なぜ土地利用型農業の造改革は進まないのか

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提言
なぜ土地利用型農業の構造改革は進まないのか
懸念される現地推進態勢の弱体化−
森永正彬(農地保有合理化協会副会長)
1.最近の農政改革論議は、食料政策が大きく舵を切ったこともあり、構造政策、
とくに農地政策が主要なテーマになっているようである。
その主要な論調を要約すれば、一つは、
①WTOやFTAへの我国政府(特に農林水産省)の対応が消極的な最大の
理由は我が国農業、農産品の国際競争力がないためである。
②その原因は、農業の構造改革が進んでいないことである。
③構造改革が進まないのは、保護や規制によって農業に市場原理が働いてい
ないためである。
④特に農地法をはじめとする現行農地制度が、農地の流動化や農業への自由
な参入を妨げている。というものであり、
もう一つは
①食料自給率の向上のため、農地の確保、有効利用が重要なのに、耕作放棄
地が増えている。
②一方で、規模拡大や新規参入による担い手の育成・確保が進まない。
③このような農地の需給にミスマッチが起きているのは、農地制度が旧態依
然で現状に合わず、制度疲労を起こしているためである。
というものである。
そしてこれらの論調ではいずれも、具体的に農地制度のどこをどう改めるべ
きかという積極的提案としては、「株式会社に農地取得を認めるべし」というこ
と以外は必ずしも明確ではなく、一方では農地法廃止論、他方で農地転用禁止
や耕作放棄禁止のための規制強化論など極端な意見も強まっている。
これらの問題意識や指摘はもっともな点もあるが、論理の飛躍が見られる他、
どうも誤解や混同、理解不足による思い込みや、肝心なことの見落としがある
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い
ように思われる。
株式会社の農地取得問題や耕作放棄地問題についての議論も気になる点が
多々あるが、ここでは農業の構造改革が進んでいないという問題にしぼって私
が感じていることを述べてみたい。
2.我が国の農業構造の現状認識として指摘される「構造改革が進んでいない=
経営規模が相変わらず零細で拡大が進んでいない」旨の論調によく見られる「誤
解」については、羽多實氏がおおむね次のような指摘をされており(「農業と経
済」03年9月号)私も同感である。
①農家の動向を、統計上の総農家の平均値でみた議論が多いが、実像ではな
o
②経営規模を、経営耕地面積だけでみた議論が多いが、これのみでは計れな
いo
③自給的農家を含んだ平均経営耕地規模が拡大しないのは当然である。
④専業農家戸数や後継者率の減少自体は問題ではない。
⑤もっと経営類型に着目して分析する必要がある。
⑥決して構造改革が進んでいないわけではない。
⑦規模の両極分化だけでなく、農家は多様な方向(左右)に分化しており、
いずれも上向きの発展をしている。
私も、最近の農業の現場を直接見聞する機会は少なくなったが、各地で厳し
い状況を克服し地域や経営の発展向上・改革を図る様々な取り組みが行われて
おり、日本農業も大きく変化しつつあると感じている。それが実に多様であり
しかも徐々に試行錯誤をくりかえしながら進んでいるので、統計など定量的に
は表れにくいのではないかと思われる。農地の利用についても、大規模経営へ
の集積や作業規模の拡大、団地化は着実に進展しているし、そのほか制度や施
策上の実績数値としては捉えられない実質的な土地利用関係の変化もかなりあ
るとみている。
3.しかしながら土地利用型農業とくに稲作は、全般的に他と比較すれば、いわ
ゆる構造改革が遅れていることは事実であろう。
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平成14年度食料農業農村白書によれば、稲作単一経営では主業農家は全農家
の7%にすぎず、この主業農家が占める経営耕地は21%にとどまる。米の産出
額に占める主業農家の占有率も36%にすぎない。(ちなみに、野菜、果実、生乳、
肉用牛など米以外の農産物では主業農家への生産の集中が7割を超えている。)
また主業農家を含め稲作農家では担い手、基幹労働力の高齢化がとくに著しい。
我が国稲作農業の構造改革が進まない主な要因として、従来から、米価の有
利性と、農地価格の上昇に伴う資産保有傾向が挙げられていたが、最近では米
価も地価もどんどん下がり状況はすっかり変わったのに進まない。むしろ規模
拡大のテンポは鈍化し、自給的農家も滞留傾向にある。
4.そこでついいらだちやあせりがつのっているためか、1.のような最近の論
調では、今度は農地制度のせいにしようとしているようだ。
このような論旨にうかがえる農地の供給に関する誤解ないし認識不足の一つ
は、まず、「農家(農地所有者)は、(保護や規制がなければ)市場原理に従う
はず」という前提での議論が多いことである。
しかし例えば、もはや米価は平均経営規模では収支償わない、すなわち稲作
部門はほとんど赤字であるのに、撤退も倒産も少ないのである。また、ほとん
どの農家では、農地は生産手段というより家産であり、地代はコストとして意
識されていないし、自家労賃の評価も家事労働や余暇活動に近いと思われる。
また、農地とくに水田は、一般の商品とは基本的に異なるということを忘れ
た議論も多いようである。
いうまでもなく、土地は需要に応じて作り出すことはできないし、動かすこ
ともできない。ましてや、我が国の農村部の多くでは、農地とくに水田は、家
産でありまたムラの管理、社会的規制が働いていることが多い。所有者は、よ
ほどお金が欲しいとき以外は農地の積極的供給者たりえない。しかもまだ零細
分散錯圃の状態が多い。
このような農地の取引の実態や農地用役市場の特質については、本誌で福
田晋
九州大学助教授がくわしく分析されており、個人的信頼関係がきわめて
重要であること、情報が不完全であることなどから、オープンな市場は形成さ
れていないこと、公的信頼関係を基礎とする機能的市場組織の必要性など、き
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わめて示唆に富む指摘をされている。
このようなことから、まとまった農地が常時市場に供給されることはほとん
ど無い。他の商品のように欲しければ(意思と資金があれば)いくらでも手に
入れることができるというものではないのである。他産業の設備投資のように、
企業や個人が独力で、早急に又は計画的に規模拡大することは、いくら意欲と
能力と資金があってもきわめて困難である。
私は、我が国稲作農業の構造改革がそう性急には進まない根本原因はこれら
稲作や農地の特質にあると見ており、このことは経済情勢が変化しても容易に
変わるものではない。ましてや、農地制度の規制緩和とか株式会社の参入解禁
とかですぐさま変えられるものでもない。
5.しかも最近は、このような供給サイドの問題に加え、水田の需要サイドの問
題が構造改革停滞の大きな要因となってきている。
すなわち、担い手がいない、いても規模拡大意欲が減退しているということ
である。
なぜか。需要サイドは、個人であれ組織であれ、どちらかというと市場原理
で動くはずである。それが動かないのは、基本的には、米作り経営の有利性が
衰え、規模拡大による将来展望も描けないためであろう。米作り経営は、規模
拡大より高付加価値化や多角化・複合化を志向しており、水田の需要は著しく
弱まっている。
このような受け手不足は、決して農地制度が取得制限をしているためではな
い○
6.もちろん、国の政策としてだけでなく、地域レベルでも経営レベルでも、農
地の流動化、規模拡大の必要性が弱まっているわけではない。むしろこの度の
米改革でコスト競争が強まり、スケールメリットの追求は不可欠である。しか
も個別農地の流動化、量的集積から、農場的農地利用にむけての面的集積へと
質的転換が求められている。
前述のように水田の需要、供給ともに、市場原理とか経済的インセンティブ
では容易に動かず、むしろ情勢、環境は悪くなっているのに、農地の流動化、
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集積を量的にも質的にも高度化しつつ加速化させなければならない。
何が必要か。
供給者(農地所有者)には、経済的インセンティブのほか、さらに強い動機づ
け(モチベーション)(説得力、地域や公益への貢献など)が必要であろう。
需要者(担い手又はその予備軍)には、水田農業の将来不安の解消と、スケー
ルメリット発揮の条件整備(基盤整備、面的集積)などがさらに必要であろう。
そして、これが最も重要と思うが、両者をつなぐソフトな土地利用調整システ
ム=コーディネイト機能の整備強化ないし再編成である。(福田助教授のいわれ
る「機能的市場組織」の形成、確立といってもよい。)
これは、たとえば不動産業のような民間活動に委ねるわけにはいかず、公的機関
ないし公的システムが担わざるを得ない。
国の制度や予算措置としては、これまで、農業経営基盤強化促進法をはじめ、
考えられるありとあらゆる仕掛けが講じられてきた。しかし、これら制度や予算
も十分活用されてはいないようである。
特に国の予算措置は、近年補助金などは削減傾向にあるうえ要件が厳しく、ま
た地方自治体の負担も財政難で予算化されないなど、実効性は弱まっている。
なによりも私が憂慮しているのは、現場でこれらを活用してシステムを構築し
動かす態勢、とくにマンパワーが必ずしも十分ではないことである。その主たる
担い手である市町村段階の構造政策、農地行政などの執行体制は、最近、量的に
も質的にも著しく弱体化しているのではないかと思われる。組織やポストはあっ
ても人員は少なく、他の業務との兼務も多いし、人事異動も頻繁で有能な専門的
人材が育たないという指摘も多い。
この仕事は、いうまでもなくきわめて難しい。地域農業や農地をめぐる複雑な
実態や制度などについての正確な知識はもちろんであるが、人格、経験に加え、
熱意と行動力と忍耐などに裏付けられた説得力と信頼関係がなければならない。
ましてや、多数の複雑な利害や思惑がからむ地域の集団的土地利用調整はデスク
ワークではない。しかも労多くして功少なく、へたをすれば嫌われたり恨まれた
りしかねない。土地にからむ権利関係の整理確認、法手続、契約、登記、税制、
融資などの事務処理も煩雑なうえ気が抜けない。しかも制度や予算は頻繁に変わ
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る。現場で少数ながら日夜努力している人たちも、くたびれ果てているようだ。
「制度の疲労」ではなく、制度を動かす「エネルギーの枯渇」である。
このような現場農政とくに農地・構造政策推進態勢の実態、状況を看過し放置
したままで、中央でいくら加速化をさけび、いくら制度や予算を改変しても現場
は動かない、動けないのではないか。
ましてや、最近はますますこれらを弱体化させかねない状況が強まることが懸
念される。
すなわち、市町村合併、JA合併の急速な動きに加え、各種団体、機関の廃止・統
合やリストラで農業、農政部門は真っ先に縮減されかねない雰囲気がある。農業
委員会系統や普及組織の縮減もエンドレスになりかねない。
さらにもう一つの懸念は、今度の米政策の転換を契機に、市町村行政の農業農
政に対するビヘィビアと関与度が後退するおそれはないかということである。こ
れまで否応なしに、米生産調整事務に関連して、現場農政は市町村行政主導であ
った。集団転作、ブロックローテーション構築を契機に行政主導で土地利用調整
や集落営農が展開されてきた地区も多い。しかし大半の市町村自治体はこれを重
荷に感じてきたのではないか。少なくともこの分野の仕事からは手を引くチャン
スとなり、ひいては農政全般、とくに頻繁に現地集落などに入り込む土地利用調
整などの市町村の態勢はますます弱まるのではという懸念は、杞憂であろうか。
7.これらをカバーする意味でも、都道府県農業公社や市町村公社、JAなどの
農地保有合理化法人の役割、期待はますます高まるであろう。しかも、個別農
地取引に介入するということだけでなく、積極的に地域を対象とする土地利用
調整機能の主体(機能的市場組織)たることまでが求められてきているのであ
る。
しかしながら都道府県農業公社などの実態は、ご多分にもれず組織態勢も財
政的にも十分ではなく、むしろ弱体化の傾向にある。
農地の中間保有、再配分という他の機関にない機能、手段と、農地のプロ集
団としての知識経験、そして自覚と誇りを基に、その評価、存在意義を高める
活動を期待するとともに、国や都道府県、市町村さらには現地農業関係者の支
援をお願いしたい。
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