Lab.Clin.Pract.,22(1):4-8(2004) 最近の話題 血 液 血液検査の標準化 北海道大学医学部保健学科 松 野 一 彦 (4.6%),ブドウ糖酸化酵素電極法(37.5%)の 5 方 1.はじめに 法によって測定されている.方法間差は,正常域 検査は,いつ,どこで測定されても同じ結果が で 98.7 ~ 100.2mg/dl , 高 濃 度 域 で 307.3 ~ 309.1 得られることが重要で,これには高い精密度と正 mg/dl と大きな差はみられず,各方法毎の施設間 1) 確度が要求される .血液検査の標準化は,生化 差は正常域,高濃度域とも CV 値で 1.4%~2.2% 学や血清学分野に比べ若干遅れた感があり,現在 と良好である(表1).このように血糖測定では方 日本検査血液学会標準化委員会および臨床検査医 法間差,施設間差が小さいが故に,国内共通の診 学会標準委員会の血液小委員会を中心に進められ 断基準である日本糖尿病学会の診断基準が有効に ている.本稿では,日本検査血液学会標準化委員 機能することになる. 会の 3 つの小委員会,すなわち血球計数標準化小 3.血球計数の標準化 委員会(田窪孝行委員長),血栓止血検査標準化小 委員会(福武勝幸委員長),血液形態標準化小委員 これに対して,血液検査での標準化の現状はど 会(土屋達行委員長)の活動を中心に,血液検査標 うであろうか.血液検査の自動化は,血球計数の 準化の現状と問題点を紹介したい. 分野で最も早く進められたため,自動血球計数装 置を用いた血球計数は,血液検査の中でも標準化 2.検体検査標準化の水準 の試みが最も早くから行われている分野である. 標準化が進んでいる生化学分野でどの程度標準 日本検査血液学会標準化委員会の血球計数標準化 化が達成されているかを,2002 年の日本臨床衛 小委員会(田窪孝行委員長)は,2001 年に我が国 生検査技師会による血糖および総コレステロール で市販されている 6 社の基準自動血球分析装置, 測定のサーベイ2)でみてみる.我が国での血糖検 GEN・S(ベックマン・コールター),XE-2100(シ 査はブドウ糖酸化酵素(GOD)法(我が国の施設の スメックス),ADVIA120(バイエルメディカル), 4.3%),ヘキソキナーゼ(HK)法(48.1%),グルコ CELL-DYN3500( ダ イ ナ ボ ッ ト ) , PENTRA キ ナ ー ゼ 法 (5.5%) , と ブ ド ウ 糖 脱 水 素 酵 素 法 120Retic(堀場製作所),MEK8118+QA810V(日本 表1 我が国における血糖測定の標準化 Sample 1 Sample 2 ブドウ糖酸化酵素(GOD)法 100.1±2.0 mg/dl CV=2.0% 307.3±6.6 mg/dl CV=2.2% ヘキソキナーゼ(HK)法 100.2±1.8 mg/dl CV=1.8% 309.1±5.2 mg/dl CV=1.7% グルコキナーゼ法 99.7±1.8 mg/dl CV=1.8% 307.9±4.7 mg/dl CV=1.5% ブドウ糖脱水素酵素法 99.8±1.5 mg/dl CV=1.5% 308.6±4.3 mg/dl CV=1.4% ブドウ糖酸化酵素電極法 98.7±1.6 mg/dl CV=1.6% 307.5±4.2 mg/dl CV=1.4% - 4 - 血液検査の標準化 表2 血球計数の機種間差(CV 値) 血球数(Ret)を測定した. RBC,Hb,Ht,MCV,MCH,MCHC の機種 Case 1 Case 2 Case 3 RBC 0.66% 1.05% 0.75% 間差は表2 のように小さかった.これに対して, Hb 0.55% 0.74% 0.81% Ht 2.08% 2.05% 1.50% WBC およびの PLT の CV は表2 のように赤血球 MCV 1.57% 1.68% 1.06% MCH 0.50% 0.39% 0.81% 渡辺ら4)の JCCLS 血液ワーキンググループによっ MCHC 1.86% 1.90% 1.42% て提唱された血球計数の臨床的許容限界によると, WBC 4.60% 4.57% 4.53% RBC 4%,Hb 3%,MCV 4%,WBC 5%,PLT 7% PLT 5.08% 5.88% 5.78% とされており,この基準はクリアされている. 関連項目に比べ大きかった.しかし,1994 年に 同様な基準自動血球分析装置の機種間差に関す 3) 光電)について,各項目の機種間差を検討した . る検討は,10 年前(1991 年)5)と 5 年前(1996年)6) 6 社の基準機が設置してある施設のほぼ中間地 に渡辺らにより行われている.これらの報告と今 点で,3 名の健常人ボランティアから採血し,各 回の検討成績を比較すると,まず RBC,Hb,Ht 施設に搬送後,一定時間に同一条件で,基準自動 および MCV の赤血球関連項目では,1991,1996 血球分析装置により赤血球数(RBC),ヘモグロビ 年に比べ今回の検討ではいずれも CV 値の改善が ン濃度(Hb),ヘマトクリット値(Ht),平均赤血 みられている.また,WBC は 3 回のサーベイで 球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平 少しずつ改善傾向がみられ,PLT は 1996 年に大 均赤血球血色素濃度(MCHC),白血球数(WBC), きな改善がみられ,今回はほぼ同様の成績であっ 血小板数(PLT),白血球 5 分類(WBC Diff),網赤 た(図1)7). 図1 過去 10 年間における血球計数の機種間差の変化 - 5 - Lab.Clin.Pract. (2004) これに対して,自動血球分析装置による白血球 差の是正が必要と考えられる.網赤血球数および 分類ならびに網赤血球数についてはほとんど検討 自動化機器による白血球分類については,標準化 されていない.まず,白血球分類では多数出現す がスタートしたところであり,今後他の血球計数 る好中球ならびにリンパ球は CV 値がそれぞれ と同程度のレベルをめざした努力が必要である. 4.83%,4.99%と良好であったが,少数の単球, 4.凝固検査の標準化 好酸球,好塩基球はそれぞれ 16.64%,11.76%, 48.65%と高値であった.NCCLS の H20-A に準じ 検査標準化の中で,凝固検査の標準化は最も遅 た目視法および FITC 標識の CD45と PE 標識の れた分野の一つである.これは,プロトロンビン CD13+CD14 をカクテルしたモノクローナル抗 時間(PT)や部分トロンボプラスチン時間(APTT) 体を用いて FACScan の Cell Quest のソフトを用 などのスクリーニング検査を考えても,測定法の いて解析した値を真値とすると,機種によりズレ 違い,自動測定装置の違い,測定試薬の違い,標 があるものもみられた. 準血漿の違いなど標準化をする上での多くの因子 網赤血球数は 5 機種で検討したが,3 サンプル がからんでいることが原因として挙げられる. での CV 値は 20.08%,24.60%,14.36%と大きく, 2000 年の日本医師会のサーベイで,正常血漿 ほぼすべての機種で平均値の 10%を超える機種 (サンプル N)と異常血漿(サンプル A)を用いた 間差がみられた.この原因として,田窪らは ① PT 測定(秒表示)の Scattergram をみると,正常 メーカーごとにコントロール血液またはキャリブ 血漿の測定結果でも 9.8 秒から 14.9 秒,異常血漿 レータの表示値を決定する設定方法が異なる,② では 15.9 秒から 35.9 秒もの広い範囲に分布して 基準自動血球分析装置による網赤血球の染色試薬, いる(図2).すなわち,同一検体でも測定法,機 フローサイトメトリーによる網赤血球領域の設定 器,試薬が異なるとこのような著しく異なった結 が異なる,③基準分析装置による網赤血球の定義 果となる.これを,測定方法,機器別に括ると図 3) 2の丸で囲ったようにある程度の範囲に収束する. が標準化されていないなどを挙げている . 血球計数標準化の現状をまとめると,赤血球関 これは APTT 測定でもほぼ同様で,正常血漿で 連検査の標準化はすべての機種で満足すべき結果 は 23.8 秒から 39.5 秒,異常血漿では 37.2 秒から であったが,WBC と PLT についてさらに機種間 82.5 秒までの広い分布を示す.一方,同じスクリ 図2 正常血漿と異常血漿を用いた PT 測定のスキャッタグラム (正常血漿 : Sample N,異常血漿 : Sample A) - 6 - 血液検査の標準化 図3 PT 秒表示の試薬間差 (正常血漿 : Sample N,異常血漿 : Sample A) 図4 PT-比表示,PT-INR 表示の試薬間差 (異常血漿 : Sample A) ーニング検査でも,フィブリノゲン測定では,検 まず ISI 値ができるだけ 1.0 に近い試薬が勧めら 査法がほとんどトロンビン時間法であることと, れる.ISI 値は大きいほど原理的にも異常検体で 標準血漿を用いて検量線を作成して定量するため, は差が大きくなるからで,これについては試薬メ PT や APTT 測定に比べ機種間差が比較的少なか ーカーの努力が重要である.また,試薬と測定機 った. 器 の 組 み 合 わ せ で 検 査 室 毎 の local sensitivity 次に,PT の測定方法ならびに測定機器を一定 index(LSI)を設定することで,INR の施設間差を にして,試薬間差をのみをみると図3のようにな 小さくすることが可能で8),この意味で検査室側 る.PT(秒表示)は,正常血漿(サンプル N)では の努力も必要である. 比較的小さいが,異常血漿(サンプル A)では極め 5.血液形態検査の標準化 て大きいものになる.この PT-秒表示を PT-比 表示とすると,異常血漿でもその分散は比較的小 血液検査の標準化はほとんど手つかずの状態と さくなる.さらにこれを PT-INR で表示すると, いっても過言ではない.これは,末梢血液像ある さらにバラつきは小さくなる(図4).しかし,こ いは骨髄像の判読がほとんど個人的な技能によっ れによっても必ずしも満足できる成績とはいえな ており,習熟者から初心者へその技能が伝達され かった. ていくという形で進められてきたからである.し これらの凝固スクリーニング検査の標準化を進 たがって,エビデンスはないが,関東学派,関西 める上でいくつかの課題がある.PT 測定では, 学派,九州学派などの流派あるいは地域差がある - 7 - Lab.Clin.Pract. (2004) 表3 「好中球の杆状核球,分葉核球の鑑別案」と「リンパ球と異型リンパ球の鑑別案」 杵状核球 直径 12~15µm,直径と短径の比率が 3 : 1 以上の長い曲がった核をも つ。核クロマチンは粗剛である。 直径 12~15µm,核は 2~5 個に分葉した核の間はクロマチン構造が 分葉核球 見えないクロマチン糸でつながる。核クロマチンは粗剛である。核が 重なり合ってクロマチン糸が確認できないものは杵状核球と分類す る。 直径 9~16µm で,細胞質は比較的広いものから狭いものまである。 リンパ球 色調は淡青色から青色を呈する。なお,アズール顆粒を認める場合が ある。核は類円形で,核クロマチンは集塊を形成し,クロマチン構造 は明らかではない。 直径 16µm 以上で細胞質は比較的広い。色調はリンパ球に比較して好 塩基性(青色)が強い。なお,アズール顆粒,空胞を認める場合もあ 異型リンパ球 る。核は類円形,時に変形を呈する。核クロマチンは濃縮しているが リンパ球に近いものからパラクロマチンの認められるものまである。 核小体が認められるものもある。 (2003 年 7 月日本検査血液学会で発表の原案) p694-705. Oxford: Butterworth Heinemann, 1999 といわれている. 最近,日本臨床衛生検査技師会を中心に形態検 2) 平成 14 年度日臨技臨床検査精度管理報告書. 査の標準化の動きがあるが,血液専門医を巻き込 2002 3) 田窪孝行, 他. 6 社の基準自動分析装置による血 んだ形にはなっていない.日本検査血液学会標準 球計数(網赤血球数を含む)と白血球分類の評価. 化委員会の血液形態標準化小委員会では,2002 年より「好中球の杆状核球,分葉核球の鑑別案」と 日本検査血液学会雑誌 2003; 4: 117-25. 4) 渡辺清明, 他. 血球計数値の臨床的許容限界. 臨 床病理 1994; 42: 764-6. 「 リンパ球と異型リンパ球の鑑別案 」 を提案し, 臨床検査技師,臨床検査医ならびに血液専門医が 参加した形で標準化の作業をスタートさせている. さらに,今年度は,赤血球形態の標準化に関する 作業も準備中である. 文 5) 渡辺清明, 他. 血球計数の機種間差: 基準分析機 による検討. 臨床病理 1991; 39: 1109-12. 6) 渡辺清明, 他. 血球計数の機種間差: 基準分析機 による検討(第二報). 臨床病理 1997; 45: 185-9. 7) 松野一彦. 血液検査の標準化の問題点. 日本検 査血液学会雑誌 2003; 4: 322-30. 献 8) 鈴木節子, 他. PT, APTT の標準化の現状と将来. 1) Lewis SM. Laboratory practice. In: Hoffbrand AV, et al, Editor. Postgraduate Haematology. 4th ed. - 8 - 日本検査血液学会雑誌 2002; 3: 13-22.
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