研 究 課 題 名:働くがん患者の職場復帰支援に関する研究 ―病院における離職予防プログラム開発評価と企業文化づくりの両面から 課 題 番 号:26-がん政策-一般-018 研 究 代 表 者:国立がん研究センター がんサバイバーシップ支援研究部長 高橋 都 1.本年度の研究成果 本研究の目的は、1.医療機関で実施する「働くがん患者向け離職防止・復職促進プログラ ム」を開発して、介入効果を評価すること、2.働くがん患者に支援的な職場文化が醸成され る背景を組織心理学および経営学的見地から分析し、企業向け研修への応用を具体的に提言 することの2点である。 (1)医療機関で実施する「働くがん患者向け離職防止・復職促進プログラム」の開発と評価 初年度は、がん患者の就労実態調査準備と介入プログラムの開発準備および介入プログラ ムで用いる教材の開発を行った。 1)がん患者就労実態調査 がん患者の離職率と離職タイミング、離職理由、就労に関する相談行動と支援ニーズを明 らかにする目的の実態調査を企画中である。現在、調査票を作成するとともに、対象とする 患者の設定と調査タイミング(治療前・後など)を検討中である。平成27年3月までに実 態調査に関する IRB 承認を得て、次年度前半に実施する予定である。 2)離職防止・復職促進プログラムの立案と教材作成 ① 離職防止・復職促進プログラムの立案 働くがん患者の就労支援介入研究に関する先行研究のレビューを実施し、介入プログラム の基本構造(対象・介入時期・介入内容)と、評価のエンドポイントについて検討中である。 国内の乳がん患者調査では診断早期の離職が多いことが指摘されているため、介入内容とし ては、診断早期からの医療者による就労継続勧奨と相談窓口の提示、加えて患者本人が活用 できる支援教材の配布を検討している。プログラムの立案には、1)の患者実態調査の知見 も反映する。 次年度に実施するパイロットスタディで実施可能性の検証と効果の予備評価を行う予定で ある。 ② プログラムで使用予定の教材作成 介入プログラムでは、多様な就労問題に向けた働くがん患者自身の対応力の強化を目的と しており、初年度はプログラムで使用予定の教材を2種類開発した。 第1に、診断直後から職場復帰後までの時系列ごとの社会資源の利用や職場関係者とのコ ミュニケーションのあり方をまとめた「がんと仕事のQ&A第2版」を作成し、公開した。 厚労科研がん臨床研究事業(H22- 一般- 004)で開発した第1版への意見を患者・家族・医 療関係者・企業関係者より収集し、体験談コメントの追加やレイアウト修正を行った。 第2に、がん治療の副作用や合併症によって生じる症状に対応するための、患者用ガイドブ ックを作成中である。特に就労場面を想定し、症状が引き起こす具体的な困難(「手指のシビ レでPC操作が困難」「頻便のため営業の外回りが困難」など)と、それらの軽減への対応につ いて、自力対応と職場からの配慮とに分けてまとめる予定である。特定の症状が就労場面で引 き起こす困難と実際に役立った対応方法を患者視点から明らかにする目的で、患者体験談を収 集するための調査票を作成中である。平成27年3月までに体験談収集調査に関するIRB申請を予 定している。 (2) 仕事と治療の両立に支援的な職場文化を持つ企業特性の分析と企業研修の提案 働くがん患者の支援に向けては、医療機関における支援に加えて、企業側の受け入れ態 勢づくりも課題である。厚生労働省の調査(2013, 2014)では働くがん患者への支援に取 り組む企業は約 1 割であり、有病者の治療と仕事の両立に関する研修を実施する企業も 3 割弱にとどまっている。一般社会には根強いがん偏見が残る中、働くがん患者に支援的な 職場文化はどのように醸成されるのか、また支援的な職場づくりに向けてどのような働き かけが有用か、企業を対象として組織心理学および経営学的見地から分析した研究はきわ めて少ない。 本研究では、企業規模と業種の異なる約30社について、経営者・人事労務担当者・従業員 を対象とした個別インタビューと質問紙調査を企画している。初年度はインタビューガイド作 成と調査票作成を行った。インタビューでは、当該企業の就業規則における支援制度の有無、 就業規則外で人事担当者が心がけている支援、職場の支援度に対する従業員の実感などを質問 する。調査票項目としては、組織サポート度、職務満足度、組織コミットメント、就労ストレ スなどについて、既存尺度とオリジナル項目を組み合わせる。平成27年3月までに実態調査に 関するIRB申請を予定している。 平成27年度(2年目)に企業調査を実施し、その結果にもとづき、3年目には効果的な企業 研修のあり方について、研修対象(新任管理職など)と研修テーマ(従業員の多様性維持、人 権、労務管理など)の両面から検討・提案する予定である。 2.前年度までの研究成果 平成26年度採択課題である。 3.研究成果の意義及び今後の発展性 1)医療機関で無理なく実施できる「働くがん患者向け離職防止・復職促進プログラム」 の開発と全国展開 がん患者は必ず医療機関を受診するため、医療機関は患者支援の場としてきわめて重要で ある。がん患者の就労支援については、国内でも過去5年間の間に教材や研修が徐々に開発 されてきたが、個々の医療機関における体系的な就労支援の仕組みの検討は不十分である。 多忙な臨床現場においては、治療スタッフの負担過多への配慮も必要である。本研究で開発 する介入プログラムは、既存のスタッフによって低負担で実施が可能と考えられ、効果が確 かめられれば、医療機関におけるがん患者の就労支援の仕組みとして全国展開も期待される。 2)がん以外の「働きにくさ」を持つ就労者への施策への活用 本研究における介入プログラムの開発と運営ノウハウの蓄積は、がん以外の私傷病を持つ 就労者、育児や介護と仕事の両立を目指す就労者、高齢就労者などへの施策にも活用できる 可能性が高い。 3)離職・休職による労働損失の問題への貢献 2013 年に、がん患者が仮に全員離職や休職をした場合の労働損失は 1 兆 8 千億円との推 計が報告された。本介入プログラムを用いて診断初期のがん患者の離職回避が実現すれば、 我が国における労働損失の減少に寄与し、熟練労働力の確保にもつながる可能性が高い。 4)企業特性の分析による企業教育への活用 有病者の就労に支援的な職場文化を持つ企業特性の分析は、有病者支援にむけた企業研修 を立案する際の基礎資料として活用が期待される。 4.倫理面への配慮 本研究班で実施する研究においては、ヘルシンキ宣言第5次改定及び「人を対象とする 医学系研究に関する倫理指針(平成 26 年 12 月 22 日改正)」(平成 26 年 12 月 22 日改正)」 (平成 26 年度までに開始された研究に関しては「臨床研究に関する倫理指針(平成 20 年 7 月 31 日改正)」 、 「疫学研究に関する倫理指針(平成 20 年 12 月 1 日改正)」 )に従って実施す る。また、介入研究の計画は臨床研究の公開データベースに登録する。 5.発表論文 1. Takahashi M: Psychosocial distress among young breast cancer survivors: implications for healthcare providers. Breast Cancer DOI 10.1007/s12282-013-0508-9 2. Saito N, Takahashi M, Sairenchi T, Muto T: The impact of breast cancer on employment among Japanese women . Journal of Occupational Health 56:49-55, 2014 3. Okada H. Okada H, Maru M, Maeda R, Iwasaki F, Nagasawa M, Takahashi M: Impact of childhood cancer on maternal employment in Japan. Cancer Nursing DOI:10.1097/NCC.0000000000000123 4. Miyashita M, Ohno S, Kataoka A, Tokunaga E, Masuda N, Shien T, Kawabata K, Takahashi M: Unmet information needs and quality of life in young breast cancer survivors in Japan. Cancer Nursing.(in press) 5. 高橋 都:乳がんと就労問題 CancerBoard 乳がん 7(2): 161-164, 2014 6.研究組織 ①研究者名 ②分担する研究項目 ③所属研究機関及び現在の専門 (研究実施場所) ④所属研究 機関にお ける職名 高橋 都 西田俊朗 森 晃爾 介入プログラムの開発・実 国立がん研究センターがん対策情報セン ター がんサバイバーシップ支援研究部 施・評価、企業分析(統括) (同上) 介入プログラムの開発・実 国立がん研究センター東病院 胃外科 施・評価 (同上) 介入プログラムの開発・実 施、企業分析 坂本はと恵 介入プログラムの開発・実 施・評価 産業医科大学・産業生態科学研究所 (同上) 国立がん研究センター東病院 サポーティブケア室(同上) 部長 院長 教授 がん相談 統括専門職 山本精一郎 介入プログラムの開発・評価 国立がん研究センターがん予防・検診研 究センター 保健政策研究部(同上) 部長 溝田友里 介入プログラムの開発・評価 国立がん研究センターがん予防・検診研 究センター 保健政策研究部予防・検診 普及研究室(同上) 室長 坪井正博 介入プログラムの開発・実 山中竹春 介入プログラムの開発・評価 横浜市立大学大学院医学研究科 臨床 施・評価 国立がん研究センター東病院 呼吸器外科(同上) 統計学(同上) 錦戸典子 介入プログラムの開発 青儀健二郎 介入プログラムの開発・実施 立道昌幸 施・評価 西田豊昭 四国がんセンター・乳腺・内分泌外科 (同上) 介入プログラムの開発・評価 東海大学医学部基盤診療学系公衆衛生学 (同上) 堀之内秀仁 介入プログラムの開発・実 宮下光令 東海大学健康科学部産業保健看護学 (同上) 国立がん研究センター中央病院 呼吸器内科(同上) 介入プログラムの開発・評価 東北大学大学院医学系研究科保健学専 攻 緩和ケア看護学(同上) 企業分析 中部大学経営情報学部 組織心理学 (同上) 科長 教授 教授 臨床研究 推進部長 教授 医長 教授 准教授
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