抄録原稿

医療人のやりがい作り
“コーチング流コミュニケーション”
畑埜クロスマネジメント代表
和歌山県立医科大学名誉教授
臨床コーチング研究会
会長
畑埜義雄
より良いチーム医療の構築のために
「cure」と「care」
従来、日本の医療は治療中心であり、その治療を担うのが医師である。そして、医師をトップと
するパターナリズムを作ってしまったのである。これがチーム医療の進展の障害になったと思われ
る。ケアの概念は存在しなかったと思われる。治療中心のパターナリズムのもとでは、医師以外の
職種が単に治療のサポーターであり、医療において各医療人の貢献が感じられなかった。
理解されないケアの概念
ICU は何の略かというと「Intensive Care・Unit」。「Cure(治療)Unit」ではなく「Care Unit」
である。
ICU の仕事は循環・呼吸・体温などのホメオスタシスの管理で、cure ではなくて care
であるという考えである。麻酔も手術室で患者のホメオスタシスを管理するので、cure ではなくて
care である。しかし、ICU が 1970 年代に入ってきた当初は、日本ではケアの概念がなかったため、
日本名が「集中治療」となったと考えられる。言語というのはその本質を理解するのに非常に重要
で、その解釈を間違うとどんどん間違った方向に行かざるを得ない。
例えば、医療は Health Care である。医療を大きく捉えるのが care であり、その中に cure があ
るのだという考え方が正しい。医療を治療とだけみなしてきた日本においては、治療以外の人たち
が身を置く概念がなかった。手術室で治療をしているのが外科であり、麻酔科はケアであると考え
ると、それぞれの立場、立ち位置が明確になる。麻酔科も医師で治療の一部と考えると同じ土俵で
外科と争うことになる。私が麻酔科に入った当初、外科医に縁の下の力持ちだといわれた。これは、
自分達は治療者で縁の上だということになる。縁の下の力持ちというのは非常にきれいな表現だが、
本来医療に縁の下はない。どんな職種であっても、縁の下をつくらないことが大切である。
チーム医療で質の向上
チーム医療は医師、治療者がトップではない。患者を取り囲む形で医師、看護師、薬剤師、リハ
ビリ、放射線技師など多くのコメディカルと言われる医療人がいる。ただし、それぞれの職種が患
者とのコミュニケーションを持つことがチーム医療ではない。チーム間のコミュニケーションが必
須ある。
事務職は特定の診療を持たない。病院内の医療人連携を強化するエンジンオイルと解釈している。
医療には多くの専門職種が集まっている。ここで大事なことは、これだけの職種が集まると、自
分の足りないところを誰かが補完してくれているということ、そういう考え方がチーム力を培って
チーム医療を支えると考える。
『チーム医療』は私が教授になる前、20 年以上も前からいわれているのが、最近になってようや
1
くそれが見えてきたかなと感じる。チーム医療が発展すると、すべての医療人に『やりがい』をも
たらしてくれるのではないかと思う。病院経営、患者満足、事故防止、質の向上、すべて人の『や
りがい』があってこそこういうものが進歩していくのではないかと思う。
コミュニケーションによる質の向上
私が病院長をしたときに、最も恐れていたのが医療事故である。メディアが狙っているのは医療
事故と感染である。他に良いことをいくらやっていても、メディアはそういうものは書かないし、
この二つさえ起こらなければ、私はメディアの前で会見することはないだろうと、必死にやった。
コミュニケーションの基本は、挨拶である。病院での患者の苦情は挨拶のできない医師に集中し
ていると言われている。では、挨拶をする、しないは何が違うのか。私は毎月 4~5 回ぐらい病院に
招かれて講演に行っている。そのとき必ず講演前に玄関に立って、職員同士の挨拶度をチェックし
ている。職種の違った医療人の挨拶度がコミュニケーションレベルを反映していると思うからであ
る。皆さんの病院ではどうでしょうか。大学病院が一番悪いかも知れない。病院は企業と違って、
徹底的に挨拶を教育していない。
挨拶のできる人は、十分愛情を受けて育った人ではないかと思う。次に、気配りのできる人。し
かし、仕方なくする人もいる。私が病院長になったときに、挨拶をしてくれる人がかなり増えた。
しかし、仕方なくする人もいる。気を付けて見ていると、そういう人は会ったときに、まず目を見
ていない。それに 0.3~0.5 秒、あいさつが遅れているような気がする。本当に気持ちよくさっとあ
いさつができるのが非常に重要である。
挨拶のできない人
挨拶ができない人に、シャイな人がいる。シャイな人は、コミュニケーションはおろか報告、連
絡、相談という基本的な情報伝達ができないことが多い。医療ではシャイだから許されるものでは
ない。
挨拶をしなくてもよいのだと思っている人もいる。医療界にはサービスという概念があまりない
ことと、教育されていないことが原因である。最後に、「本当に根性が悪い人」がいるようである。
医師の場合、学生時代は挨拶していたのが、国家試験を通り医者になると、挨拶のしない者も出て
くる。企業と違って、教育されていないのである。
コミュニケーションの方法
コミュニケーションにはメラビアンの法則というのがある。コミュニケーションのうち文字が表
わすのは 7%しかない。電話で声やトーンは 38%が表現される。教授室に電話がかかったときに「は
い、はい」と軽くやった方が、部下は用件を話し易い。相手がしゃべりやすい雰囲気をつくること
が重要である。
もう一つは、表情と手ぶりであり、55%の表出力がある。チーム医療では、可能
な限り 100%のコミュニケーションを作っていく必要がある。最近、若い人達が使っている line は、
簡単で、便利なコミュニケーションツールではあるが、人間関係をつくることはできないのでない
か。脳の深層を使ってのコミュニケーションではなく、脊髄反射的会話といえるかもしれない。
職場で交わされる会話によるコミュニケーションは、『質よりも量である』。仕事上での会話だけ
でなく、仕事以外の会話が人間関係を作る。
「連休はどう?」とか、
「子どもはどう?」とか、
「休み
は何したん?」、「先生は何をしていますか?」、「僕は日曜大工をしているよ」とか、このような挨
2
拶の次の会話を作っていくようなことが大事である。こうした会話が、立場を超えて相手に安心感
と信頼感がえられ、人と人の距離を縮める。
コミュニケーションが事故を防ぐ
看護師、薬剤師など、情報は話しやすい人にたくさん入ってくる。医師でも話しやすい人ならい
くらでも情報が入ってくる。そして会話が弾むとコミュニケーションが双方向になる。これである
程度事故は防げる。
「それは少し注意が必要ですね」など、信頼関係があれば注意を促すことも可能
である。
しかし、コミュニケーションができない医師は、情報が入ってこない。そうすると職種間の情報
不足からインシデントが起こる可能性が高いが、実際は事故にはならないことが多い。なぜなら誰
かがカバーしているからである。チーム医療が上手く機能していれば、誰かがカバーしてくれてい
るということを知っておくべきではないかと思う。
これは、看護師から聞いた話であるが、A 医師が上司として B 先生に注意、意見を言わなければ
ならない場合がある。しかし、医師同士では言えないので A 医師は看護師に「B 先生にいっておい
て」と伝言を依頼することが多いそうである。そうすると看護師は、
「A 先生がこんなことを言って
いましたよ」と言うが、これは A と B の対立を作る。看護師は医師間の通訳をしていることも多い。
この、言いにくい人に言いにくいことをどう伝えるか、これが非常に大きな問題である。
医師あるいは看護師同士でも、コミュニケーションのすき間がある。インシデント・医療事故は、
このすき間で起こっている可能性が非常に大きい。お互いが職種を超えてすき間を小さくする 。コ
ミュニケーションによって事故はある程度防げるのではないかと思う。
医療事故は必ず現場で起こっている。院長室で事故を起こさないようにいったところで、現場に
なかなか声が届かない。事故を防ぐには現場で職種を超えて話し合ってもらうのが一番いい方法で
ある。
もう 1 つはコミュニケーションのあり方である。命令型のコミュニケーションは、しばしば直球
になりがちである。病院ではいろいろな職種がある。上司と部下がいる。上下関係があると、命令
型では部下に考えさせることがない。現場の人がやりがいを持てない体制である。このような会話
では部下は育たない。命令以上のことをする気にもなれない。トラブル、事故につながる可能性が
ある。
コミュニケーションというのは『キャッチボール』であるべき。ボールをぶつけあうドッジボー
ルではない。双方向性のキャッチボールである。明日から病棟で会話している間に、これはキャッ
チボールになっているか、ドッジボールになっていないかを考えていただきたい。それだけでも大
きな変化が出てくると思う。
双方向性コミュニケーションの効果
人と人の間には立場、価値観(考え方)、そして個性の違いが存在する。この違いを理解し合えば、
チームは上手く機能すると考えられる。これを可能にするのが、双方向性コミュニケーションであ
る。双方向性コミュニケーションでお互いが理解されてくる。他、多職種の集合である病院では必
須である。しかし、日本では長い間パターナリズムが存在し、双方向性コミュニケーションが成り
立たなかった。病院の上層部が意識して理想的なコミュニケーションを構築する必要がある。
一
方向性から双方向性をつくる。これは意識しないとできない。双方向性を作ると自主性が出て、責
任ある行動を起こすことができる。
命令の 3 つの弊害というのがあると思う。①人は本質的に命令が好きではない、➁命令以上のこ
3
とはしない、そして③命令に対する結果に責任を感じない。人は命令だけでは動かない時代になっ
た。やらされる仕事は楽しくない。
コーチングで組織活性化
組織の活性化、人のやる気を起こさせるにはどうしたらよいか?私はコーチングがよいのではな
いかと考える。場合と人によっては、ティーチングも入れる。
近年、個を動かす場合、命令で人を動かす時代ではなくなったと考えられる。医療人の答えと方
向性は本人の中にある。コミュニケーションで答えを引き出すのである。頭の中が、まとまらない
時は、混乱し、しばしば不安となる。それを整理すればだんだんすっきりしてくるのであるが、こ
の作業は自分自身では困難な時がある。誰かから質問をもらって、頭が整理され、気付きがある。
質問がモチベーションをつくり、人は目標が見つかれば努力する。これからの時代、
『リーダーは
命令ではなく問いかけることで意思を伝える』が重要である。ただし、新人に対しては、コーチン
グは効かない。新人には知識も経験も何もないわけだから、頭の中に知識と知恵のリソースはない。
その場合はティーチングと本人の素直なラーニングが必要である。
5 年以上の経験を有し、リソースをすでに持っている人に対してコーチをしていくのが正しいの
ではないかと思う。
辞職を食い止めるマネジメント
大学麻酔科にいたときに人事をやっていた。2007 年に全国大学病院、基幹病院の麻酔科の崩壊と
いうのがあった。麻酔科は人が減っても手術件数を減らせない。忙しくなると、人はチームの中で
自分より暇な人を探す。これが組織・チームにとって危険のサインである。リーダーの方々はこれ
を見抜いておかなければ駄目だと思う。自分を犠牲にして働くことがばかばかしくなり、辞めよう
かと思う。
「辞める」と言われれば終わりである。言う前に解決しないといけないから、その仕組み
を作っていかなければならない。
人はなぜ辞めるのか。ライフスタイルが違う、職場の雰囲気が悪い、帰属心がない、仕事がきつ
い、給料が安いなどあるが、これらは大したことではないと思う。最も大きいのは、疲弊させたこ
と、将来に希望を持てない、もう 1 つは、自分と自分の仕事に対して評価されていないことである。
疲弊とは不条理に肉体的・精神的に自己犠牲を伴う疲労である。将来に希望を持たす(自己実現、
モチベーション)、疲弊させない、そして、評価・承認を絶えず伝えることで麻酔科医の辞職を防げ
ると考えた。この3つが『やりがい感』であり、麻酔科に限らずすべての医療人が『やりがい』を
感じる職場を希望している。
『自己実現』は、自分は◯◯になりたい、◎◎をしたいということであ
る。サポートすることが、チーム・組織の役割である。
自己実現にエネルギーを与える「承認」
自己実現とは、自分が満足できる充実した毎日で、自分に合った職場で家族を支えていきたいと
思うこと。やりがいを持って楽しいと思うことのできる職場にいること、つらくても最後までやり
切れる職場であること、よき職場で、自分の能力が出せて、その労働に対して十分な評価が得られ
る。これが自己実現である。
マズローの欲求というのがある。生理的欲求は、生きるという最低限の生活をするということ。
安定の欲求というのは、仕事もあって、家族、貯金もある。社会的欲求は、それなりの職場で、ポ
ジションもあって友情もある。承認の欲求は認められたいというのが非常に高いレベルで存在する。
その上のレベルに自己実現がある。自己実現という言葉は使っていなくても、仕事をしている以上、
4
誰でも認められたいという欲求はあると思う。
子どもでも褒めてほしいし、認められたい。承認されるとモチベーションが出てくる。承認とい
うのは、日本人は下手であるが、でも他人から承認をもらうことはエネルギーをもらっていること
になる。
良いチームを作る
病院にはいろいろな人材が集まるが、これは集団ではない。組織、チームである。何が違うかと
いうと、組織は絆を持ち、目標を持っているということ。奴隷が鎖につながれている間は単なる集
団であるが、一緒に逃げようと相談したときからチームになれる。チーム意識というのが大事なと
ころである。組織というのは絆で結ばれていて、絆はコミュニケーションである。そこで信頼関係
ができる。
組織・チームでは、本当に忙しいときはみんな助け合う。みんなが組織へのサービス精神を持っ
ているということである。そして、組織へのサービス精神には、少しは自己犠牲を伴う。チームに
よって支え、支えられていることによって自己犠牲は気になるものではない。これがチーム力を作
る。
しかし、自分はチームに対して少しの自己犠牲も嫌だという人もいる。すると、みんな組織への
サービス精神を持ってやっていたのが、そのエネルギーはやらない人への敵対に移っていきます。
そうなるとたった 1 人のためにチーム力は破綻する。敵は中に作らない。敵は外に作るようにする
ことである。どこかの国のように、、、
自己防衛的プライドは捨てる
次に、プライドについて話す。医師として、看護師としてなど、職業人としてのプライドを持つ
べきである。ただし、自分は他人より劣っていないというふうな自己防衛的なプライドは捨てた方
がいいかと思う。
私は人を観察するのが好きなほうである。業者の方のメールを見ていて、
「今度、所長になりまし
た」と挨拶に来た業者の方が、半年ほどたつとどこかへ消えてしまった。ストレスでうつになられ
たようである。私の部下にもプライドが異常に高い医師がいた。やはり、高いプライドに押しつぶ
されて、普通の人以下になってしまった。ですから自己防衛的なプライドは捨てた方がいい。出世
しても「私は何も知らないのですが、こんなことになりました」ぐらいが一番気が楽でいい。プラ
イドが高くなってしまうと、他者からの情報が入らない。情報が入らないということは、自分の知
識と能力だけで生きていかなければならないから、どんどん実力は下がってしまう。逆に、プライ
ドを下げると情報が入ってきて、他人の知識、能力を利用できる。社会的な実力は向上する。これ
は大切なことである。私も「わし、アホやねん」と、時々、自分に言い聞かせている。それぐらい
の気持ちの方が楽である。プライドをどんどん下げれば、知識と知恵の貯蔵庫ができる。貯蔵庫に
他人の意見が入ってくる。
強い個性の功罪
職場では突出した考え、突出した個性は障害となる。しかし、これを無くせといっているのでは
ない。個性は、デイリーイノベーションといって、そういう強い意見のある人が組織を伸ばしてく
れるので、それは大事なことである。しかし、周辺を見る力、自分の立ち位置が分かることも大切。
理性で強すぎる個性をコントロールしなければならない。
個性と自己主張はハリネズミの針です。必要なものですが、みんなが針を立てれば痛くて近くに
5
寄れない。針を寝かせればお互い温め合うことができる。 組織の発展には個性と自己主張は必要で
ある。自己主張の針を折ってはならない。気配りで包み隠すということが大切である。その気配り
ができない人は針をどこかで折られてしまって使いものにならなくなる。気配りをして周りが痛く
ないようにしていくことが大事である。
まとめ
~いいチームを作るためのリーダーシップ~
昔のパターナリズムは医師、看護師、薬剤師、あらゆる職種が 1 つのヒエラルキーの中にあった。
これでうまくいってきたのが、時代は変わった。部門ごとに分かれてきて、真のチーム医療が求め
られるようになった。そうすると、多職種が集まった病院組織では、複雑で病院長が管理しきれな
い。特に、看護師の数は病床数とほぼ同じくらいになり、中核病院では 500 人位になる。大企業の
ような組織である。すべてマネジメントができているとは限らない。どの病院に行っても、数百人
の看護師のマネジメントが問題とされているようである。
院長・看護部長が、命令で支配できるものではない。職員に対し、自ら変わろうとする気付きを
与えることが重要である。そのためにはリーダーがまず変わらなければならない。
『他人と過去は変
えられないが、自分と未来は変えられる。』リーダーは、自分がどのように変わればよいかを常に考
える柔軟性が必要である。
マネジメントには縦型と横型がある。縦型は通常の上からのマネジメントである。かつては命令・
指示で組織を動かした。その命令・指示も部下にとって納得できることが必要となってきた。横型
はモチベーションを高めるマネジメントである。モチベーションを高めるには、個人の目標、自己
実現が何であるかを明確にしなければならない。そのためには深層心理に埋もれている本人の自己
実現を言語化し、本人に認識させ、常に意識させることが重要である。このプロセスにコーチング
流コミュニケーションが必要となる。さらに、モチベーションを高め、行動に移し、エネルギーを
与えるには、上司からの承認が必要である。
6