厳格二声対位法:第四種

厳格二声対位法:第四種
定旋律の全音符に対して、対位声部が二つの二分音符を持ち、かつ対位声部は弱拍部か
ら始まり、次の小節の一拍目までタイとなる。(つまり全音符分のシンコペーションとな
る。)シンコペーションのリズムはリガトゥーラ (ligatura) とも呼ぶ。これは白色計量譜
におけるリガトゥーラとは全く別の意味を表わす用語である。日本語では移勢とも言う。
【音程】
1. シンコペーションにおいては、かならず弱拍が協和音となるようにする。
2. 強拍は協和音で不協和音でもよい。
3. 強拍に不協和音が置かれる場合、必ず次の弱拍は規則 1.によって協和音となる。つ
まり不協和音は前後を協和音で挟まれた形になる。
【進行】
1. 強拍も弱拍も両方が協和音の場合、順次進行と跳躍進行の両方を自由につかって旋
律を進行させてよい13。
2. 強拍が不協和音となる場合、旋律は必ず下行順次進行によって協和音に解決されね
ばならない。
【終止】
1. 最終小節から二小節前から一小節前にかけてのシンコペーションは、最終小節の一
小節前の強拍において、対位旋律が上声部の場合は七度、下声部の場合は二度でな
ければならない。
協和音だけによるシンコペーション(譜例1)
協和音だけによるシンコペーション(譜例2)
13 シンコペーションは協和音で始まり、協和音あるいは不協和音で終わる。つまりシンコペーションの正
体は協和音の繋留なのである。繋留によって形成された不協和音は、下行進行することで解決されねば
ならない。この解決和音は、シンコペーション以外の声部によって既にその小節で形成されているもの
である。
不協和音を使ったシンコペーション
不協和音は順次下行進行によって協和音になるということと、強拍の不協和音は弱拍に
よって必ず予備されねばならないという二つの規則から、「もし連続する小節の強拍に不
協和音が続くならば、旋律線は順次下行進行が続く」という結果が引き出せる。各小節の
弱拍において、解決和音である協和音程は、同時に次の小節の不協和音の予備となってい
るからである。
小節の強拍に現われる不協和音は、前の小節からの繋留音と考えることができ、その小
節を代表する和音は弱拍に置かれた協和音であると言える。すなわち、シンコペーション
を取り払って和声を考える場合は、弱拍の和音を使う。
元の譜例
↓ (和声を取り出した形)
シンコペーションを取り払った譜例
これより、この第四種の対位法において、次に示すように弱拍に連続五度や連続八度が
現れるのは禁則である。他方、先に譜例2として示したような、強拍の位置の連続五度は
本質的には連続五度とは見做さず、問題ない。
本質的には連続八度の例
本質的には連続五度の例
このように第四種の対位法が禁則を犯していないかを確認するには、シンコペーション
を取り去った形を考えてみるとよい。
1.
2.
3.
4.
5.
6.
平行順次下行形において、強拍に出る二度は本質的に連続同度と同じである。
平行順次下行形において、強拍に出る九度は本質的に連続八度と同じである。
平行順次下行形において、強拍に出る六度は本質的に連続五度と同じである。
平行順次上行形において、強拍に出る七度は本質的に連続八度と同じである。
平行順次上行形において、強拍に出る二度は本質的に連続同度と同じである。
平行順次上行形において、強拍に出る四度は本質的に連続五度と同じである。
平行な動きはとかく連続完全音程の禁則に触れやすいのである。安全なのは反行形であ
るが、反行形で形成される不協和音としても七度は避けた方が良い。(ただし最終小節の
直前の七度は除く。)
これは反行形の七度の後で形成される八度が、響きとして空虚であり、曲の途中で出て
来るには不自然な和音だからである。ただし、七度と八度を反転させたものである二度と
同度に関しては忌避するものではない。(恐らく反行形で出て来る同度は両声部の交差の
交点として出てくるものであって、これを通過する分にはそれほど不自然には聞えないか
らであろう。)
進行の規則2として、「もし強拍に不協和音が形成される場合、次に動く音は必ず下行
進行し、それによって協和音へ解決されねばならない」とあった。しかし、例えば2→1
の進行は上行進行によって2→3、4→3の進行は上行進行によって4→5のように、下
行進行の代わりに上行進行によっても協和音へ至ることは可能である。それにも関わらず、
不協和音の解決は必ず下行進行によるというのは鉄則である。これは協和音か不協和音か
というだけの観点だけからは説明できない規則であるが、『繋留音は重力によって不協和
音に落ちることで緊張は安堵に変わる』といった事実を典拠とするよりない14。
第四種の対位法に出て来る不協和音は、第三種の対位法に出てきた不協和音が経過音で
あって本質的な不協和音とは言えないのに対し、まさに機能的な不協和音を形成している
という点には注意すべきである。つまり、この種類の対位法に出て来る不協和音は本質的
な不協和音であり、次拍で協和音へ解決されねばならないという運動性を内在している。
これは対位法と言う旋律線を書く横の技術というより、和声学における進行の原理である。
ここにおいて、縦と横の要請を結合させる一つの鍵が見えるのである。
第四種の対位法において、定旋律に対して対位旋律を低声部に書く場合には四度を、対
位旋律を上声部に書く場合には九度を使うのは避けた方が良い。これらの音程は、「不協
和音は下行順次進行により解決する」という規則に従って、次の小節に五度と八度を必然
的にうむことになり、これらの生硬な響きの多用は楽曲の美しさを損なうからである。同
度も好ましいものではないが、五度や八度よりはましであるから、対位旋律が上声部の場
合の七度、対位旋律が下声部の場合の二度はより受け容れやすいものである。
この対位法では、対位旋律の冒頭小節の強拍は休符にしておくのが趣味が良い。また、
可能な限りシンコペーションを続けるのが良いが、シンコペーションを維持することで音
域が高くあるいは低くなり過ぎたり、複雑になり過ぎたり、声部が近くなりすぎたり、そ
の他何らかの不都合がある場合にはシンコペーションを止めれば良い。最終小節では必ず
シンコペーションを止める。できる限り最終小節の食前までシンコペーションが続いた方
が良い。
終止形の例(対位旋律が上声部の場合)
終止形の例(対位旋律が上声部の場合)
14 音型とエネルギーの関係で言うと、同音の繰り返しは何のエネルギーも必要としない代わりに音楽に変化がない。
上昇音型にはエネルギーを要し、そのエネルギーは順次進行で一番小さく跳躍が大きくなるほどに大きい。下降音
型では逆に位置エネルギーを失い、勝手に落下することが出来るが、跳躍が大きくなれば変化が大きくなりすぎる。
不協和音から協和音への「緊張から安堵へ」という自然な解決に最も相応しいのは、エネルギーが解放され(下
行)、変化が大きすぎないもの、すなわち下行順次進行なのである。
両声部が近くなり過ぎたためシンコペーションを一時中止した例
(第一旋法の例1)
第一旋法の例2
第三旋法の例1
第三旋法の例2
第五旋法の例1
第五旋法の例2
第十一旋法の例1
第十一旋法の例2
この種の対位法で、不協和音が出て来る場合、タイで連結されたその前の拍の音は、そ
のまた前の不協和音の解決であると同時に準備となっている。この二重の役割を理解する
ことが肝要である。
この書法では、シンコペーションの音の性格によって進行がかなり束縛されるので、三
度や六度の平行が四小節以上続くことも、それ以外に選択肢がない場合には許容される。
また、弱拍で連続する五度は、後打五度と呼び、強拍に来る連続五度よりも連続五度の印
象が薄いため、これを許容する場合もある。
後打五度の例
第四種の対位法では、例外的な処理を除き、上声部にある対位声部は下行順次進行に
よって解決していくため、全体として常に下行になりやすく、定旋律に近くなりがちであ
る。そのため、強拍で協和音程である機会を捉えて大胆な上行跳躍を行い、定旋律との適
度な距離を保つといった工夫が必要になる。