可溶性トランスフェリン受容体の評価を中心とした 妊娠期から卒乳後まで

博士 ( 栄 養学 ) 学 位 論文 要 約
論文 題 目
可溶性トランスフェリン受容体の評価を中心とした
妊娠期から卒乳後までの鉄栄養状態の縦断的検討
Longitudinal Study of Iron Status from Pregnancy to
Post-Lactational Period with a Focus on Measurement of
Soluble Transferrin Receptor.
2015 年
指導 教 員
上西一弘
教授
1202002
氏名
渡辺
優奈
WATANABE, Yuna
女子 栄 養 大学
妊娠 期 に 起こ る 貧 血 は非 常 に よく 知 ら れ てお り , その 多 くは 鉄欠 乏 性
貧血 で あ る。 妊 婦 は ,妊 娠 に よる 鉄 需 要 の増 加 に よっ て 鉄 欠 乏性 貧 血に
なり や す くな る が , 赤血 球 数 の増 加 に 比 較し て 血 漿量 の 増 加 が多 く ,血
液は 希 釈 され る 。 そ のよ う な 生理 的 な 変 化 の た め ,妊 娠 期 に おけ る ヘモ
グ ロ ビ ン 濃 度 (Hb)や フ ェ リ チ ン 濃 度 で の 鉄 欠 乏 の 診 断 は 感 度 が 低 い と
報告 さ れ てい る 。 一 方 , 細 胞 内の 鉄 要 求 量お よ び 赤血 球 産 生 を反 映 する
指 標 で あ る 可 溶 性 ト ラ ン ス フ ェ リ ン 受 容 体 濃 度 (soluble transferrin
receptor , sTfR) や , sTfR と フ ェ リ チ ン 濃 度 と の 比 を 用 い た sTfR-SF
index は ,軽 度 の 細 胞内 鉄 欠 乏を 高 感 度 に反 映 し ,妊 娠 期 の 鉄欠 乏 の指
標と し て も有 用 で あ る。 し か し 日 本 の 妊 婦に お け る sTfR の 報告 は わず
か で , 妊 娠期 を 縦 断 的に 検 討 した 報 告 は ない 。 ま た , 授 乳 期 は乳 児 の成
長 と発 達 や , 産 後 の 母 体の 回 復 をは か る 重 要な 期 間 であ る 。 現 在 WHO
が推 奨 す る授 乳 期 間 は,生後 6 ヵ 月ま で の完 全 母 乳栄 養 お よ び生 後 2 歳
まで,またはそれ以上の期間の離乳食と併用した母乳栄養であるが, 1
年以 上 授 乳を 続 け た 授乳 婦 に おけ る 卒 乳 後ま で の 縦断 的 な 鉄 栄養 状 態を
検討 し た 報告 は な い 。 そ こ で 本研 究 で は ,日 本 人 の妊 婦 ・ 授 乳婦 に おけ
る妊 娠 期 から 授 乳 期 およ び 卒 乳後 ま で の 鉄栄 養 状 態 , お よ び 鉄摂 取 量と
の関 係 を 検討 す る こ とを 目 的 とし た 。
本 研 究 は 2010 年 ~ 2014 年 に か け て 行 わ れ た 多 施 設 共 同 研 究 SKY
(Sakado, Kobe, Yokohama) pregnant cohort study の デー タを 使 用 し
た。 同 調 査の 先 行 報 告に よ り ,鉄 剤 の 影 響で 食 事 から の 鉄 摂 取量 と 鉄栄
養状 態 の 関係 が 見 え づら く な った 可 能 性 ,妊 娠 期 にお け る よ り高 感 度 に
鉄欠 乏 を 反映 す る 指 標で の 検 討の 必 要 性 があ げ ら れた 。
第 一 章 では , 鉄 栄 養状 態 と 鉄摂 取 量 の 関係 を 明 確に す る た めに , 鉄剤
非使 用 妊 婦に お け る 妊娠 初 期 から 産 後 1 ヵ月 の 鉄 栄養 状 態 と 鉄摂 取 量 の
1
関係 , 特 に ヘ モ グ ロ ビン 濃 度 の違 い に よ る検 討 を 行っ た 。 そ の結 果 , 本
研究 で は Hb< 11g/dL 群 に おい て 低出 生 体重 児 の 割合 が 高 い 傾向 が あ っ
た 。 ま た 鉄剤 の 使 用 がな い 場 合で も ヘ モ グロ ビ ン 濃度 と 鉄 摂 取量 に 有意
な関 連 は みら れ な か った 。 妊 娠初 期 の 鉄 貯蔵 が そ の後 の 妊 娠 期間 と 産後
の鉄 栄 養 状態 に 影 響 する こ と が示 唆 さ れ た。 妊 娠 期に お い て 平均 赤 血球
容 積 (MCV)と 平 均 赤 血 球 血 色 素 量 (MCH)を 鉄 栄 養 状 態 の 評 価 に 活 用 で
き る 可 能 性が 示 唆 さ れた が , 妊娠 期 の 鉄 欠乏 を よ り高 感 度 に 反映 す る指
標 で 検 討 する こ と の 必要 性 が あげ ら れ た 。
第 二 章 では , 妊 娠 初期 か ら 産後 1 ヵ 月 にお ける sTfR の推 移お よ び そ
の他 鉄 関 連指 標 と の 関係 を 検 討し た 。sTfR(≧29.5nmol/L)に よる 鉄 欠 乏
の評 価 で は, 鉄 欠 乏 であ っ た 者 の 割 合 は 妊娠 初 期 1.6%, 中 期 4.8%, 後
期 48.4%,出 産 時 お よび 産 後 1 ヵ 月は そ れぞ れ 27.4%で あ っ た。sTfR お
よ び sTfR-SF index は妊 娠 初期 か ら 中 期, 後 期 にか け て 有 意に 上 昇 し,
出産 時 に 低下 し た 値 は 産 後 1 ヵ 月 まで 変 化は な い が ,その 値 は 妊 娠 初 期
より も 有 意に 高 値 で あっ た 。こ れよ り ,産後 1 ヵ月 に おい て も鉄 需 要 の
高い 状 態 が続 い て い るこ と が 示唆 さ れ た 。 鉄 欠 乏 群と 正 常 群 との 比 較に
よ り , 第 一章 と 同 様 に妊 娠 初 期の 鉄 栄 養 状態 が そ の後 の 鉄 栄 養状 態 に影
響す る こ とが 示 唆 さ れた 。な お,sTfR と 鉄摂 取 量 に 有 意 な 関 連は み られ
なか っ た 。 ROC 解 析の 結 果 ,sTfR を 基準 と し た鉄 欠 乏 に 対し て , 妊娠
後期 に お いて MCV と MCH が 有 意な 予 測因 子 と して あ げ ら れ, 血 液 希
釈 の 影 響 が 大 き い 後 期に お いて MCV と MCH を 基 準と し て用 い る こと
の有 用 性 が示 唆 さ れ た。
第 三 章 では , 1 年 以上 授 乳 を続 け た 授 乳婦 に お ける 妊 娠 初 期か ら 授乳
期お よ び 卒乳 後 ま で の鉄 栄 養 状態 と 鉄 摂 取量 を 縦 断的 に 検 討 した 。 産後
の貧 血 の 者 (Hb<12.0g/dL)は , 産 後 1 ヵ 月で は 23.3%で あっ たが , 6 ヵ
2
月お よ び 1 年 で そ れ ぞれ 6.7%とな り ,卒 乳後 に は 3.3%に な った 。一 方 ,
フ ェ リ チ ン 濃 度 (< 12.0ng/mL)に よ る 鉄 欠 乏 の 評 価 で は , 鉄 欠 乏 の 者 が
産 後 1 ヵ 月 で 26.7%,6 ヵ 月 で 23.3%, 1 年 で 10.0%と なる もの の , 卒
乳後 は 30.0%で あ っ た。 授 乳期 か ら 卒乳 後に お い ても 鉄 摂 取 量に 変 動 は
なか っ た 。 赤 血 球 数 ,ヘ モ グ ロビ ン 濃 度 ,ヘ マ ト クリ ッ ト 値 およ び 血清
鉄濃 度 は ,妊 娠 期 に 低下 す る が, 産 後 1 ヵ月 で 回 復し ,卒 乳 後ま で 変 化
はな か っ た 。出 産 時 に著 し く 低下 し た フ ェリ チ ン 濃度 は , 産 後 1 年 まで
に徐 々 に 回復 傾 向 を 示し た が ,卒 乳 後 に は再 び 妊 娠初 期 よ り も有 意 に低
値と な っ た 。産 後 1 年か ら 卒 乳後 の フ ェ リチ ン 濃 度の 低 下 は ,月経 再 開
と関 係 が ある こ と が 示唆 さ れ た。 ま た , 卒乳 後 の フェ リ チ ン 濃度 と 妊娠
初期 ,出 産 時 ,産後 6 ヵ月 お よび 1 年 の フェ リ チ ン濃 度 に 有 意な 正 の 相
関が み ら れた 。 本 研 究に お い ては 妊 娠 期 の鉄 剤 使 用の 有 無 で は, 授 乳期
の鉄 関 連 指標 に 差 は なか っ た 。
以 上 ,本 研 究 によ り ,妊 娠後 期 で はお よ そ 50%の者 が 鉄 欠乏 であ る こ
とが 明 ら かと な っ た 。血 液 希 釈の 影 響 が 大き い 妊 娠後 期 に お ける 鉄 栄養
状態 の 評 価に は MCV,MCH が 有 用で ある こ と が示 唆 さ れ た 。また ,妊
娠初 期 の 鉄貯 蔵 が そ の後 の 鉄 栄養 状 態 へ 影響 し , 卒乳 後 に お いて も 関連
がみ ら れ た。 授 乳 期 から 卒 乳 後に 至 る ま で鉄 摂 取 量は 変 動 せ ず, 鉄 栄養
状態 の 変 化へ の 影 響 はみ ら れ なか っ た 。しか し , 授乳 期 に は ,産後 1 年
以 上 授 乳 を続 け る こ と に よ り ,月 経 の 再 開が 遅 れ ,そ の 間 に 漸次 鉄 貯蔵
が増 加 す る こ と が 示 唆さ れ た 。
本 研 究 の結 果 は , 日本 に お ける 周 産 期 の鉄 栄 養 状態 を 包 括 的に 捉 えた
貴重 な デ ータ で あ り ,妊 娠 可 能年 齢 の 女 性や , 妊 婦, 授 乳 婦 の指 導 に対
して 活 用 する こ と が でき る 有 用な デ ー タ であ る 。
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