本学部学生のスポーツ活動に関わる 感情・疲労自覚

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本学部学生のスポーツ活動に関わる
感情・疲労自覚症状が学習意欲に与える影響
水落 文夫・金野 潤・菅野慎太郎
義本 大友・深見 将志・竹内 雅明
はじめに
「平成 22 年度
大学生の基礎学力不足と学習意欲低下が喫緊の教育課題とされて久しい。
(公益社団法人私立大学情報教育協会,2011)は,全国 392
私立大学教員の授業改善白書」
校の私立大学・短大の専任教員 21,902 名を対象とした調査から,大学生の「学習意欲が低
い(36.8%)」ことと「自発的に質問・発言しようとしない(40.7%)
」ことに注目し,大学
教育の場で自ら進んで学ぶ姿勢の低下と学びの動機づけが十分に機能していないことを指摘
している。様々な方面の環境改善によって学習意欲を刺激するような学習機会が与えられる
ようになり,大学生が自主的に学べる環境は整備されつつある。そして,学習の動機づけを
高め,学習行動を方向づけるまでに至らない現状に対して,主に状態的意欲を高めるような
,学習方略の教授(岡田,
工夫もなされている。たとえば,映像情報の活用(吉澤ら,2010)
,あるいは学業ストレッサー評価に対する対処
2007),学生主体の参加型授業(杉江,2000)
スキルの獲得(神藤,1998)など,学習方法や学習への適応を改善する試みが学習意欲向上
に成果をあげている。しかし,大学生の中には授業の開始とともに学習する態度を見せない
者も少なくなく,目標操作や方法の工夫だけでは限界があるように思われる。いわゆる,授
業に対してやる気のない大学生の増加が認められ,個人における学習に対する比較的一貫し
て持続する特性的意欲の低下が危惧される。
「内発的−外発的動機」
の概念であろう。
(2009)
特性的な学習意欲と密接に関わるのは,
櫻井
は,
「統制的な学ぶ意欲」
と対置される「自ら学ぶ意欲」について,
学習動機の一つと考えられる
「目的−手段」の観点
内発的−外発的動機との関係に基づき 2 つの観点から説明している。
によると,内発的動機の特徴は「おもしろいから学ぶ」ことであり,学びは目的的であると
同時に自律的で,どちらかといえば状況的意欲に関連している。「自律−他律」という観点
によると,内発的動機の特徴は「自ら進んで学ぶ」ことであり,これは,長期的な学び(日
常的な学び)に共通する姿勢を意味し,より特性的意欲に関連するものと位置づけている。
本学部学生のスポーツ活動に関わる感情・疲労自覚症状が学習意欲に与える影響
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大学生の学習意欲の低下問題には,日常から様々なことに興味や関心をもつような持続的な
態度や傾向としてとらえた特性的意欲の側面からアプローチすることも必要であろう。すな
わち,特性的意欲を規定する大学生の生活習慣やライフスタイルに解決の糸口があるように
思われる。
教育現場において,青年の基礎体力や様々な意欲の低下,根気のなさ,姿勢の悪さなどの
問題が顕在化してきているという指摘(塩見・吉野,1990)がある。その背景には,様々な
理由に基づく生活習慣の乱れがあり,それが日常的な疲労回復の機会を奪い,健全な発達と
生活における意欲に悪影響を与えていることが仮定される。大まかな疲れの程度を評定する
疲労感,あるいは「ねむけ」などの具体的な疲労症状のいずれにおいても,大学生が感じる
日常の疲労が増加している傾向が示されている(たとえば,松田ら,1997;門田,1992;山
。
王丸ら,2003)
疲労自覚症状に影響する具体的な関連要因については,大学生を中心とした青年期・成人
期を対象に,睡眠,食事,アルバイト,サークル活動,運動,喫煙,飲酒などの生活習慣要
因から,心理的ストレッサーや健康感などの心理的要因まで,広範な研究が展開され,その
実態と生活習慣の具体的改善を提案する知見が蓄積されつつある。その中で,適度な運動習
慣が日常の疲労低減に関連することを示唆する報告がみられる(たとえば,小林ら,1999;
。日常的な疲労症状の改善に運動・スポーツが影響するの
光岡ら,1998;山王丸ら;2003)
であれば,2 つのプロセスが考えられる。一方は,長期的な運動習慣により身体的・機能的
適応を促すことで,疲労に対する身体的耐性が増強するプロセスであり,他方は,活発な運
動やスポーツ活動が習慣化することで,感情表出および長期的にみた特性的感情が改善し,
疲労自覚症状を緩和するというプロセスである。前報(水落ら,2013)において,ネガティ
ブ感情特性が大学生の疲労自覚症状に強く影響しているが,運動部やスポーツ系サークルで
習慣的にスポーツ活動を行っている大学生はポジティブ感情特性が高く,そのことが疲労自
覚症状の意欲低下などに負の規定力となっていることを明らかにした。Fredrickson(2001)
は,提唱したポジティブ感情の拡張−形成理論の中で,ポジティブ感情の機能を,個人の注
意,認知,行動のレパートリーを広げ,その後の身体的,知的,社会的な個人資源の継続的
な形成を促すこととしている。このポジティブ感情特性が高ければ,豊富な個人資源を基盤
に,日常的に好奇心の喚起と高い意欲の維持も実現できそうである。したがって,日常にお
ける習慣的な運動・スポーツ活動は大学生の基礎体力を増強させ,それに伴ってポジティブ
感情特性を高め,その感情の機能により自ら学ぶ意欲を高める効果と,疲労自覚症状を緩
和することを介して自ら学ぶ意欲を高める効果が推測される。逆に,現状でよく確認される
貧弱な運動習慣が基礎体力を低下させ,それに伴ってネガティブ感情特性を高めることで,
様々な意欲の低下を顕在化していることも推測される。スポーツ系サークル活動などの学内
スポーツ活動に参加するかどうかが,
大学生の習慣的運動実現の機会になっており(荒井ら,
2003),その実現の可否が日常的に感じる感情や疲労を介し,最終的には自ら学ぶ意欲に影
本学部学生のスポーツ活動に関わる感情・疲労自覚症状が学習意欲に与える影響
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響している可能性がある。
本研究では,山崎(2006)や阿久津(2008)の報告を参考に,ポジティブ感情とネガティ
ブ感情を一次元の両端ではなく独立した感情として扱う。また,
大学生活を通じて起こる様々
な出来事に対して,青年期の感情表出の起伏は大きいと思われるが,その背後で緩やかに流
れている日常的感情(速水,2000)に注目している。日頃感じる持続的で偏在的な生活感情
には肯定感情と否定感情がある(内田,1990)とされ,落合(1993)は大学生の代表的な生
活感情として 30 の感情を選定しており,そこでも明るい肯定的な評価を与えられる感情群
と,暗いと否定的な評価を受ける感情群の 2 群に分かれることを示している。本報でも,日
常的感情を構成する両感情を,長期にわたる安定した性質で,特定の同じ感情を経験しやす
いかどうかの個人的傾向である感情特性(古賀,2003)として評価する。
そこで,本研究は青年期の習慣的スポーツ活動がポジティブ感情特性を高め,日常の疲労
自覚症状を抑制することで,自ら学ぼうとする学習意欲を高めているという仮説モデルを設
定し,この根拠となる基礎的資料を収集するため,大学生の主な運動機会であるスポーツ系
サークル活動参加の有無に関わる特性的感情と疲労自覚症状が,自ら学ぶ意欲に及ぼす影響
について検討することを目的とした。
方 法
1.調査対象
本学部に在籍する 1 年生男女 581 名を調査対象とした。このうち感冒などにより,ここ 2
週間の体調が不良と申告した者,および回答に不備があった者,保健体育審議会運動部に所
属する者を除く 357 名(男性 188 名,女性 169 名,年齢 18.4±0.8 歳)を分析対象とした。
分析対象者の所属学科は,人文系 6 学科,社会系 3 学科,理学系 7 学科の本学部 16 学科に
分かれた。
2.調査方法
調査は平成 23 年に実施した。時期は新入生のサークル活動の習慣が安定する 6 月と,長
い夏季休暇の影響が少ない 11 月であった。調査方法は質問紙による自記式調査であり,プ
ロフィールに関する項目と 3 つの心理尺度で構成されたアンケート冊子「大学生の学ぶ意欲
の調査」を用いた。調査は大学の授業時間を利用した集合法により行った。授業時間は,週
末や当日の身体的作業負荷や精神的作業負荷による疲労の影響をなるべく避けるために平日
木曜日の午前中 1 時限目であった。質問紙には,研究の目的と方法および調査結果の匿名性
に関して記載するとともに,同様の内容を口頭で説明して調査協力を依頼した。回答は調査
協力に同意した者のみが行い,回答終了後すぐに調査冊子は回収された。回答に要した時間
は 20 分程度であった。そして質問紙に回答されたすべての情報は符号化して,個人を特定
できないように配慮した。
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3.調査項目
(1)
プロフィール
,定期的な運動・スポー
調査項目は,人口統計学的基礎要因 4 項目(氏名,年齢,性別,学年)
ツ活動の要因として運動部活動あるいはサークル活動に関する 4 項目(現在の運動部・サー
クル活動継続の有無と種目名称等,競技レベル:出場大会のレベルと試合出場の有無,スポー
ツ活動経験:小学校から大学の各学期における運動部・クラブ活動参加の有無と年数,運動
部・サークルの週間活動頻度)であった。
(2)
日本語版 PANAS(Japanese version of Positive and Negative Affect Schedule)
快と不快が独立した次元を構成するという立場(たとえば,Watson and Tellegen,1985)
に基づき作成された PANAS 感情尺度(Watson et al.
,1988)を,佐藤・安田(2001)が
邦訳して再構成した日本語版 PANAS(以降,PANAS)を,ポジティブ感情(PA:Positive
「活気のある」,
affect)とネガティブ感情(NA:Negative affect)の評価に用いた。PANAS は,
「誇らしい」など 8 項目で評価される PA 因子と,
「びくびくした」
,
「おびえた」など 8 項目
で評価される NA 因子の 2 因子構造をなしている。想定した両因子の独立モデルに対するデー
タ適合度,尺度の安定性と因子の内的一貫性,さらに気分導入下での評定値の分析から,心
。
理尺度としての十分な信頼性と妥当性が確認されている(佐藤・安田,2001)
「普段のあなたの気分を評定」することを教示し
回答は,特性的感情を評価するために,
て,すべての質問項目に対して,
「1:まったく感じていない」から「5:非常に感じてい
る」までの 5 件法で評定させた。因子得点は 8 ∼ 40 点の範囲に分布し,その感情を強く感
じているほど高得点になるように配点した。なお,佐藤・安田(2001)が作成した日本語版
PANAS では「1:まったくなかった」から「6:いつもそうだった」の 6 件法であったが,
「ときどきは」と「しばしば」の区別,および「ほとんどいつも」と「い
予備調査の結果,
つも」の区別が困難であるとの指摘が多かったことから 5 件法を採用した。その後,採用し
た評定法で得られたデータを検証的に因子分析(最尤法,プロマックス回転)することで,
同様の 2 因子構造を確認した。
(3)
青年用疲労自覚症状尺度(SFS-Y:Subjective Fatigue Scale for Young Adults)
これは,日本産業衛生協会疲労研究会(1970)によって作成された「自覚症状しらべ」を
「集
基礎に,小林ら(2000)が開発した疲労の自覚症状を評価する尺度である。6 つの因子(
「集中力がない」などの 4 項目,「だるさ」因子:
「足がだるい」などの
中思考困難」因子:
「元気がない」などの 4 項目,
「活力低下」因子:
「座りたい」な
4 項目,「意欲低下」因子:
どの 4 項目,
「ねむけ」因子:
「あくびがでる」などの 4 項目,
「身体違和感」因子:
「目が疲
れている」などの 4 項目)の 24 項目で構成されている。SFS-Y は,想定した構造モデルに
対するデータ適合度と外的基準との関連性から構成概念妥当性が支持されている(齋藤ら,
。そして,尺度の安定性と因子の内的一貫性,および因子的,収束的妥当性などが一
2003)
連の検証(たとえば,小林ら,2001)により確認され,心理尺度として十分な信頼性と妥当
本学部学生のスポーツ活動に関わる感情・疲労自覚症状が学習意欲に与える影響
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性が得られている。また,複雑な疲労自覚症状を評価するために多次元尺度が有効とする指
摘(Piper et al.,1998)に基づき,青年期の大学生を対象に学校生活の疲労を捉えることを
目的に開発された SFS-Y は,運動・スポーツ活動をあつかう体育学における疲労自覚症状
。
尺度の代表として位置づけられる(出村,2007)
回答は,「ここ 2 週間,風邪などの病気にかかった」かどうかといった病気の有無を確認
した後に,「最近(2 週間程度)のあなた」を想定して日常生活で自覚する疲労症状を評価
することを教示し,すべての質問に対して「1:まったく感じない」から「7:非常に感じる」
までの 7 件法で評定させた。因子得点は 4 ∼ 28 点の範囲に分布し,その症状を強く自覚し
ているほど高得点になるように配点した。
(4)大学生用の自ら学ぶ意欲測定尺度(VoLeMsS:Voluntary learning Motivation Scale for
College Students)
櫻井(2009)は,Deci(1980)の自己決定理論を基礎とし,人間の自律的な学習行動一
「自ら学ぶ意欲のプロセスモデル」を提唱した。
般に共通する特性的な動機づけに注目して,
このモデルでは,自ら学ぶ意欲がどのような動機づけプロセスを経て実現されるのかを,欲
,学習行動(情報収集,自発学習,
求・動機(知的好奇心,有能さへの欲求,向社会的欲求)
,認知・感情(おもしろさと楽しさ,有能感,充実感)の
挑戦行動,深い思考,独立達成)
プロセスモデルを特性的なモデルとしてとらえ,
3 つのレベルで説明している。VoLeMsS は,
大学生を対象に調査することを目的に,知的達成(学習)領域の要因に限定して,自ら学ぶ
意欲の発現を評価するために作成された。すなわち,
自ら学ぶ意欲を,
欲求・動機レベル(「知
「多様な興味を満足させたい」などの 6 項目,
「有能さへの欲求」因子:
「もっ
的好奇心」因子:
と賢くなりたい」などの 4 項目)
,学習行動レベル(「積極探究」因子:
「自分で目標を決め,
その達成のために頑張っている」などの 6 項目,
「深い思考」因子:
「学んだことを身の回り
の出来事と関連づけて考える」などの 6 項目,
「独立達成」因子:
「難しい問題でも自分の力
で解こうと努力している」などの 8 項目)
,
「基
認知・感情レベル(「おもしろさと楽しさ」因子:
「有能感」因子:
「専門が同じ学生の中では優秀な
本的に学ぶことは楽しい」などの 6 項目,
ほうである」などの 6 項目)の 3 レベル 7 因子 38 項目の質問から評価できる。なお,プロ
セスモデルの学習行動レベルには,情報収集,自発学習,挑戦行動の要因が想定されている
が,作成された尺度ではこれら 3 要因が 1 つの下位尺度としてまとまって「積極探究」と命
名されている。VoLeMsS の内的一貫性と安定性は,クロンバックの α 係数と再検査信頼性
係数で確認され,想定した構造モデルに対するデータ適合度と複数の外的基準との関連性か
ら構成概念妥当性が支持されており(櫻井,2009)
,心理尺度としての十分な信頼性と妥当
性が得られている。
回答は,特性的な学習意欲を評価するために,「最近のあなたの状態」を想定することを
教示し,すべての質問に対して「1:まったくあてはまらない」から「5:よくあてはまる」
までの 5 件法で評定させた。因子得点は 6 ∼ 40 点の範囲に分布し,その意欲を強く自覚し
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ているほど高得点になるように配点した。
4.データ処理
,
前報(水落ら,2013)において,身体的健康(睡眠時間,熟睡度,朝の体調,朝の食欲)
,SFS-Y の 6 因子(集中思考困難,だるさ,意欲低下,活力低
PANAS の 2 因子(PA,NA)
下,ねむけ,身体違和感)のそれぞれで,対応のない t 検定および χ2 検定により男女差が
検証された。その結果,身体的健康の各項目,および PANAS と SFS-Y の各因子は,PANAS
の NA 因子を除き明らかな差が認められなかった。そこで,以降の分析は男女をまとめて行
うこととした。
まず,現時点でのサークル活動継続を基準に,分析対象者を 3 群に分類した。非活動群と
した 171 名(男性 83 名,女性 88 名)は.いずれの運動部・サークルにも所属していない大
学生であった。運動系群とした 122 名(男性 73 名,女性 49 名)は,
学内外のスポーツ系サー
クルに所属して 1 ∼ 6 回/週(平均 2.37 ± 1.20 回)
,1 ∼ 6 時間/日(平均 2.38±0.83 時間)
の頻度でスポーツ活動を定期的に行っている大学生であった。それぞれの対象者が活動する
スポーツ種目は 25 種目に及んでいた。なお,分析対象から保健体育審議会運動部所属の大
学生選手 18 名を除外した。これらの者は,活動頻度や時間からみたスポーツ活動量が運動
系群の中では極めて多く,競技性の高い特異な活動形態であった。週 3 回以上の運動が疲労
症状の訴え率を高める(光岡ら,1998)という指摘もあり,標本数は少ないが,その特異性
が結果を偏重させることを危惧した。したがって,本報の運動系群はスポーツ系サークルで
活動する者の群であった。文化系群とした 64 名(男性 32 名,女性 32 名)は,本学部の学
術系,文化系,音楽系の 3 系に分類されるサークルのいずれかに所属して 1 ∼ 6 回/週(平
,
均 2.32 ± 1.25 回)
1 ∼ 5 時間/日(平均 2.21±1.14 時間)の頻度で文化活動を定期的に行っ
ている大学生であった。運動系群と文化系群の両者に当てはまる大学生は運動系群に分類し
た。
3 つの心理尺度の各質問に対する評定は,本来順序尺度による変数であるが,本報では
便宜的に間隔尺度をなす変数として扱った。この評定値から求めたサークル活動別 3 群の
PANAS の 2 因子,SFS-Y の 6 因子,VoLeMsS の 7 因子の各因子得点平均値について,3 群
の差を対応のない一要因分散分析によって検定した。分散分析に有意な主効果が認められた
場合には,事後検定として Bonferroni の多重比較検定を行った。また,VoLeMsS の 7 因子
については,運動系群と非運動系群(非活動群と文化系群)の両群間で,対応のない t 検定
により平均値の差を検定した。次に,PANAS および SFS-Y の各因子と VoLeMsS 各因子の
関係性について,因子間の相関分析(Pearson の積率相関係数)を行った。
そして,分散分析および相関分析の結果から運動系群と非運動系群に明らかな差として認
められ,VoLeMsS の多くの因子と相関関係が認められた PANAS の PA 因子と SFS-Y の「意
欲低下」因子と「活力低下」因子の 3 因子を独立変数,
VoLeMsS の 7 因子を従属変数として,
本学部学生のスポーツ活動に関わる感情・疲労自覚症状が学習意欲に与える影響
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ステップワイズ法による重回帰分析を行った。その際,多重共線性については,投入した変
数の分散拡大係数(VIF)が 10 未満であることを確認した。また,ステップワイズ法の変
数の投入は,投入後のモデルの有意確率を基準に,5%以下で投入,10%以上は除外とした。
すべての統計分析には,統計解析ソフト SPSS Statistics 21 および Amos 21 を用いた。各
検定の有意水準は 5%未満に設定した。
結 果
1.サークル活動別 3 群の特性的感情,疲労自覚症状,自ら学ぶ意欲
すでに前報(水落ら,2013)において,PANAS と SFS-Y の因子得点平均値の 3 群間の差
は検証されている。しかし,本報では運動系群から保健体育審議会運動部員を除外したこと
から,改めて PANAS の 2 因子と SFS-Y の 6 因子,およびこれらに VoLeMsS の 7 因子を加えて,
それぞれの 3 群の平均値の差を検定した。
(1)特性的感情
非活動
図 1 に,サークル活動別 3 群の PANAS 両因子の
30
により検定したところ,PA 因子に有意な主効果(F
(2, 354)=15.995, p=.000)が認められた。多重比較検
,運動系
定の結果,運動系群と非活動群(p=.000)
因子得点
得点平均値を示した。平均値の差を一要因分散分析
れ,いずれも運動系群が高値を示した。NA 因子に
図 2 に,サークル活動別 3
30
因子得点
0
NA
非活動
**:p<.01 *:p<.05
均値を示した。平均値の差を
に 有 意 な 主 効 果(F(2, 354)
20
図 1 サークル活動別
3 群の特性的感情
図1 サークル活動別3群の特性的感情
(2)疲労自覚症状
たところ,「意欲低下」因子
***:p<.001
PA
有意な主効果は認められなかった。
一要因分散分析により検定し
*** ***
文化系
10
群と文化系群(p=.000)の群間に有意な差が認めら
群 の SFS-Y 各 因 子 の 得 点 平
運動系
** **
20
運動系
文化系
*
10
=6.259, p=.002) が 認 め ら れ
た。多重比較検定の結果,運
0
,
動系群と非活動群(p=.009)
集中・思考
・困難
運動系群と文化系群(p=.007)
図2 サークル活動別3群の日常の疲労自覚症状
図 2 サークル活動別
3 群の日常の疲労自覚症状
だるさ
意欲低下
活力低下
ねむけ
身体違和感
の群間に有意な差が認めら
れ,いずれも運動系群が低値を示した。さらに「活力低下」因子に有意な主効果(F
(2,354)=
4.015, p=.019)が認められた。多重比較検定の結果,運動系群と文化系群(p=.024)の群間
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に有意な差が認められ,運動系群が低値を示した。その他の因子に有意な主効果は認められ
なかった。
(3)自ら学ぶ意欲
図 3 に,サークル活動別 3 群の VoLeMsS 各因子の得点平均値を示した。平均値の差を一
要因分散分析により検定したところ,いずれの因子にも有意な主効果は認められなかった。
なお,PANAS,SFS-Y,VoLeMsS のすべての因子において,非活動群と文化系群の 2 群
「非
間で得点平均値に有意な差は認められなかった。そこで,
以降の関係分析はこれら 2 群を
運動系群」としてまとめて行った。関係分析に先立ち,運動系群と非運動系群の VoLeMsS
各因子の得点平均値の差を,対応のない t 検定により検定した(図 4)。その結果,欲求・動
(355)
機レベルの「有能さへの欲求」因子(t
=2.202, p=.028)と学習行動レベルの「積極探究」
(355)=2.197, p=.029)に有意な差が認められ,いずれも運動系群が高値を示した。
因子(t
非活動
運動系
文化系
因子得点
30
20
10
0
知的好奇心 有能さへの
欲求
積極探究
深い思考
独立達成
面白さと
楽しさ
有能感
図 3 サークル活動別
3 群の自ら学ぶ意欲
図3
サークル活動別3群の自ら学ぶ意欲
*:p<.05
非運動系
運動系
30
因子得点
*
*
20
10
0
知的好奇心 有能さへの
欲求
積極探究
深い思考
独立達成
面白さと
楽しさ
有能感
図 4 スポーツ系サークル活動の有無による
2 群の自ら学ぶ意欲
図4 スポーツ系サークル活動の有無による2群の自ら学ぶ意欲
本学部学生のスポーツ活動に関わる感情・疲労自覚症状が学習意欲に与える影響
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表 1 特性的感情および疲労自覚症状と自ら学ぶ意欲の相関関係(Pearson の積率相関係数)
VoLeMsS
有能さへの
知的好奇心
積極探究
欲求
PANAS
SFS-Y
PA
.31**
.337**
.453**
深い思考
.324**
独立達成
おもしろさ
と楽しさ
有能感
.045
.266**
.325**
NA
-.023
.112*
-.009
.007
.012
-.117*
-.121*
集中思考困難
-.111*
-.004
-.291**
-.163**
-.139**
-.206**
-.341**
だるさ
-.081
-.051
-.081
-.093
-.112*
-.15**
-.162**
-.094
-.157**
-.105*
-.058
-.184**
-.2**
意欲低下
-.12*
活力低下
-.155**
-.13*
-.238**
-.215**
-.157**
-.293**
-.261**
ねむけ
-.072
.069
-.128*
-.121*
-.099
-.156**
-.172**
身体違和感
-.037
-.023
-.074
-.019
-.024
-.091
-.11*
**:p<.01 *:p<.05 n=357
2.特性的感情および疲労自覚症状と自ら学ぶ意欲の関係
(1)相関分析
表 1 に,すべての分析対象者における PANAS 両因子および SFS-Y 各因子と VoLeMsS
各因子の因子間相関関係(Pearson の相関係数)を示した。PANAS の PA 因子に対して
VoLeMsS の「独立達成」因子を除く 6 因子に有意な正の相関関係(r=.266 ∼ .453, いずれも
p<.01)が認められ,それぞれの変数間には,弱い関係∼中程度の関係があると推測された。
「有
NA 因子は PA 因子と比べると有意な相関関係が認められた VoLeMsS の因子が少なく,
,認知・感情レベルの「おもしろさと楽し
能さへの欲求」と正の相関関係(r=.112, p<.05)
さ」因子(r=-.117, p<.05)および「有能感」因子(r=-.121, p<.05)と負の相関関係が認められ,
それぞれの変数間には弱い関係があると推測された。学習行動レベルの 3 因子とは有意な相
関関係が認められなかった。
SFS-Y と VoLeMsS の因子間では,いずれも負の有意な相関関係(r=-.110 ∼ -.341, p<.05 あ
るいは p<.01)が認められ,それぞれの変数間には弱い関係があると推測された。このうち,
SFS-Y の「活力低下」因子は VoLeMsS のすべての因子との間で有意な相関関係が認められた。
「意欲低下」因子の順で,認められた有意な相関
続いて,SFS-Y の「集中思考困難」因子,
関係が多く,これらの 3 因子は他の SFS-Y 因子と異なり,欲求・動機レベルの「知的好奇心」
因子および学習行動レベルの各因子との間で有意な相関関係が認められた。
(2)重回帰分析
サークル活動別 3 群の分散分析および因子間相関分析の結果を受けて,PANAS の PA 因
子および SFS-Y の「意欲低下」因子と「活力低下」因子の 3 因子を独立変数,VoLeMsS の
7 因子を従属変数として,ステップワイズ法による重回帰分析を行った。表 2 に分析結果を
いずれも従属変数を予測できる有効な独立変数として投入された因子のみ表示した。
示した。
「独立達成」を除く多くの VoLeMsS の因子
PANAS の PA 因子単独(正の規定力)でも,
本学部学生のスポーツ活動に関わる感情・疲労自覚症状が学習意欲に与える影響
100
表 2 自ら学ぶ意欲に対するポジティブ感情特性と疲労自覚症状の寄与(重回帰分析)
従属変数
投入された独立変数
VoLeMsS
PANAS, SFS-Y
知的好奇心
欲求・動機
レベル
有能さへの欲求
R²
F
0.314
0.096
38.828 ***
0.314
6.231 ***
0.347
0.111
48.632 ***
0.347
6.974 ***
1 PA
0.474
0.223
102.992 ***
0.474
10.148 ***
0.443
9.120 ***
-0.110
2.264 *
0.493
9.687 ***
-0.213
3.600 ***
0.187
2.978 **
0.346
6.941 ***
× 2 活力低下
0.486
0.232
54.658 ***
1 PA
0.505
0.248
40.206 ***
0.346
0.117
48.173 ***
0.360
0.125
26.324 ***
0.355
6.493 ***
0.375
0.141
19.282 ***
-0.185
2.905 **
0.145
2.158 *
1 活力低下
0.139
0.017
6.985 **
-0.139
2.643 **
1 PA
0.290
0.081
32.516 ***
0.290
5.702 ***
0.230
4.421 ***
-0.208
3.998 ***
0.336
6.717 ***
0.288
5.592 ***
-0.165
3.199 **
× 3 意欲低下
1 PA
1 PA
深い思考
× 2 活力低下
1 PA
× 2 活力低下
× 3 意欲低下
独立達成
認知・感情
レベル
t
1 PA
× 2 活力低下
学習行動
レベル
β
1 PA
1 PA
積極探究
R
おもしろさと
楽しさ
1 PA
有能感
1 PA
× 2 活力低下
1 PA
× 2 活力低下
0.351
0.119
24.936 ***
0.336
0.110
45.123 ***
0.371
0.133
28.264 ***
0.316
6.093 ***
-0.104
2.015 *
*:p<.05 **:p<.01 ***:p<.001
に対して比較的高い寄与率(決定係数 R2)が認められた(8.1%∼ 22.3%)
。これらに SFS-Y
の「活力低下」因子(負の規定力)と「意欲低下」因子(正の規定力)の寄与を加えてみる。
まず,VoLeMsS の「積極探究」因子に対する PA 因子の寄与率は 22.3%であり,これに「活
力低下」因子を投入すると寄与率は 23.2%とわずかに増加し,さらに「意欲低下」因子を投
入すると 24.8%に増加した。同じ学習行動レベルの「深い思考」因子に対しても 3 因子が投
入され,11.7%→ 12.5%→ 14.1%と寄与率が増加した。「おもしろさと楽しさ」因子に対し
ては PA 因子単独の寄与率は 8.1%であり,
これに「活力低下」
を投入すると 11.9%に増加した。
同様に,「有能感」因子に対しては 11.0%→ 13.3%と寄与率が増加した。VoLeMsS の「独立
(負の規定力)のみであり,
達成」因子に対する有効な独立変数は「活力低下」
寄与率も 1.7%
と比較的低かった。
これらの回帰式および標準偏回帰係数(β)はいずれも有意であり,「積極探究」を中心
とした VoLeMsS の多くの因子に対して,主に PA 因子の貢献が示された。
本学部学生のスポーツ活動に関わる感情・疲労自覚症状が学習意欲に与える影響
101
考 察
3 群の PANAS の PA 因子に違いが認められ,運動系群が他の 2 群に対して明らかに高かっ
た。また,SFS-Y では「意欲低下」と「活力低下」において運動系群が明らかに低値であり,
非活動群だけでなく,サークル活動参加という点で運動系群と同様の文化系群とも明らかな
「有能さへの欲求」
差が認められた。さらに,
運動系群と非運動系群の 2 群間では,
VoLeMsS の
と「積極探究」の 2 つの因子において,運動系群が明らかに高値であった。すなわち,活動
形態や頻度は様々であるが,習慣的な運動・スポーツをサークル活動として行っている大学
生は,それがみられない大学生に比べて日常的に感じるポジティブ感情が明らかに高く,行
動の始発や維持を阻害する意欲や活力の低下に関わる疲労自覚症状が緩和されており,自ら
学ぼうとする意欲は,欲求・動機レベルにおける有能さへの欲求と学習行動レベルにおける
積極的な探究が明らかに高かった。
運動系群の大学生が参加するスポーツ系サークル活動は,定期的・継続的に運動刺激が負
荷されるという点で,他の 2 群とは生活習慣が異なる。その活動の頻度は週に 1 回または 2
回の者が 56%を占め,半数以上の者は,光岡ら(1998)が報告した疲労症状の訴え率が最
も低い週 1 ∼ 2 回の運動習慣に当てはまる。また,目的をもったスポーツ集団の中で多様な
対人関係が成立し,それぞれが役割を担いながら活発な社会的活動を展開している。スポー
ツ活動による運動刺激だけでなく,様々な種類の刺激をその環境から継時的に受けている大
学生が多いと思われる。学内の自主的活動という点では文化系群も同様であり,非活動群に
比べれば,高頻度で濃密な社会的活動を経験している大学生が多いと思われる。しかし,非
活動群と文化系群の特性的感情と疲労自覚症状に違いがみられないことから.運動系群の日
常的なポジティブ感情の高さ,疲労自覚症状の意欲低下や活力低下の緩和,さらに日常的な
学ぶ意欲の高さに関連する要因は,習慣化されたスポーツ活動を媒介とする継続的な運動刺
激や社会的活動が中心と考えられる。
前報(水落ら,2013)において,運動部・スポーツ系サークル活動に参加する大学生は,
高いポジティブ感情が疲労自覚症状の意欲低下と活力低下に対して強い負の規定力を持ち,
重回帰分析の標準偏回帰係数からみた貢献度も高いことが報告された。その報告を踏まえ
て,本報においては特性的感情および疲労自覚症状と自ら学ぶ意欲の関係性に注目し,まず
相関分析を行ったところ,平均値に群間差がみられた PANAS の PA 因子,SFS-Y の「意欲
低下」と「活力低下」の 3 因子は,いずれも VoLeMsS の多くの因子と有意な相関関係が確
これら 3 因子を独立変数として投入した重回帰分析を行った。その結果,
認された。そこで,
PANAS の PA 因子は VoLeMsS の欲求・動機,学習行動,認知・感情の 3 レベルの各因子に
対して正の規定力が認められ,特に学習行動レベルの「積極探究」に比較的強い規定力を示
した。この「積極探究」は,
運動系群の平均値が非運動系群に比べて有意に高い因子である。
「意欲低下」は学
SFS-Y の「活力低下」は学習行動レベルと認知・感情レベルの各因子に,
102
本学部学生のスポーツ活動に関わる感情・疲労自覚症状が学習意欲に与える影響
習行動レベルの 2 つの因子に規定力を示したが,いずれもその規定力は弱かった。これらの
結果から,スポーツ系サークル活動に参加する大学生の特徴である日常的に高いポジティブ
感情は,動機づけや覚醒水準の低減に関わる意欲低下や活力低下という疲労自覚症状を緩和
するとともに,学習行動レベルの積極探究を中心に自ら学ぶ意欲のいくつかの側面に対して
好影響を及ぼしていることがうかがえる。同様に,疲労自覚症状も自ら学ぶ意欲を規定する
が,その貢献は限られていると推測される。
「快適自己ペース走」と呼ばれる強度の走運動を負荷して,一過性の
橋本ら(1991)は,
有酸素性あるいは中等度強度の運動中と運動後に,リラックス感,快感情,満足感というポ
ジティブ感情の上昇を認めている。そして,ビドル・ムツリ(2005)は,いくつかのメタ分
析や調査・実験の結果から,運動と身体活動への参加は,肯定的気分および肯定的感情と一
貫して関連しており,時間経過とともに心理的安寧と関連すると結論づけている。そして,
このポジティブ感情については,認知や情報処理の領域も含めて,想像以上に多様な恩恵を
もたらすことが明らかにされつつある(山崎,2006)
。Fredrickson(2001)は,ポジティブ
感情の拡張−形成理論を提唱して,ポジティブ感情の機能をまとめている。その理論による
と,ポジティブ感情の経験によって,個人の注意,認知,行動のレパートリーが一時的に広
がり,その後に身体的,知的,社会的な意味での様々な個人資源が継続的に形成されるとし
た。したがって,ポジティブ感情特性が高くなることで,豊富な個人資源を基盤に,学習に
関わる情報に対する好奇心を高め,高い意欲を維持して自律的に学習行動をすることができ
るようになると考えられる。
一方で,適度な運動習慣が日常の疲労低減に関連することを示唆する報告は多い(たとえ
ば,小林ら,1999;光岡ら,1998;山王丸ら;2003)。これらの報告に加えて前報(水落ら,
2013)では,運動部やスポーツ系サークルで習慣的にスポーツ活動を行っている大学生は,
日常的なポジティブ感情が高く,そのポジティブ感情が疲労自覚症状を緩和する効果がある
ことを明らかにした。したがって,活発な運動やスポーツ活動が習慣化することで,感情表
出および長期的にみた特性的感情が改善し,疲労自覚症状を緩和するというプロセスが示唆
される。
スポーツ系サークルにおける習慣化された運動・スポーツ活動によるポジティブ感情の喚
起経験が,日常生活におけるポジティブ感情特性を増強する。この特性的なポジティブ感情
の増強が,意欲や活力の低下という日常の疲労自覚症状を緩和するとともに,主に学習行動
を支える積極的な探究を中心に,幅広く自ら学ぶ意欲を高め維持することに貢献していると
推測される。しかし,緩和された疲労自覚症状が自ら学ぶ意欲を高める効果は限定的かつ弱
いと考えられる。したがって,自ら学ぶ意欲を高めることに対して,ポジティブ感情特性の
直接効果は比較的高いが,疲労自覚症状を介した間接効果は控えめに評価すべきであろう。
この研究で得られた結果の解釈については,前報(水落ら,2013)と同様に次の点におい
て留意しなければならない。まず,大学入学前の運動・スポーツキャリア,入学後のサーク
本学部学生のスポーツ活動に関わる感情・疲労自覚症状が学習意欲に与える影響
103
ル活動における運動・スポーツの実施頻度や運動強度など,多くの関連条件が未統制のまま
であることを踏まえると,得られた知見をそのまま青年期の大学生に一般化することは慎重
にならなければならない。また将来的に,学習の特性的意欲に関連する環境的・心理的要因
を包括するプロセスモデルに発展させ,その検証を行うためには,現状で方法論的な限界が
ある。各要因の因果性と決定力を包括的に探るとともに,縦断的あるいは介入研究が求めら
れる。いずれも今後の課題である。
まとめ
習慣的運動・スポーツ活動に関連するポジティブ感情特性と,これに影響された日常の疲
労自覚症状が,自ら学ぼうとする自律的な意欲に及ぼす影響を検討した。分析対象は 357 名
の大学生男女であり,調査・分析項目は特性的感情(日本語版 PANAS による)
,疲労自覚
,自ら学ぶ意欲(大学生用の自ら学ぶ意欲の測定尺
症状(青年用疲労自覚症状尺度による)
度による)であった。そして,各心理尺度の因子得点平均値のサークル活動別 3 群(非活動
群,運動系群,文化系群)の群間差,および特性的感情および疲労自覚症状と自ら学ぶ意欲
の重回帰分析を行ったところ,以下のような結果が得られた。
1) サークル活動別 3 群の「ポジティブ感情」の平均値に有意な差が認められ,運動系
群が他の 2 群に対して高値を示した。疲労自覚症状の「意欲低下」と「活力低下」で有
意な差が認められ,運動系群が他の 2 群に対して低値であった。
2) 自ら学ぶ意欲の「有能さへの欲求」と「積極探究」で有意な差が認められ,運動系群
が非運動系群(非活動群+文化系群)に対して高値であった。
,
「意欲低下」
,
「活力低下」の 3 因子を独立変数,自ら学ぶ意欲 7
3)「ポジティブ感情」
因子を従属変数とした重回帰分析を行った。自ら学ぶ意欲の「積極探究」を中心とし
た幅広い因子に対してポジティブ感情(正の規定力)のみで比較的高い寄与率が認め
られた。疲労自覚症状の「活力低下」と「意欲低下」は自ら学ぶ意欲の学習行動レベル
と認知・感情レベルの因子に対して寄与率が認められたが,規定力は比較的弱かった。
付記
本研究をまとめるにあたって,平成 23 年度日本大学文理学部人文科学研究所共同研究費の一部
から助成を受けました。
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