【登山とハイキング】 - Hi-HO

【登山とハイキング】
登山とハイキングの違いはどこにあるのでしょうか?
Hiking ということばの語源をたどれば、イギリスのコンウォール地方で使
われた俗語で、
「がんばって歩く」という意味の to hike が名詞化したものと
言われています。
広辞苑で、ハイキングを引けば、
「徒歩旅行をすること。自然に親しむのを
目的として野山や海浜を跋渉すること。」と出ています。日本では海浜を1日
かけて歩けるところは少なく、おおむね野山に限られているようです。
しかし今、
『ハイキング』ということばは、「登山までも至らない山歩き」
のように使われています。しかし、高さ・距離・時間を限定することができ
ず、言語明瞭意味不明の典型的なことばと言わざるを得ません。
京都労山は、ハイキングを登山の一種であると認識しています。
登山には大きく分けて、マウンテニアリングとクライミングの2形態があ
り、ハイキングは、前者の比較的難易度の少ない山歩きであると考えるのが
妥当であります。しかし、この難易度がくせ者で、高さ・距離・時間を限定
できずにいます。
安全第一の立場から考えると、ハイキングを登山入門前
登山入門前の
登山入門前の山歩き
山歩きととらえ
ることはできません。ハイキングは登山そのものであると認識することが必
要です。なぜなら、どちらにしても、山にはいることには変わりなく、いっ
たん山に入ったならば、人間の意思に関係なく大自然の懐に抱かれ、その摂
理に埋没せざるを得ないからです。
ゴンドラに乗って登ってくるハイカーであろうが、エンヤコラ下から汗を
流して登ってくる登山者であろうが、山に入れば、自然は人間を区別するこ
となく、平等に恩恵を与えるし、試練を強います。ハイカーに降るのは雨で、
登山者には雪ということはありません。稜線上での気温がハイカーと登山者
を区別することもありません。
ならば、登山者としての知識と装備を持っている方が、より安全で、快適
であるのは明らかであります。「ハイキングコースだから安全」とか、「ハイ
キングだから簡単」という考えは禁物です。
『ハイキングは登山の一形態』と認識することにより、安全で楽しい山歩
きができ、好みに合った様々な山に登ることができるのです。
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【登山はスポーツ】
今でこそ、登山がスポーツであることが当たり前のように言われています。
ひと頃は「登山は自然が相手であって、競い合うことを基本にしているスポ
ーツとは全く違うものである」などという人が多々見られました。
体育・スポーツが個々人の適性と能力に応じて実践することにより、その
肉体的・知的・道徳的力を発達させ・保持するものであり、自然環境の中で
一体化することで、健全な身体と健康だけでなく、全面的でバランスのとれ
た人間の発達に貢献するものである(ユネスコ第20回総会・体育・スポー
ツ国際憲章の精神)。また、体育・スポーツがフェアな競争によって、人間の
尊厳を完全に尊重しながら、連帯と友情、相互の尊敬と理解、個々人間の親
密な交流の促進を図るものである(同憲章の精神)。とするならば、競争がな
くても自然と人間を結びつけ、豊かな人間性を養う登山は、スポーツそのも
のなのであります。
スポーツは安全が確保されていることが前提になっているのは当然であり
ます。相手を死に至らしめることを目的とするボクシングや剣道があるとし
たならば、それはスポーツではなく決闘ですし、死を前提にした登山は単な
る自殺行です。
スポーツする者の安全を軽視することや、暴力を介在させることは、先に
見たスポーツ精神に相反するものです。
スポーツの競技水準の向上が「より速く、より高く、より強く」というこ
とばで象徴されるのと同じく、登山は、
「より高みへ、より困難に」を合い言
葉にして登山技術の向上を目指しています。
登山を、単なるレジャーやツアーと区別してスポーツとして認識しなけれ
ばならないのは、安全を
例えば、
安全を確保する
確保する主体
する主体が登山者自身であるからです。
主体
野球では、プレーヤー自身がバットやグローブを正しく使って安全を確保し
ますし、ラグビーでは、厳格なルールを守り、フェアなプレーで安全を確保
しています。
このように、すべてのスポーツの競技では、プレーヤーが主人公であると
共に、安全を確保すべき主体なのであります。よって、自然が相手の登山の
分野では、安全を確保するのは登山者自身であるということを、しっかり認
識しておく必要があります。
スポーツとしての登山は、それぞれの適性と能力に応じて、安全の確保を確
実なものにしつつ、登山技術を駆使して実践するところに成立します。
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【仲間と登れば山また楽し】
登山というスポーツは、一定の人数が揃わないとできないといったもので
はありません。一人でも数百人でもできます。単独登山は都会の喧噪から離
れ、静かな山歩きができ、自分の五感をフルに働かせて、最も充実したもの
であるかのように言われます。しかし、実際はそんなに格好の良いものでは
なく、すべてのことを自分がしなければならないだけで、失敗しても誰も見
ていないだけのことです。山中で人に会えば、真っ先に話しかけてくるのは
単独行の人です。ラジオをつけっぱなしにして、ひんしゅくを買って歩いて
いるのも単独行の人に多くいます。
登山は、平素の学習と実践がうまくかみ合って充実したものになるのです
が、机上の学習ばかりでなく、実践での学習が大切なのであります。単独登
山の場合は、自分一人の体験からか、たまたま出会った人を見て学習するし
かなく、きわめて狭い範囲に限られます。
しかし、気心の知れ合った仲間と行きますと、間違ったことをすればすぐ
に教えてくれますし、お互いに知識の交換もできます。安全性の面からして
も、一人では骨折すれば行動不能になり、精神的にも肉体的にも苦痛は激し
く、すぐに遭難死と結びつきます。
仲間がいれば、様々な手立てを打つことができますし、みなから励まされ、
十分ではないにしても、よりよい応急手当を受けることができます。
一般的に、一人で行く場合、その人の能力を十分引き出せるように思われ
がちですが、本当のところは無難に無難を重ねますので、時として、消極的
な能力に見合ったものになるのが常です。
仲間といっしょになって困難に立ち向かい、目標をやりきり、目的を達成
したときの充実感は、喜びを分かち合えない単独登山とは比べものになりま
せん。気のあった仲間を得るには、一個の人間として、しっかりした社会生
活を送ることも必要になり、独りよがりにならず、人間社会の一員としての
成長が求められることにもなり、仲間と融和する協調性も求められます。
登山が、人間らしく生きるために欠くことのできないスポーツ文化の一つ
である所以がここにあります。
単独登山かパーティー登山か、どちらを取るかは個人の嗜好の範疇であり、
とやかくいう問題ではないと言われそうですが、以上見てきたように、安全
な登山・文化としての登山をしようとすれば、単独登山よりも仲間と行く方
が、はるかに優れたものと言えます。
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【パーティー論】
《パーティーについて》
単独登山以外の複数人の登山団体を「パーティー」と言います。家族や職
場の仲間、あるいは、気心の知れた友達同士で近郊の山に行くときも、豊か
な山岳経験を持つ人たちが高所登山をするときもパーティーを組みます。
パーティーは人数に応じて役割分担をします。決まり方は様々ですが、最
も大切なのはリーダーです。リーダーは山行の企画から、下山終了までの一
切について統括します。リーダーは山行中の意志決定機関であり、その指示
は絶対的権威を持つものであります。ですから、リーダーを決めるときも、
計画を決定するときも、みんなが納得するまで十分討議することが大切なの
です。
「年上だから」とか「男だから」とかでリーダーを決めるものではあり
ません。山行中はみんなで決めたリーダーに意見を言うことはできても、そ
の決定には従い、誠実に実行しなければなりません。
また、リーダーは、山行の世話役でも道案内人でもありません。例えば、
ルートを間違えた場合、
「リーダーが間違えたから道に迷った」ということで
は、言い訳になりません。それは、自分もそのルートをたどって歩いている
のですから、間違ったのは自分の責任でもあります。リーダーの指示がなけ
れば、メンバーの自分が意見を言って正しいルートを示さなければなりませ
ん。ここで大切なのは、
『リーダーには絶対的に従うが、パーティーの責任は
メンバー全員が負う』と言うことです。
《リーダーシップ》
リーダーは安全に山行を終了させるのがその役割です。
計画を起こすとき、リーダーはメンバーの年齢や経験などを考慮して山行
の内容を決めます。その内容が重視される場合、特定のメンバーを除外する
ことや、力量を試すことがあります。また、山行前に、トレーニングメニュ
ーを示し、その到達度で、メンバーに加えるかどうかを判断することもあり
ます。反対に、メンバーに合わせ山行を決めるときには、最も弱い人・経験
の浅い人に焦点を合わせて内容を決めます。
リーダーは山行の目的を明確にしつつ、目標・役割分担・日程・行程・装
備などを提案し、山行における留意点を説明します。山行に入る前には、準
備体操をするとともに、コースの説明・山行中の注意点をメンバーに示しま
す。
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山行中は、サブリーダーを先頭に歩かせ、コースを読める人(サブリーダ
ーが兼任することが多い)をその後につけ、以下、体力のない人をサポート
できる態勢を考慮してオーダー(順番)を決め、自分は最後尾を歩きます。
リーダーは、パーティーにおいて、メンバーの安全を第一の目的として、絶
対的な発言権を持ちますが、それはメンバーの信頼によって支えられている
ことを忘れてはなりません。
山行が成功するかどうかは、パーティーのチームワークが大変重要な要素
になります。リーダーはそのチームワークの要です。
《メンバーシップ》
パーティーを構成する人たちをメンバーと言い、メンバー全員が山行の円
滑な進行・安全な終了に責任を負うものであります。一丸となったパーティ
ーが困難をものともせず、整然と山行を終了するためには、メンバー一人一
人の技量を上げるとともに、弱者をも力とする団結力が必要です。
メンバーの一員となる以上、自分の技量を磨く努力を怠ることはできない
ことは当然です。加えて、パーティーを支える融和性が必要です。パーティ
ーを混乱に陥れる独りよがりな個人プレーは、厳に戒められなければなりま
せん。自分に与えられた役割を全うしてリーダーに従い、リーダーを支える
気構えが要求されます。
山でいろいろな困難に遭遇しても、その責任を自然に転嫁することはでき
ません。ましてや、自分以外の人になすりつけても、何の解決策を導き出す
手立てにもなりません。そうすることにより、困難を克服する手立てを見つ
け出し、実行できるメンバーとなることができるのです。
山行の成功の可否は、山の難易度によるものではなく、メンバーシップの
到達度に関わっているものといっても過言ではありません。メンバー全員が、
学習と実践の中から、高いメンバーシップを培える努力と配慮をしてくださ
い。
山岳会やクラブに所属せず仲間を求めている人は、思い切って『会』に入
会し、積極的に遠慮なく、仲間の中に入ってください。少なくとも、労山の
『会』では、諸手をあげて歓迎してくれるでしょう。
労山は利害や地位で結ばれるものではなく、自立した社会人が『楽しく・
安く・安全』に山に行くことを目的として集まった『会』ですので安心です。
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【安全のための心がけ】
山登りは楽しいものです。それは、安全が確保されているという裏付けが
あって、初めて実現されるものであります。しかし、山では安全がいつでも
どこにでも転がっているわけではなく、保障されているわけでもないことを
認識しなければなりません。山登りでの安全についての知識と技術は、学習
と実践の繰り返しの中から学び取り、身につけていくしか方法はありません。
天が授けてくれるわけはなく、
『会』に入ったから自動的に身に付くものでも
ありません。どん欲に学び取ると行った姿勢を持ってください。
自分は、山歩き(マウンテニアリング)しかないのだから、岩登りの技術
は必要ないとか、雪山には行かないのだから、その知識を学ばなくても良い
といった意見の人もおられるかと思います。
1989年10月に、立山で、京都の中高年のパーティーが大量遭難死し
たことを思い出してください。あのとき、メンバーの誰一人も、雪山に行く
意志は持っていませんでした。秋山の紅葉を楽しむために立山に登ったので
す。しかし、10月にしては、少々早い冬がやってきたのです。
『しんぶん赤
旗』の高層天気図は、そのことを事前に知らせていました。入山前に気象情
報を手に入れ、しっかり判断していれば、早い冬の到来は予知できたはずで
す。雪山の知識と装備を持っていれば、遭難を回避することもできたでしょ
う。
また、昔は、ベテランの領域でしかなかった岩稜の縦走路も、今では、梯
子や鎖がつけられて、一般縦走路として紹介されているコースは数知れずあ
ります。このようなところで、岩登りの基本的な技術である三点確保を確実
に実行できなければ、楽しい山歩きなどできるわけがありません。
『雷雲に遭遇したらどうしたらよいのか』
『バテない歩き方は』『熊や蛇へ
の対応の仕方』などなど、安全な山登りのためには、学ばなければならない
ことはたくさんあります。これで万全ということはありません。
初心者でも、ベテランでも、山を甘く見たら、すぐにかみついてきますし、
山をなめたら、ひどいしっぺ返しを受けることになります。また、油断した
ところに落とし穴が開いています。
自然の前では素っ裸の人間になり、真摯な気持ちで学習と実践を積み重ね、
体力をつけ、絶対にへこたれない強固な意志を養うことが必要です。
日頃の安全登山についての研鑽が、安全を確実なものにしてくれるはずで
す。
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【山歩きのマナー】
《山では登りが優先》
細い山道で離合する際、
原則的には、登りを優先することになっています。
とはいっても、登りのパーティーが大きく、長蛇の列を作っていて、すべて
が通り過ぎるのに相当な時間を要する場合、下りの者は遠慮することはない
のです。断りを言って、先に通してもらいましょう。
逆の場合、
長蛇の列が待っているために、
一所懸命登ることもないのです。
ケースバイケースで、お互い譲り合い、声を掛け合って歩きましょう。
くれぐれも権利の乱用はダメですよ。
《登山道を歩きましょう》
登山道を外れて歩くと、だんだん登山道は広くなり、山道の趣がなくなっ
てしまいます。また、草花を踏みつけることにより、動植物の生態系にも深
刻な影響を与えかねません。自然の生態系をできるだけ傷つけないように気
を配りましょう。
登山道をショートカットした踏み跡をよく見かけますが、これは登山者が
勝手気ままにつけたもので、時として危険なものがたくさんあります。あま
り利用しない方がよいでしょう。
《ゴミはすべて持ち帰る》
山でゴミを出すのは人間だけです。サルに笑われないよう、ゴミはみんな
持って帰りましょう。ビニールや空き缶などは、長い時間をかけても分解さ
れることなくいつまでも残ります。また、生ゴミは動物のえさになり、生態
系を狂わすことになります。山で捨てて良いものはありません。山で残すの
は足跡だけにして、ゴミは喜びと一緒に持って帰りましょう。そして、ゴミ
を置いて帰る人がいれば注意してください。かたくなな人もいますが、その
人を恥知らずにしないためにも注意してあげてください。
近年ローインパクトな登山が重要視され、排泄時に使用する紙だけでなく、
排泄物そのものも、ビニール袋に入れて持ち帰る運動が提唱されています。
労山は、毎年5月に自然保護セミナー、6月にクリーンハイクといって、
清掃登山を取り組んでいます。積極的に参加してください。
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《植物採取》
自然に生えている草花はかわいく、きれいなものです。思わず持って帰り
たくなりますが、群生している花も、登山者が思い思いに引き抜いて持ち帰
れば、丸坊主になってしまいます。木の枝も、人間の気ままでおられては、
育ちようがありません。花や木は、自然体系の中で相互に依存しながら存在
しているものであって、人間が自分の思いだけで取って帰ってもうまく育つ
ものでもありません。持って帰るのは、写真と思い出とゴミだけにして、で
きるだけ多くの人が楽しめるように気を配りましょう。
例えば、カタクリの花のように、種から花をつけるまでに11年もかかれ
ば、心ない登山者のために、この世からなくなってしまうことになるかも知
れません。
食用になる山菜やキノコなどを採取する際には、根こそぎ全部取るのでは
なく、来年また成長できるよう、節度を持って最小限に留めることが大切で
す。ただし、山によっては、地元の人たちが生計や食用のために採取を禁止
していることがあります。取れば窃盗になりますので、注意してください。
《喫煙について》
山での喫煙は、街での喫煙以上に気を配り、注意をしてください。吸い殻
を捨てないのは当然です。ゴミになるだけでなく、山火事の原因にもなりま
す(実際、山火事の原因は、たばこの不始末が最も多い)
。喫煙は、周りの人
に断ってから、休憩時に風下で行い、歩きながらのたばこは絶対に慎まなけ
ればなりません。必ず携帯用の灰皿を使用し、マナーを守り、火の用心に細
心の注意を払ってください。なお、健康のためとか、体力保持に山登りをす
る人は禁煙から始めましょう。
《山でのお酒》
山行中の飲酒は、安全登山の立場からしますと、大変問題があります。日
帰り山行の場合、朝から登ってきて、頂上や見晴らしの良いところで昼食に
なります。この時、ちょっとビールなどほしくなるものです。酔っぱらうほ
ど飲むわけがないのだから大丈夫と思うのは、酒飲みの言い分です。昼食が
終わり、下山にかかります。山での転滑落事故は、午後からの下山時に多く
発生しています。最も細心の注意を払わなければならないときに、酔っぱら
ってはいないにしても、お酒を飲んでいると注意散漫になりがちです。これ
は大変危険なことです。事故は他人の絵空事ではありません。一瞬にしてや
ってきます。事故を起こすと、自分がつらい目をするだけでなく、他のメン
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バーにも迷惑をかけ、最悪の場合は、命の遣り取りをすることになります。
安全を第一に山登りをしようとするならば、山行中の飲酒は厳に慎むべきで
あります。下山してから、行動を終えてからのビールは、より一層うまいも
のです。ここは大人
大人の
大人の我慢をしてください。
我慢
スポーツ生理学の立場から言われることですが、行動停止後30分以内で
は、身体は動いていなくても、心機能は、行動中と同じ状態から徐々に静止
状態に移っていく過程であり、そこで血液循環を助長する作用のあるアルコ
ールを摂取すると、筋肉が必要としている以上の酸素を運ぶ血液の循環が強
制されることになります。その影響で、筋肉にけいれんを起こしたり、最悪
の場合には、心不全を引き起こす原因になることもあります。
行動を終えてからの飲酒も、整理体操(ストレッチ)をして、30分以上
経過してからにしましょう。
【山は登山者に自立を求める】
経験の浅い人は、よく『連れて行ってもらう』ということばを使われます。
これは、自分で行くという立場ではなくお
お客さんです。
地図も磁石も持たず、
さん
自分の行き先をリーダーに聞かなければ分からないといった人が意外と多く、
電鉄会社や旅行者が行うハイキングに多く見受けられます。また、クラブに
入っている人の中にも見られます。山は登るものに自立を求めます。自分が
自分の足で、自分の意志に基づいて山に登るのだから、すべての責任は自分
が負わなければなりません。道標がいつでも正しく、目印が当てになるもの
とは限りません。ましてや、出会った人を頼りにしても、その人がどこまで
山を知っておられるかは計ることはできません。初心者かベテランかどうか
も、格好だけで判断するだけで、何の根拠にもなりません。山中にある道標
や目印、そして、出会った人の話などはホットな情報として参考にし、行動
のための判断材料にするだけで、最終の意志決定は自分たちが下すという姿
勢を持ってください。
【動物とのつきあい方】
《熊》
日本には、北海道にいるヒグマと本州と四国の山間地に住む(近畿以西や
九州には数が少ない)ツキノワグマが生息しています。ツキノワグマは臆病
で、人間よりも察知能力の優れた動物です。彼らは、人間が近づくと逃げよ
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うとします。逃げ遅れたらブルブルと地を這う低い声を出して警戒します。
山中で、真新しい木の皮を剥いだ跡や、土を掘ってえさを漁った跡などを見
つけたり、獣のにおいなどで動物の存在を感じたら、大声で歌を歌ったり、
笛を吹いたりして人間の存在を彼らに知らせます。静かに行って、脅かして
やろうなどとしないでください。けんかしたら勝てません。また、警戒音を
聞いたら、絶対に近寄らずに止まり、その場から早く離れるように引き返し
てください。正体を確かめようなどとはしないでください。出会い頭や子連
れの熊は危険です。また、子熊が木に登っているのを見たら、親熊は身体窮
まって子熊を守るために木に登らせているのです。最も気が立っていて危険
な状態ですので、絶対に近づいてはなりません。静かにその場から離れまし
ょう。もし、熊に出合ってしまったら、大声を出したり、棒でつついたりし
て刺激してはいけません。もし近づいてきたら、ザックをそっと置いて様子
を見ます。関心を示したら、正面を向いて『おまえなんか怖くないよ』とい
う姿勢を崩さずゆっくり離れます。くれぐれも刺激するようなことはしない
でください。その後、ザックを取りに行ってはダメですよ。熊に背を向けて
逃げるのもいけません。熊に、自分の方が強いと思わせては襲ってきます。
何よりも、熊に出合わない努力を怠らないでください。
《マムシ》
蛇も恐がりです。山を歩いていて、マムシに足をかまれたなどということ
はあまり聞きません。たいがいかまれている人は、手の指をやられています。
不用意につかみにいっているのです。マムシも捕まりたくないから反撃しま
す。蛇はほとんど地面を這っているので、人間がどんどん音をさせて歩いて
いると、逃げていくものです。ガケや岩場にもいますので、うっかりつかま
ないよう、また、雨上がりなど、大きな草の葉っぱに乗って体を乾かしてい
ることもありますので気をつけましょう。くれぐれもチョッカイを出さない
でください。死んでいると見えても、絶対にさわらない(生死は外見では分
かりにくい)で、ほっておくことです。50cm以上離れていればまず安全
です。
予防するための服装は、革製の登山靴なら、かまれても、害を被ることは
ないでしょうし、布製でも90%は予防できます。厚手の生地の長ズボンは
予防効果がありますが、薄い生地の肌に張り付くズボンはダメです。半ズボ
ンは論外。軍手も効果なし。
マムシの毒は局部を犯し、激痛と腫れを伴います。近年、死亡例はほとん
どありませんが、不用意な放置は致命傷にならなくても、後遺症に悩まされ
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ることになるかも知れません。
もし、マムシなど毒を持つ蛇にかまれたら、
「何もしなことも間違いではな
い」
(アメリカのフィンドレー・E・ラッセル博士)らしいが、次のことを厳
守すべきです。
○ あわてるな
○やたらにしばるな ○やたらに切るな
さらに
○ 酒を飲むな
○氷、その他の方法で冷やすな ○勝手に血清を打つな
応急処置として
◎ 患者を休ませる
◎患者を安心させる(数時間たっても血清は有効)
◎かまれた局部を動かさないようにする
◎好ましくない全身的な症状に気をつける(ショック状態・呼吸困難)
◎できるだけ早く医療施設に連れて行く(あわてることはない)
また、吸い出し用の器具(スネイクバイト)が市販されていますが、効果が
薄く、他の要因が加わりかえって有害です。柿渋エキスを塗布すると毒が中
和されるという話を聞きますが、実際どうなるかは検証したわけではありま
せんので、何とも言えません。
マムシ以外にもヤマカガシというおとなしい毒蛇がいます。血液凝固を妨
げる毒を持っており、かまれても痛みはなく、しばらくは反応が現れません。
岡山県や愛知県で死亡例があります。
《蜂》
蜂の中でも怖いのはスズメバチです。彼らは、樹木だけでなく、地中にも
巣を作ります。彼らもまた自分らの巣が危険と察知したら襲ってきます。で
も、急襲してくるのではなく、必ず斥候が飛んできて、
『襲撃せよ』とテレパ
シーを本隊に送ります。山中で、斥候の蜂に出合ったら、一撃のもとにピシ
ャリと殺してしまうと、本隊との連絡を絶つことはできるのですが、失敗す
ると、斥候は『助けてくれー』と本隊にテレパシーを送って救援を頼みます
ので、大変危険な状態になります。最善の方法は、蜂の飛んできた反対方向
に逃げ、決して刺激しないことです。斥候に気づくのが遅れて襲われそうに
なったら、頭と顔を防御するように心がけます。帽子を深くかぶり、ザック
のものを出して頭からかぶり、姿勢をできるだけ低くしてひたすらじっと待
ちます。蜂は襲ってくるとき、カチカチと音を鳴らし、動いているもの、黒
いものをめがけてくる習性を持っているようです。足や手、お尻などを刺さ
れても命には影響は少なくて済みますが、心臓の近くや頭は危険です。ショ
ック死に至ることもありますので十分注意が必要です。
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ミツバチも、ハタラキバチが集団で攻撃してきます。1回目には激痛があ
るものの、紅斑が生ずるだけですが、度重なればアレルギー症状が起こり、
被害は著しくなります。
アナフィラシー・ショックによる死亡例もあります。
《山蛭》
人間を恐れず、人間を察知したら果敢に襲ってくるものに、山蛭やブヨな
どがいます。蛭は、梅雨時から寒くなるまでの間、土壌の肥えた湿気の多い
ところによくいます。ミミズのように地面にいるのですが、動物の体温を察
知するのだろうか、人間が近づくと、行く手の道に黒い絨毯でも敷き詰めた
ように首をもたげ、かすかに揺れて待っています。地面だけでなく、小枝や
草・木の葉の裏にも潜んでおり、人間が触れようものなら体に乗り移ります。
空中を飛んでいるかなと思うぐらいです。蛭は人間の体につくと、衣服の繊
維の間を通り抜けて、皮膚に吸着して血を吸います。痛みはほとんどなく、
気づかないうちに噛まれています。いったん吸い付かれますと、血膨れして
まん丸になり、なかなか離れません。やっとのことで取った後の傷口は容易
にふさがらず、いつまでもジクジクと血がしみ出してきます。北山でも時々
見かけますが、鈴鹿山系北部の滋賀県側や大台ヶ原、南アルプスの南部で多
く見られます。
ハナヒルは厄介です。数mmの大きさで、清流に住んでいます。小川で顔
を洗ったときや水を飲むときなどに、口や鼻の中に入り血を吸います。血膨
れして10cm位にもなり、呼吸困難を引き起こしかねませんので要注意で
す。
【労山に入ろう】
労山とは勤労者山岳会の略称です。京都では、2008年11月現在23
の『会』
(単位労山)が京都府連盟を形成し、現在約950人が加盟していま
す。各都道府県にこのような地方連盟があり、全国段階には、日本勤労者山
岳連盟として、日本の山岳会に確固とした地位を築いています。
勤労者山岳会は、1960年春、安保問題などで社会的諸運動が高揚しつ
つあるとき、三俣山荘主人の伊藤正一氏や松本善明氏、そして、日本百名山
の深田久弥氏らの呼びかけで誕生しました。選手中心の選ばれたもののスポ
ーツから、すべての勤労者にスポーツを解放する新しいスポーツ運動の幕開
けであり、スポーツ大衆化の出発点でありました。その後、1963年に日
本勤労者山岳連盟が結成されました。
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京都でも、1961年に京都勤労者山岳会として産声を上げ、地域や職場
で次々と単位労山が生まれて、1966年に京都府勤労者山岳連盟に発展し
ました。
労山のモットーは『安く・楽しく・安全に』です。ただ単に山に登ること
だけを目的にしている訳ではなく、安全を第一にした登山技術の習得と、そ
の向上を目指してることは言うに及びません。
加えて労山は、勤労者として正しい社会道徳を身につけ、山に登るための
条件を確立していくために、諸々の運動に取り組んでいる団体でもあります。
この登山教室など、安全登山の技術や思想を広める運動や、自然保護運動な
どもその一環であります。その為にも、山を愛する仲間を増やすことがとり
わけ重要なことだと考えています。
登山は老若男女を問わず、誰でも簡単に始めることができる最も大衆的な
スポーツなのですが、大自然を相手にしているために、多くの危険性を内包
している点で他のスポーツと違っています。また、やり始めると、スポーツ
であるが故に、より高く、より困難な登山を求めるようになります。近年、
中高年登山者を中心に爆発的に登山愛好者が増えています。それと比例して、
遭難事故が急増しているのも事実です。事故の原因を調べてみますと、その
ほとんどが技術や知識の不足からくるもので、不可抗力と思われる天災事故
はほとんどありません、
。多くは避けることができるのです。山で遭難事故を
起こさないようにするには、安全登山の思想と技術を身につけることしかあ
りません。それには、労山などのしっかりした山岳会の門をたたき、実践と
学習を繰り返すことが一番確実な方法です。
労山に入ると、
『会』(単位労山)の取り組みに加えて、連盟の行うクリー
ンハイクや登山祭典などの啓発的行事、この登山教室を初めとする各種登山
学校・岩登り教室・無線従事者養成講座・救急法・テーピング講座・雪崩講
習会など、その人のレベルや希望に応じて教育的な行事に参加することがで
きます。また、新日本スポーツ連盟の主催する各種講習会にも参加すること
ができます。努力次第で、高い登山技術を習得することができるのです。で
きないと思っていたことが、できるようになります。行けないと思っていた
山に行けるようになります。
労山には、いろいろな形態の登山を楽しんでいる『会』が府下に23もあ
ります。地域性を持って活動している会・縦走やハイキング中心の会・フリ
ークライミングを中心に行っている会など、それぞれ、様々な特色を持って
活動しています。自分にあった会を選んで入会してください。
また、労山は、万一遭難事故を起こしたときのために、新特別基金という
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共済制度を独自に持っています。年間1口1000円で遭難救助費用を担保
してくれます。1人1~10口まで掛けられるのですが、補償される金額は、
口数や掛けた年数に応じて様々です(最高で掛け金の400倍)
。ただ、生命
保険のように、死亡したときに大きなお金を出すのではなく、あくまで、捜
索と人命救助にお金を出そうとする制度です。
日本国内で最も優れた山岳保険と言われ、掛け金は遭難救助対策に運用さ
れるのは当然のこと、安全登山対策として、登山学校はじめ、必要とされる
事業にも運用されています。
労山に入会し、特別基金に入って、山好きの仲間と一緒に学び、安全で楽
しい山にたくさん登りましょう。
- 14 -
【服装】
長時間の運動をするためには、違和感がなく、行動性にすぐれた服装が必
要です。また、
『山』という自然の中で、毛に覆われていない人間が生きてい
くためには、保温と発汗が同時に確保できるものでなければなりません。そ
して、今まで、汚い、臭い、ダサいの代表のように見られてきた『山屋』の
イメージは一新したいものです。そのためにも、また山歩きを楽しくするた
めにも、ファッショナブルな服装を心がけましょう。
なお、肌着を含む衣類は、山道具を扱う店に売っていますが、タンスの奥
を探せば、役に立つものが出てくるものです。
《冬山での服装》
冬山での服装は、保温と同時に発汗性が特に重要視されます。行動中は薄
着でも、体内から発散される熱で、意外と寒くはないのですが、休憩などで
行動を止めると、外気が、汗で濡れた体を急激に冷やして体温を奪い、風で
もあれば、耐え難い寒さに襲われます。保温のポイントとしては、肌着(シ
ャツ・ズボン下・パンツなど)には、ウールや乾性アクリル系(オーロン、
クロロファイバー、ポリプロピレンなど)の衣類を身につけ、『綿』は絶対
着用しない
着用しないことです。そして、上着やズボンなどに、ウールやアクリルを素
しない
材とした衣服を着ます。直接肌に触れる衣類には、
『綿』は厳禁です。ジーパ
ンなどは最悪です。
『綿』は水分を発散させずにため込み、氷点下以下になる
と、ばりばりに凍てついてしまうこともあります。濡れた衣類は体を重くし、
体温を奪います。疲れも増して、行動不能に陥り、最悪の事態では、低体温
症による死亡事故にもなりかねません。
保温と発汗性にすぐれた服装の上から、フリースやセーター、また、ヤッ
ケや雨具などを着たり、脱いだりして体温の調節をしてください。
体を濡らさないことが肝心です。
《夏の服装》
夏なら、着慣れたもので、動きやすければ問題はないようですが、汗で濡
れた肌着は、やっぱり体力を奪います。できるだけ、発汗性にすぐれた素材
のものを身につけましょう。
半袖や半ズボンは涼しくて、心地よさそうに見えますが、岩角や笹、小枝
などで傷を負う可能性が高く、虫やマムシにも無防備で、あまり進められま
- 15 -
せん。また、山での日焼けは厳しく、長袖や長ズボンの着用は当然です。暑
ければ、腕まくりをすればよいのです。
《春秋の服装》
基本は冬の服装です。こまめに着たり脱いだりすることにより、体温の調
節をします。ズボン下を身につけずに寒くて仕方がないときには、ヤッケや
雨具などを着ればよいでしょう。
《肌着》
乾性アクリル系(オーロン・クロロファイバー・ポリプロピレンなど)の
素材を使った肌着を使用してください。四季を通じて使えますし、洗濯も簡
単です。ただ、アクリル系の肌着は、雷には弱く、溶けて肌に密着する欠点
があります。最も優れているのはカシミヤの肌着で、保温透湿性が良く、雷
にも溶けず、表面を通り過ぎていくようです。しかし、カシミヤ(ウール)
の肌着は高価な上、長時間濡らすと縮んでしまいます。
《ズボン》
足の上げ伸ばしがしやすいものを選んでください。夏は『綿』のクライミ
ングパンツやニッカーで良いのですが、ジーパンは重たくて、硬いのでダメ
です。冬は、ウールのズボンが温かくて良いでしょう。アクリル系のジャー
ジは、低山なら年中使え、洗濯も容易で便利です。
《シャツ》
アクリル系のカッターシャツやポロシャツ・ウールのシャツが良く使われ
ています。前開きの方が体温調節には便利です。
《帽子》
夏は、首筋に直射日光が当たらないよう鍔のある帽子がよく、冬は、保温
にすぐれたウールのスキー帽や、耳覆いのある高所帽がよいでしょう。吹雪
かれたときには、目出帽が必要です。
《靴下》
ウール系やアクリル系の素材のものを使用し、靴に合わせて、薄手と厚手
を重ね履きするとか、厚手を2枚履くとか工夫して、最も快適なものを選び
ます。ポイント → 靴は靴下で調整する
- 16 -
【靴】
《キャラバンシューズ》
布製登山靴の長所は何よりも軽いことです。カラフルで、比較的安く、種
類も多くあります。靴ひもは良く締まり、足にフィットしやすいのも特徴で
す。締めすぎに注意し、靴下で調整してください。
足首までのトレッキングシューズと、足首を被うキャラバンシューズのど
ちらが良いのかと言いますと、断然、足首を被うものの方が、グネッたりす
ることも少なく、優れています。弱点は、保温防水に問題があり、靴底が柔
らかいことで、その為に冬には向きません。
ブロックパターンにはいろいろ工夫されたものがあります。靴底の材質は、
ビムラムより優れたものは現れていません。
アイゼンは、雪渓歩きなどに使う軽アイゼンのみ使えます。
雨降りなど濡れる可能性の高いときは、靴下の上からビニール袋を履けば、
ぬれ対策になります。雪山には不向きです。
《地下足袋》
軽くて軽快に使えますが、靴底が柔らかく、外部からのショックに弱いた
め、足の保護には問題があります。また、疲れやすく、保温防水性はありま
せん。沢登りの時に、わらじをつけて使用します。
《プラスチックシューズ》
20数年前より、保温防水に優れ、メンテナンスフリーを謳い文句に雪山
用として輸入され、急速に普及しました。靴底、シェルが硬く、ワンタッチ
アイゼンが装着できます。インナーとアウターに別れており、新製品では発
汗機能も重視されています。すべてヨーロッパからの輸入品で、短小扁平甲
高の足(日本人に多い)には不向きです。近年、スキー靴も含めてプラスチ
ックブーツの突然崩壊事件が複数以上発生しました。労山が警鐘を打ち鳴ら
し大問題になっています。通産省(当時、現在は経産省)も指導に重い腰を
上げました。輸入元やメーカーもその事実を認めざるを得ず、取り替えなど
対策に苦慮しています。1年目で崩壊した例もありますが、およそ5年を経
過しますと、その危険性が増大します。寿命は10年と見るべきでしょう。
靴底の張り替えができます。
- 17 -
《革製登山靴》
厳冬期の雪山に使う重登山靴と、四季を通じて使える軽登山靴があります。
どちらも保革油を塗るなど、使用毎のメンテナンスが必要です。一般的には
軽登山靴の方が使いやすいでしょう。硬い革を使用していますが、靴下や靴
紐の締め方などで調節しながら使いこなすと、足に馴染んできます。保革油
の塗りすぎは、シェルを柔らかくしますので気をつけましょう。アイゼンは
紐締めのものが一般的です。ショックに強く、崩壊の心配は要りません。メ
ンテナンスのしっかりできている靴は、保温防水に優れ、通気性も多少は確
保できます。メンテナンスのできていない靴は、防水が効きませんし、早く
劣化します。靴底の張り替えはできますが、劣化がゴムの部分だけの内に行
ってください。コバがなくなれば張り替えはできません。
《靴の選び方と履き方》
靴を購入するときは、平常使っている大きさよりも約1cm大きめのもの
を選びます。薄手と厚手の靴下を重ね履きしてから、靴に足を入れ、つま先
が先端にあたった状態で、踵に指が1本入ればよいでしょう。
問題は横幅と甲です。自分の足の扁平度と甲の高さに合わせ、大きめを選
び、靴下で調節します。正常に履いた状態でつま先が当たらず、軽くグッパ
ができる位の余裕があればよいでしょう。
靴紐の締め具合は、登りではゆるい目にし、稜線や下りでは、足首と甲で
強い目にします。つま先や足首でギュウギュウに締めてはいけません。靴紐
は、ホックに上から下に通して行ってください。
靴擦れは、その一点の滑りが悪く、圧迫されるために起こります。滑りを
解消させてやれば靴擦れは起こりません。余談ですが、靴紐の色を左右違え
て結んでおられるオシャレな人もいますよ。
- 18 -
【装備】
山の道具は合理性と機能性が優先され、何よりも軽く、コンパクトでなけ
ればなりません。道具の使い方、使い道をよく知り、使いこなすことが大切
です。なにも山の道具屋さんに売っているものばかりがよいとは限りません。
日常普段使っているものや、納戸の奥に眠っているものでも、創意と工夫で
役に立つものは多くあります。
装備には、いつでもどこでも持っていなければならない基本的装備と、目
的に応じて持たなければならない目的別装備とがあります。どちらにも個人
的に使用する装備(個人装備)と、共同で使う装備(共同装備)とがありま
す。ただ単独山行の場合は、当然共同装備も個人扱いになります。
《基本的装備》
正常な宿泊を予定しない日帰り山行で、いつでもどこでも持っていなけれ
ばならない装備です。
〔個人的装備〕
★
地図と磁石
いかなる山に行くにしても、すべてのメンバーが持っていなければなりま
せん。『見方が分からない』とか、
『老眼がひどくて見にくい』とかは、山で
は言い訳にはなりません。人任せ、道標任せはもってのほか、道を間違って
も文句の持って行くところはなく、誰も責任を取ってくれません。ましてや、
人のお尻にくっついていくだけの金魚のふんでは、山を本当に楽しむことは
できません。山は自立した人間を求めています。自分で自分の身を守るため
に、地図の見方や磁石の使い方を学び、実際に使って自分のものにしてくだ
さい。老眼の人は、ルーペを使うことに慣れてください。
★
ヘッドランプ
日帰りでも必携です。山の日暮れは早いもの。下山遅れをして、夜に行動
しなければならなくなったときや、ビバークするときに、普通の人は夜目は
利きません。真っ暗闇での行動は危険な上、精神的重圧がのしかかり、不安
は増大します。懐中電灯でも良いのですが、両手の使えるヘッドランプの方
が便利です。予備電池や予備球を忘れずに。最近、高輝度白色ダイオードを
使った、球の切れないヘッドランプも売り出されています。
★
雨具(カッパと傘)
山で行動していて、カッパを着るとき、ゴムびきのカッパでは、雨の侵入
- 19 -
は防げるものの、体から発散する熱でびしょびしょに濡れてしまいます。昔
よく使ったポンチョなどは、外からも水が浸透し、最悪です。雨でも汗でも、
濡れれば体温を奪います。
今は、ゴアテックスやミクロテックスなどの通気性に優れたカッパが市販
されています。少々値は張りますが、それだけの価値はあります。また、そ
れらは、厳冬期でなければ、ヤッケの代用としても使えますので、重宝しま
す。
カッパは上下が分かれるセパレートタイプのもので、ズボンの裾が深く開
くものが便利です。降雨確率0%でも、山の天気は気ままなもの、山行には
必携アイテムの一つです。
また、折りたたみ傘は、風のない広い道や林道で、ぱらぱらと降られたと
きには、カッパの用に蒸れることはなく快適です。弁当を広げるときなど、
カッパを着て傘を差すと、お茶(水)漬けにならずにおいしくいただけます。
★
計画書
山に登るとき、私たちは自然の摂理と計画書に拘束されています。計画書
に予定されていないことを気ままにすることは許されません。計画書に則っ
て、行動予定を終了することがよい山行であり、やむを得ず変更することは、
安全を確保するときにのみ許されるものです。
計画の変更は、危険と表裏一体の状況であることを認識してください。
★
健康保険証
コピーでよい。山では使えませんが、万一の場合には必要です。山では使
わなくて喜ばしい道具がいろいろあります。
★
筆記用具と腕時計
行動記録はこまめに取りましょう。下山後作成する山行記録や感想を正確、
かつ、ホットにしてくれます。山行記録の蓄積は山での自分史になり、自分
だけでなく、仲間にも貴重な資料になります。緊急時には、メモにも使用し
ます。
腕時計は、正確に時を刻むものであればどんなものでもかまいません。
★
水筒
軽くて口のしっかりしているものであれば何でも良い。アルミでもポリで
もかまいません。ペットボトルを代用することもできます。
★
マッチとライター
どちらかではなく、どちらも濡れないようにして、別々に入れておきまし
ょう。
- 20 -
★
ナイフ
小さいものでよいのです。取り出しやすい所に入れておきましょう。
★
ホイッスル
緊急時や熊よけに使います。
★
新聞紙
朝刊の1日分あればよい。使い道は工夫次第。たき付け、敷物、防寒、靴
に湿気取りなどなど。暇つぶしにもなります。
★
ローソク
ビバークするときの明かりや暖を取るのに使います。特別なものは要りま
せん。普通のローソクの方がたれることもなく、全部使い切れて便利です。
★
ビニール袋
ゴミ入れ、防水用、救急用など用途は広い。スーパーの袋が使いやすくて
良いのですが、ガサガサとうるさいのが難点。ゴミパックの袋を含め、大小
取り合わせて持っていること。
★
メタとメタクッカー
メタは固形燃料で、メタクッカーは専用の小型の食器。メタ2本で、カッ
プ1杯の湯を沸かすことができます。
★
医薬品と三角巾
持病薬、メンソレ、バンドエードなどと三角巾
★
防風防寒具
防風着には、ヤッケ・アノラックなどがあるが、季節に合わせて、ナイロ
ンのジャンパーでも良いし、通気性のある雨具でも良い。防寒着は、薄手の
フリースかセーターを1枚入れておくと安心。季節に合わせて2枚重ね着す
ると保温効果は出ています。
★
着替え
夏は、肌着程度でよいのですが、寒いときは、防寒のことも考えてくださ
い。替え靴下も忘れずに。
★
手袋
木を掴んだり薮こぎするとき、暑いコッフェルを持つときなど必要になり
ます。夏であれば軍手でも良いのですが、寒いとき、防寒のためには、ウー
ルか乾性アクリルの手袋を使用します。岩場・鎖場では、素手の方が安全な
ときが多い。
- 21 -
★
食料
弁当・おやつ、または、行動食と1日分の非常食。非常食は、原則的には
食べずに持って帰る食料です。
行動食は、構えて昼食時間を取らず、休憩時や歩きながら食べてエネルギ
ーの補給をするものです。行動食は食べやすいこと、消化が早く、エネルギ
ーになりやすいことが大切です。いろいろ工夫してください。
なお、共同食でない限り、重たい目をして他人の分まで、おやつや果物な
ど食料を持って行くことはありません。その為にバテれば、人迷惑というも
のです。
★
ロールペーパー
本来の用途の他に、食器を拭いたりマーキングに使用します。
★
タオル
1本あると何かの時に便利です。下山して、温泉があれば、汗を流してサ
ッパリできます。
★
レスキューシート
断熱効果が高く、防寒や緊急時に役立つ。広げれば1m四方、たためば手
のひらサイズ。
〔共同装備〕
★
コンロ
以前は、ホエーブス、オプティマス、コールマンなどホワイトガソリンや
灯油を燃料に使うコンロが主流でしたが、今は、扱いやすさ、軽量、コンパ
クトであり、火力にも遜色がない携帯用ガスコンロが広く使われています。
E.P.Iやプリムスなどメーカーは数社ありますが、ガスカートリッジの
互換性のあるものが便利です。
★
ガスカートリッジ
コンロにあったカートリッジを使います。大小ありますが、小さい方が使
い勝手がよいでしょう。なお、燃焼させるとき、カートリッジは非常に冷た
くなり、寒いときには燃焼効率が悪くなりますし、残りわずかになりますと
火力が落ちてきます。こんな時、オプションのブースターをつけたり、手の
ひらやお湯でカートリッジを暖めてやりますと、火力が強くなり、ガスをき
れいに使い切ることができます。コンロとカートリッジを取り外しする際、
少量ですが、ガス漏れを起こします。脱着は屋外で行うことを習慣づけてく
ださい。また、コンロが熱くなったままで脱着しますと、漏れたガスに引火
- 22 -
することがありますし、そばに火気(別のコンロやたばこの火)があればな
おさら危険です。取り扱いには十分注意しましょう。
★
ツェルト
木や岩角に紐を掛ければ簡易テントになります。非常時には、被るだけで
も風を防ぎ、氷点下10℃でも、中でコンロを炊けば、7℃以上の温度が得
られます。
★
細引き
直径7mm前後で、長さ20m位のナイロンロープが1本あれば良い。急
斜面でフィックスを張ったり、懸垂下降に使ったり、けが人を背負ったり、
使い方は様々あります。濡れた衣類を干すのにも使います。
★
医薬品
消毒薬、鎮痛剤、胃腸薬、包帯など、個人の持病薬以外の医薬品。
★
カメラ
趣味のためだけでなく、山行の記録のためにも必要です。
《目的別装備》
山行の条件や形態により、基本的装備以外に必要な装備があります。
宿泊を伴う山行・積雪期の山行・岩登り・沢登りをするときに必要なもの
で、これにも個人装備と共同装備があります。なお、宿泊を伴う山行の場合、
ここではテント泊を想定しています。
〔宿泊を伴う山行に必要な装備〕
宿泊を伴う場合は、基本的装備以外に、生活の道具が必要になります。小
屋泊の場合は、テントやテントシートは不要になりますが、寝具や食事の有
無など、小屋の条件により、要不要のものが変わってきます。事前の下調べ
をしっかりしてください。
―― 共同装備
★
――
テント
昔の、分厚い生地で、三角屋根のテントはほとんど使われていません。今
は、ドーム型が主流で、いろいろなメーカーから発売されていますが、概ね、
本隊・ポール・フライ・内張・ペグを組み合わせて使うようになっています。
テントにはいろいろな物が売られていますが、丈夫で軽量の山岳用を使用し
ます。
本体
… ポールを引っかけるフックかポールを通す部分に設置し、ポー
ルを固定することにより自立させ、居住空間を作り出します。防水性・通気
- 23 -
性に優れた製品が開発されてきています。
ポール
… 家屋で言うなら、柱と梁の役を併せ持つもので、本体とマッ
チすることが必要です。折りたたみ式になっていて、丈夫で軽量にできてい
るが、金属疲労を起こしやすいので、使用前には点検すること。
フライ
… 家屋の屋根に相当する部分で、降雨、降雪時は欠かせないだ
けでなく、防風効果もあります。本体の上から被せるのですが、本体との間
に空間を作るようにして設置します。これも、本体と一体で使います。
内張
… 積雪期に使用するもので、本体内部に取り付け、保温効果を上
げるのに有効です。
★
ペグ
ポールを設置した本体、及び、フライを、それぞれ地面、ないし、雪面に、
荷造り用の麻縄などのサイドロープを結びつけることにより固定する釘で、
金属製と樹脂製がある。
竹ペグは、積雪期に、20cm×2cm位の竹片を十字に組み合わせ、サ
イドロープを結びつけて、雪の中に埋めて使います。
★
テントシート
薄いウレタンにアルミを蒸着させたシートで、断熱効果があり、地面、雪
面からの湿気を防ぎます。また、地面のゴツゴツした感触を和らげるクッシ
ョン効果もあります。本体の床部分に、アルミ綿を下にして、敷き詰めて使
います。『銀マット』とも呼ばれています。
★
コンロ・ガスカートリッジ
基本装備で触れましたので省きます。
★
コンロ台
コンロを安定させるのに使います。30cm四方位のベニヤ板でよい。ま
ないたやローソク立てにも、天気図を取るときの下敷きにも使います。
★
コッフェル
アルミでできた大中小セットになった鍋で、ヤカンのついているものもあ
る。チタンなどの軽量合金製でできたものもある。
★
ポリタンク
調理用、飲料水の水入れ。容量は0・5㍑からいろいろある。人数・料理
内容に応じて1~2㍑位のものがよく使われている。
★
雑巾
テントの中を濡らさないよう気をつけましょう。雪で水を作るとき、コッ
フェルの外側に水滴がつきます。こまめに拭き取りましょう。
- 24 -
★
トランシーバーと携帯電話
無線機。非常の場合、大変有効な通信手段です。免許が要ります。144
MHzや430MHzのアマチュア無線は、使っている人も多く、リグ(無
線機)もいろんなものが数多く売られています。
緊急時の非常周波数は、145・50MHzか433・50MHzを使用
します。
携帯電話は、山の中では通じないことが多いのですが、年々通話可能なエ
リアが広がってきています。現に、携帯電話で遭難を回避した事例は数多く
報告されています。携帯電話は、無線機の予備と考えた方がよいでしょう。
★
ラジオと天気図用紙
主に16:00からの、NHK気象通報を聴いて天気図を取り、明日の天
気を予想するのに使います。
★
ローソク
キャンピング用にこだわることはありません。サイズや本数は、山行の日
数に合わせて揃えます。
(基本的装備のローソクは予備に使います)
★
ロールペーパー
主に汚れた食器を拭くのに使います。
――
★
個人装備 ――
テントマット
分厚いウレタンにアルミを蒸着した200mm×55mmのマットやエア
マットがあります。寝るときに下に敷いて使い、断熱やクッションに優れ、
居住性を高めます。台所の流し台で使うウレタンマットを2枚紐でつないで
も十分使えます。
★
シュラフ
中綿に化繊を使用したものと、羽毛のものがあります。
また、厳冬期用、スリーシーズン用、夏に使う半シュラフ、軽量化を図っ
たフリースでできたものなど、使い道に応じたいろいろな種類があります。
★
シュラフカバー
シュラフの保温効果を高めると同時に、湿気や水の侵入を防ぐために用い
ます。夏には多めに着込み、シュラフカバーだけで寝ることもあります。
★
食器・コップ・箸・スプーン
- 25 -
食事に必要な道具です。食器やコップは軽くて、割れない丈夫なものであ
れば何でもかまいません。小さいアルミのコッフェルが一番よく使われてい
ますが、熱いものを入れると、口を付けることができないのが難点です。チ
タン製のものは、熱伝導が悪いために、熱しにくく冷めにくいが、何よりも
軽い。
箸は、割り箸を2~3本持ち、1本だけを使い続けます。
〔積雪期に必要な装備〕
積雪期の宿泊や行動において、独自に必要な装備があります。
――
★
共同装備 ――
たわし
テントの中に雪を持ち込まないために、ザックや靴に付着した雪を払うの
に使います。靴底には、使い古した歯ブラシがあれば便利です。
★
スノーソー
雪洞を掘ったり、スノーブロックを切り出すのに、スノースコップと併用
して使います。
――
★
個人装備 ――
アイゼン
4~6本爪の軽アイゼンは夏の雪渓歩きに使うものであり、雪山には、一
般的に10~12本爪を使います。前爪が出っ張っているものは、急斜面に
便利ですし、そうでないのは尾根歩きに向いています。革靴には、紐で締め
るもの(一本締めと固定バンドがある)が適しており、プラスチックブーツ
にはワンタッチ式のものが便利です。他に、氷瀑や雪壁を登るのに、前爪を
強化したものもあります。
★
ピッケル
杖としての用途向きが最も多く、急斜面でホールドにしたり、滑落を停止
するのになくてはならないものです。また、確保(ビレー)を取るのにも使
います。
★
輪カンジキ
深雪で足が雪に潜ってしまうときに使います。アルミ製・竹製があり、い
ずれも、紐またはベルトで靴に装着します。
★
ストック
雪山でなくても、杖として大変重宝します。伸縮して、携帯に便利なもの
が市販されています。リングの取り外しができるものもあります。
- 26 -
★
ビーコン
電波を利用して、雪崩に埋まった仲間を見つけるために使う発信器と受信
機を一体にしたもの
★
ゾンデ
雪崩に埋まった仲間を捜すためにの金属製の棒
★
スノースコップ
雪洞を掘ったり、テント場をつくるのに、雪をブロックに切り出して積み
上げたり、整地したり、水を作るために雪を取るのに使うだけでなく、雪崩
の際に埋まった人を掘り出すのになくてはならないものです。すくう部分が
ある程度大きく、堅牢なものが必要です。素材(アルミ、鉄、樹脂など)や
大きさ、そして、取り扱いやすさなどいろいろあります。また、ピッケルに
すくう部分だけ取り付けるものもある。
- 27 -
【パッキングと背負い方】
ザックに装備や食料を詰めることをパッキングと言います。このパッキン
グによって、体力の消費が大きく左右されるので、その良し悪しで山行を楽
しいものにするか、つらいものになるかが決まることがあります。
装備は軽量化を図ると共に、できるだけ重複利用することで品数を減らし、
省力化を図ります。
ザックに詰めるときは、衣類など軽いものは下の方に入れ、食料や水など
の重たいものは上の方に入れます(といっても、使用頻度の多いものは取り
出しやすい位置に入れなければなりませんが)
。背中に当たる部分には、でき
るだけ平らでソフトなものがくるようにし、歩行中に違和感がないようにし
ます。そして、左右の重量が均等になるように、また、背中にフィットする
ようにベルトを調整してください。
重たいものを下に入れますと、前傾姿勢になる歩行の際に、荷重の中心が
腰にかからず不安定になり、重量が直接ショルダーベルトにかかって、負荷
が増大します。ザックを地面に立ててみて、しっかり自立するか、ショルダ
ーベルト側に心持ち傾く程度ならばよいのですが、倒れてしまうようではバ
ランス良くパッキングできていない証拠です。特にショルダーベルト側が上
を向いて倒れるようでは最悪です。また、ザックを背中に背負ったとき、左
右に傾いたり、おしか婆さんのえり抜きのように、背中とザックの間に空間
ができるような姿勢では、荷重の中心が腰にきませんのでダメです。ザック
は背中の両脇にある筋肉にしっかり密着させ、真っ直ぐ背負います。感じと
しては、肩胛骨の間に密着し、腰の中心に重量が集中すると良いでしょう。
装備はできるだけ、ザックの中に収納すべきです。ザックの外側は、笹や
小枝などに引っかからないよう、すっきり仕上げてください。
パッキングは、山行の成否を決める重要な登山技術の一つです。家で訓練
できる数少ない登山技術の一つですので、何度も入れ替えし、出し入れをし
て練習してください。
重量・大きさ・堅さ・使用頻度など、考慮しなければならないことがたく
さんあり難しいものです。
- 28 -
【山にはいる前に】
《山行前の心得》
◆
睡眠を十分取っておく
◆
食事は栄養のバランスを考え、きっちり食べる
◆
暴飲暴食は慎む
◆
打ち合わせ・ミーティングなどには、よほどのことが限り出席し、役割
分担・山行目的・リーダーの考え方を把握し、メンバーとの意見交換を
しっかりして、意思の疎通を図っておくこと
◆
参考書・ガイドブック・地図・時刻表などで予備知識を得ておく
◆
登山計画書を作成(検討)し、家・職場・親しい仲間に渡しておく。
装備は共同・個人に分け、装備表に照らして確認し、忘れ物・不良品が
ないかを確かめておく。用具などの使用方法は、あらかじめ練習してお
き、点検も欠かさない。
《目標と目的を決める》
計画を立てるとき目標となる『山』が最優先されますが、同時に、何のた
めに山に行くのかを認識しておくことが大切です。この山行目的が明確にな
っていないと、目標の山に行く事だけが目的になり、広がりや奥行きのない
ものになり、撤退したときなど、失敗した事しか残りません。
目的とするものは、そのパーティーが要求するものであれば何でもかまい
ません。歩き方や読図の登山技術の習得、山での生活技術の学習、仲間同士
の親睦、ルートの調査・開拓、山菜やキノコ取り、山野草や高山植物を愛で
る事など様々な事が考えられます。ただ、反社会的な目的は言うに及ばず、
宗教的な目的、精神修養的な目的は、スポーツとして楽しむ登山とは根本的
に相容れないことを知っておいてください。
《計画書をつくる》
どの山に行くのか、どの道を登りどこに下りるのかを地図を見て決めます。
これが計画立案の第一歩です。計画には、目標となる『山』だけでなく、山
行目的を明確にし、少なくとも『いつ』『だれと』
『どこから』『どこへ』『何
を持って』
『何しに』行くのかを決めなければなりません。それを文書に整理
します。他に、
『使用する交通機関』
『メンバーの役割分担』
『メンバーの年齢、
そして、住所や連絡先』
『留守本部』『緊急連絡先』『食糧計画』『行動予定』
『所属山岳会名(会長名・所在地)』などを記載すれば、立派な計画書ができ
あがります。
- 29 -
計画書は書くことによって、山行の概要がはっきりしてきます。自分自身
のテンションを高める事にもなります。また、万が一の時にも、留守を預か
るものにとって『どこに行ったのか』
『いつ帰ってくるのか』わからなければ、
手の施しようがありません。結局はすべて自分のためです。
山行の際には計画書を必ず書き、家族、知人、友人、職場の同僚などに渡
し、自分はコピーをもってでかけましょう。なお、登山届にも利用できます
ので、一部余分に持ち、登山口の箱に入れておきます。
《歩き出す前に》
◆
服装を整え、靴紐を結びなおします。
◆
地図・コンパス・筆記用具などすぐに必要なものを取り出しやすくして
おき、他のものはザックにしまいます。
◆
山にはトイレがありません。出発前にすませてください。
◆
ストレッチをして、体をほぐしておきます。
◆
その日のコースや行動予定を再確認する。
《登山口をしっかり確認する》
登山口はなかなかわかりにくいものです。その上、宅地造成や林道工事で、
余計わからなくなっているところが多くあります。ここで手抜きをすると、
体力と時間を無駄に費やすことになりかねません。
地図やガイドブック、また、道標などでしっかり確認してから先に進みま
しょう。登山口についての予備知識は大変重要ですので、人任せにせず、自
分で下調べをしておきましょう。
- 30 -
【山での歩き方】
(バテないために)
《登りの歩き方》
山を登るときの歩行は、階段を上がるときのように、足を前に出した後で
体重を移動する静的歩行
静的歩行を行います。足を出すのと体重の移動を同時に行う
静的歩行
歩行を動的歩行
動的歩行と言い、平地や下りで使います。特に重い荷物を担いで登る
動的歩行
ときなどに動的歩行をすると、すぐに疲れて腰を悪くします。
靴底には、前後に摩擦抵抗が多くなるようブロックパターンが様々に工夫
されています。この摩擦抵抗を最大限利用します。その為には、靴底を地面
に対し、全面的につけ、しっかり踏みしめます(フラットフッティング)
。
急勾配の場所で、進行方向に真っ直ぐに足の置けないときには、逆「ハ」
の字にします。
歩幅は、自分にあった基本的なピッチを掴み、傾斜の具合やザックの重さ
などに応じて小さめに変化させると、疲れが少なく、様々な場面に対応でき
ます。決して大股で登ることはありません。大きな段差では、石や木の根っ
子を利用して数歩に分けるなど、工夫をこらします。
特に急な登りでは、急ぐことなく歩幅を狭くして、一歩一歩確実に登りま
す。後ろ足で反動をつけることは、バランスを崩し、安定した歩行ができま
せん。あくまでも、前に置いた太ももの筋肉を活用して登ります。
無理は禁物です。意識的にゆっくりと、大地を踏みしめるようにして歩い
てください。なお、体勢はやや前傾姿勢を取り、ザックを背中に乗せ、重心
の中心が腰にかかるような感じがよいでしょう。
《下りの歩き方》
山での事故は、転滑落が最も多く、その大半は下山時に起こっています。
膝や足を痛めるのも、下山時が最も多いのです。
下りでは、常に引力で下に引っ張られている自分の体を、膝と足で受け止
めなければなりません。膝を突っ張り、ドシドシ降りると、膝だけでなく足
の爪までも痛めます。大股は禁物です。歩幅は小さく、ヘッピリ腰にならな
いよう多少前傾姿勢を取り、引力を利用します。楠底を全面的に使い(フラ
ットフッティング)、膝を軽く『くノ字』にまげ、膝への負担を和らげ、太も
もの力で体重を受け止めるのです。靴底のブロックパターンは、前後に対し
て最も抵抗力を示します。急斜面で靴を横に使うと、滑りやすい事を知って
おいてください。体勢が許す限り縦向けに足を置くことです。滑るのを怖が
って、踏ん張って体を止めるのではなく、下に働く力を制御しながら、小刻
- 31 -
みに足を回転させて出していきます。最も大切なことは、自分の足を置く場
所をよく見ることです。木の根っ子はよく滑るし、浮き石にも注意しなけれ
ばなりません。景色を見ながらやおしゃべりをしながらでは、ついつい不注
意になるものです。油断は禁物!
『盗人の如く、静かに・注意深く・敏速に』と同時に、
『スムーズ&リズミ
カル』を心がけてください。
下りでの休憩は、時間を決めてしっかり取る事が大切です。疲労が蓄積し
て惰性で歩くようになると、注意も散漫になります。意識して休憩を取りま
しょう。
下りでは基本的に登りの人が優先です。譲り合い、お礼を言い交わして気
持ちよく歩きましょう。
《岩場では三点確保》
登山道の途中に岩場を通過しなければならないところがあります。高低差
のある岩場では『三点確保』を励行します。
※
三点確保(三点支持とも言う)とは、
岩と対面して、両手両足の四肢の内、必ず三カ所をしっかりした手が
かり(ハンドホールド)や足がかり(フッドホールド)に置き、残る
一カ所を移動させて、次のホールドを求めること
このとき恐怖感から、岩に体をへばりつかせますと、ホールドが見えにく
くなります。岩に体を真っ直ぐ対面させ、岩から体を離して登ることが肝心
です。また、膝をついたり、お尻をついたりしますと、バランスを崩して滑
りやすく,制動が効きません。両手両足をしっかり使いましょう。
下りの時(バックステップ)にも、この三点確保は有効です。登りと異な
る点は、ハンドホールドをできるだけ下の方(腰位の位置)に求めるのがコ
ツです。自信のないときや初心者がいるときは、巻き道を探すのも大切です。
ただし、巻き道が必ずしも安全であるとは限りません。細引きがあれば、フ
ィックスを張ると安心感が出てきます。
岩場では、手(腕力)に頼りがちになりますが、基本は足を安定させて、
足で登ることです。手で岩を引っ張るのではなく、岩を押さえつけるように
してバランスを取るのです。草つきの場所でも同様、草の根元を押さえつけ
るように持ってバランスを保ち、足で登ります。
- 32 -
《落石に注意》
絶対に石を落とさないよう、細心の注意をしなければなりません。万一落
石を見たら、自分が落としたものであろうとなかろうと『ラクーッ』とか『ラ
クセキ』と大声で叫んで下方に知らせます。特に、ガレ場ではこの可能性が
大きく、要注意です。
《浮き石に注意》
浮き石をふんで転倒するケースもあります。
浮き石は、できることなら使わない方がよいのですが、やむを得ず使うと
きは、上から石を鉛直に押さえつけるようにして踏み、バランスよく歩いて
ください。大股になったり、石の上を飛んだりすると危険ですよ。
《鎖場では》
急勾配のところで鎖が設置してあると、これにつかまりたくなるのは人情
です。しかし、考えてください。数え切れない人が無秩序に力を加えた鎖は、
弱くなっていることが予想されますし、支えてある基部がグラグラになって
いることも多く見受けられます。鎖が抜けて転落しても、誰も責任を取って
はくれません。保険を掛けてある訳でもありません。鎖が設置されていても、
ホールドやステップは必ずあります。できるだけ自分の力と技術を駆使する
ようにし、鎖はあくまでも補助的に使用してください。全面的に頼ってはい
けません。両手でぶら下がるようなことをしますと、体が左右に振られて、
かえって危険な状態になりますので気をつけましょう。
一本の鎖に何人もの人が連なっていることがあります。
『仲良きことは良き
ことかな』ですが、『死なばもろとも』危険きわまりないことです。
鎖の他に、針金やロープ(フィクスドロープ)が設置されていることもあ
ります。降雨時には、針金・鎖・鉄ハシゴはよく滑ります。要注意!
《沢筋の道では》
足元には十分注意してください。滑りやすく、転倒して大けがをすること
があります。また、下ばかり見ていますと、谷が狭くなっているところでは、
岩に頭をぶつけることもありますので、上にも要注意。
沢筋を歩くときや渡渉の際には、濡れることを厭わず、水にじゃぶじゃぶ
入る方が安全な場合があります。岩の上を飛んで、足を滑らせたら大事です
よ。
木の橋を渡るときは1人ずつ、朽ちた橋は無理に渡らないでください。遠
回りしても、足くらいなら水に濡れてもいいではありませんか。
- 33 -
《ペース配分》
歩き始めの30分は、初心者、経験者の別なくしんどいものです。
歩き出して30~40分で、眠っていた心肺機能を徐々に高め、足元を含
む体調を確かめます。1回目の休憩では、体温の調整・身支度・靴の履き具
合・ザックのパッキングの調整などを行います。これらを5~10分でしま
す。長く休んでいると、高まりつつある心肺機能を静めてしまうことになり
ますから、10分が限度です。くれぐれも初めの30分は意識してゆっくり
歩いてください。エンジンが調子よくなってきたら、一定のペースと歩幅で
歩くのですが、登りの傾斜がきつくなってくれば、ペースを落としたり歩幅
を狭くしたりします。
下りになればペースを上げて時間を稼ぎます。
このように緩急の変化を持たせた歩きができれば、しめたものです。
要領は「初めチョロチョロ、なかパッパ」です。
《休憩の取り方》
休憩には、当然ですが、安全な場所で、通り道を避け、見晴らしの良いと
ころを選んでください。
例えば50分行動して10分休むというように、一定の間隔で、確実に休
憩を取ることが、疲れの蓄積を最小限に抑えることにつながります。体を休
めると共に、食物や水の摂取を手早く済ませ、地図を広げて現在地の確認を
しましょう。
寒いときには上着を着て、体温の低下を防ぎます。
出発の声がかかったら、すぐに歩き出せるようにしましょう。
けっして「お店」を広げてはいけません。
《水の補給の仕方》
昔は、水を飲みすぎるとバテる原因になると言われましたが、体がほしが
っているのに飲まなかったら、本当にバテてしまいます。
確かに冷たい水は体力を消耗します。極度に疲労しているときはてきめん
に応えます。
飲みたいときはガブガブ飲まずに、適量を口の中で暖めるようにして飲ん
でください。そして、無秩序に飲まず、全行程や水場の位置を考慮して、行
動中に最後の一滴まで飲んでしまうようなことがないように注意してくださ
い。
- 34 -
【迷子にならないために
迷子にならないために】
にならないために】
《地図と磁石》
道に迷わないためには、事前にルートをよく検討し、地形図をしっかり見てお
くなど予備知識を持つことが大切です。
山行中は、随時地図を見て現在地の確認をすることです。特に登山口・沢筋・
尾根・ピーク・分岐点では、こまめに地図を見る習慣をつけましょう。
地図と磁石は一体のものです。その見方と使い方をしっかり習得してください。
道標は、いたずらされていたり、朽ち落ちていたりしますので、いつも正しい状
態であるとは限りません。目印(テープ)などは、自分が行こうとしているルー
トと一致している訳ではないので、当てにすることなどできません。踏み跡と獣
道を見極め、自分の取っているコースが、地形図上のルートをトレースしている
かどうかを確認しながら歩いてください。
また、市販されているルート地図や地形図に記載されているルートなどの情報
が常に正確であるとも限りませんので、地形
地形を
地形を読むことを心がけてください。
《迷子になりかけたら》
コースを見失い、迷子になりかけたら、直ちに行動を中止して現在地の確認に
努め、どうしても分からないときは、元来た道を現在地のはっきり確認できると
ころまで戻ることです。どこで、どうして間違ったのかを確認してから、正しい
コースに入りましょう。
迷ったところからコースを探すときには、尾根に登ることが原則です。尾根に
乗っても見晴らしがよいとは限りません。必要なら、木に登って地形を見ます。
麓まで近そうに見えても、絶対に沢や谷を下っては行けません。沢筋には滝やガ
ケがつきものです。行き詰まってしまって身動きできなくなることがあります。
しんどくても、高みを目指し尾根に乗るようにしましょう。
できるだけ登山道と分かっている道を歩き、道がなくなっても、尾根通しにル
ートを取っていけば尾根道に出合います。
大変重要なことで軽視されていることがあります。それは困難に陥れば陥るほ
どパーティーを分断しては被害を大きくするということです。困難であればある
程団結して行動を一にしなければなりません。
もし偵察や救助要請を出すときには必ず複数人に行動食など十分な装備を持た
せ時間やルートを指示すること。別動する者は目印を頻繁に付けながら課題を遂
行します。偵察隊は指示された時間が来たら本隊に戻らなければなりません。
- 35 -
【山での生活
での生活】
生活】
《雨降りの時の心得》
カッパには、通気性のないゴムびきのものと、通気性のあるゴアテックスやミ
クロテックスなどの素材を使ったものとがあります。山で使うカッパは通気性が
優れたものが適していますので、これについて触れておきます。
いくら通気性があるといっても、使い方を間違っていては、その特性を生かす
ことができません。カッパである以上、一番のポイントは、体を濡らさないこと
が大切です。カッパを着て行動すると、蒸れて、汗か雨か分からないほどビショ
ビショになることがあります。通気性の良いカッパでも、その機能を十分に引き
出さなければ何の意味もありません。それには、カッパと肌の間に空気の層を作
ることです。汗は通常皮膚から水蒸気として発散されているのですが、発散され
る以上に分泌されますと液状化します。カッパを着用する際、汗が液状化しない
よう、できるだけ早く発散させることが大切です。それには、カッパと肌の間に
空気の層を作り、水蒸気として出てきた汗をスムーズに通気孔より発散させるの
です。ところが、素肌に近い状態でカッパを着ますと、汗は水蒸気として存在す
る空間がないことから液状に変化し、ビショビショになってしまいます。
要は「発汗性に優れた衣服を身につけ、半袖のままカッパを着ない。帽子をか
ぶってからフードをする」ということです。夏でも、体を濡らして、雨に打たれ
風に吹かれれば、体温を奪われ、体調を崩し、行動不能に追い込まれる可能性が
出てきます。服とカッパの間に空気の層を作ることを忘れないでください。空気
の層は断熱にも効果的です。
ロングスパッツを使用しますと、靴の中をぬらしません。雨のときはカッパの
中に、雪のときはカッパの外に着用しましょう。ロングスパッツがない時、防水
のきかない布製登山靴などの場合、靴下の上にビニール袋を履いてから靴を履く
と良いでしょう。ただし、靴の中でよく滑りますしっかり靴紐を締めてください。
ザックには、ザックカバーを使いますが、大きなビニール袋をザックの内側に
入れてからパッキングをすると良いでしょう。
広い尾根道や林道では、風が強くなければ、折りたたみ傘をさす方が、カッパ
を着たときの蒸し暑さはなく、快適に歩けます。また、お弁当を食べるときにも、
カッパを着て傘を差すと、お茶(水)漬けにならずに食べられます。
《食事》
山でのお弁当は、すばらしい景色やきれいな空気とも相まっておいしいもので
- 36 -
す。でも、お湯が沸かせれば一層バラエティーに富んだ昼食ができます。今は、
コンパクトで軽量のコンロ・ガスボンベが市販されています。これらの他に、鍋
(コッフェル)と水さえあればOK。ラーメン・みそ汁・豚汁・果ては牛鍋やち
り鍋など材料さえ揃えれば何でもできます。食後のコーヒーや紅茶も楽しめます。
山での調理のコツは、ゴミを出さないことです。家で皮をむいたり、小切りし
ておくと荷物にならず、手早くできますしゴミも出ません。汚れた鍋や食器はロ
ールペーパーで拭き取ります。そして、自分からのゴミは自分らで持って帰るこ
とを忘れずに。
ガスボンベとコンロをセットするときに、少量ですがガスが漏れます。たばこ
などの火気に気をつけ、屋外での使用を心がけ、使用上の注意を守りましょう。
《山小屋では》
今宵の宿に早く着き、宿泊手続きをします。山小屋では、食事の時間も、寝所
の確保もだいたい早い者順で決まります。手の空いたときに、明日のコースの下
見をし、小屋の人からコースの状態や水場などの情報を仕入れておきます。
小屋の混んでいるときには、両肩を布団につけて寝ることができないこともあ
ります。こんな時、男女の別なくメザシのようにチドリになって雑魚寝です。寝
るのも技術の内。枕元にはヘッドランプと水を忘れずに。
朝は、できるだけ早く出発するため、暗い内から準備を始めます。人迷惑にな
らないよう、寝る前に荷物はまとめておきましょう。ビニール袋のガサガサとい
う音はうるさいものです。気をつけましょう。
登山靴はパーティー毎にまとめて名前を書いた荷札を着けて下駄箱に入れてお
きます。間違えないよう間違えられないよう、一工夫(夜光テープなど)
。
小屋でも、水は貴重品です。無料でくれる小屋もありますが、沢水をポンプア
ップしたり、天水を利用している小屋では、1㍑あたり100円~200円で買
わなければなりません。従って、トイレに行っても手を洗わず、朝夕の洗面・歯
磨きなどもしないのが当たり前です。タオルを持って、「お風呂はどこですか。」
などと訪ねると失笑を買いますよ。
トイレは朝に集中して混雑します。みんなが寝ている間に済ますなど、サイク
ルをかえる努力も必要です。カンパ箱を置いているところが多くなりました。
登山者が利用できる小屋にはいろいろあります。通年営業の小屋・無雪期とシ
ーズンのみ営業する小屋・食事の用意のない小屋・寝具も食事も用意していない
小屋・避難小屋等々。事前にしっかり調べておきましょう。
- 37 -
【登山のための
登山のためのストレッチ
のためのストレッチ体操
ストレッチ体操】
体操】
私たちの日常生活では、四肢の可動範囲は狭く、特に、寝起きの朝や働き終え
た夕方には、身体の筋肉や腱は収縮した状態にあります。筋肉や腱は繊維質の者
であり、意識的に伸ばしてやると刺激が与えれ、これから動く準備をすると共に、
四肢の可動範囲を広げることができます。
収縮した筋肉や腱のままで、山登りやトレーニングを始めると、十分な力を発
揮することができないばかりか、いざというときに、狭い可動範囲を無理矢理広
げることになり、肉離れなどの損傷を受けることになります。
以前は、ラジオ体操のような、老若男女が全員同じ運動を号令のもとに反動を
つけて行う準備体操が一般的でした。しかし、人間は十人十色、背丈も違えば筋
肉の成長度も異なります。ましてや、常に運動している人とそうでない人を一緒
にすることなどできません。それに加え、反動をつけて、無理矢理筋肉や腱を引
き延ばすような体操をしますと、損傷を受けることになる矢も知れません。今は、
個人個人の能力に応じて筋肉や腱に刺激を与え、その人なりに可動範囲を広げる
ストレッチ体操が安全性に優れ、準備体操としての効果を発揮することが期待で
きるとして、広く行われています。
また、ストレッチ体操は、スポーツを終えた後に、疲労を早く回復させるため
の整理体操にも効果的です。
運動を重ねてきた筋肉は硬く収縮して、血行が悪くなっています。これに刺激
を与え、血行をよくしてやると、疲労を早く取ることができます。超回復(トレ
ーニングの項で説明する)による筋肉アップを得るためにも大切な運動ですので、
じゃまくさがらずに十分行ってください。その後、筋肉をほぐすようにマッサー
ジをしてやると、より疲労回復に効果的です。
《ストレッチの留意点》
★
息は止めないで、常に自然を心がける。
★
決して痛みをこらえて無理をしない。
★
身体をリラックスさせ、自分の柔軟性に合わせてゆっくりと行う。
★
反動をつけるのではなく、心地よい緊張感が得られるところまで引っ張り
制止する。
★
一つの体操を20秒間は続ける。
★
左右は均等にバランスよく行う。
《HOW TO ストレッチ》
- 38 -
〔肩〕
両足を肩幅に広げて立ち、左手首の内側で右肘を抱きかかえるように内側に引
き寄せる。この時肘は伸ばすこと。
(左右交互に)
〔首〕
両足を肩幅に広げて立ち。右手を左側頭部にあてがい、ゆっくり右方向に引っ
張る。
(左右交互に)
〔上腕〕
両足を肩幅に広げて立ち、片手を耳につくように上げてから肘を曲げ、頭の後
ろに下ろす。片方の手を曲げた肘にあてがいゆっくり引っ張る。
(左右交互に)
〔胸〕
両足を肩幅に広げて立ち、両手の肘を伸ばしたまま後ろの下の方で組み、胸を
前方に突き出すようにして組んだ手を下に引き下げる。
〔体側〕
両足を肩幅に広げて立ち、両手を真上に上げ、右手で左手の手首を持ち、右手
を横に引っ張って左体側を伸ばす。
(左右交互に)
〔腰と太ももの後ろ側〕
両足を肩幅より少し狭く取り、ゆっくり腰を前屈させる。できるだけ膝を伸ば
し、腰を十分曲げた状態で顎を前に突き出し前方を見つめる。この時背中を丸め
ないようにしてください。
〔大腿〕
右手で体を支え、左膝を曲げて足の甲を左手でつかむ。右足だけで立ち、身体
を真っ直ぐにして左足を後ろに引っ張る。(左右交互に)
〔ふくらはぎ・アキレス腱〕
右足を広く前に出し、膝に両手を添える。左膝を伸ばし、踵を地面につける。
つま先は両足とも前方に向いていること。(左右交互に)
- 39 -
【山登りのための
山登りのためのトレーニング
りのためのトレーニング】
トレーニング】
《コンディショニング》
勤労者の毎日の生活は長時間過密労働で身も心もくたくたになり、睡眠不足が
慢性化しています。加えて、不規則になりがちな食生活と簡便な食事では、一層
健康を害するのは当然です。身も心もリフレッシュするための山登りなのですが、
健康を害したままでは、楽しいものが苦しみばかりになってしまいます。楽しく
山に登るためには、自分の持っている体力や自給力を充分引き出せるよう体調を
整えておかなければなりません。それには日常普段の生活からコンディションを
良い状態にしておくよう意識的に心がけることが必要です。
◆
よく睡眠を取る
◆
偏食をせず健康に配慮した食事をする
◆
暴飲暴食を避ける
◆
正しい方法で肥満の解消・防止に心がける
◆
身体に異常のある場合は、早急に医学的療法を受け不安をなくしておく
特に山行前日は食事をしっかり取り、早めに就寝して、万全の体調で出発の朝
を迎えましょう。
《筋力トレーニング》
山登りのためには、まず脚などの下半身の筋力をアップさせることが求められ、
同時に腹筋や背筋などの筋力も必要なのですが、筋力ばかりはなく持久力や基礎
体力などの肉体的能力と、いかなる困難にも耐え得る強い精神力が求められます。
毎日の忙しい生活の中で、構えてトレーニングの時間を作り、粘り強く続けるこ
とにより体力と精神力のバランスのとれた向上を確かなものにすることができま
す。
また日常生活の中で歩く時間を確保するなど意識的に筋力を鍛えることも必要
です。例えば、通勤でバスに乗るときには座らず、つま先立ちでふくらはぎを鍛
え、バス停を一つ手前で降りて歩く。買い物は自転車を使わないで歩き、荷物を
ザックに入れて担ぐ。エレベーターやエスカレーターを使わず階段を上り下りす
る。このようにいろいろ工夫すれば、筋力がつくだけでなく、日常生活の中に新
たな楽しみを見つけ出せるようになります。
ただし、歩き方は大股で速く歩くなど一定の負荷がなければなりません。
- 40 -
〔足腰を鍛えるために〕
●
ウォーキング
大股・早足出歩く。腕を振り、靴底でしっかり地面を踏んで歩きます。
額に汗し、心肺機能が上がってくるようでないと効果は期待できません。膝や
踵への負担が次のランニングと違って優しいのが特徴であります。20分~40
分続行すると良いでしょう。
●
ランニング
脚力だけでなく心肺機能の向上にも効果的で、初めはジョギング程度の軽い負
荷にして、慣れて行くに従って、時間を計って一定の速度を確保してください。
また単に走るのではなく、インターバルトレーニングにするとより効果的です。
これは一定の距離を決めて全力疾走し、その後呼吸を整えながらゆっくり走る、
これらを繰り返し行うものです。膝を痛める可能性がありますので、すり足で足
を運ぶこと。常に運動している人には有効ですが、そうでない人には膝だけでな
く、腰や心臓にも負担がかかり危険です。
●
ヒンドゥー・スクワット
両足を肩幅に広げ、膝を軽く曲げて両手を体側に添え、背筋を伸ばし踵を床に
着けたまま太ももが床と平行になるまでしゃがみ込みます。次に元に立ち戻りま
すが、この時前屈みにならないよう気をつけてください。息はしゃがみながら吸
い、立ち上がるときにはき出すようにします。回数は人によって異なります。立
ち上がるとき、太ももの筋肉がつらくなるまで行い、一休みしてから、再び同じ
回数をこなすことを数回繰り返してください。
ヒンドゥー・スクワットはいつでもどこでも行えますし、回数を増やすと相当
な運動量になり、登山には有効なトレーニングの一つです。ダンベルやバーベル
を利用して行うと大きな負担を課すことができ効果が高いと思われますが、一般
的には必要ありません。かえって負担が大きくなりすぎて、逆効果になることの
方が心配です。
●
縄跳び
短時間ではあまり効果を期待することはできないが、ふくらはぎを強化するの
に役立ちます。膝への負担が大きい点が問題。
●
下腹部と大腿部前面
仰向けに横になり、上半身を上げて両肘で支えます。脚を伸ばして片足を上下
させますが、下ろすとき床につけてはいけません。つらくなってきたら左右の足
を替えて、同じように同じ回数行います。これも一休みしたら繰り返し行ってく
- 41 -
ださい。
●
臀部の筋力強化
うつ伏せに横になり、両手はあごの下で組みます。膝を伸ばしたまま片足ずつ
上下運動を行います。この時運動している方の足を床に着けたり、膝を曲げて
はいけません。つらくなってきたら脚を替えて同じ回数行います。一休みして
繰り返し行いましょう。脚を高く上げる必要はありません。腰を痛めることに
なりますよ。
〔担荷力を養うために〕
●
腕立て伏せ
腕力や胸筋を強化します。膝をつき、肩幅より広い目に手をついて身体を支え
ます。両肘を左右に開くようにして折り曲げ、胸に床が近づくまで身体を落と
してから、肘を伸ばして身体を引き上げます。膝をつかない方法は腰への負担
が大きく勧められません。腕力に自信のある人にはこれでは負荷が少ないこと
でしょう。そんな人は両手の位置を前方に移動させてください。繰り返し行い、
つらくなったところで休み、再び先ほどと同じ回数を行います。
●
腹筋
腹筋がつけば、今まで担いでいたザックが意外なほど軽く感じられるようにな
ります。バランス良い安定した歩行のためにも腹筋は必要です。仰向けに横にな
り、両肘を曲げて両足足首で交差させます。両手を胸の上に置き、へそを見るよ
うに腹筋に力を入れ、頭を上げます。両手を後頭部で組んでしますと首筋を痛め、
『鞭打ち』のような傷害を負うことがあります。つらくなったらやめ、一休みし
てから再び同じ回数を繰り返します。
なお、腹筋をいくら強化しても腹部の引き締めにはなりますが、贅肉を取るこ
とはできません。
●
背筋
両手を体側につけてうつ伏せになり、身体を反らせて上半身を上下させます。
つらくなってきたら上半身は床につけ、両足を同時に引き上げて上下させます
(この時無理に高く上げる必要はありません。無理しますと背筋や腰を痛める
恐れがあります)。なお、背筋は立ち仕事の人(家事労働も含め)は結構維持で
きているようです。
《筋トレはいつすればよいか》
『寝る子は育つ』と言われるように、筋肉は寝ているときに効果よく作られ
ます。結論から言いますと、夕食後2時間以上立ってからはじめ、寝る1時間
- 42 -
前に終わるとベターです。勤労者の場合、朝にトレーニングをしますと、疲れ
を一日中引きづっていなければならずつらいものがありますし、日中などはよ
ほどでない限り時間を確保することはできません。寝る前にしますと、寝付き
は早くなり、疲れは寝ている間に回復します。筋繊維が生理上の作用を寝てい
る間も続行してくれて、筋力は確実にアップします。でも寝る前に過度のトレ
ーニングをしますと睡眠が浅くなり、寝不足になることもあります。難しいこ
とですがほどほどに!
《超回復》
山行やトレーニングを続けてばかりでは筋肉を酷使するだけで逆効果になりま
す。山行やハードなトレーニングをすれば、当然筋肉は疲労します。そうした
ら回復のために休息を取らなければなりません。運動と休息及び栄養補給は、
筋力アップのための必要不可欠なプロセスなのです。
この運動と休息との関係で超回復という現象が起こります。
超回復とは、運動後の休息において、体力(筋力)が運動前よりも高まった
ところまで回復する現象をいいます。超回復を得るためには一定時間の休息が
必要になり、一般的には48~72時間が必要とされていますが、個人差もあ
り、運動量や筋肉の部位(腕24時間、脚48時間、腹筋72時間)にも違い
があります。
《メニューを決めて計画的に》
必要とされる筋力アップのために、必要な部位のトレーニングはメニューを
決めて行います。同じトレーニングばかりだとだんだん面白くなくなり、つい
にはいやになってしまいます。超回復を考慮した積極的休息を取り入れ、部位
ごとに計画的なメニューをつくって実行すると変化があり、継続がしやすくな
ります。カレンダーなどに自分流の日替わりメニューを書き入れ、週休2日で
2ヶ月続ければ顕著な結果が得られるはずです。
《継続は力なり》
ついた筋力も使わなければ元に戻ります。トレーニングは続けることが最も大
切です。しかし、疲労の激しいときや病気の時はトレーニングをしても、しん
どいだけで逆効果ですし、飲食後は危険ですので休んでください。
トレーニングは精神的追い込みからやりすぎになる傾向があります。
『過ぎたるは及ばざるが如し』充分気をつけてください。
- 43 -
【遭難と
遭難と対処の
対処の仕方】
仕方】
《山で事故に遭遇したら》
山で何らかの原因で事故に遭い行動不能になったらどうしたらよいのでしょう
か。
例えば、滑落してけがをした場合です。まず、気を静め、二次災害の発生から
身を守ることです。次に、安全な場所を確保し、移動します。このとき、事故の
当事者は異常な興奮状態に陥ります。水分を取り、飴やチョコレートなど甘いも
のを食べるなどしてとにかく落ち着くことが肝心です。そして、その後の状況を
悲観するより、現在の状況を冷静に把握します。これから二つの作業をしなけれ
ばなりません。
一つ目はけがの応急手当です。転滑落をしますとかすり傷で済むことはまれで、
ねんざや骨折で行動できなくなります。ねんざも骨折も大変痛いものですが、骨
折はすぐに腫れてきます。捻挫をしていれば、三角巾やテープで固定し、沢水な
どで患部を冷やします。骨折していれば、副木を当てて固定します。出血してい
れば、三角巾などを使って止血します。以上のような必要な応急手当を施します。
二つ目は下山及び救助要請です。仲間や出会った人の助けを借りて、安全を第
一に最短ルートを取って下山します。単独行や少人数で行動不能に陥ったときは
助けを求めます。この時、事故者の氏名・年齢・住所・性別・血液型・連絡先・
電話番号・所属山岳会(会長名・所在地)
、及び事故の状況と現場の位置、並びに
現在地、けがの状態、メンバーの状況、そして希望することなどをメモに書きま
す。メモを書くことにより、気持ちを落ち着かせ、冷静な判断を可能にしますし、
事後の間違いを少なくします。
救助要請にはトランシーバー、特に144MHzや430MHzのアマチュア
無線が、免許は要りますが大変有効です。遠慮することなく出会った人に救助連
絡を依頼します。無線にしても人に依頼するときも、メモを利用すれば確実です。
人を呼ぶのには、大声で呼ぶよりも熊よけの笛を吹く(10秒間隔で6回を繰
り返し、1分間休む)のが疲れも少なく、より遠くに異常を知らせます。ただし
山の中にはいっぱいの音があり、また風の吹く方向にも影響されて、音の伝達は
しにくいものと思っていてください。
救助信号には、太陽の出ているときは鏡や缶などを利用し、夜にはヘッドラン
プやストロボを使います。
『10秒間隔で6回光らせ、1分間休む』これを繰り返
し行います。助けというのは、すぐに来てくれるものではありません。1日や2
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日は来ないものと思うべきです。ただ、絶対に生きてかえるという強い意志と希
望を捨てないことです。帰宅していなければ、家族や職場の人は計画書を見て、
捜索の手立てを打ってくれます。決して諦めてはいけません。また、たき火をす
るのも有効な救助要請手段です。ヘリコプターに所在場所を知らせるときにも使
います。直接ヘリコプターに信号を送るときは、原色の衣服を頭上で回すことで
所在を示し、上下に振ることで救援要請をします(ピッケルやステッキを振れば
行動可能と見てヘリコプターは帰ります)。
下山を完了して落ち着いたら、関係者にお礼をすると共に、なぜ事故を起こし
たのか、何が原因だったのかを総括してください。必ずと言っていいほど人為的
(それも自分自身の)ミスを発見するでしょう。
自然を悪者にはできません。自分を謙虚にして総括してください。それが今後
の山歩きをより安全で豊かなものにしてくれるはずです。
《ビバーク》
ビバーク(不時露営)とは通常の山での宿泊(テント泊など)ではなく、天候
の急変・過度の疲労・コース間違いによる時間の浪費などで、やむなく山中で一
夜を明かすことを言います。ビバークする判断は早くしなければなりません。ギ
リギリまで行動していては、周りは暗くなってくるし、適当な場所を確保するこ
とができなくなります。明るい内からビバーク態勢に入り、気持ちを落ち着かせ
ると共に、疲労の回復に努めます。
ツェルトがあるときは、木の幹や枝・岩角などに紐を結んで簡易テントを作り
ます。ツェルトは被るだけでも風や冷気から身を守ることができます。4~5人
に1つは共同装備として入れておきましょう。ツェルトがないときでも、できる
だけ雨風がしのげるような岩陰や大木の影を探します。岩小屋や洞窟があれば好
都合です。多少汚くても積極的に利用しましょう。
身体が濡れているときには着替えをします。濡れたものは体温を奪い、低体温
症による傷害を引き起こし、死亡することにもなりかねません。そして、たき火
をしましょう。身体だけでなく心も温もりますよ。食事はできるだけゆっくり時
間をかけ、温かいものを食べましょう。寝るときには、着られるものはすべて身
につけ、ザックの中に足から入って保温に努めます。レスキューシートで身体を
包めば体温の放熱を相当防ぐことができます。着ているものの間に新聞紙を巻き
付けても、かなりの保温効果を得ることができます。
周りが真っ暗になると不安が先に立ちますが、夜空の星を楽しむ位の余裕を持っ
てください。寝ている間に、夜露で装備を濡らしてしまうことがあります。ビニ
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ール袋に入れて密封することを忘れないでください。眠れぬ長い夜を過ごせば、
朝も明けやらない内から行動したくなるものです。朝食をしっかり取ってから行
動を開始してください。
冬は雪洞を掘ったり、雪のブロックを積み上げたり、木の幹にできる雪の空洞
を利用してビバークします。無雪期とは比べものにならないほど体力と忍耐力を
必要とし、高い知識と技術が求められます。
ビバークは遭難の一歩手前の状態から、危険を回避する大切な方法の一つであ
ります。日頃から適切な方法の習得に努め、いざというときには大胆に実行しま
しょう。
ビバークする道具を何も持たないときは「hug a tree」。
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【山でのけがや病
でのけがや病気】
山行中に考えられる比較的よく起こるけがや病気の症状や対処の要点に触れて
おきます。
《捻挫・脱臼》
どちらも患部を動かしてはいけません。三角巾やテープで固定し、冷やしてく
ださい。適切な治療が早ければ早いほど治りは早いものです。
下山後、直ちに病院へ!
《骨折》
捻挫と判別しにくいのですが、患部が不自然に変形していたり、腫れて痛みの
激しいときは、骨折として対処してください。四肢の場合、両側から副木を当て
て固定します。副木には、適当な板などがなければ、木の枝や傘、新聞紙、スト
ック、銀マットなどを使います。
首・背骨・腰など胴体の骨折の場合には、板に縛り付けて固定します。この時
の搬出は大変困難になります。
《創傷》
まず止血してから、傷口の汚れを水洗いで落とします。次に、ガーゼで覆い、
包帯や三角巾で傷口の保護をします。サランラップでの処置は出血が少ない場合
は効果的。
《打撲》
頭部の打撲では、その程度が、ちょっと頭がクラクラするものから、意識不明
の状態が長く続くもの、脳に損傷を受けているものまできわめて幅が広い。この
時一番大切なのは、意識の有無で、意識があれば事後の様子を観察します。意識
がないときは、耳や鼻から血や水のようなものが出るとき(頭蓋底骨折?)
、一旦
意識を取り戻してから、再び意識がおかしくなるとき(硬膜上血腫?)
、ケイレン
を起こすといった症状のある場合には、早急に搬出して、医療機関に引き継がな
ければなりません。なお、意識がなく心肺停止ときには心肺蘇生法(別項参照)
を実施します。
腹部の打撲で最も危険な状態は、肝臓・脾臓・腎臓の破壊によって腹腔内に大
出血を起こすことです。外見的には症状を判別できないので、腹部を打撲したと
きは、衣服をゆるめ、楽な姿勢を取らせて安静を保つ(膝を高くして寝かせる・
吐き気があれば顔は横向きにする)ことです。受傷後30分~1時間の間に激し
い腹痛を訴えたり、顔面が蒼白になり冷や汗が出たり、呼吸が浅く速かったり、
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脈が弱く速かったり、腹部がふくらんで硬くなってきたときには、上記の臓器が
損傷している可能性が高い。また、呼吸も脈も止まっているときには心肺蘇生法
を施します。腎臓の損傷では血尿が出る場合が多い。当然早急に医療機関に引き
継ぐことが求められます。
《火傷・熱傷》
火傷や熱傷は、ガスコンロなどの不注意な取り扱い、コッフェルをひっくり返
すなどが原因です。
火傷・熱傷には、とりあえず痛みや熱さを感じなくなるまで(10分~15分
以上)水で冷やすことです。衣類をあわてて脱がせてはダメです。皮膚が剥がれ、
治療が遅れます。充分冷やしたら、水疱を破らないようにガーゼなどで包み、軽
く包帯を巻きます。体表面積20%以上の火傷では、生命の危険が生ずるため、
一刻も早く病院へ搬送しなければなりません。
《日射病・熱射病》
日射病は長時間直射日光を受けることにより、熱射病は高温多湿の場所で、体
内に熱がこもることにより起こります。
どちらも顔が赤くなり、肌が乾き、体温が39~40℃にまで上昇し、頭痛・
吐き気などの症状が現れます。最悪の時には意識が薄れます。
手当てとしては、体温を下げることが先決で、風通しの良い涼しいところに寝
かせます。衣類はできるだけ脱がせ、冷水に浸したタオルで身体を冷やします。
体温が下がり、意識がはっきりしてくれば、冷水を少しずつ飲ませればよいでし
ょう。
これらの手当てでも、意識が薄れていくときには、その症状に応じて心肺蘇生
法を行います。
《熱疲労》
原因は日射病と同じで、脱水による一種のショック状態です。体温はあまり上
がらず、顔は青白くなり、肌はしっとりとした感じになります。手当てとしては、
涼しいところで足を高くして寝かせ、意識があれば薄い食塩水かスポーツドリン
クを飲ませます。意識が薄れ、皮膚が冷たいときは、衣服をゆるめ、保温し、シ
ョックの手当てをします。
《高山病》
標高3400m以上で起こるとされていましたが、実際はもっと低いところか
らでも起こります。体調の状態や個人差もあり2500mくらいからでも起こり
ます。
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症状の軽いときは頭痛・めまい・吐き気・耳鳴りなどがあり、安静にして深呼
吸を20回以上数回繰り返し、鎮静剤・鎮痛剤などを服用すればよいでしょう。
しかし、脈拍数の増加(安静時でも100以上)
・呼吸数の増加・呼吸困難・胸・
喘鳴(呼吸するたびにゼロゼロいう)
・泡状の痰や血痰・チアノーゼ(唇が青くな
る)などの症状は肺水腫の兆候であり、高度の低いところに移すことが必要です。
海外登山のような高所では、ガモフバックに入れて加圧して治療します。国内
でも大きな山小屋には備えられているところもあります。
《凍傷・低体温症》
凍傷は主に手・足・耳・頬など身体の末梢に発生しやすい。まず、その部位が
冷たくなり、次に痛みが起こります。痛みがひどくなった後、知覚が麻痺して痛
みを感じなくなります。ここまでで対処しないと凍結して白くなります。
凍傷は症状に応じてⅠ度・Ⅱ度・Ⅲ度に分けられます。Ⅰ度は発赤・腫脹、Ⅱ
度は水疱形成、Ⅲ度は蒼白食から黒色になり、壊死に至ります。
患部が指先であれば口に含むとか、手なら腋の下、足なら他人の股間に挟ん
で温め血行の促進を図ります。マヒがとれると痛みが出てきます。患部が凍結ま
で進行していれば、36~38℃程のお湯につけて融解させ、元の体温に戻しま
す。この時凍結部位をこすることはしないでください。
また身体全体が冷えて血行が悪くなっていますので、温かいもの(熱いものは
ダメ)を飲ませ保温に努めてください。なお、足が凍傷になった場合、あわてて
靴を脱がせてしまうと、次に履かせられなくなる恐れがあります。適切な処置が
できるところまで脱がせないといった注意が必要です。
夏山では凍傷の心配が要らないようですが、低体温症による死亡の危険はあり
ます。一般に疲労凍死(本当は凍る前に死亡する)と言われるもので、長時間寒
冷下で風雨にさらされることで、体温の生産量より奪われる熱量が多いときに体
温が異常に下がって死に至ります(トムラウシの事故)
。沢で、雪渓から流れ出た
冷たい水に入る(水没)時など、短時間に体温を急速に失い、行動不能から意識
不明、溺死することがあります(ナルミズ沢の事故)。
通常、気温は高度が100m上がる毎に0・6℃下がるといわれています。そ
して、風による体感温度は1mあたり1℃下がるものと考えられています。例え
ば、5月中旬京都市内の最低気温が15℃位の時(最高気温は29℃位になる)、
比良山の稜線では9℃になり、そこに10mの風雨にさらされれば、体感温度は
ー1℃になります。簡単な装備と軽装で行動不能に陥れば、低体温症になること
が容易に想像できます。夏山でも、積乱雲の中に入ればひょうが混じる雨にさら
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され大変寒くなり、唇が紫色になるほどガタガタ震えるようになります。また長
時間風雨に打たれ、疲労・睡眠不足・飲酒といったことがあれば条件を悪くしま
す。
低体温症の症状としては、寒さによる震え・倦怠感・精神肉体両面での行動の
鈍さ・耐え難い眠気・意識の異常(もうろう・幻聴・幻覚・幻視)を起こし、着
衣を脱ぎ捨てたり、暴れたり、最後には意識を失い死に至ります。
対処としては、意識が完全におかしくなっていない場合は、風雨を避け、でき
るだけ暖かいところに収容し濡れた衣服は着替えさせ保温に努めます。加温は慎
重にしなければなりません。胸、腹部、体側、そして、腋の下や鼠蹊部を、携帯
カイロやポリタンでつくった40℃位の湯たんぽをタオルなどで包んで徐々に暖
めます(皮膚体温より5℃以下、1時間に0・5~1℃の体温上昇)
。ぬるい砂糖
湯を与えます(血中糖分が低下しているため)。アルコールやカフェインは厳禁。
意識が完全におかしいか失っているときは、安静を保ち、シュラフなどに入れ
保温に努めること。適切な加温は器具の揃った医療機関でしかできない。どちら
も絶対にしてはいけないことは、マッサージをすることや身体を過激に動かすこ
と、急激な加温です。特に注意を要するのは、本人の意識が戻り、もう大丈夫と
いう意思表示を真に受けてはならないことです。意識が回復して、患者が暖かい
と感じても、それは皮膚の感覚であり、深部体温はしばらく低下し続けます。患
者のことばを真に受けて、起こしたり、立たせたり、歩かせたりすれば、そのま
ま『あの世行き』と言うことになりかねません。体温が正常に戻るまでは絶対安
静です。また、深部体温が元に戻るときに、肺炎などの感染症にかかる可能性が
高いので、早急に医療機関に運ぶことが求められます。
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【救急法
救急法】
山には、身近に病院がある訳ではなく、救急車が飛んできてくれることもあり
ません。自分自身や周りの人が病気に罹ったりケガをしたら、そこにいる者で対
応せざるを得ません。こんなとき救急法を知っているか否かでは、人間の命にと
って決定的影響を及ぼすことがあります。また患者の社会復帰にも重大な影響を
与えます。山だけでなく、日常でも役に立ちますのでしっかり学んでください。
《観察》
すべて応急処置は初期の観察が必要です。傷病者の顔色・意識・出血・脈拍・
呼吸・四肢大幹などの状態を、視覚・聴覚・触診などにより調べます。バイタル
サインの観察です。
●
呼吸の状態
鼻や口による息を聞き、胸部の上下動を観察します
●
循環の状態
手首や首などの動脈を、触診により脈拍の有無及びその回数や強さなどを
観察します。
●
意識の状態
意識の有無を観察します。その方法は、まず名前や愛称を呼びかけ反応を
待つ。なければ手を握る、肩をたたく、頬や手の甲をひねるなどして刺激を
与えて反応を見ます。刺激の与え方では、乳頭と乳頭のまん中(鳩尾の上の
骨)を拳骨の中指の第二関節でグリグリッとねじるように押さえて痛みを与
えることもあります。
反応は、声を出す・目を開ける・手や足を動かすなど様々です。
注意して観察してください。
●
出血の状態
創傷の状態や大出血の有無などを観察します。
●
全身の状態
顔色や体温の状態を観察します。
《止血の方法》
● 直接圧迫法
ガーゼやハンカチを傷口に当て、手のひらか指で出血が止まるまで強く押
さえる方法。患部をできるだけ心臓より高くすると効果的です。
●
間接圧迫法
- 51 -
傷口を直接押さえて止血できない手足の内出血などに対して行います。傷
口より心臓に近い動脈(止血点)を手や指で強く圧迫します。直接圧迫法
だけで止血しないときには、間接圧迫法を併用すると効果を高めます。
〔頭の出血〕 耳の前1~3cmの所を手刀の小指側で圧迫する。
〔腕の出血〕 親指で腋の下を圧迫する
〔手の出血〕 手首の手のひら側を両手の親指で圧迫する。
〔指の出血〕 指の付け根を親指と人差し指で挟んで圧迫する。
〔足の出血〕
手のひらを太ももの付け根にあて、腕を伸ばしたまま体重をかけ
て圧迫する。
その他の止血点として、鎖骨のへこみ・上腕の内側・肘の内側・膝の内側など
がある。
《止血帯》
直接圧迫法や間接圧迫法で止まらないときは、止血帯を用いる場合があります。
四肢のできるだけ心臓に近い位置に広幅の布を2回以上ゆるく巻きつけていった
ん結び、結び目に棒を当てて縛り、棒をねじって止血帯を締めていきます。この
方法は1時間以上しますと細胞組織を破壊する危険が高く、最終的止血手段と考
えなければなりません。特に膝から下や肘から先には絶対巻かないでください。
また、組織の壊死を起こさないために、30分に1回は止血帯を緩め血液を流し
てやる必要があります。絶対に忘れないでください。止血帯を使用するときは、
開始時間やゆるめた時間を記録しておくと確実性があります。最もよく血を止め
るが最も危険な方法です。
《心肺蘇生法》
倒れている人を見れば、すぐに起こそうとしますがいけません。脊髄や頸椎を
損傷している可能性があります。すぐに起こすと、かえって危険な状態にしてし
まうことがあり、最悪の場合には死に至らしめます(レスキューデス)
。まず、意
識の有無を確認すると共に、自力で起きられるかどうかを確認してください。絶
対に無理に引き起こしてはなりません。意識のない時は心肺蘇生法を施します。
意識のあるときは応急手当をします。
心肺蘇生法は,呼吸及び脈拍が停止していることを確認した時点で直ちに実施
します。1分間の窒息が生死を決定する場合もあります。呼吸が止まってから人
工呼吸を始めるまでの時間と生命を救える確率は、2分後で75%、4分後で5
0%、5分後で25%、8分後では0%といわれています(ドリンカーの曲線)。
心臓呼吸停止から3分間が勝負です。
- 52 -
●
意識の確認
呼びかけ、肩たたきなどで意識を確認します。
●
気道の確保
喉に異物があるときは、身体を横向けにし、背中の上部を叩くなどして吐
かせる。意識をなくすと、舌根が下に落ちて軌道がふさがれて、呼吸ができ
なくなっているので、顎を持ち上げるようにして気道を開けてやります。ま
た、後頭部に近いうなじに手を入れ、片方の手のひらを額に当てて頭を後ろ
にそらすと気道が開通しますが、この方法は頸椎を損傷しているときは危険
です。
●
口対口人工呼吸(以下、人工呼吸と書く)
歯と歯がかみ合うぐらいまで顎を持ち上げ、口と口を合わせ、鼻をつまん
で思い切り息を吹き込みます。そして、事故者の吐息を耳で感じながら、
胸の上下動を見て、吹き込んだ息が肺に届いていることを確認してくださ
い。吹き込んで胸がふくらんだ後、吹き返しがありますので、すぐに口を
離して胸を見るように横を向きます。そうすると、耳や頬で吐息が感じら
れるでしょう。胸が上がらない、頬ばかりがふくらむといったとき、空気
は肺に届いていません。異物があるなどの原因を除去してください。
口と口を合わすとき、間にレサコを用い、ない時はガーゼやハンカチを
代用する。事故者の抵抗があれば中止して脈拍を見ます。
● 心臓マッサージ(胸骨圧迫)
心臓マッサージ(胸骨圧迫)は人工呼吸と併用して行うものです。事故者
が肋骨を骨折しているときでも、必要ならば耳に蓋をしてでも実施します。
〔圧迫箇所〕
左右の乳頭を結んだ線と胸骨正中線の交わったところ。
〔圧迫方法〕
圧迫箇所に手のひらの付け根を置き、もう一方の手をその上において指を
組み合わせます。肘を真っ直ぐに伸ばして、垂直に強く圧迫します。傷病者
の胸が4~5cm沈むほど強く圧迫します。結んだ指は事故者の胸につかな
いようにします。緩めるときは手が胸から浮くぐらいにしてください。
〔実施速度〕
大人(10歳以上)で1分間に100回、小児(1~8歳未満)乳幼児(1
歳まで)でも100回が目安です。
※
うまくできても30%ぐらいの血流しか確保できません。
- 53 -
《心肺蘇生法の実施の仕方》
山で水におぼれることは少ないのですが、渡渉の失敗で流れに足を取られたり、
沢登りの再滝壺に落ちたりして水におぼれることがあります。事故者の意識のな
い時は、水を飲んでいるときでも心肺蘇生法を優先させてください。水は胃に入
っており、肺にはありません。呼吸を回復する方が先決です。水をはき出してき
たときには顔を横に向けてあげます。また、転落や滑落で心肺停止に陥ったり、
最近では心筋梗塞や脳梗塞といった病気で心肺停止に陥る人も増えてきました。
●
実施する方法
〔大人に対して〕
はじめに人工呼吸を2回行い、脈の有無を調べ、脈がなければ心臓マッサー
ジを30回行います。その後は人工呼吸2回、心臓マッサージ30回の組み合
わせを繰り返します。
〔乳幼児・小児に対して〕
乳幼児や小児に対しても大人と同様に行います。
ただし、小児では圧迫の強さ(深さ)は、胸の厚みの1/3を目安として十
分に沈み込む程度に強く圧迫します。圧迫の方法としては、子どもの体格に合
わせて、両手でも片手でもかまいません。
乳幼児では、圧迫の方法は、2本指(中指・薬指)で押します。圧迫の位置
は、左右の乳頭を結ぶ線の少し足側となります。圧迫の強さ(深さ)は、小児
と同じく胸の厚みの1/3を目安として、十分に強く圧迫します。
なお、救助者が2人以上いる場合は、2分間(5サイクル)程度を目安にし
て、絶え間なく続けてください。
《ショック症状》
大出血や骨折したときに見られ、精神的な不安から生命の危険を知らすサイン
であり、一刻も早く医療機関への収容が必要です。
ショック状態は『顔色が青白い(紫色になればより危険)
・喉の渇きや吐き気・
呼吸は速く浅い・不規則で苦しそう・脈が弱く速い・大量の冷や汗・皮膚が冷た
く湿っている・意識が薄れる・目がトロンとして不安そう』といった状態で判断
する。
このようなとき、ショックの原因となった出血や骨折などの応急処置を行い、
痛みを和らげる努力をします。
事故者は仰向けに足を30cm程高くして寝かせるのが原則(無理にこの姿勢
を取ることはない)
。着衣はゆるめにし、毛布などで震えが止まる程度に保温しま
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す(保温しすぎると逆効果)
。喉の渇きに対しては水を与えず、口を濡らす程度に
する。
励ましの声かけなどで不安を取り除くようにすることが重要です。
不用意な発言は厳に慎まなければなりません。
文責 田原 裕
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