平成 23 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅱ 論文題目 キラートキシン HM-1 の活性部位改変による新規抗真 菌分子創製の試み Trial of new anti-fungal molecules generation by mutagenesis of the killer toxin 生化学研究室 6 年 06P119 大谷 麻由良 (指導教員:宮本 昌彦) 要 旨 ある酵母が他の酵母の生育を阻害するタンパク質毒素のことをキラートキシン という。HM-1 は、主たる病原菌には強い抗菌活性を示さないこと、免疫反応のアレ ルゲンとなり得ること、直接臨床に用いるには投与量が多くなること等により、医学 的な実用には至っていないが、より副作用が少ない医薬品が求められている。 そこで、より殺菌効果の強い遺伝子配列を見つけ、新しい医薬品の可能性を模索する ために、本論文では、HM-1 の遺伝子配列を変異させて、変異 HM-1 のキラー活性を調べ、 野生型 HM-1 の遺伝子配列と比較した。 遺伝子配列を変異させたクローンの内、キラー活性を示すクローンは得られた全クロー ンの内 6%しかなく、遺伝子配列が変化した上でキラー活性を示したクローンは全体の 0.9% であった。また、野生型 HM-1 より強い抗菌作用をもつクローンは得られず、遺伝子配列を わずかでも変化させると、ほとんど活性を示さなくなる傾向が見られた。 キーワード 1.キラートキシン 2.HM-1 3.S. cerevisiae BY4743 4.遺伝子変異 5.活性部位改変 6.新規抗真菌分子 7.生育阻止円 8.キラー活性 9.DNA 配列分析 10.プロリン 11.ランダム変異 12.立体構造 13.真菌感染症 14.Candida albicans 目 次 1.序 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 2.方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 3.結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7 4.考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 5.結語 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12 謝 辞 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 引用文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14 論 文 1. 序 ある酵母が他の酵母の生育を阻害するタンパク質毒素のことをキラートキシ ンという。キラー酵母が他の感受性酵母を殺菌するキラー現象は、 1963 年に Bevan と Makower が Saccharomyces cerevisiae の混合培養により発見し、それ以後、 S. cerevisiae、Kluyveromyces lactis、Williopsis mrakii 等のキラートキシンが盛 んに研究されている 1。また、医療や醸造等への応用研究も広まっている。現在で はこれらのキラートキシンについて、遺伝子の所在、立体構造、最適 pH、作用機 構、耐性遺伝子等が知られているが、未解明な部分も多く残されている 2。 キラートキシン HM-1(HM-1)は Williopsis saturnus var. mrakii が産生する ペプチド性キラートキシンである 3-5。HM-1 は 88 のアミノ酸残基で構成されてお り、ジスルフィド結合を 5 ヶ所持つ。分子量は 9.5 kDa で、広い pH 域(pH2~11)、 また、100℃の熱処理をしても活性を保つ非常に安定したキラートキシンである。 HM-1 は感受性酵母の細胞壁に結合し、原形質膜上に存在していると考えられる受 容体に結合する。その後、1,3-β グルカンシンターゼと相互作用することにより細 胞壁合成を阻害し、酵母細胞を殺菌するとされている 6-11。 近年特に、がん患者、臓器移植患者、高齢者等の免疫力が低下している患者の 真菌感染症罹患率の増加が問題となっている。真菌感染症の予後は良いとは言えず、 より副作用が少ない医薬品が求められている。HM-1 は、S. cerevisiae、K. lactis、 Hansenula anomala 等に対して強い抗菌活性が見られている。しかし、主たる病 原菌種である Candida albicans や Cryptococcus 属、Aspergillus 属真菌には強い 抗菌活性を示さない 12。例えば、S. cerevisiae に対する HM-1 の最小発育阻止濃 度は 0.4~1.6 µg/ml であるのに対し、C. albicans に対する最小発育阻止濃度は 300 1 µg/ml 以上である。このように S. cerevisiae の最小発育阻止濃度と比較すると、 185~750 倍程の差がある。他にも、HM-1 は免疫反応のアレルゲンとなり得ること や、生物学的半減期が短いこと、直接臨床に用いるには投与量が多く必要であるこ と等により、医学的な実用には至っていない。 HM-1 の 39 48 番目のアミノ酸は中和抗体と結合する部位であり、抗真菌活 性に重要であることが知られている 13。そこで、本論文では、HM-1 の 42 44 番 目のアミノ酸配列を変異させて、変異 HM-1 のキラー活性を野生型 HM-1 のもの と比較した。本研究によってより殺菌効果の強い変異 HM-1 を創製し、また、新 しい医薬品の可能性を模索することができると考えられる。 2. 方法 2.1. 試薬等 CHM1-T26-V34-3、PX(42-44)、HM1-C49-G55-5 はインビトロジェンに注文 して作製した。各 primer の DNA 配列は表 1 に示した。エメラルド Amp、Ex Taq HS polymerase、r Taq DNA Polymerase は TaKaRa から購入した。YEp SF HM1、 λ/HindⅢ+EcoRⅠDNA 溶液(10 M buffer、HindⅢ、EcoRⅠ)は本研究室で調製 したものを使用した。KOD plus polymerase、ligation high ver.2 は TOYOBO か ら 購 入 し た 。 Quantum Prep Plasmid Mini Prep Kit (Cell Resuspention Solution①、Cell Lysis Solution②、Neutralization Solution③、Quantum Matrix ④、Wash Buffer⑤)は BioRad から購入した。S. cerevisiae BY4743(alg3)、Yeast Ez Frozen TransformationⅡKit はフナコシから購入した。ザイモリアーゼは生化 学工業から購入した。primer 5HM1D、primer 3HM1D はシグマに注文して作製 した。DNA 配列分析用試薬(Quick Start Mix、Sample Loading Solution)はベッ 2 クマンコールターから購入した。 表 1 各 primer の DNA 配列 primer DNA 配列 CHM1-T26 GACATTAGCTCCTATGCCTACACAAG -V34-3 PX(42-44) CACTGGATGGTTACAGGCGGCNNKNNKNNKGGGAAGCAAG GGTGTGCTACAATCTGGGAAGGC HM1-C49- TGTGCTACAATCTGGGAAGGC G55-5 5HM1D CACTGTCTTCCCACATC 3HM1D GTTGGTGTGGTATCCTC ※ただし、K=G または T、N=A、G、C、T のいずれか。 2.2. 培地 以下の組成で各培地を調製した。 LB 培地(0.5%Yeast Extract, 1%Tryptone, 1%NaCl) SD(+H, +U)プレート培地(1.5%agar, 0.67%Yeast Nitrogen base, 2%glucose, 20 µg/ml histidine, 20 µg/ml uracil) YPD 培地(1%Yeast Extract, 2%peptone, 2%glucose) YP Gal+Suc プ レ ー ト 培 地 (1%Yeast Extract, 2%peptone, 2%galactose, 0.5%sucrose, 1.5%agar) 2.3. プラスミドの作製 PCR 反応は Ex Taq polymerase を用いて行った。鋳型には YEp SF HM1、 3 プライマーには CHM1-T26-V34-3 と PX(42-44)を用い、サーマルサイクラーで 94℃15 秒、45℃30 秒、72℃7 分を 40 サイクル行った。その後、アガロースゲル 電気泳動で分子量を確認し、エタノール沈殿した後、TE(10 mmol/L Tris-HCl, pH7.5, 0.5 mmol/L EDTA)を加えて沈殿を溶解した。KOD plus polymerase で 96℃15 秒、68℃10 分平滑末端処理を行い、Ligation high ver.2 を加え、16℃で 1 時間保温しセフルライエーションさせた後、エタノール沈殿を行った。 2.4. 大腸菌の形質転換 LB 培地に大腸菌 DH5α 株を加え、 37℃で振とう培養した。吸光度(Abs 600nm) が 0.5 1.0 になったら氷中で冷却し、12,000rpm、3 分遠心した。上清を捨て、滅 菌水を入れて懸濁させた後遠心機で 12,000rpm、3 分遠心し、集菌した。同じ操作 を 2 回繰り返し、最後に上清を捨て、100µl の滅菌水に完全に懸濁した。プラスミ ド液と大腸菌を合わせ、エレクトロポレーション装置で電気パルスを与え、SOC 培地を加えて、37℃, 1 時間培養した。LB/アンピシリンプレート培地に大腸菌全 量をまいて、37℃一晩培養させた。プラスミドによる形質転換が起こり、アンピシ リン耐性を獲得したコロニーが発生した。発生したコロニーの数を数え、プレート 培地に LB 培地を加え、コロニーを懸濁させた。懸濁液はプラスミド採取に用いた。 2.5. プラスミド採取 大腸菌培養液を 12,000rpm、2 分遠心した。上清を取り除いた後、Cell Resuspention Solution①を加えて均一に懸濁した。Cell Lysis Solution②を加えて 菌体を溶かし、Neutralization Solution③を入れて液を中和した。12,000rpm、5 分遠心した後、Spin Filter をセットして、その上に Quantum Matrix④を入れた。 遠心上清を加えて 12,000rpm、1 分遠心した。Wash Buffer⑤を加えて 12,000rpm、 1 分遠心した(洗浄)。洗浄を繰り返し、Spin Filter を違う tube にセットして mili Q 4 water を加え、12,000rpm、1 分遠心した。得られた溶出液に対して、エタノール 沈殿を行い、プラスミド溶液を得た。 2.6. 酵母の形質転換 YPD 培地で 30℃一晩培養させた酵母(S. cerevisiae BY4743(alg3))と YPD 培 地を混合させ、30℃で 2~3 時間培養した。酵母液の吸光度を測定し、Abs 600nm が 1.0 程度になっているかを確認した。酵母液を 10,000rpm、1 分遠心し、上清を 捨て、Yeast Ez Frozen TransformationⅡKit Solution 1 を加えてよく混ぜ、 10,000rpm、1min 遠心した。上清を捨て、Yeast Ez Frozen TransformationⅡKit Solution 2 を加え、プラスミドを加えた。Yeast Ez Frozen TransformationⅡKit Solution 3 を加えてよく混合し、回転させながら 30℃, 45 分間保温した。混合物 の一部を SD(+H, +U)プレートにまき、2 3 日間培養した。SD(+H, +U)プレート 培地上でコロニーを形成したものを以下の実験に用いた。 2.7. マスタープレートとレプリカプレートの作製 YP Gal+Suc プレート培地と SD(+H, +U)プレート培地の裏に図1のような用 紙を貼り、その YP Gal+Suc プレート培地に貼り付けた用紙の各円の中心にある黒 い点上に、検定酵母液(一晩培養させた BY4743 と滅菌水を混ぜて作成した)を滴下 した。酵母の形質転換で形成したコロニーから任意にコロニーを選び出し、SD(+H, +U)プレート培地、BY4743 の検定菌液を滴下した YP Gal+Suc プレート培地の順 に、各円の右上端の円周上にコロニーを植えた。SD(+H, +U)プレートの各円と、 YP Gal+Suc の各円には同じコロニーを植える事とする。30℃で一晩培養し、生育 阻止円の形成を確認した(図 2)。 5 図1 YP Gal+Suc プレート培地、SD(+H, +U)プレート培地の裏に貼った用紙 図 2 観察された生育阻止円 2.8. 酵母からの DNA 採取 SD(+H, +U)プレート上のコロニーを少量取り、SD(+H, +U)液体培地で 30℃、 一晩培養した。培養した酵母を 3,000rpm、5min 遠心した。上清を取り除き、沈 殿に 1mol/L ソルビトール、0.1mol/L EDTA (pH7.5)を加えて懸濁した。10mg/mL ザイモリアーゼ溶液を加え、37℃で 1 時間保温した。12,000rpm、10 秒遠心し、 上清を取り除いて TE を加えてよく混合した。10%SDS 溶液を加えて混合し、65℃ で 5 分間保温した。その後、エタノール沈殿を行い、コロニーPCR の鋳型として 用いた。また別の方法として、TE と 10mg/mL ザイモリアーゼ溶液を加えた混合 6 液に、コロニーをピペットでつついて懸濁した。その後、30℃で 1 時間、98℃で 5 分保温し、 12,000rpm で 1 分遠心した。上清をコロニーPCR の鋳型として用いた。 2.9. コロニーPCR PCR 反応は、r Taq DNA Polymerase 又はエメラルド Amp を用いた。primer は 5HM1D と 3HM1D、鋳型は酵母から採取した DNA を用いた。サーマルサイク ラーの温度設定は 94℃15 秒、45℃20 秒、72℃1 分を 35 サイクルで行った。その 後、アガロースゲル電気泳動で HM-1 遺伝子の増幅を確認した。 2.10. DNA 配列分析 コロニーPCR 反応液をエタノール沈殿した。その後、Quick Start Mix と primer 5HM1D を加えて、サーマルサイクラーで 96℃20 秒、45℃20 秒、60℃4 秒で反応を行った。その後、エタノール沈殿を行い、Sample Loading Solution を 加えて DNA 配列分析用サンプルとした。DNA 配列分析を行った結果をまとめ、 データをもとに考察した。 3. 結果 検定菌 S. cerevisiae BY4743 に対して、生育阻止円が見られた形質転換クロ ーンをキラー陽性クローンとする。また、生育阻止が見られなかったクローンをキ ラー陰性クローンとする。混合塩基を含むプライマーPX(42-44)を使用して理論的 に作られるクローンは 46 23=32,768 通りであるが、今回検定したクローンは全 244 クローンで、そのうち陽性クローンは 15(検定したクローンの 6%)、陰性クロ ーンは 229 であった。 7 それらの内、陽性クローン 15 クローン中 12 クローンの DNA 配列が確認出来 た。残りの 3 クローンは DNA 配列分析で配列が確認できなかった。陰性クローン は複製クローンを任意に選び、計 8 クローンの HM-1 遺伝子配列を同定した。そ れぞれのクローンに含まれる変異 HM-1 の遺伝子配列と、コードされるアミノ酸 については表 2、表 3 に示した通りであった。 3.1. キラー陽性クローン キラー陽性クローンでは 12 クローン中 10 クローンが野生型 HM-1 の遺伝子 配列と全く同じであった。遺伝子配列に変異が見られたクローンは 2 つであり(全 体の 0.9%に相当)、クローン 1 では、42 番目と 44 番目のアミノ酸は変化しておら ず、43 番目のアミノ酸が Thr から Ser になっていた。クローン 2 については 42 44 番目まで全て遺伝子配列が変化し、コードされるアミノ酸が、42 番目の Ser が Phe、43 番目の Thr が Pro、44 番目の Asp が Val へと変化していた。 3.2. キラー陰性クローン キラー陰性クローンでは、いずれも 42 番目のアミノ酸から 44 番目のアミノ 酸までほぼ全ての箇所でアミノ酸が変化し、クローン 1 のように、ある 1 つのアミ ノ酸だけが変異したというものはなかった。また、キラー陰性クローンの内の 1 つ(クローン 10)は、43 番目の遺伝子配列のコードが終止コドンであった。 また、表 4 に示すように、42 44 番目のアミノ酸については、変異した遺伝子配 列、コードされるアミノ酸に偏りはほとんど見られなかった。 8 表 2 キラー陽性クローンの遺伝子配列の変異 42 アミノ酸残基番号 43 44 DNA アミノ酸 DNA アミノ酸 DNA アミノ酸 Wild type AGG Ser ACT Thr GAT Asp クローン 1 AGC Ser TCT Ser GAT Asp クローン 2 TTT Phe CCT Pro GTT Val ※ 野生型 HM-1 と同じ遺伝子配列だったその他 10 クローンについては省略した。 表 3 キラー陰性クローンの遺伝子配列の変異 42 アミノ酸残基番号 43 44 DNA アミノ酸 DNA アミノ酸 DNA アミノ酸 Wild type AGC Ser ACT Thr GAT Asp クローン 3 CAT His CGT Arg CTG Leu クローン 4 CAT His TTT Phe TTT Phe クローン 5 ATA Ile AGT Ser TCT Ser クローン 6 TTT Phe TGT Cys GGT Gly クローン 7 TCT Ser GGG Gly CGG Arg クローン 8 AGT Ser TCT Ser TGT Cys クローン 9 TTT Phe GAT Asp TTT Phe クローン 10 CAT His TAG ※ は終止コドンを表す。 9 表 4 キラー陰性クローンにおいて、見られた遺伝子変異とその頻度 アミノ酸残基番号 変異したアミノ酸/数 42 His/3 Ser/2 Phe/2 43 Ser/2 Arg/1 Phe/1 Cys/1 44 Phe/2 Leu/1 Ser/1 Ile/1 Gly/1 Gly/1 Asp/1 終止コドン/1 Arg/1 Cys/1 4. 考察 得られた形質転換クローンについて、全 244 クローンの内、15 個しかキラー 活性を示さなかった。また、DNA 配列分析を行ったキラー陽性クローン 12 クロ ーン中 10 クローンの遺伝子配列が野生型 HM-1 と変わらなかった。このことから、 HM-1 の 42~44 のアミノ酸配列がわずかでも変化した場合、活性が弱くなると考 えられる。野生型 HM-1 の各アミノ酸の特徴は、42 番目の Ser と 43 番目の Thr が中性のヒドロキシアミノ酸、44 番目の Asp が酸性アミノ酸であることである。 まず、キラー陽性クローンについて考察する。クローン 1 では、43 番目のア ミノ酸が Thr から Ser に変化している。Thr と Ser を構造的に比較してみると、 側鎖の水素が CH3 基に変化しているだけである。このことから、CH3 基が 1 つ減 る程度の構造上の変化であれば活性は失われないと示唆される。クローン 2 では、 42 番目のアミノ酸が Ser から Phe に変化している。同様な Phe への置換はキラー 陰性クローンにも見られたため(表 3、クローン 6、9)、42 番目のアミノ酸の Phe への変化は活性にあまり影響を与えないと考えられる。43 番目の Pro と 44 番目の Val はキラー陰性クローンでは見られなかったため、この Pro と Val が HM-1 に キラー活性を与えている可能性がある。Thr と Asp は極性アミノ酸であるが、Pro と Val は非極性アミノ酸である。そのため、この位置のアミノ酸側鎖の極性の有無 10 はキラー活性の変化に影響しないかもしれない。また、Val は中性の脂肪族アミノ 酸であるが、キラー陰性クローンの中にも、44 番目のアミノ酸が中性の脂肪族ア ミノ酸に変異したクローンが見られる(表 3、クローン 3)。クローン 2 では Pro の 特異な構造が、HM-1 のキラー活性を与えている可能性がある。 本研究で検定を行った全 244 クローン中 229 個がキラー陰性クローンであっ た。その内、DNA 配列分析を行った 7 クローンについて考察する。42 番目のアミ ノ酸が、酸性アミノ酸、含硫アミノ酸、イミノ酸へと変異しているクローンが得ら れなかったので、そのいずれかに変異した場合については考察できなかった。また、 43 番目のアミノ酸残基がイミノ酸に変異したキラー陰性クローンはなかったが、 キラー陽性クローンにはイミノ酸に変異したクローン(クローン 2)があるため、先 に述べた Pro の特異な構造が HM-1 のキラー活性を与えているという可能性を支 持する。44 番目のアミノ酸残基がイミノ酸に置換された場合の活性の変化は不明 である。 陰性クローンの中には、変異により終止コドンが挿入されたクローンがあった (表 3、クローン 10)。終止コドンの挿入により、HM-1 の大きさは 88 アミノ酸残 基から 42 アミノ酸残基へと小さくなったと予想される。C 末端付近のアミノ酸残 基が HM-1 の抗真菌活性のために重要であるという報告もあり 14、活性に重要な 部分が欠失してしまったことによって、活性を示さなくなったとも考えられる。 他に、43 番目のアミノ酸や、44 番目のアミノ酸が Cys に変化したクローンが あった(表 3、クローン 6, 8)。HM-1 は分子内に 5 ヶ所のジスルフィド結合を持っ ているが、新たな Cys が挿入され、ジスルフィド結合の形成ミスを起こし、タン パク質の構造が大きく崩れ、キラー活性に影響を与えている可能性がある。また、 タンパク質の三次構造では基本的に疎水性アミノ酸がタンパク質内部で疎水性コ アを形成し、親水性アミノ酸がタンパク質表面に位置している。従って、親水性と 疎水性のアミノ酸が逆転している変異体の場合、酵母の内部でタンパク質に翻訳さ 11 れても正しい三次構造を形成できず、直ちに小胞体関連分解により分解され、効率 よく酵母の外部に分泌されなくなる可能性がある。従って、構造に大きく影響を与 えるような変異は HM-1 の産生量自体を減少させる可能性がある。このことも今 回キラー陽性クローンが少数しか採取できなかった理由として考えられる。 しかし、キラー陽性クローン、キラー陰性クローン共に単一のアミノ酸変化の 影響だけでなく、3 つのアミノ酸変異の組み合わせによる影響で活性が変わってい る可能性もある。今回、42 番目と 43 番目のアミノ酸が入れ替わる等、アミノ酸の 位置が変化するクローンが採取できなかったため調査できなかった。 5. 結語 今回の実験では、キラー陽性クローン、キラー陰性クローン共にクローンの数 が少なく、明確な結果は得られなかったが、43 番目のアミノ酸がイミノ酸である 場合についてキラー陰性クローンが得られればより深い考察ができる可能性があ る。また、アミノ酸の変異を 3 つずつではなく 1 つずつにした方がより詳細な比較 実験ができると考えられる。 本研究では、野生型 HM-1 より強い抗菌作用を持つクローンが得られなかっ たが、今後は前述した通りアミノ酸の変異を 3 つずつではなく 1 つずつにして同様 の実験を行えば、キラー活性を持つクローンをより詳細に研究し発見する事が可能 だと考えられる。医療への応用は現段階では厳しいが、前述したようにアミノ酸の 変異を 1 つずつにすることや、43 番目のアミノ酸を Pro で固定させて 42、44 番 目のアミノ酸をランダム変異させ、キラー活性を示す組み合わせを見つける等、よ り詳細な実験を行えば、医療へ応用できる新規抗真菌タンパクが得られるかもしれ ない。 12 謝 辞 新潟薬科大学薬学部生化学研究室の宮本昌彦先生には、主査・指導教員として本 研究の実施の機会を与えて戴き、その遂行、本論文作成にあたって丁寧で熱心なご指 導を戴きました。ここに深謝の意を表します。 また、同大学同学部薬品製造学研究室の浅田真一先生には副査として本論文の細 部まで丁寧で適切なご指導を戴きました。心より感謝致します。 同大学同学部生化学研究室の山崎道穂さんとは共同で研究を進め、多くの刺激と 示唆を得ることができ、精神的にも支えられました。ありがとうございました。 13 引 用 文 献 1. 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