異なる
はいくつでも作れること,これらを考えると多くの植
物にはその成長の仕組みや大きさに対応する固有のフ
ィボナッチ数がありそうである。その一般フィボナッ
チ 数列 の隣 同士は 数が大 きく なる に従っ て 黄金 比
1.618033…に近づくことが知られている。
人々を魅了し続けるフィボナッチ数だが,すでにフ
[4]
ィボナッチ協会が 1963 年以来組織的な活動を続けて
鱗片の連なり
いる。公式 Web サイトに星印と黄金長方形が掲載され
[5]
ているのは象徴的である。他方,日本フィボナッチ協会
は東京海洋大学の中村滋名誉教授を中心に活動が開始
され,すでに 12 回の研究集会が行われている。
[1]
[2]
[3]
[4]
[5]
フィボナッチ協会の Web ページ
フィボナッチ数: 1 1 2 3 5 8 13 21 34 55 89 144 233 377 610 … 610/377=1.61803...
ルカ数
: 1 3 4 7 11 18 29 47 76 123 199 322 521 843 … 843/521=1.61804…
一般フィボナッチ数の例: 2 5 7 12 19 31 50 81 131 212 343 555 … 555/343=1.61807...
フィボナッチ協会:http://www.mathstat.dal.ca/fibonacci/
日本フィボナッチ協会:http://fibonacci.is.ocha.ac.jp/
枝道コラム
最も簡単な折り紙としての自己相似矩形
矩形の短辺に対する長辺の比が黄金比になる四角形は黄金長方形と言われる。この矩形を折り紙とし
て使うとき,長辺を下図左のように正方形で区切る破線で折れば,できた小さい矩形は元の矩形と相似
になる。できた小さな矩形は再び同じ方法を使って点線で折ることができ,再び相似な矩形ができる。
こうしてフラクタル矩形が作れる。このように矩形を相
似形に連続して折るためには最初に縦横比の決まった
紙を準備する必要がある。縦を a,横を b とする a < b の
①
矩形の紙を破線で折ってできる矩形の短い辺を c とす
ると元の矩形と相似形になるための条件はどうすれば
よいか。
b
②
a
c
③
できた矩形が元の矩形と相似だとすれば,a:b の比が
c:a に等しい。この条件を満足する矩形は a を決めて b
と c を適当に選べばよいので,限りなくある。a を 1 と
④
する相似図形は bc =1となる図形すべてになる。
その中から比較的簡単に折れそうな図をいくつか描
くとしよう。折りやすさからすると,最も簡単なのが③
である。この矩形は長辺を半分に折るだけで次の相似形
⑤
ができる,いわゆる白銀長方形として知られている形で
ある。その次に簡単なのが最初に紹介した④の黄金長方
形であり,正方形の位置決めに斜めに折ってその決めた
⑥
2
位置に折ることの 2 回折りになる。同じ 2 回折りの手間
をかけて作る矩形では長辺を半分の半分に折る①と⑥
がある。①は右端から 3/4 の位置,⑥は右端から 1/4 で
折ることになり,比較的簡単に相似形ができる。⑤は長
簡単に折って相似形のできる条件を
満足する矩形,各図右の数値は元図の
縦を 1 としたときの横の長さである。
辺を 1/3 に折る必要があり正確に折るのが難しい。②では長辺を右端から 5/9 の位置で折る必要があり
さらに困難になる。しかし,条件が整えば相似図形がいくらでも作れることに変わりはない。
最も簡単に折れる白銀長方形は A4 や B5 の用紙として広く使われている。また、バランスが良いこ
とから A5, A6 や B5 などの大きさで書籍として圧倒的に普及している。ちなみに新書版は黄金比付近の
比になっている型が多い。折りやすさはともかくこれら相似形の長辺には数量的制限がないので,探せ
ばその中には有用なものが見つかる可能性がある。
枝道コラム
自然に生まれた対数
デタラメさや自由度の多さは自然現象の本質を理解するための最も重要な概念のひとつである。これ
を数値で表示するときには対象の状態を数量で知る必要がある。状態の数が多いほどデタラメさが多く
多様性がある。例えば,矩形内に四角いマスが 33 行×19 列=627 個あって,この中の 33 個を塗りつぶ
す塗り方は全部で
n!
627!
627 626     3  2  1


N!(n - N )! 33!594! 33 32      3  2  1  594 593     3  2  1
通りある。これよりも 4 行尐ない 29×19=551 個あるマスの中の 276 個を塗りつぶす塗り方は全部で
551!
通りである。どちらが多いか。つまりデタラメさはどちらが多いか。電卓などの対数を使えば
276!275!
全体のマス目は尐ないが 2 例目が多いとわかる。もし対数がなければこの比較には多くの計算と時間を
要する。かつての人々も大きな数値の掛算に苦慮したにちがいない。対数は任意の数に適用できるので
応用は飛躍的に広がる。
この便利な対数はどのように生まれたのだろうか
ネイピアによる対数の発見は積を和
にして計算を簡略化したいがためであ
[1]
る。草場の紹介を参考にみてみよう。
AB という長さ 1 の線分と A’を端点と
する半直線を準備する。A から B に初速
度 v0 で出発した動点 P の速度 v は y の減
尐と共に遅くなり B 点で 0 となる。つま
り v は v0y に等しい。他方,同じ初速度
v0 で A’を出発した点 P’は半直線上を定速度で進む。このときの x を y の対数という。
[2]
今では微分方程式をたてればすぐに解けてしまい x = log1/e y と求まる。この対数の底 1/e をネイピ
アは明示していなかったが,オイラーが突き止めたものである。物事が急激に大きくなる現象を称して,
“指数関数的に増大する”などと言う。また,減尐する場合にも使う。例えば,4 年前の東日本大震災
セシウム
では原子炉がメルトダウンしたが,それによって飛び散った C s 137 の半減期が約 30 年と言うとき,
この半減期は放射性物質が指数関数的に減尐していって当初の半分になるまでの時間である。これは
Cs が指数関数的に減尐していくが,すぐに 0 になることはないのでその量的評価に使われる。X 線撮
影技師が防護の鉛の厚さを決める場合も指数関数的な減尐を量的に評価して見積もる際もこのような
方法を使う。この自然現象に伴う指数関数的な変化の指数には e が使われ,それが対数の底になること
から e=2.718281828459…は自然対数の底と呼ばれる。この対数発見の頃は対数表が重宝され,次いで
計算尺が発明され,コンピュータの開発へとつながる。
[1] 草場公邦(1983):
「数の不思議」
,講談社現代新書, p.180.
[2] 微分方程式は
d(1- y)
=v
dt
と
dx
= v0 となる。
dt
枝道コラム
「自然の幾何学にはフラクタルの顔がある」
[1]
マンデルブロは著書「フラクタル幾何学」で宣言する。そして TED トークではそのフラクタルの例
としてロマネスコを使う。部分の集まりとしての自己相似なフラクタルは自然界にどれほど見つかるだ
ろうか。
斜め上から見るロマネスコ
は中心非対称な円錐形をして
いる。円錐の表面には小さな
円錐状突起がらせん状に連な
っている。その小さな円錐状
突起にはさらに小さな円錐状
全体画像
小突起がつき,その個々の小
拡大した画像
一部をさらに拡大
ロマネスコの自己相似構造
突起にはさらに小さな円錐状微突起がつく入れ子構造
をしている。そのためロマネスコは自己相似なフラク
タルの代表と見られる。他に何があるだろう。
庭のメタセコイアは一本の幹の周囲に枝が延び,そ
の枝には小さな枝がついている。その小さな枝にはさ
らに小さな小枝のつく入れ子構造をしている。また,
シダの枝には小さな枝がつき,その小さな枝に葉のつ
く構造である。よく見ると入れ子構造はたくさんある。
三陸海岸は入り組んだ山塊がそのまま海に沈み込ん
だような複雑な地形である。そのため,気仙沼から宮
古までは直線で 90km であるにもかかわらず地図上の
メタセコイア
シダ
海岸線を幅 1km のコンパスで刻んで測ると 297km にも
なる。ところが幅 8km のコンパスでは 168km になり差
が 129km もある。同じ直線距離の犬吠埼から日立港で
は 1km と 8km のコンパスで測ると 108km と 96km で差
が 12km しかない。複雑な地形では差が大きく端整な
海岸線では差が小さい。この傾向が 8 章で調べたよう
気仙沼市近くの唐桑半島, 御崎岬付近
に両対数グラフで直線の傾きの違いになった。つまり,
スケールによって傾向の変わらないスケール不変性というフラクタル構造の特徴をもつ。
自然の景観にはロマネスコのように数式で表現したように見える自己相似なフラクタル構造から海
岸線のような地形までさまざまな複雑さがある。この複雑さをフラクタル次元という数量で扱える科学
にしたところにマンデルブロの偉大さがある。それゆえ,「自然の幾何学にはフラクタルの顔がある」。
[1] マンデルブロ,B./広中平祐監訳(2011);
「フラクタル幾何学」,ちくま学芸文庫(2011), p16.
枝道コラム
光の干渉を利用する
ディジタルの表示装置につきもののモアレ縞は細かい画像を見えにくくする厄介者だが,人はむしろ
これまで原因になっている干渉を利用してきた。市販されている
回折格子を蛍光灯にかざすと,回折と干渉によって光に含まれる
色が分かれて見える。蛍光灯と目を結ぶ直線から最も遠い位置に
赤色が見え,次の緑があり,いちばん近くが青紫色になる。波長
の長い赤い光ほど大きく曲がる。この曲がり方は青紫の光ほど大
きく曲がる虹やプリズムとは逆になるが,その理由は回折格子を
通り抜ける光の波の位相がうまく繋がるという同じ理由からで
ある。このため,光源と目を結ぶ直線からの距離や見える色方向
回折格子を通して蛍光灯を見る
の角度を正確に測ることができれば光の波長を求めることがで
きる。光の波長は〜100nm なので目に見えるスケールで直接測る
ことはできないけれども,この干渉の原理によって現象を拡大し
て観測することができる。例えば,蛍光灯の発光波長に含まれる
黄緑色の波長 546nm の波長を測る場合でも市販の回折格子を購
入して簡易分光器を組み立てれば簡単に測定できる。
同じ電磁波でも波長の短い X 線では結晶の格子面が回折格子
夕方の主虹と副虹
の役割を担う。だからあらかじめ波長の分かっている X 線を使
って回折を観測し,曲がる角度を正確に測定すると回折に寄与する結晶格子面の間隔,つまり結晶を構
成する原子の間隔がわかり構造解明に使える。この X 線回折の発見でラウエはノーベル物理学賞を受け,
物質構造の解明に寄与した。寺田寅彦もまた貧しい実験装置で干渉スポットの動きを観測したことで知
られる。この実験結果に刺激を受けた西川正治が空間対称性を利用してスピネルの構造を決定し,日本
の回折結晶学を世界の最先端に導いたことはよく知られている。
[1]
先端の科学分野に卓抜した研究者が集まり,KEK-PFや
[2]
SPring-8その他の放射光利用の道が開かれて今日なお世界を
リードしている。藤田らの結晶スポンジ法はいままでネック
になっていた構造解析には一定の大きさの結晶が必要とい
う常識を覆し,試料がgでしかも液体でも可能という画期的
[3]
なものである。こうした土壌の上に菊田の優れたテキストが
公になり,この分野の日本の研究者の環境は良好と言ってよ
い。
SPring-8, Web ページから
[1] KEK-PF: https://www.kek.jp/ja/Facility/IMSS/PF/
[2] SPring-8: http://www.spring8.or.jp/ja/
[3] 菊田惺志(2015):
「X 線散乱と放射光科学」
,http://webpark1275.sakura.ne.jp/ProfKikuta/